「霧が出るかもしれないな。たいまつを買っておこう。」
「さすがにこの時期に霧はないんじゃないか?」
「いや、なんとなくそんな気がするんだ。」
マグドレド街道への出撃前夜。出撃準備中にガープと交わした会話だ。
ロナート卿との戦いでは、魔道士が霧を発生させていた。視界が狭まっては、不都合なことが多い。霧に紛れて襲ってくる民兵を殺してしまわないように、細心の注意を払わなくてはいけない。
マグドレド街道には、やはり霧がたちこめていた。
「報告! 敵が接近中です! 避けられません! 敵の兵力が予想以上に多く、霧のせいで騎士団の包囲をすり抜けてきます!」
「おっと……ベレス、任務変更だ。総員、戦闘準備にかかれッ!」
カトリーヌがベレスと生徒たちに檄をとばすのが聞こえる。
「こう霧が濃くちゃ、どこにどれだけ敵がいるんだか把握できないね。」
「カトリーヌさん、たいまつを用意してあります。何人かの生徒に持たせておけば、視界が確保できるはずです。」
「おっ、気が利くねえ。」
たいまつに明かりを灯すと、一気に視界が広がる。霧の中から奇襲をかけようとしていた民兵たちが、後退していくのが見えた。
「セイロス騎士団とまともにやっても、おらたちじゃ無理だあ!」
「くっ……ひとまず撤退だ! 態勢を立て直せ!」
「まさか街のみんなまで戦場に……!? ロナート様は、どうしてこんな……!」
その民兵たちの声を耳にして、アッシュが動揺した声をあげる。ベレトは、カトリーヌに声をかけた。
「反乱に参加したとはいえ、ほとんどは民兵です。なるべく命を奪わないよう心がけて進軍するのが良いかもしれません。」
「へえ、アタシにはそんな発想なかったよ。レア様に敵対しようとする者はみんなぶっ倒すのがアタシの流儀だったからさ。」
そう言ってカトリーヌは、霧の奥に目を向けた。昔を思い出すかのように、ゆっくりと話し始める。
「そもそもこの反乱だって、もしあの時のアタシが、ぶっ倒す以外の選択をしてりゃあ……。……いや、アンタにするような話でもなかったな、忘れてくれ。」
大きく息をついて、首を横に振る。
「とにかく、血を流さずに終われればそれに越したことはないよな。こっちでも最大限努力はするよ。」
「お願いします、カトリーヌさん。」
これでカトリーヌたちが民兵を倒してしまうことは防げるだろう。マグドレド街道での戦闘では、カトリーヌ隊が先行してほとんどの敵を倒していたような記憶がある。カトリーヌの過去の出来事が、偶然助けになったようだった。
「さあ、進むよ! ロナート卿の目を覚まさせて、戦いを終わらせるんだ!」
それからの戦いは、前節の赤き谷と同じように、ゆっくりと進んだ。しかも今回の敵のほとんどは民兵で、戦闘に慣れている者も少なく、不意打ちを受けて混乱するというようなこともなかった。そしてそのまま、何事もなく魔道士が隠れている森まで進軍できた。
「ロナート様には近づかせぬ……!」
ガスパール兵長が森の中から現れる。改めて見ると、彼の装束は聖墓の襲撃・ルミール村事件・禁じられた森などの際に現れたソロンらの仲間の魔道士と同じものだと気づいた。
「正規兵なら斬っても問題ないよな。……いや、それとも生け捕りにして尋問でもするかい?」
「そうですね。この反乱には、不可解なことが多すぎる。できれば情報を得たいところですね。」
「なら、そいつで決まりだ。死なない程度にブチのめしてやるよ!」
その一声とともに、雷霆が一閃。一瞬のうちに勝負は決した。
ガスパール兵長が昏倒するのと同時に、彼の魔道で発生していた霧が晴れてゆく。霧の向こうから、ロナート卿の姿が現われた。
「カサンドラ……雷獄のカサンドラ! 我が息子を裏切った狂信者め!」
カトリーヌの姿を見据え、恨みの籠もった声をあげる。
「……アタシの名はカトリーヌだ。」
カトリーヌも、ロナート卿に強烈な視線を返しつつ、言い返す。
「女神の僕たるセイロス騎士団の剣、その身で味わいな!」
「霧は晴れても、我が息子の無念は晴れぬ! 腐った中央教会に、主の裁きを……!!」
ロナート卿の周囲には、正規兵も民兵も、多くの兵士が集っていた。
「焦らず戦おう。倒すにしろ、説得するにしろ、この状況で無理はできない。」
ベレスが生徒たちに呼びかける。
「こうも入り混じってちゃ、民兵を手にかけないというのもなかなか難しいんじゃないか? 多少の犠牲は覚悟して全力でかかろうよ。」
「敵が密集しているので、計略でまとめて揺さぶれるかもしれません。あちらからの攻撃を制限できれば、敵を攻撃せずとも進軍できるんじゃないでしょうか。」
「イグナーツ、良い着眼点だ。計略で民兵たちを足止めして、その隙に一気に進軍しよう。」
「そういうことなら備えは万全だ。騎士団、突撃用意!」
「俺も手を貸すぜ。弓兵隊、準備はいいな?」
クロードの号令に合わせて、無数の矢が一斉に放たれる。さらに、ローレンツの配備した騎士団が敵陣を攪乱する。
「うわああっ!」
突然の攻撃に、民兵たちは大きく動揺した。これなら攻撃される心配もないだろう。
「よし、今の内に進軍しよう。」
ベレスを先頭に、他の生徒たちは敵陣の横をすり抜け進軍していく。
「アッシュ、君も一緒に。……まだ、説得の余地は残っているはずだ。」
「そう……ですね。でも、ロナート様が僕の話に耳を傾けてくれるかどうか……。」
「今は信じることしかできない。だが、やってみなければ分からない、だろう?」
「……はい!」
まだ迷いを捨てきれない様子だったアッシュに声をかけてやると、彼は強い意志の宿った瞳をあげた。そして、ロナート卿の待ち構える街道の奥へと駆けていく。
「アッシュ……そこをどくのだ。わしは悪鬼どもを討たねばならん! 必ず!」
ロナート卿はこちらの陣営の中に目ざとくアッシュを見つけ、強い語気で諭そうとする。
「ロナート様……もうおやめください! なぜ、こんな無謀な振る舞いを……!」
「レアは民を欺き、主を冒涜する背信の徒だ! 大義は我らにあり、主の加護も我らにある!」
「だからって、こんなことは間違っています! 街の人たちまで動員するなんて!」
「……ならば遠慮なく、刃をわしに向けよ! わしはもう、後には引けぬのだ……!」
アッシュの必死の説得にも、ロナート卿は耳を貸さない。アッシュがその気概を受け継いだように、ロナート卿にもまた強い意志で正義を貫いているのだ。……しかし、このままでは今までと同じにロナート卿を討つことになってしまう。何を言ったらロナート卿を説得できるだろうか?」
「ロナート卿、話を聞いてください!」
「お前もあの女狐に誑かされているのか……。わしが真実を知らしめてやるしかない!」
ロナート卿が説得に応じる気配は見えないどころか、完全に敵意をもって武器を用意している。
(他にすべはない、か……?)
何も説得の言葉を思いつけないまま、ベレトも剣を構えた。しかしその時、ロナート卿はベレトの背後のカトリーヌに注意を移した。
「貴様だけは、貴様だけはこのわしが……!」
「アンタは正義を、すっかり見失っちまったんだな。」
カトリーヌが呟いた、正義を見失ったという言葉がどうも引っかかった。かつてのロナート卿は、どんな正義を見据えていたのだろうか……?
戦闘は避けられなかった。ロナート卿の槍を剣で受け止めながら、ベレトは問いかけた。
「ロナート卿。あなたの正義は、いったいどこにあるのですか。」
「知れたこと! 我が息子に無実の罪を着せ処刑したあの女狐を討ち、無念を晴らしてやるのだ……!」
激しい憎しみの籠もった声。しかし、同時に同じくらい深い悲しみが感じられた。
「あなたは、我が子のために戦っていると。……ならば何故、アッシュの願いを聞かない? アッシュもあなたの子供ではないのか。それとも、養子だからと切り捨てるつもりなのか? そうではないはずだ。アッシュがあなたをこれほどまでに慕っていたということは、あなたもまた彼を愛していたからではないのか?」
「……。」
黙りこくったロナート卿に向かって、ベレトは言葉でたたみかけた。
「ロナート卿、確かに亡くなった息子さんの敵討ちは、あなたにとって大切なことかもしれない。それでも、愛する息子の為を思うなら、アッシュのことを思うなら、ここで剣を引くべきではないのか。」
「……。」
「それに、アッシュはあなたのことを本当に慕っている。その気持ちを踏みにじるというのなら、あなたは父親失格だ。」
「ロナート様……こんなことは、どうかもう、おやめください。義兄さんに報いるための方法なら、他にもきっとあるはずです。」
アッシュも言葉を添える。ロナート卿はしばらくじっと黙りこくっていたが、やがて大きく息をつき、武器を下ろした。
「……ガスパール全軍に告ぐ。戦いをやめ、撤退せよ!」
「ロナート様……!」
「すまなかったな、アッシュ。わしは復讐にのまれ、大切なものを忘れてしまっていたようだ。礼を言おう、若きセイロス騎士よ。お前の説得が、わしにそれを気付かせてくれた。」
どこか憑き物の落ちたような声で、ロナート卿は言った。それからカトリーヌに目を向け、少し険しい表情で続けた。
「カサンドラ。貴様とレアが憎いという気持ちは変わらぬ。また別の形で決着をつけさせてもらうぞ。」
「ああ。アタシとしても、アンタとの因縁がこんな形で決着を見るのは不本意だったさ。……だが、レア様がこんなことを認めてくださるか?」
そう言われて、ベレトも気づいた。ここでロナート卿とカトリーヌを説得したところで、大司教たるレアがロナート卿の処断を命じれば、すべては無駄になってしまう。レアは今までも、背教者に対してはかなり厳しい罰を課してきた。レアをも説得することはできるだろうか?
「……ならば、これを渡せ。」
そう言ってロナート卿は、書簡を取り出した。
「こいつは……?」
「西方教会の者どもが立てた、レアの暗殺計画が記されている。暗殺計画を告発してやったとなれば、あやつもわしを切って捨てるとは言えぬはずだ。」
「レア様の、暗殺計画……?! それも、西方教会の連中が……。助かるが、いいのか?」
「構わぬ。納得のいく答えを得る前に死なれては、わしが困る。」
「そうかい。確かに受け取ったよ。……アタシも、いつかアンタに全てを話してやるよ。納得がいくかは分からないけどね。」
カトリーヌは書簡を受け取り、懐にしまった。
「では、わしはガスパールに戻る。民たちを労ってやらねばな。」
「ロナート様、僕も行かせてください。弟たちの様子を確かめたいので。」
「それじゃ、アタシらで戦後処理だな。ベレト、アンタも手伝ってくれ。」
こうして、ロナート卿の反乱は、一応は平和的な結末を迎えたのだった。
― ― ―
大修道院に帰還してしばらくすると、ベレトはレアから呼び出しを受けた。レアとセテスの待つ謁見の間に一人で向かう。
「カトリーヌから事の顛末は聞いています。ロナート卿を説得したのは、あなただと。単刀直入に問いましょう、何故そのようなことをしたのです?」
レアの声は穏やかだったが、同時に淡々ともしていた。
「彼を討つことは、最善の道ではないと考えたからです。」
「具体的に説明してくれ。」
セテスが厳格な口調で問う。
「ロナート卿は、最愛の息子を教団に処刑されています。そして、それが無実の罪であると信じていたようです。フォドラの多くの民にとって安寧の証たるセイロス教団も、ロナート卿にとっては憎き仇でしかなかったことをご理解いただきたい。」
「どのような理由があろうと、他の信徒に危害を加えかねない罪深き者には、罰を下さねばなりません。」
「それだけではありません。」
レアの有無を言わさぬ口調にもひるまず、ベレトは主張を続けた。
「ロナート卿は、多くの領民から慕われていました。多くの領民にとって良き領主であったロナート卿を討てば、彼らは教会に不信感を抱くことになるでしょう。そうなれば、また新たな反乱の種を撒くことになります。そもそも、ロナート卿の反乱も教団による処刑が原因でした。教義に背く姿勢を見せた者を片端から処刑・討滅していれば、自然と教会への不信は募る一方でしょう。今回はいち領主のみの行動でしたが、これが複数の大貴族、あるいは国家規模での蜂起であれば、どうでしょうか。重要なのは、敵を滅ぼすことではなく、敵を作らないことなのでは。」
「……。」
レアは沈黙していたが、やがてセテスのほうが口を開いた。
「……確かに君の言うことももっともだ。だが、それは君自身にも言えることだと思う。事前に相談があれば、我々も別の策を検討できただろう。今後は、まず行動するのではなく報告してほしい。」
「分かりました。以後、気を付けます。」
「大司教、この者の指摘は、私も以前より気にかかっていたことです。急進的でなくとも、少しずつでも体制を変えていく必要があると、私も考えています。」
レアは、またしばらくの沈黙ののち、いつもの穏やかな声で答えた。
「……良いでしょう。ただし、セテスの言うとおり、行動で示すことはせず、事前に相談するようにしてください。今回の件は不問とします。ロナート卿に関しても、あなたの指摘について検討する必要があるでしょう。」
「ご理解いただき感謝します、大司教。」
ベレトは頭を下げ、謁見の間を後にした。結局レアを直接説得することにはなってしまったが、ひとまず今後の糧となりそうな種を蒔くことができた。一人でも多くの命を救うため、これから何ができるかを再び考え始めるベレトであった。
今回が約9か月ぶりの投稿であることからもご理解いただけるとおり、とんでもなく遅筆です。ただ、書き始めた以上は完結させようと思っているので、長く待てるという方は今後ともよろしくお願いいたします。