いろはのソウルジェム
魔法少女、環いろはのソウル
白い獣に奇跡を願うことで、それが形を成した宝石
生きたままソウルと肉体を分かつことで
魔法少女は仮初の不死と使命を与えられるが
魔力を使うたびにその内は穢れてゆく
ソウルを弄ぶがごとき業はどこか闇の魔術に通じるが
効率ばかりを求めたそれは人間性と無縁のものだ
黒い
残る三方にも同色の布が垂らされており、室内は薄暗い。
部屋の中心に位置する篝火だけが、ただ煌々と燃えていた。
パチパチと音を立て火の粉が舞い上がる中、ゆらめく炎に照らしだされ人影が立ち上がる。
少女とも、女性ともいえる年頃である。
ここでは娘とでも呼ぼうか。
娘は、擦り切れた帽子をかぶっていた。
とんがり帽子である
そして娘の手には、不気味な木彫りの人面が掴まれていた。
娘は何を思ったか、面を放り捨てる。
人面はあっけないほどに砕け散り、そして声が響いた。
「Hello!」
「やあ、はじめまして。黒魔女配信・初回だ……」
娘の正面にはパソコンとカメラがあった。
つまるところ、娘は配信者だった。
くすんだ金髪が篝火に照らされる。
癖のある髪は、どこか炎のゆらめきに似ていた。
『なんか始まった』『外人? かわいい』『今の何』『初見』『なんだ今の』『なんか喋った!?』『これは期待』『後ろめっちゃ燃えてない?』
画面の端に、まばらにコメントが表示されていく。
それに確かな手ごたえを感じ、娘は悠々と準備を進める。
娘の整った面立ちは、さしあたって上々の
「初見か。初見とは恐ろしいものだ……。だが知らぬものをよく恐れ、注意深く観察すれば突破口が見えてくる。何事であってもな……」
『なんか語り出した』『電波乙』『服気合入ってるな』『かわいい』『めっちゃ燃えてる!』『期待の新人』『室内で焚き火するな』
「さて、まずはこの配信の趣旨について説明するとしよう。主な催しとして、演奏をしようと考えている」
娘の手が伸びるとカメラが動かされ、安物の電子ピアノが映された。
『もっといいやつ買え』『安物すぎる』『火い消せ』『楽器と家電は妥協するな』『コンボで草』
などとピアノの買い替えを進めるコメントが続く。
「あいにく金がなくてね。稼ぎとは大変なものだ」
娘はひとごとのように、そっけなく答えた。
「さて、これから披露する曲は、もう、ずうっと昔に作られた曲……。それを私なりに復元してみたものだ。おそらく聞いたことのある者は誰一人としていな」
急に言葉を区切り、娘は少しだけ顔をしかめる。
「……いや、存外いるのかもしれんな。仮にも学問の徒を気取る身。断定なぞ恥じるべきことだ」
『言い回しが古風だ』『なんか勉強してるの?』『もしかして留学生?』『超燃えてるけどいいんですか』『大学生かな』『後ろ燃えてるけどええんか』
「フフ……勉強か……。いや何、魔術を少々な。いまだ雛鳥のごとき未熟ではあるが」
『そういや魔女って言ってたな』『やっぱり電波だった』『魔女狩りの研究でもしてんのか』『民間伝承とか文化人類学だな(適当)』『後ろやばい』
「いかなる分野であれ、どれだけ学べども興味は尽きぬものだよ。魔術も然り、ただ漠然と頭に詰め込むのではなく、そこに思いを馳せてみれば、それにまつわる人々の考え方とか、それが求められた理由などが見えてくる。……まあ、あまり深入りするのは、決しておすすめできんがね。……話を戻そう。もし貴公らに
『自信満々』『自信があるのは曲だろ』『そこまで言われると気になる』『(どっちが……?)』『演奏する前に後ろの焚き火消せ』『火の粉きれい……(現実逃避)』
「それでは聴いてくれたまえ。“Nameless Song”……」
娘の指が、鍵盤の上を滑るように動いてゆく。
「……いかがだろうか? 貴公らの耳を楽しませるものであったなら幸いだが……」
『宣言通りいい曲だった』『同意』『アーアー言ってるだけなのに美声すぎる』『燃えてる!』『歌も上手いのな』『魔女ちゃん(仮)燃えてるよ後ろ!』
『いい曲だったけど時間余りまくってて草』
「だいぶん時間が余ってしまったが、初回ということで大目に見てくれるとありがたい……。さて、残りの時間ずっと喋っているというのも難だ。何ぞおもしろみのある事をしようと思う。……そうだな、こういうのはどうだろう」
黒い布に囲まれた部屋の中、篝火を尻目に帽子のずれを直すと、娘は机の下に手を伸ばした。
これまた黒い布がかけられた机である。
娘はすぐに手を引き抜くと、両手に長いものを抱えそれを机の上に置いた。
「クロスボウの分解」
『なんで……?』『何故クロスボウ』『燃えてる! 燃えてるって!』『年季入ったクロスボウだな』『それより後ろの火を消せ!』『後ろヤバいって!』
娘は調子を崩さぬまま、慣れた手つきで使い込まれたクロスボウを分解していくのだった。
娘は説明を交えながら、するするとクロスボウを分解していく。
実用性はともかく興味深い説明に、視聴者らはコメントも忘れ聞き入っていた。
「ここはこういう構造になっているわけで」
「……ルカちゃーん? ごはん、できたよ~」
唐突に、食事の支度が整ったことを告げる声が響く。
『誰!?』『名前出ちゃったけどいいのか』『まだ燃えてる……』『かわいい声』『火の粉きれいだね』『火を消せ』
「……残念だが今宵はここまでのようだ。ああ、名前ならあだ名だから問題ない。悪いが家主を待たせるのも忍びない故、ここで失礼させてもらう」
そう言うと娘は、先ほどのものとは異なる人面を放り捨てた。
それはやはり砕け、そして声を発した。
「I'm Sorry!」
『また出た!』『別のお面……お面?』『思いっきり砕けてる』『早く火を消せ』『焚き火危ないよ!』『火事になる前に消せ』
「今宵、付き合ってくれた貴公らに感謝を」
そして一礼すると、また別の人面を放る。
「Thank You!」
『おつかれー』『乙』『何種類もあるのか……(困惑)』『それより火が危ない』『いい配信だった』『これは次回も期待』『あのお面っぽいのはなんなんだよ』『さすがに部屋出る時は消すよね……?』『語りもよかったな』『結局最後まで焚き火に一度も言及なくて草』
配信を終えた娘は、パソコン一式の電源を切り立ち上がった。
そして簡素な衣服に着替え、部屋から出ると、自らを呼ぶ者を目指し歩いていく。
彼女を見送るようにして、篝火はただ静かに燃えていた。
アジウスのつらさ
びっしりと書き込まれた手書きのレシピ
栄養のバランスや注意点が細かく書かれている
装備することで「アジウスのつらさ」の誓約者となる
アジウスは、年寄りじみた料理を好む者であり
それを振舞われる者こそが、薄い味と
それがもたらすつらさを味わうのだろう
だがそのつらさの由来は、食す者を想う真摯な祈りでもある
(これを装備していると、自動で手料理が薄味になる)