KAMEN RIDER DELETE――仮面ライダーディリート 作:否下
この本によれば、普通の高校生・常磐ソウゴ。彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた。だが――ここからは、この本とは別のお話。
第2話 カレは社長で仮面ライダー
「気配に呼ばれて来たはいいが、ここは……どこだ?」
「残念だが我が帝、どうやらこの本には記されていない世界のようだね。けれども君の勘は九分九厘当たる。仮面ライダーがいるのはほぼ確かだ」
1月の下旬、正午を回った街には、ひらひらと雪が舞い始めていた。スクランブル交差点には、平日の真昼にもかかわらず、数え切れぬ人の波。皆、近隣のオフィス街で働くビジネスマンである。「彼ら」を除いては。
「我が帝、どうだい? ライダーの気配は」西洋風でもなく唐人風でもない蒼の装束に包まれた、側から見れば胡散臭い男が尋ねる。手にした辞書並みに分厚い本の表紙には、「逢魔降臨暦」の文字。
「……まだ遠いな、ウォズ。一応近づいてはいるらしい」黄土色のコートを纏った青年が不機嫌そうに応じた。
「焦ることはないさ。方向さえ見失わなければ、どんな手段にしろ必ず辿り着く。歴史と同じようにね」ウォズと呼ばれた男が、逢魔降臨暦の巻末を開く。「我が帝はそのまま、役目を果たせば良いだけだ」
彼らの足元を吹き抜けた風が、ぴゅうと笛の音を鳴らした。
その2時間ほど前の出来事。
世界を繋ぐカーテンを抜けた大小2人の男たちは、奇妙な事象に遭遇した。鳴渡と創我は、慣れないウィンドブレーカー姿になっている。「え、何これ」オーロラを通過したのは一瞬、着替える暇も服もなかったはず。鳴渡の上着を掴んで戸惑う創我だが、彼の見た目は、サッカー少年と紹介されても違和感はさほど感じられない。
創我がサッカー少年なら、鳴渡はさしずめ若コーチ、といったところか。猛禽を象ったロゴマークが、左胸に縫い付けられている。
「分からん。まぁ、まずはお医者だな」彼は、神とでも呼べる存在が、思いを汲んでくれたに違いないと思った。背中を引き裂かれるシチュエーションは滅多にないものの、サッカーのスパイクシューズで負った傷だとすれば、医者に通してもギリギリ怪しまれずに済むだろう。
オーロラは、鳴渡の思考を知ってか知らずか、都合よく2人を転送した。眼前の看板が、「国立医電病院」なる病院名を示している。
平日らしく、待合室にはお年寄りが数人いるだけ。彼の背中に気を配りつつ、鳴渡は創我を座らせた。柔らかなソファが、創我の体を包み込む。
「診察券と保険証はお持ちですか?」天使のような笑顔で、受付の女性が痛いところを突いてくる。ポケットを漁ってみるも、当然どちらも入っていない。「すいません……急いでたので」苦しい言い訳だったが、グラウンドから直行したかのような服装のおかげで何とかやり過ごせたようだ。
偽名と疑われかねない程読みづらい自分の名前、創我のメジャーではないが読めないことはない名前を書かされたのち、急ぎ鳴渡は待合室の椅子に帰還した。彼の身体が沈み込み、座面が傾く。痛っ、と微かな声が漏れた。
「大丈夫。それにしても――」創我の、やっと見せた年相応の好奇心。「ここの看護師の人たち、みんな変なヘッドホンしてる」
彼に促されて鳴渡が見渡せば、白衣を着たスタッフたちの耳には皆、まばゆく青い光を放つ乳白色のモジュールが見える。職務中のコミュニケーションに利用しているのだろうか。
「何なんだろうな、一体」確かに気になるが、鳴渡には今、それよりも気になることがあった。「ところでさ創我。今度でいいから、お前が倒したい仮面ライダーのこと、教えてくれないか? 仮面ライダーっつっても色々いるみたいでな」
仮面ライダー。その単語に、少年の表情は一時険しくなる。「……うん、今度ね。絶対」負の感情全てを押し殺したような創我の笑顔を、鳴渡はこれ以上見たくなかった。一刻も早く、彼が心から笑えるようになってほしい。彼の両親を手にかけた仮面ライダーを、共に倒してやるのだ。鳴渡は自分が、初めて強い決意を持った気がした。
「武石創我さん、第1診察室へどうぞ」
「よし、立つぞ」鳴渡に肩を貸してもらい、創我は立ち上がる。大して長くもない診察室までの廊下だが、歩む速度が変わるだけでこんなにも長く感じるとは。そもそも創我自体、診察を受けるのが久しぶりである。
扉を開けると、男性医師が座っていた。彼もまた、件のヘッドホンをつけている。「こんにちは。初診の方ですね?」創我を支えて座らせると、鳴渡も後ろの円い椅子に腰掛けた。創我を直視した医師の眼が、ヘッドホンの光と似た色に光った気がしたが気のせいだろう。
「私はDr.オミゴトといいます。よろしくお願いします」
「オミゴト……?」普通の医師が、自らの働きぶりを「お見事」と自画自賛するものだろうか? ついうっかり、創我が声に出してしまう。
医師はくすっと笑うと、少しだけ背を丸めて話しだした。
「初めての方は、だいたい驚かれますよ。変わった名前だ、って直接言ってくる方もいる。私はですね、ヒューマギアなんです」
「ヒューマギア?」今度は鳴渡が尋ねる。
「ご存知ありませんか? えー……簡単にいえば、人型ロボットですね。医電病院では看護師としても採用されていますよ」
ロボットなら、瞳が青く輝いたのも頷ける。だが、ヒトがヒトを説明するのが異質に映るそれ以上に、ヒューマギアなるロボットが自身について説明するその様子が、奇妙に思われた。
「我々医療用ヒューマギアの仕事は、あなた方患者さんを救うこと。ヒューマギアに身体を預けるのが不安だとおっしゃる方もいますが、医療に懸ける熱意は、人間の皆さんと変わらないと思っています」
見かけも話しぶりも人間と大差ないどころか、ほとんど同じである。ヘッドギアの有無こそあれど、どう見ても、一般的にいわれる「ロボット」には見えない。プログラムされた言葉ではない、ロボットの生の言葉を聴いているような、不安定な感覚に捕らわれた。
「スキャンは終えました。背中の傷でしたら、1週間かからずに治りますよ。ですが、背骨に衝撃が加わると治りが遅れます。例えば自動車の振動とか……念のため、入院して様子を見てもいいかもしれません」
創我に目を向ければ、彼は既に覚悟ができているようだった。可能な限り早く傷を癒やし、仮面ライダーを倒すべく力を蓄えたいとの思いもあるのだろう。背中を見るだけで、鳴渡に彼の意思は伝わってくる。
ヒューマギア。人工知能搭載人型ロボット。こうして街中を歩いていると、人々の生活の至るところに浸透していることが分かる。創我の世界を引き合いに出すのも野暮なほどに、街には人とヒューマギアが溢れていた。
鳴渡が思うに、創我は強い少年である。恐らくとても長い間、独り悲しみを堪え、復讐の時を待っていたに違いない。先刻も、ひとりは慣れているから、街中の様子を見てくればいいと、鳴渡を病室から引きはがしたのだ。彼の目的は復讐ではなく、その先にある。鳴渡はそう確信していた。
『――昨日、
……1人になって改めて、「使命」について考える余裕ができた。
「仮面ライダーを倒せ、か」この世界にやってきて以降、仮面ライダーの気配そのものは感じている。今この道を歩いていると、少しずつ近づいている気がするのだが、いかんせん微弱なので、ひょっとすると何かの勘違いかもしれない。
そして、疑問はまだある。
その世界の仮面ライダーを消去する行為が、どうして世界の崩壊を防げようか? 卍と満葉、2人の話を総合して考えると、
「ライダーがいなくなった世界が滅んで、世界が間引かれる、ってことか?」情報が少なすぎる。今の鳴渡は、物騒な言葉を連ねて街を闊歩しているヤバイ奴である。すれ違う人々は彼を気にせず、何かに急いで歩くばかり。
掻き乱したような髪が、冷たい北風に揺れた。
その時だ。現在地の斜向かいの学習塾から、男女の叫び声。
振り向いた鳴渡の視線の先には、創我より少しばかり年上と思われる子供たちが、勉強道具を放り出して逃げ惑っている。頭と両腕にカーキ色のドリルを携えた怪人――ビカリアマギアが天を仰いでいた。鉢巻きらしき細く白い布がちぎれ、その足元にふわり落ちる。
スーツを着た小太りの男が駆けてくる。「花丸先生が……逃げてください! サ、サポートセンターにれ、連絡――」彼が走り去ってゆくと、鳴渡は顔を上げてマギアを凝視した。
考えるよりも先に、彼は懐の四角いカードを探る。顔を引き締めて取り出したのは、カメンライド用のライダーカード……ではなく、病院で書かされた創我の診察券。「……うっ」動揺を噛み潰すかのように歯を食いしばり、今度は正しいライダーカードを胸元にかざす。腰回りが光を帯び、正方形に近い形状のバックルが現れた。カードに浮かんだ絵柄は、板が斜めに刺さった蛍光グリーンのライダーだ。
仮面ライダーの前に、まずはこの訳の分からない奴を
「変身」カードをバックルに通し、その勢いのまま放り捨てる。カードは何処かへと消え去った。
《KAMEN RIDE:
ベルトの前方に浮かび上がったライダーズクレストが実体化した。計9枚の目を刺す鮮やかなプレートが、地面に垂直な3枚は顔の正面から、残る6枚は頭部の周囲を回って横側からそれぞれにマスクを突き、ビビッドカラーを全身に送り込む。
地表面から15度ほど傾斜した左右3枚ずつのプレートが形成する複眼が、マギアに自身の存在を知らしめるが如く煌めいた。
ベルトを巻いた、存外細身な怪人を目掛けて鳴渡は猛然と走り出る。ビカリアマギアは不意を突かれた格好で狼狽えるが、腕に装備された「ドリスネイラー」を振り回して瞬時に反撃態勢に入った。鳴渡の攻撃は当たってこそいるが、強固なドリスネイラーが邪魔をし、なかなか胴体まで届かない。「クソッ、硬いな」街行く人々の驚嘆の中、巻貝頭の怪人を路地裏に押し込める。幅の狭い空間ならば、マギアのドリルは文字通り無用の長物となるに違いない。
鳴渡の予想した通り、路地においてはディリートが圧倒的有利であった。マギアは外壁を不快な金属音で削りながら後退してゆく。ボディに右ストレートをぶちかまし、一切の隙を与えずに追い詰め続けるディリートの姿は、正に無情なる
けれど、相手はヒューマギア。人間より素早く、合理的かつ正確な判断を行えるのが強みでもある。後方に大きく吹き飛ばされたその瞬間を逃さず、頭のドリルを高速回転、アスファルトを掘削して地中に逃亡した。
だが、地面の揺れとそれに伴い発生する音波を、ディリートの頭部装甲は聴き逃さない。「……ッ、まさか!」再び公道へ駆け戻ると、地上に再出現するビカリアマギアが、今し方停車した白いバンの左前輪を破砕しつつ跳ね飛ばし、横転させていた。一瞬見えた車体側面には、「A.I.M.S.」のロゴマークが印されている。マギアはこちらに向かう鳴渡に気づき、ドリスネイラーを回して迎え撃った。
直後、銃声。車内からフロントガラスを撃ち抜き、タックルの勢いで1人の男が転がり出た。ブルーの拳銃らしき装備を腰に差している。「またこのマギアかよ……ったく、懲りねぇ野郎だな! お前らは車立て直せ!」部下への命令と共に彼の懐から姿を現したのは、
《バレット!》青い蓋の直方体――プログライズキーであった。男は指を蓋に引っ掛け、プロレスラーがTシャツを破るように力ずくで、キーをこじ開けた。手にした銃にキーを挿入し、鳴渡が突き飛ばしたビカリアマギアに銃口を向ける。
《オーソライズ! Kamen rider…Kamen rider…》
「変身!」《ショットライズ!》
トリガーが引かれ、不規則な軌道を描いて銃弾が放たれた。握り締めた拳で弾丸を打ち砕くと、弾は分裂して男の各部を装甲として覆う。
《シューティングウルフ! The elevation increases as the bullet is fired.》
狼を模した白い仮面、目を引く青の鎧。「仮面ライダー、か……」ドリスネイラーをすんでのところでかわし、鳴渡がひっそりと呟く。
変身に用いた銃型アイテム・エイムズショットライザーでビカリアマギアの背を撃つと、「ぅおし、行くぞ!」横たわった車体の下に手を入れ、「ぬぅぅぅうぁぁぁあああああ!」わずか一息で、あるべき向きに戻した。もっとも、タイヤを1つ砕かれているため、バンはすぐさまバランスを崩したが。
「
ここまで来てようやく、A.I.M.S.隊長・蒼神イサムは、ビカリアマギアと戦闘状態にある人型を認識する。「何だ、新手のマギアか? 何となく違う気もするな……まぁいい! そこの人、離れろ!」彼の意思は明確である。人ではなくマギアだったならぶっ潰す。人がここで警告に応じたなら、それでいい。
《パワー!》バンに背中をつけてもう1つのプログライズキーを起動、銃形状に変形させた鞄――アタッシュショットガンに挿し込む。《Progrise key comfirmed. Ready to utilize.》
《Kong's ability!》ショットガンを構え、凄まじい反動と共に「ぶっ放した」。
《パンチングカバンショット!》
ゴリラの拳に酷似した弾丸が、照準からは少しずれて、ビカリアマギアの頭部ドリルを撃ち抜く。あと十数㎝下に当たっていれば、見事なヘッドショットであった。その衝撃たるやかなりのもの。マギアは大きく後ろに吹き飛ばされ、塾建屋の壁に激突した。撃った側のイサムまで、その威力に比例する反動に耐え切れず、バンの車体を滑らせた。マギアの頭に覆い被さっていたドリスネイラーが失われ、ヒューマギア特有のヘッドホン型ギアが露見する。
「……え」小一時間前、人間を治す分野でヒューマギアが働いているのを見た。彼らロボットの一部ではあるのだろうが、人工知能が人類に牙をむいているのだ。
技術的特異点。シンギュラリティ。AIが人間を超える瞬間である。この世界は、既に達してしまっているのかもしれない。鳴渡には分からぬ分野ではあったが、幽かにも底知れない恐怖を感じざるを得なかった。
ビカリアマギアの首筋から触手のような何かがのび、道沿いの花屋、レストラン、そして自らが勤めていたはずの飛翔学習塾に侵入する。それぞれの店からこだまする悲鳴。扉を突き破って現れる無機質な銀の人型が、6体ほど。数の視点から見て、戦況は覆された。
「どうなって――ッ」その刹那、鳴渡の脳内を仮面ライダーたちのシルエットが駆け巡った。腰に備えられたカード入れが、まばゆく光っているように感じる。
――そうだ、思い出した。
前にも、多くの敵に囲まれたことがある。
鳴渡の深層に残されていた微かな記憶。その内の仮面ライダーに関する一部だけが、ライダーカードに記憶されていたのだ。
導かれるようにしてケースから引き抜いたライダーカードは、赤い眼の戦士から2色に分かれた戦士まで、数人の姿を映している。ビカリアマギアは、青い狼のライダー――仮面ライダーバルカンに翻弄されていた。「……よし」心を決めて返したカードの裏、黒色のサークル内に現れたのは、3つの魂が円を描いて漂うかのような文様。
《KAMEN RIDE:
バックルからの鼓の音に呼応し、薄紫の炎がディリートを包んだ。「――ハァッ!」右腕を振るい、鬼火を払うと、鬼の顔を額に掲げ、2本の角を生やした屈強な躰が現れた。
仮面ライダー響鬼。太鼓の音を操り、魔化魍を清めてきた鬼の戦士だ。その力を解き放つ紅の
紅蓮の火を纏った音撃棒をトリロバイトマギアに叩きつけ、弾き飛ばす。「あんた、何者だ?」イサムの問いに一瞬口籠った鳴渡であったが、目を見開き、吐き捨てるように名乗った。
「――仮面ライダーだ」
「そうか。じゃ、背中は頼むぞ」
鳴渡は応えることなく、一心に音撃棒でマギアたちの身体を打つ。音撃棒から放たれた炎はトリロバイトを1体焼き尽くし、ビカリアの強固な左腕の表面を融解させた。イサムはショットライザーを駆使し、マギアたちの胴を撃つ。至近距離から胸を撃ち抜かれ、トリロバイトの1体が沈黙した。「見た目も戦い方も変わってるな……どいてろ! 俺がまとめて吹っ飛ばす!」「あ、あぁ!」ブルーのプログライズキーのスイッチを押すと、軽快な音楽が響き渡る。《バレット!》
銃口から飛び出した4匹の蒼い狼が、残るトリロバイトマギアをそれぞれに捕らえ、親玉の元に引きずる。4体の人型に囲まれ、拘束されるビカリアマギア。
ショットライザーから、トドメの1発が放たれた。
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グ ブ ラ ス ト
《バレット! シューティングブラスト!》
マギアのど真ん中を、狼が貫いた。飽き足らず、飛翔学習塾の建物の角まで削り取る。先のショットガン同様反動が凄まじいらしく、イサムは人の姿に戻ると、右腕を支えながらこちらに歩いて来た。
その時だ。鳴渡が、高速で迫る仮面ライダーの気配を察知した。イサムのではない、ずっと強い波動。あの道の向こうから――。
「あんた、助かったぜ。全く、あの社長は何で来なかったんだ……」
「社長?」鳴渡が変身を解き、近づく何かとの関連を気にしつつ訊ねる。
「あ? 知らねぇのか? 社長ってのは――ほら、今頃来やがった。あれだ」気配の発信源たる黒塗りのセダンが、2人の前に停まった。後部座席から、正装のスーツに身を包んだ男が現れる。
「申し訳ない、遅れ……って、もう解決したみたいだな。そうだろう、蒼神さん?」
「あぁ、また変なベルト付けたドリル野郎だよ。そうだ社長さん、この兄ちゃんが手ぇ貸してくれてな。仮面ライダーらしいが……」
自分の横にいる男よりも、遥かに強いオーラを感じる。おそらく、この世界の仮面ライダーの中心にあたる存在なのだろう。
メタフィクション的にいえば、「主役」である。この世界は、鳴渡の目の前にいるこの男が変身するライダーが存在することによって成立している世界なのだ。
「ふーん……興味が湧いてきた。話を聞きたいな。じゃあ君、私と一緒に来てくれるかい?」
「は、はい、分かりました」社長と聞かされていたので、少々かしこまって応えた。この男を倒せば、この世界を
乗せられた車が停まったのは、天を衝くほどに高く聳え立ったビルの前。冬期だからか、ロータリーの噴水は水を噴き上げていない。
降りるよう促されて降車すると、「お帰りなさいませ、アルト社長」水晶玉を抱えた女性型ヒューマギアが駆け出てきた。
「ありがとう、メイ。着いた時にはもう出る幕がなかったよ。……この男の人なら心配ない、来客だ。案内してくれ」
メイ、と呼ばれたヒューマギアは、大袈裟な口調で歓迎する。「まあっ! ようこそいらっしゃいました、アダムテクノロジーへ! 私は、社長秘書のメイと申します! 以後お見知りおきを。社長室までご案内いたしますので、こちらへ!」
「呼びつけておいて申し訳ないけれど、私は今から記者会見でね。早く切り上げるよう努めるから待っていてほしいんだ。メイ、彼を頼むよ」
はい、と笑顔で答えるメイ。明らかに、人工知能開発の企業に似つかわしくないテンションと服装である。一昔前のスピリチュアル評論家のような、または街外れでひっそりとタロットカードをめくっている占い師のような。
そんな彼女に案内されてやって来た社長室は、白を基調としたシンプルな内装だった。机上には「代表取締役社長
記者会見は始まったばかりと思われる。まったく知らない会社の、それも社長室に秘書ロボットとふたりきりで、どれくらいの時間いればいいのだろうか。はっきり言って、気まずい。
「あ、あのー……」メイが話しかけてきた。「よろしければ、占われてみませんか?」「えっ?」突然何を言い出すかと思えば、実に見た目通りの発言だなあと思う。
「あ、腰が引けてますね? 大丈夫です、お名前を教えていただければそれで」「……なら。現虚 鳴渡」
「むむむ……」明朗な声でお礼をされると、自然と気持ちが明るくなるものである。10秒ほどして、彼女のヘッドギアが明滅した。「降りてきました!」
「鳴渡さんは……超人的な能力を持っていますが、考えるより勢いで動いてしまう方、でしょう?」
「……凄いなぁ」聞こえないように独り言ちたつもりだったが、バッチリ聞き取られてしまっていたようだ。「大当たりですね? ありがとうございますっ!」病院の受付でもそう思ったが、ヒューマギアは笑顔を見せることが人間以上に多い。平和に笑っていられない世界を経てきたからかもしれないが、ロボットも人間も、最もいい表情をしているのは笑顔の時だ、と鳴渡は感じた。
その一方で、先の一件のようにヒューマギアが暴れ回ることもある。一体何が、姿も名も知らぬヒューマギアをあのような怪人と化させてしまったのか。
「そうだ。もう1人分、占ってもらえないか?」「もちろんです! 私は、占い師型ヒューマギアですから」
アルトは何故占い師を秘書として置いているのかと疑問に思いながら、あの寂れた世界で出会った少年の名を鳴渡は伝えた。
「……はい、降りてきましたよ! 武石 創我さん、でしたよね?」
メイの表情は、占い師のデフォルトとしてプログラムされたであろう表情を超え、占いを「楽しんでいる」ように映る。
「意志が強く、困難な状況でも折れない心の持ち主、ですね!」多分、当たっている。
「本人に教えとかないとな。メイ、だったっけ? ありがとう」
「はい、ぜひお伝えください! お役に立てたようで、とても嬉しいです!」
ここまで感情豊かな人工知能を生み出した企業の社長は、一体どんな人物なのだろう。仮面ライダーを倒すことより、彼への興味と好奇心が上回っていた。
メイのヘッドホンがまたも点滅する。「記者会見が、終わったようですよ!」
直後、階段を駆け上り、アルトが不平を垂れながら自室へ帰り着いた。
「質問がくだらなさすぎる。世の中に事実を詳細に知らせようとする熱意はないのか……?」鳴渡の姿を再確認すると、途端に口をつぐむ。「申し訳ないね、君という来客がいながら。机の上を見たとは思うけど、改めて自己紹介しよう」
彼はポケットから黒い携帯電話、ライズフォンを取り出して電子名刺を送信しようとしたが、「あの、何を」「まさか君、ライズフォンを持ってないのかい」異界の人間である鳴渡が、この世界でのみ開発されたアイテムを持っていないのは当然のこと。
「この時代に持ってない君も珍しいけど、名刺は真っ先にペーパーレス化されちゃったからな……」頭を下げられても、仕方のないことである。
関係もない。どうせ、数日も経たないうちに仮面ライダーとして葬るのだから。
「まあ、しょうがない。私は戸端 アルト、アダムテクノロジーの代表取締役社長をしている者だ。よろしく」
「はい。じゃああの『HIDEN』っていうのは……」
アルトは窓の外に視線を向け、空を見上げるように呟く。「気になるだろうね。あれは我が社の前身、飛電インテリジェンスのロゴだ。先代……私の祖父が人工知能市場に参入し、ここまで会社を広げてくれた。私にはその会社を守り、さらに伸ばしていく義務がある。ヒューマギアで世界を支えるんだ。知っているかい? 日本中で働くヒューマギアはほぼ全て、我々の造ったものなんだ」
鳴渡は驚嘆する。アダムテクノロジーがこれほどの大企業に成長できた理由が、彼にも分かる気がした。病院や花屋、商店街の客引きまでこなす万能なロボットたちなのだから。
「――さて、待たせてしまったけど本題に入るとするよ。君は仮面ライダーだ、と聞いているけれど、本当なのかい?」
「――はい」
「それなら話が早い。何を隠そう、私も仮面ライダーでね。メイ、よろしく」彼女の持つ水晶玉がプロジェクターの役割をし、真っ白な壁に映像とCGモデルを投影する。社長秘書・メイのメモリーに記憶された映像だ。
青空の下でコウモリ顔の怪人を切りつける、ディリートと色味の似た蛍光グリーンのライダー。画面右側の直立したモデルが回転し、黒の素体にバッタをイメージした装甲を身につけた全身像を示した。
「これが私、仮面ライダーゼロワンだ!」
タイトルにした割にほとんど出てこなかったな……
ヒューマギアの無限の可能性、それはどこへ向かうのか? そして、謎の男たちの素性は?
次回、「仮面ライダーディリート」!
「ワがなはユリウス2018」