「初めて会ったのは別のゲームだったんです」
珍しくエネミーとの遭遇率が低いなぁと思いながら、洞窟の中をふらりふらりと歩き回る。
似たような光景が続くようでその実、万華鏡のように多彩な色彩を描く木と樹と、光は、千紫万紅の樹海窟という名の通り、千変万化の移り変わりを見せてくれる。
そんな光景の中を散策しながら、いつぞやのリュカオーン戦の時に口にしていた、先輩という言葉が気になって聞けば、そんな答えが帰ってきた。
「ベルセルク・オンライン・パッションという格闘ゲームですね」
彼がプレイしていたのであればきっと、一筋縄ではいかないゲームなのだろう。
話の続きを促せば、彼女は、つらつらといろんなことを語る。
あまりお小遣いがなくてワゴン売りされている安価なゲームばかり買っていたこと。
そんな中に、件のゲームもあって、たまたまPVPの時に受けて立ってくれたのがサンラクさんだったこと。
たまたま同じ名前の人がこのゲームの中にいると聞いて、追いかけてみようと思ったこと。
ゲームを超えた、リアル以外での繋がりが初めてで、つい、そんなことをしてしまったこと。
そんな彼女の話を聞いて思う。
彼女はちゃんと、ゲームを"楽しめる"人なんだな、と。
「そういえば、えっと、サイガ-0さんは...」
「レイ、で......いい、ですよ」
「レ...レイ先輩は、どうしてこのゲームを始めたんですか?」
彼女、茜ちゃんが問いかける。
きっと世間話の延長。あるいは、今まで話していた話題を広げて。
ふと自省する。自分は、私はちゃんとゲームを楽しめているのかと。
楽郎君と同じ時間を過ごすことができて、共通の話題ができて、クラスメートに対しては同じ秘密を有する密かな連帯感を抱いて、楽郎君の手助けができて、楽郎君に助けれられて、共同作業をして。
だから楽しい。それは、間違いない。
自分の中で楽郎君という存在は、確固たる、大きな質量を伴って存在している。
そのためのゲームであるなら、ゲームは手段にしか過ぎない。
けれど、今の自分は、それはそれとしても、ゲームを目的として楽しめているような気がする。
「最初は、逃避だったのかもしれません」
一緒に遊びたい人がいて。でも、その人は遥か先で、追いかけるには随分と難しくて。
思えば姉に引き摺られたとはいえ、1年と言う準備期間をもってして、やっと彼と対等ーきっと、おそらくー対等に近いところにまで、追いつけているのだと思う。
本来の目的にやっと追いついてきた。
彼と一緒にゲームを楽しむというその目的に。
そんな安堵もあって、口が滑る。
「好きな人と、一緒にゲームがしたくて。でも、彼がプレイしているゲームは難しくて」
そうして、人気のゲームにまず触れてみようと思って始めたら、彼が....彼が??
「あうあうあう........」
「誰かの恋バナを聞くのって初めてです」
「ふぎゅ」
滑りかけた口が、なにか小恥ずかしいことを口走っていたような気がして、急に思考が停止する。
車は急に止まれない。それが氷道のカーブでアクセルを吹かしたなら尚更に。
ちょっと待て。自分は今なにを口走った?
「あの....その....」
「ひょっとしてそれはサンラクさんですか?」
「 」
あっスリップした。
と、俯瞰視点でオーバーヒートした自分を見ているような気がした。
____◇
そういえばレイ先輩は、サンラクさんと現実でもお知り合いなんですよね。
と、いつぞやのSNSのやりとりを思い出す。
伝言があれば伝えておくといったレイ先輩に、ということは実際に会える距離にいるんだよね。とペンシルゴンさんが言っていたっけ。
それにしても、サイガ-0さんは以前の男性のアバターとは随分雰囲気が違う。
リュカオーンと戦った時以降しばしば行動を共にすることもあったけど、ゆっくり考えながら、重みをもって言葉を紡ぐサイガ-0さんの姿は、その最大火力/アタックホルダーの二つ名の通り、ずいぶんと威厳があるなぁと思っていた。
けれど、今のアバターは、そのころの雰囲気とは全然違う。
もしかしたら、リアル側の姿に近づけたのかな?と思った。
私と比べたら少し大人びて見える少女の姿は、サンラクさんの前ではずいぶんと顔を赤らめていて。
以前のアバターでは表情が見えなくて、威厳に感じられていた語りかたも、今のアバターだと、可愛い人だな。という印象に変わる。
『好きな人と一緒にゲームがしたくて』
そう語るレイ先輩の、キラキラとした横顔が、ふと、顔を赤らめている時の姿と結びつく。
だからこれは噂に聞く恋というものなのかと、知らぬ間に思い浮かんでいた。
「ひょっとしてそれはサンラクさんですか?」
思えばそのままに声にしていて、それが図星だったのか、それともその通りなのか。
レイ先輩はピシッと、古いゲームソフトが止まってしまった時みたいにピシッっとその動きを停止した。
◇
「あまり...その...いや...ほんとうに....言わないでくださると.....」
「わかってます!応援します! けど、お友達と恋バナをするのは初めてです」
私の友達は、そういう話を私の周りではあまりしない。
混ざってみたい。という気持ちもあれば、どんな話をしたらいいんだろう。という疑問もある。
話に聞く限りでは、どこかふわふわしていてもたってもいられなくなるような、心を締め付けるような、胸がポカポカするような
「うまくいくといいですね」
挑む姿は、好きだ。
何かに取り組む誰か。の背中を見ると、いつもは、「よし、私も頑張ろう」っていう気持ちになる。
私もできることをしよう。
走れなくなるまで走り込んでみよう。
行けるところまで全力を出してみよう。
そんな気持ちになる。
なのに、レイ先輩に、頑張って。と、うまくいくといいね。と、声をかけた時に、きゅうと胸を締め付けられるような感じがしたのは、どうしてだろう。
ズキっと心を握り潰されるような痛みを感じたのはどうしてだろう。
レイ先輩?
「レイ先輩?」
問いかける相手は、先にログアウトしてしまっていて、また明日と手を振った後ろ姿がまだ残っているように錯覚して。
私の知らないことを知っている先輩なら、もしかしたら、この痛みの理由も知っているのだろうか。
そう思っても、聞く相手はもうログアウトした後だ。
問いかける先を見失って、痛みは痛みを引き寄せる。
ふと考える。
サイガ-0とサンラク越しにしか、2人のことを知らない。
そのアバターの先にいる生身の誰かのことを、私は知らない。
一応、2人のSNSのアカウントと、ベルセルク・オンライン・パッションの時のサンラクさんのことも知ってはいる。
知ってはいるけど。
けど。
偶然できた不思議なつながりと、その中にいる愉快で痛快なみんな。
ペンシルゴンさんとオイカッツォさんは、サンラクさんと随分付き合いが長そうだし、モルドさんとルストさんは、いつも2人で行動しているし、やっぱり現実でも付き合いがあるのだろう。
ふと、「秋津茜」のことは、みんな知っているけれど、「隠岐紅音」のことを知っている人は誰もいないんだと。
この世界に誰もいないんだと、そんなことを思ってしまった。
◇
「紅音、珍しいのね」
起きると、ズキズキ痛む頭、ちょっといつもと違う感じがする喉、なんだかおかしいと母親に告げると、渡された体温計は微熱どころではない温度を示した。
「休みなさい。暖かくして寝ておくのよ」
わたしも休みを取るから、安心して寝てなさい。と、母がいう。
布団を羽織って、ベッドで横になる。
母がいるから寂しくはない。
けど、起きる元気がないと、どうしても私の心は沈んでいく。
昔、昔といっても、数年。数十年ということはない、自分がまだ小さい頃。
あの頃は、体が思うようにうごかせなくて、というか病弱で息も続かなくて、事あるごとにこうやってベッドに寝転んで、外で遊ぶ誰かを羨ましそうにみていたっけ。
部活は、楽しい。
ずっと、走っていられるから。
ただ、頭を空っぽにして、前を向いていられるから。
そうやって、みないようにしてきたものが、こうやって立ち止まった時に、自分の後ろから追いかけてくるような気がして、どうしても気が滅入る。
自分の携帯の連絡先に入っている大半の友人は学校の友達ばかりで、こういう時に、こちらから連絡しようとはならなかった。
自分じゃない自分を見せるのが、どうしてか怖い。
いや、今の自分が本当の自分なんだろうか。それとも、元々の自分といえばいいのか。
元気な自分じゃなくなった自分は、果たしてちゃんと自分なのだろうか。
そんな寒気がやってきて、けれど頭は熱を持ってうとうととして。
風邪、ひいちゃったみたいです。
そんなSOSを、誰かに送ったような気がしたけど、ぼうっとした頭はちゃんと働かなくて。
いつの間にか眠りに落ちていた。