「あれ……?」
さらに続く、俺と美琴とロータスの散歩道。
ピクリと、ふと耳慣れたその声に身体が反応する。
「おーい。なおくーん!」
「……あ、藤枝さんだ。やっほー!」
さっそく保奈美の姿を認めた美琴が、勢いよくそちらへとむかって手を振った。
当の保奈美はというと、普段からよく見かける外出着を着込みつつ、片方の腕にはなにやらワンポイントの入った紙袋などを抱えている。
その柄には、俺も見覚えがあった。察するに、おそらく商店街にでも行ってきた帰りだろうか。
なんだかんだとやっているうちに、もうじき昼だ。みんな思い思いに、それぞれの休日を満喫しているのだろう。
やがて、彼女は俺たちの前まで歩み寄ると、しんそこ驚いたという表情を俺に向けてきた。
「なおくん、休日なのにこんな時間から出歩いてるなんて、珍しいね?」
「ふふん、そうだろうそうだろう。……いや、っていうかさ。それよりもこっちの美琴が犬の散歩をしてる方が、よっぽど珍妙だと俺は思うんだが?」
「ううん。天ヶ崎さんがロータスといっしょに散歩しているのは、わたしもよく見かけてるし。なおくんが寝坊しないでちゃんと起きていることの方が、何倍も珍しいよ」
「うんうん。そうだよねー、藤枝さんっ」
くっ……。どうやら、形勢があまりよろしくない。
このままでは早起きをしたという俺の偉業も、ともすれば単なる皮肉の対象へと様変わりしかねん。
「……そ、それにしても、商店街に行ってきたのか?」
とりあえず話題を変えるべく、俺は保奈美が小脇にかかえる紙袋を苦しまぎれに指差した。
「あ、うん。今度料理部で使う材料の下調べと、簡単な調達をね。……なおくんは?」
「俺か? 俺は……」
保奈美の問いに、やれやれといった溜め息をひとつ。
「ひとり気ままで優雅なる散歩に、美琴とロータスが勝手についてきてるって感じかな」
まったく、しょうがない一匹と一人だこと。
「か、勝手についてってなんかないよー! 久住くんの方が、わたしとロータスの散歩についてきてるんでしょ」
「うをんっ!」
美琴のみならず、ロータスまでもが憤慨されてしまわれた。
「……天ヶ崎さん、まだあんまり街のことは詳しくないんだよね。なおくんがいるからって気を遣って見慣れない道に入ったりしないで、いつもと同じように散歩すればいいんだからね」
うわ。俺の話、誰からも信用してもらえねえ。
「……というか、保奈美もいっしょに来るか、散歩?」
俺の誘いに、しかし保奈美はちょっと笑って首を振った。
「ううん。これから家に帰って、やらなくちゃいけないことがあるの。だからまた今度誘って、ね?」
「うーん、残念だけど……それじゃ仕方がないよね」
保奈美の返事に、少しばかりがっかりした様子を見せる美琴。
とはいえ、彼女自らも言っているように、こればっかりは仕方がない。
今にも先に進みたくでうずうずとしはじめたロータスに引かれるようにして、互いに挨拶を交わしつつ、俺たちは保奈美と別れようと……。
……したところで。
しまった。うっかり忘れるところだった。
「ちょっ、保奈美。ストップストップ!」
俺は去りかける幼馴染みの後ろ姿に、あわてて声を飛ばした。
「……え。どうしたの、なおくん?」
「久住くん。……ひょっとして、あれ……本当にやるの?」
「あたぼうよ」
ひそひそと声をかけてくる美琴に、俺はしごく当然といった表情でうなずき返す。
「……なおくん、何か忘れ物?」
振りかえった保奈美が、やがて引き返してくる。
美琴は気が進まないようだが、ここで怯んでしまってはどうしようもない。
――それは、にわかに膨らんだ夢。
夢とは、実際に行動せねば捕まえることはできはしない。その果てがどこへ行きつくにせよ、まずは努力こそ怠ってはならないものなのだ。
それゆえに、その夢を追い求めるがゆえに……俺は不審顔で近づいてきた保奈美に、冷徹に宣告を下した。
「通行料として、身ぐるみ剥がれていけ」
「く、久住くんっ!?」
あ、いや、違った。
「な……なおくんの、エッチ!!」
……ち、違うんだっ。俺の伝えたいことは、そんなんじゃない!
っていうかこのままでは夢を叶えるもなにも、それ以前に俺が犯罪者になってしまう。
「い、いや、今のナシ。そーじゃなくて、これと何かを交換してくれ」
はたから見ても明らかに俺自身も動揺しつつ、ようやくの思いで保奈美の前に一本の缶ジュースを突き出した。
「え? どうしたの、これって……」
「……うむ。話せば長きに渡ることながら、ぜひともこの缶ジュースと保奈美が現在所持しているものの中から、なにか物々交換をしてほしいのだ。しかもぶっちゃけ、これよりも少しばかり高価なモンと」
……ううむ。
「言っている意味が分からないよ」とでも言いたげな保奈美のリアクションも、むべなるかな。
が、しかし。
このままではいっこうに話が進む様子を見せないので――やむなく俺は、こうなったいきさつを説明することにした。
――くだんの缶ジュースは、もはやお分かりの通り。
先ほどの自動販売機にて子供が立ち去ったあとに「当たり」が出た、まったくの思いがけない偶然が俺たちに恵んでくれた、その一本だ。
とりあえずそのままにしてこの恩恵を見逃してしまうのももったいないので、しばし美琴と相談したのち、ありがたく幸運を享受することに決した。
ちゃらららっちゃっちゃ~♪
くずみなおきは、100円のこうかをなくした! くずみなおきは、120円のかんジュースをてにいれた!
「うーん……。こんな偶然って、あるもんなんだねー」
美琴の感慨に、俺も同感。
「だけどこういう偶然なら、わたし大歓迎かなっ。……あ、でも」
――どうやって2人で分けよっか、これ?
と、プルタブに指先をかけようとした美琴が、あわてて引っ込める。
そして、少し困ったような笑いを浮かべた。
「いや、それよりも……ここはだな」
……ふと、あることが思い浮かぶ。
「むしろその缶は、俺が預かろう。いいか、飲んではならぬ、決してならぬぞ」
「え? どうしてー?」
ひょいと美琴の手から缶ジュースを奪い取ると、彼女はさも不満そうに口をとがらせてきた。
「いいか……よく聞け」
そんな美琴から投げつけられる憤懣に涼しい顔で応えながら、俺はおごそかに説明をはじめた。
「……最初、我々はなにも持ってはいなかった。言ってみれば、手持ちの資金はゼロだったといってもよかろう」
「……ふんふん」
「ところが、まずは100円玉を見つけた。そして、その100円は不幸なアクシデントにより、いっときは失われた……」
そこで俺は「しかし」と、逆接の接続詞をつけて話を続ける。
「いったんは、振り出しに戻るかと思われた。……が、気がついてみれば、どうだ? 100円を失ったかわりに、その金額では買うことのできない一本の缶ジュースを、現在我々はこうして手にしている」
俺は言葉を切ると、たかだかと片手に持った缶ジュースを頭上にかかげた。
「ゼロだったのが100円、100円だったのが120円。こうしてどんどんと物々交換を繰り返してゆけば……やがて俺たちは、途方もない財産を手に入れられるかもしれん」
――夢を持つなら、どーんと大きく。
100円だ1000円だといわず、むしろ2億円すらも超えてみせようではないか!
ジャンボなドリーム感あふれる俺の演説に、美琴が「おー」とあまり誠意の感じられない拍手をぱらぱらと返してきた。
「あ、でもその話、わたし知ってるよ。えっと……たしか、『わらしべ長者』っていうやつだよね」
「そうそう。つまりはだ、俺たちは輝かしき『平成わらしべブルジョアン』になれる可能性を秘めているということだ。これは猛烈にすごいことだぞ?」
俺は胸を張り、この野望の行きつくであろう未来図を、鼻息荒く美琴に教えてやる。
っていうか俺の頭の中には、すでにロータスの散歩のことなどどこへやら。
「ということで、どんどんと街を歩きまわるぞ。……ふははは、見てろよ。来年の長者番付は、俺たちがダブルランクインでいただいたぜ!」
「夢を持つのはいいことだと思うけど……。どうせだったら、もっと地に足がついた夢を持った方がいいんじゃないかなぁ……」
「うをんっ!」
……なぜかロータスまでもが美琴と同意見のようだった。
「……と、そういうわけなのだ。だから、な?」
より交渉の成果を高めるため、ここで営業スマイルをひとつ。
「何かこれと物々交換してくれ、保奈美さんや」
事情を説明し終えた俺は、ふたたび缶ジュースを保奈美の目の前にずずいっと突き出した。
「い、いいよ。別にそんなの、わたしいらないよ」
「いや、もらってくれないと……というか交換してくれないと、話が進まないのだ。だからほれ、ほれっ」
遠慮は無用、情けも無用とばかり、なおも保奈美の前につきつける。
そんな俺の横で美琴がしきりと「ゴメンねー」などとやっているが、気にしないことにする。
ほれ受け取れ、やれ受け取ってくれ。でもって、何かと換えるがよい。
「……もう。しょうがないなあ」
やがて保奈美は観念したのか、やたらと大きな溜め息をひとつつくと、ポケットから一枚の布切れを差し出した。
「……なに、これ?」
一瞥したところ、女物のハンカチのように見受けられますが……。
「ジュースはいらないからね。……だけどなおくん、どうせハンカチも持ってないんでしょ? もしうっかりこぼしちゃったりした時のために、はい、これ」
い、いや、そんなんじゃなくってさ……。
「っていうかさ、もっと、こう……。一目で『すごい! こんなんもらっていいの、恐ろしい!』くらいな、セレブリアンヌな品物をと申しますか……」
「うわぁ、キレイな柄だねー。……でも藤枝さん、これってとても安物のハンカチじゃないでしょ? いいの、汚しちゃったりなんかしても?」
美琴がなにやら恐縮したように言うのに対し、保奈美は「ううん、いいよ」と穏やかに小さく微笑む。
そしてなかば強制的に、俺の手ににぎらされる保奈美のハンカチ。
「はい、ちゃんと持っていって。それで、よかったらまた明日にでも返してね」
しかも返さないといかんのかい。
「じゃあね、なおくんに天ヶ崎さん」
とりあえず、俺がそれでもむりやり缶ジュースを持たせようとするのを巧みにすり抜け、保奈美は美琴に軽く挨拶をするとその場を去ってゆく。
…………。
交渉の結果。
左手には缶ジュース。右手には保奈美のハンカチ。
2つもゲットしちゃった。
…………。
「……えーい」
プシュ! ゴクゴクゴク……。
「あー! 久住くん、ずるいー!」
俺はおもむろに缶ジュースのプルタブを引き抜くと、中の飲料をためらいなく喉の奥へと流し込んだ。
とりあえず曲がりなりにも保奈美のハンカチへと交換がなされた以上、缶ジュースはあってもなくても構わないからな。その使命は、いま終わったのだ。
「ああ。……美琴も飲むか?」
「うう、もう空っぽじゃない……」
まあ、とにかく……。
次だ次。次の物々交換だ。
怨嗟の声を上げる美琴を置いて、俺はさらなる前進をロータスにお願いした。
◇ ◇ ◇ ◇
――しかし。
次なる相手は、非常にやっかいな猛者だった。
「あ、直樹っ?」
…………。
今現在のところ、直接俺の名前をダイレクトで呼ぶ女性は、この世の中でたった一人しかいない。
「……な、なんで逃げるようにどんどん先に歩いていくのよ。待ちなさいってば!」
「あ、茉理ちゃんだ。茉理ちゃーんっ!」
こら、気づくなっちゅーに。声をかけるなっちゅーに。
美琴によってあえなく隠密行動がバレてしまった俺のもとに、かしましき従妹が寄ってくる。
デンジャー! デンジャー!
「まったく……。少しは健康的に散歩でもしてるんだと思えば、人の顔を見てこそこそするなんて失礼じゃない?」
「い、いや。君子危うきに近寄らずっつーか、危険を察知する触覚がびんびんと働きまくりですよっつーか……」
「……なにか言いました?」
「いえ、別に」
まだまだ命の惜しい俺は、鋭い眼光を放つ茉理を前にあわてて口をつぐんだ。
休日の、晴れやかなる一日。このような日に、これ以上の死地へと飛び込む必要はなかろう。
「そういえば、途中で保奈美さんと会ったんですけど。……聞きましたよ」
と、茉理は美琴の方へ身体を向けると、ちょこんと頭を下げる。
「すみません、天ヶ崎先輩。ロータスはいい子だから問題ないでしょうけど、おまけのいたらぬ従兄の面倒まで一緒に見てもらってしまいまして」
オマケかよ、俺。
「あ、あはは。……ううん、久住くんがいっしょだと、なんだか楽しいしねー」
「そうだぞ。同じ道でもロンリーオンザロードで寂しく徘徊しているお前には、とうてい味わえぬこの充実っぷり。ああ麗しきかな、デュエットなる言葉よ」
「まだ明るいからといっても、直樹は何をしてくるか分かりませんから。いきなりヘンなところに連れこまれたりしないように、気をつけてくださいね」
……今回もまた、俺のセリフは華麗に無視られる。
再三にわたって、なんと無礼千万な従妹だろうか。
「……あ」
ん?
と、その茉理が、急に何かに気がついたように指先をつきつけてきた。
「……なんだよ」
「直樹、缶ジュースはどうしたの?」
「は? いや……別にさっき、全部飲んだが」
中身をすべて俺によって吸いつくされた空き缶は、ついさっき道端にあった空き缶入れへと投じておいた。
空き缶は、きちんとゴミ箱へ。ボクとキミとが交わした、あの日の約束だ。
「うう~~~……」
美琴の恨みがましい視線が、俺の良心をチクチクとつついてくる。
ガードガード! 良心ガードっ!
「ふーん。それじゃ、もう飲み終えたんだよね」
「ああ、すっかりな。……って、ひょっとしてお前も飲みたかったとか?」
「あたしはそんなに意地汚くないっ!」
「……しゅん」
ことの経緯を知らずに放たれた茉理の一言によって、美琴がなんだかひどく傷ついた。
ロータスがそんな彼女に身を寄せ、いじらしくも慰めようとすりすりしている。
「そうじゃなくて。……ほら、返しなさいよ」
茉理はそう言うと、催促するように手を差し伸べてきた。
……は?
いや、なんというか……さっぱり心当たりがない。
俺、こいつから何か借りてたっけ?
記憶のなかを漁ってみたが、やはり導き出される物品の姿はいっこうに思い浮かばなかった。
「返すって……何をだ? そもそも俺、お前から借りたもんなんてないと思うぞ?」
「あたしのじゃなくて、保奈美さんの。ほら、さっきちゃんと借りたんでしょ」
「……って、ひょっとして、ハンカチのことか?」
それならば、たしかに保奈美から借りた……ような記憶がある。
おおかた俺たちと同じように茉理もどこぞで保奈美と偶然に顔を合わせて、今回の話を聞きつけたのだろう。
っていうか、やっぱり返さなくちゃならんのなら、物々交換の意味ないじゃん。
「し、しかしだな。あのハンカチは、そもそも缶ジュースと交換という形で手に入れたものであるわけで。それをさらにトレードして、交易を重ねていこうと……」
「でもそのジュース、保奈美さんじゃなくて直樹が飲んじゃったんでしょ?」
……う。
「話はちゃんと全部聞いたわよ。直樹ぃ、これ以上、さらに保奈美さんを悲しませるつもり~?」
……ううう。
すっかり茉理に押される形となった俺の頬を、一筋の汗がつたった。
やっぱりやっぱり、デンジャー! デンジャー!
いかん。このままではせっかくの千載一遇の好機、俺のわらしべドリームが頓挫してしまう。
ボーイズ・ビー・アンビシャスと、昔の偉い人も言われました。ゆえになんとしても、夢の終焉だけは防がなくてはなりませぬ。
「み、美琴っ。お前からもなんか一言言ってやれっ」
すっかり形勢不利とみた俺は、それまでなかば傍観の体を示していた友軍に救援を要請した。
「うをんっ!」
…………。
いや、そっちじゃなくて。
「……え、わたし?」
「っていうか、お前しかおらんだろうが」
いまだ先ほど受けたダメージから脱しきれていないのか、俺と茉理との言い合いをぼーっと見守っていた美琴ではあるが。
……ふふん。
日頃より俺に対し小生意気な態度をとる我が従妹も、美琴の言葉にはさすがに無視することができまい。形勢逆転だ。
「うーん……」
ほれ、言ってやれ言ってやれ。
腰に手を当て、さして豊かでもない胸をずずいと張っておる小癪な娘の心に、ぐさりと太い杭を打ち込んだれ。
あ、いや。ホントにそこまではしなくていいですけどね?
「……でも、久住くんが……けっきょくはジュースを全部飲んじゃったんだよね」
……はい?
「そんな、唯一起きた事実から、今後の結末を想像すると……」
「すると……?」
「もし本当に、いっぱいのお金なんかが手に入ったとしても。きっと久住くんは自分の取り分を大きくしちゃうと思うし……」
「あの……美琴さん?」
とても――とても不快きわまる悪寒が、俺の背筋をぞくぞくと這いまわった。
そんな俺に、やがて美琴は結論づいたのか、ひときわ輝いた笑顔を見せ――。
「これ以上藤枝さんのハンカチを返さないようだったら、私物窃盗の疑いで久住くんを逮捕します!」
「うをんっ!」
「ば……ばばばば馬っ鹿! お、おおお前、何を言っとるさね!?」
錯乱して何を言っているのか分からないのは、俺も同様だった。
いや、むしろこっちの方が重傷っぽい。
「ほ~ら。天ヶ崎先輩だってちゃんと言ってるじゃない。それとも直樹は、これからの洋々たる前途を暗い一室の片隅で費やしていきたいわけ?」
「いや……いくらなんでも、さすがにそこまでの重罪にはならんだろうが……」
「とにかくっ! 直樹に任せるとちゃんと保奈美さんに返すか信用できないから、今ここであたしに預けなさい!」
「うんうん。……いやぁ、お兄さん思いの優しい従妹だねー、茉理ちゃんは。感動しちゃうねー」
「……美琴。そのニタニタ笑いをやめて、真顔で今のセリフをもう一回言ってみやがれ」
くそっ、裏切り者のユダめが。
……しかしどうあれ、現在の状況がひどく芳しくないのは一目瞭然だ。
「うをんっ!」
うわ。そのうえにロータスまでもが、美琴と茉理にむけて尻尾を振りよる。
「……ほ~ら、久住くん」
「ほら、直樹!」
「うをんっ!」
――くっ。
事ここに
「……この久住直樹、たった一人となりても、敵に降り恭順を示すなどは武士の名折れ。最後まで、最後まで降伏はせんっ!」
◇ ◇ ◇ ◇
「……とか、できたらいいのかもしれないけど……」
――俺の気分は、すっかり黄昏。
にわかに重たくなった両脚を引きずるようにして、美琴とロータスのあとをとぼとぼとついていく。
いつしか足を踏み入れていた休日の商店街の喧騒が、俺の内心を嘲るかのようにいっそうやかましく耳を打った。
「そんなに落ち込まないでよ~、久住くん」
「……うるしゃいうるしゃい、この裏切り者め。お前のせいで、けっきょくハンカチは茉理に奪われてしまったではないか」
すっかり夢も希望も打ち砕かれ、抜け殻のようになってしまった俺。
またとない財宝との交換券を従妹により強引に持ち去られると、あとに残ったのは敗北感と徹底抗戦の虚しさだけだった。
「いいじゃない。わずかな間とはいえ、夢も見れたんだし。それに久住くんは、お金持ちになることがこの散歩の目的だったの?」
「いや……もちろん、そうじゃないけどさ……」
「それなら……よかったんだよ、これで」
――そう言う美琴の深い眼差しは……俺を見ているようで、それでいてどこかずっと遠くを見ているようで。
が、それもほんの一瞬の出来事で、またいつもの笑い顔へと戻る。
「わたしは楽しかったよ、今日の散歩。それだけで、充分」
「……まあな」
「今日は久住くんと一緒で、またひとつ思い出ができたしね。これ以上望んだら、バチが当たるってもんですよ」
照りつける日差しにも負けぬくらいの晴れやかな彼女の表情は、それが嘘偽りでないことをなにより証明していた。
「思い出で、腹が膨れはしないけどな」
「……む。いかにも今の時間に相応しい、久住くんのコメントでした。というか、もうお昼だね。最後に蓮華寮に寄ってもらってお金は返すからさ、その前にどっかで食べてっちゃおうか?」
「ああ、そうだな。……とはいえロータスを連れて店の中に入る事もできんから、ファーストフードでテイクアウトとかになるけどな」
「うん。わたしはそれでいいよ。それじゃ、お店へレッツ・ゴー!」
指先を前方に向けてまっすぐ突き出し、ロータスとともに軽快なステップで駆けていく美琴。
……ん?
それは、幻聴だったろうか。
こちらを確認するかのように振り返った、美琴の口元が。一瞬だけ、かすかに言葉を紡いだように見えた。
――夢は、いつでも見ることができる、という……それだけで。
たったのそれだけでも、本当は幸せなことなんだよ――
「……ほ~ら、何してるのー。早くー!」
「お、おう……」
……気のせいかな。
そう思いなおすと、俺は美琴とロータスのあとを追って足を速めた。