第1話 赤子
腹の大きな鬼だった。
大きな腹を抱えて、随分と動きにくそうにしていた。
実際、重鈍だったので、易々と首を刈れた。
問題があったのは、その後である。
槇寿郎はいつものように焼け崩れていく体を見守っていた。今際の際に反撃されぬよう、完全に焼けるまで、臨戦態勢を崩さない。
手足が焼け、胴が崩れる。
ぐずぐずとその影は小さくなっていく。
──おかしい。
槇寿郎は片眉を上げた。
目の前の薄汚れた着物の中に、未だ蠢く塊がある。肉体が崩れ落ちてそれなりの時間が経っているにも関わらず。
──腹に小動物でも抱えていたのか?
刀の切っ先で慎重に着物をめくった。
──中にいたのは、小さな赤子だった。
槇寿郎は目を見開いた。
──子供?
鬼の腹を思い出す。着物からも、鬼の体格からも、切った鬼が『女』であることはわかっていた。
まさか目の前の子は、鬼の子か。
──妊婦の鬼なぞ、聞いたことがない。
常識が即座にその思考を否定した。
赤子は声一つ上げず、緩慢に手足を動かしている。
──あの腹の中にいたのが『これ』だったとして、果たしてこれは鬼なのか?
す、と赤子の首に刀を添える。
赤子が目を開いた。その目は槇寿郎を見ていない。赤い瞳が虚空を映して瞬きをした。
──もし。
もし、これを斬って、これが『燃えなかったら』。
──それは人殺しではないのか?
槇寿郎は刀を握る力を強めた。彼にしては珍しく、判断に迷っていた。
しかし、鬼と人とを区別する方法は、いかに。
目の前の赤子は見た目通りに無力な存在である。その程度は気配から察せられた。
いかなる血鬼術の兆候もない。本当に、ただの赤子である。
槇寿郎の警戒が緩んだ。
納刀し、赤子の前に屈みこむ。
頭髪は薄く、色素にも乏しい。見開かれた目は鮮血のように赤く、近くで見れば瞳孔が縦に裂けているのがわかった。口元に手をやって口内を見たが、牙どころか乳歯も生えていない。
──異形はこの目だけか。
しかし、鬼にしては異様なほど敵意も害意もない。槇寿郎に噛みつく素振りすら見せなかった。
なんとなく、これを斬るのは憚られた。気配が、息遣いが、あまりにも人そのものだった。
槇寿郎はそのまま長いこと立ち尽くしていたが、不意に空の様子が変わったことに気づいた。
──夜明けだ。
白み始めた東の空を見やり、自分の長考を悟って我に返った。
──鬼ならば、朝日で死ぬ。
こんな初歩的な事を忘れていたとは、と槇寿郎はため息をついた。
着物ごと赤子を拾い上げる。日の光に当たるように、抱え上げて東を向いた。
黎明の空が眩しい。──槇寿郎は、この空の色が好きだった。
見下ろすと、腕の中の赤子は真紅の目を見開いて空を見つめていた。