鬼子の剣士は夜明けを望む   作:安代圭

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第13話 稽古場

 日輪刀を手に型演武を繰り返す明の姿を、小夜は食い入るように見つめていた。

 明の刀は、角度によって色が変じて見える、独特の光沢のある紫紺だ。型の中で青に赤にと移ろう色鮮やかな残光はさながら虹色の稲光のようで、彼女の剣技と相まって、息を呑むほどに美しい。

 小夜の剣術は鬼狩りとして不安が残るほどに未熟ではあったが、他人の巧拙を見分ける事ができる程度の実力はあった。彼女の型を見るたびに、上級の隊士の実力というものを実感させられた。

 ────木の呼吸 漆ノ型隻式 唐竹割

 上段から斬り下ろしたのを最後に、明は刀を止めた。

「これで、私が知っているのは全部。──どう?」

 納刀しながら、明は小夜に声をかけた。

「たしかに、水の呼吸と近い動きだね」

 前々から、今日は非番が重なる日なので、稽古をする約束をしていた。早朝から隊服を着て家の裏手の雑木林にいるのはこのためだ。

 そして、明から木の呼吸なるものを勧められたのが昨日の夜だった。

「───小夜の戦い方には、合っていると思う」

 明はそう切り出していた。

「花の呼吸と同時期に成立した、水の呼吸の派生だ。源流の水の呼吸の型に近いものが多いから、身に着けやすいと思う」

「どうしてまた、急に?」

 小夜には明ほどの剣の才覚はない。

 曲がりなりにも全集中の呼吸を身につけられたためか、日輪刀は薄く色づいたものの、一見してただの鋼色に見えるほどに淡い。

 そんな自分に、わざわざ新しい呼吸を身に着ける余裕も意味もあるとは思えなかった。

「木の呼吸は、最も常中がしやすい呼吸法の一つだ。常中ができれば、飛躍的な体力の向上が見込める。

 そしてもう一つ。木の呼吸最大の特徴は、二種類の呼吸法があることだ。裏の呼吸──立ち木の呼吸と言うのだが、まさに木の如く、気配を極限まで消せる無音の呼吸法を使う。これは長時間動きを止めることに特化しており、この呼吸によって鬼を待ち伏せ、表の呼吸と剣の型で首を斬る。使い手は少ないが、状況によっては非常に有用な流派だと、師は語っていた」

 別名を『狩人の呼吸』ともいうのだと聞いて興味を持ち、稽古の前に実演してくれるように頼んで、今に至る。

「呼吸の仕方も、水に近いの?」

「ああ。表の方は、特に近い。裏の方は、極めて長く呼吸をする」

 やって見せよう、と言って明は炎の呼吸の常中から木の呼吸に切り替えた。

 瞬間、明から息の音が消えた。手を取られ、促されるままに明の脇腹に掌を当てる。その感覚から、明が非常にゆっくりと全集中の呼吸をしているのだとわかった。

「裏の呼吸は待ち伏せ────長時間の使用を前提としているから、常中しやすいんだ」

 言われるままに、裏の呼吸なるものを試してみたが、すぐに肺が音を上げた。

 たまらず倒れ込み、ぜいぜいと音を立てて息をする。

「厳しそうか?」

 覗き込む明の顔を見上げ、小夜は息も絶え絶えに答えた。

「……すぐには、無理……」

 

 

 無理をさせてしまっただろうか、と明は少しばかり反省していた。彼女の鬼殺に体力はあまり関係がない。新しい呼吸や型を身に着けることは、彼女にとって全く急務ではないし、さほど必要でもないのだ。

 小夜からは貰ってばかりだった。跡追いの技術の面でも、思想や発想の面でもそうだ。自分からも、何かしら彼女に提供しなければならないと思った。明の強みは剣術だ。否、自分には剣術しかない。だからせめて、剣の稽古や呼吸の実演で報いろうとしたが、迷惑だったのではないか。

 懊悩しつつ、小夜を切り株に座らせて休ませる。もう、自分にできることはない。

 乾いた落ち葉を踏み砕いて、比較的に開けた場所に戻る。寒々しく立ち並ぶ、落葉を終えた裸木を見上げた。

 時間を無駄にするのは愚かだ。

 明は腰の日輪刀を抜いた。小夜が回復したら、試合稽古に移ろう。それまでは型演武でもしていればいい。

 慣れ親しんだ呼吸で肺を満たす。常の通り、炎の呼吸から始めた。

 ────炎の呼吸 壱ノ型隻式 不知火

 逆巻いて刀に追従する炎の幻影。いつもと変わらぬそれを見るだけで、心が凪いでいくのを感じられた。そのまま、流れるように型から型へと繋げていく。

 炎、合、水、風、花、雷、…………。

 息が整ってきたらしい小夜からの視線を感じる。小夜も、呼吸の切り替えを人外の業だと思うだろうか。

 雑念を振り払い、手足の動きに集中する。

 ──稽古を重ねただけ、刀は応えてくれる。

 己の体を支配している感覚。重心の移動から指先の角度に至るまでの全ての動きを吊り合わせる。その結果として精緻かつ力強い剣筋を成せたとき、これ以上ない達成感を得られた。

 師範達の美しい型に少しでも近づけた時の歓びは、何にも代え難い。

 それが自分の知る最大の幸福だったから、隻腕になっても刀を握り続けたのだろう。

 ────霞の呼吸 陸ノ型隻式 月の霞消

 全ての型を終えて納刀すると、乾いた雑木林に拍手の音が響いた。唐突な音に、明は目を瞬かせた。

「やっぱり、明は凄いね」

 手を打ち合わせながら称賛する小夜の言葉に世辞が混ざっていないことは、今までの共同生活で知っている。

「水も炎も、こんなにありありと見えるものなんだ」

 小夜の剣才は乏しい。型と共に現れる水や炎の幻影は剣士の実力を如実に反映するが、小夜の型に水流を見たことがなかった。見えぬほどに薄いのだ。

 これを彼女の努力不足と言うことは、今の明にはできなかった。

 人間は平等ではない。

 才も、育ちも、人によって異なる。

 小夜は猟師の娘として育ち、十五になるまで刀を握ったこともなかった。隙間風の吹く家で、親子で身を寄せ合って暮らしていたと言う。

 対して自分は、いぐさの香りのする畳の座敷で寝起きし、鬼殺隊最高峰の剣士である柱から指導を受け、名家で良質な教養を授けられて育った。多数の呼吸への適性を持ち、刀は一目でわかるほど鮮やかな色に染まった。

 この差は誰の責任でもなく、何を与えられて生まれ落ちたかという、ただそれだけのことでしかない。

 私は強い生物として生まれ、恵まれた環境で育った。

 あの養母に育てられたのに、教えられてきた事を、この年になるまで真の意味で理解してはいなかった。穴があったら入りたいほどに恥ずかしい。

 与えられたものに傲るのではなく、それを人のために使うのが私の務めだ。剣術を他の隊士に教えるのも、その内の一つに入るはずだ。

 木刀を構え、小夜と対峙する。彼女も育手の元で何度もしてきたであろう模擬戦。

 まずは小夜の型を見るためにも、攻められるのを待つ。

 ────水の呼吸 肆ノ型 打ち潮

 どこかぎこちなさのある小夜の斬撃を、木刀で受け流して捌く。

 一応、型の形にはなっている。水流を伴わない稚拙なものだが、基礎に忠実に稽古を続けたのだろうということが伺えた。

 頃合いを見て一太刀。受けきれなかった小夜の木刀が宙を舞う。

「次は、他の型も見せて」

 最上位の階級の甲ではあっても齢十二でしかない自分に、剣術指導の専門家である育手以上のことができるはずもない。ならば稽古相手として己を提供するのが、最も効果的だと思われた。

 人型の相手に型を使う。実戦と同じ条件だ。より任務に近づけるなら、鬼役の自分は無手の方がいいかもしれない。

 小夜の動きを注意深く観察しながら、稽古相手に徹した。

 ────水の呼吸 参ノ型 流流舞い

 迫る小夜の木刀を打ち払う。小夜の汗ばんだ顔と必死な全集中の呼吸には余裕がない。

「足運びが疎かになっている。もう少し腰を浮かせて、膝を柔らかく使って滑らかに」

 仕切り直し、また向かい合う。

 試合稽古の中で間合いの取り方や太刀筋等々の指摘をしていったが、小夜の表情から察するに、それらの助言の殆どは既に育手から言われていたらしかった。

 ──劇的な向上を期待するのは、それこそ傲慢だ。すぐに直せるものは育手に矯正されていて当然。

 もどかしく思いかけた自分を戒める。

 ────まずは自分に出来ることに全霊を傾けよう。

 日が高く昇るまで打ち合いを続け、小夜に休憩を求められて手を止めた。

「……しんどい」

 崩れ落ちるように座り込んだ小夜に、竹水筒を手渡す。

「……無理をさせただろうか。加減が掴めなくてすまない」

「いや、大丈夫。少し休んだら、まだ続けられるから」

 明は迷うように手を伸ばし、逡巡の末に、小夜の背を労わるように撫でた。

「……お疲れ様。模擬戦は久しぶりだったのだろう。最初より随分動きが良くなっていた」

 小夜は驚いたようにまじまじと明の顔を見返した。さすがに失礼だっただろうかと、明は身を固くする。

 その様子を見た小夜が、軽く吹き出すように笑った。

「いや、ごめん。これだけ打ち解けてくれたのが、嬉しくて」

 傷の処置ぐらいでしか触られたこともなかったから、と小夜は付け足した。

 言われてみれば、人に触れるのは随分と久しぶりだった。遠藤の元で組手をしたぐらいだろうか。このように寒い時期は杏寿郎と肩を寄せ合って本を読んだりしたものだが、ひどく遠い記憶に思えた。

 他の隊士のことを思い出そうとして、肩に受けた傷のことが脳裏によぎった。小野塚のしてくれた処置は丁寧だったが、彼は処置の間中、息を詰めていた。明に怯えていたのか、刃傷沙汰の事態に動揺していたのかはわからない。

 軽く息を吐く。

「──もし、必要性を感じないなら、これでやめてもいい。君の狩りは私とはやり方が違うから、無理に時間を取らせるのも悪い」

「今日のところは、最後まで稽古をお願いしたいな。それが元々の約束だったし、今は急務もないから、気にすることはないよ」

 明の迷いを払うように、小夜は言い切った。

「……でも、私だけが明と稽古するっていうのは、勿体ないかな。明は教えるのが上手だし、こんなに多くの型を使う剣士なんて他にいないでしょう」

 贅沢すぎる、と小夜は冗談めかして笑みを深くする。

「次にやるなら、風柱様の稽古場に行くのがいいんじゃないかな」

 風柱邸に併設されている稽古場は、隊士の為に常時開放されていると聞いていた。仕事で忙しい柱は不在の事が多く、代わりに住み込んでいる継子が取り仕切っているらしい。

「明も、いろんな隊士と稽古したいでしょう?」

 私では明の稽古相手として不足だ、と暗に言っているのがわかった。否定はできない。

「だが、私は────」

 鬼子だから、きっと厭われる。

 そう言いかけた言葉を遮られた。

「私も、一回ぐらい行ってみたかったし。付き合ってくれない?」

 他の隊士との接触を恐れる明を見抜くように、小夜はあくまで自分の頼みとして言う。

「…………わかった。では、次の非番に」

 明け透けでありながら鋭い小夜を、さほど苦手と思えなくなったのはいつからだろう。住み始めたときには鮮やかだった紅葉が敷き詰められた地面を見下ろしながら、明は居心地の良さを感じる自分を自覚していた。

 

 

 

 冬枯れの道を抜けて、風柱の邸宅に辿り着く。小夜と住むこじんまりとした家に慣れたからか、屋敷が随分と大きく見えた。

 訪れるのは初めてだが、広々とした稽古場が煉獄家と重なって、少しばかりの懐かしさも覚える。

「東出と申します。本日はこちらで稽古をしたく参りました」

 遠藤師匠の助言に従い、風柱が在宅ならば小夜の跡追い技術について相談しようと思ってはいたが、残念ながら不在だった。代わりに出迎えた継子に、小夜と共に深々と頭を下げた。

 先に稽古場で継子から指導を受けていた隊士四人が、興味深げに明と小夜に視線を向けている。全員、見覚えのない隊士だった。

「始めまして。僕は風柱様の継子の野沢だ。歓迎する」

 差し出された手を握り返す。皮の厚い、がっしりとした手だ。柔和な物腰だが、先ほどまでの隊士と打ち合っていた剣技は見事なものだった。真菰といい、やはり継子というのは優れた剣士なのだと気を引き締める。この人との稽古では色々と学べる事がありそうだ。

「ご指導の程、よろしくお願いいたします」

「君に教えられることがあるかはわからないけど。……そうだね、彼らとの手合わせをお願いしてもいいかな」

 そう言って野沢は先からいた隊士たちを指し示した。

「右から、外山隊士、平田隊士、朝倉隊士、小野塚隊士。同じこの地区の隊士だから、いずれ合同任務を行うこともあるだろう。一度刀を交えてみるといい」

 明に向けられた視線は様々だったが、警戒と、少々の困惑があるのは共通していた。四人のうちの一人だけが、少しばかり毛色の違う驚きを持って明を見つめていた。

 白髪は最初から隊士達の目に入っていたが、羽織に隠れた左腕が欠けているようだと彼らが気づいたのは、明が野沢と言葉を交わし始めてからだった。

 隊士たちは鴉からの触れで、白髪隻腕の隊士が鬼に近しい容姿をしていることを聞いていた。その隊士が驚くべき速さで階級を駆けあがっているらしいとも、地区の中では噂になっていた。

 しかし、このような十代前半の子供が噂の主だとは、にわかには信じがたい。

 明も彼らの内心には気づいていた。小夜からも初対面では困惑したと聞いている。彼らも同じように思っているのだろう。

 野沢から木刀を受け取り、隊士たちに向き直る。

「鬼殺隊士として若い自覚はありますが、物心つく前から育手の下におりましたので、剣術の経験は十分にあるつもりです。あなた方の稽古相手として不足はないと思います」

 半信半疑といった表情で、明に一番近い、外山と呼ばれた隊士が半歩前に出た。邪魔をしまいと他の三人が下がろうと足を引きかけ、

「東出隊士は(きのえ)だ。四人全員でかかってみなさい」

 野沢が隊士たちを止めた。彼の言葉を聞いた四人が、些かの迷いの見えるそぶりで木刀を構えた。

「同時に相手をしろと仰いますか」

「君ならできるだろう?」

 静かに問うた明に、問題ないとばかりに野沢が返す。階級だけでなく、佇まいや常中の精度から明の実力を推し量っているのだろう。明が野沢を量ったのと同じように。

 明は表情一つ変えずに狐の反面をずらす。視界が開け、増えた光量に瞳孔が窄まる。露になった鬼の目が、隊士たちの視線とかち合った。

 向けられた木刀に応じるように、明も片腕で構える。

「────参ります」

 爆発的な踏み込みと共に、外山と呼ばれた隊士に肉薄する。慌てたような打ち潮を掻い潜り、木刀の先で外山の肩から腰をなぞるように触れた。狙い通りに剣先だけが隊服を掠め、怪我をさせたような手応えはない。外山の見開かれた目が、『斬られた』ことへの自覚を物語っていた。

 ────水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き

 二人目、背後からの突き。真菰のものとは比べるべくもなく甘い。軽く身を捩じって避け、伸びきった隊士の腕を(したた)かに蹴る。隊士の手から落ちた木刀が床に落ちて音を立てた。

 動揺と恐怖の混じる顔で三人目が向かってくる。この予備動作、繰り出そうとしているのは爪々・科戸風か。振り上げられかけた木刀を上から抑え込んで封じ、流れるように柄頭で眉間を軽く打つ。

 最後の隊士の呼吸が聞こえた。

 ────水の呼吸 壱ノ型 水面斬り

 ────炎の呼吸 弐ノ型隻式 昇り炎天

 稽古場での手加減も余裕もない、本気で明の首を狙った水面斬りを、昇り炎天(斬り上げ)で弾きあげる。がら空きになった首筋に突き込むように木刀を添えれば、隊士はそれ以上の動きを止め、完敗を示すように両手を上げた。

「──参りました」

 潔い声を聞き、明は木刀を引き戻す。それ以上、斬りかかる隊士はいなかった。勝敗は決していた。

 ──実のところ、明は対鬼よりも対剣士の方がべらぼうに強いのだ。

 明は物心ついた時から稽古をつけられていたが、入隊する半年弱前までは鬼との戦闘はなく、師範との模擬戦の経験ばかりを積み続けていた。

 その上、明の強みは複数流派の呼吸・型に精通している点にある。即ち、剣士の動きへの理解度は他の隊士とは一線を画す。

 煉獄家での稽古で地力をつけたのちに無数の型を使い分ける遠藤の下で二年も稽古に明け暮れていた明が、対剣士に特化した戦闘技術を身に着けているのは自明の理であった。

「屋内だからかもしれないが、密集しすぎだ。間合いが重なっていて危ない。仲間の軌道を見切れないなら、距離をとった方が安全だ」

 呆然としている隊士達に対し、全くの動揺もなく講評する野沢の声を、明は人ごとのように聞いていた。隊士たちが明に向ける視線には、今や恐怖が混じっていた。それが細かな刺のように胸に突き刺さった。

「東出隊士、ありがとう。……君たちも、わかっただろう。相手の見た目に惑わされてはいけない。まして姿が変容する鬼ならば尚更だ」

 その言葉を聞いて、自分が隊士への教訓のためのだしに使われたのだと理解した。衝撃的な出来事は深く記憶に残るものだ。それが隊士のためになるならば、不快には思わない。遅かれ早かれ、鬼の目と剣技に対して恐怖の目を向けられるのはわかりきっていた。ただ、急に来た自分をこのように使って見せるあたり、頭の回る人らしいと、認識を改める。

「君達もわかっただろうが、東出殿はかなりの実力の持ち主だ。良い指導者になってくれるだろう。……正直、僕でも君の相手が務まるかわからない」

 顎を掻いて付け足した野沢は、苦笑いを浮かべていた。

 再開された稽古で、小夜は他の四人に混じっての互角稽古と、野沢からの太刀筋指導を受けていた。隊士たちは最初は明と共に来た小夜も警戒しているようだったが、小夜の実力を知ってからは、少しばかり安心した様子だった。明のような化け物は一人で充分ということだろう。

 翻って明は、野沢との互角稽古が半分、後は彼と共に隊士の指導側に回らされた。この状況については予想はできていたので、文句はない。むしろ、変に僻んだり疎んじることもなく、逆に『指導者には敬意を払うように』と他の隊士に明への態度までも改めさせた野沢に良い意味で驚かされた。

 野沢は風柱の継子らしく、優れた風の呼吸の使い手だった。明よりも型による斬撃の範囲が広く、威力も高い。型の多彩さで凌ぎ、一本も取らせはしなかったが、攻めるのも容易ではなかった。

「……あの、小野塚要一という隊士と合同任務をしたことはありませんか」

 稽古を終えた後、小野塚孝弘(たかひろ)と名乗った少年が明に尋ねた。

 明よりも年上の彼らが敬語を使っているのも、稽古中の野沢の指示による。多少座りが悪いが、指導者側としての立場や規律の上では必要な事なのだろうと受け入れた。どうにも、野沢は稽古場や任務中での上下関係を重じているらしい。

「はい。彼には世話になりました」

「やっぱり! 僕の兄なんです。東出隊士のことをとても強い剣士だったと言っていました。……あの時は、東出さんに助けられたと。僕からも感謝を伝えたくて」

 言われてみれば、あの隊士と顔立ちがどこか似ていた。煉獄家の親子ほどではないが、確かに血縁が感じられる。

「会えて良かったです。僕の宿舎は近いので、ここでよく稽古をしているんです。明さんもまた来ますか? その時はよろしくお願いします」

「私も、これからはできるだけここに通おうと思っています。設備もいいし、野沢さんとの稽古は随分ためになりました」

 聞けば、孝弘は小夜の一つ年下だという。おそらくはこの稽古場で明の次に年少の隊士だろう。顔立ちには幼さが残っていた。彼のような若い隊士が、鬼殺隊には沢山いる。その大半が成人前に殉職しているのが現状だ。

 自分が彼らに指導することで少しでも生存率を上げられたならば、きっと、強い者としての責務を果たしたと言えるだろう。

 杏寿郎がいつ入隊するかはわからない。年齢を考えても、まだ数年はかかるだろう。その時までに、杏寿郎の先輩として相応しい、養父母と師匠に顔向けできるような、立派な隊士になりたい。その未来を思うと、胸の奥に暖かさが広がった。

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