鬼子の剣士は夜明けを望む   作:安代圭

17 / 39
第17話 訃報

 迫る血鬼術を掻い潜って、明は刀を振るった。

 ────水の呼吸 肆ノ型隻式 打ち潮

 鱗滝家での稽古で、水の呼吸の冴えは以前とは比べ物にならないほどになった。紫紺の刀と鬼の腕が交錯する。

 ────水の呼吸 壱ノ型 水面斬り

 明の刀は過たずに鬼の首を刎ね飛ばした。吐き気のするような手応えを、自分の感情から意識的に切り離す。

 頭を失った鬼の体が前のめりに倒れ込む。伸ばされたままの鬼の爪が明の側頭をかすり、ぶつりと半面を結ぶ糸を切った。 

「────あ」

 狐面がずるりと落ちる。刀を持つ片腕では受け止められるはずもなく、面は地面に落下した。

 足場の悪い川原だ。石の上に落ちた木の面は、乾いた音を響かせて、二つに割れて転がった。

 赤く濡れた刀の切っ先から血が滴る。

 鬼の消滅を確認して、納刀した明は面の破片を拾い上げた。

 ──小夜に頼めば直してもらえるだろうか。

 小夜は罠猟も得意としていたらしく、手先が器用だ。もしかしたら(にかわ)か何かでくっつけられるかもしれない。

 割れた半面を手拭いで包み、ベルトに結び付けた。

 ──鴉が師匠・遠藤良平の訃報を鳴いたのは、その翌日のことだった。

 

 遺骨が鬼殺隊の共同墓地に収められたと聞き、明は息を乱して墓地へと向かった。葬儀は既に終わっていると聞かされていた。

 狐面の代わりに目元に暗色の布を巻き、余った布の端を風にたなびかせてひた走った。

 墓場に辿り着いた明は、想像以上の広大さに、しばし立ち尽くした。

 見渡す限りの墓石の群れ。名前の彫り跡の新しいものから苔の生えた古びたものまで、無数の墓石が立ち並んでいる。

 ここまで案内した晴彦も遠藤の墓石の位置までは知らないようで、その顔を見上げても首をふるばかりだった。

 墓石に刻まれた名前を一つ一つ確認して周れば日が暮れるだろう。しかし、他に方法があるはずもない。仕方なく覚悟を決めたとき、目の端で動くものを捉えた。

 反射的に振り返り、焦点を合わせる。少年だった。屈んで黙祷していたのだろう。随分近くにいたのに、墓石の陰に隠れて見えていなかった。歳の頃は、明と同じ程度か。初めは私服の隊士かと思ったが、すぐに考えを改めた。線の細い体つきに、隙の多い佇まい。呼吸を修めた剣士ではありえない。隠だろうか。しかし、それにしては服が上等にすぎる気がした。

 その少年は明の視線を受け止めて、ゆっくりと歩いてきた。

 ──彼は遠藤師匠の墓を知っているだろうか。

 藁にすがる思いで、明も軽く会釈をして歩み寄る。

 少年は明の白髪をちらりと見、その次に左腕の空白に目をやった。

「……君が、煉獄明かい」

 ──少年は明を『煉獄』と呼んだ。

 明に近い年齢で、明の出自を知っており、隊士ではない。該当する人物がいるならば────鬼殺隊当主、産屋敷(うぶやしき)耀哉(かがや)その人だ。

「お館様でいらっしゃいますか」

 息を呑んだ明が尋ねれば、少年は穏やかな笑みを浮かべて首肯した。

 明はすぐさまその場に膝をついた。

「……失礼致しました。お初にお目にかかります。階級甲、隊士の東出明と申します。おっしゃる通り、煉獄の養子の鬼子です」

「そうか。会えて嬉しいよ。ちょうど、今日の墓参りを終えたところなんだ」

 その顔立ちと同様に柔らかな声だった。少年の声には明の知るどの声とも異なった、独特の響きがあった。

「立っていいよ。顔を見せてはくれないかい」

 言われるままに、明は目元を覆う布を外す。鬼の瞳をしげしげと覗き込んだ耀哉は、納得したように軽くうなずいた。

「君に宛てた、遠藤からの遺書を預かっている」

 耀哉は懐から丁寧な手つきで封書を取り出し、明に渡した。耀哉に促され、その場で封を解いて遺書を開く。

 

東出明、或いは煉獄明へ

 これが届くのがいつになるかわからないが、お前が入隊した機会に筆をとることにした。

 私から君に遺せる遺産はない。お前はとうに、私の剣の全てを継いだ。遺産はお前の手の中にある。存分に使ってほしい。お前は私の呼吸の唯一の継承者だ。お前を誇りに思っている。

 鬼の見た目を持つお前は、これからも隊の中で苦難の道を歩むだろう。お前の師父として言葉を遺す。

 お前がどこに所属するかを決めるのは、お前だ。他人ではなく、お前の体でもなく、お前の意志によって決まる。何であるかではなく、何でありたいかを重視しなさい。お前が人を守りたいと思う心こそが重要だ。人を助け、人を思いやることができるお前の優しさを、私は知っている。

 隊士として守ってきた人の命、救うことのできた人々を誇りに思いなさい。その記憶は、苦難の中でお前の背を押してくれるだろう。

 鬼殺隊士は決して楽な仕事ではなく、心身ともに過酷な道のりだ。しかし、その道を往くと決めたお前なら、歩き続けることができるはずだ。

 お前の面倒を見られたのは二年間だけだったが、私はお前を娘のように思っている。どうか、幸せに生きてほしい。

     遠藤良平

 

 目頭が熱くなって、明は俯いた。流れ落ちた涙が遺書に染みを作りそうになって、明は慌てて遺書を抱く。

 ──遠藤師匠。

 ──私も、父のように慕っておりました。

 最後まで明を気にかけ、その道行を案じ、励ます言葉までも遺してくれた師匠への感謝が湧き上がる。それが一層、彼を喪った喪失感を浮かび上がらせた。

 胸の中に空いた穴に、鋭く隙間風が吹く。

 深く息を吸い、呼吸で神経を制御した。当主の前でこれ以上の醜態を見せるわけにはいかない。涙腺を鎮め、顔を上げた。

「……遠藤の墓まで、案内してあげよう」

 そう言って耀哉は踵を返して歩き出した。明は耀哉の後を追う。

「ありがとうございます。……しかし、お館様はご多忙なはず。お時間をいただくわけには……」

 断ろうとしたが、耀哉は首を振った。

「いいんだ。一度、君と話をしたかったから」

 そう言って歩き出した耀哉の後を追う。耀哉は足を緩め、明を隣に歩かせた。

 明は硬い面持ちで、耀哉の歩調に合わせる。

 ──産屋敷が明の処刑を行わなかった理由はただ一つだろう。

 お咎めなしで任務への復帰を許されたときは困惑したが、後から考えれば実に単純な話だった。

 ──私が、煉獄家の元養子であり、門下弟であったからだ。

 甲として、柱に準ずる戦力である明を惜しむというのもあるだろうが、その他大勢の隊士からの反発と釣り合うかと考えると疑問符がつく。当主が明の潔白を察していることと、処罰を行わないというのは別の話だ。隊士に疑念を持たれている明を放置することは、それこそ今の状況のように、鬼殺隊上層部への求心力に関わるのだから。

 しかし、明を処刑した場合に失われるのが、明個人の戦力だけではないとしたら。代々炎柱を輩出してきた名門・煉獄家からの忠誠が揺らぐ恐れがあるとしたら、天秤は大きく傾く。煉獄家は実力、名声、人望の全てを兼ね備えた、鬼殺隊の柱の一角を担う存在だ。それが離反、──最悪の場合には造反を起こしかねないとなれば、これは無視できない痛手だ。

「……遠藤師匠の死因はご存知ですか」

 かねてからの懸念が躊躇を上回った。沈黙を破り、明は低い声で訊ねる。

 ──もし、刀傷で死んだのなら、それは間違いなく私のせいだ。

 明を憎む隊士が遠藤に刀を向けてもおかしくはない。一介の隊士に彼をどうこうできるとは思えないが、寝込みを襲えば可能かもしれないと、明は危惧していた。

「食中毒だと聞いているよ。山菜に毒のある野草が混じっていたらしい」

 その返答に、明は胸を撫で下ろした。

「この状況で不安に思ったのだろうけど、遠藤の死に隊士は関わっていない。ただの不幸な事故だ」

 明の胸中を見透かしたように、耀哉は言った。

「明。────私はね、君に柱の位を任せたい。君を鬼殺隊を支える一柱として迎え入れたいと思っている」

 思わぬ一言に絶句した。

「だが、今、この状況で、君が柱となることを認めない者も多いだろう」

「……当然です。鬼子、まして内通の容疑をかけられた身です。私を柱に任じれば、それだけで鬼殺隊への忠義が揺らぐ者も出ましょう」

「そうだね。だから、今は難しい。──けれども、君は既に柱に足る実力を持っているだろう。八十を超える鬼を討伐し、下弦の陸の首を斬った。君はとうに、柱になる資格を持っている」

 正気か、と明は耀哉の顔を見やる。

 なぜわざわざこのような話をする。つい先日まで、私の処罰に関する会議を行っていたばかりだというのに。今、明がどのような立場にあるか、隊士からどれほどの疑いと憎悪を向けられているか、情報を伝達する鎹鴉を束ねる当主が知らないはずがない。

「私はね、君ほどの戦力を一介の隊士として遊ばせておくのは勿体ないと思っているんだ。今、柱は欠員がいて、九人全員は揃っていない。その上何人かは年齢を理由に退きたいと願い出ている────」

 風柱のことを言っているのだと察した。今の柱の中で、最年長が風柱の伊藤だ。その次に、養父の炎柱、鳥柱、水柱と続く。

「……つまり、私を柱に据えるのは難しいが、同等の戦力として起用したいと」

「そうなるね」

「単独任務であれば、喜んで致しましょう。柱の任務を回していただくことに、異論はございません。表立って私を引き立てなければ、隊士からの非難も抑えられるでしょう」

 冬の乾いた風の中に、砂利を踏む二人分の静かな足音が規則的に続く。

「多くの隊士を指揮する必要のある任務を除いていただけるなら、後の采配はお任せ致します」

 明に、野沢のような指揮はできない。彼が指揮した下弦の陸討伐のようなことは、明には不可能だ。

 それは、隊士からの忌避がなかったとしても変わらない。

 個人としては頭抜けた戦力かもしれないが、それ以外の面で明はただの十三の小娘だ。野沢が下弦の陸の討伐時に行ったような指揮と隊士との連携が、自分にできるとは思えなかった。

「──君は、剣術以外の面でも柱に足る器だと思うけどね」

 独り言のような耀哉の言葉は、明の心を素通りした。

「──それよりも、お館様のお耳に入れたい儀があります」

「なんだい」

「私の同僚の、篠原小夜という隊士についてです。彼女は狩りの技術に優れており、昼日中に、刀を使うことなく、鬼を殺すことを可能としています。彼女の技術を広められれば、剣士の消耗を抑えることが可能でしょう。どうか、彼女の取り立てを進言したく」

「──ああ、小夜のことか。彼女のことなら、私もよく知っている。今までの討伐報告書も興味深かったし、……うん、小夜は非常に優秀な隊士だ」

 束の間、意外なことを言われたように口を止めた耀哉は、しみじみと小夜の事を評した。

「まさか骨折の療養中に、過去百年の討伐記録の整理分析をしようとはね。その傍らで故郷の猟師達とも連絡を取っていたようだし、あれほど器用な隊士はそういない」

 用事で家を空ける、と手紙に書かれていたが、まさか本部に押しかけているとは思っていなかった。明とほぼ同時期に家に戻った小夜を出迎えたときは、意外な行動力と発想に半ば呆れもした。

 詳しいことはまだ聞けていないものの、討伐日時と鬼の強度から逆算して鬼の発生時期と場所を地図上に一覧にし、鬼の発生源たる鬼舞辻無惨の長い目での足取りの変化を確認してみたりなど、思いつく限りのことを調べたと言う。

 それと並行して、入隊前に縁があった猟師達へ手紙を送り、鬼殺隊へ狩猟技術の指導に出向くことのできる猟師がいないか確認を取っていたらしい。

 折れた腕以外は健康体とはいえ、討伐記録は膨大な数だっただろう。『今できることをしておきたくて』と語ってはいたが、負傷者なのに無理をするものだ。

 しかし、この当主の口ぶりを聞く限り、存外に得るものも大きかったらしい。

「────明は小夜と非常に仲が良いようだね」

「私情による推薦だと思われますか」

「いいや、小夜はそれに値する可能性を持っている。君の身贔屓とは思わないよ。──ああ、でも、君は小夜からとても大事にされているようだ」

 床に臥せていた時の介護のことを言っているのだろうか。その言葉の意味を量りかねて、明は口をつぐんだ。

「ともかく、君たち二人は風柱の屋敷に住んでもらうのが良いだろうね。報告書も情報もそこを通る。任務の指示も向かいやすいだろうし、君の安全のためにも必要だろう。風柱が管理監督するという名目であれば、手を出そうとする隊士はいないはずだ」

 あまりにも明け透けな言い方に、明は内心で目を白黒させた。

「悪いけれど、私の隊士(こども)たちの恐れを払拭するのに、もう少し時間がほしい。この立場でできる限りの事はしてみるけれど、隊士(こども)たちにとっても君を受け入れるのは難しいだろうからね」

 ──こどもたち。

 その言い方に悪寒が走った。

 自ら養父との縁を絶ち、つい今しがた師父をも喪ったばかりの明の耳に、その言葉はあまりにも空々しく響いた。

 こゆるぎもしない表情の裏側で、胸の内が氷のように冷えていく。

「──君は何故、鬼殺隊に入ってくれたんだい」

 耀哉は明への問いかけを口にした。

「以前から、聞きたいと思っていたんだ。君は、鬼への恨みがないだろう。むしろ、片腕を奪った隊士に恨みを抱いていてもおかしくない。隻腕という肉体的苦難、鬼の目を隊士に厭われる精神的苦難がありながら、どうして、君は剣士として鬼を斬り続けてくれているんだい」

 隊への忠誠を確認しておきたいのだろう。

「──それが、私の義務でした故に」

 当然だ。当主が明を信用するための材料は、炎柱や元合柱の証言、そして鎹鴉からの報告しかないのだから。

 内通の容疑者だったという点を除いて考えても、客観的に見て、明はいつ反旗を翻してもおかしくない存在だ。あの養父母に育てられたのでなければ、明はとうに鬼殺隊を去っていてもおかしくはなかった。明が鬼を殺す動機は、恨みを抱えた他の隊士よりも薄い。対して、辞める動機ならば片手で数えきれないほど思いつく。

「そして、私が鬼に変じた時には、人を害する前に首を斬っていただくために。──しかし」

 入隊して以後、鬼に近づき続けた体は、今なお明の精神を苛んでいる。

 ──けれども、彼の言葉のなんとあつかましいことか。

「────貴方が、それを仰るのですか」

 平然と問いを向けた耀哉に対して、鬱屈とした怒りが漏れ出た。

 冷えた声が言葉を紡ぐ。

「剣士の道は、私自身が望んで進んだものですが、今にして思うと、そもそも私にはこの道しか存在していなかったのではありませんか」

 今まで意図して抑え込んでいたそれが、蓋が外れたように吹き出すのを自覚した。

 努めて声の抑揚を落とし、低い声のままに言葉を続ける。

「鬼殺隊は鬼を斬る組織です。鬼の胎から生まれた異形を、野放しにはしますまい。よくて幽閉されて実験台になるか、……悪ければ始末される。そういうはずだったのではないのですか」

 恭順か死か。

 気づいたのは随分後になってしまったが、自分にはこの二つの道しかなかった。

 鬼の気配を探る術を身に付けるために必要なこととはいえ、蠱毒のような最終選別を行わせている組織である。鬼が産んだ子供──それも、鬼の形質を一部受け継ぎ、呼吸までも身に付けた存在を野放しにするなど、考えられるはずがなかった。

 養父が明に剣を教えたのは、『育てろ』という指示だけを受けたため、素直に自分が受けた教育をそのままに与えてしまったという勘違いが発端だったのではないかと睨んでいる。けれども、明の立ち位置に気づいたのちは、明を剣士として育て上げることで鬼殺隊に有用性を示し、実験体として殺されることを回避しようとしていたのではないか。

「貴方は、私を柱に任じるのではなく、私を始末する義務があったのではありませんか」

 入隊前から、自分が警戒されているのは薄々感じていた。遠藤師匠のもとで呼吸や剣技を教わっている時、鎹鴉の視線を時折感じていた。最終選別で数多い参加者の中で自分だけが鎹鴉によって常に監視されているようだと気が付いたとき、それは確信に変わった。

 しかし、入隊後の明の扱いには、ちぐはぐな印象を受けた。相変わらず晴彦が明を監視しているのは変わらなかったが、隻腕用の特別装備という厚遇、隊士に斬りかかられた時には即日に触れを出すという気の配りようと、長らく配属地が決まらず各地をたらい回しにされた冷遇は噛み合わない。そこでようやく、鬼殺隊が一枚岩ではないらしいと悟った。

 養父である炎柱は間違いなく擁護する側に回ってくれていたのだろう。備品や隊士全員への触れは、当主からの配慮だ。対して、地区に受け入れられなかったのは他の柱からの反発故だろう。最終的に引き受けた風柱は養父と同世代であることから、遠藤師匠のように、事情を知っている年配の隊士は比較的に明に対して寛容な傾向にあったのかもしれない。

 炎柱の地区に配属されなかったことだけは不可解だったが、柱という立場上、過度に庇い立てするのは難しかったのかもしれないし、或いは自ら煉獄家との縁を切った明の意志を尊重してくれていたのかもしれなかった。

 とはいえ、明に対して純粋な好感と信頼を抱いているのは父だけだろう。この当主は明を戦力として重用し、擁護する立場をとっていたようだが、現炎柱と元合柱からの報告を聞いていたとは言え、実際に会ったこともない鬼子を信用するには足りない。今までの配慮も、信用ゆえというよりかは、造反を怖れ、鬼殺隊側に留まらせようという意図ゆえのものだったと思われた。

「第二の剣鬼を生んではならないと、思っていらっしゃったのではないですか」

 『鬼となった隊士の育手は切腹して償うべし』という隊律は、約四百年前から存在する。

 そして、煉獄家で読んだほぼ同じ代の炎柱の手記には、不自然な黒塗りが多数存在していた。塗られていたのは、おそらくは人名、あるいは役職名と思しき部分だった。

 更には、柱ですらも刀鍛冶の里や産屋敷邸の正確な位置を知らされない、徹底した情報統制が敷かれているという事実。

 これらが意味するのは────

「──過去、おそらくは四百年ほど前に、鬼となって寝返った柱がいたのではないですか」

 明からの視線を正面から受け止め、耀哉はしばしの沈黙ののちに口を開いた。

「建前や誤魔化しは君の信頼を損なうことになるだろうから、率直に事実を伝えよう」

 耀哉は歩みを止めた。足音が絶えて静まり返った墓地に、風だけが吹きすさぶ。

「……君の言う通りだ。君に関する話を父から聞いた時、確かに父は、『扱いには気を付けなさい』、『もしも手に負えなくなりそうなら、早めに始末しなさい』と言っていた。柱から裏切りが出た過去があるのも、事実だ」

 よく通る声で淡々と、耀哉は事実として認めた。

「だが、今、私は──君を私の隊士(こども)として迎え入れたことを、誤りではなかったと思っている」

 ──それは結果論だ。

「────お館様は何故、私が最終選別を受けることを認めたのですか」

 なおも強い目で、明は耀哉を見つめる。

 堅実に組織を運営するためには、明のことは成長する前に摘んでおくべきだった。

 現に、今の明を殺せるだけの実力がある者は、柱を含む一握りしかいない。それほどに明は育ってしまった。煉獄家からの情がこれほどに移る前、明の実力が始末を困難にするほどに育ち上がる前に、彼は明を殺しておくべきだったはずだ。彼の父の言葉はあまりに正しい。もし根拠なく生かしていたのなら、それは博打に近い所業だ。人命が軽々しく吹き飛ぶこの組織で不確定要素を野放しにする『賭け』をするのは、常軌を逸していると言っていい。上に立つ人間であるなら尚更、過剰なほどの慎重さが望ましいはずなのに。

 この人間は一体、何を根拠に私を隊士として迎え入れることにしたのか。根拠があったなら、何故今更、入隊理由を尋ねたりなどするのか。その全てが理解できず、薄気味悪さと不信感ばかりが募る。

「私は、鬼を絶やすために、最善のことをしているだけだよ」

 ぞっとするほど穏やかな笑みを(たた)えて、耀哉は答えた。

「君をよく知る者からは、誇り高く慈悲深い剣士と聞いていた。容貌は異形で気配も鬼に近しいが、道を知り、人のために刀を振るう人格者だと。

 ──今日、君と話して、彼らの評価は正しいと確信した」

 その笑みに狂気じみたものを感じて、明は目の前の人間との断絶を悟った。

「これからも、よろしく頼むよ。明なら、鬼を滅殺するために動いてくれるだろう?」

「──私は私の責務を果たすまでです」

「では、問題はないね」

 歩き出した耀哉の隣を歩く。先ほどまでと変わらぬ距離、しかし彼との間にあるのはただの一歩の隔たりではない。

「────もう一つ、君に伝えねばならないことがあった」

 耀哉は明に視線を向けることなく、前を向いたままに話す。

「煉獄家の奥方が亡くなったそうだ」




お館様14歳。
時系列的には、この前後で悲鳴嶼もお館様に会っています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。