鬼子の剣士は夜明けを望む   作:安代圭

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第23話 女三人寄れば……☆

「明の選別の直後あたりから、合格者の数が跳ね上がっているんだ」

 過去二十年の最終選別の合格者数を纏めた紙を見せながら、小夜は明に心当たりはないかと尋ねた。

 毎月行われる選別では、平均して五、六人の参加者が合格する。年により変動はあるが、一年あたり六十人から七十人の新人が入隊する計算だ。

 試験を放棄し、七日が終わる前に山を降りて隠になる者もいるので、剣士に限らなければ人数はもう少し増える。

 そして小夜曰く、隊士の殉職率は、初年度で五割、それ以降の年では二割。このような勘定で、隊の人数はおよそ二百人強で安定していたらしい。──今までは。

 明が入隊した後の回から、合格者数は今までの一倍半、一度の選別で平均して七、八人が入隊するようになったと言う。殉職率は逆に減少傾向にあるため、隊士数は右肩上がりに増え続けているのだと、小夜は語った。

 最近、人員に余裕ができてきたのはこのためかと、小夜の話を聞いて合点がいった。

「真菰が異形の鬼を斬ったからだろう。あの山の中に、長く生きた鬼が紛れていた。鬼殺隊は万年人手不足だし、鬼の管理をする余裕がなかったからだと思うが、……今にして思えば、杜撰な運営だったな」

 心当たりといえばそれしかないし、あの鬼の影響で間違いないだろうとも思う。

「あの鬼と単独で当たっていたら、勝てたかどうかわからない。いや、十中八九、殺されていただろうな。それほどに強い鬼だった。最終選別会場に存在していい鬼ではなかった」

「真菰さんって、見舞いに来てくれた人だよね。たしか、水柱様の継子だっけ」

「ああ。真菰は小柄だが、とても強い剣士だ。あれほど身のこなしの素早い水の呼吸の使い手を他に知らない。次期の水柱として期待されているようだし、人柄も良い。良い柱になると思う」

 狭霧山以降、会えていない真菰の顔を思う。大怪我をしたなら晴彦が教えてくれるだろうから、息災にしているのだろうが、久々に顔を見たいと思った。この職を続ける限り、いつ何が起こってもおかしくはない。別れはいつだって唐突だ。

「明はほぼ柱と同等扱いだし、真菰さんも似たようなものなのかな。水柱地区の討伐記録はあまり見れていないけど、明がそこまで言うからには、とても優秀な人なんだろうね。……明とか真菰さんとか、そんな逸材を殺しかねない選別の仕方には、少し疑問を持つな。改める必要があるかもしれない」

 今進めている狩猟技術の導入のように、上とかけ合えば案外と制度改革は可能なのかもしれない、と小夜は呟いた。

「私も、定期的に山内の鬼の調査をするべきだと思う。でも、選別自体は必要なものでもあるからな。過酷で死人も多いが、あの選別を経る事で鬼の気配を探れるようになる。長期間鬼の気配に晒され続けなければ、隊士として必要な気配の察知能力が身につかない」

「そこなんだよね。他に、死人の出にくいやり方を作れればいいんだけど……」

 小夜は眉根を寄せて悩むそぶりを見せる。

 明は湯呑みに残っていた緑茶を飲み干し、立ち上がった。

「では、これから警邏に行ってくる。忙しいのに、茶まで用意してくれてありがとう」

「いいよ、私も少し休憩したかったし。根を詰めすぎても良くないから。明も、無理をしすぎないようにね」

「わかった」

 明を案じる言葉を発した小夜の顔は真剣そのもので、そこまで心配をかけてしまっている己に苦い思いが湧いた。

「……明の休みって、十六日と二十日だっけ」

 小夜は、この地区の隊士の勤務予定と警邏地区をほぼ把握している。軽く頷いて肯定した。

「予定は入ってる?」

「特にはない」

「そう。……引き止めてごめんね。警邏、気をつけて」

 もう一度頷き、今度こそ部屋を後にする。日の傾いた空は茜色に染まっていた。

 

 

 

 

 部屋を出て行く明の後ろ姿を見送りながら、小夜は何とも言えぬもどかしさを覚えていた。

 ここ数日の明の顔色は、いつにも増して酷いものになっていた。ただでさえ、休む間もなく働いているのだ。柱代行としての任務は重いだろうし、警邏のない日は朝から晩まで稽古場か煉獄家にいる。三日前には救援要請に向かった先で間に合わず、無惨な隊士の遺体と向き合う羽目になったらしい。傷の処置を頼まれたが、見るだけでこちらが痛くなってくるほどの、酷い火傷だった。心労も重なっているだろう。憔悴は当然のことだった。

 今日は傷を庇うような仕草をしていなかったので、火傷自体はだいぶ良くはなっているのだろうが、顔色は悪いままだ。

 いかに体力のある鬼子の隊士、早熟な子供と言えど、明は十三歳だ。大人でも大変なこの仕事で、明が潰れていない方が奇跡だと言っていい。

 休ませる必要がある、と思った。

 風柱に進言し、明の仕事を減らしてもらうことも考えたが、明は休みの日も刀の稽古に没頭している。休みが物理的な休みになっていないし、稽古がある意味の逃避になっているのだと小夜も気付いていた。明を駆り立てる何かがあるのだ。

 だから休ませるとするなら、心身でいうならば前者、気分転換に誘う方が効果的だと思われた。

 そういうわけで、非番の日に約束を取り付け、外食に誘ったのである。

 小夜は明を連れ立って、のんびりと街を歩いていた。

 (うらら)かな春の日差しの中、外に出るのは心地が良い。街中には所々に葉桜が咲いていた。昨日の雨で散っているものと思っていたので、明に昼の桜を見せてあげられたことが嬉しい。

 任務の影響で頻繁に昼夜が逆転する明は、いささか眩しそうに目を細めているが、久々の日差しの下での街歩きを楽しんでいるようだった。

 少なくとも迷惑にはならなかったようだと、その姿に少しばかり安堵する。布の目隠しをさせずに連れ出したが、人通りの多い道は避けているため、不躾な人間の目に晒されてもいない。

 外食と言っても、洒落た所に行くわけではない。向かう先は明の馴染みの定食屋だ。何度か明に連れられて食べに行ったことがあったが、経営する夫婦二人はおおらかな気性の持ち主のようで、明の特異な見た目を気にする事なく受け入れていた。あの定食屋ならば明も気が楽だろうと、選んだ次第である。

 店の戸口をくぐってすぐに、明は目を見開いて固まった。

「……え、何故真菰が?」

「久しぶり、明」

 四人客用のテーブル席に座っていた真菰が、明と小夜に対して軽く手を振る。以前会った時と異なり、真菰は隊服ではなく小紋を着ていた。

「ごめんね、待たせちゃったかな」

「ううん、私が早く来すぎちゃっただけ。土地勘なくて不安だったから、早めに家を出たの」

 状況に戸惑っている明は、小夜と真菰を見比べて目を白黒させていた。

 最終選別について話した時、明の口から真菰の事を聞いて、彼女を誘おうと閃いたのだ。

 明からは何度か、真菰の話を聞いていた。入隊後しばらくは頻繁に会っていたらしく、狭霧山でも顔を合わせたと言う。重傷を負ったと聞いて真っ先に見舞いに来てくれた事も記憶に新しい。口ぶりからしても仲の良い友人のようだったので、鎹鴉を通して明が心労を重ねていること、気分転換に外食に連れ出すので会ってほしいと頼んでみれば、その日のうちに「必ず行く」と返事が来た。

「これは、どういう……」

「他の地区の話を聞きたいって、私が頼んだんだ。真菰さんは水柱様の継子だから、そういう情報も詳しそうだったからね。数少ない女性隊士同士だから、話してみたかったし。明とも仲が良さそうだから、一緒にご飯でもと思ったのだけど、迷惑だった?」

 ありのままに話せば気兼ねするだろうと、小夜は二割だけ事実の建前を話した。

「いや……私は、嬉しいけど」

 どうせなら先に言って欲しかった、と言う明に、せっかくだし秘密にしておくのも一興かと思って、と返す。小夜の建前に違和感は覚えていないようだった。

「二人とも、座って座って。……あと、私のことは真菰って呼び捨てにしてほしいな。明の友達にさん付けされるのは、ちょっとこそばゆい」

「うん、わかった。じゃあ、私のことも呼び捨てにして」

 明を真菰の正面に座らせ、小夜はその隣に座った。品書きにざっと目を通す。

「天丼一つ、お願いします」

 初めに注文したのは真菰だった。

「私は牛丼を。明はどうする?」

「……私も、牛丼で」

 悩むそぶりを見せていた明にふると、予想していた答えが帰ってきた。

 今まで何度か明と外食をすることがあったので、明の注文には一定の傾向があることに気が付いていた。明は自ら進んで肉料理を選ぶことはしないが、同席した小夜が肉料理を頼んだ場合に限り、同じ品を注文していた。

 その理由がわからぬほど小夜は鈍くはなかったし、指摘するほど無神経でもなかった。

 そして、鬼の体への自覚故に、好きなものも自由に食べられない明に対して何も思わぬほど、冷淡でもなかった。

 ──不器用で繊細な子だ。

 白い髪で縁取られた明の横顔を見る。これほど穏やかな顔を見るのは久しぶりだ。真菰に会えたおかげだろう。小夜の呼びかけに応じてくれた少女に無言で感謝を捧げる。

 明は瀕死の重傷を負っても弱音一つ溢さず、隊士から(そし)られ、斬りかかられても涙一つ見せないほどに強靭な精神を持っているが、その本質は痛ましいまでの利他主義と配慮の塊だ。

 身を引き、行動を抑制し、自身を死地へ差し出すことだけが他者への奉仕の手段である、不器用な人。藤の花の家紋の人とは極力接触を断ち、怯える同僚には距離を保ち、友人相手にすら鬼混じりとしての己を極力意識させないように振舞う。稽古場の監督係として隊士と一線を引いて関わりながら、その実、誰よりも心を砕き、隊士の殉職や負傷の報せを聞いた日は、沈んだ顔でいつもより長く稽古後の型演武を繰り返す。

 だからだろうか、ここまで入れ込んでしまっているのは。

 明の傍にいることが自分の身に危険をもたらすかもしれないと理解したときには、見捨てる選択肢が取れないほど、とうに懐に入れすぎていた。

 どうにも放っておけず、今や、妹のように思っている節すらある。

「それじゃあ、まずは自己紹介からかな。手紙で書いたけど、私は篠原小夜。風柱様の屋敷で、明と一緒に世話になってる。出身は猟師の家。階級は(かのと)。水の呼吸を使っているけど、二人と違って剣はあまり得意じゃないんだ。だから、山間部の鬼の棲家の捜索を主にやってる」

 真菰は(かのと)と聞いた瞬間、少しだけ驚いたように目を瞬かせた。継子である明と同居している友人が、下から三番目の階級とは思っていなかったらしい。

「私は鱗滝真菰。階級は(きのえ)。物心つく前に育手に拾われたから、剣歴は長い方だと思うよ。水柱様に継子にしてもらっている。……多分、仕事自体は明と近いと思う。水柱様の任務に同行したり、不在時の代理とか、後は稽古場の管理とか」

 真菰が確認するように首を傾げれば、明は頷いた。

「どこの継子も、似たようなものらしいな」

「そうみたいだね。三日連続で稽古場監督してきたから、今日は遠出できて結構嬉しいんだ。最近は任務以外で外に出る機会がなかったから」

 真菰が苦笑いをしながら言えば、明は「私も」と、しみじみと首を縦に振った。明の忙しさなら、小夜も知るところだ。

「……真菰も、稽古場の管理をしていると言ったな」

 少し迷うそぶりを見せたのち、明はおずおずと口を開いた。うん、と真菰が次の言葉を促す。

「…………実は、その、……あまり、指導に自信がないんだ。階級が上でも若ければ侮られがちになるし、そもそも歳上に指示するのが慣れない。そのあたり、真菰はどうしているか聞きたい」

「そうだね……私はあまり、年上とか年下とか、そういうことを気にしてないかな。たしかに、若い女の子だからって舐められることがないわけではないけど、隊士としての立場の方が重要だもの。文句があるなら私を継子にした水柱様に言ってって、……そんな感じで開き直ってやっているよ」

 真菰の言葉に、明は真剣に聞き入っていた。

 風柱の地区の甲の隊士は、軒並み年上ばかりだ。同格の隊士に明と近い年代の者はいない。立場を共有できる真菰に、親近感と連帯感を覚えているようだった。

「思えば合同任務のときも、真菰は堂々としていたな」

「まあ、ね。でも、……うん。やっぱり、受け入れられやすい言い方とか、指導の仕方はあるかも。立ち合いで実力を見せてからの方が、話を聞いてもらいやすいし、隊士の話を親身になって聞いてからだと、助言を受け入れてもらいやすい。他には、流派や育手によって教え方とか表現の仕方が異なっていたりするから、その辺りは色々な隊士と話してすり合わせつつ……って、他流派については明の方が詳しかったね」

「私とて、一人の師匠から多くの呼吸を教わっただけだから、他の隊士と話が噛み合わないことはよくある。……参考になる。ありがとう」

「私も、稽古の監督者としては未熟だから。もし他に困ったことがあったら、風柱様に相談するのがいいと思う。……風柱様とはうまくやれてる?」

「どうにか。結構、親身になってくれているが、忙しいようで、最近は出張が多くて話す機会が少ない」

「柱の数が足りてないと、どうしてもそうなるよね。……ああ、そうだ。最近試してみた稽古で、割と上手くいったのがあって、……」

 明と真菰が指導論について話すのを、小夜は黙って聞き入る。完全に小夜の知見の埒外の話である。だが、話を聞いていれば、真菰が指導者として優れているのが何となく察せられた。穏やかなように見えるが、観察眼が鋭いのだろう。随分と細やかに隊士達を見ているらしいというのが、彼女の語りからわかった。

 真菰は小夜よりも年下の、明と同世代の子供である。本来なら大きな責を負うはずのない子供がこうまで成熟してしまっているのは、やはり仕事と立場によるものだろう。

 それと同時に、明に剣で並び立てない自分が、少しばかり不甲斐なかった。私では、こうして真菰のように相談にのってあげることができない。やはり自分では、共有も解決もできない事が多いのだ。年下の彼女らよりも弱いという事実もまた、苦いものだった。

「継子って結構忙しくて大変だよね。今日の予定、無理してない? 迷惑じゃなかった?」

 明と真菰の会話が途切れたので、不安に思っていたことを尋ねた。

「それは大丈夫。霜山様……水柱様も、ゆっくりして来いって送り出してくれたから。(たま)の息抜きは大事だって言ってたよ。この頃は隊士の人数も増えているから、多少、余裕があるみたい」

「それなら安心した。そっちも隊士が増えているんだね。こちらも新人が増えていて、最近は警邏や任務を二人組や三人組にする事が多くなってるよ」

「それも同じ。……ああ、そうだ。最近はね、複数での任務も多いから、連携の訓練もしているんだ。二人の隊士に同時に斬りかかってもらって、お互いの型の間合いの確認とか、予備動作からの予測と連携とか、そういう稽古を取り入れてみたんだ」

「……連携訓練」

 真菰の言葉を繰り返した明の声は、ぞっとするほど暗かった。思わず、明に視線を向ける。

「いや、……そう言う視点はなかったな、と思って。次の稽古では試してみる」

 小夜の視線に気づいた明は、先程の声が聞き間違いだったのかと思うほどに自然に言葉を継いだ。けれども、その顔が強張っているように見えてならなかった。

 

 

 ──もし、連携訓練を行っていたならば、先日鬼に殺された金原と照井の二人は生き延びられたのではないか。

 そう思った瞬間、猛烈な寒気に襲われた。心臓が掴まれたように痛い。

 入隊して日が浅い彼らは、合同任務にも不慣れだったはずだ。加えて、使うのも水の呼吸と鳥の呼吸で異なっていたから、お互いの動きも追いにくく、連携などできなかったのではないか。

 ──私の不手際のせいならば、私が殺したようなものだ。

 耳の奥で血流の音が(うるさ)い。

「隊士同士の組み合わせの方は、どうやっている? やはり、同じ呼吸同士の方が連携はしやすいだろうか」

 ──今更後悔したところで、何の意味がある。これからの事を考えるべきだ。

「新人同士を組ませるなら、呼吸の系統の近い人を選ぶようにはしているみたい。采配は水柱様がやってくださっているから、私は関わっていないけれどね。でも、最終的には隊士の性格とかの相性の方が重要だって言っていたよ」

 テーブルの下で拳を握りしめ、真菰の言葉を胸に刻み付ける。

 稽古を任されているということは、隊士の命を預かるのと同義だ。失策は許されない。

 今までは、野沢の稽古をなぞるばかりだった。状況に合わせて試行錯誤をしてこそ、私が稽古を組み立てる意味ができるのだ。職務怠慢以外のなんと呼べようか。

「そういえば、狭霧山でも複数での稽古を行っていたな。義勇と錆兎を同時に相手どらされた。あの時のようにやれば上手くできるかもしれない。私の他に一人の側をできそうなのは、……(きのえ)だけだと数が足りないな。(きのと)……いや、相手によっては(ひのえ)あたりまででも任せてよいかな」

 話しながら考えをまとめる。思考が少しだけ落ち着きを取り戻す。

「新人相手なら(つちのえ)の隊士に任せることもあるけど、その辺りは稽古参加者の顔ぶれ次第って感じかな」

 耳に心地よい真菰の声が、心臓の痛みをなだめる。

「実力的に怪我の不安があれば、木刀じゃなくて竹刀を使うこともあるよ。複数を相手にするのは血鬼術を(さば)く練習にもなるし、階級の低い隊士にやらせる意義はあると思う。この前は実力の近い三人を組ませて交代で一人と二人に別れてやらせてみたけど、好評だったよ。勿論、二人側の方には手加減させたけど」

 真菰の声を聞いていると、強張っていた心の端がゆっくりと溶けていくのを感じた。

 稽古について、任務について、地区の隊士との関わり方について、思うままに話題を広げる。最初は遠慮がちなところもあった小夜が口を挟むようになると、三人での会話は面白いほどによく弾んだ。

「……それでね、たくさんの柱の方々の経歴を確認したんだ。勿論、明とか真菰みたいに入隊後すぐに頭角を現す人も多いんだけど、大器晩成型の人も少なくないみたいで、柱就任まで六年、七年かかってる人もいた。そういう人でなくても、最終選別の時に危うかったって人はいて、選別のやり方次第では、そういう人をもっと多く掬い上げられるようになるんじゃないかなって」

「そうだね。それに、連携を前提にすれば、鬼を狩れる人材自体を増やせると思う。複数人での任務が増えるようになってから、隊士の負傷が減ってきたし」

「初めから単独で鬼を狩れる程の実力者は、そう多くないからね。それは最終選別の合格率からもわかっていることだし。……そうだ、選別の段階から連携をさせるのはどうかな」

「初めて顔を合わせる人に命を預けるのは難しいよ。義勇と錆兎みたいな、もともと同じ育手のところで修行をしてきた人たちぐらいじゃないとできない。もしやるなら、育手と候補者を一か所に集めて同じ場所で稽古してもらうようにするとか、修行自体にも介入しなきゃならなくなる」

 仕事に明け暮れている都合上、他の話題がなく、会話の内容はどうしても鬼殺隊がらみのものになってしまうが、今はこの三人で会話できていること自体が嬉しい。真菰と小夜は別々の場所で出会った友人であるのに、ここで三人そろってテーブルを囲めているのが不思議だった。

 ──友人に恵まれている。

 この定食屋まで歩いていた時は、以前に店の夫婦に情けない顔を見られていたので、なんとなく気恥ずかしかった。着いてからは予想外の真菰に驚いて、気恥ずかしさは頭から抜け落ちていたが、今はそのどちらも気にならないほどに満ち足りた気分だった。

 真菰は、水の呼吸を使う彼女によく似合う、青海波文様の美しい小紋を着ていた。見慣れた隊服ではなく私服姿の真菰は、その恰好からも、今日の食事会を楽しみにしてくれていたのだとわかる。隊服で来た自分が少し申し訳なかった。明は、隊服の他には稽古着しか持っていない。

 ──今は不安も後悔も脇に置いて、会話を楽しもう。誘ってくれた小夜にも来てくれた真菰にも悪い。

 三人の前に丼が並べられる頃には、小夜と真菰は旧知の仲であるかのように、すっかり意気投合していた。破天荒な分析家気質の小夜と、繊細で洞察力に優れた真菰は、案外と相性が良かったらしい。

 箸を手に取り、丼の中の牛肉を見る。この頃は食欲がなく、味気ない食事を腹に詰め込むばかりだったが、今は肉を見るだけで食欲をそそられた。

 おそるおそる、口元に肉を運ぶ。

 醤油の香りと、甘辛く煮込まれた牛肉の味が口内一杯に広がった。咀嚼する度に、口の中に味が満ちていく。

 久々に、食事を美味しいと思えた。

 飲み込むのが名残惜しいほどだった。胸のむかつき、喉のつかえを感じることなく、ご飯がするりと喉を通っていく。

 隣と前には、同じく美味しそうに丼を食べている友人達がいる。

 ──私は幸せ者だ。

 そう思っても、いいのだろうか。

 

 

「締めは甘味でしょう」

 定食屋を出た小夜がそう提案すれば、年頃の娘二人は一も二もなく賛成した。丼の量は少なくなかったが、食べ盛りの十代である。しかも肉体仕事に従事しているので、食欲は旺盛な方だろう。

 小夜のお気に入りは少し歩いた先の団子屋だった。各々、好きな団子を購入して、店先の床机(しょうぎ)に並んで座る。真菰はよもぎ、明はみたらし、小夜は粒あんを選んでいた。

 この団子屋は何度も来ているが、友人と食べると更に美味しく感じる。どれも絶品だが、小夜は特にこの店の粒あんが気に入っていた。甘みを引き立たせる塩加減が絶妙なのだ。

 目の前を女学生の集団が通る。なんの憂いもない朗らかな表情で、袴を翻して歩いていた。その姿が少し眩しい。

 ──私たちも私服だったなら、彼女らと同じように見えたかもしれない。

 明に合わせて小夜も隊服で来ていたが、次は私服で外出するのも良いかもしれない。箪笥の中に、久しく袖を通していない(かすり)の着物がある。隊服に慣れた今では着物は動きにくく感じるが、たまの外出に着る分には悪くないだろう。

 同じく女学生達の姿を見ていた明も思うところがあったのか、おもむろに真菰の小紋を見つめて口を開いた。

「……その小紋、よく似合っている。味気ない隊服で来てしまって、悪い。私も普段着を買っておこうかな。今は隊服と稽古着しか着るものがない」

「え、ないの?」

「昔のは丈が合わなくなってしまっているし、このごろは隊服以外を着る機会もなかったから」

 寝巻きもあったなと明が付け加えたので、それは勘定に含めるなと否定した。

「次、この三人で会う機会があれば、その時に着てこよう」

「──今日、仕立てに行こう。今すぐ」

 最後の団子を食べ終わった真菰は、緑茶を飲み干して立ち上がった。

「せっかくの休みなんだから、まだ時間はあるし、三人で買い物するのも楽しいよ。多分、給金だって使い道がなくて余ってるんでしょう?」

「それはまあ、否定はしないが」

「じゃあ行こう。小夜、この辺りに呉服屋ある?」

 心当たりはあったので、二人を連れ立ってまた歩く。多少迷いはしたが、ほどなくして目的の呉服屋に辿り着いた。

 生地や柄を見比べ、明の襟元にあてがっては、ああだこうだと話し合う小夜と真菰に、明は気圧されているようだった。

「この工字繋ぎとかはどうかな。縁起がよいし、この薄紅色もよく似合うと思う」

「こっちの立涌文も洒落ているよ。甕覗色が爽やかで、これからの季節にいいんじゃないかな」

 真菰と二人、両の手では足りないほどの数を提案したが、明は最終的に、霞模様の入った群青の小紬を選んだ。その購入を即決したうえ、付き合ってくれてありがとうと、小夜と真菰に簪まで買ってくれた。継子の財力に恐れ入る。

 代わりに真菰と小夜は、根付と帯留を明に買って押し付けた。

「潜入任務に使うこともあるかもしれないし、いい機会だった。ありがとう」

 群青に霞模様。それは、破れてしまった明の母の形見の羽織によく似ていた。小夜と真菰が提案した反物の中で最も地味だったが、羽織に見慣れていたせいか、体に反物を添えた姿は他の何よりも馴染んで見えた。

「本当にこれ、もらっちゃっていいの?」

 髪に挿した簪に手をやりながら、真菰は明に聞いた。簪には、真菰の瞳の色と同じ花浅葱色の硝子玉がついていた。

「今日のお礼だから。気に入ってくれたなら嬉しい」

「次はこれを挿してくるね。今日は楽しかった。ありがとう」

 傾いてきた日差しの中に去っていく真菰の背を見送り、小夜と明もまた帰路に着く。

 強い風が吹いた。桜が散り、ひらひらと舞いながら落ちていく。

「今日はありがとう。久々に美味しいものを食べられた。……友人と食べるのはいいものだね」

 隣を歩く明の背は、初めて会った時よりも随分と伸びており、既に明は小夜の背を越していた。

 「明を守りたい」。これほど似合わない言葉はないだろう。剣ではとても敵わない自分が、口にするのもおこがましい。

 けれども、この子がこの過酷な仕事の中でできる限り健やかでいられるよう願うことの、どこに妙なことがあるだろう。

「──食べ盛りなんだからさ、好きなものぐらい、好きなだけ食べていいんだよ。何でも、作ってあげるから」

 小夜の言葉に対し目を瞬かせる明の表情には、年相応のあどけなさが混じっていた。

「食べたい料理があったら、遠慮せずに言ってね」

「────わかった」

 明は陰鬱な翳りのない、心底からの笑みを浮かべていた。その笑顔は小夜にとって、咲き誇る桜よりも暖かかった。





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小ゆびさんからの頂き物
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