鬼子の剣士は夜明けを望む   作:安代圭

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第3話 決別

 遠藤良平は、変り者の剣士として有名だった。

 育手のもとで風の呼吸を学ぶも、支給された日輪刀は東雲色に変化。より自分の体質に合った剣技を学ぶため、炎の呼吸を扱う煉獄家の剣士に師事した。

 ここまでならばよくある話だが、炎の呼吸を修め終わった遠藤は、さらに様々な呼吸法・剣技を求めて同僚の隊士に教えを請うた。本人曰く、「新しい呼吸法を覚えるのが楽しかった」ようで、最終的に習得した呼吸法の数は片手では足りない。

 最終的に、炎の呼吸を軸として独自の解釈で剣技を統合した「(あわせ)の呼吸」を用いるようになり、現役最後の数年間は柱を務めていた。用いる型、構えの多さから、仲間内では「変幻自在の遠藤」と呼ばれていたらしい。

 数多くの型に精通した遠藤ならば、明に合った剣技を教えられるのではないか──そう思った槇寿郎は、遠藤に鎹鴉を飛ばした。

 

 

「──新しい育手、ですか」

 目の前でかしこまって正座している明は、槇寿郎の言葉を反芻した。

「……もう、父上にはご指導いただけない、と」

「ああ。俺も、最終選別まで指導してやりたかったが、俺ではお前の才を十全に引き出すことはできん。隻腕での戦い方など、経験がないからな。だから少しでも詳しそうな遠藤に任せようと思う」

「その、遠藤様は、私の事を忌避したりはしないのでしょうか。隊士の方には一層、気味の悪い見た目に見えるのですよね?」

 己の腕を斬った隊士の事を思い出しているのだろう。明は残った右手で、左腕の肘を握った。

「大丈夫だ。もう話は通してある。引き受けると言ってくれたよ。……もともと、お前を育てることになったきっかけは、お館様のご指示だった。当時は噂にもなったからな、年配の隊士や関係者には知っている者も多い」

「そう、ですか……」

 明は軽く目を閉じた。表情が硬い。急な話で戸惑っているのだろう。無理もないか。

「勝手に話を進めていて、すまない。どうしてもこの家から出たくなければ、それでもいい。俺から遠藤に謝っておく。……夕飯のあとに、俺の部屋に来なさい。それまでに決めておくように」

「……承知いたしました」

 

 

 障子越しの気配を感じて、槇寿郎は声をかけた。

「明か。────入れ」

「失礼いたします」

 小さな手が障子を開けた。瑠火にしつけられた所作が身についている。これならば、遠藤のもとに送り出しても大丈夫だろう。

 自分にも瑠火にも懐いていたし、杏寿郎とも仲が良い。離れるのは寂しいだろう。しかし、この子は剣術を好んでいる。隊士の厳しさも知っているから、生半可な技量ではすぐに死ぬとわかっている。──きっと、遠藤のもとでの稽古を選ぶだろう。

「決められたのか」

「はい」

 明の顔には緊張が見られた。

「育手のご紹介、感謝申し上げます。遠藤様に、『すぐに参ります』とお伝えください。……今までありがとうございました、師範。今日、この日を以て、煉獄の姓を返上いたします」

「────何を」

 言っているんだ、と言いかけて言葉が出なかった。

「これからはただの『明』として生きてまいります。鬼子の存在が、煉獄家に禍をもたらしてはいけません。……どうか、勘当してください」

 思いがけない事態に、槇寿郎は硬直した。

 ──この子は。

 厄介者として追い出されるのだ、と解釈したのだ。

 斬りかかられて、隊士にとっての自分の存在を客観的に自覚した。忌まれ疎まれる見た目の自分は、煉獄家にとって迷惑でしかないのだと────

 槇寿郎はぎり、と歯を食いしばった。

「……明よ、俺は、……出来ることなら、お前を手放したくはなかった」

 この利発な娘にそう思わせてしまった自分の行動を後悔した。

「本当に、すまない。俺ではお前を育てきれる自信がないんだ。……だが、俺はずっと、お前のことを娘だと思っている。たとえ、血がつながっていなくとも。お前は確かに、俺の炎を継ぐものだ」

「──しかし」

 もともと白い肌からさらに血の気をひかせて、しかし語調だけは強く、明は言い募った。

「鬼殺隊で私が、どのように評価されるかわかりません。半分鬼の化生が、煉獄の名を汚すわけにはいきませんから。煉獄の名は、鬼子が名乗るべきものではありません。

 今までずっと、煉獄家の立ち位置を教えていただいていたのに、真の意味で理解できておりませんでした。……思いあがりをしておりました。浅慮を恥じております」

 強情な瞳だった。丁寧ながら硬い口調と態度が、どこか瑠火を思わせた。

「炎柱としても、鬼子を娘などと呼べば、隊士に示しがつきませんでしょう。見た目だってこのように、煉獄家の方々とは程遠いのです。……万が一にでも、()()と杏寿郎に迷惑をかけたくはありません」

 ──『父』と呼んではくれないのか。

 槇寿郎の胸の内に隙間風が吹いた。唐突に娘が突きつけてきた距離が、あまりに遠かった。

「…………お前は頭が固いから、言っても聞かないのだろうな」

 槇寿郎は諦めたように息を吐いた。何を言っても、この子は煉獄の姓を名乗るつもりはないのだろう。

「せめて何らかの姓を名乗れ。お前は鬼ではなく人だ。…………そうだな、『東出』とでも名乗るといい。鬼殺の剣士として縁起もよいだろう」

 槇寿郎は腕を伸ばした。身を固くした明の頭に、ぽん、と手を乗せる。柔らかな髪が、槇寿郎の分厚い手の下でたわんだ。

「もう一度『煉獄』を名乗りたくなったら、いつでも名乗っていい。俺はお前の父親だ。何があろうとも」

「…………はい」

 消え入りそうな声で答えた娘の頭を撫で、ゆっくりと手を離す。

「明の名は、お前を抱いて見た夜明けから取ったものだ。どのような見た目であっても、お前は日の元を歩く存在だ」

 鮮血のような赤い瞳が槇寿郎を見上げている。

「夜明けが希望となる『人』だ」

 縦に深く裂けた瞳孔が、槇寿郎の目を捉えて離さない。

「お前の道を太陽が照らすように、東から登る太陽がお前を守るように、この姓を贈らせてくれ。鬼を遠ざける太陽と、夜道を照らす月の加護があらんことを祈る」

 

 

 この家で過ごす最後の夜だった。少しでも屋敷を目に焼き付けておこうと、ゆっくりと廊下を歩いていた時、瑠火に声をかけられた。

「明、来なさい」

「はい」

 瑠火は部屋の中で正座をして手招きしていた。座るように促され、明も腰を下ろす。

「最後に少し、話をしておきましょう」

 静かな瑠火の声を聞き、明は背筋を伸ばした。

「人を人たらしめるものが何か、わかりますか」

「…………いいえ。教育、でしょうか」

 明は自信なさげに答えた。

「それも正解と言えるでしょう。しかし、私があなたに伝えたいのは、もう一つの答えです」

 夕焼けのように鮮やかな紅の瑠火の瞳が、明をまっすぐに見つめた。

「人と獣を分かつのは、誇りです。人としての矜持を持ち続け、誇り高い人間として行動する限り、あなたは人です」

 明の異形の瞳に、艶やかな白髪に、最後に剣だこのある右の手に、視線を移していく。

「あなたは人とは違う体を持って生まれました。人にない力があります。それを私利私欲の為でなく、人々の為に使いなさい。その力は、人を守るために与えられたものだと、片時も忘れてはなりません。それを全うできたなら、あなたは人として生きられる」

 槇寿郎は任務で家を空けることが多かったため、明と杏寿郎を育て、導いてきたのは瑠火だった。

「あなたは強い子です。弱き人を守りなさい。それが、強く生まれた者の責務です」

 瑠火の瞳に、力強い煉獄の炎が見えた気がした。槇寿郎の剣技にも似た、激しくも暖かな炎を。明は瑠火の言葉を聞くたび、震えるような気分になる。槇寿郎が剣の師であれば、瑠火は明にとって精神の支柱だった。

「あなたの力は、世のため人のために使いなさい。天から賜りし力で人を傷つけてはなりません。あなたの力は鬼を斬るためのものであり、人に向けることは許されません。

 ……そうやって在り続ければ、あなたの目に恐れを見出した者も、きっと、あなたの背に安らぎを覚えるでしょう」

 瑠火は最後に微笑んだ。

「短い間でしたが、あなたを育てられて良かった」

 

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