鬼子の剣士は夜明けを望む   作:安代圭

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第6話 色変わりの刀……〇

 陽光が明の目を刺した。東の空が明るくなっていく。

 最終選別が、今、終わった。

 刀を固く握りしめていた右腕の感覚は、ほとんどなくなっていた。七日七晩、常に緊張を絶やさずに過ごし、片腕だけで刀を振り続けるのは、想像以上に過酷だった。

 左の腕で鞘を固定し、ゆっくりと納刀する。重さから解放された右の手に、わずかに血の気が戻った。

 ──生き延びた。

 じわり、と浮かんだ涙が東雲をぼやけさせた。陽光が暖かい。

 目を閉じると、瞼を透かして見える赤い光が鮮やかだった。

 ──これほどまでに、夜明けは鮮やかだったんだ。

 闇夜での鬼との戦闘を潜り抜けて初めて知ったことだった。

 師範が見た明けの空も、このように美しかったのだろうか。

 そうであればいいな、と思った。煉獄姓はもう名乗らないと誓ったが、夜明けからとられた名前を誇らしく思えた。

 重い足を引きずって下山していく。

 地面は朝露で湿っていた。何人の人と鬼の血を吸ったのだろうと、短く思いを馳せた。

 藤の花の狂い咲く麓に辿り着いたとき、真っ先に感じたのは、僅かな違和感だった。

 妙な甘ったるさのある匂いだった。少しばかりしつこいほどの甘さ、腐る直前の果物にも似た。臭いとすら表現できるほどの匂いだった。

 藤の花に近付いて嗅いでみれば、やはりこれが匂いの元だった。

 明は眉根を寄せた。

 初日はこのような匂いをしていただろうか。それとも、疲労のせいで感覚がおかしくなっているのか────。

 疲れてはいたが、周囲の木に寄りかかるのも躊躇われて、明は藤から距離をとって姿勢を正した。もうすぐ入隊の案内があるはずだ。

 山から続々と下りてくる合格者たちの顔を見る。彼らは明の姿を見ると、気まずげに顔をそむけた。試験の間に何度か話はしたものの、顔を隠す面のせいか、隻腕と白髪のせいか、はたまた別の理由があったのか、彼らは明のことを気味悪く思っているようだった。

 これから同僚になるのに、前途多難かもしれない、と内心でため息をついた。

 結局、友好的な関係を築けたのはあの子だけだった。

 あの子は、強い。絶対に生き延びている。その確信があったが、万が一、ということもある。

 祈るような気持ちで、山を見上げ続ける。

 ──来た。

 ようやく、跳ねるように山を下りてきた花柄の衣を認めて、明は破顔した。真菰だ。

 真菰が最後の合格者だった。

 今回の最終選別試験の合格者は五人。二十余名の参加者の内、突破できたのは三割に満たなかった。

 

 

「お前は、何色に染まると思う?」

「赤か青だと思っております。炎と水のどちらにも適性を感じましたが、どちらになるかは判断が難しいです」

「やはりな。俺も同じだ。こればかりは握らないとわからん」

 遠藤が炊いたご飯を食べながら明は答えた。選別を終えて十六日が経ち、体は完全に回復している。日課の稽古を終えて空腹で食べるご飯は何よりもおいしい。白米のおいしさを噛みしめて、明は目を細めた。

 鬼殺隊の剣士が使う刀は、日輪刀と呼ばれる特殊な刀だ。陽光山と呼ばれる太陽に一番近い山でとれた砂鉄と鉱石が使われており、この鉄で作られた刃物でなければ鬼を殺すことができない。

 そして、この日輪刀は別名「色変わりの刀」とも呼ばれ、最初に握った剣士によって色が変化する。この時に変じた色が、剣士の呼吸に対する適性を示すのだ。水の呼吸に向いていれば青く、炎の呼吸に向いているならば赤くなる。他の始まりの五つの呼吸は、風の呼吸なら緑、岩の呼吸なら灰、雷の呼吸なら黄色に変化すると聞いていたが、稽古中の手ごたえからして、この三つではなさそうだと感じていた。

 明は空になった茶碗を置き、少し冷めたお茶を啜った。心地よい満腹感だった。

「……ああ、噂をすれば」

 足音を聞きつけて、明は面を被って外に出た。ひょっとこを被った男性と、黒い装束に身を包んだ若い女性が、ゆっくりと山道を登ってきている。

 明は黒い装束に見覚えがあった。煉獄の家にいた頃、この制服を来た人々が出入りをすることがあった。彼らは隠と呼ばれる、鬼殺隊の事後処理部隊である。剣才に恵まれなかった者たちによって編成されていると聞いていた。

「ご足労感謝します。私が東出明です。どうぞ、中へ」

「ああ、失礼する」

「お邪魔します」

 遠藤の家に招き入れられた彼らは、おもむろに荷物を広げた。

「儂は鉄井戸という。お前さんの刀を作ってきた。隻腕であること以外の話は聞いていなかったから、まずは標準的な刀に仕上げておいた。握ってみてくれ」

「ありがとうございます」

 手渡された刀を恭しく受け取り、左脇に挟んで抜刀した。研磨された鏡面のような刀が、鋭く光を反射する。鉄井戸に見守られる中、刀の変色を待った。

 刀は柄付近から徐々に変色した。じわりじわりと柄から切っ先にかけて変色が広がっていく。

「────蛇?」

 日が沈んだ直後の空のような、深い紫色。

 加えて、奇妙な光沢があった。手を傾けて角度を変えると、刀身は青にも赤にも見えた。

「……これはまた、珍しい」

 鉄井戸は感嘆の溜息を洩らした。

「蛇の呼吸には、とりたてて適性を感じはしなかったのですけど……」

 明が首を傾げると、遠藤は面白そうに笑いだした。

「いや、これは蛇じゃない。炎と水だ。どちらもお前の呼吸だと、刀が言っている。────そうか、そうか。刀ですらも判断できなかったか!」

 遠藤はなおも愉快そうに笑い続けた。

「師匠の刀も変わってましたけど、まさか師弟揃ってこうなるとは」

 明はまじまじと自分の刀を見つめた。

 遠藤の東雲色の刀は、絵の具をぼかしたかのように、場所によって色味が僅かに異なる珍しい刀だった。遠藤はそれを炎の呼吸とその他複数の呼吸への適正を示していたのだろうと結論付けていたが、まさか弟子の自分までも妙な色に変化するとは思ってもいなかった。

 青と赤。合わせて紫。あまりに単純な話だ。

 その色の意味を飲み込んだ瞬間、沸き上がったのは安堵と喜びだった。

 ────私には炎の呼吸への適性がある。煉獄の家で習った呼吸を、使い続けていいんだ。

 与えられた己の日輪刀を思うままに観察して、再び鉄井戸に深く頭を下げた。

「立派な刀を打っていただいて、ありがとうございます」

 鉄井戸が鷹揚に頷くと、隠の女性が口を開いた。

「では、隊服の方をお確かめください」

 板張りの床の上に、隊服が広げられる。

「こちらが鬼殺隊の隊服です。頑丈な布でできており、下級の鬼の攻撃であれば防ぐことができます。この度はベルトの確認だけしていただきたくて参りました」

「ベルト、ですか?」

 明は白いベルトを検分した。一見、槇寿郎が身に着けていたものとほぼ同じ見た目をしている。わざわざ確認するほどのものがあるのだろうか。

 訝し気な明の顔を見て、女性は説明を追加した。

「はい。右腕のみで納刀、抜刀をしやすいように、特別にベルトと鞘に細工を施しました。任務に支障があってはいけませんので、どうぞご確認ください」

 そんな技術があるのか、と明は目を丸くした。

「わざわざ手間をかけてくださって、ありがとうございます」

 いそいそと腰にベルトを巻き、刀を差す。

 ──なるほど。この留め具で刀が固定されてるのか。

 柄に手をかけて引いてみれば、確かに、鞘がずれることなく抜刀できた。

「すごいです、これ。このベルトと刀なら、きっと鬼と戦いやすいです」

 最終選別では、抜刀と納刀の手間が怖かった。この装備ならば、隙ができにくいはずだ。弾んだ声で礼を言うと、女性は誇らしげに頷いた。

 随分と手厚いことだ。鬼子が入ることを黙認しただけでなく、この肉体の欠損への配慮までするとは。それだけ受け入れられているということか、それとも、鬼子を当てにしなければならぬほどに戦力的に切迫しているのか。

「──任務! 任務!」

 突然、鴉が部屋の中に舞い込んできた。鎹鴉という、鬼殺隊で伝令を務める人語を操る鴉である。明につけられた鎹鴉は、晴彦と名乗っていた。

 明の手元に刀が届くのを待っていたのだろう。晴彦は急かすように、任務の詳細を告げる。その場で隊服に着替えさせられた。養父と同じ制服に袖を通す感慨に浸る暇もない。

「遠藤師匠、鉄井戸さん、隠の方、ありがとうございました。────行ってまいります」




東出明
 12歳。歳の割には長身な方。
 
【挿絵表示】

 血糊注意。

鱗滝真菰
 13歳。明と共闘して手鬼を斬ったため、存命。
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