鬼子の剣士は夜明けを望む   作:安代圭

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第7話 鬼の隊士……〇

「────お前も鬼なのに、どうして鬼狩りに与する!」

 何度、言われただろう。

 足元に転がる鬼の首が焼け散っていくのを、明はただ見下ろしていた。

 鬼の断末魔には二種類ある。剣士の力に怯え、蹲り泣き叫び命乞いをする鬼は少数派だ。大多数の鬼は、己を殺した隊士への怒りを叫んで死んでいく。

 その言葉の内容が変化し始めたのが、入隊から一か月が経った後からだった。

「────何故、鬼が刀を持っている!?」

 最初に明を糾弾したのは、異形になりかけの若い鬼だった。

 緑がかった肌をした鬼は、明を自分と同じ鬼と呼んだ。

 ──ふざけるな。

 刀を握る手が震えた。

 私は人を殺していない。私は人を喰ってはいない。私の左腕は欠けたまま、治ることはない。

 お前らと同列に語るな。

 その時に感じた怒りと苛立ちが、目の前の鬼に対するものだったのか、自分の現状に対するものだったのか、今も判断がつかない。

 幼いころから煉獄家で、養父から鬼とはどういう生き物かを教えられていた。鬼は人を喰う悪であり、鬼殺隊の隊士は鬼から人を守る誇り高い職業なのだと、養父は語っていた。

 しかし、鬼を悪と知っていながらも、入隊するまで鬼による被害を見たことがなかった。

 実際に任務に赴いて、初めて鬼の被害を目の当たりにした。

 一家が惨殺された血の海を見た。冷え冷えとした家の中に、食い荒らされた遺体が散乱していた。

 親を喰い殺された子供が、父母を求めて泣き叫ぶのを聞いた。

 子供を喰われた母親が、血濡れの子供服を握りしめて崩れ落ちるのを見た。

「なぜ、もっと早く来なかったの」

「早く来てくれていたなら、父さんは死なずに済んだのに!」

 様々な口から言われた。少女から、青年から、男性から、女性から。

 引き結んだ唇を震わせながら、恨みがましい目で睨まれた。

 鬼によって手足や眼球を奪われた人もいた。

 鬼は、無慈悲で残酷な怪物なのだと理解させられた。元人間であるのが信じがたいほどに、彼らの所業には躊躇がなかった。

 会話は不可能だった。何を聞いても答えても、話が噛み合うことがない。一方的に食欲や怒り、恨みをまくしたてるばかりだ。目の前の存在はやはり自分とは異なるのだと、少しばかりの安堵とともに結論づけた。

 明に救えなかった人の数は、あまりに多かった。

 基本、鬼殺隊は後手に回る。被害があって初めて、鬼の存在に気づくからだ。人の多い地区は定期的に巡回し、警備はしているが、鬼による被害を未然に防ぐのはほぼ不可能である。

 この悲劇を終わらせるために、一刻も早く鬼の首魁を殺さなければならないと、強く思うようになった。

 鬼は首魁の血からしか増えない。この根元を断たぬ限り鬼は増え続けるが、逆に、その一人さえ殺すことができれば、数百年に渡る鬼殺隊の戦いは一気に終息へ向かうはずだ。

 この惨劇を、自分の代で終わらせたい。一人でも多くの人を救いたい。それが、自分の使命だ。

 上空で鎹鴉が鳴いた。鬼の首を斬り終わったのなら、警備に戻れと急かしているのだ。周囲に他の鬼がいる可能性は零ではない。

 まだ、夜は長い。

 明は納刀し、鴉に向かって軽く手を上げて答えた。それから、横に被った狐面を指先で撫でる。

 助けた人に目を見られ、「鬼」「化け物」と言われたのも、一度や二度ではなかった。瞳孔に気づかれずとも、白髪に赤目、隻腕と、異様ないでたちをしているのだ。彼らが自分を恐れるのも無理はない。

 理解はできていても、自分に向かって放たれた恐れの声は、明の心臓を引っ掻いた。

 多少なりともその声を減らしたくて、鬼殺隊関係者以外の人であっても、人に近付くときは面を被るようになった。

 そして、いつしか、鬼のいない世界にもう一つの望みを託すようになっていた。

 ──いつの日か、鬼がこの世からいなくなったなら、私の目が厭われることもなくなるだろう。

 明は羽織を翻して、夜の道を歩き出した。

 

 

 ────炎の呼吸 壱ノ型隻式 不知火

 薄暗い夜明けの中、村の外れに炎が踊る。篝火のような幻影が、眼前の景色を横一文に斬り裂いて消えた。

 ────炎の呼吸 弐ノ型隻式 昇り炎天

 弧を描いて燃え上がる火炎。天へと振り上げられた刀の先に、朝日が差し込んで輝いた。

 朝の静寂に、刀が空を斬る音と呼吸音だけが響く。

 ────炎の呼吸 参ノ型隻式 気炎万象

 群青の羽織に身を包んだ小柄な人影が、片腕一本で紫紺の刀を操る。

 この羽織は、養母から与えられたものだ。夜明け前の空に似た深い青の着物が、木の下闇に紛れて翻る。

 日課の朝稽古。

 自身の習得した型の全てを、体に刻み付けるように、繰り返し丁寧になぞる。

 中でも炎の呼吸には、多くの時間を割いて型稽古を行っていた。

 煉獄の家を出るまで幾度となく見てきた養父の剣技は、明の目に焼き付いていた。瞼を閉じるだけで、かの力強く鮮やかな刀の軌跡を思い出せる。

 ────炎の呼吸 肆ノ型隻式 盛炎のうねり

 遠い日の炎をかたどるように、明は意識して丁寧に型を繰り返す。

 纏う羽織と炎の呼吸だけが、煉獄の家を想うよすがだった。煉獄の家で与えられた全て、呼吸と剣技と養父母の教えを思い返す。かけられた言葉の数々を忘れることのないようにと、何度も、何度も。

 片腕では剣技を完全に再現することは不可能だが、出来る限り忠実に、刀の軌跡を揃える。幻影の中の養父の炎刀に、ぴたりと重なるように。

 頭上に力強い羽音を聞いて、明は顔を上げた。

 明るくなってきた空を背景に、黒い鎹鴉が舞い降りる。明が左の腕を差し出すと、鉤爪のついた脚は慣れた仕草で上腕を掴んだ。鴉の片足には、折りたたまれた和紙が結びつけられている。

「お疲れ様、晴彦。いつもありがとう」

 納刀した明が手紙を外すと、鴉は役目を果たしたとばかりに軽く羽ばたいて頭上の枝に止まった。

 何度も縦に折り返されていた和紙を広げる。小さめの紙の中は、濃い墨で書かれた細かな文字で埋め尽くされていた。所狭しと並ぶ文字の列に、明は顔をほころばせる。

 明には二人、鎹鴉に頼んで手紙のやりとりをしている相手がいた。育手の遠藤師匠と、同期の真菰である。夜間の孤独な任務が続く中で、彼らからの手紙は大きな支えになっていた。この手紙は、真菰からのものだ。

────────

東出明様

 明に勧められた蕎麦屋に行きました。とても美味しかったです。次に会う機会には、私もおいしい食事処を紹介するね。

 こちらもどうにか、大きな怪我もなく任務を続けられています。

 報告があります。この前の水柱様との合同任務をきっかけに、継子にしていただけることになりました。この手紙は水柱様のお屋敷で書いています。水柱様はお忙しい中、私に稽古をつけてくださっています。明が言っていた常中という技術について、…………

────────

「継子、か……」

 継子は柱の直下の弟子だ。鬼殺隊の戦力の中核を担う柱は忙しいため、多くの隊士の指導をすることが難しい。故に、相当優秀な隊士でなければ弟子にしてはもらえない。継子になるとは、柱に実力を認められ、次代の柱となることを期待されていることを意味する。

 めでたいことだと思うと同時に、自分の現状を思い出して溜息をついた。

 鬼殺隊に入隊してから三か月が経った今も、明の配属地は決まらないままだ。鴉によれば同期全員が担当地区を任じられている中、明だけがどこにも正式に配属されることなく、各地の任務を転々としていた。

 地区を任されている柱が受け入れを拒否しているのかもしれないが、柱の動向を聞くこともなかったので、推測の域を出ない。養父のことが頭によぎることもあったが、鎹鴉の晴彦に聞くことはしなかった。縁は既に切られている。今の自分は、一介の隊士でしかない。

 読み終わった明が手紙を畳んで懐に入れると、鴉が声を張り上げた。

「──次ノ任務は南西ノ町! 南西ノ町! 該当地域ノ隊士四名トノ合同任務デアル!」

「合同任務?」

 どうにも明は怪我が少ないらしく、療養期間を必要としなかったため、他の隊士よりも短い期間で何度も鬼殺を行っていた。任務の引きが良かったこと、鬼の気配に敏いこともあり、平均して三日に一度は刀を血で濡らしていた。

 それほど難しい鬼に当たったことはないが、数を斬ってきたからか、階級は(つちのと)にまでなっている。

 このため単独任務には随分と慣れてきていたが、合同任務の指令は初めてだった。

「了解した。案内を頼む」

 飛び立った晴彦の鳥陰を追う。白髪をかき乱して吹き抜ける風が心地よい。

 多少の不安はあるが、それ以上に同僚との任務に期待があった。他の隊士と顔を合わせるのは初めてだ。任務を前にして不謹慎である自覚はあったが、明の胸は弾んでいた。

 ようやく、先輩方の剣術を見れる。どんな呼吸を使うのだろう。

 ────そしてその晩、明は他ならぬ隊士から斬りかかられた。

 

 

『白髪隻腕の隊士は鬼ではない。決して斬りかからぬように』

 明が隊士に斬りかかられた翌日、全ての隊士に、鎹鴉からお館様からの触れが伝えられた。

 随分と対応の早いことだ。

 自分も注意しておくべきだった、と明はため息をついた。なまじ、真菰との文通以外で隊士との接触がほぼなかったため、警戒心が下がっていた。気味悪がられることは理解していたが、まさかあの日と同じように、刀まで向けられるとは思っていなかった。

 幸いにも、隊士の刀を避けられたため、怪我をすることはなかった。その隊士の隊律違反に関して、相手が鬼子である自分であるため勘違いも仕方がないと、情状酌量を願う書状を送ってある。最終的な処分については耳にしていないが、重い罰則は与えられていないはずだ。

 刀身に映りこんだ己の瞳と目が合う。紫紺の刀の奥から覗き込む、異形の眼。

 刀の手入れを続けながら、今までの任務を思い出す。

 あれから、四度、合同任務に参加した。

 じろじろと髪や目や左腕を見られるのは不快だったが、これ自体は以前からも何度も経験しているので諦めている。

 それ以上に明を苛立たせたのは、隊士の練度だった。

 新人隊士の中でも、十二歳の明は歳若い方だ。どの部隊の中でも、明は最年少だった。

 しかし、明より年齢も隊歴も上でありながら、剣技において明に及ばない隊士があまりに多かった。

 両腕で振るわれる稚拙な剣技を見ると怒りが湧いた。彼らは五体満足で体格まで勝っているのに、明が簡単に避けられる程度の型しか使えないものが大勢だった。

 あの左腕が私にあったなら。

 何度思ったことだろう。

 何故、私だけが片腕を奪われているのか。何故、私だけが炎の呼吸をそのままの形で使うことを許されないのか。

 あの大勢の剣士たちよりも、自分の方が真摯に剣術に打ち込んでいる。でなければ、どうしてこれほどに実力に差が出るだろう。その彼らが当たり前のように持っている左腕を、自分だけが、何故。

 更に、部隊の中で一番の実力者となれば、彼らに気をまわし、負傷者を減らすように動く必要が出てくる。

 鬼を相手にして、最小の被害で首を斬るのが明に課せられた義務だ。未熟な隊員がいたならば、上の階級の者として、彼らをも守るのが明の責務だ。

 両腕があるにも関わらず自分より弱く、余計な配慮をさせられる他隊士との任務は、明にとって気の重いものになっていた。

「任務! 任務!」

 ばさばさと羽音を立てて、鎹鴉が高らかに告げる。

「次ノ任務ハ北西ノ山! 北西ノ山! 疾ク向カワレタシ!」

 明は今しがたまで磨いていた刀を傾けた。鏡面のような刀身が、薄暗い木陳宿に差し込む光を弾いて輝く。刃こぼれは少ない。今夜の任務への支障はないはずだ。明は立ち上がって納刀した。

「此ノ度ノ任務モ三名ノ隊士ト合同デ行ウ!」。

 聞いた瞬間、面の下で明の顔がわずかに歪んだ。しかめられた明の表情を知ってか知らずか、晴彦は続ける。

「他ノ隊士ノ名ヲ告ゲル! 鱗滝真菰! 小野塚要一! 水谷仁! 以上三名ノ隊士ト協力シ、鬼ヲ狩ル事!」

「────真菰?」

 明は目を瞬かせた。

 そうか。この地区は、水柱の担当地区だ。水柱本人は来ないようだが、継子の真菰がいてもおかしくはない。

 真菰との任務は初めてだった。

 明は口元を綻ばせた。

 あの子の剣術は、今、どれほどに磨かれているのだろう。水柱との稽古とはどのようなものなのだろう。きっと、格段に強くなっているに違いない。

 会うのも二か月ぶりだ。任務後にゆっくり話せるだろうか。

 明は宿を出て、日差しの中で目を細める。

 冴え冴えとした青色の真菰の刀を思い、北西の山を見上げた。




両腕が揃っていた場合の明。前回の画像の差分です。

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