鬼子の剣士は夜明けを望む   作:安代圭

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第8話 合同任務

「……君が、噂の東出隊士か」

 山の麓に佇んでいた青年は、しげしげと興味深そうに明の姿を見た。羽織で隠れた左腕の欠損部分への視線を感じる。もう、慣れたことだ。

 青年の歳は十六か十七ぐらいだろうか。丈が高く、いかにも剣士らしい体格を有していた。

「階級(ひのと)、東出明と申します。貴方は?」

「俺は小野塚要一。階級は(つちのと)だ」

「呼吸は何を?」

「初めに習ったのは水だったが、この通り灰色なので、岩も修めた」

 小野塚は鞘から刀身をのぞかせ、君は? と明に問い返した。

「炎と水を主に、他にもいくつか」

「三つ以上も! それは凄いな」

 素直に賞賛する小野塚の言葉に、明は謙遜の言葉を口にする。

「どれもそこまでの練度ではありませんので」

「いやいや、すごい。これほど若いとは思っていなかったが、聞いていた通りに優秀な人のようで頼もしい。今日はよろしく頼むよ」

 もしかすると自分は鬼殺隊全体の中でも最年少なのかもしれない、と何度も言われた言葉を聞いて思う。明が十二、真菰が十三だが、同期の他の三名は明らかに明たちよりも年上だった。真菰以外に十代前半の隊士を見たことがなかった。

 (つちのと)の階級であるならば、中堅どころといったところか。緊張の少ない様子、呼吸、立ち姿からも、それなりの経験と実力が察せられた。少なくとも、足手まといにはならないだろう。

 継子の真菰しかり、自分も含め、階級が中や上あたりの隊士を集めたのかもしれない。

 それほどに厄介な鬼なのだろう、と明は気を引き締めた。

「こちらこそ、よろしくお願いします。小野塚さんは他の二人との面識はあるのですか?」

 明は敬語を崩さずに続けた。階級が下であっても、相手は年上だ。礼儀を欠かすべきではない。

「水谷隊士とは何度か共闘したことがある。鱗滝隊士は初だな。────ああ、来たみたいだ」

 明は小野塚の視線の先に目を凝らした。畑の連なる先に、見覚えのある花柄の羽織があった。真菰だ。

 真菰も明に気が付いたようで、満面の笑みで手を振っていた。

 

 

「この山の鬼によって、昨晩、新人の隊士が殺されました。情報は少なく、神出鬼没とだけ伝えられています」

 集まった四人の隊士に対し、真菰が説明した。

 継子としての教育には、稽古だけでなく、隊士の采配なども含まれているかもしれない。真菰は慣れた様子で淡々と続ける。

「鬼の縄張りは広く、この山一帯と推定されています。まずは昨日の交戦地を目指します」

 小野塚と水谷は明らかに真菰よりも年上だったが、神妙に真菰の言葉を聞いていた。やはり、隊士の間では階級や継子の肩書が大きいらしい。

「では、私が先頭を行きます。明は殿をお願い」

「了解」

 真菰の信頼に満ちた声に、明は頷いて答えた。

 一列になって、傾いた赤い日に照らされる中を、殉職した隊士についていた鴉について登る。神経を尖らせながら進めば、微かに鬼の気配を感じられた。

 幹に付いた傷、不自然に折れている枝が目につく。おそらく鬼によるものだろう。黙々と進む中、隊士達の緊張が高まっていくのを感じた。

 到着したのは、日の沈む直前だった。薄暗い中に、鬼との交戦の跡がはっきりと見える。鬼に喰われたのか隠に弔われたのか、隊士の遺体は残されていなかった。

 ざわり、と風で葉が騒ぐ。

 誰からともなく全員が抜刀し、鬼の出現を待ち構える。山の向こうに日が沈んでいく。赤く焼けていた空が、濃紺へと移り変わる。

 鬼の気配がある。しかし、居場所が掴めるほどではない。どこかにいるのは間違いないが、遠くからこちらを見ているような薄い気配しか感じられない。

「……出てくる様子はなさそうだな。どうする、鱗滝隊士」

 潜められた声に、真菰も同じく声を抑えて答えた。

「手分けして探しましょう。発見後は鎹鴉に連絡を任せます。私は北方を探すので、小野塚さん、水谷さん、明はそれぞれ西、東、南を頼みます」

 無言で互いの顔を見やる。異論はない。互いに頷き合ってから、鴉と共に散らばった。

 別れて半刻も歩いたあたりで、鬼の気配が強まるのを感じた。首筋がぴりぴりとし、毛が逆立つ。

 明は刀を握りなおし、常中の呼吸を更に深めた。

 ──こちらが()()()か。

 見られている。

 今迄の任務で得た直感が、鬼の存在を叫んでいた。

 神経を尖らせる。特定し難いが、確かにいる。一体、どこから────

 突然、背後の茂みから鬼の腕が伸びた。

 ────炎の呼吸 弐ノ型隻式 昇り炎天

 鮮やかな火炎が燃え上がり、血を撒き散らして鬼の腕が飛ぶ。

「──晴彦っ!」

 他の隊士を呼べ、と続けようとして、

 ──カア、とけたたましいほどの鴉の声が、三方向から同時にあがった。

 

 

 打ち潮で斬り刻んだ茂みの中は無人。鬼の肉片一つない。

 群れないはずの鬼が、同時に現れた。腕を斬ったにも関わらず、本体が消えた。

 考えられるのは、空間に作用する類の血鬼術。

 事前情報の「神出鬼没」はこれのことかと納得する。

 ──あるいは分裂もありうる。

 晴彦は各地区で現れた異能の鬼の情報をまめに伝えてくれている。その中で分裂する鬼の話を聞いたことがあった。

 晴彦は鴉同士での情報交換があるのだと言っていた。明に極力近付きはしないが、鬼殺の任務への配慮は欠かさず、熱心に仕事に取り組んでいる自分の鴉がありがたい。

 ────全集中の呼吸

 再度、五感を尖らせる。鬼の気配、息遣いを捉えようと、神経を研ぎ澄ましていく。

 鬼は明を攻撃した。こちらを警戒しているようだが、逃げる様子はない。

 空間を渡る鬼を追うのは厄介だが、向かってくる鬼を斬るのは数段易しい。──来い。

 鬼の攻撃は、またも背後からだった。

 今度は頭上から、鋭い爪をむき出しにして飛び掛かってきた。

 ────炎の呼吸 肆ノ型隻式 盛炎のうねり

 振り向きざまに刀を振る。鬼は思わぬ身軽さで身をよじって避けた。明の刀は首を逃したが、代わりに片腕と片足が重い音を立てて落ちた。

 追撃を避けて飛びのいた鬼が、怒りに顔を歪めて唸る。

「──またガキか!」

 ざらついた声が明に向けられた。

「子供の肉は嫌いじゃないが、お前はどうにも不味そうだ……」

 痩身の鬼だった。樹皮に似た色のまだら模様の肌が山に溶け込んで見えにくい。斬り落とした鬼の右足と左腕が、見る間に再生していく。

 血鬼術による攻撃の兆候はない。

「あっちの小娘の方が旨そ────」

 ────炎の呼吸 壱ノ型隻式 不知火

 突進して斬撃を加える。振りぬかれた刀が、易々と鬼の首を斬り飛ばした。首を失った体から血が噴き出る。暖かな血が明の顔に降り注いだ。

 高らかに舞う鬼の首が、目を見開いて明を見ていた。重い音を立てて落ちて、草の上をごろりと頭が転がる。

 返り血が生暖かく頬を垂れていく。

 ──あっけない。

 この鬼は油断していた。それは余裕があったからだ。この体を斬られても問題ないという余裕が。

 これで終わりのはずがない。確信に近い直感だった。

 耳を澄ます。交戦の音が複数聞こえた。

 ──西。

 一番近い音の方向に、明は駆けだした。

 

 

 戦闘音を頼りに、全速力で山を駆ける。

 滅の字を背負った人の姿が見えた瞬間、明は一際強く地面を蹴った。

 人影を飛び越え、明は刀を大きく振りかぶる。

 ────水の呼吸 捌ノ型隻式 滝壷

 落下する勢いをそのまま斬撃に乗せる。飛瀑の如く振り下ろされた刀は、鬼の体に吸い込まれる────はずだった。

 逃げられるはずもなかった鬼の体が、一瞬にして掻き消える。

 空を斬った刀の勢いに身を任せ、明はくるりと体を一回転させて猫のように着地した。

 ──上。

 着地の反動のままに、伸びあがるように天へ刀を振り上げる。

 ────炎の呼吸 弐ノ型隻式 昇り炎天

 頭上の一枝と共に鬼の手首が落下したが、肝心の鬼の本体はどこにもない。

「またお前──」

 ────風の呼吸 壱ノ型隻式 塵旋風・削ぎ

 螺旋を描く斬撃と共に、声の聞こえた方向へ突進する。進路にあった木々が抉れ、鬼の声がした若木を粉砕した。しかし、今度は手ごたえ一つなかった。鼠一匹見当たらない。

「お前に俺は斬れない。さっきは油断していただけだ」

 八方から呆れたような声が響いた。

 それを聞いて確信を強める。

 ──この鬼は、木を伝って移動できるのだ。

 鬼が消えたり現れたりしたのは、いつも、鬼が枝葉の中にいたり、木に触れているときだった。

 おそらくこの鬼は、木のある場所ならばどこにでも現れられる。この山一帯を、縦横無尽に。

 面倒な鬼だ。

 ────風の呼吸 参ノ型隻式 晴嵐風樹

 見せつけるように大降りに、風の呼吸で周囲の木々を斬り刻んだ。

 小野塚のいる方向には斬撃を飛ばさなかったが、さしたる支障はないだろう。

 一見、無意味な八つ当たりにも見える明の行動に対し、鬼は小馬鹿にしたような笑い声をあげた。八方から響く笑い声を、明は涼やかに受け止める。

「──四体」

 日輪刀を下段に構え、明は木々の間の闇を見据えて語りかけた。

「四体が、君の分身の数の限界だろう。私が一人斬った。真菰もおそらく斬っただろうな。今は多くとも二体しか残っていないはず」

 この鬼の体の強度から考えて、三体か四体が限界なのは間違いない。真菰のことはハッタリだが、当たらずとも遠からずといったところだろう。この鬼は明をガキと呼んで油断した。明と年の近い真菰に対しても、同じ油断をして隙を晒したはず。その隙を真菰が逃すことはありえない。

「加えて、移動距離。今までのを見るに、さほどの距離は動けまい?」

 意識して声を響かせつつ、淡々と続ける。鬼は答えない。しかし、近くからこちらの出方を窺っているのがわかる。

「私と真菰なら、残り二人の君の相手をできる。夜の間、君を追い続け、君が人を喰うのを食い止めることは容易だ」

 実際にやれば酷い労力になるだろうが、口には出さない。

「君は夜にしか動けないだろう。私たちは昼の間に食事ができる。君を追う足が衰えることはない」

 この鬼は面倒だ。──逃げに徹されたならば。

「君はどうだ? 何か月も人を喰わぬまま、私達から逃げ回り続けることができるのか?」

 淡々と問いかける。鬼の気配に迷いが混じるのを感じる。

「今、私を殺せないならば、君に逃げ道はないぞ」

 見せ付けるように構えを崩す。下ろされた切っ先が地面に触れた。

 後方、大木の虚に鬼の気配が膨れ上がる。

 しかし、遠い。

 明の周りに木はない。先ほどの晴嵐風樹で、明の間合いの中は完全に開けている。

 鬼の攻撃に、あえて直前まで反応しない。────()()。お前の逃げ道は断たれた。

 首筋へと突き出された爪を半身になって避け、そのまま流れるように刀を振るう。

 ────水の呼吸 肆ノ型隻式 打ち潮

 確かな手応えがあった。

 首を斬り飛ばされた鬼の体が倒れる。噴き出した二度目の返り血が、明の隊服を濡らした。

 息をひそめていた隊士の方を振り向けば、小野塚は荒い息で明を凝視していた。全身を緊張させ、正眼に刀を構えたまま、鬼の死体と明を見ている。

「──小野塚さん、負傷はされてませんか」

「あ、……ああ」

 冷や汗をかいてはいるが、隊服に損傷は見られない。明が来るまでは拮抗状態だったのだろう。

 他の交戦の音も消えていた。任務は終わったのだ。

 代わりにこちらへ向かう足音が聞こえた。気配も、規則正しい歩幅も、明らかに鬼のものではない。音は軽かった。体重からして、真菰だろう。

 臨戦態勢を解き、真菰を迎えようとした瞬間、

 ────水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き

 鋭く突き出された青い刀の切っ先が、真っ直ぐに明の喉元へと迫った。

 とっさに身を捩じって避ける。刀は明の隊服の肩口を切り裂いて、刀身に鮮血を散らせた。

 追撃を避けて後方へ跳ぶ。

「──っ、明!?」

 裏返った真菰の声が聞こえた。左肩が焼けるように熱い。瞬時に呼吸で筋肉を操り、血管を圧迫する。

 混乱のままに明は刀を構えかけ、しかし、真菰の様子を見て切っ先を下した。

「肩──そんな、怪我、させるなんて────」

 真菰は哀れなほどに狼狽えていた。全集中の呼吸を乱し、今までの沈着な態度が見る影もないほどに。

「真菰、状況は。水谷隊士は無事か。鬼は斬ったのか?」

 意識して事務的に、いつもの声の調子で訊ねる。

「う、うん。斬ったよ。他に匂いもないし、これで終わりのはず。……ねえ、明、私────」

「太い血管は斬れていない。この程度ならすぐに治る」

 真菰の言葉を遮る。

 落ち着かせるように、できる限り淡々とした口調を保とうとした。

「────私の気配は、」

 押し殺したはずの自分の声に、苛立ちと遣る瀬なさが滲むのが聞こえた。

「そんなに、鬼に似ているのか?」

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