辺りを見渡せば賑わう人の姿が目に映る。街中で見かけるのも珍しい着物姿もこの時期だからか多く、どこか神秘的な空気に満ちた場所には幾つもの売店が立ち並ぶ。
時は元旦お正月。日本人の多い場所であるが、中には国外から来た人、移住してここに住んでいる人など多種多様な人種の姿もあった。
アズレート・ユーリエヴィチ・イオーノフもまた、そんな日本人離れした風貌、もとい外の血を引く人間の一人だ。
虹彩異色症なのか、琥珀色をベースに青色の部分が混じるという変わった色の目をしている。名前に関しては少なくとも父親がロシア人というだけで、育ちがロシアというわけではないようだ。
拾われ子である彼は、“賢者”の二つ名を持つ老人に師事するクエスターの一人。各地調査も兼ねて世界を見て回ろうと趣味人を装い放浪中だが、三が日である今宵くらいは同じ場所に留まっている。
自分と同じく日本の生まれではないだろうトルコ人の屋台でケバブを買い、それを食していると携帯の着信音が鳴り響いた。
「……待て、俺の携帯かコレ? 誰だこの着信音に設定したのは」
覚えのない着信音に焦りつつも電話に出る。
するとそこから聞き覚えのある老人の声がした。
「~を包む羊の温さ♪」
「……」
「わしじゃ! …………ごほん、私だ」
「………………師匠、まず一つ良いですか。何故携帯?」
クエスターならば必ず持っている半透明の結晶体、シャード。それを通せば言語や距離、あるいは天候などの影響を受けず会話することが可能だ。マナや奈落、結界の影響を強く受ける為、使用できない事もあるが……師である彼はその影響下にいるのだろうか。
「なんだ、最近の若者は携帯電話を使うのであろう? このコンパクトでアンテナが伸びるもので会話ができるなど驚きだ」
「あー……なるほど。買ったから使いたかったと。了解しました。これ以上は突っ込みません。ええ」
この様子だと何らかの影響でシャード会話ができない訳ではなさそうだなと一応の安心。
様々なクエスターをその智恵で導いたとは到底思えないような会話だが、これでいて一組織のトップである。そしてアズレートを拾ってくれた恩師であり、クエスターとしても師でもあった。アズレートに接するその様は孫にじゃれるお爺ちゃんのようで、
「ほっほっほ。そ、それは兎も角として本題に入ろうではないか」
「ハイ、正月早々何でしょう。あと明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます今年もよろしくお願いします」
「で、本題とは」
「それでだ。どうやらその近辺で奈落の気配が濃くなっている……気がする」
アズレートには奈落の気配が感じられないが、賢者たる彼、ケイローンがそう言うのだから最後の方の小声は聞かなかった事にして信じるべきだろう。
「正月くらい奈落の連中供も休んでろっつの…………で、私に対処しろ、ということですか?」
「そういうことだ。どうせ暇なのだろう? 私? 私は忙しい。おせち美味しい」
「暇したいんですよ!! 前後で文脈通ってませんよ大賢者ァ!!!!……まあ、受けますけど」
「よく言った。それでこそエクスカリバーのクエスターだ。所属は、してないんだっけ」
「エクスカリバーの方々くらい把握しているでしょう、師匠。私は修行だの調査だのを兼ねて放浪中、エクスカリバーに入るにしてもまだ足りませんから」
「最近ぼけてきてのう」
「何すっとぼけてやがるんですか」
対奈落組織エクスカリバー。奈落との戦いに特化した組織であり、世界樹ユグドラシルを中心とし広がる複数世界を股にかけ、宇宙を巣食う奈落を沙汰すべく活動する騎士の集団である。
香奈の世界の王都に奈落を封じる結界を張ったのもこのエクスカリバーであり、ブルースフィア――つまり地球でも彼らは活動を行っている。
その存在は遥か古代より連綿と続いており、だが当然魔法の存在が明るみに出ていないブルースフィアでは一般に知られてはいけない。彼らは歴史の影でひそかな戦いを続けている。
その筆頭である
アルフの超技術により未来予測にも等しい情報収集能力を持つエクスカリバーは、奈落の出現地点を事前に察知することができる。とぼけたケイローンであるが、アズレートを指名したのは今回出現する奈落の対処に相応しいと考えたからであろう。その期待に応えてこそ、彼に拾われた恩を返せるというものだ。
「はっはっは! ではな!」
そう笑いながらケイローンは電話を切る。
携帯を仕舞いながら、ふと一つ聞いておけば良かったとアズレートはため息を吐いた。
「……着信音変えた犯人聞いときゃ良かった。師匠か?」