アルシャードセイヴァー†選ばれし者たち†   作:椎名真白

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鏡写しの世界

 琴音を追いかけた先はにしこ焼きを買った出店エリアだった。やはりこの世界は反転しているようで、その位置も東から西へと変わっていた。

 屋台側にある葡萄の棚。そこに積み上げられた葡萄を口や体を紫に汚し狂ったように貪る晶子の姿は異様としか言いようが無い。さらに厄介な事に、その葡萄から奈落の気配が漂ってくる。あれ自体が一種のアビスシードとして作用しているのだろう。一つ一つは微量でも、それを大量に摂取し続ければやがて体内で種子を芽吹かせスペクターへと変わり果ててしまうだろう。

 再び、二人のクエスターを奈落による精神攻撃が襲う。この世界そのものが一種の結界として作用しているのか、支配者である奈落本体の位置が今一掴み取れない。

 これにより二人のお腹が異様に空く。晶子と同じようにその葡萄を口にしたいと、喉の渇きが訴えてきた。

 それを意志を強く持つことで堪える。

 

「おかーさん!」

 

 琴音は晶子の元へ向かい走り出す。

 

「ダメよ。今のお母さんは悪い奴に取り憑かれてる……!」

 

 香奈がその体を抱き寄せその場に留めた。

 不安でいっぱいの顔の琴音。いっそあの葡萄の棚でも蹴飛ばしてやろうかアズレートが模索していると、晶子に変化が起きる。

 ボツ、ボツと音を立てて蠢く体。背や肩が異様に膨らんだかと思うと、それは体全体へ広がっていく。皮は千切れ中の肉が丸見えになったかと思うと、それすらも貫き赤黒く染め上げられた骨が飛び出す。それに合わせて飛び散った赤黒い血はやがて辺りを染め上げ、意思を持つかのように浮かび上がり、一部のものは元の肉体へ集結し、一部のものは複数の血の塊になったかと思うと、その姿形を人型へと変化させて行った。

 

WARNING! WARNING! WARNING!

 

 人だった時の数倍は膨れ上がった肉体を持つ晶子だった化け物は、飛び出る二つの目玉で三人の姿を見ると、にたりと笑い口から何かを吐き出す。

 それを香奈でもアズレートでもない何者かによる魔法が防いだ。見れば三人の横には小さな子狐が一匹。確か、元の世界のこの場所でにしこ焼きを食べていた時にも彼らを見ていた気がする。

 

「ひっ……」

 

 琴音が怯えた様子で一歩後ずさり二人の後ろへ隠れる。

 生み出されたゾンビーたちを囮とし、本体である晶子は四つん這いになりその場からそそくさと去ってしまう。

 

「お嬢さんは後ろへ……この化け物共を処理しなくては」

 

 香奈は思い出した記憶と共に、あの時クエスターとして覚醒した事で手に入れていた力を発動する。

 シールエリアにより張られた結界は魔法や神秘の世界とは関わりの無い普通人をその場から遠ざける。普通人は結界を認知できないし、結界を無意識に避ける。特に普通人は結界内で起きた事を記憶できない事が多い。この力で何とか化け物になった母親の姿を琴音の記憶から消せれば良い。

 琴音はプツンと意識が途切れその場に倒れ込む。香奈はそれを優しく受け止め横にすると、剣王の城という特技を使い、自らの武器を呼び出した。

 空間を越え顕現する大剣。剣の王と呼ばれる存在が持つ、七十七の剣のひとつ、剣の女帝。比類無き破壊力を誇る両手持ちの剣だ。

 

「なるほど、これは驚きだ。まさか案内してくれた嬢さんがクエスターとは。助かることだが」

 

 ほう、と息をつきつつ、アズレートもまた時空鞘という、異空間に武器を隠せる特殊な道具の中から自らの武器を呼び出す。サジッタ社が開発した、魔法弾を使用して魔法を強化する機械仕掛けの杖、チャンバースタッフだ。

 手持ちの魔法弾は七つ、晶子との戦闘の先にいるだろう奈落との戦いを想定しここは温存する方向で行く。

 精神力を注入しより高威の魔法を放つべく周囲のマナを集めていく。魔法装備アイスブリッドを使い氷の弾丸を生み出し射出、ゾンビーへと被弾した。

 しかしゾンビーは氷属性への耐性があるのか効果は今ひとつ、倒すには至らない。咄嗟だったこともあり属性を変えず放ってしまったのが仇となった。

 

 香奈は氷の魔法を受けたゾンビーたちへと駆けて近づくと袈裟斬りをする……が、アズレートと違い戦い慣れていない事もあって簡単に躱されてしまう。

 

「うわー!? こいつら速いー!?」

 

 ゾンビーの反撃が来るかに思われたが、そこへ追撃と言わんばかりに氷の礫が飛んできた。

 

「む、どこからか援護が……?」

 

 アズレートによる追撃かと思ったが、どうやら彼が撃った訳ではない様子。見ればそこには小さな子狐が一匹おり、その狐が魔法で援護してくれたようだ。

 

「き、狐さん!? なんだか分からないけど助かった! ありがと!」

「コーン!」

 

 しかしゾンビーはまだ残っている。油断した香奈の隙を突いてゾンビーは取り囲むとゾンビーパンチを繰り出す。

 

「こ、ここだぁっ!」

 

 とおっ、と地面を転がって避ける。対象を失ったゾンビーの攻撃は目の前にいたゾンビーへ移り互いに殴り合ってしまう。

 ゾンビー同士の攻撃だからかダメージは微量、僅かな傷は特性である自動再生の能力で回復してしまった。

 

「マナを集中する――貫けッ!!」

 

 所詮は奈落の下っ端。今更属性を変える必要も無いかとアズレートが追撃のアイスブリッドを放つ。

 攻撃の中心にいたゾンビーは氷を弾こうと拳を突き出す。

 

「その程度で全て打ち消せると思うなよ?」

 

 アズレートはにたーっと笑みを浮かべる。

 幾つもの氷の礫は拳を貫き辺りを凍らせると、そのままゾンビー共々砕け散った。

 その魔法に巻き込まれないように跳んだ香奈は落下の勢いを活かし残ったゾンビーへ空からの斬撃を浴びせる。地面をも砕く一撃はゾンビーを跡形も無く消し飛ばした。

 シールエリアにより張っていた結界が消え、琴音が意識を取り戻す。

 

「あれ、お母さんは……?」

 

 どうやらまだ意識がぼやけているらしく、どこか目が虚ろだ。また意識を奪うのも手だが、母親を探す以上暫くは一緒に歩いて貰った方がすぐに戦闘に切り替えられる。

 流石に剣を持ち歩くには大きすぎるので、香奈は剣の女王を座へと戻した。アズレートもまた、くるくるとチャンバースタッフを回すと腕輪状になっている時空鞘へとそれを収納した。

 

「……さて、異形どもは始末しましたが……先ほどのはどこへ行ったのでしょう」

「なんとか敵は倒せたから良いんだけども……ちょっと待って、アズレートさんもクエスターだったの!? 早く言ってよ!!」

 

 香奈の記憶を取り戻したばかりの発言とは思えない言葉にアズレートはふむと考えるそぶりを見せる。

 

「言う機会もありませんでしたからね。此方こそ貴女がクエスターだとは。驚きました」

「う゛っ。そ、そう、確かに私もクエスターよ。ほんのついさっきまで記憶なくなってたけど!!」

「えっ」

「私元々この世界の人間じゃないんだけどね。どうもこちらの世界に飛ばされた時のショックでその辺の記憶が飛んでたみたいなの。今ここにきて、奈落の気配を受けてようやく思い出したところ」

「あー、あー……稀にあると聞きますね、異世界漂流時の事故……。思い出されて何よりと言うべきか否かは迷いますが……」

「く、くえいさー……?」

 

 横でその会話を聞いていた琴音がクエイサー、聖痕かなと反応を示す。

 

「あー、うん、何でもない。とりあえずお母さん探しに行こうか」

「分からなくても、寧ろわからないほうが良いことですよ。……よし、とりあえず探索と行きましょう」

 

 二人は適当に誤魔化すと、晶子の行方を捜す為、鏡の世界の探索を開始する。

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