まずは琴音と最初に出会ったヒーローショーの会場を調べに行く。広いスペースがあり客席には椅子が並んでいるが、やはり人の気配は無い。奈落が潜んでいる様子も無さそうだ。
アズレートと香奈が調べる中、琴音は着いてきた小さな狐と遊んでいた。
「特に目立ったものは見当たりませんね」
「こっちも特に無しかなー……そう言えばずっと着いてきてくれてるこの狐さんはなんだろ?」
「コン?」
「きつね」
琴音は狐を抱き上げるともふもふとなで回す。静寂と恐怖に満ちたこの世界での癒やし枠と言って良いだろう。ライフスタイルがエグゼティブで豪邸住まいの狐であるが、そんな事は知らない三人、この土地の守り神的な存在かと予想していた。全く違うが。
今度は竹林の方へ戻ってみるかと調べに行く。風すら吹いていない為、葉が揺れる事も無く本当に静かだ。
一度ご神木の鏡の元へ戻ってみる。元の世界に戻る事は出来なそうだが、良く調べてみれば近くには供物台が置かれていた。
「神、豊穣を与えたり 神、等価として使いを求むられ 人、神に使いをあたえ、豊穣を手に入れり 神、人に3つの植物をあたえたり 1つ天にも伸び、1つ屋根を作り、1つ豊穣の象徴なり」
竹と葡萄と桃、この内の竹に琴音が拾ってきた櫛は該当するだろう。偶然にしてはできすぎのように思えるが、後は葡萄と桃があれば何か起きるかもしれない。
桃に関しては桃の木があったはず。時期的には一月だし生えて無さそうだがと確認すればちゃんと生えてた。恐らくこの世界だからこそなのだろう。そもそもお祭りの内容も本来なら夏場から秋にかけて行うような内容だ。香奈から聞くと豊穣神社のお祭りは本来は晩夏に行っているとのこと。どうやら去年はウイルスによる流行病があったらしく、お祭りをやらないのもなということで中止せずに延期して今日に至るらしい。
確かに妙に暑い気はしていた。奈落の影響かとも思ったが、なるほど、今は夏だったか。
葡萄はさっき晶子が食い散らかしていた。
「ふむ、まだ葡萄は残ってるかもしれないな……葡萄と桃を取って来ましょうか。供えて何が起こるか分かりませんが」
桃を取って、それから葡萄も取りに行こうと階段を降りようとしたところで、もの凄いスピードで、具体的には時速百キロで走る晶子の姿が目に入った。
「は? 何だアレは速ッ!?」
晶子はそのままヒーローショー会場の方へ駆け抜けていく。香奈はそれを見逃したようで、アズレートにどうしたのかと訊ねた。
「……向こうの方に凄まじい速度で何か駆け抜けていったのが見えたのですが」
「えっ、全然気付かなかった。どうしよ、追ってみる?」
「追いましょうか」
階段を降りてみれば、ヒーローショー会場に去って行くその姿が丁度目撃出来た。しかも肉体が先に見かけた時より膨張しさらに化け物染みたものと化している。
「今お母さんいなかった!?」
「へっ!? 今のなに!? ……とにかく追いかけるしかないかっ」
「行きましょう」
そうして会場にたどり着けば、舞台の上で丸くなった晶子の姿があった。
晶子の肉体は鼓動しながら徐々に卵のように球体へと変化していき、やがて動きを静止した。
そうしてひび割れ中から何か、嘴のようなものが飛び出すと、殻を一気に突き破り産声を上げる。
「コケエエエエエエエエエエエエエエッ!」
それは一言で言い表すなら黒い鳥だ。目は紅に染まり、しかし下半身は黒い闇で覆われ全貌が掴めない。
そのなんとも言えない鳴き声にアズレートは唖然とし、香奈は見覚えのあるその鳥を見て顔を顰めた。
「お母さん! ねえお母さん! お願い、お母さん! 目を覚まして!」
琴音が呼びかけるが、その存在は既に昌子にあらず。舞台全体に影を伸ばしながら、覚醒した
「ほう、いつぞやの小娘か。数百年振りだな……!!」
「あー、お久しぶり。そんなに経ってたっけ」
「数百年って」
「どうやら貴様がこの世界に来たのと私がこの世界に来たのとでは随分と時間にズレが生じているようだな……コォッッケコォッックォオオオオ!!」
グロスが鶏のような鳴き声を上げると、影からかつてのグロスと同じ姿をした眷属たちが生まれる。奈落から出現したクリーチャーで、小型で力が弱いものはインプタイプと呼ばれる。
「適当に異世界飛ばされた上に時間軸までずれてんのかー。あの女神さまいい加減すぎないかなあ」
「コケッコココココケッ!! 女神? なるほど、ガイアのアバターか! 道理で火口に落ちた小娘が生きているはずだ!」
「まず何故火口に落ちるような位置に……?」
香奈と目の前の奈落には因縁があるようだが、ツッコミどころがちょくちょくあるせいで今一話が入ってこない。
「なんか助けられたらしい。何にせよ、私はあなたを倒すように言われてこっちまで来てるの。大人しく降参してその子のお母さんから離れなさい!」
「我はこの世界に来てから神のようにふるまい生贄を得てきた。昨年は祭りが中止になりかけたが、なんとか延期にし今日開くことができたのだ……! 数か月遅れの生贄で丁度百の節目……ようやく、我は神へと至ったのだ……!!」
百年……その間、生贄を得てきたという事は、先ほど倒したゾンビーたちは昌子から生まれた眷属であると同時に、その生贄となった者たちだったのだろうか。
いずれにせよ奈落を許しておくわけにはいかない。このまま奴を放っておけば、現実へと顕現しその呪いを振りまく事だろう。そうなる前に止めなくてはならない。
「やだ……おかーさんを助けて……!」
琴音の叫びが会場に響き渡る。既に結界は発動したが、琴音は未だ意識を保っていた。彼女自身が何等かの神秘に関係しているのか、そもそもこの世界自体が一種の結界のようなものなせいかもしれない。この世界から脱した時には、ここでの出来事も曖昧になっている事だろう。
だからこそ、母親をここで失えば何故失ったのかもわからず、恐るべき悪夢に追われ続ける事になる。まだ将来のある幼い少女が抱いて良いものではない。
「お嬢さん……すぐに助けて来ますので、ここで待っていて下さい」
アズレートは琴音に優しく微笑み、チャンバースタッフを構える。奈落と目が合った。
ドキンッ!
その瞬間、グロスは体の中が熱くなるのを感じる。
「む……何が……」
ドキッ! ドキッ!
その理解しがたい感情は徐々に大きくなっていく。
あの男のクエスターと目が合った時から何かがおかしい。まるで何かが腹の中で暴れているようで、今にも吐き出しそうだ。
「おかーさん! おかーさん!」
あっちの煩い小童も後回しだ。因縁のある小娘よりも先に、あの男から始末してしまおう。そう思いアズレートを睨みつけ――。
ドキッ! ドキッ! ドキィッ!
「あらやだイケメンだわ」
「グォゲッ!?」
その瞬間、グロスの腹を突き破り何かが出てきた。
言い知れない恐怖がグロスを支配する。今、何が起きた? 生まれたと思ったら産んでいた……?
「素敵な殿方……」
「おかー……」
気付けばアズレートの両手を握りしめる水着の女性がいた。
琴音がその女性――昌子を感情を失ったような白い目で見ている。
体を突き破られさらに中枢としていた昌子を失ったグロスは何が起きたか分からないと言った顔でその様子を茫然と見ている。
「待て、いいのかこれ。いいのかこれで!?」
「え、ええー……」
クエスター側も勿論困惑。お前この状況作っておいて何頬赤く染めてんだよと昌子を睨む。
「そんなに睨まれたら妊娠しちゃうわ……」
「コケエエエッ!? 我が名はアビスグロス=ゴールカ。小娘、そしてそこな男よ! 貴様らクエスターを我が供物とし、現実世界へ侵攻してやろう! 丁度外はお祭り騒ぎ、そこにいる者共を足掛かりとし、奈落の浸食を世界へと広めようぞ……ッ! さあ、かかってこい!! 我が相手だ!」