コンベアの上を走る缶の中に蟹のようなものを詰めるのが私含む女性工員の仕事だ。男どもは早朝から深夜まで、延々と蟹のようなものを捕獲し捌くことを仕事として与えられている。
こう見ると私たちの仕事の方が楽そうに見えるが、そんなことはない。
カニのようなものは、「のようなもの」とつくだけあって普通のカニではない。
このカニの切り身は人を殺すのである。
私たちはその暴走するカニの切り身を制圧し、缶詰にしなければならない。殺意を持ったカニの切り身を相手にするのだから、当然死人も出る。
カニに殺された奴らは皆、簡単に葬式をした後に海に流される。これは疫病を防ぐためである。
海は厳しい。
「ヨシザキィィイイイ?!」
「手が、ああ、いぎゃあ、いでぁあああああああ!!!!」
ヨシザキと呼ばれた女が、股間を湿らせ絶叫。その手首からは鮮血がビュービューと噴出していた。どうやらカニの切り身に巻き付かれ、手首を圧迫されて切断されたらしい。
これが蟹工船の日常である。
「あ~あ、やんなっちゃう。ね、ユウシちゃん?」
「おしゃべりをする暇があったら手を動かせ。死ぬぞ」
ヒュッ、ヒュッと虫の息なヨシザキを尻目に暢気な事を言うナンシーに、私は注意の声を掛けながらカニの切り身を聖剣で切り裂く。ビチビチと床で痙攣する切り身を掴み、缶に押し込み密封。
元から切り身なこいつらを切ったところで死ぬのかという疑問は最初はあったが、今ではもう気にしていない。そんな暇が無かったからだ。
ちなみにカニを切り裂くのに使ったこの剣を聖剣と呼んだが、これは嘘ではなく本当に聖剣なのだ。私が以前居た世界で愛用していた、正真正銘の聖剣である。これは私がこの世界に持ってこれた唯一の装備でもある。
聖剣もまさか自分が包丁の代わりに使われるとは思ってもみなかっただろうな。(これが包丁の正しい使い方であるかは知らんが)
「三匹目ェ!」
ナンシーが叫び、カニの切り身を両断。彼女の手に握られているのは、彼女のゆるふわな雰囲気とは反する漆黒のコンバットナイフ。デカ乳幼女な外見の彼女だが、ここにやって来る前は凄腕の暗殺者として活躍していたらしい。
道理で肝が据わっているわけだ。
「へへぇん、どうだユウシちゃん!私ってば強いでしょ!」
そう犬のように駆けよってくる彼女だが、私から言わせてもらえば及第点程度。彼女の実力では下級デーモンすら倒せまい。
というわけで、お手本を見せてやることにした。
「フッ、強いってのは、このくらいになってから言うんだな!!」
私は聖剣に魔力を纏わせ、カニに向かって一太刀。それは紫電を伴いカニの切り身を同時に数百絶命させる。
今のはまあまあの剣だったが、全盛期の私であれば今の倍は切り刻めたであろう。しかしまあ、こんなものか。
「おお、ユウシちゃんすごーい・・・」
ナンシーはそう言って惜しみない賛美をくれる。
気持ち良い!実に気持ちが良いぞ!アハハハ、もっと私を褒めるんだナンシー!
「うわぁああッ、ヨシザキ、死ぬなヨシザキィ!!」
「・・・空が、蒼いよ・・・みつ子ちゃん・・・」
「ヨシザキ、何が見えてんだ?!ここは船の中だぞ!!」
「まま・・・ぱぱ・・・しょうちゃん・・・」
「おい!しっかりしろヨシザキ!!」
「・・・・・・・・・」
「ヨシザキ?・・・返事しろよ、なあ・・・!」
「・・・・・・・・・」
「ヨシザキ、イヤだ・・・死んじゃイヤだよォ・・・」
「・・・・・・・・・」
ボーン、ボーンと船内に鐘の音が響く。昼休憩の合図だ。
「・・・食堂行くか、ナンシー」
「そうしよっか」
カニ汁で塗れた私たちは食堂に向かうことにした。
食堂には今朝と変わらずゲロが巻き散らかされたままだった。だから誰か掃除しろってば、私はしないけど。
「退けテメェラ!!急患だァ!!」
私たちが椅子に座ろうとしたとき、ずかずかと衛生班の女たちが担架を担いで走り去っていった。
「ヨシザキ、死なないでぇ!!」
そしてその女たちの後ろを、ポニテの女が泣きながら追いかけていく。
・・・・・・食事が不味くなるからヤメロってば!!なんだよアイツらデキてんのか?!死ぬなよ!!
しかし食事が不味くなるとは言ったが、目の前に出された昼食は今朝と同じく鮭のようなものと海老のようなもののトマト煮込みだ。元から不味い料理なのだから、これ以上不味くなりようがなかった。
「うげぇ、またこれぇ?」
ナンシーは顔を歪めて呟く。私もそう思うが、これ以外食べるものが無いのだから仕方ないだろう。
「文句を言わず食え、ホラ」
私は嫌がるナンシーの口に海老のようなものを捻じ込んでやる。今朝の仕返しだよフフフ・・・。
「オゲェ!!死ぬ!!死ぬ!!!アバァァァアアア――――!!!!」
ゲボゲボと噴水の様に吐瀉物を床一面に散らし、頭をテーブルにガンガンと叩きつけ悶えるナンシー。そんなに不味かったか、それ。今朝はそこまで不味くなかったのに。
興味が湧いたのもあって、私もそれを口に含んでみる。
「グェエエエ!!苦しい!!死ぬ!!イヤァァアアアアア――――!!!!」
結果、私もナンシー同様額をテーブルに打ち付けることとなった。
味は今朝のアンモニア臭のするものから大幅にグレードアップしていた。今朝のが小便だとすれば、今のはウンコみたいなもんだ。とても食えたもんじゃない!
「おいババァ!!テメェ一体何混ぜやがった!!」
私は厨房のババァ怒鳴りつける。
こんなゲロ不味いもん食わせやがって、泣かせてやる!
「何を混ぜたって、これよ!!」
キレ気味の天パババァが厨房の奥からヌッと顔を出し、私の眼前にソレを叩きつける。
ソレは脳味噌に毛がいっぱい生えたような見た目で、裏にはびっしりと短い触手が生えた悍ましい生き物であった。
「何じゃこれはぁぁああ――――?!?!?!」
私は絶叫した。
これが蟹工船の日常である。
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