その踵の名は   作:時雨。

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流星の始まり、あるいはその軌跡

雄英高校の一般受験からしばらく。

何気ない在り来りな平日の夜に食後の読書を楽しんでいる最中に鳴り出した固定電話を五度ほど無視していれば、今度は私用のスマートフォンに誰かから通話が掛けられていることを表す表示がディスプレイに映し出される。

反射的に舌を打ちながら殆ど感覚のない指先で応答のアイコンをタップしながら耳元にスマートフォンを当てれば、聞き慣れた養父の声が耳を打つ。

 

『やぁ(かすみ)!もう結果は届いたかい!?』

「結果?……なんの話かしら」

『HAHAHA、結果って言ったら雄英の合否通知に決まってるじゃないか!……まさかとは思うけど君、私が出張してから一度もポスト見てないなんてことないよね?』

「……まぁ、気が乗らなかっただけよ。今から見てくるからちょっと待ってて頂戴。というか養父さんが合否を知ってるならこの場で教えてくれても構わないのだけれど」

『それは流石に駄目、じゃないのかなぁ。ポストから行って帰ってくれば分かるとはいえ、身内にだけ贔屓する訳には行かないだろう』

「あっそ」

 

元より養父の性格からして期待などしていないので、答えが返ってくる前にソファから腰を上げていた。

1階の共用ポストからコンシェルジュが各部屋に用意されたポストへ郵便物を届けてくれる筈なので、たった今下に到着したということが無ければしっかり物が収まっている筈だ。

金属のつまみを掴んで軽い蓋を開けて見れば、小さめの色紙程度の大きさの封筒が入っていた。

持ち上げれ見れば思いの外軽く、しかし触った感触は明らかに紙ではない。

 

「これ、通知書とかじゃないの?どう見ても紙の厚みじゃないのだけど。……円盤?何時から天下の雄英高校は宇宙科学研究所になったのかしら」

『おお!やっぱり届いてたか!中身が何かって?それは当然、開けてからのお楽し――』

「あっそ、じゃあ言わなくて良いわ」

『せめて最後まで言わせてくれないか!?』

 

耳元で小うるさい養父さんの言葉を右から左に受け流しつつ、封筒を小脇に挟んで自室へ向かう。

リビングを通り抜けて廊下を進み、一番奥の部屋の扉を開けて机の上に軽く封筒を放り投げる。ガチャン!と金属らしい音を立てたのが電話の向こう側まで聞こえたのか慌てた声で『それなりに頑丈なはずだけどあんまり雑に扱わないでね!?』と叫ばれた。

……なんとなく予想はついていたが、中身は電子機器か。

 

殺風景で無機質な机とベッドに無地の壁紙。そしてあまりにも個性の無い部屋の中で異様なほど目を惹くコレクションラック。

必要なもの以外何も無いといって差し支えないこの部屋の中で異彩を放つそれは、古今東西のありとあらゆるぬいぐるみと人形によって彩られていた。

私が私を彼女で塗りつぶそうとした弊害か、元はこんな収集癖などなかったのだがいつからか気がつけばあちこちで買い集めていた。今でも時間を見つけては手入れを行っている。

チグハグな私を表したかのようなこの部屋から頭を振って思考を断ち切り、眼下の封筒へ視線を戻す。

両面が固定されている普通の封筒だ。特に切りやすくなっている訳でもなければ切り口がある訳でもない。

 

「私が物を持って使うの苦手なのは知っているのだから私の分だけでも封筒を加工してくれれば良いのに。気が利かないのね」

『あ。す、すまない、完全に失念していたよ。君宛のメッセージの原稿を考えるので手一杯で、つい……』

 

別に必要であればあまり好かないというだけで問題なく使用できるのでそう文句を言う程頭にきている訳でもなんでも無いが、それはそうとしてその発言は遠回しに私の合格を裏付けてしまっていることに気がついていないのだろうか。

引き取られてから幾度となく目にしてきた養父の"うっかり"が発動したことには目をつむりながら、封筒の口をカッターで切り開く。

中からは紙切れの一つも出てこず、入っているのはたった一つのディスク型の媒体。

机に置いて直ぐにこれまた見慣れた養父の顔面がドアップで投影されたことを確認し、もう必要なくなったカッターを机のペン立てに戻した。

何やらああでもないこうでもないと立体映像の養父が私に向けて語りかけているが、内容としては『心配いらない程の大戦果に私も鼻が高いが何より怪我がなくてよかった。これからも頑張れ』を10倍位濃く煮詰めたようなことを延々と喋っている。

果たして贔屓は良くないとは一体誰の言葉だったか。周りの教師もあんまり甘やかすんじゃない。

私が飽きてディスク本体を小突き始めたのを察知したのか、一生懸命考えたのだからもう少し集中して聞いてくれとスマートフォンからリアルタイムの養父の情けない声が聞こえて来る。

 

ええい、あっちもこっちも同時に喋るな!鬱陶しいし暑苦しいぞ!

 

養父(とう)さん、次は何時帰ってくるの?」

『原稿用紙だって書き直し過ぎて何枚も――うん?ああ、えーっと、ちょっと待ってくれ。ふむ、来週にはそっちに帰れそうだね』

「ふーん、ということはここ一年間ほぼ毎日コソコソ早朝にやってた隠し事はもう終わったのね。最低でも三日以上空けたことはなかったでしょう?」

『エッ!?き、気づいてたのかい!?』

「そりゃ当然でしょうが。毎日毎日普段より明らかに早い時間にわざとらしく静かに家を出てれば気が付くわよ。むしろどうして私が気が付かないと思ってたわけ?」

『あー、うーん、そう、だね……ソノトオリデス……』

 

若干静かになった後もブツブツと『もっと早く気が付いていることに気づいてれば手伝ってもらえたのになぁ』だとか『いやでもまだこれを伝えるのは……』とかなんとかと聞こえてくるが、興味が無いしこれ以上話すこともないので通話を切る。

気持ち悲しげな効果音を立てながら通話が終了したことを知らせる画面の表示を確認し、充電スタンドにスマートフォンを立て掛けた。

気がつけば最早終了間際の立体映像の養父は私が主席合格であることを告げる。

その肩書に私自身思うところは全く無いが、養父は当然それらしい振る舞いに期待しているだろうし、学校からの印象だって悪くないほうが当然のごとく都合が良い。

積極的に友好関係を構築する気は更々無いが、かと言って一方的に拒否して突っぱねるのも良くなかろう。お世辞にも人好きのする性格ではないと自覚はあるが、これから三年間付き合って行くクラスメイトだ。どうにかこうにか頑張ろう。

それ以降の具体的な対策を考える事は明日の自分に任せて思考を放棄し、着替えを持って脱衣所へ向かう。

明日以降の学校生活に胸を踊らせ……る程心待ちにしている訳ではないが、最低限通いたくないと思わない程度の安寧を願いながら一日の疲れを癒やした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オイコラ、テメェが主席の野郎か」

「そうね。私が貴方の前の座席に座っているのだから当然確認する必要もなく私が主席に決まっているでしょう?そんなことも分からないのかしら。だとしたら貴方は眼科か脳外科を受診することを心の底からお勧めするわ。それにどこからどう見ても私は女の子、野郎じゃない。はぁ、次席でこれなのだからそれ以降はもっと酷いのかしら。それとも貴方が次席をとれたのは天文学的な確率で起こったマグレとか?それなら多少納得の行く答えになるわね」

「んだとゴラァ!!?」

Shut up(うるさいわ)!耳元で叫ばないでくれるかしら。私、貴方の汚い絶叫を聞いて喜ぶような特殊な性癖は持ち合わせていないの。分かったらさっさと私の視界から消えて頂戴」

「アァァン!!?」

「き、君達!やめないか!」

 

脇から眼鏡の誰かが空中を手刀で切り刻みながらああだこうだと熱弁しているが、今は目の前の男と睨み合うので忙しいので後にして欲しい。

爆風を固形化して研いだ様な特徴的な髪型をした男子生徒は、立ち上がった状態で席に座ったままの私を見下ろしている。

こちらが負けじと立ち上がって睨みつければ、私の身長の予想外な小ささに驚いてたじろいだのか一瞬表情に動揺が走ったが、直ぐに顔を引き締め直して不機嫌の絶頂ですと言わんばかりの凶悪な顔に戻る。

つい昨日祈っていた安寧などどこへやら。だが、学校生活始まって1時間も経たないうちに音を立てて崩壊していったあれやそれをかなぐり捨てようがここで引くのは私のプライドが許さない。

お互いに言葉を発しようと私と男子生徒が口を開いた瞬間、教室の入口から手を軽く叩いたような乾いた音が小さく二回鳴った。

何事かと思い身を引いてそちらへ視線を向かわせれば、芋虫の擬人化のような成人男性がのっそりとした動きで寝袋から身を出すところだった。

困惑している私、というか私達を放置したまま脱ぎ終えた寝袋を持ち歩き用の収納にしまい込んだ男性が教卓に立つ。

 

「さて、もうお前ら気は済んだか?済んでなくても一旦話を聞け。あ、担任の相澤消太(あいざわしょうた)だ。よろしくね」

 

担任?あの小汚いのが?

反射的に顔を顰めてしまうが、そんな最中も話は進んで行く。

あれよあれよというまに私達A組は全員体育着に着替えて校庭に立っていた。どうやら私達が長ったらしい校長の挨拶や御歴々の歓迎の言葉を受けることは無いらしい。

風で砂埃が舞うタイプの砂が使用されていることに舌を打つ。これからこんな場所で動き回って挙句の果ては体力テストだと?

この私に全身埃まみれになれと……!!?

ショックで失神してしまいそうだ。顔が引き攣るのを止められない。せめて体育館内で行う種目に限って欲しかった。

 

「それじゃあ、実技一位の八木に――あ?どうした」

「い、いえ、別に。問題ありません。それで、私がそのボールを投げて見せれば良いんですね」

「ああ、そうだ。そのまま一回分の数値として扱うから思いっきりな」

「思いっきり?そう、思い切りで良いのね」

 

あくまで口にしただけで言質は取ったと答えが返って来る前に円の中へと足を進める。

すれ違うと同時に渡されたボールをなんとなく手の内に存在しているような気がする程度の感触で弄びながら位置に着いた。

左足を刃に、右足は義足の形を真似して先端にボールを載せられるサイズのお玉状の窪みを作る。

右足の窪みに手に持ったボールを載せ、左足を軸に回転を始める。遠心力によって右足の先端にかかる力が増していき、風が渦を巻いて地面の砂を巻き上げた。地面が刃の先端に削られて抉れ、数センチ視界が低くなっていく中でここぞというタイミングに恒常的に発動している()()の瞬発的な身体強化の個性を発動させる。ムチのようにしなった右足は、銀の軌跡を描きながら遥か彼方へとボールを投げ飛ばした。

抜けるような青空に向けて真っ白な流れ星が駆け抜けていくのを見届けながら、僅かな満足感と共に個性を解除する。

他の生徒の呆然とした表情はそれなりに痛快ではあるが、全身が埃まみれなのは如何なものか。

 

Shit(もう)!新しい体操着が早くも汚れちゃったじゃない!髪も乱れてゴワゴワだし、最悪だわ……」

「ま、お小言は兎も角――」

 

担任の相澤先生……この小汚いのを先生と呼ぶのは癪ではあるが、相澤先生の持つスマートフォンのディスプレイには「1020m」の表示。

 

「まず自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

他のクラスメイトからは歓声が上がるが、こちらはそれどころではない。真新しい服を早速汚す羽目になってテンションは急降下だ。砂場で遊ぶ幼児じゃないんだぞ!

そう心の中で憤っている間も状況は目まぐるしく進んで行く。私が砂で白くなったズボンを一生懸命に手で叩いている内に最下位は除籍処分になることが決定したらしい。

ふん、少なくとも私がそうなることなどありえないし、実際一番出来の悪い奴が消えようと大して面識のない人間が一人視界から居なくなるだけだ。私には関係ない。

青い顔をして震えているもじゃもじゃ頭の横を通り過ぎてクラスメイトの後ろの方へと下がれば、さっきの爆発頭がこちらに近付いて来た。

 

「オイ、チビ女」

「はぁ!?このっ、レディに向かってなんて口利くのかしら。本当最低限のマナーもなっていない野良犬ね、貴方」

「ルセェ!てかテメェどんな個性だ。体の一部を金属にするだけじゃあ説明できねぇことが何個もあんだろうが。総体積にパワー、どんな絡繰りだ」

「お生憎様。私、人間の言葉は理解出来ても犬の言葉は分からないのよ。あまりキャンキャンうるさいようだと飼い主(保護者)に迎えに来てもらうことになるわ」

「んだとテメェ!さっきからふざけやがって、ぶっ殺されてェのか!」

「それはこちらのセリフね」

 

私が両足を刃に、あちらが両手から煙を出し始めた所で唐突に力が抜ける。

いきなり金属化が解かれて短くなった私の両足は地面から遠く離れた空中で、事態を理解できていない私は思い切り尻もちを打った。不覚にも「きゃん!」という悲鳴まで上げて。

 

「そこ、うるさいぞ。あんまり騒ぐならお前らも減点対象だ。良いな」

 

私だけでなく目の前の男子生徒もあ然と口を開けている辺り、強制的に個性が解除されたのかもしれない。となれば彼は前にオールマイトが口にしていた視界に納めた発動系の個性を強制的に消失させる『イレイザー・ヘッド』か。

 

「屈辱だわ……!」

「――チッ」

 

喧しい舌打ちを一つ放った男子生徒は静かに離れて行く。

ずんずかと音を立てて去っていく背中に反抗心を燃やしながら鼻を鳴らし、思い切り地面に着いたお尻を両手で叩く。もう、また真っ白だ!!

 

「あ、あのー…だ、大丈夫?」

「貴女は?」

「私、麗日お茶子(うららかおちゃこ)です!えっと、八木さん…だよね!」

八木霞(やぎかすみ)よ。霞で良いわ。よろしく麗日さん」

「よろしくー!霞ちゃん!私もお茶子で良いよ!」

 

にぱり、という花が満開になったような擬音の幻聴を聞きながら、ようやくまともに交友関係が築かれていくのを感じる。

さっきの爆発小僧のようなヤツばかりだったらどうしようとかなり本気で心配していたが、杞憂だったようだ。よくよく考えてみれば雄英の卒業生があんなのばっかりだったらこの学校の世間体はもっと悪くなっているはずだ。それこそ日本最高峰のヒーロー科などと呼ばれることは無いだろう。

その後も他の女子生徒と自己紹介を繰り返しながらあちらへこちらへと集団になってぞろぞろと姦しく移動していく。

個性を使った体力テスト等というものをしている真っ最中であるのだから、話題の方向性が各人に個性についてになるのは当然だった。

 

「ケロッ、さっきの霞ちゃんの個性凄かったわね。両足の金属、のようなものも綺麗だったけど、そんなに細い体であんなに遠くまでボールを飛ばしたのは驚いたわ」

「わたくしもそう思いましたわ!とっても素敵な個性だと思いました!ですが、先程の彼も言っていた通り両足の部分はどこから捻出されたものなのでしょうか?私の様にエネルギーから変換しているのですか?」

 

そう蛙吹梅雨、八百万百が私に問う。

二人の発言はもっともだ。私の体のどこにもごつい筋肉など存在しないし、両足の金属部分を生成する程の余剰なナニカも持っていない。

これまで通っていた中学でも気付く奴は大勢居た。故にここに居る狭き門を潜り抜けてきた連中が気付かないはずがないというのは当然の如く予測できていた。

だから私はしたり顔でこれまで幾度と無く重ねてきた"嘘"をさも真実かの様に周りに居る全員に聞こえるように語る。

 

「私の個性は『鋼水(こうすい)』よ。近年問題視されている個性の複合型ってやつね。体を液状化し、好きな形に硬質化させられる。さっき(もも)が言っていた余剰分は推察の通り私が蓄えたエネルギーから生成されているわ。あと、多少無茶なパワーでボールを投げられたのは私の体が液体化の個性故に物理的なダメージを受けないからよ」

 

私の発言に"いつも通り"驚きの声が上がっているのを聞きながら、体の芯の方がすーっと冷えていくのを感じる。罪悪感とも違う、自分を偽った時の気持ち悪い感じ。これもまた、私の"いつも通り"だ。

きっとこういう所があるから私は本物の"彼女"に成れないのだろう。

 

結局最下位になったもじゃもじゃ頭が退学になることも無く、教師側の合理的虚偽として生徒に通達された。

元から手を抜く気があった訳じゃないが、それならそうと早く言ってほしかった。

それと、時たま視界の端にチラチラと見えていた金色のガチムチマッチョには家に帰ってから集中力が乱れるからやるならもっとこっそりやれとキレた。

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