豪華プロヒーロー陣によるごくありふれた普通高校と大差ない授業を終え、昼食を終えた後の午後一番。
ヒーロー科に入学したの生徒達が最も心待ちにし、本日から卒業するまでずっと取り組んでいく専門教科、ヒーロー基礎学。
その記念すべき第一回を飾るのは世界中で誰もが憧れ、その背に希望を馳せる大英雄。我が家の養父だった。
教師生活始まって初めての一年生への授業。それも自身が最も経験してきたヒーローとしての技術や知識を学ぶ学問。それを私を含めた卵達に行えることを心待ちにしていた事実は昨晩から壊れたスピーカーの様に幾度も聞かされて嫌と言う程よく分かっていた。
あんまりにもしつこく言ってくるから適当にあしらって自室に逃げ込んだのだが、あのまま聞き続けていたらきっと朝までその胸の内を語られたことだろう。
そんなことされたら本当に耳にタコができちゃうぞ。
だが、現実は悲しいかな。
恐らく予め決めていたであろうセリフをえっちらほっちらと躓きながら生徒へ説明し、授業を進行していく姿に心中をハラハラと焦らされることになる。
あれだけ希望に満ちていた瞳に今は余裕というものが微塵も感じられない。
普通逆じゃないのか。授業参観じゃないんだぞ。だとしてもどうして授業をする側を心配しているんだ。
そんな疑問が幾度となく脳裏を過ったが、なんとも覚束なくて見ていられなかった。
これから先授業ごとにこの気分を味わうと思うと表情が無と化すのを止められなかったが、きっと回数を重ねていくごとに本人も慣れていってくれることを祈る。
なんとか説明フェーズを乗り越え、前もって学校側に伝えておいたコスチュームへと着替えることになった。
私のコスチュームはほぼメルトリリスの第一再臨そのままだ。これが一番私が
流石に極部は例の銀のあれではなく下着の上にスパッツを履いているが……。あんなものを清楚の極地だと真顔で言い放てる程私は常識を脱ぎ捨てている訳でもメンタルが鋼鉄で出来ている訳でもない。
しかし春先とはいえ足がほぼ丸出しだから少し肌寒いな。
個性の運用上仕方がないとはいえ、非活動時は何か暖を取れる仕組みを考えるべきかもしれない。
まぁ……私以上に寒そうな格好をしたクラスメイトも一名いたが、あれは大丈夫なのだろうか。校則とか以前に法律的に。
先日の実技試験で使用した様な市街地へと移動し、ビルの中へと入る。
広めの会議室程度には広い地下室には、壁一面に上のビルの各部屋に設置されているのであろうカメラの映像が映し出されていた。
「随分お金がかかってるのね。カメラにモニターに、あそこに映ってるのは水道かしら。インフラも整備されているの?」
「その通り!このビルは正に通常市街地に建設されている物と全く同じ作りで出来ているのさ。即ち、調理場にある水やガスも出るって訳だね」
「ふーん……」
水が出る。
それが聞けただけで私の勝率は一気に向上した。攻めなら兎も角、守りならば全ての階の水道を全開で垂れ流しにしてしまえば負ける気はしないぞ。私が触れている水と繋がっていればそれは最早私の手足も同義だ。
水を移動し、自らに取り込み、相手の体に潜り込ませる。
自由自在とまで豪語する気はないが、並大抵の相手には負ける気はしない。
ただ、このクラスには私の天敵と言っても過言ではない奴が居る。
後方の壁にもたれるようにして佇む紅白のそいつを流し見る。
あの氷結は脅威だ。こちらとて操作の速度や精度で負ける気は一切ないが、それを超える範囲で凍らせられてしまえば打つ手がなくなる。
体を氷で固定された後に金属化で氷を破壊するにしても、体が液体という個性上低温による鈍化は避けられない。
手がないことはないが、使えばびっくりする程疲れるので出来れば使いたくない。
「さぁ!くじを引いてペアを決めてくれ!」
オールマイトの持つ箱からアルファベットの書かれた手作り感満載のくじをA組全員で引いていくが、人数的にあまることになるんじゃないのか?
疑問を抱きつつもくじを引き、集団の中へ戻る。
教師陣が有精卵と呼ぶクラスメイト達のほとんどにとって人生初めての"戦闘"が目前まで迫る緊張感を肌で感じながら、薄暗い部屋の中、私は独り瞑目した。
結局あぶれた一人を含めたチームのみ3人で、残りは二人一組でチームを作ることとなった。
そして私が含められたチームこそが3人のチームだ。
「霞ちゃん!尾白君!頑張ろうね!」
「あ、ああ、頑張ろう」
「……ええ、そうね」
一名異様に気合の入った少女、葉隠さんは手袋のみが空中に浮いた状態でその胸の内の熱い思いを表すように勢いよく両腕を振っている。
そう、腕しか見えていないということはつまり彼女は今全裸ということなのだ。視界に映らないとはいえ思春期の男子にはそれなりに来るモノがあるようで、尾白猿夫は目のやり場に――と言っても前述の通り目には映っていないのだが、困っている様だった。
そわそわと手をやるせなく動かした後に、同じように忙しなく中途半端に動いていた尻尾の先端へと墜落していく。
哀れ青少年。
「尾白君には申し訳ないけれど、貴女の個性が一番発揮される状態はこれだものね」
「そう、その通り!さっすが霞ちゃん分かってるー!」
「あー、うん、そうだね。俺も確かにそう思うよ」
女の子として大丈夫かなとは少し思うけど、という小さな呟きが空しく空気中へと霧散して行ったのを聞き届けながら戦闘開始の合図を耳で聞く。
始まった。
私達ヴィラン側を捕らえに直ぐにでもヒーローチームがやってくることだろう。それも相手は嫌なことに件の轟焦凍。
どんな手で攻めてくるのか、と考えを巡らせようとした瞬間、ひやりと背筋を嫌な感覚が走った。
「――っ!!」
声を上げる余裕はなく、ただ本能が言うままにその場で空中へと飛び上がる。
私が地面から足を離した数瞬の後に、視界が一瞬で蒼く染まった。一面の冷気、フロア全体が一瞬にして凍結している。
表面が凍っているだけではなく、その上に分厚い氷が張っているのが一目で分かる。
宙を一回転して舞う様に着地する。
氷に足がつく前に個性によって完全な戦闘態勢を整え、両足の刃で
氷の表面を穿ち、削りながら刃が突き刺さり、体を支える。
「尾白君、葉隠さん、無事!?」
「か、からだが」
「うご、うごかない~!」
床を覆う氷から伸びた蒼に全身を包まれた二人を見て歯噛みする。
これで戦力は私一人。それに、この二人の状態を長時間放置するのはまずい。
それに状況が良くないのは私もだ。
「ちっ、体が固まってきたわね」
特に冷却の方は体が思うように動かなくなるので機動力が命の私の戦闘スタイルには致命的だ。
震える訳ではなく、ギシギシと体が軋みを上げる。
その他にも体の節々から可動域が失われていくのを感じて舌を打つ。
「これからヒーロー側のチームに攻撃を仕掛けてくるわ。二人はどうしても駄目になったらオールマイトにインカムから連絡して」
二人の了承の返事を背に受けながら発動型の身体強化系の個性を瞬発的に爆発させて階段の在るであろう方向の壁を蹴り壊す。
崩れる瓦礫の先に捉えたガタイの良い体を目掛けて飛び掛かり、体を庇うように出された腕の表面を右足の刃で浅く裂く。
正面に居るのは
背後の気配に向けて左足を蹴り出せば、先端が凍りつくのを感じて慌てて引っ込める。
迫りくる氷塊から逃れる様に階下へと飛び退び、正面から
「随分と派手にやってくれるじゃない。お陰でそこら中氷漬けだわ」
「……あの速度で凍らせて反応されるとは思ってなかった。お前の個性か?」
「お生憎様、完全に直感よ!」
私の場合、『直感C-』程度の個性という但し書きが付くが。
両足の刃で地面を踏みしめ、凍て付いた空気を引き裂きながら轟焦凍へと肉薄する。
左膝の槍を突き出すが、ギリギリこちらの速度に追いつくように右半身から氷が生み出された。
「チッ!!」
攻撃を中断して床をアイススケートの様に滑走しながら氷結を回避する。
性質上液体である以上、そのままの肉体であればまだ多少冷やされてもやりようが有るが、金属の状態で直接凍りつかされると熱伝導率的に一気に身動きが取れなくなる可能性がある。
今でさえ冷気の発生源である轟焦凍の近くに居ると体が鈍い感じがして不快感満載だというのに、これ以上ノロマに成ったら発狂してしまいそうだ。
「仕方ないわね。多少危なくても強引に終わらせるとしましょう」
「……やれるもんならな」
やれんならやって見ろと言わんばかりの鋭い視線を受けながら、両足に瞬発的な肉体強化をかける。
この私に安っすい挑発とか、やってくれる。
「やれるもんならなですって?良いでしょう。氷上の白鳥の飛翔を見せて差し上げるわ」
踏み込みで砕けた氷が風圧で吹き飛ぶ。
クラスメイトにはまだ見せていない最高速、その手前の手前程度の一端を見せてやる。
甲高い金属音と刃が空気を引き裂く独特の空気の絶叫を聞きながら、轟焦凍の背後へと回り込む。
「貴方、私に限らずクラスの人間を上から見下したような顔する時があるわよね」
「ッ!?」
姿が掻き消えたからか、私の問いが図星だったからか驚愕の表情で背後へと振り返る轟焦凍。
体の周囲から氷が生えるが、その速度ではあまりにも遅い。
「そんなに冷えて凍えた体で私を捉えられるとでも思ってるのかしら。考えを改めて出直しなさい!」
こっちは魔王お手製の個性兵器だぞ。弱点を補う機構が搭載されていない訳が無いだろうが。
強化された肉体を瞬発的に活性化させ、多大なエネルギー、つまりはカロリーを消費することで爆発的に体温を上昇させる。
先ほどと立ち位置は元に戻り私が上方。さぁ、さっさと地に落ちてもらおう。氷は氷らしく地面に霜でも生やしてろ。
「『踵の名は魔剣ジゼル』」
右足を振るい、刃から斬撃を飛ばすことでこちら側の上階と既に先程私の攻撃に依ってボコボコになった階段を切り離す。
支えを失ったことでぐらりと揺れた階段の上に取り残された轟焦凍は氷によって足場を保とうとするが、既に体温を失い切った体では満足に個性を発動できず、そのまま階下へと落下していく。
「何を抱えているのか知らないけれど、少なくともあの視線を私に向けることだけは許さないわ。はっきり言って不愉快よ」
静止した私の体から冷え切った空気に触れて薄っすらと蒸気が立ち上る。爆発的な発熱によって動き辛い不快感は消えたが、既に空腹感が胃を刺激していた。両足を形成している刃を解除し、素足で床へと降り立つ。
大質量が地面へと叩きつけられる音と揺れを肌で感じながら、耳元のインカムからオールマイトのタイムアップの声を聞いた。