その踵の名は   作:時雨。

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今はまだ微かな閃光

私にはあまりに大きすぎるドアを潜りながら朝の教室全体へと軽く挨拶を投げる。

 

「おはよう」

「「おはよー!」」

 

ここ数日で人となりを覚え始めたクラスメイト達がこちらへ集まって来る。

カエルっぽいのが蛙吹さん、ちょっと丸いのが麗日さん。私がつっかえつつも名前で呼んで見せれば、ニッカリと笑顔で手を握ってくれた。

よしよし、なんとか名前と顔が一致するようになってきたぞ。胸の内に湧くほっかりとした気分に今日も私は機嫌が良い。

入学から数日、未だ慣れない最前列の自席へとクラスメイトとの会話に勤しみながら向かう。昨日のテレビ番組は興味深かった。あそこのアクセサリーが可愛い。今度オープンする洋菓子屋を見つけた。などなど、私にはない少女らしい趣味をした彼女らから齎される情報は貴重なリソース源だ。

女の子とは砂糖と綿と夢と、それからほんの少しのビターチョコレートで出来ているらしいと聞くが、私の女の子成分は人形の部品と申し訳程度のくまのぬいぐるみぐらい。

こういう女の子っぽい話を聞くのは私自身好きだし勉強になる。彼女(メルトリリス)はあの電子の海で誰より乙女だったというのに、私という出来損ないのなんと悲しいことか。恐らく自室を見られればこのクラスの誰であろうと私の頭の中を心配するに違いない。

いや、もしかしたらやばいやつだと思われてドン引きされるかも……。

しばらくオールマイト、養父(とう)さんすら入れていない自室は、現在無機質な碌に家具もない部屋の一角にのみ大量の人形が鎮座しているという狂気的な様相を呈している。

うーん、あの部屋にこの子達を連れて行く度胸はないな。

いつか友人を部屋へと呼ぶことが密かな目標である私にとって女の子らしさを学ぶというのは急務なのだ。中学は周囲と反りが合わなかったというか、孤立してしまったので今度こそはと心中でガッツポーズを決める。

もういたたまれない視線と空気感の中で養父(とう)さんに「お友達とは仲良く出来ているかい…?」等と言われるのは御免なのだ。ちなみにその日は丸一日カーテンを締め切った薄暗い自室で引き篭もって布団を頭から被って丸まっていた。私の心に降り掛かったダメージは計り知れない。朝の登校も、休みの時間も、移動教室の時も一人で居るその状況を孤高と呼べる程私は精神的に強くない。彼女(メルトリリス)ならさもありなんと言ってのけそうだが、少なくとも私には無理だった。

ちなみにその後数日オールマイトとは口を利かなかったし、それ以来オールマイトが私の交友関係について口を出したことはない。

チャイムがもう数分で鳴る時間になったので席の周りを囲んでいたクラスメイト達が自席へと戻り、静かになった空間の中でふと背中へ視線を感じた。自分が誰の前席かを思い出して辟易としながら座ったまま後ろへと体の向きを変えれば、案の定そのままもいで誰かへと投げつければ凶器になること間違い無しな目つきでこちらを睨む爆豪勝己がこちらを睨みつけていた。

 

「あのね、さっきから私の背中を睨んで何か恨みでもあるのかしら?私の背中に親でも殺されたとか?違うならどこか違う場所を見て頂戴。鬱陶しくて仕方がないわ」

「あぁン!?見てねェわ!!」

「嘘おっしゃい!貴方と違って私はあれだけ一点見つめられて気が付かない様な鈍い感性して無いのよ!」

 

ぎゃあぎゃあと煩い反応に口端が引き攣る。

前回のヒーロー基礎学で室内戦闘訓練を行った時からこの少年はやけに私へ視線を送って来る。いや、厳密には私と轟焦凍にだな。

特に何か言う訳でもなく、じっと何か考え込んでいる。

ここ数日で叫ぶだけの猿ではなく意外に冷静でクレバーな一面もあることを知った為に私や轟焦凍の個性を研究して何か対策でも考えているのかと思ったが、何でも良いから黙って一点を見つめ続けるのはやめて欲しい。

こう、狙われている様な感じがしてムズムズするのだ。

いっその事膝の槍でグッサリ行ってしまいたい衝動にここ数日常に駆られている。毒の量をましましにしてちょっと入っただけでドロドロになるくらいにしたやつ。

なんとか自制しているが、これがこの先ずっと続くようなら額か胴体に風穴が開くことを覚悟して欲しい。まぁ、こいつの場合はその方が程よく熱が冷めて爽やかになるかもしれないが。

……想像したらやっぱり気持ち悪かったから止めよう。

 

「おい、静かにしろ。それからさっさと席つけ」

 

相変わらずこ汚い担任の声により睨み合いをやめ、私達はそれぞれ自席で前を向く。

連絡事項をしばらく聞かされていれば、ふとまた視線を感じた。

爆豪勝己と、今度はもう一人だと?誰だ?

ああもう、一人ずつ蹴り倒して昏倒させれば静かになるか!?

結局私のさっさとどっか違うところを向けという念は通じること無く、その日一日背筋がムズムズしたまま学校生活を送ることになった。

ほら見ろ!集中が削がれてどの教科もノートが飛び飛びだ!クソが!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自動車特有の振動とエンジン音。

ヒーロー基礎学の時間になり、気張った委員長飯田天哉の頑張りも虚しく私達は学校の備品のバスに乗ってえっちらほっちらと移動する。コスチュームに身を包んだ私達一年A組は昼食後の昼過ぎ、最も眠たくなる時間に程よく揺れる車内で寛いでいた。

個性を磨く学科の特性上、移動中の暇つぶしがそれぞれの個性に関する話になるのは当然の流れとも言えよう。

そうして一通り自身の個性について語った後、話題の中心にこれまでで一番派手に個性をそれぞれ披露することと成った先日の屋内戦闘訓練。それも特別目立っていた私や轟焦凍によく集まった。

 

八木(やぎ)の個性も轟の個性も派手だよな!俺は硬化だから、絵面がどうしても地味になっちまう」

「花がないというのは確かだけれど、汎用性の高い便利な個性だと思うわよ。私程ではないけれどね」

「は、はは、凄い自信だ……。でも、確かにその通りだよ切島君!僕は十分プロにも通用する個性だと思うよ!」

 

騒がしくなっていく車内に相澤先生が一喝する。

あの爆豪勝己も律儀に返事をしていた。あまりに意外だ。

駐車スペースへと到着してそれぞれバスの降車口から降りていく。十数分ぶりに浴びた外の風は存外涼しく、ひやりと冷えた空気がコスチュームの中を抜けていった。

その感覚を追いかける様にして次いでそわりと背筋を嫌な感覚が抜けて行く。

反射的に眉をしかめて周囲を見渡すも、特に何も無くクラスメイト達が談笑しているだけだ。

なんだったんだ?別に何も無いはずなのに妙な感覚だった。

そわりそわりと足元から冷たい何かがせり上がって来るような、足首を掴んで離さないようなそんな感じ。

 

「……確証もないのにああでもないこうでもないと考えるだけ無駄ね」

 

頭を振って先程までの不気味な感覚を振り切り、クラスメイトの談笑の輪に混ざる。

ああ、そんな事はあるわけはないのだ。ここは天下の雄英高校。()()()()()なんて飛んでくるはずもない。

そう思い直して、少し無理矢理にでも笑顔を作った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

USJという権利的に心配になる名前の訓練施設へと入場し、ひと目見渡す限りでもかなりの規模で災害を再現した訓練施設が複数存在していることが確認出来た。

未だ経験したことのない学習内容に加えて人気のプロヒーローである13号の登場によりその場のほぼ全員が興奮に声を上げる。

私の周囲でもお茶子さんがファンであると話していた。

私は元よりヒーローのアイドル的な面についてあまり興味がないのでオールマイトから聞いた話やたまに見るニュース以外でヒーローについて知る機会は無いが、彼のことは以前オールマイトから話を聞いていたので知っている。なんでも土砂災害の現場で一緒に救助活動を行ったのだとか。

その際には彼が居なければ犠牲者が出ていたかもしれないと絶賛していた。

私としても彼のヒーローコスチュームのヴィジュアルは好ましい。一体うちにフィギュアで置いておけないだろうか?

あの全身無駄にもこもこした感じが可愛いのだ。いや、もしかして触ったら存外硬いのか?災害救助をするのにもこもこだと邪魔な気もする。

むぅ、見てくれだけで設計をするのは駄目だな。リアリティが大事なのだ。後で機会があれば触らせて貰おう。

私が13号フィギュア化計画を考えている間にもお小言という名の授業前説明は続いていく。

災害救助で活躍するヒーロー、それも、個性の火力が高いが故の視点で生徒へ注意喚起を促した13号。浮足立っていたクラスメイト達はしっかりと引き締められた。

プロの、それも災害救助の最前線で活躍するヒーローにここまで言われればはしゃいで怪我をするなんて馬鹿なことをする奴は居なく成っただろう。

さて、今日は一体何から始めるのか。

水着もタオルも持ってくる指示を受けていないから恐らく水難は無いのだろうと思うが、私としては水難は個性上相性が良くて楽だ。

あの程度の水量なら容易く支配権を浸透させられるだろう。

そうなれば水に落ちた人間だけ海面へ持ち上げて避難させることが可能だ。

それでは授業が始まる――となった時、背筋に氷柱を直接差し込まれた様な悪寒に襲われる。

本能的な速度で反射的に完全な戦闘態勢を整え、両足を刃に、両膝を槍に変えて前傾姿勢を取る。

私の急激な変化に目を剥いた相澤先生だったが、階下の広場中央に設置された噴水から黒い靄が吹き出し、中からゾロゾロとガラの悪い連中が出てきたのを見て目の色を変えた。

 

「八木、飛び出すなよ。お前はここで待機だ」

「……分かってるわ。これは体が反射的に反応しただけ。無策で突っ込む間抜けと思うのは止めて頂戴」

「……そうかい。13号、生徒を守れ。あれは――」

 

(ヴィラン)だ。

そう担任の口から告げられたことでA組全体に動揺が走る。

戦う意思を見せる者や怯えて不安そうにする者。

そんな喧騒の最中、私の直感が何かを捉えた。大量の針で私の中を刳る様な存在感を放ちながら、その所在を私に伝える気配。ほんの少しそれを感じただけで私の心はあっさり折れる。

既に私の胸の中には(ヴィラン)を返り討ちにしてやろうなんて気概は消え失せていた。

クラスメイト達がざわつく中、私は体の震えが止まらない。私を舐めるように全身を絡め取る悪意。ああ、この酷く懐かしい感じ。

居る。

間違いなく、あの男の関係者が。

あの男は数年前オールマイトが殺したと聞いている。となれば今ここに来ているのは――――。

噴水前の靄の中から出てきた若い男が歩みを止めてこちらを見上げる。色素の薄い髪に、体中に手を貼り付けた男が階下からこちらを見上げてうっそりと笑った。

ひさしぶり。

そう口元が動いたのが分かった。

無意識に悲鳴が溢れてくらりと意識が飛びそうになる。手足が震え、歯の根が合わない。自然と荒くなった息に気がついたお茶子さんが慌てて声を掛けて来る。

 

「霞ちゃん!?大丈夫!?」

「だ、大丈夫よ。問題ないわ。私は大丈夫、大丈夫だから……!!」

 

ついには個性の発動を保てず刃は歪み、槍は(ひしゃ)げてただの少女の足へと戻る。震える両足でギリギリ地面へと落ちずに降り立つ事ができた。けれど、座り込んでいないことに驚く程私の今の表情は真っ青になっているだろう。

胃の中がグルグルと回っていて、その回転が全身へと波及している様な気持ち悪さ。

他のクラスメイト達が私の異変に気が付き始め、何事かとこちらへ視線を向けた。

その両目があの日の光景と重なる。

真っ白な部屋と、私以外に地面に倒れて動かなくなった4人の少女。白衣を着た大人たちの舐るような視線と、計測器が数値を伝える音と、それから、空気を伝う禍々しい魔王の声。

とっさに顔を両手で覆って視線を遮る。悲鳴を上げながら顔を隠した私を見たお茶子さんが私を抱きしめてくれた。それに躊躇なく縋り付き、彼女の胸に顔を埋める。

固く私を離さないお茶子さんもきっと今の状況が怖いだろうに、それでもその温かい体温で私を包み込んでくれる。

それに引き換え私はどうか。子供のように丸まって恐怖から友人を盾にして逃げ出した。

無様だ。酷く、無様。

あれだけプライドがどうこうとか言っていたはずなのに、いざと成ればこのざまか。あんなひょろい男の視線一つで、言葉一つで、態度一つで、私は私は……!!!

怒りと恐怖で心がぐちゃぐちゃになりそうだ。

内側から溢れ出て爆発しそうなのは怒りか、恐怖か、羞恥心か。

今立ち上がって奴を睨み返してやらなければ、私はこの先ずっと奴に、死柄木弔に立ち向かうことが出来なくなってしまうのではないか。そんな予感が私の中に生まれる。

そんなことはあっては成らない。なぜなら私は彼女(メルトリリス)。なり損ないだと自分でどうしようも無いほどに理解していても、屈することなど、あっては成らない。

けれど、意を決して顔を上げようとした瞬間お茶子さんの腕に押さえられた。

 

「大丈夫やから!」

「だい、じょうぶ?」

「そう!霞ちゃんは私が絶対、ぜぇ~ったい私が守ったるから、大丈夫!!」

 

呆けた私の口から反射的に繰り返された言葉を肯定したお茶子さんは、もぞりと顔を上に向けた私にニッカリと笑顔を向ける。

眩しい。この異常事態に於いても曇ること無い太陽のようなそれを見て、私は歯噛みする。

普段から自分より弱いと思っていたクラスメイトに慰められて、あやされて、私は何をやっているのか。

幾分平静を取り戻した私が謝罪と感謝の言葉を告げようとした時、お茶子さんの背後に先程の噴水前と同じ黒い靄が揺らめく。

 

「流石は一年生とは言え雄英生。この歳でしっかりとしたヒーローの心得をお持ちで。しかし、貴女の方は駄目そうですね。検体5号」

 

検体5号。

その名前で呼ばれただけで喉の奥からキュっと音がした。心臓を鷲掴みにされた様な恐怖感。

それきり私は言葉を発する事が出来ない。

お茶子さんのお陰で祓われていた心の暗闇が再び私ににじり寄る。

 

「死柄木の気配にあてられただけでこれですか。話は聞かされていましたが、予想以上にトラウマになってしまっているようですね。精神的な病を複数併発している可能性もありそうだ」

 

靄の中に蠢く目のような黄色い光を細めて私を分析する(ヴィラン)

先程あの男と視線を交えた時程ではないが、体が萎縮してしまう。

普段ならただの(ヴィラン)程度なんでもないというのに、あの男の恐怖が尾を引いているのか体がまだ震えてしまう。

 

「機会があれば回収する程度で良いとのことでしたが、予想外に簡単な仕事になりそうですね。それから我々がこの度ヒーローの巣窟、雄英高校へ入らせて頂いたのは――」

 

オールマイトを殺すと告げる(ヴィラン)

今現在オールマイトはこの場に居ない。どうせ何時もみたいに活動時間ギリギリまでヒーロー活動したせいで授業に出られないとか間抜けな理由のはずだ。

養父(とう)さんがこの場に来ないという安心感と、それは即ち助けにも来てもらえないという絶望感が同時に胸の内を支配する。

 

「なにくっちゃべってんだクソ(ヴィラン)がァ!!」

 

爆豪勝己と切島鋭児郎が靄の(ヴィラン)へとその背後から飛びかかった。

土煙が立ち上る中で、それを切り裂くように靄が四方八方へと伸びる。

先程の(ヴィラン)の発現から優先度が低くとも私が目的のうちに入っているのは間違いない。そうだとすれば、お茶子さんは私の近くに居ては危険だ。

そう判断して咄嗟にお茶子さんを靄の外へと押し出す。

私の名前を叫んでいるのを聞きながら、爆発的に広がる靄によって生み出された風圧に反射的に顔を腕で庇った。

その直後に一瞬の浮遊感と共に空気が変わった様な感覚に襲われる。

地面に落下した衝撃に小さく悲鳴を漏らしつつ、瞑った目を開けば目の前には大きな噴水が鎮座していた。

それを見た瞬間、正しく嫌な予感というものが私の脳裏に過る。

 

「こ、ここって」

「よう、久しぶりだな。5号ちゃん」

 

背後から掛けられた声に息が止まる。

錆びついたからくり人形の様に後ろを振り返れば、そこにあの男が立っていた。

地面に倒れた私を覆うように影が広がる。

死柄木弔が、真っ白な手に覆い隠された顔に狂気的な笑みを浮かべた。

 

 

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