その踵の名は   作:時雨。

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何れ大星となる緑光

「俺らが初めて会った時、お前も俺ももっと餓鬼だったよなぁ。俺は先生に連れられて、そしてお前は隔離施設の中に居た」

 

噴水の縁に腰掛けながら地べたに座り込む私に向けてゆっくりと語りかける死柄木弔(しがらきとむら)

その(さま)は両手を大げさに広げてまるで演劇でも演じているかの様だ。

対して私はまともに死柄木弔を見続けることも出来ず、かと言って立ち上がって戦うことも逃げることも出来ない。

恐怖が私を首輪として縛り付けて離さないのだ。

結果として、私はただ黙って俯きながら死柄木弔の話を聞かされている。

 

「お前がその性格になった時は結構驚いたけどさぁ、結局お前は俺に逆らえない。首輪なんだよ。その恐怖は」

 

私が考えていたそのままの事を言い当てられて目を剥く。

まさか、これは意図的なものなのか?人為的に掛けられた楔なのだとすれば、私がこうも異様なまでに死柄木弔に恐怖感を抱いているのも理解できる。

それに、そういうことに長けた人物も知っている。

私のこの体を作り上げた個性の魔王。絶望の具現。恐怖の象徴。

ぎりぎりと噛み締めた奥歯から軋む音が鳴る。

この私の惨めな現状を作り出したであろう魔王とその関係者である死柄木弔に対して燃え上がるような怒りがこみ上げる。

しかし、私には目の前に座っているだけの男を見上げて睨みつけることさえ出来ない。

私がこうしている間にも相澤先生がゴロツキと戦っていた。見た目や普段ののっそりとした動きにに反して接近戦もそれなり出来るらしい。しかし、その個性の都合上相手が状況を理解する前に奇襲して短期決戦の方が圧倒的に彼のホームのはず。

つまり彼は現状アウェイの状況下で多人数を相手取って激しい戦闘を行っていることになる。

今見る限りでは相澤先生が押している様に見えるが、ほんの少し新たな要素が加われば簡単に崩壊する均衡だ。そして、その予想を裏付ける時は直ぐに来る。

死柄木弔がここから動くなよと私に一声掛けて相澤先生へと駆けていく。格闘戦に入った直後、死柄木弔の肘を握られた相澤先生は大きく肘を損壊した。

想像を超える死柄木弔の個性の凶暴性に息を呑むと同時に相澤先生の危機的状況に反射的に腰が浮いた。

死柄木弔が私から距離を取ったからか、はたまた完全に意思の介在しない反射的な行動だったからか分からないが、今この状況下で初めてまともに体が動いた。

しかし、死柄木弔は私が立ち上がろうとしていることを察知したのか相澤先生の肘を握ったまま瞬時に背後に振り向く。

 

「『動くな』!!」

 

その一言で私はまたその場に蹲る。

両足が痺れたように力を失い、地面へと脱力した勢いそのままに叩きつけられた。

急激な動悸にめまい、それに脳みそがぐちゃぐちゃにかき回されるような不快感。恐怖で頭がちかちかと明滅する。

か細く聞こえる悲鳴が自分の喉から鳴ったものだと理解した時には、相澤先生はすきを晒した死柄木弔の腹に強烈な蹴りを入れて距離を取っていた。

そして私はまた何も出来ない木偶人形に逆戻り。

脳内をコマ送りのように過去の記憶がフラッシュバックしていく。

白い壁、白い天井、白い蛍光灯と白衣と白い実験着と白いカルテ。

不気味な白が頭の中で回転する。

それらが一周するたびに私の残り少ない理性と人格がすり減っていく気がした。

どこか遠くでコンクリートが砕けるような音と、肉を強烈に打ち付ける痛々しい音が響いた。

背の翼は毟られ、水面を藻掻くすべすら知らず、楔を打たれて地面に打ち付けられたみにくいあひる。

 

「――ぐっ、かっ」

 

朦朧とした世界の中で、息苦しさに意識が再浮上する。

視界が回復した直後に目に飛び込んできたのは、死柄木弔の顔だった。

ぴったりとくっついてしまいそうな程に間近に近づいた死柄木弔の表情は、誰が見ても分かるであろう程に嗜虐心に溢れていた。

かひゅー、かひゅーと狭い道を通り抜けるか細い音が私の喉から響く。

 

「お前の個性、物理無効なんてチートだけどさぁ。正常な思考さえ奪ってしまえばまともに個性を使えなくなる様に()()されてるんだよ。所詮お前はただの兵器なのさ。だから今こうして俺に簡単に乗っかられて首を絞められてる。普段なら簡単に俺なんて殺せる状況だ。ほんの少し体から刃を伸ばしてたっぷり毒を注入してやればいい。それだけで俺はドロドロのスライムみたいになる。なのにお前は今何も出来ずにいる。なぁ、お前今どんな気分だ?」

 

私の上に馬乗りになったまま死柄木弔はこれまでになく饒舌に語る。

強者を下しているという優越感が、私が顔に苦悶を浮かべている事実がこいつをこれ以上ない程に喜ばせているという事実が私の中で渦巻く。

恨み言の一つや二つ吐き捨てて遣りたいのに、私の体はただか弱く震えるだけで死柄木弔にされるがままだ。

やめて、苦しい。こわい。

感情は幾らでも溢れてくるのに口は満足に動かずに僅かに引き攣るだけ。

首を掴む腕を引き剥がそうと手を掛けるも、普段身体強化の個性を使って膂力を上げている私の素の力など知れたものでびくともしない。

のしかかっている死柄木弔自身を押しのけようと腰の抜けた様に力の入らないまま精一杯足をばたつかせたが藻掻くが全く話にならなかった。

ボロボロと両目から涙が零れ落ちる。

視界がぼやけても尚死柄木弔の顔が悪意に染まっていることは分かった。

 

「う、ぁ、やめ、て」

「止めて?ははははは!あの時ガラスの向こうから俺を殺してやろうと睨んでたお前はどこ行っちまったんだよ。あーあ、つまんねーの」

 

私に興味を無くした様な素振りを見せる死柄木弔だが、私の首を握りしめた右手は離さない。

死柄木弔の先程までの弄ぶ意思が薄れ、その瞳に冷たい光が宿った。

 

「お前、今ここで死ぬか?」

 

その言葉が私の中に反響する。

死ぬ、私が?

全身が恐怖に硬直してぴくりと震える。

 

「もう一本指が触れただけでお前の首は粉々になる。お前は本来個性で一定以上の衝撃は自動的に体が液体に成ることで効かないようになってるだろ。けど、今のお前は自分から液体状に成れない。もしこのままバラバラになったら勝手にドロドロになって無傷のまま治ってくれると思うか?」

 

首に当てられていた手の力が強まる。

意識が朦朧として行く中、ついに両手足から力が抜ける。

私は本当はあの場所で死んでいたのではないだろうか。あの白くて怖い箱庭で。

一度は逃げ出せたのに、恐怖が私をどこまでも追いかけて来る。

これまで逃げ延びていたのに、いや、それこそが勘違いなのだ。逃げ切れると思っていた私の認識が甘かった。

着々とそれは距離を詰めていた。きっと今日ついに追いつかれてしまったのだ。

頭がぼーっとする。

このまま暗い水底へ落ちていくのだと私が意識を手放そうとした瞬間、緑光が駆ける。

 

「八木さんから、手ぇ離せ!!」

 

爆発的な風圧に目を瞑る。

舞い上げられた土埃の中で、薄っすらとだけ開けた視界には誰かの背中だけが写った。恐怖から私を背に庇って立ち向かってくれる誰か。半ば無意識に私は良く知るその人の名前を口にする。

 

「げほっ、げほっ!ぅぁ、養父、さん……?」

「……オールマイトじゃなくてごめん」

 

小さく謝るその声で目の前に立つ誰かが誰か分かった。

緑谷出久だ。

養父さんが何かと気にかけるクラスメイト。

養父さんにそっくりな個性を持ちながら使うたびに体を破損させる諸刃の剣。

視線はじっと前を見据えながら、きっとオールマイトならこう言うはずだと告げてから緑谷出久は大きく息を吸い込んだ。

 

「もう大丈夫!僕が来た!!!」

 

そう高らかに言い放った彼の背中は、頼りなく小さくて雄英高校の指定ジャージに包まれている。

見るもの全てに安心感を与えるあの背中には遠く及ばないはずなのに、何故だかどうしようも無いほどに今養父さんの背中と彼の背中が重なって仕方がない。

両手と両足は私といい勝負な程みっともなく震えていて、けれども振り返ったその顔は大胆不敵に笑っていた。

 

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