その踵の名は   作:時雨。

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鋼を鍛え、流水は踊る

雄英高校体育祭。

それは昨今個性に依って個人の技能、身体能力に大きな差が生まれたこの世界でオリンピックに取って代わる超大規模イベントであると同時に私達ヒーローの卵にとって全世界へと自らを売り込む最大規模のアピールチャンスである。

USJ襲撃という最悪の事件を経た私達雄英高校一年A組はそんな入学して初めての大きなチャンスを前に浮足立っていた。女が三人よれば姦しいと言うが、今日に限っては女子だけではなく男子も談義が白熱している。

かく言う私も私の座席を囲む様にして立つ数人の女子と歓談していた。

 

「楽しみだね、雄英体育祭!」

「ええ、わたくし達が入学して最初の一大イベントですもの!気合が入りますわ!」

「そうね、全世界に向けて生放送だもの。関係者はもちろん、一般人もテレビの前で齧りつくように見ているはずよ。彼らは私達が今後プロ入りした際にファンとなってくれるであろう有力候補。タレントとしての側面を強く出したいと考えているなら積極的にアピールするのも手よ」

「ケロッ、そうね。霞ちゃんの言うとおりだわ」

 

それぞれの将来を形作る為に必要な準備期間である学生時代において学内ではなく学外へと進出する初めての機会。

言わばこれは私達が実際に外へと羽ばたいた際の土台作りだ。

空を飛ぼうにも、地面が湿気った泥では踏み込んだ力は自身を上へと押し返してはくれない。

このクラスでも数人、ミイラマンになった相澤先生から体育祭が近いと言われてから考え込む様になった奴が何人か居る。将来のヴィジョンが固まっていればいる程今回の大舞台でどう立ち回るべきかを考えているのだろう。

私もその一人だ。

と言っても私は先程話題に上がったメディア露出に関してはそこまで考えていない。

個性の派手さや特殊さを考えれば、自主的にアピールを強く出さなくても向こうから積極的に寄ってくるだろうし、それ以上にテレビ番組やタレントとしての仕事にばかり囚われては、本業であるヒーローとしての活動に支障をきたしかねない。

養父であるオールマイトのあれは、あの人が異常なのだ。

活動時間に制限がついてしまった例の戦い以降は自ずとセーブされる様になったが、私が引き取られたばかりの頃など数日間働き通しで家を開けっ放しなどざらにあった。

長時間テレビに出演したまま事件の連絡を受けて目的地に向かい、道中数件小事件を解決してさも当然の様に復路で事件に引っ掛けられるなど、お前は小さな名探偵なのかという程事件に首を突っ込むのはとてもじゃないが私には不可能である。

本人から言わせてみれば若気の至りというか、若さと個性ありきの強行軍だったのだろうが、あれだけの力技を私が出来るとは思えない。

正直に言えば、彼女(謎のアルターエゴ・Λ)の様にタレントとしての仕事に精を出すことに興味がないわけではない。むしろ私としては大いに興味がある分野だ。

ただその、彼女(メルトリリス)達の様に自分にそこまでの自信を持てないというか、あそこまで胸を張って私が上、お前らが下なぞと声を大にして言うだけの度胸も無ければ、それだけ煽った上で観客を満足させる様なクオリティを見せられるという自負も無いのだ。

そりゃあもっと普通で普通かつ普通なタレントとしての活動くらいなら私でも出来ないことはないかもしれないが、それでは私でなくとも良いということになるではないか。

 

「私でなくとも良い、そんなありきたりな椅子で満足したりしないわ。だって、もう心に決めたのだもの」

 

自らの意思で力を、技を求め、より高く翔ぶのだと誓った。

ならば、これからの私の人生に妥協など最も相応しく無く、不必要なものなのだ。

 

「霞ちゃん?今何か言った?」

「な、何でも無いわ!さぁ、もうすぐ相澤先生が来るわよ。席についていないと、また一喝されてしまうわ」

 

もうそんな時間か、と一斉に集まっていた人影が散る。

それを見た他のクラスメイト達も皆座席へと戻りだした。それを見てほっと一息を吐く。

別に他人に聞かせて恥じるような事でもないが、しかしこれはあくまで私の心持ちの変化についてなのだから、誰かに聞かせるのは気恥ずかしい。

丁度タイミングよく扉を開けて教室に入ってきた相澤先生を見て、今日も私の一日が始まるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日の授業全てを終え、帰宅する生徒達の波に逆らって逆方向へと向かう。

でかくて長い校舎を右へ左へ曲がってようやく職員室の扉の前へと辿り着いた。

この校舎はもっと教室と職員室の距離を縮めるべきだな……。なにか用事がある時に態々立ち寄るには面倒くさすぎるぞ。

既に若干疲労が溜まった様な気がしつつも、正面の扉を三回ノックし、中へと入る。

 

「1ーAの八木霞です。訓練施設の使用許可を頂きに参りました」

「ああ、霞。こっちだ」

 

職員室に入る上で形式的に畏まった私の言葉に対して帰ってきた養父さんの声の方向を向くと、少し奥の方にガリガリな方の姿で養父さんがこちらへ手を振っていた。

顔見知りの先生方からの視線に会釈を返しながらそちらへ向かえば、机の中から一枚の書類が取り出される。

 

「これが君が申請していた施設の使用許可書だよ。今日から問題なく使用できる。それにしても霞が特訓とはね、正直驚いたよ」

「……私だって努力くらいするわよ」

「春先のあれを言った人物と同一とは思えないな」

 

養父さんの軽口に唇を噛みしめる。

確かに、先日私はぬくぬく温室で育った学生なんかに――等と言った覚えはあるが、もうあの時とは状況が違う。

競い合う相手は想像よりも逞しく、そして向き合うべきはクラスメイトだけではないと知ってしまった。

それを知っているくせにそこを蒸し返すのは意地が悪いぞ。

じと目で下から覗き込むように養父さんを睨みつけていれば、当の本人はこちらの意図には気が付かず片眉を上げて何事かという顔をしている。

自分の無駄な努力に気が付き、鼻をひとつ鳴らしてから渡された書類の内容に念の為目を通し、その中に問題がないことを確認した上で頷く。

 

「ありがとう、養父さん。問題ないみたいね」

「おいおい、流石に書類に不備を出すほど私も抜けて無いよ」

「それは私生活での"うっかり"を全部なくしてから言ってもらいたいわね」

「そこを突かれると、痛いな」

 

大げさに肩を竦めながら力なく笑う養父さんに再びジト目を返せば降参だと両手を上げられる。

反射的に出たため息を一つ零しながらも書類から視線を上げれば、その先に居たニヤニヤした顔のミッドナイト先生と視線が交わる。

 

「八木さんって、オールマイトのこと養父さんって呼んでるのね。なんだか意外だわ」

「確かに、普段ツンケンしてるのにオールマイトには自然体な感じだよな!」

「なっ?!」

 

ミッドナイト先生の言葉を肯定する様に会話に割り込んできたプレゼント・マイク先生は、ミッドナイト先生と同じ様な生暖かい視線で此方を見る。

 

「それに、入学当初より少し丸くなってきたと思わない?最初は近寄るもの皆許さないみたいなオーラがあったけど、最近はクラスに仲の良い友達も出来たんでしょう?」

「べ、 別にそんなオーラ出していたつもりは無いわ!」

「まぁ、あれはちょっとどう頑張っても誤魔化せない程度には出たな……」

 

プレゼント・マイク先生の言葉に愕然となる。

無意識のうちに数歩後ろへ力なく蹌踉めいた。

そんな馬鹿な、むしろ友人歓迎と全身でアピールしていたくらいに思っていたのに、そんな物が出ていたなどと言われてはこれまで燦然と輝いていた自信が無くなってくる。

オーラだと、そんな、非科学的なもの、それにそんな個性私は入れられてないはずなのに……!!

だがそう考えると私に話しかけてきてくれたクラスの友人達は余程大きな苦難を経て私の下へやって来てくれたことになる。

私はそっと心の中で明日登校途中にちょっとしたお菓子を彼女達のために買って行こうと心に決めた。

 

「まぁまぁ、そのくらいにしておいてやってくれ。本人曰く友人は作る気満々だったらしいからね。ちょっと不器用なだけなのさ」

「ぐぐっ…!」

 

両手で持っていた書類をぐしゃりと握りしめて顔面を突っ込む。

何なのだこの状況は、この学校中の教師が集まっている中で父親にフォローされるなど、一種の拷問としか思えない。

虐待だ。

教育委員会に訴え出てやるからな……!!

 

「それで後は部屋をもう少し女の子らしくしてくれると……ああいや、君の趣味に口を出すつもりはないんだが、もう少し内装をファンシーにしてみるべきではないかと思ってね。去年私が誕生日に贈った大きなクマのぬいぐるみもクローゼットにしまい込んでいるようだし、せっかく女性のミッドナイト先生も居るのだから、なにか希望が有るなら――痛ッだぁ!!」

 

これ以上無駄な個人情報の情報漏えいを避ける為、右足の踵で養父さんの左足の小指を踏み抜く。

反射的に持ち上がった養父さんの膝は教員用の机に強打され、机の中身を揺らした。

 

「失礼するわ!!」

「か、霞!」

「今のはちょっと擁護出来ないわね……」

「さすがの俺もあれはねーな」

「えぇ!?」

 

未だ会話を続けている教師陣を背に大股で職員室を後にする。

背に聞こえる「というか15歳の女の子の誕生日にクマのぬいぐるみってどうなの?」「え、駄目?」「もうちょっと年齢考えようぜ……」という声を無視しながら、わざとらしく思い切り力強く職員室の扉を締めた。

 

 

 

 

 

 

 

無駄に大きく広く高い校舎を右へ左へ上へ下へと行ったり来たりし、ようやくたどり着いたのが今回私が借りることができた地下プールだ。

複数人で使用することを前提に設計し、作られている地上のプールとは違い、水系の個性を持つ生徒が一人で使用することを想定している為に、そう広くない空間だ。

色味も味気もないコンクリののっぺりとした灰色と、一部だけガラス張りになった管制室のような何かの施設部分をぐるりと見回して、こんなもんかと設備を確認した。

そうしてそそくさと移動を開始する。

管制室のような何かはどうやら指導員がマイクでプール側に指示を出せる様になっているようで、マイクやその他プールへの操作盤が付属していた。

それから救命胴衣に用途のよくわからない道具まで。

見慣れた器具から見たことも聞いたこともない道具まであちこちに並んでいるが、一見物珍しいが、これは雄英高校にいればあちこちで見ることが出来る光景だ。

要はどこぞの発明好き共の集まった学科が作ったアイテムや各社の試験品の中から優秀なものが、そのまま学校の用具として採用されているのだ。

学校側としては生徒へやる気を出させる良いモチベーションとすることや、質や発想の良い立ち上がったばかりのベンチャー企業との関係を持つことができて何かと都合が良い。

しかし、それらは私が使うことは凡そ無いであろう。

詰まるところ、私にとってはただの壁掛けのごちゃごちゃした装飾である。

何処か彼方から悲しいクリエイター達の悲鳴を感じながら、奥の更衣室へと向かう。

これまた無駄に金のかかった内装で、そこらの公営の水泳施設なんかよりよっぽど最新式で小綺麗な内装をしていた。

水中をイメージしたようなよくある色合いの壁や天井、床のカラーリングながら、色味が今風だ。

なんというか、古臭くない。

それに清掃も行き届いているようだ。

これは雄英高校の校舎のあちこちで感じることだが、自動掃除のロボットでも走らせているのだろうか?

それなら教師のツテでうちにも一台もって帰って来てくれないだろうか。最近やりたいことが多くて家事全般が面倒なのだ。一応あれでもトッププロな養父さんは家に中々帰ってこないし、それら全般は私の仕事だ。

長年勤めているそれらのうちの一つでも手を開けて良いとなれば、自分に使える時間が増えるのは間違いないと確信できる。

 

「……まぁ、普通に考えて無理でしょうね」

 

くだらない思考を走らせながらも制服のネクタイを外す。

首筋から自身の体温で温められた熱が抜けていくのを感じながらも、続いてブレザー、シャツと身につけている物を脱衣していく。

そうして自身の感覚の薄れた指先で布を一枚一枚剥いで行けば、ふと自身の双丘に目が止まった。

 

「周りのクラスメイトはもう少し山が有る気がするのだけれど、私のこれは一体いつになれば成長期を迎えるのかしら」

 

一応年齢的には全体的に成長期なはずなのだけれど、私のこれらは一向に著しく成長する兆しを見せない。

もし彼女(メルトリリス)と同じ体に成長するというのであれば、それはそれで美しくしなやかに育つことが約束されているということには、一応胸が踊らないでもないが、もう少し育ってくれても良いのだ。私としては。

ちら、ちらと視線を他所へ向かわせて再度自身の双丘を見比べるも、勿論のことながら変化はない。

思わずこみ上げた溜息を一切の躊躇なく更衣室へと吐き出し、さっさと残りのスカートや下着も脱ぎ捨ててしまう。

完全な裸体を未だ春を脱ぎ去らない涼やかな空気に晒し、先日から用意していた水着に着替えてしまう。

水着は正しく例のラムダ水着だ。この間ショッピングモールで見かけて即購入した。勿論養父さんの経費扱いである。

新人プロヒーローの卵を育成する為の必要経費だ。嘘ではない。

素材がそれなりに気を使っているとかで結構な額したきもするが、私の財布が痛まないのであれば無料なのと変わらない。

自身の体のラインにピッタリと沿っていることを確認し、先程の管制室へと戻る。

途中全身をシャワーで洗い流し、濡れた長髪を手ぐしでかきあげた。

そこから先、私が初めに入ってきたガラス製の扉を開き、プールへと向かう。

周囲は再びコンクリート製の味気ない壁へと戻り、若干げんなりしつつもプールサイドへと歩み寄る。

そして頭から勢いよく水面へと飛び込んだ。

自身が纏った泡と水流を感じながら深く、鈍く音が響き渡る水中へと落ちていく。

全身を程よく脱力しながら薄っすらと瞼を持ち上げれば、それなりの深さがあることが視覚的に把握できる。

申請書の通り、私の望む環境がそこにはあった。

大量の体積を持つプール。

以前水を操った時よりもより早く、美しく、正確に水へと支配権を伸ばす。

もっと力を磨く為に。

もっと自分を高く積み上げる為に。

耳元に鈍く響く水泡の音を聞きながら、私はより深く、より色濃く水中へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れが赤く校舎とそこから街へと続く道を照らし染め上げる頃、ようやく私は校舎から鞄を背負ってクタクタの体を引きずるようにして出る。

暑くなりだした日差しは、この季節にしては既に夕日も苛烈に大地を熱している。

実際超えることはなかったものの、自身の限界を超えるつもりで個性を酷使した。

結果として施設を破壊しかけて近くを通っていた別科の教員に注意のような感心の様な言葉を掛けられ、くたくたに疲れたこともあり予定より少し早めに撤収したのだ。

 

「次はもっと大きい施設を借りれるかしら……。施設がもたないので複数人用を一人で使わせてください、と言えば、この学校の校風的に向こうも反発して乗ってきそうなものだけれど」

 

とはいえ、個性に設備が耐えられないというのも中々問題だ。

先程の訓練施設は個人で使えてあまり人気がなさそうな場所に位置しているので、集中して鍛えられそうでそれなりに期待していたのだが……。

これ以上負荷をかければ外装が割れるとエラーが画面に出力され、室内に警報が鳴り響けばこちらとしても躊躇せざる負えない。

自身に合った訓練施設の調達というのは割と急務なのだ。

これまで私は私を育てようなどと思ったことはなかった。

私は今のままで十分強いと思っていたし、事実同級生に負ける気はしない。けれど、今後本気でヒーロー科で取り組んでいくことや、敵達と戦っていくことを考えれば、自身を鍛えないという選択肢は存在しなかった。

きっと奴らは私を再び狙ってくるし、そうでなくとも私を何らかの形で利用しようとしてくるだろう。

或いは養父さんのことを殺しに来るのはそれこそ間違いない。

自分を鍛えようと思うということは、自分自身の現状を不足と捉えるということ。

それはつまり、あの隔離施設での地獄のような日々にケチを付けてしまうような、そういう気持ちだった。

けれど私は誓ったのだ。

もう私は何も取りこぼさない。

何も躊躇しない。

守りたい全ての大切な物をこの胸に抱いて生きていく。

その為には自身の個性を再び向き合い、そして磨き上げる必要があった。

一本の刀の様に自らを研ぎ澄まし、切れ味を鋭く、刀身は硬く鍛え直す。

その一環としてまずは目前に迫った雄英体育祭だ。

クラスメイト達もそれぞれ特訓に取り組んでいると聞いている。自分自身を積み上げているのは私だけではない。

元より負けるつもりは無いが、驕りは捨てて全力で取り組もうと思っている。

そのためにはさっさと帰ってゆっくり疲労を――――と思い、校門を出ようとした時、こちらを静かに見ている人物の視線に気がついた。

爆発したような独特の頭髪。鋭く尖ったそれだけで凶器になりそうな三白眼。私を見つめる赤い瞳。

そこに居たのは、私と同じA組の爆豪勝己だった。

 

「…………」

 

ただ黙って顎で別方向を指す。

そのまま彼は自らが指した方向へと歩き出した。

どうやら付いて来いという意味らしい。

――――が、私に付き合う義理はない。

さっさと家に帰ってお風呂に入ってベッドでゴロゴロしながら昨日買ってきたワールド・ドール特集の続きが読みたいのだ。

格好付けて夕日に向けて歩いていく爆豪勝己を無視して普通に校門を出ようとすれば、背後からこちらに振り返り、早足で寄ってくる足音が聞こえ、肩を掴まれた。

 

「テメェ何当たり前な顔して無視してくれとんじゃカスが!!」

「ちょっと、気安く人の肩を掴まないでくれるかしら?手汗が付いて気持ち悪いわ」

「こんなんで付くかクソが!付いて来いっつってんだろうがァ!!」

「別に言われてないけれど、そもそも私が付き合う理由も義理も無いでしょう。さっさと帰って読みたい本があるのよ。貴方に付き合っている暇はないの。時間の無駄。人生の浪費。理解してくださるかしら?」

「んだとコラァ!!?」

 

元から鋭い目つきを釣り上げ、これでもかと言うほどに悪人面になっていく。

もう二、三人やってしまったのでは?

そう思える程の人相で女子高生へ迫る彼の様子を見るに、早々に警察へ通報した方が良い気もしてくる。

犯罪者をクラスメイトから出したくないのは私だけではないだろう。となれば、早期の段階で豚箱に打ち込んでおくのは悪くないのでは?

そう思い鞄の中のスマホへと手を伸ばしかけた時、強烈な歯ぎしりの後の超特大なため息と共に冷静な顔つきを取り戻した爆豪勝己は、小さく呟いた。

 

「……こないだの襲撃ン時の話だ。聞きてぇ事がある」

 

とだけ言い残して再び彼は歩き出す。

先程まで帰る気満々だった私としても、その話題を出されれば行かざるを得えない。

ここの所他のクラスメイトからはあの時のことを蒸し返す様な発言はなかった。

きっと私の変わり様を見た全員が気にしているであろう私の秘密。

それらを聞かずにこれまで通り接してくれている彼ら彼女らには感謝が尽きない。けれど、どこか彼だけは追求しに来る様な気がしていたのも事実だった。

元からそういったことを慮ってやめようという性格ではないというのもそう思わせた大きな要因であることは間違いない。

ついにさっさと帰る訳にはいかなくなった私は、渋々彼の背を追って歩き始めた。

 


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