いかなりし昔の罪と思ふにも此世にいとど物ぞかなしき、平安時代に書かれた小説の一文だ。
いったいどれほど昔に罪があったのだろうかと思ってあきらめようとしても、この世にどうしてと、悲しむばかりだ。
罪の重さとはなんだろう。
人は、即物的な物事には敏感だが、観念的に物事と向き合うときとき、はっきりとしたビジョンを浮かべることなどできない。自身の脳内で、一つの街など作ることが出来ないことと同じだ。必ず発生する齟齬に人は苦しんできた。犯罪はリアル、罪は主観、罪の意識を他人は見れない。これが全てではないか。
罪の重さとはなんだろう、優来俊は、教壇に立った教師の問い掛けに、そう答えた。
つまりは分からない、ということか、その返しに首肯する。教室中が静まった昼食終わりの五時間目、午後の授業で繰り広げられた一幕だった。この日、俊は職員室に呼ばれ、ようやく帰路についたのは、もう日が落ちた夜の19時だ。
十七回目の夏の手前、時期にして6月の梅雨時、雨が降る中、俊は一人で傘を揺らす。雨は考えをまとめるには調度良い。駅までの間、傘の留め具から垂れる大きな雨粒を眺め教師の質問を反芻してみる。やがて、俊はその問いに対しては、明確な解答など有り得ないのたという結論に達した。
罪は罪、そこに罰が加われば、それだけで良いのではないだろうか。
他人の罪の重さを見る、もしくは、感じることになんの意味もない。俊にとって、それは季節と同じだった。年によって暦の上では決められている春夏秋冬も実際は体感で決められる節がある。いくら罪があろうと罰があろうと、結局は人によって決まることだ。
俊は、沸々と溜めていた教師への憤りを、小さな舌打ちで現した。決められないものを決めろ、などと無茶を言って、こんな時間まで残されてしまったのだから最悪な気分を覚えてしまっても仕方がないだろう。
同時に雨足が強まると、傘に当たる粒が大きくなり、制服の裾だけではなく、腰の辺りまで少しずつ浸水を始めていた。短く悪態をつくと、俊は傘を縮めて駅へと走り始めた。まだ、若干の距離はあるものの、答えが出た今、このまま濡れて歩くのも癪に触る。路地を曲がり、雨粒の奥に通いなれた無人駅を確認し、俊は胸を撫でた。あとはこのまま走れば、と踏み出した矢先、視界の端に人影を捉え、すれ違い様に目を向けた。
恐らくは、年齢が少し下ほどの少女のようだが、長い前髪の奥にある両目は、しっかりと俊を見据えており、氷のような冷たさを感じる。矮躯を大雨に晒しながらも、傘をさしていない姿が、奇妙な存在感に拍車をかけているようだ。少女の服装が黒を基調とした着物だったこともあり、俊の脳裏に過ったのは、昔、テレビで見た油絵だった。女性が垂れた柳の下で佇んでいる、それだけの絵だがひどく恐ろしかった。
足を止めずに、嫌な記憶を拭おうと、頭を振って勢いのまま駆け、駅の屋根へ踏み込んだ瞬間、知らないの声が聴こえた気がした。蚊の鳴き声のような呟きは、確かに、悛の鼓膜を小さく震わせた。
「......くる」
別のサイトにちょっと行きます、の一言を忘れていました……
こちら更新が遅くなる上に、一話以降を書き直します。
読み返したら酷かった……