俊が口先で、昨夜、と呟けば、賢人が頷く。
「昨夜、君が目の当たりにした怪物、あれは闇骸と呼ばれる者でね。ああ、そうそう、あくまで、こちら側が、そう呼んでいるだけなんだってことは頭に入れておいてね」
はあ、と気の抜けた返しをしてしまう。正直なところ、俊は、それだけの情報で何を言って良いのか戸惑ってしまっていた。
それも当然だ、という意味も含まれているのか、賢人は、それ以上の返事を待たずに続ける。
「それで、こちら側、の説明なのだけれど……君に、念のために確認しておきたいことがあるんだ。無理に答えてもらう必要はないのだけど、良いかな?」
「はい、なんでしょうか?」
「俊君は、今よりも、ずっと幼かった頃の記憶って残っているかい?」
その質問に、俊は俯いてしまう。
俊にとって、もっとも、古い記憶は小学校にあがる直前の頃、それより前は、まるで切り落としたように抜けてしまっているからだ。
俊が、細い声で言った。
「すいません、その頃のことは覚えてなくて……」
賢人は、顔付きを変えることなく、頷いた。
「そうかい。いや、気を悪くしてほしくないのだけれど、薄々、そうじゃないかと思っていたんだ」
「あの、それはどういう……」
「アンタ、本当に鈍いわね。普通、ここまで聞いたら、ピンとくるでしょ」
溜め息混じりに会話へ割って入った真夜が、俊を指差す。
「つまりは、アンタの過去をアタシ達は知ってるってこと。分かった?」
違う、僕が聞きたいのは、その先だ。
そんな言葉を喉の奥へ押しやった俊は、気まずい雰囲気が漂う中、話しを戻す為に口を開く。
「それで、その……こちら側、についての説明が欲しいんですけど……」
「ああ、ごめんね、ついつい、脱線してしまうところだった。それで、こちらと真夜ちゃんは、罰の民という一族の人間なんだ」
小首を傾げた俊は、聞き馴染みがあろうはずもない、罰の民、という名称に違和感を覚えた。まるで、見えない何かが暴れているかのように胸の奥がざわついている。黒い靄が、ゆっくりと心と眼界を埋めきる前に、真夜の澄んだ声が耳に入り、霧散した。
「もう、なんとなく分かってるんじゃない?ていうか、分かってないなら、人の話しを聞いてないってことになるけど?」
現実味のない会話にどうにか着いていこうとしている俊には、堪える言葉だった。出来れば、この場から立ち去り、交番にでも駆け込んでしまいたい気分だ。だが、昨夜の一件が冗談でも、妄想でもないのなら、まるで意味のない行動にもなってしまう。
雲を掴むような話しだが、さきほどの違和感の正体を探る為にも、俊は続ける。