五〇一と絶望のパスタ   作:斎藤サイダー

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語り部は例によって もっさん


前篇

 何故こんな事になってしまったのか。

 苦悶の嗚咽と、響き渡る悲鳴。

 そして机を叩く音。ペリーヌが逝ってしまった。

 

 何故、こんな事になってしまったのか。

 私の目の前に鎮座する、今日の昼食――否、昼食の予定であった物。それが五人前。

 席を共にするはずだった三人は風のように去った。ハルトマン中尉は文字通り疾風(シュトルム)となってこの戦場から離脱した。イェーガー大尉は超加速の魔法によって行方を眩ませた。逃げる際にルッキーニ少尉を抱えて行ったのは、航空団の最年少をこの場に残す事に罪悪感を覚えたからだろうか。そんな事なら、ついでに私も連れて行って欲しかった。何なら今からでも構わない。頼む。怒らないから。

 ……いや、上官として部下の傍にありながら敵前逃亡をするわけにもいくまい。私の腕の中には斃れたペリーヌの姿がある。私に体を預けたまま、ピクリともしない。

 この惨状を見る限り、調理前に昼は要らないと言い残して姿を消したバルクホルン大尉は正しかったという事だろう。あの時はまた根を詰め過ぎているのかと心配したが、思い違いだったようだ。畜生め。

 

 平皿に乗ったソレに、もう一度目を向ける。

 見た目は悪くない。

 美食と名高いロマーニャ料理だ。刻んだニンニクと鷹の爪がパスタに絡まり、砕いたバジルの葉がアクセントを付けるように皿を彩る。焼けたニンニクは香ばしく、麺も話に聞く「あるでんて」なるものを意識して程よい硬さだ。

 だが。

 私は先程喉を通った刺激物を思い出し、ごくりと喉を鳴らす。

 舌根に残る苦いえぐみと、喉の入り口を焼くような痛み。塩っ辛さが口の中の水分を奪う。

 一体何処をどう間違ったというのか。調理過程は完璧だったはずだ。

 何がいけなかったのか。

 どうしてこうなってしまったのか。

 

 事の起こりは昨晩まで遡る――――

 

 

 

 

 

「ん? 明日は六人だけか?」

 

 司令室に着いた私は、ミーナから明日の指揮権の受け渡しについて連絡を受けていた。

 しかし記憶していたのとは違う。覚えている限りでは、明日は非番二人を除いた九人が基地内で待機のはずだったのだが。

 

「ええ。エイラさんとサーニャさんは前から非番の予定だったし、それに合わせて宮藤さんとリーネさんは緊急の買い出しに、ね」

 

 なるほど。私は得心した。

 宮藤の奴が食材が残っていないと言ってたのを思い出す。前の補給の際に十分量の供給があったはずだが、育ち盛りを抱える航空団には、それでも足りなかったのだろう。自分の兵站管理の不甲斐なさを心の中で叱咤しつつ、次からはもう少し補給量を増やすようミーナに提案した。それが、今日の朝食の席での事。

 では反省はそれくらいにして、現実の問題として足りない分の食料である。確かジャガイモがまだ残っていたから、あとは肉と野菜を補充すれば良いだろう。そう考え、私は訓練も兼ねて素潜りや魚釣り、山菜採りをしていた。だが、どうやらミーナはもっと手っ取り早い手段を選んだらしい。

 

「ああ、もちろん美緒の取ってきたお魚は美味しかったわよ? でもあと五日間、ずっと晴れるとも限らないでしょう?」

 

 私の考えを読み取ったのか、ミーナは苦笑いを浮かべた。

 無論、私もミーナの考える懸念を考慮しなかったわけではない。それも見越して、大目に採集しておいたのだ。宮藤、リーネ、ペリーヌの三人は、基地周りのランニングの代わりだというと喜んで手伝ってくれた。

 しかしながら、今日の夕食は食糧不足にも関わらず豪勢だった。宮藤に伝えていなかった私のミスだ。

 まあ、それはそれで良い。美味かったしな。

 次の補給は五日後の予定だから、それまでの繋ぎを買い足すのだろう。非番組には悪いが、ついでに足を使わせてもらうといった具合だろうか。

 

「それで、残るミーナは上層部と喧嘩というわけか。お疲れさん」

 

 ミーナは私と会話しつつも、腰かけて書類の整理をしていた。補給の話も含めて、また上とやり合うつもりだろう。いくつかの資料が纏められ、その先には口の開いた鞄が置いてある。

 こういう時に本来副官であるはずの私が何の役にも立たないから、目の前の友人には頭が下がる思いでいっぱいである。

 

「本当にそう思っているなら、肩の一つでも叩いてちょうだい」

 

 ミーナはさも疲れた風に肩を叩くと、こちらを見て意地悪く笑う。

 私は苦笑した。別に、疲れた同僚をねぎらうぐらいは労力でもなんでもない。手伝える事がこれといってない以上、これぐらいは我が儘の内にも入らないさ。

 さあ、扶桑海軍直伝の肩揉みをとくとご覧あれ。

 

 そうやって、いつものように夜が過ぎてゆく。当然、明日もそんな当たり前の日常が続くと思っていた。

 軍人としてあるまじき失態だ。私達は戦場に立つ将校として、常に最悪を想定していなければならないというのに。

 この時、私もミーナも失念してしまっていた。基地に残る人間の持つ共通点を。 ――いや、()()()()()()()()共通点を。

 指揮官が犯す判断ミスの代償は重い。味方を、部下をどうしようもない危険に晒してしまい、挙句は死地へと追いやってしまう。

 次の日、私はそれを身を以て知る羽目になってしまうのだ。

 

 

 

 

 

「うじゅー! スパゲッティ見つけたー!」

 

 食材がないといっても、本当に何もないというわけではない。なくはないのだ。

 五人を見送った後に食糧庫に行くと、木箱の底にいくらか残っていたらしい。ルッキーニとシャーリーが、両手に抱えて食堂に戻ってきた。

 あとは、玉ねぎ、ニンニクに鷹の爪か。

 

「ジャガイモはもうなかったか?」

「芽が出てるのならあったけど……食べる?」

 

 その手には黄緑の芽がいくつも噴き出し、うす紫がかった球状の物体があった。最早芋としての原型をとどめていない。

 食えるかそんな物。

 

「案外いけるかもよ」

 

 熱心にジャガイモを見つめるシャーリーに、私は首を横に振った。腹を満たすために腹を下しては元も子もないだろう。

 しかしまだいくつか残っていたと思うのだが、はて……? 数日前に見た無事なジャガイモの山はいずこに消えたのだろうか。そもそも、あれが大量にあったから、食糧不足の話など寝耳に水に等しかったわけだが。

 

「あの、少佐。わたくしが育てているハーブに幾つか食用のものがありますので、よろしければどうぞ」

 

 思案する私に、横からペリーヌのか細い声が掛かった。

 私が目を向けると、すっと目を逸らしてどことなく所在なさげにする。白い頬がほんのりと赤い。熱でもあるのだろうか。

 

「しかし良いのか? それは、お前が大事に育ててきたものだろう?」

「構いません。寧ろこんな時こそ、ですわ」

 

 胸に手を当て、ペリーヌはノブレスオブリージュですわと高らかに宣言する。

 そこまで言うのなら、是非もない。

 私が感謝の言葉を述べると、彼女はまた顔を赤くして慌てて部屋の外へ消えて行った。様子が変だったが、本当に風邪ではないだろうな。いや、ペリーヌはあれでしっかりしている。上官の私が信じてやらないでどうする。

 ではハーブはあいつに任せるとして、本題はこの材料で一体何が作れるか、だ。

 パスタとくればロマーニャだろうか。乾麺を持ってはしゃぐルッキーニに水を向けてみる。

 

「んーとね。アリオリオ、ペ……だったかな?」

「何だいそれは」

 

 シャーリーがルッキーニの額に手刀を入れる。打たれたルッキーニは怒るわけでもなく、楽しそうにニコニコとしている。いつもと変わらずじゃれ合っており、この二人は本当に仲が良い。シャーリーは時折、未練がましくチラチラと机の上の芋を見ているが。

 しかし、そのアリ何とかというのは本当に食べ物の名前なのだろうか。

 

「辛いやつ! マンマがよく作ってくれたの!」

「それだけじゃ分かんないだろ。さぁ吐け、吐くんだー!」

 

 答えるルッキーニの脇腹を、人差し指で小突くように責め立てるシャーリー。対するルッキーニもお返しとばかりに小突き返し、キャッキャッと笑っている。

 ふむ。辛いパスタか。聞いた事があるような、ないような。情報が少ないな。

 もう少しヒントをと思い二人を見ると、手に持ったスパゲッティで突つき合って、思い出そうとしているのか遊んでいるのか、よく分からなくなってきている。

 いけない。

 このままでは、まずいかもしれない。

 戦慄が走る。

 何を隠そう、私、坂本美緒は料理が苦手なのだ。

 幼い頃から武人として教育を受けていたため物を切る分には一家言あるが、その先となれば霧に包まれたようにあやふやになっている。だから主菜は残りの四人に任せて、自分は芋でも蒸かしていれば良いと思っていたのだが、先程ので当てが外れてしまっていた。

 さてどうしよう。該当するメニューがあるのなら、それに決めてしまうのが一番だと思うが。

 もう一度見遣ると、二人は今度は芋の芽の除去に掛かっていた。とても続きの情報が出てくるとは思えない。

 最悪は一食抜くか、と思い始めていた時だった。

 

「おい! ぐずぐずするな、ハルトマン!」

 

 荒い足音とともに、バルクホルンが食堂にやってきた。その後ろには、軍服の後襟を掴まれ、首を吊られた子犬のような状態のハルトマンがいた。「ような」という言葉を除いても同じかもしれん。

 眠そうな目を擦りながら、彼女はごにょごにょと何かを言っている。私の方までは聞こえなかったが、至近距離のバルクホルンはしっかりと耳に入れたようだ。襟元を締め上げ、ハルトマンを高々と吊り上げる。

 

「だ・れ・の、せいで食糧が尽きたと思っているんだ!」

 

 そのまま彼女はハルトマンを放り投げたが、当の本人はくるりと一回転して危なげなく着地した。相変わらず目を見張るような運動性能だ。

 それよりも、今聞き捨てならない事を聞いた気がする。

 

「ほう? それは私も詳しく聞かせてもらいたいものだな」

 

 私は目を細め、ハルトマンに目を向けた。当の本人はびくりとして、乾いた笑い声とともに目を泳がせる。

 視界の隅では、シャーリーとルッキーニが本格的にジャガイモの解剖を始めていた。針やらナイフやらを持ち出して、寸刻みで芽の除去に当たっていた。そんなに食べたかったのか、シャーリー。

 しばらく睨んでいると、やがてハルトマンは意を決したように、あるいは観念したように息をついて口を開いた。

 

「だって、宮藤の料理が美味しいのがいけないんだよ? あれはおかわりするしかないでしょ」

「なっ! 貴様、そんな理由で……!」

「なーに? まさかトゥルーデは宮藤の料理に不満でもあったの?」

「よ……宮藤の料理が美味しくないわけがない!」

 

 たまらず叫んだといった様子のバルクホルンに食堂内全員の視線が集まる。

 そこではたと自らの失態に気付いたのか、彼女は握りしめた拳を解いてこほんと咳払いをした。

 

「……いや、それは、美味しいのは確かに私も認めるが。しかし、一日で十や二十も芋を食う奴があるか」

「!」

 

 私の脳内に閃光が走る。

 数日前には大量にあったはずの芋。芋食いのハルトマン。彼女を叱りつけるバルクホルン。芳香ちゃんの料理おいしい。話題を逸らそうとするハルトマン。ここから導き出される結論は即ち――――

 

「そうかそうか、ジャガイモを全部食べたのはハルトマンだったのか」

 

 ――――どうやら、芋不足の下手人はハルトマンだったらしい。

 耳聡く聞き付けたシャーリーが、ハルトマンを恐ろしい目で見ていた。気が昂っているのか、魔法力が滲み出て、頭から兎の耳が顔を覗かせている。

 

「シャーリー、目つき悪っ!!」

 

 ルッキーニが怯えたように私の服の裾を掴んだ。

 そう。何と言うか、彼女は今、怖い目をしていた。(まなこ)をぎょろりと見開き、二重と睫毛が尋常ならざるほどにくっきりとしている。瞳孔が狭まり、虹彩の筋の一本一本まではっきりと見えるようだ。

 

「どうしたの? ……って、うわっ!」

「何だハルトマン。話を逸らすぅおっ!」

 

 気付いた二人も同じく悲鳴を上げる。今まで一緒にやってきた同僚が突如不気味な顔をしていれば、その驚愕も当然と言えた。

 しかしこれは好機だ。またいつもの寸劇に戻ってしまう前に、二人にも昼について聞いておこう。ルッキーニの不可思議な暗号について話すと、なんとその解はハルトマンから返ってきた。

 

「んー。ひょっとすると、ペペロンチーノかもしれない」

 

 バルクホルンが驚愕の眼差しを彼女に向けた。歯茎を剥き出しにしてガチガチやるシャーリーを警戒しながら、ハルトマンは続ける。

 

「ニンニクとオリーブ油と唐辛子を使ったパスタだよ。ロマーニャの家庭じゃ頻繁に食べてるっていうから、多分それじゃないかな」

「あっ、それそれっ! それだよっ!」

 

 ルッキーニの顔に喜色が浮かぶ。

 なるほど、ペペロンチーノだったのか。それなら、五〇四にいる同僚(竹井)から聞いた覚えがある。

 

「でかしたぞハルトマン! 流石はカールスラント軍人だ」

「へへっ。じゃあ、この前トゥルーデのズボン雑巾代わりにしたの許してくれる?」

 

 そして二人はまたいつもの喧騒に戻っていく。変な言葉が聞こえた気もするが、いくらハルトマンでもそこまで反逆的な事はしないだろう。私は意識的に関わり合いになるのを避けた。

 シャーリーも飽きたのか、元の顔に戻ってルッキーニと芋で戯れていた。もう食えないからきつくは言わないが、あまり食べ物で遊ぶなよ。

 

「はぁーい」

 

 二人の異口同音を聞いて、私は一息ついた。

 今日の分の食事はなんとかなりそうだ。

 

 そんな甘い考えをしていた私は、救いようのない阿呆だった。

 

 

 

 

 

 

 




つづきます。
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