五〇一と絶望のパスタ   作:斎藤サイダー

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語り口がもっさんなのでそんな描写はないのですが、シャーリーが何か動作をする度におっぱいが揺れたという一文を脳内補完しておいてください。


中篇

 時刻一二〇〇。私達は食堂に集合していた。

 今日は、炊事してくれている宮藤もリーネも居ない。加えてレシピも曖昧だ。三人寄れば何とやらというから、残った六人で知恵を出し合おうというわけだ。

 しかし、この場に異議を唱える者がいた。バルクホルン大尉だ。

 彼女は食材を前に頭をつき合わせる我々から一歩引いて、堅い声で言った。

 

「私は遠慮しておこう」

「ん? 料理ができないというわけでもあるまい。まさか昼が要らないという事か?」

「そうだ少佐。今日は抜く事にする。すまないが、早急にやらなければならない案件を思い出したのでな」

 

 航空団が大尉に何か特命を下していた記憶はない。しかし、堅物と称される彼女がこの火急の事態に抜け出すというのは、余程の事ではないだろうか。

 

「そうか。あまり無理はするなよ」

 

 私の言葉に、バルクホルンはどこか申し訳なさそうな顔をして食堂を出て行った。奴にはハルトマンの舵取りをしてもらおうと思っていたのだが。まあ、いないものは仕方あるまい。

 では始めよう。

 

 

 

「えーとね、ニンニクはうすくて、赤いのはちっちゃい輪っかになってた」

 

 本物のペペロンチーノを知る唯一の人間として、ルッキーニ少尉の記憶が主な頼りだ。出来上がりの料理の外見、味などから、行程を推察する。

 同僚――竹井醇子は家庭で作る簡単な物だと言っていたから、再現はそれほど難しくもないだろう。なに、魔女(ウィッチ)に不可能はない。

 

「切るのは任せろ」

 

 ルッキーニの言葉通り、ニンニクを薄くスライスする。

 手元には和包丁。昨日一晩掛けて研いだ包丁は霜が降ったような刃紋を残し、名刀の如き様相を示している。そして見よ、この切れ味を。あまりの薄さにニンニクの向こう側が透けて見えるようだ。

 

「何やら小さな種が出てきましたが、これはどうしますの?」

 

 次に輪切りにした鷹の爪の間から、ぽろぽろと胡麻のような粒が零れ落ちる。

 私が切った端から小皿に分けて取っていたペリーヌは、机でうんうん唸るルッキーニに尋ねた。

 

「うじゅー。どうだっただろ」

「別に入っていても良いんじゃないか? トマトみたいなもんだろ」

 

 シャーリーはルッキーニの記憶を翻訳したメモを暗記する傍らで、そう言った。確かに、ロマーニャ料理はトマトをよく使うらしいからそんな事もあるだろう。

 ヘタを除いて包丁の背で集めてやると、ペリーヌは小さく礼を述べてちょこちょこと皿にかき込んだ。

 

「さて、切り終わったな」

 

 粗方の準備が終わったところで、机の上に出揃った材料を見る。

 スパゲッティ、輪切りのニンニクと鷹の爪に、オリーブ油。他に、乾燥させたハーブ――バジルを砕いた皿もある。これは、ルッキーニの記憶を辿る内に浮かび上がったところ、ペリーヌが喜んで提供してくれたものだ。

 こうして改めて見ると、六人分には少し足りないかもしれない。あるいは、バルクホルンはこれを予想していたのかもしれないな。面映ゆい奴だ。あとで、何かしら礼を持って行ってやらねばなるまい。

 

「こっちも準備終わったよー」

 

 火周りの用意をしていたハルトマンが告げる。

 水の入った寸胴鍋が火にかけられていた。

 

「ハルトマンちゅーい、塩は入れた?」

「ん? なんで入れるのさ?」

「んー、なんでだろ? でも、マンマもけっこう入れてた気がするー!」

 

 ルッキーニはどうやら答えを知らないらしい。

 しかし、彼女がそう言ったという事は、ペペロンチーノに欠かせない要素である事に違いはあるまい。

 

「ルッキーニのご母堂が入れていたのなら間違いはなかろう。 ……問題はその量だな」

「だね」

 

 量の判断には、やはり製作者の意図を考察すべきであろう。

 入れるからには何かしらの理由があるのだろうが、果たしてそれは何か。捨てるはずの水に塩を入れるというのも、味付けと考えるにしては妙だ。堅い麺をふやかすのなら、ただの水で問題ないはずなのだ。

 

「――沸点上昇とか?」

「それだ!」

 

 ハルトマン中尉の言葉に、天啓のようなものを感じた。中尉もしたり顔でにやりとする。

 百度よりも高い温度で調理する事で、時間の短縮をはかったり、麺本来の旨味を引き出す。昔ながらの知恵というわけだ。

 

「ちゅーい、アッタマ良いー!」

「えへへ。私、今日はなんか冴えてる?」

 

 彼女は気恥ずかしげに笑った。

 私も大いに同意する。彼女が今日の調理において重要な役割を果たしている事は、最早疑う余地もあるまい。

 

「では、多めに入れるか」

 

 沸点上昇度は加える溶質の量に比例して高くなる。要は、沢山入れれば高い温度で沸騰するわけだ。

 私は椀に掬った塩を鍋の中にぶち込んだ。

 

「しかしこれなら、海水をそのまま沸かせる方が資源の節約になるな」

「しょーさ、あたしジャリジャリするのは嫌だよ?」

「ま、それもそうか」

 

 砂以外にも何が混入するとも知れんしな。

 お湯が沸いた所で、持ってきたパスタを全て投入する。

 

「あとは時間か。おいルッキーニ。どのくらい茹でるものなんだ?」

「あたしに任せて! マンマと一緒にやってたから、ここはバッチリ!」

 

 アルデンテって言うんだよ、と彼女は胸を張った。

 知っているのなら、任せるのは吝かでない。パスタサーバーをルッキーニに渡し、ペリーヌとともに後ろに下がる。

 ルッキーニの隣では、シャーリーがフライパンに火をかけていた。横には食材の入った皿が置いてある。

 いよいよ、全てが完成に向けて収束しようとしている。

 

 

 我々がルッキーニから得た手順はこうだ。

 よく熱したフライパンにオリーブ油を入れ、ニンニクを入れる。少ししてから、唐辛子を入れる。それからバジルを加え、最後に麺を投入する。

 問題は、熱する時間だ。

 手順、とあるようにこの順番には何らかの規則(ルール)があるはずなのだ。

 

「まず火の通り方だよね」

 

 ハルトマン中尉の意見に同意する。

 扶桑の煮物にしても、火の通りにくい物から順に鍋の中に投入していくと聞く。

 

「とは言っても、材料は全部細かいもんばっかだし、纏めて放り込んでもおんなじ気もするけどな」

 

 シャーリーの意見も一理ある。

 切り方によっては火の通りなど一瞬だろうし、場合によっては焦げ付く可能性すらあるのだ。ならば、ここにはハルトマンの意見以外にも何か理由があるはずなのだ。

 

「香り付け、ではありませんでしょうか?」

 

 ペリーヌへ全員の視線が向かう。

 

「ハーブティーでもそうなのですけれど、香りを楽しむためにひと手間加えるのはよくある事ですわ」

 

 ニンニクの焼ける香ばしい匂いを夢想し、口の中に唾が湧いた。

 なるほど、オリーブ油に匂いを染み込ませるというわけか。

 

「なら、こんがり焼くのが良いか」

「ええ、おそらくは」

 

 レストランで出されたステーキ肉を思い出す。添えられたニンニクは程よく焼け、肉と一緒に口にする事で旨味を倍増していた。

 ならば茶色くなるまで焼くのがベストだろう。

 

「でもなー、それだとバジルの説明が付かないぞ?」

 

 シャーリーは頭の後ろで手を組んで、椅子をぎしりと揺らした。

 そうだ。仮に香り付けとするのなら、バジルを最後に入れては香草たる効能を発揮できないのではないか?

 

「大丈夫ですわ」

 

 しかし私達の懸念はあっさりと解消される。

 

「そもそも、あれ自体に匂いがありますし、少し加熱するだけでも十分でしょう。逆に、熱しすぎて苦くならないようにすべきですわ」

 

 ペリーヌは断言した。

 五〇一で最もハーブに詳しい女に、死角などあろうはずもなかった。

 

「なら決まりだな」

 

 シャーリーは、ルッキーニの記憶に我々の推察を交えたメモを机の上に置いた。

 文殊のそれの倍近い人数で案を出し合っていたのだ。

 完璧に違いなかった。

 

 

 

「完成だ!」

 

 シャーロット・イェーガー大尉は、まるで一流の給仕(ウェイター)のように優雅に卓上へ皿を並べた。五つの皿に盛りつけられたペペロンチーノが我々の前で湯気を上げる。

 美食と名高いロマーニャ料理の再現を、我々は見事成し遂げたのだ。やはり魔女(ウィッチ)に不可能はなかった!

 

「では、頂きます」

 

 私は手を合わせ感謝の意を示すと、フォークに手をかけた。

 ひと回しすると、フォークの中で麺と具材が絡み合い、蒸気と香りを上げて自己主張をする。 私の間近でニンニクは香り立ち、食欲を程よく刺激した。

 口に入れる。

 

「――――っ!」

 

 瞬間、目の前の食に対する感謝が消え失せた。

 塩辛さが口いっぱいに広がり、咀嚼する度にその度合いが増していく。そしてじわじわと広がる口内を刺激して回る辛さと、擦り込むような苦味に私は声も出せなかった。

 私の反応を料理への感動と受け取ったのか、他の皆も次々とスパゲッティを口に運んでいく。やめろ! 待て、違うんだ! 「うっ、うっ、……うまい!」などではない!

 食堂に広がる呻き声。ペリーヌに至っては悲鳴を上げた。

 

「~~~~~!! なんですの、これはっ!」

 

 その声は、ここに居る全員の心を代弁した言葉に違いなかった。

 彼女は顔を真っ赤にして――随分前から赤かった気もするが――フォークを叩きつけて立ち上がる。

 椅子を倒してまで勢いよく立ち上がる姿は、楚々とする普段の彼女とは似ても似付かなかった。

 

「こんなもの、認めません! 認められま……せん……わ……」

 

 それだけを言い残すと、彼女は目を回してその場に崩れ落ちた。近くに居た私は、咄嗟に彼女を抱き支えた。

 食堂に衝撃が走る。

 

「シュトルムッッ!!」

 

 ハルトマンが風を身に纏い、窓を突き破ってこの場から離脱した。

 

「ルッキーニ! 行くぞっ!!」

「え……あ……」

 

 私が振り返ると、すでに彼女らの姿はなかった。

 遅れて、ルッキーニの座っていた椅子が音を立てて倒れた。

 

 

 

 

 

 

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