五〇一と絶望のパスタ   作:斎藤サイダー

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後篇

 どうしてこうなった。

 胸中で、後悔と疑念が渦を巻く。

 あの後私はペリーヌを近くのソファに寝かせ、ブランケットを掛けた。彼女は意識を失いこそしたものの呼吸はしており、素人判断ながらも瞳孔、脈拍共に異常はなかった。容態の怪しいペリーヌを一人にするわけにもいかず、取り敢えず誰かが戻ってくるまでは私が傍にいてやらねばなるまい。

 息の荒いペリーヌを横目に、私の思考は深く沈んでいく。

 食材が痛んでいたのか?

 いいや、準備したのはどれも日持ちするものばかりだ。調理前にも確認したが、それらにカビはなく、色つや、匂いもおかしなところはなかった。

 ならば、毒でも混入していたのか?

 ありうる話だ。ならば誰が? 一体何の目的で?

 魔女(ウィッチ)と利害の反する人物や団体がいくつも脳裏を交錯する。可能性は十分。しかし、それにしても怪異(ネウロイ)の脅威から免れないこのタイミングで行動を起こすのは、些か以上に不自然ではないだろうか。情勢の推移を鑑みてもいまいち納得がいかない。

 ――いかんな。やはり私にはこういうもの(政治)は向かない。ならばせめて、別視点から考察してみるか。

 食糧は搬入前に検分をするので、それ以前に毒が混入することはありえない。そして基地内には基本的に劇物を置かない。医療品など別用途のものならいくつかあるが、それこそ厳重に保管されており、持ち出すにはいくつもの検問(チェック)を越えなければならない。いつでも持ち出せるわけではないし、仮に強権を用いても記録が残されてしまう。つまり、こういった手合い(暗殺)に用いるには不向きであり、今回使われたのは基地の物ではないということだ。

 続いて倒れたのがペリーヌ一人だという点。あの場にいた五人全員が口にしていたことから、毒は食品ではなく食器、それもフォークに付着していたと思われる。

 即死するほどではないとはいえ、経口による即効性、無味無臭で微量でも効果のある毒。そんなものが、この基地内に持ち込まれたというのか。

 私は大きく息を呑んだ。

 机に転がったフォークがぬらりと光を反射する。

 その時、食堂の扉がガタリと音を立てた。

 

「っ!!」

「あ゛~。き゛も゛ち゛わるかった~!」

「ったく。酷いもん作っちまったな、こりゃ」

 

 すわ下手人かと身構えたが、そこに現れたのは、離脱したはずのイェーガー大尉とルッキーニ少尉だった。遠くから水の流れる音が聞こえてくる。

 彼女らは台所に進むと、コップに水を汲んで喉を鳴らせながら呷った。

 

「っぷはー! いきかえったー!」

「死ぬかと思ったぜ、チクショーっ!」

 

 呆然とする私。それに気付いたのか、はたとシャーリーが動作を止め、こちらを見た。

 ことりと机の上にコップを置き、椅子の背にもたれ掛るように座る。

 

「ペリーヌは……まあ、しょうがないとして少佐は大丈夫なのか? 吐きに行かなくても」

「え? ああ、うむ。大丈夫だ」

 

 本当か、凄いな少佐は、と呆れ交じりの称賛が彼女の口から漏れ出た。

 

「しかし、想像を絶するマズさだったなー、あれは。見た目はあんなに美味しそうなのに」

「ねー」

 

 ああ、うん。

 ……いや、止そう。目を逸らさず、認めるべきであろう。

 私は毒だ何だとのたまいながらも、ペリーヌに胃の中身を吐かせなかった。毒物を経口したと分かれば、普通は真っ先に胃の洗浄に掛からねばならないというのに。即ち。無意識の内に、私はペリーヌの倒れた原因が毒ではないと判断していたのだ。毒ではなく、もっと別の原因があると分かっていたのだ。

 舌根に、あの不快感が蘇る。

 そう。

 あの、吐き気を催すほどの味の悪さ。

 お嫁にいけないという言葉が脳裏を突いた。ものの本や演劇などで知った言葉で、当時は軍人たる自分に関係がないと高をくくっていたものだが、どうやら思い違いだったようだ。二十にもなって、魔女(ウィッチ)に不可能はないとか何とか散々ほざいておいてこの様かと思うと、穴にでも埋まってしまいたい気分になった。

 ……認めるべきだろう。私を含めたあのメンバーの中に、誰一人としてまともに料理のできる者はいなかった。

 皆で案を出し合っている時点で、私も薄々勘付いてはいたのだ。誰もが疑問符を付けながら考察をしていた。熟知していたハーブについて語るペリーヌ以外に、断言する者はいなかった。おそらく、無意識の内に断定するのを避けていたのだろう。私と同じく、皆が皆、他の誰かが上手くやってくれるだろうと淡い願望をいだいていたのだ。

 私は指揮官失格だ。戦場で都合の良い幻想を抱くなどあってはならない事だというのに。

 その結果、ペリーヌがやられてしまった――!

 後悔に歯を喰いしばる。

 私はペリーヌに目を向けた。彼女は未だ動かない。白目を剥いたままである。 …………先程から微動だにしないが、大丈夫だろうか。なんだか本当に心配になってきた。見れば、顔も赤いままだ。

 

「って、熱っ!!」

 

 手をやってみると、彼女の額は熱した鉄のように私の手を焼いた。やっぱり風邪じゃないか。

 思い返すのは昨日の採集の時。お手伝いしますわと、私についてきた彼女が、しょうさのにほいがどうのこうのと貸したタオルでまともに体を拭っていなかったのが頭をよぎる。

 そういえば、今日も所々様子がおかしかった。あの様子だと、今朝方からすでに体調を崩していたのだろう。

 

「どうしたんだ? 風邪か?」

「そのようだ。この熱からすると、さっき倒れたのもそのせいだな」

「水とタオルとってくるー!」

「頼む」

 

 言って、ルッキーニは台所の奥に消えた。

 ペリーヌの頬は紅く照り、噴き出た汗が額に幾つも浮かんでいる。

 おそらく、自分の不調を周りに悟らせまいとしていたのだろう。心配を掛けぬようにと。

 

「しょうさー、はい、水!」

「ありがとう」

 

 戻ったルッキーニが水に浸したタオルを桶ごと渡してくる。私はそれを受け取ると、軽く絞ってタオルから水気を散らせる。

 だがしかし。しかしだ。

 私たちは上下関係を持つ軍人だが、それ以上に、同じ航空団の仲間、家族ではないか。頼るぐらいしてくれても構わんのだ。なのにこいつは――――。

 ペリーヌの呼吸は平時と違って荒く、気が付いているのかいないのか、うっすらと開いた目は虚空を見ているかのようだ。額に濡れタオルを置いてやると、心地良いのか口許に笑みを浮かべる。

 まったく。この調子では、いつまで経っても目が離せんではないか。

 

「莫迦ものめ」

 

 まだまだ世話の焼けるやつだ。

 私は彼女に流れる汗の玉をそっと拭った。

 

 

 ソファの方から低い嗤い声のようなものが聞こえたが、多分気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

ハルトマン(ターゲット)を捕獲した」

「よくやった、バルクホルン大尉」

 

 さて。

 ペリーヌを自室のベッドに寝かし付けた後である。

 様子を見に来たバルクホルン大尉に頼んで、我々は依然逃亡中だったハルトマン中尉の確保に成功した。

 

「しかし、あの肝油に匹敵するほどの不味い料理か」

「ああ。私も海軍のあれで耐性が無ければ即死だった」

「ブリテン飯とタメを張れるレベルだよ、これは」

「あのうなぎのゼリーはひどかったよねー」

 

 状況を察したバルクホルンが私に問いを投げかけ、シャーリーとルッキーニが私に同調した。

 ハルトマン中尉は後ろで猿轡を噛みながら、もがもがやっている。残酷なようだが、敵前逃亡は銃殺刑に当たるため彼女の縄を解いてやることはできない。これも彼女のためだ。

 

「それよりもさあ。料理の前にどっか行っちゃったけど、もしかしなくてもお前はこうなることがわかってたのかよ?」

 

 シャーリーの問いにバルクホルンは頷く。

 

「奴は『料理禁止』を()()()厳命されるほどの腕前だからな。どうしたって間接的に関わってしまう以上、その魔の手からは逃れられないだろうと判断した」

 

 そんなにもか。

 相当な事でもやらかさない限り、軍命が下るなんてことはないぞ、普通は。

 

「あれえ? ってことは、それを放置した大尉にも責任はあるんじゃあ……?」

 

 シャーリーの意地悪な問いに、バルクホルンは観念したように肩をすくめた。

 

「ああ。これを生み出してしまった責任の一端は私にもある。せめて、ペリーヌの分は私が処理しよう」

「そんなにヤバいのか、これ?」

 

 当のシャーリーも、まさかこうもあっさり認められるとは思っていなかったのか、呆気にとられたような顔をする。

 そういえば、私たちはこのペペロンチーノを一口、口に運んだだけだった。そもそも味の認識などというものは、咀嚼して飲み込んでを二度三度繰り返すことではじめてその全容が知れるものだ。つまり、だ。先ほど私たちが忌避したあの味は、本来の性能(あじ)のほんの一端でしかないかもしれないのだ。

 全員が畏怖の目を机の上の皿に向ける。

 

「捨てるか?」

「莫迦な。軍備は連合軍参加国の血税で賄われたものだぞ。毒ならともかく、できてしまった料理はきちんと処理するのが我々の義務だ」

「だよなあ」

 

 聞いたシャーリーも分かってはいたのだろう。首肯すると、ごくりと喉を鳴らす。否定したバルクホルンの目にも、少なからず皿の上のものへの恐れが浮かんでいた。

 

「温め直す?」

「確かに料理は温かい内に食った方が美味いとは言うが……。不味い料理の場合はどうなんだろうな」

「冷めて味が落ちる……不味さが落ちるのか、更に不味くなるか、か。難しい問題だな」

「あたし、ちょぉ~と用事思い出しちゃったな~」

 

 私は、そろりそろりと食堂の出口に足を進めるルッキーニの襟を掴んだ。やめておけ、抵抗は無意味だ。

 そうこう言う内に、どんどんと冷めていくペペロンチーノ。 ――いや、その失敗作。

 

「こうしていても仕方あるまい。早く食べて忘れてしまおう」

 

 そうこうして、全員が食卓に座る。若干名は腹と足を椅子に括り付けた状態だが、まあ、食う分には支障あるまい。

 ハルトマンが涙目だったりルッキーニがガタガタと震えているような気がするが、それも気のせいだろう。流石の私でも、そんな光景を目の当たりにして何とも思わないはずがないだろうしな。

 

「では――――」

 

 いつの間にか染み出た汗が頬を伝う。

 合掌をし、心を無にする。

 無念無想。それが、私が剣の道の果てに得た、一つの境地。

 

「――――いただきます」

 

 

 

 

 その日、五〇一に五つの屍が転がった。

 

 

 

 




カカオアンチのはずが、もっとおぞましい何かになってしまったorz
ちなみに、表題にある絶望のパスタとは、ペペロンチーノの別名でもあります。


以下元ネタというか根拠というか。
名前 料理の得手不得手(wiki参考)

坂本  苦手。
ペリーヌ 料理人を雇っていたため、料理の腕は怪しい。
シャーリー 不得意。サンドイッチ、バーベキューなど手間のかからないものは得意。
ルッキーニ 壊滅的。パスタを茹でるぐらいはできるが、アルデンテが可能かは不明。
エーリカ 壊滅的。禁止につては上官命令と書類にサインまでさせられている。
バルクホルン 得意料理はアイスバイン。味にはあまりこだわらない(妹が関与する場合を除く)。
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