本格的に立ち上がるところから始まります。
俺は『でろりん』、たまにうっすらと前世の記憶がある十五歳だ。
まずは名前のインパクトにやられたんじゃないか? と思うが、
実はわざと変な名前にしたくて、戦士に転職した際に改名をした結果だ。
それは行方不明のバカ親父――俺に三才から呪文を叩き込んだ鬼――への反抗だな。
ヤツは家庭内の暴君でもあった。滅多に帰ってこないのに珍しく家にいれば、
昼間から酒を浴びるように飲み、母さんとケンカして泣かせ続けた。
そして、二年前に行方不明だ。母さんは心労がたたり他界して、俺は独り身となった。
俺が幼かったときから、呪文の課題をこなせないと殴る蹴るは当たり前、
真冬の夜に裸で木に括り付けられた恨みなどは今も忘れていない。
バカ親父の仕事は勇者もどきだった。パーティで『平時の勇者』として活動したそうだが、
要はトラブルに出動する便利屋だ。魔王を倒した本物は、気軽に使われる身でもないのだろう。
ヤツらはデルタ、ヘラクレス、スローティアの三人パーティだったと聞く。
俺がパーティを組むなら、でろりん、へろへろ、ずるぼんという名前で活動してやりたい。
名前をもじる。バカ親父はいなくなったから、そうでもしないと意趣返しができない。
ああ、ヤツらの元の名前は無理に覚えなくて大丈夫だろう。恐らくこの後出てこない。
そんなわけで、俺は未来の『へろへろ』、『ずるぼん』を探しつつ、
転職直後でレベルが低いので、修行しながら旅をしている状況だ。
そんな俺はそこそこ強い。十年の地獄を経て、若くして数々の呪文を習得し、
メラ、メラミ、ギラ、ヒャド、イオ、イオラなどを使える戦士になっている。
この中では火炎呪文系を得意にしており、俺のメラは特別製だ。
早い段階で魔法使いから戦士に転職したので、ホイミが使えないのを除けば、
俺は勇者と似たスペックと言えるだろう。イオラを覚えたのは幸運だったな。
本物との大きな違いをもう一つ挙げるとしたら、神の加護を持たないこと。
ザオラルされたときの蘇生率に関わるので、俺の場合、死ぬのは基本ナシだ。
善人や聖人ではないから、教会の助けも期待できない。
しかしそんな俺は、旅先のパプニカでリスクを冒そうとしているところだ。
魔王が倒されて以降、穏やかになったモンスターは保護されており、
相応の理由と国の許可がなければ手を出すことはできないのだが……。
今は法律を破ってでも一匹のライオンヘッドを密猟しようとしている。
どうしてそんな無茶をするハメになったのか、理由を説明したい。
◇
昨日の夕暮れ。俺が冒険を終えて宿に向かうと、一人の少女が道端でうずくまっていた。
薄暗いその姿は、俺とあまり変わらない歳で浮浪者のようだ。
「おい、お前どうした? そんなところで何をしている」
「……」
俺の呼びかけにやや遅れて少女はゆっくりと顔を上げた。
格好は汚いが、素材自体はいわゆる美少女だ。頬にひどい傷がなければだが。
「うっ……。そ、そうだ、お前の親はどうした?」
少女はまた下を向き、かろうじて聞き取れるか細い声でつぶやく。
「……いない」
「っ……。そうだったのか、とにかく今日はこれで暖かいものでも食え」
でろりんは冒険で得たお金を、顔に傷のある少女に恵んでやる。
本来は器量の良い子だ。親がいなくても凄惨な顔の傷さえなければ、
女としていくらでも上手く世を渡っていけるだろう、と思えるのに。
「お前の顔の傷、なんとか治す方法はないのか?」
正義感や哀れみだけではなかったと思う。この親無しの少女は、ある意味俺自身に近い。
そんな彼女が傷ついたまま、この先腐っていくのは見てられなかった。
「……ベホマでしか治らないって言われた」
そのベホマは、世界で使い手が何人いるかという伝説のような回復呪文。
古い傷跡や心の傷も治せるらしいが、べらぼうに金がかかる。一回で家が一軒立つという噂だ。
事情を聞けば十年以上前、魔王の支配によって魔物が凶暴化していた頃の話だった。
小さい彼女や両親の暮らしていた村は、一匹のライオンヘッドに襲われて全滅し、
彼女の顔の傷もそのとき負ったものらしい。
その後は孤児院に入ったり道端で物乞いをして生きてきたと言う。
彼女は俺より二つ年上だった。事件のときは六歳前後か?
当時の記憶も残っているようで、そのライオンヘッドは白い毛の珍しいヤツなのだそうだ。
「そいつはもう倒されたのか?」
「ううん」
珍しい魔物は話題にもなりやすく、そのライオンヘッドはたまに目撃情報があがるらしい。
害獣でなくなってからは人間の法律により守られており、誰かに狩られることはない。
今でも人通りの多い場所にいないと怖くて不安になるそうだ。頭で安全だと分かっていても。
そんな彼女は、偶然にもバカ親父の仲間の女と同じ名前だった。
そこに運命も感じた俺は、この子を助けて『ずるぼん』にしなければならない!
と決意して立ち上がったのだ。是非仲間にして俺の故郷ロモスに連れ帰りたい。
「じゃあ俺がライオンヘッドを退治してきてやる! だからこれからは前を向いて生きるんだ」
突然の俺の宣言に対し、未来のずるぼんは怪訝な顔をした。
「なんでそんな事言うの? 大丈夫だよ……あたしのことは放っておいて」
「最後まで聞くんだ。珍しいライオンヘッドなら毛皮も高く売れるに違いない。ヤツを退治して得たベホマ代でお前の顔を治すんだ。仇も取ってお前の顔も元通り。一石二鳥だろう。どうだ?」
「……それ、本気で言ってるの? あなたには何の得にもならないのに。あたしをからかって遊んでいるんだったら、早く消えてほしい」
「いやいやいや、まだ話に続きがある。ちょうど仲間を探していてな。計画がすべてうまくいったらあれだ、俺は、お前がほしい」
「……さっきから黙って聞いていれば、あなたはどんな聖人ですか? じゃあ、一切期待をしないで待っておきますね。素敵なあたしの勇者サマ」
ちょっとは喋るようになってきた未来の『ずるぼん』であった。
◆
そんな彼女との出会いの翌日、俺は既に情報収集を終えたのでズタ袋を抱え、
パプニカ近郊の森の中を一人で歩いているところだ。
目当てのモンスターは『シロ』という愛称で一部で親しまれていて、
最近は赤子が生まれたという噂だ。住民どもはヤツの凶行を知らないのだろうな。
モンスターの保護とは、またのんきな話だ。再び魔王が現れて暴れたらどうするのか。
おとなしいうちに駆除してしまえばいいのにバカだなと思う。まぁ俺の持論だがな。
さて、今回狩るライオンヘッドだが、魔物の中でもかなり強い部類なので、
俺は完璧な策を考えている。人質作戦だ。相手は人ではないが言葉の綾なのでほっとけ。
今回の戦いは毛皮を売りたいからメラやイオラを使いづらい。
そこでシロの赤子を人質に取り、無抵抗にしてから殺すのだ。
赤子は生きたまま売り飛ばす。動物好きのロモス王国あたりにな。
俺はノーリスクで経験値とゴールドが手に入り、ずるぼんも仲間になり、
バカ親父へのあてつけで鬱憤も晴らせる訳だ。
さすがはでろりん、俺の計画は完璧だ。くっくっく。
そんな皮算用をしてニタニタ歩いていると、さっきから風のいたずらか、
空耳っぽく俺を呼び止める声が聞こえる気がする。
……まって、きみ……よ……。
くだらん雑音だな。俺の至高の妄想を邪魔するな。
と言いたいのだが、やはり、おーいと呼ぶ声が聞こえるようだ。
「待って待って! 君、そこの君だよ」
嫌だ。待ちたくない。俺は忙しいのだ。無視して歩いていくと、
豪華な法衣を着た男に回り込まれてしまったのだった。
俺がムッとしていると、この鬱陶しい若者は口を開く。
「君は何者かね? こんなところで何をしている」
「ふん。他人に質問する前にまずは自分から名乗るのが礼儀ではないのか?」
「これは失礼。僕はアポロ。この国で新しい賢者になった男さ」
「ほう。賢者様か。そんな偉いお方がこんな薄汚い森で何をしている」
「今度は君の方が名乗る番だよ。それに薄汚い森なんて言わないでくれ。これでも観光名所なんだ。我が国のね」
「そうか。俺はロモス出身だからな。確かにパプニカだったらこの程度の森でも貴重な観光資源になるというわけか。先の発言は取り消そう。俺はでろりん。世界を旅するただの冒険者だ」
「これはまた微妙にトゲがある物言いだね。しかし、ロモス出身のでろりん君。そんな恰好で何しにいくんだい? まさかパプニカの貴重なモンスターを密猟するつもりじゃないだろうね?」
「……それは聞き捨てならんな。貴様は俺がそんな悪人に見えるのか?」
「うん。そう見えるね。君は鏡を見たことがないのかい。僕は君ほどひどい目つきや人相の男はこれまで見たことがないよ」
「ちっ、賢者だか何だか知らんが、言いたい放題言いやがって」
「それは失礼。じゃあその袋の中身だけ見せてもらえるかな。断る理由もないだろう?」
おかしな奴に絡まれてしまった。縁起が悪いな。
しかし、俺の冒険が始まったことに変わりはないのだ。
パプニカ三賢者のアポロここで登場です。
でろりんとは同い年です。
他の創作を見ていてもパプニカ三賢者の使い勝手は異常で
皆に愛用されているので私も愛でてみようかと思いました。
もしずるぼんを立ち直らせ連れ帰ることができたら
彼女の新たな故郷はロモスになります。