マァムの父親は妻の下着泥棒と戦闘中です。
◇
ロカとルーティア、二人の戦いが今始まる。
鞘から抜き、ロカが愛おしそうに剣身を撫でると夕日の反射光でキラリと輝いた。
「この剣は、カールの騎士団長を辞めたとき餞別に貰ったものだ。ずっと埃をかぶっていたんだが、怪我が治ってようやく振れるようになってな。おまえは自分の武器を持たなくて良いのか?」
「あたくしは、爪とこの体で十分でしてよ」
ルーティアの爪には、ドラゴンの硬い皮膚を引き裂く攻撃力がある。
またザムザの造ったその肉体は、超魔細胞の高い防御力と治癒力で守られており、
魔界レベルでも攻守に隙はない。人間相手なら持て余すほどだ。
返答を終えたルーティアが先に仕掛け、オーバーアクション気味に爪を振り回す。
簡単に終わっては面白くないとばかり、敢えて隙を作るかのような大振りだ。
避けてみなさいよと、ブンブンと追い回すようにロカを攻め立てる。
身体能力に任せたルーティアの大味な攻撃に対し、ロカは最小限の動きで避け、
すれ違いざまにルーティアの肩に剣を一閃。
その反撃は小さいながらもダメージを与え、傷口から軽く鮮血が飛び散るが、
ルーティアは構わないといった感じで、腕力に任せさらに爪を振り回す。
人間を超越した膂力で繰り出されるその攻撃は、一度でもまともに当たれば、
ロカの防具と中身をズタズタに引き裂いて終わるだろう。
守勢のロカは、相手の動きに合わせながら舞うようにその場その場で対応をしていく。
自分から狙いを持って動くのではなく、その瞬間の最善手を打ち続けるキメの細かい戦い方だ。
安定していて隙がない。そのムーブは強いではなく上手いという表現が相応しい。
「やりますわね。ロカ。たかが人間の身であたくしに血を流させるとは。すぐに自然治癒してしまうとはいえ、せっかくの服がダメになると困りますわ」
やはりあたくしも武器を使おうかしらと、ルーティアは懐に手を入れる。
「ロカ、こういうのは知っていまして?」
――デルパ!
そのルーティアの一言とともに、ボカンと一匹の人食い箱が現れた。
「これは自由にモンスターの出し入れができる『魔法の筒』。ザムザ様に借りた特別な剣をこの人喰い箱に入れておいたのですわ」
そう得意げに言って、ルーティアが箱にしまった剣を引き出そうとするが、
人食い箱がそれを噛んでしまって離さない。
「こら何をしますの! このおバカ、早く離しなさい」。剣で綱引きする無防備なルーティア。
「そうか、悪いな。これぐらいのハンデは許しな」
その隙に対しロカは容赦しない。後ろに回ってその背中を思いきり斬りつけると
ロカの渾身の一撃をくらったルーティアは、人食い箱と一緒に吹き飛ばされた。
「イタタタた! まったく飛んだフェアプレイですわね! 元騎士団長サマ」
「いんや、一旦戦いが始まれば、おれは昔からこういうやり方なんだよ。魔王のイオナズン詠唱中にその左腕を落としたこともあったしな」
ニヤリと、ロカは笑う。
だが今の完璧な一撃でも、相手の致命傷にはなっていない。
ルーティアがムッとしたのは、あくまで盗んだ人間の服に被害が出たことのほうで
こっちのスカートは無事に済ませたい、などと考えている。
そして目を回した人食い箱をぽかりと叩き、『妖魔の剣』をやっと引き出すと
ルーティアは剣を構えて戦闘態勢に入った。
「魔界には『妖魔シリーズ』という装備がありますわ。そしてこの剣はその一つ。単純に強いだけでなく相手の力を吸収する特殊効果がありますのよ」
『妖魔の剣』は相手の攻撃を受け止めることで、自身の次の攻撃力を増す。
ちなみに杖の方は、ザムザの父親の愛用品で呪文バージョンだ。
「ロカ、これで終わりですわね。綺麗に散らせてあげますわ」
「くくくっ、そうかな? その様子ではその剣、普段は使わないのだろう? 簡単におれに勝てるほど、この道はたやすくないはずだがな」
◆
その頃、俺たちでろりん一行はネイル村のとある一家で遊んでいた。
家の主人は下着泥棒を捕まえに出かけており、奥さんが料理を作っている。
俺たちは一家の娘さん、年下の女の子と遊ぶ役目だ。
「へー珍しくずるぼんがビリか。四人のトランプはやっぱり楽しいもんだな」
「ううーー、さっきからおチビちゃん強すぎない?」
「お姉ちゃん! 私、チビじゃなくてマァムよ!」
「ああーーごめんねごめんね。マァムはトランプ得意なのね」
「うん。ほんとはお外で遊ぶほうが好きなんだけどね。村の外に出たらダメって言われるから、カードで遊ぶことが多いの」
「ほっほっ。村の外は魔の森じゃからな。迷子になってはいけなかろうて」
「うん。でもね、若いときの父さんと母さんは世界中を旅して魔王軍と戦ったの。だからあたしも大きくなったら村を出て旅をしてみたいの!」
「そいつはすごいな。マァムのご両親はもしかしたら俺より強いかもな。旅はいいぞぉ。俺もパプニカでいろいろあったもんだ」
俺がそう言うと、マァムという少女は目をキラキラさせて食いついてきた。
「お兄ちゃん! 旅の話をあたしに聞かせて!」
俺は、ライオンヘッドを狩ってずるぼんを仲間にした話や、賢者アポロとの戦い、レオナ姫に貰った不逮捕特権のカードのことなどを話してやる。
「お兄ちゃんすごい、まるで父さんの若い頃みたい!」
「いや、俺はそこまで大したことないんだが、マァムの父さんは強いんだろうな。下着泥棒とやらの行く末が心配になってきたぞ。入る家を間違えたな」
「父さんはね、あたしが生まれる前に剣を置いて引退しちゃったの。でも知ってるもん。最近の父さんったら夜にこっそり素振りしてるのよ」
「そうか。村を守るためにも剣の腕は必要だもんな」
「はーい、料理できたわよー! ネイル村の名物料理なのよ。でろりん君たちも食べて食べて! 私はロカの帰りが遅いから様子見てくるわ。マァム、みんなと仲良くしててね」
「こうやって各地の料理を食べられることも旅の醍醐味なんだぜ」
「やっぱりー! 父さんと同じこといってるー!」
◇
マァムの父親ロカと、ルーティアの戦いは佳境を迎えていた。
「はあっはあっ」
「ロカ、あなたの戦いは完璧でしたわ。軌道とタイミングが読まれているのか、剣を一度も合わせることすらできませんでした。剣の勝負は確かにあたくしの負け。しかし、そろそろ体力が尽きたようですわね」
「はあっはあっ……。ただの攻撃ではなくずっと闘気を流していたからな。ここまでやるとさすがに疲れたよ」
「闘気ですって?」
「おまえの体、最初に斬られた肩の傷はすぐにみるみる回復していったが、それ以外はまだ治っていないだろう? 気が付かなかったのか? 痛みを知らない化け物の体はうらやましいよ」
「う、嘘? あたくしの体がっ」
「おれも息を切らしているが、おまえの動きの落ち方のほうがひどいぞ。このまま勝つのはおれのほうだ。……しかしレイラの服はボロボロだな。参ったぞ、あとで怒られてしまうかな。せめてスカートは汚すなよ?」
しまった! まずい、まずいですわね! 翼を持ってくれば逃げられたのに。
掌で踊らされていたのはあたくしのほうだったとは。ルーティアは後悔している。
「晩飯の時間だ。レイラやマァムがおれの帰りを待っているんでね。そろそろおまえを倒して、おれも自分の壁を超えさせてもらうぞ」
こ、こうなったら走って逃げますわ!
ルーティアは逃げ出そうとするが、ロカの攻撃の方が早かった。
「魔王は倒せなかったがおまえは倒す。女のフリした下着泥棒、死にやがれ」
ダメですわ。い、いえ、そういえば試験戦闘からずっと縛って忘れていました。
あたくし呪文を使えるのでしたわ……。ロカ、燃え尽きやがれですわ!
「べ・ギ・ラ・マ~」
「ムッ、まさかそんな奥の手があるとは、くううぅぅ」
ルーティアの左手からベギラマの閃熱が発射され、攻め気に逸ったロカに直撃する。
――まだだ。まだおれの剣は完成していない。かつてアバンの剣は魔王のイオラを切り裂いた。
それを今ここでやるんだ。力と命、そしておれの全てを闘気に変えて……。
うああああおおおおおおおおおーーっ、ロカスペシャル!
ズバシュ! シュバババババアアァァァァッ!
「何の音かしら!? ベギラマはこんな音ではなかったはずですわ」
ズザザザザザザザアァァーーーーー!
「何ですって! あ、あたくしのベギラマが、地面ごと切り裂かれているとは!」
ロカの剣から放たれた闘気の一閃は、ベギラマごと進行方向の地面、樹木などを両断、
そのまま百メートル以上にわたり魔の森を真っ二つに切り裂いていった。
……だが軌道が微妙に逸れたことで、腰の抜けたルーティアは命拾いをしていた。
穴の底を見ても深さが分からないほど、地面が割れ落ちている。
命中すれば超魔細胞のボディがあっても両断され消滅していたに違いない。
「な、何という破壊力、もし逸れていなければ間違いなく即死。思わず漏れそうに、というか今まさに出ているところですわ!」
「み、右肩の腱が、やはり完全では……狙いが変わっち、まった。だが、おれの剣は、か、完成に近づいた。アバンと同じステージに、上がれたんだ。……レイラ、マァム悪いな。お、おれは家族を捨て、再び、剣の道を……選ぶぜ……。ちょっと、休んだら、出かける……からよ」
「結局、服を全部汚してしまいましたわ。しかし、もっと強力な呪文も使えますのよ。今のベギラマは苦し紛れだっただけですわ。さあロカ? いきますわよ」
呪文を思い出し、戦意を取り戻したルーティアが構える。
「ロカ? 何ですの? 早く起きて、戦いの続きを始めますわよ。ほら、何していますの? ロカ、あたくしをバカにするのは許しませんわ」
「」
「……ロカ?」
◆
一晩泊まっただけなので
でろりんの顔はマァムに忘れられてしまいました。