ここはカール王国の冒険者ギルド、三階にある関係者以外立ち入り禁止の一室。
俺たちは、リライザという女性――ギルドの副所長――に捕まってしまい、
先ほどの鑑定結果の内容について問い詰められていた。
俺の前にはステータスの記録用紙が置かれている。机を挟んでリライザと向き合う形だ。
目を泳がせても意味はない。諦めて視線を前へリライザの様子を伺うことにした。
それにしても長い髪だなと思う。入念に手入れしているのだろう。
透き通った白磁の肌、腰まで伸びたクリムゾンの流麗、冷たい光を放つライトブルーの双眸。
派手に装飾された上衣をパリッと着こなし、短いスカートから覗く生白い柔肌はクロスしていた。
「アンタたちは何者だい?」。脚を組んだままリライザが鋭く視線を走らせた。
「俺はでろりん。こっちで黙っている戦士はへろへろだ」「……」
そう答えた。寡黙なへろへろは隣で巨体を預けるようにちょこんと座っている。
何も言わないからと放っておくと、気がついたら寝てしまう人なので注意が必要だ。
リライザはふぅーと大きく息をついた。
「名前を聞いているんじゃないよ。いいかい? アンタたちのレベルは三十オーバー。その半分でも指揮官クラスの強さだし巷で噂になるものさ。冒険者たちは他の強者に敏感だからね。なのに二人ともアタシのネットワークに引っかからない。不気味だねぇ」
原作でろりんはレベル十三だったし、ちょっと強くなりすぎたのだろうか?
だがザボエラやザムザと戦うにはまだ足りない。バランが相手だと十秒持たないはずだ。
なおメタルスライム狩りの話は、保護区域への侵入など違法行為を行った手前言いたくない。
「ギルドの副所長、しかも一番の美人にそこまで褒められたら照れるなぁ」。軽口で様子見。
「……」。へろへろは薄目を開けたまま沈黙している。
「褒めてないよっまったく食えない子だねぇ。誰にもバレずにどうやってレベルをそこまで上げたのさ?」
既に心証が悪い。適当な事を言っても信じてくれなさそうな気がする。
こういうときは人の名前を出すに限る。前世からの処世術だ。
自分の口からでは、何を言っても取り合ってくれなかった相手でも、
他人の名前を出しながら話すと、対応があっさり変わり問題が解決することが多かった。
ここはカール王国。ちょっとアバン先生のことを出してみよう。
軽く言葉をかわしただけなので、向こうは本名を名乗っていなかったが。
「強くなれた理由はいろいろあるが、例えば家庭教師の青年にアドバイス貰ったのも大きかったな。ロモス行きの船で乗り合わせた人なんだ」
「……またのらりくらりと。他人にちょっと教わったぐらいで強くなれたら苦労しないよ。どうあってもアタシを煙に巻こうというつもりかい、とっても怪しいねぇ」
気づいてもらえなかった。それでも俺がアバン先生にアドバイスをもらったことは事実なのだ。
ギリギリ知人に入るか入らないかレベルの浅い関わり方ではあるのだが。
「本当なんだから仕方がないだろう。呪文の斬り方を教わったんだ。ほらメラだって切れるぞ」
俺はそう言いながら右手の三指にギリギリまで弱く点火し、軽く頭上に放り投げる。
ブワブワブワッ……ズバシュシュシュ!
そして上から落ちてくる三つの火球を『はがねのつるぎ』の一振りで裂き全てを消し飛ばした。
そのまま手首を返して血振りの要領で十字に空を斬り、煙と熱を払ってから鞘に納める。
キラリ……シャキィーン。
「なななっ! メラを三発同時に発動しそれを切り裂くなんて! そんな曲芸は初めて見たよ。まったくなんて子だい」。リライザは思わず立ち上がって目を丸くしている。
「教えてくれた人は変わった見た目だったなぁ。高レベルはすぐ噂になるというのが本当なら、そちらのネットワークに情報あるんじゃないのか? 大きなメガネに青髪をカールした青年」
「メガネに青髪カールって……そ、それは勇者アバンじゃないかい!」
一度座りかけたリライザがそう叫びながら立ち上がり、バランスを崩した。
「なんだ、知ってるじゃないか。俺はその人と知り合いでな」
堂々知り合いと言えるほどでもないが、ちょっと大きくして話を続ける。
「最初はなかなか苦労したもんだったが、特訓して一度コツを掴んでしまえば上達は早かったぜ。パプニカ賢者の協力もあり、メラを沢山投げてもらったからな」
「なるほど。アバン先生に教わったうえにパプニカ三賢者の誰かと知り合いなわけかい。なのに名前を聞かなかったのが不思議さねぇ」
それはきっとレオナ姫の影響だろう。俺の試合は没収された後に口外禁止令が敷かれたそうだ。
完全にもみ消された。エイミからそう聞いている。それ以外は表向き目立った活動をしてない、
というか目立たないように行動していた。それで俺たちの知名度が皆無なのだろう。
「それでもレベル三十一になるもんかねぇ? この平和な世の中で。魔王軍と激しい死闘を繰り広げたならともかくね。そもそも偽勇者とは何なんだい? ライデインを契約可能なんだろう?」
「そんなことを言われても偽勇者の件は俺が一番驚いてるんだ。俺の親父が勇者の出来損ないみたいなヤツだったから、親譲りなんじゃないのか? ライデインは契約が可能というだけだ。実際は使えない可能性もあるしわからない」
「……」。すっかり放置してたせいで、へろへろはそろそろ寝てしまう時間だろうか。
「俺にばっかり質問しないで、へろへろにも聞いてくれよ。レベル三十一なのは同じだろ?」
「でもアンタと違って、戦士のほうはレベルが高いのも分からなくはないさね」
理知的な視線を滑らせて俺たちを交互に見ながらリライザは更に続けた。
「戦士の方は歴戦の猛者なんだろ? 十数年前、魔王軍と最前線で戦った戦士たちの生き残り。そう考えればレベル三十一でも変じゃない。顔見る限りアタシより歳上だろうしな」
「な、なるほど」。へろへろが歴戦の猛者、その誤解は利用したいので慌てて相打ちを入れた。
女性に歳は聞けないが、リライザはアラサーぐらいの雰囲気がある。
それより歳上に見えるということは、へろへろは哀れ。三十五歳ぐらいに思われているようだ。
実際は俺と五つしか違わない。異様な老け顔をしているが若者なのだ。
「おれ今二十三歳」。へろへろが珍しく抗議をする。まだ起きていた。
それを聞いたリライザはへろへろの顔を数秒見つめるが、ついに我慢できなくなったようだ。
「はぁ? ふぷぷっ……。さっきから黙っていたと思ったら一発ギャグを噛ましてくるとはね。さすがは歴戦の猛者。滅多に笑わないアタシが不意をつかれ笑ってしまったよ。まったくもう!」
「そ、その通り、へろへろは先の大戦を生き残った猛者なんだ。俺は入門して武術を教わった。すると才能があったようでメキメキ上達してレベルも追いついたんだ。何か問題はあるか?」
どうやらこれまでに与えた違和感よりも、へろへろの老け顔のほうが強かったようだ。
そうだったのかと、リライザは少し納得した顔をしている。
寡黙なへろへろの顔面とたった一言が戦局を覆したようだ。下手な言い訳よりも、沈黙は金だな。
ところで『ダイの大冒険』にリライザは出てこなかったな。
二年後にカール王国が滅ぼれるとき、もしかしたら運命を共にするのかもしれない。
何かの縁だ。帰る前に別件でこちらから忠告をしてあげよう。
「俺たちのこと納得してもらえたなら何よりだ。そうそう。全く関係ない話だが、俺は知り合いによく当たる占い師もいるんだ。二年後のカール王国に凶兆あり。そのときはロモスかベンガーナに疎開していたほうがいいぞ。信じるも信じないもそちら次第だが忠告はしたからな」
そうだ。本編でメガンテからアバン先生の身を守ったあのアイテムのことも伝えよう。
「あと有事の際にアバン先生が『カールの守り』を必要とするらしい。何の効果があるか知られてないと思うが、もし王国のお偉いさんと会う機会があれば、さり気なく伝えてくれると助かる」
俺は一方的にまくし立てて帰り支度をする。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! アンタたち!」
「何だよ。まだ何かあるのか? 今のは占いだよあくまで占い!」
「百聞は一見に如かずとは言うもんさ。アンタたちの実力をこの目でしかと見てみたくなった。アタシの兄様と剣の勝負を受けてもらおうかねぇ。イヤとは言わせないよ」
「受けるのはいいけど、こちらに何かメリットはないのか?」
「カールの守りの件を女王陛下のお耳に入れるというのはどうだい? アタシの兄様が騎士団長をしているからその伝手を使ってね。ついでに二年後は疎開でも何でもしてやるさね」
げげっ。カール王国の騎士団長ってロカの後釜、確かホルキンスだろ?
超竜軍団長バランと剣のやり取りで互角だった達人だ。北の勇者ノヴァよりも強いと思われる。
騎士団としてはリンガイアよりカールの方が格上のはずだから。
本編ではホルキンスとバランは剣で決着がつかず、竜の紋章を解禁したバランが勝っていた。
しかもバランは不意打ちで紋章閃を使ったんだったな。
あえて一度剣を納め、右手で自らの額を隠してから見えないように紋章を発動。
そのまま斬りかかってきたホルキンスに対し、カウンターの紋章閃を突き刺して倒したのだ。
本編の雰囲気からして、ホルキンスはたぶんレベル四十ぐらいある気がする。
俺とへろへろの二人で戦っても勝てる気がしないんだが。
一応は本編知識を生かして、俺がへろへろにいろいろと仕込んではいる。
『アバン流刀殺法』の斧バージョンに当たる『大地断』、『海波断』を我流混じりで教えたが、
直接アバンの指導を受けたのならともかく、通用しない気がぷんぷんするぞ。
「剣の勝負を受けてもいいが条件がある」。ここは譲歩条件を引き出さないと危ない。
「なんだい? 条件って」
「カールの騎士団長だったら地上最強ってことだろ。俺のレベルが高くても通用するわけない。だからニ対一の戦いとして俺とへろへろが組んで戦う。さらに俺たちがギブアップする前に相手に一発でも入れたら勝ち。この条件以外飲めない」
「うーん。……まぁしょうがないねぇ。それぐらいならたぶん大丈夫だろうし……」
小声でしばらく悩んだ後にリライザはその条件で許可を出した。
大丈夫だろうしってなんだよ。一対一でやってたらひどい目に合わされるところだったぜ。
こうして俺たち二人とカール王国騎士団長ホルキンスとで試合が行われることになった。