試合を控え宿に戻ると、一通の郵便物が届いていた。
差出人の名はエイミ。三年前から手紙のやり取りをしている。
別れてしまった仲間、ずるぼんたちと合流するためには、情報が少しでも欲しい。
代わりに俺の近況を綴って返信するのだが、これがストレスの解消にもなっていた。
さっそく便箋を開け、中身を取り出す。
カサカサ、パラッ。
手紙を開くと同時に、ふわっと広がるフローラルな香り。鼻をくすぐる甘い香水の残滓。
目線を下に移すと、花のイラストに仕切られた内側で、可愛らしい文字たちが踊っていた。
うん。これはいつものエイミの手紙だ。香り付きの手紙は素敵だと思う。さすがは女子。
ん、なになに?
◇
あのね、うちの姫様がでろりんに会いたいって言ってるの。
近頃は王国の外のこと、何でも知りたがるようになって。
ほら、でろりんは世界中を旅してるでしょ。あたしとの手紙を見られちゃったんだけど、
そうしたら姫様、でろりんとお話してみたくなったんだって。
あと王宮の中じゃなくて、お忍びのプライベートで街を歩きたいみたいなの。
肩の力を抜いて、軽いデートみたいな感じでいいからお願いしてくれる?
姫様に内緒で、あたしも二人から離れてこっそり控えておくから大丈夫よ。
あとこの前なんだけど、でろりんがなかなか返事出してくれなかったら、心配した!
今度はちゃんとすぐ書いて送ってね。というか早くパプニカに戻ってきて。
ずるぼんさんとまぞっほさんはまだ見つかってないけど、
冒険者の間で、それらしい目撃情報は有ったみたい、今度はアタリだといいね!
……。
◆
後半部分はいつものように、たわいもない事が書いてあった。
俺にとってエイミはパプニカ三賢者の中で一番の味方。ありがたい存在だ。
よし、決めたぞ。ホルキンスとの戦いが終わったら、久しぶりにパプニカに行ってみよう。
レオナ姫には恩義があるし力になりたい。籠の中の鳥だって外の風に吹かれることは必要だ。
遠くから、新しい空気を運んでくる風。自由に吹き、身分に関係なく平等に体を包む風。
そういう役割を、俺に求めているのかもしれないな。
……朝が早いから、そろそろ寝ないといけない。明日は全力でぶつかるのみだ。
隣ではへろへろが寝ている。彼には気を遣わないで済むところが助かっている。
相棒がおしゃべりな場合、沈黙が続くと気まずいし、機嫌を損ねたかと身構えてしまうが、
へろへろはそういうのに関係なく、いつもと同じ。だから俺も安心して寝食を共にできる。
寡黙には大きな利点があることを、彼と過ごした三年間で知ることができた。
あとすぐ眠るところもいいな。今日も一緒に寝て明日からがんばろう。
……。
翌日の早朝、俺達は騎士団の庭みたいな広場に立っていた。周りには朝練中の騎士たち。
どうやらホルキンスは忙しい合間を縫って、俺たちとの相手をしてくれるらしい。
レフェリー役は、昨日世話になったリライザ――ホルキンスの妹――が務めるようだ。
練習用の剣と斧を各々持って、俺たちはカール王国騎士団長ホルキンスと相対する。
差し込む朝の光と爽やかな冷気が心地良い。動けば気持ちいい汗をかけそうだ。
正面を向くと、逆立つ髪と凛々しい目、勝ち気な男の姿があった。
彼はどっしり構えるというよりも、自分からガンガン攻めてくるタイプなのだろうか?
スーッ。リライザが息を吸った。いよいよ開始を宣告するのだろう。
――ファイト!
試合開始を告げる口の動き。
そこから生じた甲高い声が、周囲の空間へと伝搬していく。
俺の眼前。
目をギラつかせた騎士団長。
もうこれ以上は待ちきれないという表情だ。
レフェリーの声がその耳に届く瞬間。
地面を激しく蹴って、いきなり斬りかかってくる――
という俺の予想は外れたようだ。
ホルキンスは意外にもその場を動かない。
こちらの様子をうかがっている。
周囲には観戦している騎士たちの姿。
学習目的の彼らに配慮して、待つことを選んだのだろうか。
ならば、こちらから先手を取るまで。
『時間差攻撃』
へろへろに作戦の指示を飛ばす。
身のこなしの速度差を埋めるムーブだ。
ドガドガドガッ! ダッダッダッ!
前方で大きく地を蹴る音、それに続く小さな足音。
俺の先頭を走る戦士は、相手から遠い位置で振りかぶる。
そこから次第に前傾姿勢。
やがて体ごと前に倒れ込むように、全力で斧を叩きつけにいった。
へろへろの大技、岩をも砕く『大地断』。
その巨体から捨て身で放つ渾身の一撃だ。
身のこなしが遅い分だけ、遠い距離から攻撃を始動している。
素早い相手に先の先を取られない工夫なのだ。
その分、対応される時間は与えるが、後ろから躍り出る俺がカバーすればいい。
呪文は禁止ではない。
俺は前を行く背中に隠れるように、こっそりと呪文を唱えていた。
左手に爆裂光球。右手には練習用の剣。
へろへろの真後ろに続いて、地を駆ける。
『大地断』、『イオラ』、『海波斬』。
目指すはこのコンビネーション。ごく短い時間で叩き込む三連攻撃だ。
最後の『海波斬』は我流が入っている。
だが剣速を可能な限り、高めた一撃には変わりがない。
俺たちに先手を譲ったことを後悔させてやるか。
ホルキンスともいえども、瞬間火力を意識したこのまとめ撃ちには対応できまい。
最初の『大地断』を避けたとしても、地面が爆散、土埃や礫の弾幕を巻き上げるのだ。
あとはへろへろの影からイオラを撃って、斬りかかるだけの簡単なお仕事。
カッコよく勝てば、エイミへの良い土産話になるだろう。
レオナ姫はカール王国に憧れをもっているので、微妙か?
そのように少し気が緩んだ次の瞬間だった。
ギャキイィィィーーーン!
激しい金属音。観戦者たちの歓声。
その直後、へろへろの背中が振り子のように戻ってきた。
近づいてどんどん大きくなるその巨体。
俺の視界を全て覆い尽くさん、とばかりに迫り来る。
ムゴッ!
真後ろにいた俺は、へろへろの背中に、顔を激しくうずめてしまう。
ホルキンスはへろへろの『大地断』を、なんと真正面から押し返したようだ。
フムゴッ、嘘だろおい!
絶対避けると思ったのに、アレを受け止めるのか。クロコダインかよ。
それでも俺が後ろから衝突したのだ。
その分の運動エネルギーは、確実にへろへろに力を与えていた。
再び押し返して拮抗。そこから力比べの様相を呈していく。
チャンスだ。
僅かな時間で回り込み、俺はへろへろの背中から脱出した。
巨体から繰り出された斧を、剣で受け止めているホルキンスの姿。
俺がそこに横槍、もとい横イオラを入れたらどうなるだろう?
もうそれだけで勝負はつきそうだ。
こちら側はホルキンスに一発入れるだけで良い、というハンデ戦。
逆に相手は、俺たちの心をへし折ってギブアップさせないといけない。
しかしそこで、俺の手は止まる。
このまま爆裂光球を投げれば、へろへろにも被害が出てしまうだろう。
あくまでホルキンスが、最初の『大地断』を避けることを前提に、攻撃を組み立てていた。
真正面から受け止めてくることは、想定していなかったのだ。
メラミならともかく、イオラでは使い道に困る。
勝つのはいいが、試合ごときで相棒を怪我させられない。
そう考えた俺は、あたふたしながらも、『海波斬』に切り替えて斬りかかる。
だが、直前のためらいは、相手に十分な時間を与えていたようだ。
ホルキンスは剣を滑らすように、へろへろの斧をいなす。
そして、そのまま俺の動きにもあっさりと対応してきた。
一連の動作で一切バランスを崩すことのない、流れるような体の運びと剣捌き。
その結果、前につんのめったへろへろが、俺の体とぶつかってしまう。
ポカリポカリ。
そのまま二人まとめて一本を取られてしまうのだった。
「さすがは団長。でもあいつらも凄いな。戦士のパワーなんか大したもんだ」
「違いねえ。おれたち五人がかりでも、団長にはもっとあっさりやられるもんな」
「もう一人の方は、呪文を使えるみたいだったぞ」
「そろそろ移動しないといけないが、もっと見たいよなぁ」
観戦者たちの感心する声が聞こえる。
……。
ムムム、強いな。
これは一発入れるのは容易ではないぞ。
初めて対峙する、圧倒的な強者と言えるだろう。心が折れないように奮起するんだ。
同じ強者でも、相手がザボエラやバランだったら、一発で殺されてしまうはず。
今日はリスクなしで、貴重な戦闘経験を積める。そのことに感謝しなければならない。
気持ちを切り替える。真っ向勝負しすぎたのがダメだったんだ。
俺は呪文を使える。もっと相手の撹乱をすればいい。
目をギラつかせたホルキンスは、相変わらず待ってくれている。
普段やりあえる相手がいないから、戦いに飢えているのだろう。満たされない獣の目だ。
リライザは彼を満たすために、俺たちを獲物として差し出したというわけだな。
魂胆が読めてきたぞ。意地でも窮鼠猫を噛んでやる。
へろへろには作戦名『陽炎の剣』を伝えた。
今回は合図があるまで、へろへろは動かない。
俺は剣を持ち替えて右手の三指に点火。
火球三発同時発射。開幕のメラストームだ。
ブワブワブワッ!
三発の火球が螺旋を描くように舞い上がり、熱と炎で周囲を赤く染め上げる。
それが合図だ。
へろへろの前進。
ドガドガドガッっと大きな足音を伴い、速度を増しながら突撃する。
直前に、曲射するように上方へ投げられていたメラストーム。
それはホルキンスの手前で縦方向にスライドして落ちていく。
炎と煙でできたカーテンを、ホルキンスの前方に下ろした形だ。
極端な温度差で、大気中に局所的な密度の異なりが生じ、それが混ざり合うことで光が屈折。
仕切られた幕を通して、その両側ではゆらゆらと視界が歪みだす。
そこにへろへろの『大地断』が迫る。
今度は受け止められないよう、さらに遠くから技を発動。
バゴオオォォォーーーン!
激しい爆音とともに地面が割れ砕かれる。
噴水が吹き上がるように、大量の土砂や石の礫が飛び散っていく。
それらはゆらめきながら、ホルキンスの視界を奪うのだ。
へろへろのターンは、そこで終わらない。
間髪をいれずにさらに前進!
次に振るうは、『大地断』とはまったく性質の異なる技。
速度を生かして、鋭く空気を切り裂く『海波断』だ。
海波斬の斧バージョンに相当する。
だが、さすがはホルキンス。
視界が歪み、封じられた中でも、へろへろにしっかりと反応。
ガチィィィーン、と先ほどより軽い剣戟音と、小さな火花が飛び散る。
その間に俺はホルキンスの死角に入っていた。
もともと見えにくい角度。
しかも土砂、石礫、火炎、煙、陽炎が相手の視力を封じている。
今度はタイミングを間違えるわけには行かない。
ホルキンスの斜め後ろから、速度重視の『海波斬』。
ピシャアアアーーーーー!
鋭く空気が切り裂かれる音。
いけー! ホルキンスの背中にクリーンヒットだぁ!
……。
気がつくと視界が暗転していた。
体を動かそうとすると、大地の感触がある。
俺は地面に倒れ伏している。
いててて。
頭を押さえて立ち上がるが、またしても一本取られたことに愕然とした。
「今のは何が起きたんだ? 俺の攻撃はどうなった?」
「……」
ホルキンスは黙っている。
どうやら言葉よりも、剣で対話をしたい人らしい。
それとも意図的に発言を控えているのだろうか?
代わりに周囲で観戦していた騎士の一人が、俺の問いに答えてくれた。
「今のはいい連携だったけど、不思議なことに団長は目を瞑っても相手の位置が分かる人なんだ。視界を封じてもダメだと思うよ。でも団長以外が相手なら勝っていたはずだし、悪い戦い方じゃない。見ていて勉強になる動きだったよ」
むう。ダイのフレイザード戦に、そういうシーンがあったな。
ホルキンスは俺たちの闘気を感じ取れるようだ。虚をついたつもりが、バレバレというわけか。
ホルキンスの強さは完成されている。そして彼が率いる騎士団も強いのだろう。
『ダイの大冒険』本編での、カール王国に対する評価を思い出す。
『いかなバランでもカールだけはそうそう落とせんはず』
この評価は、竜の騎士の強さと恐ろしさを知っている、魔軍司令ハドラーからのものだ。
ザボエラがカール陥落を知ったとき、目と大口を開けて驚いている。
汗びっしょりになりながら、鼻水を垂らして、次のように言っていた。
『ば……化け物だ。この男は……。強力な騎士を何十人もかかえていたこのカール王国までも……五日で壊滅させてしまいおった……!!!』
魔王軍の幹部からも一目置かれていた理由。それを身を持って知ることが出来た。
……。
俺は再び立ち上がる。
周囲で見ている騎士たちは少なくなっていた。
どうやら各自の練習に入ったようだ。
この場は、俺たちが個人的に稽古をつけてもらう形になっている。
もはや緊張感も珍しさもないのだろう。
それから何本か取られた後、とっておきの策を使うことにした。
これが通用しなければ降参だ。
何度繰り返したかわからない光景。
待ってくれるホルキンスに俺たちが挑みかかる。
今度はメラストームで適当に視界を封じ、右手で剣を握り直して斬りかかるが、
このときに手首を内側に返して、握りは浅めのポジションを取った。
力が入らない不自然な持ち方。
その違和感は、ホルキンスの視界を遮ることで、文字通り覆い隠す。
へろへろが前進する。
ホルキンスはへろへろの『海波断』を軽々と受け流し、間髪入れずに俺の剣を払おうとした。
ここまでは先ほどと似たような流れだ。
やがて互いの剣が交わる瞬間、指の力を抜いて剣を手放した。
それはホルキンスの剣閃に弾かれ、勢いよく飛んでいく。
俺は、その下をくぐり抜け、手の内に作っておいた、ある呪文を発動する。
――ギラッ
閃熱呪文ギラ。放出速度が最も速く、目で見てからでは避けられないといわれる呪文だ。
闘気を読まれてしまうなら、呪文で不意打ちすればいい。
明らかにおかしな剣の握り方になっていたが、視界を遮っておいたことが功を奏した。
闘気を感じられたとしても、目は開いていたほうが良いのだ。
サーッ、ギラギラギラ……。
ホルキンスの胸に俺のギラが刺さって直撃している。
今回のムーブを説明すると、本編でバランがホルキンスに使った戦法と同じことをしている。
右手で額を隠しながら紋章を発動し、至近距離からカウンターで心臓を貫いた紋章閃。
それのギラバージョンだ。準備中のギラを剣で覆い隠しておいた。
その代わり、一連の流れで俺の剣は、飛んでいってしまったな。
剣ではなく呪文なので、これで一発入れたことになるかどうか、少し自信がない。
そこにへろへろが現れる。
くの字に曲がるホルキンスの体を、斧でチョコンと撫でていった。
「……」
予想外の攻撃をもらって、ホルキンスは驚いた様子だ。
だが、異議はない模様。
ようやくこの人に一発入れることに成功したぞ。
うおおおおおおおおおおーーーーーーー!
やったあ! これで文句なしに俺たちの勝利だ。
汗と泥まみれだが、気持ちがいいぜ。
ホルキンスは深々と一礼。やがて無言のまま去っていった。
ふと周りを見ると、あれだけたくさんいた騎士たちは既に移動しており、誰もいない。
まさか俺に花を持たせてくれた……わけじゃないと信じよう。
まじで強かったな。疲れて地面に寝っ転がりたい気分だ。
はぁー。バランは紋章無しでこの強さってことだもんな。
やっぱりダイに任せよう。
……などと考えていると、軽快な音が鳴り響く。
パチパチパチパチパチッ!
リライザが珍しいものを見た、という表情で拍手をしていた。
「アンタたちやるねぇ! もう七年ぐらい攻撃もらったことなかったのに。そのうちサシで戦えるようになるんじゃないかい? 兄様もちょっと楽しそうだったよ」
「いやー強かったな。疲れたがいい経験になったよ。あと約束の件は頼むぜ」。念を押す。
「はいはい。カールの守りの件だね。しかと女王のお耳に入れるようにするさ」
「あと旅立つ前に、呪文の契約をさせてもらってもいいか」
「構わないよ。アンタが本当にライデインを使えるようになったら、兄様でも危ないかもね」
……。
こうして俺は新しい呪文の契約をした。
◇
【ホイミ】【ニフラム】【ルーラ】【アストロン】【リレミト】【ラリホー】
【マホトーン】【トヘロス】【ベギラマ】【ライデイン】【ベホイミ】
◆
契約しても、実際に使うまでは大変だ。
パプニカに向かう船の上で、ホイミぐらいは使えるようになりたいな。
それよりも向こうについたら、レオナが待っているんだ。
デートだデート。
感想ありがとうございます。
今回は戦闘描写を一回書き直したので、遅くなりました。
一文を短くして、空白を増やすとスピード感が出る気がします。
原作の時点でホルキンスは、ノヴァより強いと個人的に考えています。
年齢差があるので、ノヴァが将来全盛期を迎える頃にはわかりません。
次は要望が多かった女性との絡み。デート回です。
せっかく男の子キャラを主人公にしているので、こういうのは必要ですよね。
デルムリン島を攻めて、ゴメちゃん捕獲する前にやっておきたいです。