俺たちを乗せた船が、パプニカに到着したのは昼過ぎ。
その後、夕暮れを合図に、お忍びの姫とデートする運びになっていた。
レオナとはごく短い時間、顔を合わせただけの関係に過ぎない。
それでも本編知識を通して、どういう人かはおよそ分かっている。
向こうの方もエイミ経由で、俺の情報をしっかり掴んでいるのだろう。
おかげで初対面に近いデートだが、ほどよい緊張感の範囲内にギリギリ収まっていた。
――先ほどまでは。
今はそのゲージも、少しずつ目減りしている状態。
約束の時刻をこうも待たされると、さすがにな。
刻々と色を濃くする鮮やかな夕焼けは、あと僅かな赤色を残すだけ。
その黄昏も間もなく終わって、空の主役は、煌々と輝く満月に交代するところだ。
それでも気長に待ち続ける。このデートは向こうが要望してきたことなんだ。
いざとなれば、エイミが何とかしてくれるだろう。
……そう考えていたときだった。
ポンポン、後ろから肩を叩かれる。
見返すと、帽子をかぶった可愛らしい女性が、上目遣いでウインクしていた。
「でろりんよね? おまたせー! ちょっと抜け出すのが遅くなっちゃって」
「はい、でろりんです」。少しキョドってしまった。
気を抜いていたところに、急に背後から話しかけられたせいだ。
その反応がおかしかったのか、レオナはくすっと笑い、やがて口を開いた。
「ええと、そういうのいいから。今はお姫様じゃなくて、普通のお嬢さんだと思ってくれる? あたしの人脈ってけっこう偏ってるから、でろりんみたいな無頼の人と話してみたかったのよね。『でろりんです』なんてガラじゃないの知ってるわよ。敬語はナシでお願いね」
「分かった。でも俺ってそういうイメージだったのか……」
「その通りよ。あとでろりん、最後に今日はお酒飲むわよね?」
ぐいぐい来るレオナ姫。デートコースやお店などの確認か?
大人びて見えるのは、男として悪い気しない。それでも俺は十八歳。お酒はちょっとまずいな。
「冗談だよな? まだ二十歳未満だし、あれから違法行為はなるべく避けているから」
やっぱり未成年の飲酒は感心できないし、バレて問題になるのも避けたい。
苦笑いで切り抜けようとしたが、ノリが悪いと思われたかもしれない。
「なによそれー」
案の定、ジト目で見られた。
そして頬を膨らませながら、ツンツンと俺の頬を突っついてくる。
「い・ほ・うって、一体どこの国の法律なの?」
ああそっちか。まだ変なところで、日本の感覚が抜けていなかったようだ。
「いいかしら? ここはパプニカ、あたしが法律なの。だからあとでお店で一緒に飲みましょ」
都合のいいときだけ元の身分に戻る、したたかなお姫様。
一緒に飲む? 俺は百歩譲ったとしても、レオナはまだ十四歳のはずだが……。
だが、それを口にする勇気はなかった。
城を抜け出してのお忍び。きっと酒を飲めるチャンスとして狙っていたんだろうな。
郷に入っては郷に従え。ここはレオナ姫の言う通りにするしかない。
前世のヨーロッパでは、十六歳や十八歳で飲酒できる国もあったんだ。
ドイツに至っては、十四歳でも同伴者さえいればビールなどを嗜める。
そういう国に日本人が旅行したら、向こうの法律に従うだけだ。
つまり、俺もレオナも酒を飲んでヨシ!
「うーん。まだちょっと、人通りが多いわね。抜け出したことがバレて、騒ぎになると困るし。ねえでろりん、月見が丘に行かない? ちょうど今日は満月だし、上から眺める王都もいいわよ。そこまで歩きながら話しましょう」
俺はパプニカに土地勘はないし、このままデートの主役に従うだけだ。
妙に詳しいレオナは、きっと時々抜け出してるんだろうな。
日が完全に落ちたので、街の灯りでレオナの容姿を再確認してみる。
柔らかな白い肌、流れる金髪、深い琥珀の双眸。……お姫様らしい高貴な面貌だ。
その上には、ふかふかしたベージュの帽子。落ち着いた色合いが可愛らしい。
身なりは、平和な世相を反映して、原作よりも柔らかい感じがする。
淡い緑系、千草色のワンピースと、羽織った白いカーディガン。
後者は大きなフリル付きで、袖口が膨らんでいる。気品を備えつつもガーリーな雰囲気だ。
そして恵まれた環境のせいか、庶民よりも発育が良い。
まさかこんな素敵な女の子と、二人きりで歩ける日が来るとはな。
ストイックな日々が続いていた分、こういうご褒美があってもいいだろう。
目的の丘を目指して歩いていくと、やがて町並みが途切れた。
レオナを照らすのは月光へと切り替わり、やや青みを帯びたシルエットとして映し出す。
月の光に撫でられ、研ぎ澄まされたその姿は、息を呑むほど美しい。
「どうしたの?」
「い、いや。月だけでも結構見えるもんだな」
「そうね、好きよ。強すぎる光はときに害をもたらすけど、月の光は誰も傷つけない優しい光。できれば、あたしもそういう女になりたいわ、なんてねっ」。そう言ってウインクしてくる。
強すぎる光。確かに本編のダイはそれ故に、人々から疎まれていた。
鋭い閃光は周りを傷つける能力がある。レオナはどうだろうか? その象徴は『正義』の光。
しかし、女性らしい柔らかさも備えている。皆を導くことができるかもしれない。
……。
というか、はっきり見えているときよりも、レオナが大人っぽく見えるな。
うっかり油断すると、本当に女性として意識してしまいそうだ。
茂みを避けて細い坂道を歩く。心地よい空気と虫の音が高揚感を誘う。
「ねえ質問。でろりんはどうして世界中を旅しているの?」
「どうしてって言われても、どうしてだろうなぁ、ちょっとだけ待ってくれ」
前世の記憶が戻る前から、旅自体はしていたな。
冒険者か。なんだかんだ言っても、俺はそれしか生きる術を知らなかった。
最初に与えられたものを手にして、その延長線上でやってきた感じだ。
反抗していたつもりが、親父が敷いたレールの上を歩かされていたようで悔しい。
だが実際、呪文や戦闘も得意だったからな。
そのことを、前世の部分を除いて、レオナに話した。
転生や未来のことは、すぐに軽々しく言える内容ではない。
「冒険者といっても、意外と自由ではない感じなの?」
「それは稼ぎがあるかどうかと、冒険の目的にもよるだろうな」
「じゃあ今のでろりんの目的は何? 言えないようなこと、じゃないわよね」
「再び魔王みたいなのが現れたとき、少しでも人々を助けられるようにかな。無いとは思うが」
「……」
レオナは目を丸くしている。
そして少し間をとった後、その口が大きく開いた。
「きゃー! すごーい! かっこいい!! まさに勇者って感じよね! さらっと言っちゃってもう」。そう言って肘で突っついてくる。
未来を知らない分、呑気なものだな。
やがて少し落ち着いたレオナが口を開くと、自身のことを喋りだした。
「王女といっても、過去の王族の慣習や周囲の人たちに決められたレールの上を歩くだけなの。たった一つの人生でしかないのよね。全てを知ることは出来ないし、できることも限られている。でろりんは、その正反対なイメージがあったから、直接話してみたかったのよ」
「王族でも庶民でも、一つの人生に向き合って、がんばって生きるしかないってことだな」
「そうよねー」
やがて頂上に着いた。王都が一望できる斜面に二人で腰掛ける。
満月の光に照らされて、下の街並みの形や、遠くの稜線を確認できた。
パプニカ城の輪郭も深く浮かび上がっている。神秘的、そして厳かな佇まいだ。
「そうそう、それでね。あの後アポロったらね……」
「ああ……」
思ったことを二人で口にして、親しげに喋る。
この丘に来れば、もう互いの立場などは関係ないのだ。
あくまで月光に蒼く照らされた、影絵同士のやりとりに過ぎない。
そこにはただ二つのシルエットがあるだけだ。そして互いの境界はぼやけている。
言葉を交わし、心の構えを解く。すると自然と溶け合うように距離が縮まる。
若干青みを帯びた弱い光が、彼女のシルエットが持つ、柔らかさと包容力を演出。
そのことも、より喋りやすくしているのかもしれない。月夜の神秘だ。
「ねぇ、せっかくだから腕を組んでみない?」。鈴を転がすような声。
俺とレオナが肌を接するのはまずいが、今ならば、単なる影絵同士の重なりに過ぎない。
ここでのやり取りは、この場所に置いて帰ればいい。それで無かったことになる。
やがて訪れる、この世のものとも思えないほどの柔らかい感触。
でも今は良いんだ。もっともっと近く。
……。
月だけがそれを見ていた。
◇
◆
夜が更ける。
やがて俺たちは街に戻ってきていた。
「だいぶ人通りが減ってきたわね。歩きやすいわ。次は居酒屋ね。『森の幸』などを食べながらお酒を飲むところが、近くにあるらしいの。ワインがいいかしら」
どうしても酒は飲みたいらしい。
デート中は身分差を忘れる約束だから、勘定は俺が払う。その分楽しもうか。
両手をブンブンと、大げさに振って歩くレオナ。
無邪気な笑顔だ。肩の荷が下りるとは、こういうことを言うのだろうな。
それを見ているだけで、俺も楽しくなってくる。少しでも役に立てたことが嬉しい。
しばらく歩くと居酒屋が見えてきた。
俺を先頭に、レオナは顔を伏せ気味にして入店する。
正体がバレるとまずいので、店員との対応は全て俺がしないといけない。
入口側の席に案内されそうになったが、一番目立たない奥の席に変えてもらった。
ルックスの良い客を手前側に、その逆は奥に座らせる、というお店も世の中にはあるらしい。
「メニューがいろいろあるな。レオナもさすがにここに来るのは、初めてなんだろう?」
「そうね。庶民の人気店らしいけど、さすがにでろりんと一緒じゃないと来れないわよ」
「ワインを注文するとして、つまみはどうするか。一番高いのと二番目に高いものを頼もうか。それだったらレオナも食べられるだろう? 勘定は俺が持つよ」
「あ、違うの。逆に一番安いメニューと、二番目に安いのにして欲しいのよ。今まで食べたことないものを食べてみたくって。高いのはいつでも食べられるから」
なるほど。さすがお姫様は言うことが違うな。
ワイン二人分と、一番安いメニュー二つをよく分からないまま適当に注文した。
あとは来てからのお楽しみだ。
できれば量が多いと良いんだがな。なるべく食べさせて、お酒の量を減らしてあげたい。
原作でも『ワインなんてお酒のうちに入らないわ』と言って、悪酔いしていたからな。
するとすぐに店員が、山盛りの栗! を持ってやってきた。しかも皮付きだ。
「茹で栗です。カキフライは調理中なので、もう少々お待ち下さい」
な、何だって! カキフライだって? それって『日本食』だろ?
いや、『牡蠣』を小麦粉、卵、パン粉を使って油で揚げれば、どこでも同じか?
でもそれで安いってことは、量が少なそうだな。
「そのカキフライっていうのは、一般的な料理なのか?」。店員に質問する。
「新メニューですね。異国から伝わった創作料理なので、珍しくて人気なんですよ」
なるほど。これは是非、元日本人としてレオナに食べさせてやりたい。
前世の俺は、エセ日本食には厳しかった。ちゃんとしたものが出てくると良いのだが。
……そう考えていると、レオナの困った声で我に返る。
「ねえ? でろりん、これってどうやって食べればいいの?」
固い皮付きの栗の山。それを前にして、レオナは呆然としていた。
「皮を剥いて食べれば良いんじゃないか?」
慣れない手付きで、必死に栗を剥くお姫様。手汗をかいているが大丈夫か?
皮は俺が剥くことにする。カキフライが来れば、状況は変わるだろう。
「へー、そうやって食べれば良かったんだ。難しいわね。それとでろりんは頼りになるのね。 あたしの専属騎士になってほしいぐらいだわ」
「パプニカって騎士ではなく賢者の国だよな。レオナにはパプニカ三賢者がいるだろ?」
「あたしね、本当はカール王国に憧れているの。最強の騎士団がいるというのも、羨ましいわ。賢者もいいんだけど、やっぱりお姫様は、自分を守ってくれるナイトに憧れるわけなのよー」
そう言いながら、こっちを見つめてくるレオナ。
「ん、いやーそれは……」
「あー! でろりん赤くなってるー」
なってない、なってない。
いや、なってるか。冗談交じりとはいえ、お姫様に口説かれているんだもんな。
「お待たせしました。ワインとカキフライです」。店員が来てくれた。ナイスタイミング!
しかも、ちゃんとカキフライしてるじゃないか。衣もサクっとしてそうだ。
出来は良さそうだが……。
「ちょっと待った。このカキフライにはタレがないじゃないか」。思わず指摘する。
「へ? あ、タレですか? では少々お待ち下さい」。そう言って店員は戻っていった。
惜しいな。やっぱりタレがないとなぁ。俺はともかく、レオナに食べさせるんだし。
よし、あとはワインだワイン。
ふと向き直ると、レオナはワイングラスをクルクルと回していた。
とても上品な仕草で似合っている。見様見真似だろうが、大したものだ。
乾杯! そしてまずはワインを一口。
……なるほど。穏やかで、果実味が豊かな感じがする。
初めてでも飲みやすい部類だな。レオナも美味しそうに飲んでいる。
そこにカキフライのタレが来た。味見したがこれなら合いそうだな。
さっそくタレをかけて、その小皿をレオナに差し出そうとする。
「んんーーーー! このワイン最高! 栗も手間がかかるけど、食べられないことはないわね。そしてこれは、カキフライっていうのね、変わった食べ物なのねー」
「俺はその料理、ちょっと知ってるんだ。最高に美味いぜぇ、レオナの食べる顔が楽しみだ」
「ええと、これは外側は剥かなくてもいいのよね? 剥いたほうがいい?」
ダイエット目的で衣を剥がす女子がいることも確かだが、見た目が汚いのでやめてほしい。
それに量はそんなに多くないから、パクっといって大丈夫だろう。
「待った! それは剥かない。その衣が美味しいんじゃないか。そのまま齧ってみろよぉ」
思い切った表情で、口に入れるレオナだったが。
「んんーーー?? なにこれ? なんか中がべちょべちょしてるんだけど」
ふむふむ。それで?
「んーー、なんか変な感じ。タレのベタっとした味と、中の変な甘さが独特よね」
食感はたしかにそうかも知れない。
でもそんな味だったか? きちんと調理したんだろうな? エセ日本食は許さないぞ。
パクッ。
俺も一口食べてみた。
「よく揚がってると思うけど、な? ……なんだこの味は、変な甘さが気持ち悪い」
「でしょー、やっぱり安いメニューにしたのは失敗だったかしら。でも勉強にはなったわ」
最初からそういう食べ物だと思えば、悪くはないかもしれない。
だが期待した日本時代の味と、あまりにも違うからなぁ。
自分で汚いと思ったばかりだが、衣を剥がして中を確認する。
まったく何をどう失敗すれば、あんな味になるんだ。
……。
やがてカキフライの衣の中から身が姿を表す。白……ではなく、柿色の身が。
ん? ええ? なんだこりゃ。
は? バカじゃないのこれ。果物の柿じゃないか。
このカキフライは、『牡蠣』のフライではなく、『柿』のフライだ!
騙されたー!
そういえば、『森の幸』を食べられる店だったことを忘れていた。
柿もまずくはないが、このタレが致命的に合わない。
タレを頼んだときに、店員が変な顔をしていたのはそのせいだったのか。
やられたー!
レオナはつまみが合わなかったせいで、どんどんワインを飲んでいく。
これは悪酔いしそうだなぁ。十四才がそんなに飲んだらまずいだろ。
急性アルコール中毒にでもなったら、きっと俺は死刑だぞ。
そう考えたら怖くなってきて、酔いは吹っ飛んでしまった。
一気に飲んだせいか、レオナは視線が泳いでいる。
そうだ、エイミがこっそりと、デートを監視しているはずだ。
そろそろ止めてくれよ。周囲を見渡すと、新聞を広げて顔を隠した女性の姿があった。
今日の楽しかったデート。いい思い出になるであろう一日を、絶対に汚したくない。
宝箱に入れて鍵をかけて、俺の心の中で、ずっと大切に仕舞っておきたいんだ。
席を立ち、顔を隠した女性のところに向かう。そして相手の顔を確認する。
するとそこには、少しムッとした表情のエイミがいたのだった。
フラグを立ててほしい要望がありましたので、デート回になりました。
今後ずるぼんたちと合流できたら時間が飛んで、デルムリン島のフラグが立つかもしれません。
原作通りに、島のみんなをブチのめしてゴメちゃん捕獲するかどうか。
でろりんは迷っています。