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ここは華やかなパプニカ城の地下に隠された暗部。
でろりんが捕まっている留置場から、三十メートルほど離れた取調室でのこと。
まだ他に誰もいないその部屋で、司教のテムジンは独り言をつぶやきながら思案していた。
――ううむ。なるほど。これは困ったわい。
五万ゴールドのべホマ代をポンと出すこの男、でろりんはワシの上客じゃ。
ワシの研究とクーデターには多くの資金が必要。できれば穏便に済ませてやりたい。
そして、このでろりんを利用してもっと金集めをしたいんじゃが……。
アポロが縛り首を強く主張している。なんとも状況が悪いわい。
賢者でもバロンの方なら協力者なのじゃが、アポロ達は……。
ワシの計画を知るには早すぎるか。上手く形だけの罰で済ませる方法はないものかの。
◆
やがて関係者が取調室に集合。俺への取り調べが一通り終わると女賢者のマリンが口を開いた。
「じゃあ、あなたがロモス王国に名高いデルタの息子、神童アルファなのね」
「よしてくれ。今の俺はでろりんだ。神童なんかとっくに腐っちまったよ。それに俺の親父が有名とはバカの方面でか? それならそうかもなぁ」
やり取りを聞いてアポロがホッとした顔でつぶやく。
「ほう。君は地元で少しは知られた才子だったのか。僕はてっきり、ただのゴロツキにまぐれ負けしたのだと随分落ち込んだものだよ。よく考えれば君が使ったあのメラは尋常じゃなかった。もう一回再戦したいぐら――」
そのとき、アポロの声をさえぎる形でエイミが叫ぶ。
「違う! でろりんはちっとも腐ってなんかない。でろりんが縛り首になったら、この国の法のほうが間違ってると思う! だってあなたは何も悪いことしてないじゃない!」
腐った云々はただの言葉の綾だけどな。
「エイミだったか? 俺にそこまで言ってくれるのは嬉しいが、まあ、法律が間違っているというのはその通りだぞ。再び魔王のようなヤツが現れてモンスターを支配すれば、多くの死人、傷ついた孤児、第ニ、第三のずるぼんを生むことになる。今モンスターを減らしておくのは間違っていないんだ」
「それは君の詭弁だよ! 罪もないモンスターを無差別に殺すなんて、かつて魔王軍のした事と立場が変わっただけで同じじゃないか! でろりん君が無茶をする前にここで厳罰に処すべきだ」
「アポロのバカ! でろりんがかわいそう! 未来の人たちを救おうとしてるのに……。でろりんが死んだら、あたし賢者なんかになるの、やめるから!」
エイミの発言にテムジンは慌てた様子だ。困り顔でその視線は宙を彷徨っている。
代わりの利かない優秀な人材なのだろう。五芒星が欠けたりしたら大変そうだ。
パプニカは賢者の国。今回のベホマだけでなく様々な儀式がありそうだしな。
「んんっ……。おほん、おっほん!」
その咳払いに一同は、この場で一番偉いテムジンの方を向く。
「話がまとまらないのならここは一つ、ワシがまとめてみせよう。そこの、えー、でろりんなる若者とは、多少の縁もあることじゃしな」
皆が固唾を飲んで見守る。
「そこのでろりん。他国ロモスの出身でありながらパプニカの地に足を踏み入れ、あろうことか、我が国で大切に保護されておるモンスターを殺害。そして戦利品の売却で不当な多額の利益を得た。そうじゃな?」
「確かにそれは俺がしたことだ。間違いはない」
アポロは嬉しそうな、エイミは泣きそうな顔をしている。
「しかし、でろりんは傷ついていた一人の少女を救った。利益の大半、五万ゴールドをベホマ代としてワシらに支払いその結果、ずるぼんという人間を立ち直らせたわけじゃ。間違いないな?」
今度はエイミがホッとした顔をし、アポロは下を向く。
「ああ、先ほど述べたようにそういうことになるだろうな」
「お主がパプニカの法を破ったことは事実じゃ。罰は受けなければならないが、情状酌量の余地はあると思わんか? どうじゃ? アポロよ」
「テムジン様がそうおっしゃるのなら、縛り首はやりすぎかもしれません。多少は罪を減じても仕方がないと僕は思います」
「おほん。経緯はどうあれ、ワシら聖職者に五万ゴールドを支払ったのじゃ。その金は教会の運営費に廻り、その聖光が増すことで国民を救うことにも繋がるのう。さらに巡り巡って、保護されておるモンスターのためにもなるのじゃなかろうか?」
なるほど。こじつければそうかもしれない。司教のテムジンに対して俺への心証は良いようだ。
「ほら! テムジン様もそうおっしゃってるよ。許してあげなよアポロ」
「むむむ……。ぬぬぬ……。ま、マリンはどう思うんだ」
「でろりんは未来の勇者だし、ちょっとの罰金くらいで許してあげたら?」
「何だって! く、くそ。でろりんが勇者だって。嘘だろ。どうしてそうなった」
そう言ってアポロの顔つきが変わった。何かを決意した表情だ。
「僕も分かった。でろりん自体は罰金の上、釈放でいいだろう。しかし、この卑怯者の弱虫が勇者に例えられるなど、僕には決して耐えられない。だからでろりんとの正式な決闘を要求する。僕に勝ってみたまえ」
「俺に負けたことがよほど悔しかったと見えるな。安心しろアポロ。その決闘受けてやる」
「せいぜい姫様の前で君の無様な姿を晒してもらおうか、でろりん。きっとエイミやマリンだって幻滅するはずさ」
……。
さっそくその日の夕方、パプニカの闘技場で試合が開かれることになったのだが、
控室に連れてこられた俺は、試合前に圧倒されて驚いてしまった。
とにかく度肝を抜かれたのが室内にある大きなモニター。そして大きな音声だ。
『うふふっ! 今回の試合楽しみね!』
事前に説明は少し受けていたのだが、実物を見るとやはりびっくりするもんだな。
もともとは悪魔の目玉という、魔王軍が中継に使うモンスターだったが、テムジンがそれを改造。
人間用に使いやすくした試作品とのことだ。
画面にはパプニカの姫であるレオナの姿が映っている。
気高い黄金の髪に、琥珀の双眸。若草色の服は気品に満ち溢れているが、声は可愛らしい感じだ。
今日はアポロが新賢者になってから初めて行う試合らしい。お披露目の機会というわけだ。
はしゃいでいる様子のレオナ姫は声が大きい。モニターから少しだけ離れておこう。
「ねえっ、アポロはどんな勝ち方をするかしら?」。レオナ姫はお付きの老人に話しかける。
「きっとアポロの瞬殺ですじゃ、姫様。相手はでろりんという変な若者にございますのじゃ」
「キャハハハハッ! 何それー! 変ななまえーー! ありえなーい! アハハハッ! んー。でもかませ犬かぁ。やっぱりレオナつまんなーい」
俺のことがボロクソに言われているぞ。
「ですが姫様、試合は相手があります故、負ける可能性もほんの少しぐらいはありますのじゃ」
「ないわよ。万が一にもアポロが負けたり不甲斐ない試合をしたら、あたしがノーコンテスト、無効試合にするから。相手のレギュレーション違反とかで」
「姫様、そんなご無体な」
「いいえ、最後に勝ち負けを決めるのはあたしなの! アハハハハッ」
高笑いを決めるレオナ姫の下、闘技場の門をくぐり俺は入場することになる。
――『西の門から登場するのはーー正体不明、謎の戦士でろりん選手』
「何だそのふざけた名前はーーー! でろでろでろりーん!」
「ぶはははははっ。でろりんがんばれー自分から降参するなよー!」
「名前でもう負けてるじゃねえかー! どうせ負けるなら面白い負けかたしろよー!」
完全アウェイか。アポロめ、自分の土俵に引きずり込んできたな。
日の当たる世界を歩いてきた彼はこういう場での戦いが得意なのだろう。
まったく俺とは正反対の男だ。
先に入場をしたからアポロが入ってくるまでは少し時間がある。
俺は目をつむってこの後の作戦を考えておこう。
「姫様、相手の選手が入場しましたよ」
「へー! あれがでろりんなの! 名前に似合わずいい顔した男じゃない! アポロ苦戦するんじゃないかなー? まぁ絶対に負けることはないけど。キャハハッ!」
◇
ここは残された城の地下。でろりんや賢者たちはこの場を後にしたので静寂を取り戻している。
ずるぼんは取り調べで憔悴。観戦には行かずに静かな部屋で休んでいたのだが、
そんな彼女に手招きして喋りかけてくる存在があった。隣にある牢からだ。
「ほっほっほっ。そこのオナゴよ。近う寄って水晶玉を見てみい。これから面白いものが見れるに違うまいて」
「お爺さんは誰?」
「わしは人呼んでさすらいの占い師、まぞっほじゃよ」
「まぞっほはどうしてそこに入ってるの?」
「ちょっと置き引きをしていたら捕まってしもうての」
「えー、じゃあ、まぞっほは悪いお爺さんなんだ」
「……わしのことなどは良い。この水晶玉でとくと見るのじゃ。さっき騒いでおったお主の連れ、でろりんという男の戦いをな。どうやらレオナ姫の御前で試合が行われるようじゃ」
◆
でろりんvsアポロ、過去の戦績はでろりんの1勝0敗ですが
今回アポロのホームでの試合です。勝てるのでしょうか?