俺はロモスの宿屋で眠りに落ちたはずだ。今はきっと夢を見ているのだろう。
目の前でゆらゆら揺れる存在と俺は何かを話している。
相手の顔は見えているのに、何故かそこだけ形を認識することができない。
……そうだ思い出した。確かこの人は神様だ。
生まれてくる前の記憶。それが俺にはある。普段は忘れているだけなのだ。
だから会話の相手が神様だと知っている。
俺の意思とは関係なく俺の口が動く。そうして神様との会話が進んでいくのを、
ここで俺自身が眺めているという不思議な光景だ。
「この世界は大丈夫なのか?」
『まだ大丈夫じゃ。しかし、少しずつ危なくなってはきておる』
「どういう状態なんだ?」
『魔の森にワニ型のモンスターがおる。その者の命が危険に晒される』
その言葉が耳鳴りのように増幅されて、大きく激しく聞こえた瞬間、
俺の頭に思考が奔流となってパーッと流れ込んできた。
世界の未来は定められたルートを通る。なぜなら運命には修正力がある。
予定外の変化、因果律のぶれ、綻びがあったとしても吸収され、
結局は決められた結末に向かって進んでいこうとするからだ。
しかし、運命の修正力には限界があり、それを上回る変化を受けたとき、
未来の世界は大きく変わる。もう二度と元に戻ることはない。
「もしそのワニ型のモンスターが死ぬとどうなるんだ?」
『危ない。危ない。危ない。そのときには三界の滅びが定められる』
……。
ドクン・ドクン・ドクンッ。
自分の心臓の音で俺はハッと目が覚めた。変な夢を見ていた気がするな。
まだ外は暗い。まぶたをこすり部屋の中を見回すと、
寝相の悪いずるぼんの足が俺の上に置いてある。変な夢の原因はこれか。
まぞっほは、気持ちよさそうにいびきをかいている。
ほっとする光景だ。みんなもいる。きっと大丈夫だ。また寝よう。
俺の鼓動も少しずつ落ち着き、いつもの眠りに落ちていった。
チュンチュン。
そしていつもの朝。今日はロモス国王にお目通りの日だ。
「おおー! そなたのことは聞いておるぞ。でろりんよ、よくぞ参った」
「ははっーー」
「ライオンヘッドの白い赤ん坊とは珍しいのう。
シロという名前をつけたぞ。余に手に入れたいきさつを聞かせてはくれんか」
「はい。我々が邪悪極まりない魔物の残党を退治していたところ、死骸の中にヤツらの生きた赤子を見つけました。いくらモンスターといえど、赤子を殺すのは戦士として忍びない。かといって放っておき成長させては危険。俺、いえ、私はたいそう悩みました」
「うむ。立派なことじゃ」
「もったいなきお言葉。そして悩んだ末に私は考えました。この赤子を魔物保護の分野で名高い王様に献上するのはどうかと。赤子を殺さずに済み、将来の危険を生むこともない。そのように思って献上した次第でございます」
「すばらしい若者じゃ。余はそなたの将来が楽しみじゃわい」
「王様の期待に少しでも添えるようこれからも励んでまいります」
「あいわかった。でろりんには『はがねのつるぎ』を与えよう。今後もしっかりとな」
「ははっーー」
……。
「ああーもう! 緊張した! あたしなんて王様に会うどころか、今まで生きてきて、お城の中に入ったことすらなかったもの」
「ほんとか? ずるぼんもパプニカ城だったら入ったことあるはずだろ?」
「あれは例外。あのときは地下だけだったもの。カビ臭いし薄暗いしサイアクー」
「わしもでろりんに牢から出してもらって寿命が伸びたわい」
「まぞっほはロモスを嫌がっていたがどうだ? 俺の故郷はなかなかいいところだろう」
「ロモスは占いで嫌な感じがしたのじゃが、わしの占いもたまには外れる。気の所為じゃったか……。まあ船から降りた時点で腹はくくったがの」
「はははっ、それで俺たちはこれからどうする?」
今の俺たちは切羽詰まった事情はないし、何しても良いんだけどな。そういえば、ワニというワードが思い浮かんでくる。何故だろう。
「よーし! みんなで魔の森いくかぁ! 今夜はワニをさばいてワニ鍋だー」
でろりん一行は王都を後にし崖を登る。この先が迷いやすい魔の森だが、
入り口にいた木こりの少年、スタングルに土地勘を教わったから大丈夫だろう。
ロモスの森はいいなぁ。仲の良い三人でピクニックだ。モンスターは見逃す。
時間も限られているし、森の探索とワニ狩りがメインだからな。
俺たちは三時間ほど歩き、森の泉のあたりで腰を下ろして休憩する。
しかし、どうも泉の色が汚い。これでは飲み水にならないな。
見回すと、草むらに隠れるように大きなワニ男のリザードマンが倒れていた。
そいつは腹から血を流している。泉の汚染はこいつのせいか。
「ちっ、なんだよ。ワニはワニでもこれは食べられないワニだ。しかも、水を汚しやがって鍋もできやしない。使えないやつだな」
腹いせにワニ男を蹴飛ばすと、そいつはビクビクっと痙攣して声を上げた。
「ぐはあぁ!」
こいつまだ生きてたのかよ。
「でろりん、可哀想だからとどめを刺してあげる?」
「そうだな。この状態で中途半端に生きているよりましだろう」
……と言った瞬間に気がつく。いや待て。
ものすごい怪我だが、ずるぼんのホイミの練習になるんじゃないか?
「おいずるぼん。今後のこともあるしこいつでホイミの特訓だ。そうしないと、肝心な場面で上手くいかなかったら困るだろ? 今なら失敗しても構わないんだし、いい練習になるだろうぜ」
「そうだね。あたしのホイミまだ自信ないから。あ、そうだでろりん。この『家庭教師の指輪』だけど、今使ってもいい?」
「そうだな。そろそろベホイミできるぐらいまで魔力溜まってるかもな」
「いっくよー! ずるぼん特製、ベホイミ!」
ずるぼんがそう言って手を当てると、ワニ男の開き放題だった傷が半分以上閉じたが、
完治する前にベホイミの光が消えてしまった。
「なるほどー、これがずるぼんのベホイミか。この後もこいつを使ってずるぼんのホイミと、俺の薬草、どっちが効くかの競争しようぜ」
「いいよ。いくらあたしだって、そんな萎びきった薬草には負けないからねー」
「くっくっ、ずるぼんよ、俺は薬草のプロだぞ。これぐらいのが一番使いやすいんだ」
……そうしてしばらく経つと。
「うえーん。ホイミが薬草に負けたーーー。でろりんのばかー」
「俺はずいぶん一人でやってきたから、薬草学には自信があるんだ。アポロとやりあったときも『新月草』という珍しいのを使ったな。ここだとそうだな。例えばあそこの『うつくしそう』はとっても美容にいいんだぜ」
「すごーい! ロモスって珍しい草がいっぱい生えてるんだね!」
嬉しそうに草を引っこ抜くずるぼん。
俺はワニ男をちらっと見る。大きな傷はほぼ塞がったが出血も多かったのだ。
完全に治すまではいかなかったから、容態はまだ厳しいかもしれんな。
だがここまで治療してからトドメをさすのはさすがになぁ。
使い終わったワニ男をそのまま草むらに投げ捨てて先に進むことにした。
……。
スタングルという木こりの少年に入り口で教わった情報によると、
このまま行けばネイル村という小さな人里があるらしい。
リザードマンの治療で時間がおしているので、夜はネイル村に泊まるのもいいか。
しばらくするとずるぼんが白い顔で立ち止まる。
「あたし、ちょっと寒気がしてきた」
「でろりんよ、気をつけることじゃ。どこか周囲の気配が変わったぞい」
「そうかあ? どうやらまぞっほは心配性みたいだからな。もっとおおらかになったほうが長生きできるんじゃないかぁ?」
「マジメな話をしとるんじゃ。わしは魔王がいた時代を知っとるからな……。モンスターがひどく暴れていたときの空気はこんな感じじゃった。ずるぼんも生い立ちを聞くに、肌身に染み付いとるのじゃろう」
まぞっほは爺さんだし、ずるぼんだって俺よりちょっと年上だしな。
彼らが言うのならそうなのだろう。
――でろりんよ! 気をつけい。あばれザルじゃ!
血走ったあばれザルが三匹現れて俺たちに襲いかかってきた。
確かにちょっと普通じゃない。しかも三匹か。前衛が一人しかいないのがつらいぜ!
あばれザルの皮膚は斬りにくくて厄介なんだよな。
俺は、勝つか逃げるかがモットーだが、今は『はがねのつるぎ』がある。
ロモス王にもらった剣、その試し切りのいい機会にしてやろう。
◇
ここはとある魔族の研究室。
「ザムザ様、ザムザ様。聞いてくださいまし! リベンジできましたわ! ドラゴン戦のあとに負けてしまったあのワニ型、けっこう硬い腹に手を突っ込んで中をねじ切ってやりましたの」
「そ、そうか。ルーティア。だがあいにく、オレは大切な実験中なのだ。あとで聞いておくから、話しかけないでくれ」
「もう! ザムザ様ったら」
「いいか。これが終われば、人間のふりをしてオレはヤツらと接触する。スパイとして入り込み人としての地位を手に入れたい。今後のためにな。そのときにおまえの人間用の服を買ってきてやろう。おまえの容姿は人間に近い。翼を取り外して露出の少ないドレスを着れば、モシャスを使わなくて大丈夫だろう」
「きゃー! 人間のドレス、この体で一度着てみたかったの! さすがはあたくしのザムザさま大好きわよっ」
「お、おい。ちょっと待て。抱きつくな」
ガッシャーン! ルーティアを受け止めたザムザに押されて薬品が倒れる。
「ルーティアーーー!!! おまえは強いし美形だし完璧だと思ったが……。とにかくオレの研究の邪魔はしないで外で遊んでくるんだ。ちょっとぐらい人間をおもちゃにしても構わん。おまえなら大丈夫だろう」
「はーい、今日はいいお天気ですしお外で遊んできますわ!」
(そういえば、森に置いてきたアレを回収しなきゃいけませんわね)
◆
この後は、ロカというキャラが出てきます。
一応、原作キャラなのですが謎が多いです。