現代にTS転生したけど馴染めないから旅に出た 作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)
※本編の前に注意事項:これを執筆した時点では知床の遊覧船の痛ましい事故の前であり、悩みましたがこの話の該当箇所を削るのは展開上困難と判断し、そのまま描写をしました。
被害者の方のご冥福をお祈りいたします。
これに関して少し調べましたが、現在の知床では大小の遊覧船は運航されており、以前とは比べ物にならない安全対策をした上で、運航中止の判断もかなり厳しい基準で決められているとの事。北海道出身者として、二度とあのような事件が起こらない事を心から願います。
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「結構迫力あったねぇ」
「うん、もう一周したいなぁ〜」
「いや流石にそれは……えっと網走監獄を見てきました。流石に入館料を払う施設は自分の足で行くべきなので配信は自粛したんだけど、思ったより良かった」
: ワイはコメ欄のお前らがここの厄介にならないことを祈る
: それな
: ねーよ。オレたちは健全にチェリーを愛でるのみ
: それが犯罪臭するんだよなぁ
: 草
結局わたしたちは紋別市のホテルで二泊した後、のんびりと巨大な汽水湖であるサロマ湖を見物しながら網走市に入った。
ちなみに紋別での二泊目は、漁港近くにあった市場で買って来た魚介類を使って、ホテルの部屋で料理をした。
というか前日のカニが美味しかったから、またもや巨大なタラバガニを購入し、パスタやら焼きガニやらを作ってメシテロを敢行し、リスナーを阿鼻叫喚の状態に落としてやったのさ!
流石にこの身体で大型バイクを運転し続けるダメージは割と無視できなかったね。
なので二泊したのは正解だった。
おかげさまですっかりとリフレッシュできた。
話を戻して網走では、網走監獄という旧網走刑務所の建物をそのまま使った歴史博物館に入ってみた。
北海道観光では割とメジャーらしいけれど、地元リスナーに”一度見ておくべき”と強いプッシュがあったからね。
ここは明治時代から使われていて、今は新しくなった網走刑務所に役割は移っている。
映画の舞台になった事もあり、知名度はあるが、単純に刑務所を見学できる以上に、北海道の歴史に直結する歴史的に意味のある場所なのだ。
パンフレットによると、東京ドーム3.5個分の敷地面積があるらしい。
中では受刑者たちがどんな生活をしていたかを見学できる。
驚いたのは、味噌や醤油といった調味料を中で自作していたり、レンガを焼く施設があったりと、かなり自給自足が行われていたという事かなあ?
まあ当たり前なんだろうけどさ。
当時は現代の様な流通事情よりも劣っていたし、毎日仕入れるなんて出来ないんだろう。だから自分たちで作るのが当然なんだろうし、何よりオホーツクの厳しい気候の中での作業が、そのまま刑罰の一環という。
何より、この手の施設を見ていると、北海道って観光イメージが強いけれど、実際に人が住む土地としての歴史はびっくりするほど浅いって事に驚く。
元々はアイヌ民族が暮らしていた土地だし、人が多く入植してきたのは幕末以降だからね。
なので文化が根付いたって意味では、まだ200年にも達していない。
そう考えると面白い場所だよね。
面積は大きくても離島であること。
気候が厳しすぎて過酷な事。
それは本州での常識が通じない事。
結果、北海道はガラパゴス諸島の生物が独自の進化をしたように、本土とは違った文化や生活習慣が根付いたのかなって。
「んー、寒い寒いって騒いでたけど、段々慣れてきたね姉さん」
「そうだねぇ〜。そろそろ一週間になるから」
「もうすぐ日程の半分が終わるのかぁ……あっという間だぁ」
網走を出たわたしたちは今日の目的地であり、旅の目玉でもある、世界遺産、知床国立公園に向かっている。
それもあって旅の6日目でもある今日は、午前中の早いうちに網走観光を終わらせたのだ。
ひとくちに世界遺産の知床と言っても、とにかく大きい。
ニョキっと生えた知床半島は、根元から先まで70kmもあり、幅は一番長いところで25kmにもなるそうな。
そして北側が斜里町、南側に羅臼町があるんだけど、わたしたちは北側から来ているので、今夜泊まるのは斜里になる。
と言っても、半島の根元から30kmほど中に入った場所の海側なので、網走からはかなりのロングツーリングになる。
なので今日の配信は、わたしのヘルメットについているアクションカメラのみの単純な車載映像だけに絞り、コメント読み上げも切っている。
コメント自体は流れてるし、姉さんが対応しているけど。
網走の手前にあったサロマ湖、能取湖という巨大な汽水湖。
汽水湖ってのは湖なのに海水が入り込んでいる所。
そして網走湖、その周囲を埋め尽くす湿原に原野。
そんな本州ではなかなか見かけない絶景を眺めて来たわたしたちだったけど、JRの
実際それはリスナー達も同じだったようで、北海道に来たことが無い人らはただただスゲーとかヤベーという小学生並みの反応だし、地元民たちはどや? 凄いやろ? と自慢げ。
どっちにしろ車載映像に釘付けになっている。
彼らがその調子なんだから、実際に現地にいるわたしたちの感動はさらに上だ。
と、思えば、何か視線を感じて横を見ると、姉さんがじっとわたしの横顔を見ている。
それにハッとしたわたしは、思わずごまかすように月並みな感想を言って苦笑い。
そうだよねえ。今日で6日って事は、明日で丁度半分が終わったことになる。
二週間で北海道観光。最初は結構なボリュームだって思っていた。
もしかすると持て余すかな? 途中で飽きないかな? ってさ。
そうは言っても、実際のわたしたちは日程の半分を使って外周をぐるりと回っているだけだから、北海道で見るべき場所のほとんどをスルーしているとも言える。
ま、それだけ北海道はでっかいどーなんだね。
できれば函館まで行きたいけれど、知床以降の展開によっては断念もありえる。
無理すればいけなくはないよ?
けど今いる道東の端っこから、札幌に向かうにはおおよそ8時間かそれ以上は余裕でかかる距離だ。
そして札幌から函館まではだいたい4時間ほど。
どっちにしても一応は有料道路のルートがつながっている。
けどね、かなりの勾配が続く場所も多いし、ラクって訳でもなさそうなんだよね。
景色を楽しみたいとは思っても、一般道での峠越えはしたくないしさ。
それに泊まったり食事をしたり、観光をしたり。
そういうタイムロスを考えると、残り1週間では結構アレだと思うの。
それに、わたしはこのオホーツク海側の景色をすっかりと気に入ってしまった。
できればもっとゆっくりと見たい、そう思っている。
帰りる際のルートは、来た時の苫小牧のフェリーもあるけど、釧路、室蘭からも東京方面に船が出ている。
一応往復で予約はしてるんだけど、最悪キャンセルして別の所から帰るってのも考えなきゃいけないかなぁ?
まあこれも旅の醍醐味というか、そもそも行き当たりばったりでやるって言ってたし、そう考えると延長もアリと言えばアリか。
現在のわたしや姉さんは、コレが仕事と言えば仕事だしねえ。
どこまでできるかわかんないけど、どこまでやれるか頑張ろうっていうのが姉妹で話し合った結果だし。
それにだ。本来の目的である、リスナーからの投げ銭を使って〜って奴だけどさ、実際はそんなに派手に使えてないんだよ……。
カニを買ったりとかで散財っぽいのはしたけどさ、逆に言うとツーリング中はほとんど減らない。なので毎日使っているお金は、10万にはるか届かない。
いやー別に切り詰めるつもりも、そんな気も無いんだよ。
けどね、金をガンガン使う目的だと、移動が多くを占めるツーリング旅と相性悪いって今更に気が付いたね……。
バイクの運転はかなり疲れる。
事故らない様に周囲に気を配り続けるから気疲れもするし、微振動の多いハーレーだから物理的にも消耗するし。
そんな時に食欲はあまりわかないからなおさら。
それにしても姉さんは、なんでわたしを見ていたんだろう?
旅の終わりが見えてきてセンチメンタルになった?
それとも――
どっちにしても、わたしは旅の終わりにある事をしようと決断をした。
それに対して恐怖心は無い。
もう完全に覚悟が決まっているんだ。
ならその瞬間まで、わたしはただ十全に、そして純粋にこの旅を楽しむ。
わたしと、姉さん。
2人旅を。
わたし達のロードムービーはどんなエンディングを迎えるのかな?
キングのスタンドバイミーの様に、人生の旅はそれぞれの道に進んでいって、子供の頃のふしぎな体験を忘れてしまう。
それが大人になる事なんだろう。
オレだったわたしの人生の旅は、とても歪な始まりだった。
けれどいつか、ずっと将来。
この旅の事を思い出した未来のわたしは、いったいどう感じているのかな?
懐かしむ? それとも苦しむ?
できれば笑っていたいなぁ。
そう思いつつ、わたしははるか先に見えてきた、知床半島に目を奪われたのである。
☆
: やべえよやべえよ
: これマ?
: チェリー持ってるなぁ(震え声)
: 洒落になってねえんだよ
: 道民どうにかせーや
: むりむりむりかたつむり。ちな札幌民やけどこんなん出たらニュースで大騒ぎやで
: うちのお姫さん達、目キラッキラなんやが
: それな
「……」
「……」
突如として、空気の密度が変わった気がした。
鼻孔を突き刺すような、湿った土の匂いと、獣特有の強い麝香臭(じゃこうしゅう)。
視界の端で、法面が崩れたかのような黒い塊が跳ねた。それが、ボウリングの玉のように転がり落ちてくる。
ガリッ、とアスファルトを爪で削る乾いた音が響き、ドゥン、と地面を揺らす重い着地音。
トライクの排気音が、自分の中に吸い込まれるように消えていく錯覚に陥った。
目の前に現れたのは、巨大な影。
四つ足で立ち上がったそいつは、わたしたちを見下ろしていた。空気を震わせるような獣の呼気。背中を反らせた瞬間に見えた筋肉の隆起が、こいつが「絶対的な捕食者」であることを突きつけてくる。
恐怖で鼓動が早鐘を打つ。エンジンを止めてはいけない。クラッチに指をかけ、即座に逃げるための計算だけが脳を支配する。野生の暴力的な質量を前に、ただただ圧倒されていた。
……ヒグマだ。
斜里町エリア。ウトロへ向かう道。
あからさまにデカい。
これが、海から見たかったヒグマの正体か。船に乗るモチベがこれでほぼ消滅したよ……。
襲ってくる気配はない。ただ、こちらをジロリと見ている。
ギアを入れたまま、いつでも発進できるように全神経を集中させる。もし本気で突っ込んできたら、トライクなんておもちゃ同然だ。
「……行っちゃったね」
「すごかったねぇ〜登っていくときもはやい!」
結局ヒグマは帰って行った。
地面をフンフン匂って、そのまま山へ。
その時、斜面を駆け上がる背中は、信じられないほどの速度だった。
: 映画化決定
: www
: やだこの姉妹一切動じてないんだけど
: 俺なら騒いで喰われてたわ
: ワイも
: (50000円)
: 久しぶりに来た!無言投げ銭ニキ
: 草
そんな感じで、ヒグマとの邂逅を果たしたわたし達は、なんとも微妙な感じでホテルへと入ったのである。
いや、うん……船には乗るさ・・予約はしてるし。うん。
☆
「うぇ〜い……好きに言えばいいさぁ……まさか酔い止めを破るとはね、波の奴め……ライバルとして認めてやるよ……」
: まただよ(笑)
: まるで成長していない
: もう許してやれよ
: ワイも画面見てて酔ったゾ
: スプラッシュ・チェリー
: リングネームかよ
: 草
: (30000円)
: 無言ニキ・・・ははーん、さてはお前リョナラーだな?
: 申し訳ないがリョナはNG
: (10000円)
: 倍プッシュだ・・!
: www
: ワロタ
「あ゛あ゛ぁ〜朝ごはん全部出たぁ〜〜……」
「…………」
: ちらっと見えたヒマ姉さんの顔がヤバイ
: いつになく真顔だね
: 微妙に肩が震えてる
: やめろーヒマ姉さんは堪えろ
: ゲロインはチェリーだけでオナシャス!
: あっ
: ああああああああああああっ
: (50000円)
: (50000円)
: うん、嫌な事件だったね
: ダメでしたぁ
: ゲロイン姉妹爆誕
: リョナラーの皆さん大歓喜草
: やっちまったなぁ
姉さんも大リバースした。
貰いゲロってやつだね……。
のたうち回る姉さんの背中をさすりながら、わたしは介抱する。
だが、ふと脳裏を過る、底冷えするような冷静さがあった。
――あ、これ最高に『撮れ高』があるんじゃない?
そんな下世話な思考が、苦しむ姉の姿と同時に脳を駆け巡る。
必死に介抱しながらも、わたしの中の『配信者』がニヤリと笑っているのがわかった。
これが配信者の業(カルマ)というやつか。罪悪感と、素材としての興奮が混ざり合って、吐き気がするほど面白い。
わたしは自分の中のこの醜い部分が、少しだけ怖かった。
「うえええ……気持ちわるいよぉ……もう帰りたいよぉ……」
「…………うふっ、くふふっ」
ダメだ、意外過ぎる姉さんの姿に吹き出してしまった。
人の不幸なのに。ぷーくすくす。
: 酷い逆襲を見た
: ドSチェリー誕生
: 今までヒマ姉さんにマウント取られ続けたからね残当
: しかも背中さすりながらすっげえ映してる
: 姉より優れた妹はいた!
: 草草の草ァ!
こんな感じで、朝いちばんで飛び乗った知床観光船の遊覧旅は、ほぼ8割がリバース騒ぎで終了した。
あ、一応ね、船からしか見えない滝とか、ヒグマとか、珍しいフクロウとかは見た。
でもね、やっぱり昨日、あんな近くでヒグマを見てるからさ。
リスナーも含めて、感激は薄かった。
だってガイドさんが「ヒグマです!」と教えてくれるんだけど、双眼鏡がないと豆粒だし、迫力はないよねえ……。
くそう……映画を見ようとする横でネタバレされた気分だよ。
丘に戻ったわたしたち。
「ああ、まだ視界がゆらゆらしてるねえ……」
「チェリーちゃん、姉さん帰って寝たいよぉ……」
「そだね……いっそもう一泊しようか?」
「うん……そうしようかチェリーちゃん…………」
ホテルに帰った。
時期によっては予約が埋まってると連泊はNGだったりするけど、幸運にも空きがあった。
ホテルからウトロの港まですぐだからバイクは置いてきた。
ホテルでダウンした姉さんをベッドに寝かせると、わたしだけカメラを付けたまま散歩に出た。
海沿いの道をのんびりと歩きながら、改めて思う。
ここを目的地の一つに選んだことは満足していた。
帰ったら、母さんとたくさん話してみよう。
もっともっと歩み寄って、本当の気持ちを伝えたい。
――「お母さん、私はもう大丈夫だよ」って。
この名前ではなく、あの日、呼ばれていたはずの本当の名前を、もう一度口にして。
自然に抱きしめられて、自分を許してあげたい。そう思うんだ・・・
今日で本当に日程の半分が終わった。
なんにせよ確実に――旅の終わりは近づいている。