現代にTS転生したけど馴染めないから旅に出た   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

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2026年4月20日推敲とリライト済

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 あれから数日の時間が経過した。

 それは勿論、オレこと久慈直人という男性では無く、高科さくらという女性として。

 

 でも意外と慣れるもんだな。生きているだけなら。

 人は生きるだけで老廃物を垂れながす生き物だ。

 そして生物である以上、新陳代謝からは逃れられない。

 ましてさくらはギリギリでティーンだし。

 

 つまり汗をかく。

 

 寝ている間にひどい悪夢を見た。

 詳しくは覚えていないけれど、何かに押しつぶされながら息が出来ない感覚だけを覚えている。

 夜中に自分の悲鳴で目が覚めた。

 

 これがさくらの抱えていたトラウマなのか? 

 なんにせよ、この悪夢で冷たい汗をびっしょりとかき目覚めた。

 

 その気持ち悪さが嫌で、深夜だが熱いシャワーを浴びる。

 ワンピースを脱ぎ去ればそのまま彼女の裸体が露わになる。

 170センチの身長に小顔。日本人離れした7等身半もありそうな見事な肢体だ。

 悲しい事にその胸は平坦だが。乳輪が小さく桃色なのが救いだが。

 

 まあそうして、シャワーを浴びたり長い銀髪を洗うのに苦労したり。

 財布を手にマンションの下にあるコンビニで買い物をしたり。

 然して美味くも無いコンビニサラダで腹を充たしたり。

 

 結局は生活をする事という当たり前すぎる日常感が、オレの面倒な考えを洗い流したって訳だ。

 そもそも前世―――と言うのは悲しいが、元のオレが住んでいたのもこの近所だ。

 だから土地勘がある。これも安心を覚える材料だろう。

 久慈直人としての自宅は都営地下鉄の泉岳寺の付近だからここよりは田町寄りだったけれど。

 

 そう言えばコンビニに行く際に、愛想のいい外国人の老夫婦に会った。

 エレベーターホールでの数十秒の邂逅。

 彼らは親しそうにオレに話しかけて来た。

 さくらは顔見知りなのだから、邂逅と言うのは正しくないかもだけど。

 

『――最近見かけなくて心配したが元気そうだね、サクラ』

 

 紳士の方がそう言った。

 オレの肩を優しく叩きながら。

 英語で話しかけられたオレは一瞬狼狽したが、すぐに頭を英語に切り替え、差しさわりの無い返事をして誤魔化し、チャオと言って別れた。

 

 さくらは近所づきあいも卒なくしていたらしい。

 それなりに愛される程度の距離感で。

 話しかけられた言語が英語だったので一瞬固まったが、前世でも英語とスペイン語は習得していたからセーフだ。

 これでさくらも彼らと英語で話していたのが分かった。大事な情報だ。

 

 そうやってこの三日は自分の周囲の景色を焼きつける作業と、気分転換に品川一帯を徒歩で散歩することに費やした。

 少し遠いが品川イオンまで出向き、生活用品も購入。

 常備薬にロキソニンとか、綿棒とか。

 後は空っぽすぎる冷蔵庫を埋めるためとか。

 

 結局買い過ぎて徒歩で帰るのを断念してタクシーを呼んだけれど。

 それで思ったのは、オレが生きていただろう年代とズレがあるにしても、東京と言う街は然して変化はないって事だ。

 勿論見知らぬ店とか、見覚えの無いビルなんかは山程あるけれど、景色としての違いはそう無い。

 

 さて男と女、その決定的な違いは何か。

 遺伝子レベルとかの難しい話じゃない。

 そう、毎月のアレ、月経の事だ。

 

 それがさくらとなった翌日に来た。

 最初はおどろいたよ。

 初めて初潮を迎える女の子もこんな気分なのか?

 

 朝から酷い頭痛と吐き気。身体も若干熱っぽい。

 もしかして昨日の晩、三回もロンリープレイをした罰が当たったか?

 そんなマヌケな事を思いつつトイレに行って悲鳴をあげた。

 

「キャー!!」

 

 女の声で、高らかに叫んでしまった。

 直後、自分で自分の甲高い声にドン引きしつつも、便器の中の赤色に目を奪われる――死ぬのかオレ。

 でも直ぐに冷静になる。これは生理かと。

 

 そして生理って事はナプキンとかでおさえる筈だと気が付く。

 それでトイレの中を探すと上の棚にあった。

 だがナプキンでは無くタンポンの方。

 ナプキンっぽいのもあったが、それはどうやら下り物シートという奴だった。

 

 オレはうーむと唸りつつ、中からひとつ取り出して眺める。

 白い樹脂製のケースに入っており、そこから紐が下から伸びるタンポンだ。

 前世でも普通にコマーシャルが流れていたし知っている。

 説明書きを見ながらオレはおもむろに”そこ”へ入れてみる。

 また悲鳴が出た。凄い痛い。

 

 結局オレは全裸になりリビングへ。

 例の姿見を天井に向けて置く。

 そこに今のオレは女だが、しかして男らしく豪快に鏡を跨いでしゃがむ。

 

 そう、力技だ。

 穴の場所をリアルタイムで確認しながらタンポンを挿入したのだ。

 誰も見ていないのに、とてもとても屈辱的で泣きそうになった。

 オレは一体何をやっているんだ……そんな風に。

 いやマジで泣いた。つらい。

 

 これには空の上で見てるかもしれないさくらも呆れるだろう。

 苦笑いを通り越して真顔になるんじゃあないか?

 自分のかわりに生きている元男が、鏡の上にM字開脚しながらタンポンを入れようとしているんだもの。

 

 その後何とかスムーズに装着は出来た。

 その日に何度も交換した事で余計に慣れたし。

 しかし女の苦労とやらを自分がいざなってみると実感した訳で。

 オレはフェミニストになりそうだよ。こりゃ大変だもの。

 

 まあでもだ、逆に考えれば早い段階で遭遇出来たのは僥倖だったかもしれない。

 どこか人込みの中でこうなったりしたら目も当てられん。

 と言う訳でロキソニンを買ったのは生理痛への対策だ。

 

 でもなあ。

 自分の経血で鏡を真っ赤に汚し、無言のままふき取る時間の侘しさよ。

 絶対に他人に見せられんな。

 情けなくて無性に泣ける。これも生理で情緒不安定になっているからだと信じたい。

 

 その後はまあレディースの服を自然に着るための訓練をした。

 一般的なワイヤーの入ったブラジャーだって思ったより大変だった。

 これ胸の大きさとか関係ないんだよな。

 幸いさくらの身体は柔軟性もすごくて背中に簡単に手が届くけど。

 

 化粧は……諦めた。

 ネットを見ながら最低限のスキンケアの方法を試す程度。

 これはおいおい慣れていけばいいだろう。

 むしろ一朝一夕で出来る訳も無いだろうしな。

 

 そして今日、オレはネットで予約した場所に向かっている。

 代官山にあるヘアサロン。

 予約の時間に行くと、いかにもカリスマっぽい愛想のいいニーサンが笑顔でエスコート。

 注文を聞かれこう答える。

 

「――ばっさりと。輪郭が隠れる程度のボブにしてください」

 

 オレは女として今後も生きていかなければならない。

 けど本来の高科さくらは死んだ。

 実際はどういう事になっているかなんて、その真相は一生わかんないんだろうけど。

 でも見た目はどうであれ、オレの本質はさくらじゃない。

 

 じゃあオレは誰だ。

 久慈直人も間違いなく死んでいる。

 今となってはもう、確かめようも無いけれど。

 

 ならオレはどうやって生きていけばいい?

 少なくともさくらが生きて来た20年弱の人生。

 そこで出来上がった柵なんかは、良くも悪くも今後のオレに付き纏うだろう。

 

 じゃあそれから逃げられるのか?

 無理だと思う。

 日本に住んでいるのなら。

 だからと言って海外に住もうとは思わない。

 

 さくらとなったオレ。

 戯れに、女としての自慰に耽ってみた。

 感想を言えば、男の時に知ったセックスの快感とは別次元のナニカだった。

 端的に言えばとても気持ちがいい。

 

 けれど、達した後にふと横を見れば、鏡に写る自分が見えた。

 鏡の中の自分の表情は気怠く、甘ったるい表情に蕩けていた。

 オレが何度も見た事がある、女が事後にする満足げな表情だ。

 

 それを見た瞬間、オレは酷く冷静になってしまった。

 何やってんだオレって言うね。

 男の賢者タイムとは違う。自己嫌悪ともまた質が違う。

 

 多分だけど、性感を得る手段としては割り切っているんだ。

 けど女性としての満足感とか、オスを求める心とかがそこには無いのだ。

 

 実はスマホでエロ動画を見たりもした。

 けど興奮出来なかった。

 男の時に興奮出来たのは、男視点で女が喘ぐ様を特別視出来たからだろうな。

 

 今はどうか。

 自分がオーラルセックスで男を悦ばせようとするシーンを想像してみる。

 吐き気を催した。というか少し吐いた。おぞましくて。この身体のままその役割を演じるなど、自己の崩壊と同義だ。

 だから反射的にトイレへ駆け込み、何も出ない胃を絞った。

 

 だから間違いなくオレの精神は男なんだ。

 そりゃそうだよな。

 身体の性別が反転して、それに簡単にアジャストできるのなら、性の不一致で苦しむ人がいる筈がない。

 そんな甘いもんじゃないんだ。

 その手のラノベなら、身体に精神が引っ張られるなんて言うんだろう。

 でもオレにはその気配はないのよ。

 

 となると今後はオレ、女性を好きになるのかな?

 多分そう言う可能性が高いと思う。

 今はわかんないけれど。

 けどそれは基本的に許されないだろう。

 

 法律的にも常識的にも。

 オレは自分の精神が男だと認識している。

 そんなオレに愛を告白される女。

 向こうはオレを女性としか認識していない。

 

 無理だろ。

 元のオレがイケメンに告白されて受け入れたらゲイだって事になる。

 それと同じ事なんだ。

 なのできっと、オレはまともな恋愛なんか出来ないんだろうな。

 

 だからさ。オレはオレとしての今後を、さくらである! と言う自分を強く生きなきゃいけない。

 その為の第一歩がこれだ。

 腰まである絹糸みたいなさくらの銀色の髪。

 それをばっさりと切る。

 

 心はまだ重たいけれど、せめて髪くらいは軽くするのだ。

 そして一時間ほど経った。

 スタイルについてはお任せにすると伝えた。

 その結果、

 

「おお……なんかカッコいいかも」

「でしょう? とてもお似合いだと思います。久しぶりに良い仕事が出来ました」

 

 鏡に写っているのは、軽くツイストパーマでウェーブを掛けられたボブカットのオレの姿。

 前髪がまっすぐに落としてあり、片耳を出す様になっている。

 顎のラインがとても綺麗なさくらにハマっている気がする。

 

 そして料金の総額、しめて28,000円と言う代官山価格を味わい、ついでに普段のスタイリングの方法を伝授して貰い、あまつさえセットの際に良いと営業されたワックスを手にオレは帰宅したのである。

 帰りしな、同じ代官山のショップで服や靴も見繕って。もちろんレディース物の。

 少しばかり気分が華やぐ。それは男女関係なく楽しい。

 

 帰ってきてやったのは料理。

 オレはこれからも生きていく。

 だから自炊もしなきゃいけないのだ。

 

 作ったのはシンプルなメニュー。

 きちんと出汁をとったネギと納豆の味噌汁。

 炊き立てのご飯。

 出汁巻き卵と焼いたなすびに生姜醤油。

 

「いただきます」

 

 ちゃぶだいに向かって手を合わせる。

 

 さくらよ、ソコから見てておくれ。

 オレはオレとしてお前を生きてやる。

 だから見守っていて欲しい。

 いつか感想を聞くからさ。

 

 そう心の中で告げてから、熱い味噌汁を口にした。

 胃の腑に染み渡る感覚だけは、この新しい身体でも鮮明に心地よいものだった。

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