現代にTS転生したけど馴染めないから旅に出た 作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)
「やーやー、チェリーの部屋へようこそなんだよ。今日から放送を始めてみた。よろしく頼むよ」
『わこつ初見だゾ』
『いきなり顔出しとかこの女ヤベー』
『いや半分以上隠れてるが』
『色しろっ! 髪つやっつやっ! 間違いない、チェリーたんは美少女。俺は詳しいんだ!』
『ほんとぉ?』
『あれ普通に可愛いっぽい』
カメラに向かって話しかけると、PCに表示されているコメント欄が結構な勢いで流れていく。
MOONTUBEという個人で動画投稿や、ライブ配信が出来る世界的に知名度のあるサイトに登録し、いわゆる生放送的な物をおっぱじめたのだ。
他にもメロメロ動画とかムクムク動画とか色々あったが、登録も放送環境もイージーなムーンチューブ、ムーツベにしたんだ。
前世でも似た様なサイトがあった。
名称に違いはあるが。
オレも昔の曲を探す時によく使っていた。
うろ覚えの曲だがどうしても聞きたい、そんな時に断片的にしか覚えていない歌詞を音声入力で鼻歌検索したりとか便利だった記憶がある。
ただ動画配信に趣向を凝らして再生数を稼ぎ、それで生活するプロもいたとか話題にもなっていたな。
んじゃなんでオレが今そんな事をしようとしているのか。
それ自体に特に理由はない。
ただ現状をポジティブに変えていくにはいいかなって思った。
そもそも新たな自分として生きていくと決めた物の、乗り越えなければならない課題がいくつかある。
一つはさくらの家族との関係の構築。
そして今後の自分の
付け加えるなら、スマホに登録されていた友人と思われる人間をどうするか、とかもだろうなあ。
けど結局すぐに答えが出る訳もない。
これからは女として生きなければならない、それは理解してても、すぐに女として社会に関われる自信がない。
なぜなら男としての習慣からボロを出す気がして仕方がないのだ。
それほどに習慣化した日常を意識的に変えるのは難しいという事だ。
そんな時にふとネットを眺めてみて思ったのだ。
高科さくらでも久慈直人でも無い別人になりきるのも面白いなと。
深く考えての事じゃない。なんとなく。
そうしてその手のWEBサイトを漁ってみると、どうもライブ配信というのは、必要な機材が揃っていれば割と敷居が低いと言う事が分かった。
それで色々揃えてとりあえずやってみたのだ。
――好きなことをして生きていく。
前世の類似サイトでは、そんなキャッチコピーがあった。
ならオレもそれに
いいアイデアだ、なんてね。
だからカメラに向かって、事前に考えた顔で話しかけるのだ。
「放送って言ってもね。別にする事はないんだ。ゲームはやった事が無い。歌は下手くそ。チェリーにあるのは可愛いさだけなんだよね」
『www』
『ダウナー系いいゾ~これ』
『電波娘じゃね?』
『オタサーの姫かな?』
『自分で可愛い言ったぞ……まあ可愛い』
『草』
『半分以上顔見えてないけどな』
『見えてる部分が美人の要素しかない件』
オレは楽しくなってあらかじめ決めていたキャラで話していく。
コメント欄はネットスラングと思われる言葉が流れていき、どうやらこいつらも愉しんでそうだとほっとした。
放送する際の自分の名前は『チェリー』とした。
さくら、さくらんぼ、だからチェリーという安直な連想ゲーム。
なんとなく思い付きに従うのもいいか、そう感じた。
最初に着ていた白いワンピースを着た。
これは勿論下着は付けた上で。
次にオペラ座の怪人のファントムみたいなマスクを装着。
顔の左半分が隠れているが、露出している部分はさくらが元々持っていたメイク道具を使って白塗りにし、目の下にデフォルメされた涙を描き、まるでピエロの様になっている。
管理画面を見ると現在のリスナーは70人と少し。
これが多いのか少ないのかは知らないが、放送開始からジワジワと増えている。
けれどカメラを通していると、顔も知らない他人に見られていると言う緊張感は感じなかった。
機材に関しては元々持っていたPCはノートだが、スペック自体はかなりハイエンドなモデルだったのでそのまま使う。
なので後は配信者の有志がまとめたらしいWIKIに出ていた有料アプリをインストールし、カメラやマイクと言った小物を通販で購入した。
思ったより簡単に揃って驚いたな。
生理も終り体調が回復した後に、オレはあちこちに出歩く様になった。
その際に中野にある、まるでダンジョンめいたランドマークなビルで色々小物も仕入れてある。
ファントムマスクもそのひとつだ。
後は部屋の中がゴシック調に見える様な、
なのにオレと言えば昭和テイストのちゃぶ台の前に女の子座りで映っている。
オレというチェリーが演じる人物と、その舞台装置だ。
チャンネル名は『涅槃の住人』
これでリスナーは勝手にオレというチェリーの人物像をイメージしてくれるかなと。
電波女、それでいいのだ。
前世で、オレがまだ高校生の頃、何度目かのバンドブームがあった。
当時のオレは洋楽かぶれで、デビッドボウイとかマークボランにハマり、化粧をしてユニセックスなファッションに傾倒していた。
学園祭でボウイのコピーをしてポカンとされたり。
オレもそれなりに例の病を患っていたらしい。
ただその、他人に何をやっているのかを理解されない状態が逆に気持ちよかった。
けどそんなオレが衝撃を受ける程の邦楽バンドに出会った。
それまでのオレが何故邦楽を見下していたか。
それは単純に日本語で歌うロックがカッコ悪かったからだ。
野暮ったいと言うか、本来あるべき状態から、翻訳ソフトを介して無理やり訳した様な不自然さというか。
そう言う違和感を感じていたんだな。
けどそのバンドは違った。
ストレート過ぎる歌詞。
下手な駆け引きも無く、無駄な隠喩も暗喩も無い。
韻は踏んでいたけれど、それは和歌にもあるから日本テイストとも言えるだろう。
そしてエイトビートの単純な演奏にそのまま小細工なしに詩をのせる。
それが何故かとても刺さった。
そのボーカルが言うのだ。
ステージの上では何か訳のわからないモノになりたいって。
唄っている時の自分は、異質でバカで得体が知れなくていいのだと。
彼は実際に目を剥き、ぬらついた舌で虚空を舐め、ガリガリの肉体を露出しながら興が乗れば皮の被ったチンポを客に向かって見せつける。
無茶苦茶な動きで、無茶苦茶に優しい事を語りかけて来た。
ドブネズミは美しく、戦闘機が買える位の金はハシタ金だと吐き捨てた。
彼らの曲を聞き、オレは気が付けば泣いていた。
それを思い出したのだ。
何か得体の知れない自分になってみようかなって。
彼はバカを演じたけれど、オレは女になっている。
なら似た様なもんだろう。
知らないけど。
「アイス食べます」
だからアイスを食べるのだ。
横に置いてあったクーラーボックスからそれを取り出す。
カメラの前に寄せ、皆にも見せる。
『ん?』
『意味がわからん』
『アイス?』
『ファッ!?』
『おっぱいアイスやん!』
『スケベェ……』
そう、通称おっぱいアイスである。
まるでコンドームみたいなゴムの風船に詰まったバニラアイス。
前世でも売ってたが、こっちでも売ってた。
というか前世よりも未来にいるのに売ってるとか、もはやおっぱいアイスは普遍化したのでは?
中身はカチカチだ。
なのでこのまま食える訳もない。
知覚過敏も虫歯も無いさくらの歯だが、このまま噛めば折れそうだもの。
だからカメラに向かって両手で握る。
にぎ、にぎにぎ、人肌で溶かしてから食べるのだ。
にぎにぎ……コメント欄が狂乱している。
謎の美少女チェリーの謎のムーブ。
にぎにぎ……にぎにぎ……
何故かリスナーが300人を越えている。
コメント欄が濁流の様に流れていき、最早目で追えない。
にぎにぎ……ようし良い感じに溶けて来たぞ。
オレは挑発的な表情でカメラを睨み、おもむろにブッチーと歯を使っておっぱいアイスの先端を噛みちぎった。
不敵にニヤリと笑って見せる。
『ヒエッ……』
『いたいいたい』
『つよそう(確信)』
『ドヤ顔うける』
『まて落ち着け、この後はもしや?』
『エッッッッッッ!?』
そしてオレはアイスにかぶりついた。
コメントの傾向からオレは察知している。
こいつら、チェリーに破廉恥な事を求めているな、と。
「ヴぁかめ エロいことなんて しないからな!」
オレはお前らの好きにはさせんのだ。
誰かに流されず、オレとして作り上げるチェリー像。
溢れて来た溶けたアイスを丸ごと飲み込むように。
いやむしろ大口をあけてアイス本体を半分ほど飲み込んでやったわ。
どうせお前ら、オーラルセックスを連想する様なオレを予想していただろう。
残念だったな!
不敵に笑って小ばかにしてやった。ざまーみろ。
『逆にエロいんだよなぁ……』
『これは推せる』
『拡散してきた』
『エッッッッッッッッッッッッッッッッッッ』
『ぽんこつすぎィ!』
『……ふう』
『口の端から白濁液、垂れてますよ?』
そこで時間いっぱいになったのか、放送が終わった。
制限時間があったみたい。
コメント欄は謎だが、とにかく初回はオレの勝利の様だ。
気分が良かった。とても。
チェリーという別人での完璧すぎる立ち回り。
充足感が体を包む。
その後、チャンネルの録画データを確認してみた。
記念すべき第一回放送だしな。
そして絶句。
勝ち誇ってセリフを吐いた後のオレ。
アイスから口を離した瞬間、溶けた中身が口元汚していた。
それに半笑いのオレの唇からはみ出た舌。
喉まで垂れる白い液体。
なんだこれ。
チャンネル開設と同時に作ったチェリー名義のトイッターX。
そのフォロワーが何故か1000人を越えており、チャンネル側の登録者が585人。
グッド評価は8割を占めており、トイッターXには天然無知系配信者爆誕を称賛する言葉と、例のあのシーンのスクショのリツイートの山。
酷い敗北感に苛まれるオレ。
次は負けない。
そう思った。