現代にTS転生したけど馴染めないから旅に出た   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

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本日投稿①


Let's do it

 

 

 姉さんのハンドサインに合せて生配信が開始される。

 カメラのLEDが赤く光った。

 オレは能面の様なチェリーの顔でそれを見る。

 

 

「チェリーのライブはっじまるよー。これでよろしいか」

 

『わこつ!』『挨拶が雑ゥ』『いきがい』『待ってた【10000円】』

『待たせすぎやろこのサルゥ!【11451円】』『←ホモのにーちゃんまた桁足りなくて草』

『ん? ブラック放送?』『声だけ聞こえて環境音うるせえな』

 

「お金くれるの嬉しいけどさ、もっとちゃんと使おう? えっと、そうだ。彼女とかいらっしゃらないんです?」

 

『え、そんなん関係ないでしょ【30000円】』『キレながらも投銭を忘れないホモの鑑』『きれいなチェリー様が語録とか、まずいですよ!』『しかも意味わかってなさそう』

 

「まあそれはそれとして、ゲームもお唄も下手くそで、煙草にも負けたチェリーだけど、ここで起死回生の一手を打つ。これでもう天下とったも同じ」

 

『来た。イキりんぼ』『イキりんぼええやん気に入ったわ。なんぼなん?【810円】』『桁がきたない』

『イキってなんぼよ配信者』『草』

 

 前回の放送から約一か月ほど経った今日。

 久しぶりに枠を予約した。

 収益化とか諸々の許可のお蔭か、長時間放送もできるそうな。

 

 そこでオレらしい放送は何か? と思案してみた。

 それで思いついたアイデアを今日は試すのだ。

 平日の昼間だってのに3000人と少しほど視聴者がいる。

 

 姉さん曰く、新人にしては結構凄いらしい。

 投銭とかもそうだけど、今の状況を見せると姉さんの方が興奮していて笑った。

 

 前回から時間が開いたのは、単純に姉さんと実家に帰っていたからだ。

 色々話した事で心が少し楽になり、けど本来は自殺をするほど追いつめられていたさくらだ。

 なら家族も同様の心配をしていただろう。

 

 実際姉さんも会ってくれて本当に安心したと泣いた。

 実は何回も来ているらしい。

 ただ自宅にいる時のさくらは常にチェーンを掛けていて、合鍵で開けても入れないのだ。

 その度にさくらは物陰から今は会いたくないと拒否。

 

 姿は見えなくとも声だけは聞こえるから、一応は納得しつつ名古屋に帰るってのが今までのサイクルだったらしい。

 だから帰って母親を安心させようと思ったんだ。

 オレがさくらとして生きてみる。それは決めた。

 だからこそのけじめみたいなもんか。

 

 貴方たちの娘さんの人生を貰います。

 本当の事は言えないけれど。

 姉さんは多分、今のオレの違和感に気付いている。

 けれどオレは自分なりに生きると言い切った。

 ピアノとは違う、何か新しい人生の目的を見つけるために。

 

 だから姉さんは納得してくれたんだ。

 で、名古屋に行った。

 実家というか高科の本家は昭和区にある古い武家屋敷みたいな所らしい。

 けど母が住むのは新栄にあるマンション。ま、さくらにとっての実家はここになる。

 

 築も10年以内の高層マンションで、中も相当に広い。

 リビングの壁にはジャズギターがマウントされていたり、その他にも楽器関連の機材がお洒落にディスプレイされている。

 全部父親の愛用していた仕事道具だ。

 

 帰ったオレを母さんは涙を流して抱擁した。

 姉さんよりさらに小柄で童顔の銀髪。

 どうやらこの綺麗な銀髪は、母の遺伝子が強いせいだな。

 

 壁にかけてある大きく引き伸ばされた写真に写る、母親と肩を組んでいるイタリアンマフィアみたいなお洒落な髭のちょい悪オヤジ。

 つまりさくらの父親の姿は、ミュージシャンらしい浮世離れしたオーラを感じる、ルーツはアルジェリア系移民のフランス人だった。

 肌の白さは父親からの遺伝だったみたいだね。

 

 そこでオレは姉にした話と同じ内容を喋り、これからは自分探しをしながら生きていくつもりという事を伝えた。

 帰っては来ないの? って言われたけど断った。

 あのどん底に堕ちた部屋で、もう一度やり直して自分の人生を取り戻すって理由で。

 母さんはきちんと直接伝えてくれた貴女を信じると言ってくれた。

 

 まあその後は、久しぶりの名古屋だし(それはさくらとしてもそうだし、前世のオレという意味でも)レンタカーを借り、家族3人で2泊3日の家族旅行についやした。

 ベタな観光地でね。お伊勢参りをして赤福を頬張り、南紀白浜で温泉に浸かり、アドベンチャーワールドでパンダを見て騒いだり。

 

 気が付けばパズルのピースがピタッとハマったかのように、母さんや姉さんと自然に会話が出来る様になっていた。

 温泉で身支度を整えるのにまごまごしていると「さくらちゃんは昔からこういうのはダメね。可愛いんだからちゃんとしないとダメよ」と母さんが甲斐甲斐しくレクチャーしてくれた。

 そうして、オレはお客様感覚だった距離感を自然な物に出来た事でさらに胸のつかえがとれた。

 

 結局名古屋に10日ほどいて東京に帰って来たのかな。

 その際やはり姉さんがついてきた。

 本当に長期休暇いっぱいこっちにいるそうな。

 母さんも来たそうにしていたけれど、名古屋で音楽関係のスタジオを経営している関係で難しい。

 ”母さんも行きたいのに~”って悔しがっていた。

 なんなの。母さんも姉さんもオレというさくらより幼いんだけど。

 

 でも凄いよね女子の行動力って。

 姉さんここに住むの?! って程の荷物をうちに送りつけたもの。

 あの部屋、間取り自体は4LDKなんだよね。

 さくらの寝室とLDK部分以外は空っぽだったからな。

 

 そこに姉さんの荷物を詰め込んでる。

 ベッドは頑なにオレと寝るのだと言い張るから買ってないが、姉さんの部屋と決めたところは、いかにも意識高い系女子! って感じで女々した感じのインテリアになってたもの。

 小物を揃えるのに六本木や銀座を連れまわされてぐったりしたけれど……。

 こういう部分も女子って感じだよなぁ。

 

 で、姉さんが話を切り出して来た。

 オレのやっている放送を一緒に手伝いたいって。

 例のエロアイスの件でオレひとりにやらすと、そのうちコメントに乗せられて裸になりそうで怖いとさ。

 マジですか……そんな風に見えるのか。ちょっとショックだ!

 

 けど色々聞いて納得した。

 姉さんは名古屋大学で、音響関連のエンジニアを将来の夢と定めて研究しているらしい。

 テレビ局とか、番組制作会社のディレクターが一番の夢だったらしいけれど、色々やっているうちに機材の魅力に憑りつかれ、機材その物を作る開発エンジニアになりたいそうな。

 スピーカーとかエフェクターとかそう言う玄人っぽい奴を作るような。

 

 なのでオレがやっている放送とかは、素人でもやり様によってはプロになれるコンテンツとして、既にある種のビジネスモデルが確立されているジャンルなんだと。

 まあMOONTUBEだからムーチューバーって呼ばれているが。

 なので姉さんとしては、自分の学んだ分野をストレートに活かせるそうな。

 

 やってることはリアルタイム配信、ストリーミング放送って奴だからな。

 なので今よりも放送のクオリティをあげてみたいとさ。

 まあ鼻息荒く叫んでる姉さんの剣幕に拒否出来なかったというのが真実だけど。

 

 話を戻すと、姉さんと言う裏方をゲットしたオレがやろうと思ったのがコレなのだ。

 

「みんなに今日の放送が一味違う所を見せよう。へいヒマD」

「らじゃ~」

 

 合図と共にディレクターとなった姉さんがPCのキーボードをターン! とやると、画面が黒バックにデフォルメしたさくらんぼだった物が、オレのヘルメットの上についてる高性能CCDカメラ視点に切り替わる。

 

 

『ファッ!?』『外?』『おー? 海と……モノレールかコレ』『車載配信かよ』

『レートなんぼだよめっちゃ画質たけえ』『ヒマDって誰や! え、どっか事務所入ったのか?』

 

「へへん。そう車載。あと事務所? には所属してないよ。んじゃヒマDをちょっとだけ映すよ。はいポーズ」

「えへへ~お邪魔するよぉ~ヒマDで~す。チェリーちゃんをバックアップするからね~。みんなよろしく~」

「はい、終わり。そう、チェリーは援軍を呼んだ。だからこう言う事が出来る。おね……ヒマDと言う最強の助っ人だよ」

 

 顔を横に座るお姉ちゃんに向けて直ぐ戻す。

 お姉ちゃんが嬉しそうにピースしてるよ。

 ヒマDとはすなわち、ひまわりディレクターを略してそれっぽくした呼び名だ。

 

『ちょっと待って。天使がおった』『変態みたいな蝶の仮面付けた銀髪ツインテがエヘ顔Wピースとか【50000円】』『また5万ニキきた!これで勝つる』『ってかチェリー様、お姉ちゃんって言いかけただろ』『隠す気なくて草』『つか髪の色一緒やんけ』『美人姉妹とか壊れるなぁ……』『目は隠れとったけど顔ほぼ見えとるやんけ!』『速報 チェリー様の素顔も美人確定』

 

「おね……ヒマDの事はもういい。主役はチェリーだからね。いい? あまり私を怒らせない方がいい」

 

『いいぞもっとイキっていけ』『イキりんぼ』『クソザコ臭』『すき』

『姉妹百合とか最高すぎひん?【1919円】』『←ホモの癖に百合好きとか壊れるなぁ』

 

「まあいい。今日の趣旨を説明するよ。今いるのは東京は芝浦のどこか。なんでここにいるかと言えば、カレーを食べに行ったから」

 

『なんか急に語り出した』『芝浦でカレーとか絶対ボ〇ディだろ』『チェリー様身バレ気を付けてね!』

『割と近所で草生える』『地方民のワイ悲しみにむせび泣く』

 

 田町周辺はなんでも揃ってるのだ。

 コメントで行先を当てられてるがその通り。

 あそこのカレーは最高なのだ。つけあわせの茹でイモも。

 だからいちいち気にしてらないのだよ。

 

「それでね。今からチェリーは那須高原(なすこうげん)付近のオートキャンプ場に向かう。そこでおね……お姉ちゃんとキャンプをするよ。いま見えている映像はゆらゆらしていると思うけど、いまチェリーはバイクに跨っている。ヒマ……お姉ちゃんはサイドカーで放送の管理をしてもらっているんだ。予定としては現地到着までが第一部。そこからちょっと休憩がてら一度配信を落とし、その後に夜の部を始める。夜はチェリーの料理スキルで野外料理を披露するよ。とりあえずはこんな感じ」

 

『待って、情報量多すぎる』『間違いないのは今日は一日チェリー放送が確定』『歓喜【10000円】』

『もうお姉ちゃん言うてるがな……』『隠す努力が逆で草』『バイク乗りとかしゅごい』

 

「そう、バイク。しかも大型。チェリーは可愛いだけの女じゃないの」

「チェリーちゃん時間が押してるから出発しよ~?」

「ごめんお姉ちゃん……」

 

『草』『クソザコなめくじやんけ』『確定情報 姉より優れた妹などいねえ』『声ふるえてますよ?』

『ヒマD有能』『チェリーあくしろよ』

 

 ふふっ、姉さんとは仲良くなったが、緩い感じのくせに、時折ズバっと切り込んでくる。

 多分、ずっと逆らえない気がするな……。

 まあいい。とりあえずスタートだ。

 

 ジェットタイプのヘルメット。

 濃いスモークの入ったバイザーを下ろせば、仮面なしでも素顔を隠せる。

 姉さんも色違いの同じ装備。

 さあアクセルを開くよ。 

 

「行くよみんな。風になろう……あ、エンストした」

 

『あ ほ く さ』『ドヤった結果がこれかよ』『知ってた』

『イキりんぼ』『あざといんだよこの野郎【10000円】』

『←ツンデレニキ乙』

 

 仕方ないんだよ。元々あった883じゃなく、新車を入れたんだから。

 モデルとしては排気量が約1700cc近くあるロングツーリングモデル。

 前世でもあったエレクトラグライドの系列。

 中古モデルだけど3千キロも走ってない美品。

 

 艶々のブラウンとブラックのツートンで、タッチ方式のマルチオーディオがあったりする。

 お姉ちゃんはサイドカーに乗車し、タンデムシート周辺はキャンプ前提で荷物の積載が楽な様に大型のキャリー加工をしてある。

 車重は400kgを越える重量バイクだけど、サイドカーがある分安定感があり、コカす心配もない。

 バックギア搭載モデルだしね。

 

 たしかにコカしたら起こすの大変だろうな。

 けどエンジンガードをつけたし、スタンドも足した。

 キャンプをするとなると荷物もかなり積むから、荷重のバランスもあるしね。

 見た目はハーレー特有の尖った感じは減るけれど、傷つけるよりはずっといい。

 

 これを購入した理由は、別に放送のためって訳じゃ無く、ここで生きる決意をした記念かな。

 価格も中古とは言え国産中型セダン程度にはしたしね。

 サイドカーとか各種パーツ、その工賃とか結構かさんだもの。

 

 だから余計に粗末には扱えないでしょ。これでつまんない事を考えずに済むかなって。

 人間が生きていくのに、ある程度の柵や足かせって実は大事かも、なんてね。

 お姉ちゃんもタンデムより楽だろうしさ。

 

 なので納車してからしばらくは、お姉ちゃんを横に乗せて東京のあちこちをクルーズして馴らした。

 運転自体は問題ない。快適だ。

 まあ前世よりも未来だしなあここ。

 型番とかモデルの形式とか知らない奴だったもの。

 

「~~~~~~~♪」

 

 バイクを走らせて東京の街を出る。今日のルートは決めている。

 オレの前世での死因だろう事故、その現場を通りたくないので常磐自動車(じょうばんじどうしゃどう)友部(ともべ)JCから北関東自動車道を経由(けいゆ)し、東北道に入る有料道路ルートを選択。

 宇都宮で一度降りてキャンプの食材を仕入れ、また東北道で那須方面へ。

 後は黒磯(くろいそ)で降りて現地を目指す。

 

 現在時刻は12時過ぎ。

 あまりのんびりしていられないけれど、ライブ放送をやっているから制限時速は守らないとね。

 

「うん、そうなんだよぉ。チェリーちゃんは絶対音感なんだけど、お唄が上手じゃないの~」

 

 放送画面を見られないオレの耳に姉さんの間延びしたセリフが聞こえる。

 どうやらオレのかわりにリスナーの相手をしているらしい。

 バイクは外環を抜けて八潮を過ぎた辺り。

 今日は天気も良く気温もいい感じだ。

 その気持ちよさから思わず鼻歌が出てしまった。

 

 それへの突っ込みなんだろうが、本当に不思議だ。

 前世でのオレは学生の頃までは友人達とバンドをやったりして遊んでいた。

 プロ志向はないが、単純に女にモテるならコレ! みたいなノリだった様に思う。

 バンドブームだったしな。

 

 それもあって楽器なんかはある程度の経験はある。

 上手とは思わないが、これをやりたいと思った事は何となく演奏できる位の腕前。

 例えば全部のパートを自分で担当し、それを自宅で録音する程度には出来ると言える。

 

 そう言う意味で音楽自体は普通の人よりもある程度は身近にあったとは思う。

 ある日自宅を家探(やさが)ししていた。

 まあさくらの情報を把握するのに必要だったし、何より自分がさくらとして生きる場合、そもそも住んでいる家を家主である自分が把握出来ていないってのもおかしい話だし。

 そしたらさくらの未練だったのか、クローゼットの奥の奥に隠す様にあったんだ。

 安っぽいキーボードが。

 

 シンセサイザーとしての機能は最低限。

 拡張要素が無い、しょぼい音源のリズムマシーン機能が申し訳程度についているやつ。

 見たことがあるメーカーで、おそらく1万円もしないような。

 それで弾いてみたんだ。知っている曲を。

 

 確認の意味もあった。

 さくらが絶望した事故の影響とやらを。

 オレがさくらとして上書きされてから、生活において不自由は感じなかった。

 バイクを運転している今もそうだ。

 じゃなきゃ乗っていない。

 

 けれど鍵盤を叩くと分かった。

 左手の指の反応が鈍いんだ。

 それでも意識すれば動く。問題無く。

 けど意識し続けないと遅れるんだ。

 これはピアニストとして致命的だろう。

 

 握力は若干弱っているにしても、普通にあるんだよな。

 日常生活に一切支障がない程度には。

 けどディレイがあるのだ確実に。

 

 鍵盤における左手の役割ってのはざっくりと言うのなら伴奏、バンドにおけるベースの担当だ。

 逆に右手はコードやフレーズ、主に主旋律(しゅせんりつ)を担当する。

 音楽ってのは和音と言う音階(おんかい)の構成が曲に厚みを増す。

 そこにリズムという一定のアクセントをつけて、それを基盤に音に揺らぎを与えるとグルーヴ感と言う物が得られる。

 つまり単音だけだと酷く貧相になってしまう。

 

 なので左手が満足に動かないというのは、ことプロのソリストを目指していたなら絶望しかなかった。

 彼女のブログの記録を漁ってて思ったが、リスペクトしている父親の様に世界的な演奏家になりたいと願っていた様だ。

 そのストイックさがあったからこそ、彼女の喪失感や絶望は大きかった。

 

 オレの素人感覚では理解できない、100か0で中間が無い。

 だから彼女は絶望し、終わりを選んだ。

 悲しいけれど。

 

 ただやはりさくらに備わった音感って言うのは本物で。

 かつてのオレの音楽経験では信じられない程に耳が良い。

 オレはいわゆる耳コピというのが出来た。

 

 いやある程度楽器をかじっていれば大概はコレをやる。

 金が無いからスコアなんか買えないし、なら原曲を聞いてコピーをする。

 これはバンドをするなら必ずだれもが通る道だろう。

 

 けど学問として音楽を学んだ訳ではないオレの場合、だいたいこの音だろうという感じでギターや鍵盤で弾ける訳だ。探り探りで。

 それをコードとして再現し、コピーを行う。

 けれどさくらの身体の場合、きちんとCDEF……と言った音階がきっちりと判別出来ている。

 なのでコピーが正確なのだ。

 

 だからラジオで流れている曲をスコアに起こせと言われたら簡単に出来る。

 実際それが面白くて、PCでムーチューブの動画を流し、そこから聞こえる音をリアルタイムでキーボードで演奏し、そのクオリティの高さに「おおおおおっ!」と手前みそに驚いていた。

 その時思ったのだ。これは放送で使えないか? って。

 

 まあ結局却下したけれど。

 理由はひとつしかない。

 それはさくらが致命的に歌が下手くそなのだ。

 いや地声はいいんだ。鈴を鳴らした様なって言葉があるが、高めのソプラノの可愛らしい声だよ。

 けど声量が無いし、抑揚があまりない。

 音は完璧に取れるのに、機械的なんだよな。ボイスロイドみたいに。

 

 ボイスロイドは人間の声をサンプリングし、マシンボイスに変換したものだ。

 後はユーザーが加工し、色というか個性を出す。

 けど作り物だからという前提があるから、機械的な歌声でも、そう言う物だとそれを聞く人間も理解しているからこそ満足できる。

 

 けどオレの場合はあくまでも肉声がコレなのだ。

 何度も歌ってみたけれど、なんかこうしっくりこない。

 実は姉さんがやってきてからカラオケに行ったんだ。

 家から少し歩いて田町界隈に行けば結構あるのだ。カラオケ店が。

 

 そしたら姉さんが言うのだ。

 さくらちゃんって本当に歌だけはダメねえって。

 て、天は二物を与えないからと震え声で反逆したけどさ。

 まあでも家族にも認知されるほどの音痴なんだな。

 

「やかましい。歌が下手でもチェリーが気持ち良ければいいの。それにチェリーには美しさがあるから関係ない」

 

 そう、だから開き直っていきていくのだ。

 これからの高科さくらはピアノでも唄でもなく、ただ楽しい事を探して生きるのだ。

 というか姉さん笑い過ぎだよ。

 

 コメントで相当突っ込まれているのだろうけど。

 笑うなら声を出して笑いなって。

 肩を震わせて顔を伏せるとか余計傷つくから。

 

 そんな事を思いつつ、景色は友部JCを左に折れ、栃木方面に入っていた。

 天気は良いし気分もいい。

 キャンプはこれからだ。

 

 

 


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