まったく、ついてねえ。
ギャラルホルン所属200メートル級輸送艦の艦長は、そう心中で毒づくと、まだ半分はのこっていた煙草を灰皿に押し付けた。
本来禁煙のブリッジで吸い殻の山を築く自分に非難の視線が集まるのを感じて、さらに思う。
(お前らは知らねえから気楽でいいな)
今回の積み荷はヤバい。
長年輸送業務に携わってきたが(それ以前は戦闘要員だったが)こんな任務は初めてだ。
しかも護衛艦の一隻も伴走していない。
あえて、ということらしいが前任のラスタル・エリオンならともかく、現司令のあの小娘の場合、その辺り疑わしい。
流石に8の段が怪しいという噂は与太話だと思うが、無くもないと思わせる脳筋ぶりだ。
狂信者すれすれのラスタルに対する盲信が異例の若さでの抜擢の一因なのは事実だろうし、案外上皇制の為だけの人事だったのかも知れない。迷惑な話だが。
話が脱線した。
幸い宇宙海賊の類も概ね一掃され(これは悪名高いマクギリス・ファリドの功績でもある)この航路で最後に襲撃された記録が残っているのは何年も前の話だが、例外というものも存在する。たとえば、あの最悪の……
「距離500。レーダーに感あり。識別番号無し」
「……モニターに出せるか?」
レーダー分析官の報告で現実に引き戻される。
大写しになった艦影は同じ200メートル級。特に目立った特徴は無し。元より所属不明艦だ。
「レギンレイズ隊出せ。第一巡行速度維持」
「アイ・サー」
別画面でスリーマンセル2組のレギンレイズが小さくなっていく。
「所属不明艦動きあり」
向こうもモビルスーツを出した。
「戦闘速度に移行」
下品なビビッドイエローの機体。頭の構造体がまるで兎の耳のような……⁉
「180度回頭、最大船速!」
「味方モビルスーツ隊収容……」
「囮にする!」
「ですが……」
「寝ぼけてるのか⁉ ウォーパルバニーだ、あの機体は!」
「! 首狩りライド! 鉄華団!」
真っ青になったオペレーターの顔に謎の満足を覚える。
……が、時すでに遅かった。無音のモニター内でバラバラになったレギンレイズの残骸が流れる。続いて艦に重い衝撃が走る。斜めに傾いた視界の中大写しになる首狩り兎。
「……ああ、いつも通りだ。動く奴は撃て。積めるモンは積み込め」
端末を切りながらブリッジに急ぐ。銃声も散発的だ。制圧は順調らしい。
ライドはマフラーを引き上げると(鉄火場に臨むときのルーティンだ)拳銃のセーフティを確認した。これもルーティンだ。撃つべき時に弾が出ないと話にならない。
『……お頭』
「頭じゃねえ、団長代理だ」
『団長代理。ちょっと来て欲しいんだけど』
「いつも通りつったろ、てめえで判断しろ」
『無理だ。見ればわかる、第一貨物室だ』
「……すぐ行く」
舌打ちしそうなのを抑える。今の自分は団長代理だ、冷静さを欠いてはならない。団長になった後のオルガもこんな感じで無理をしていたのかも知れない。今となっては分からないが。
「これなんだけど」
手下が顎をしゃくる。上半分が透明なでかい箱だ。メカメカしい棺桶って感じだ。霜が降りてて触るとすげえ冷たい。なんだこれ?
「……人?」
霜付いた透明越しに顔が見える。女のガキだ。10歳ぐらいか。
「撃つの? 積むの? どっちなん?」
手下のドヤ顔がウゼえ。無視して霜を擦り落とすと文字が出てきた。
「……カイエル研究所……ブーステッド・チルドレン……タイプ・シヴァ……」
現鉄華団団長代理ライド・マッス、彼は……
「……ヒューマンデブリか?」
あまり頭が良くなかった。
ガマン大会というアホな遊びがあるらしい。
クソ暑い夏場にクソ暑い格好に着ぶくれてクソ熱い食いモン食って、速く食い切ったヤツの勝ちらしい。実にアホだ。
「……うが~~~!」
その決勝戦の途中で目が覚めた。
「ぜ~~~……は~~~……」
実際にアホほど暖房入れた部屋でアホほど毛布を被せられて、アホほど暑くて死にそうだった。なんだこれ、どんな状況だ?
「よかった、元気になったじゃねえか!」
見るからにアホそうな若造がアホ丸出しな感じで喜んでる。
察する所このアホのせいでエラい目にあったらしい。ぐぬぬ。
「……ここはどこだ? 貴様は何者だ?」
「クチわりいなオイ! まあいいや、俺はライド鉄華団団長代理ここはうちの艦の医務室だ」
「情報量多過ぎるわ! こっちは起きたとこだぞ!」
「しかしあんな寒い箱に入れるとか酷いことしやがるな~、ヒューマンデブリだからってな~」
「人の話聞けよ⁉ ……ん、ヒューマンデブリ?」
うんうんと頷いて
「安心しな、うちは似たような素性のヤツばっかだからな。前はヒューマンデブリ上がりも結構居たんだ……まあ、大体死んじまったけどな!」
「明るく言うなし……」
なんか勘違いしてやがる。けど、その方が都合がいい。こっちの事情を知られたら悪用されるのは目に見えてる。
このアホは一見人が良さそうだが目の奥に座った光がある。人殺しの目だ。それも一人二人じゃない。
適当に話し合わせて逃げる算段した方が良さそうだ。いや艦とか言ってたな。周り宇宙じゃ逃げ場がない!
「目が覚めたら色々詰んでた件について」
「なんの話だ? まあ、どうせ行く当ても無いんだろ。だったら鉄華団入れよ」
「……失礼だし、いきなり勧誘始めたし」
「うちは365日団員募集中だ。年齢制限もない優良企業だぞ」
「その説明だけでブラック企業だし」
一応は商会の類なのか。
「ちなみに業務内容は?」
「……主に海賊業務」
「犯罪者集団!」
うん、詰んだ。
悪党に捕まった!
こっちの漂わせる悲壮感に気付かず悪者が続ける。
「優良企業なのはホントだぞ。前は手広くやってて雇用も増やしたし尊敬されてた。どこに行っても鉄華団って名乗ればちょっとした英雄だったんだ。けど変わっちまった。大勢死んで、生き残った奴らも前とは違う人間になった、鉄華団じゃなくなった」
顔を上げる。
一瞬、衝撃が走った。
ただの人殺しの目じゃない。こいつは絶望を知ってる。けど折れてない、真っ向から立ち向かってる。
「まだ終わってない。決して枯れない鉄の華だから鉄華団なんだ。団長が、オルガがそう決めた」
一転してニヤリと笑う。
「だから今のうちに入っとくとお得だぞ~。鉄の華は必ず返り咲くからな」
何も答えられない。鼓動が速い。
こいつの強さは、そうなのか。
信じてもいい「強さ」なのか?
『……お頭、大変だ!』
「団長代理だ! なんだ、どうした?」
端末から裏返った悲鳴が響く。
『囲まれてる! スキップジャック級だ、アリアンロッドだよ!』
月外縁軌道統合艦隊アリアンロッド旗艦ブリッジで総司令官ジュリエッタ・ジュリスは目を細めて自分の敵を見定めた。
輸送艦からの通信記録に残っていた「鉄華団」「首狩りライド」
この2つはジュリエッタの汚点だ。マクギリス・ファリド事件の折に滅ぼせなかった。
引いてはラスタルの汚点でもある。それが許せない。あの人は染み一つ無い純白でなければならない。
清濁併せ吞む器量なのは他でもない自分が一番分かっているつもりだ。だからこそわたしが手を汚すべきなのだ。
「包囲終わりました。いつでも行けます」
「了解した。わたしもジュリアで出る」
「……いつも言っていますが」
「皆まで言うな。だが、この相手は確実を期したい」
「あくまで後詰めですからね」
「分かっている」
状況も不透明だ。当該の輸送艦だが自分の、ジュリエッタ・ジュリス名義で運行指令が下されていた。
もちろん心当たりは無い。それどころか荷の内容すら知らない。
嫌な予感がする。自分の預かり知らないところで何かが動いている。
ラスタルの代表就任以降もギャラルホルンは決して一枚岩ではない。外部の敵対勢力も息を潜めているだけだ、虎視眈々とこちらの隙を狙っている。
(……だからこそ後顧の憂いを断つ!)
スキップジャック級1、ハーフビーク級30、その他艦影多数。
「殆ど総出じゃねえか」
雷電号(ギャラルホルンからはウォーパルバニーと呼ばれているがライドはダサいと思ってる)コクピットでライドの額を冷汗が一筋伝った。
この大艦隊、まさか罠に嵌まったのか。
死中に活を求めるなんてレベルじゃない。こちらは雷電号に型落ちのマン・ロディ入れて3機、戦力差が馬鹿げてる。
所詮闇に潜んでナンボの海賊稼業、捕捉された時点で詰みだ。
『お頭、どうする?』
僚機の手下から通信が入る。
モニターに映る悪人面からも血の気が引いている。当然だ。
「一点突破で包囲を破って離脱する。死なねえことだけ考えろ」
だが虚勢を装う気概がある。こいつらにはこいつらの誇りがある。俺にもある。
だから、まだ終わらねえ、終わってやってなんかやらねえ。
『敵モビルスーツ隊前進』
レギンレイズが10、20……とにかく数えられないぐらいだ。というか学校行ってないから数えること自体苦手(引き算まではともかく掛け算がヤバい)だ。
「こっちから仕掛ける! てめえら気合い入れろ!」
『ウェーイ!』
マフラーを引き上げる。
フットペダルを蹴り込んで機体を加速させる。チンクエディア(5指剣)を握りなおす。相対距離が一気にゼロになる。
大写しになる敵機の姿。脳裏に描く理想の機動。
流れるようにすり抜けて駆ける狼の王のイメージ。
すれ違いざま背中の兵装を振るう。
一対のウィップ・ブレード、ロップイヤー・ザ・ネックハンターズ。
巨大なワイヤーソーが虚空に縦横無尽な軌跡を描く。
先ずはレギンレイズの頭部が、次いでそれ以外の各部がバラバラになって宙を舞う。
休むことなく第2陣。これもバラす。
僚機を気にする余裕も無い。あいつらはあいつらで生き残ってるのを祈るしか無い。
切り返しざま後方の艦を横目で捉える。無事に付いてきている
「あだっ!」
ムーンサルトの機動をとった瞬間、コクピット・シートの後ろから場違いな悲鳴。
「……なん……だと?」
例のガキだ。いつの間に? というか今の今まで気付いてなかった?
(ダセえ、どんだけテンパってたんだ俺?)
「……いや、そうじゃねえ⁉ てめえ何やってんだ!」
「うぐう舌噛んだ~」
「……おい!」
「……確かめたいことがあってな」
肩越しに俺を見つめる。
こいつガキのくせになんて目で人を見やがる。まるで見た目の100倍は歳食っているような老成した、達観した、そして人生を諦めてる目だ。
「……気に入らねえ」
ガキがそんな顔すんじゃねえよ。
『照準された! 助けて!』
瞬時に意識を戻す。艦のオペレーター。モニターをチェックする。
「スキップジャック級の主砲!」
避けられないタイミング、距離。
また仲間を失う。また、また、また……!
「やらせねえ!」
射線に機体を割り込ませる。時間が一気に間延びする。
死んだ?
「いや死なねえし死なせねえ!」
獅子吼する。
「死んでたまるか! 鉄の華は決して散らねえんだよ!」
「……良く吠えた!」
瞬間エメラルドの輝きが全てを包む。
「……これ、は⁉」
戦闘中だということを忘れていた。
コクピットの薄暗がりに乱舞する鮮烈な緑の光。うねるように瞬く龍の背。その起点。
ガキの目だ。光の反射じゃない、自ら発光している。
その時になって気付く。
「死んでない、なんでだ?」
外した? あのタイミングで?
違う、主砲が沈黙している、発射光の余韻すらない。それどころか敵機体全てが動いていない。
ある種の畏怖を感じる幻想的ですらある光景……これは。
「お前が?」
緊張が身内に走る。
人ではない物を化け物を見る目、利用価値を計る打算の目、それ以外の、或いはそれ以上のおぞましい目。脳内で想起する。
「特殊能力きた~~~!」
「はへ?」
「かっけぇ!」
予想を超えてきやがった。
「うん、凄いなお前」
「いや、お前の方が凄いだろどう考えてもどうやったんだなんだこれ⁉」
「落ち着け」
「練習したら俺にもできる系?」
「無理系」
「そっか~残念だな~……状況は把握してるな?」
『ああ全員無事だ。いつでも離脱できる』
「善は急げだ、バックれんぞ!」
「この、動け」
ジュリアコクピット内。
試せるだけの操作を試したジュリエッタは諦めてシートに身を投げ出した。
「この現象は……」
全ての計器類が一つの事実を指し示している。リアクター内の相転移反応が不活性化しているのだ。
眼前を鉄華団が横切っていく。悠々と。忌々しい。
連中の機体は動作に支障が見られない。連中はこの現象の影響下にいない。つまり。
「こいつらが任意に起こした?」
背筋を怖気が走る。
この世界の根幹をなすエイハブ・リアクター技術。その稼働状態をテロリストが掌握する?
「……世界がひっくり返るぞ」
見覚えのある機体を横目で見る。
全部を邪魔してくれた、自分の好きな人がいなくなる時大体こいつが居た。恨んでも恨み切れねえ。
いつか必ず殺す。けど今じゃない。
この力がいつまで効力を発揮するかも把握していない。仲間を危険には晒せない。
「首洗って待ってろ」
必ず俺が首を刈る。
それはそれとして。
「改めてようこそ鉄華団へ。歓迎するぜ」
「3食昼寝おやつ付きなら入ってやってもいいぞ」
「デザートも付けたる……そう言えば、お前名前は?」
「特に無いが、シヴァとでも呼べばいい」
「分かった。よろしくなロリ」
「なんで名前聞いた! なんで名前聞いた!」
『お頭、取り敢えずどっち行く?』
ギャアギャア姦しいところに通信が入る。
「団長代理だ! ……そうだな」
生まれ故郷を思い出す。いいこともあったし悪いこともあった。逃げ出して、もう何年も経った。
向き合う潮時かも知れない。
「火星」
『ウェーイ!』
「……なあ、バナナはおやつに入るのか?」
「お前歳いくつだよ、いやマジで」
「首狩り兎」終了。次話「紅蓮の王」