首狩り兎   作:岡崎正宗

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火星に戻ってみた!


紅蓮の王

 本気でこいつに殴られたのは、たぶん初めてだった。

「……つ、いきなり何しやがんだてめえ!」

 火星の第一都市クリュセ。歓楽街。場末のパブ。

 数年ぶりで再会した過っての仲間は倒れ込んだライドの胸倉を掴み上げると「ちょっと来い!」力任せに外に連れ出す。

 引きずられながら思う。

 こいつ少し小さくなった? いや、俺の方がでかくなったのか?

 何個上だったか忘れたけど今喧嘩したら結構いい線いくんじゃねえか?

 路地裏の壁に叩きつけられる。

「……ってえな、やんのかコラ!」

「うるせえ!」

 年長の男ユージンは押し殺した声で叫ぶ。

「てめえ、ライド! てめえ何やってんだ!」

「何って、久しぶりに挨拶しただけじゃねえか!」

「そこじゃねえよ!」

 睨め付ける。

「お前のやってた馬鹿な海賊ごっこの話だ」

 

 

 

 最初は上手くいってたんだ。

 ラスタルは仇だしムカつく野郎だが交渉相手としては真っ当な部類だった。かなりの所まで譲歩は引き出せてた。

 ノブレス殺したまではまだ良かった。問題はその後だ。

 馬鹿がギャラルホルンの、交渉相手の船を襲いだした。

 その結果どうなったか分かるか?

 連中は一気に態度を硬化させた。

 ハーフメタルの採掘権だって何だって大元の所はギャラルホルンなんだよ。法律っていうか条約的にはアーブラウも委任される形で、更にそこから俺らが間接的な権限持ってた。……ああ、ややこし過ぎて俺だって詳しいことは分かんねえ。

 そこを締め上げられたらどうにもなんねえよ。

 なあ町の様子見たか? お前の知ってる頃と比べてどうだった?

 えらく寂れてなかったか?

 

 

 

「……お前のやってきたのはそういうことなんだよ」

 

 

 

 愕然とした。

 気にはなってたんだ。

 妙に活気の無い誰もが誰かを恨んでるような空気感。

 どこかで見た覚えがあると思ったら何のことはない。昔の、終わってた頃の火星だ。

「……そんなん言われる筋合いねえよ」

 力の無い言葉だけが口から零れた。

「俺は戦ってただけだ……」

 目を逸らす。

「お前らが戦わねえから代わりに戦ってただけだ」

「戦ってたさ」

 肩を掴んで言う。

「チャカぶっばなす代わりに話し合って有利な条件勝ち取る、そういう戦い方もあんだよ」

「そんな……」

 そんな戦い方知らねえよ。

 言葉の形になる前に『ライド!』端末に通信が入る。

「……今取り込み中だ、後で……」

『それどころじゃない! 今すぐネット見ろ!』

 

 

 

 このままではマズいな。

 移動の車中でギャラルホルン代表ラスタル・エリオンは心中苦虫を嚙み潰した。

 別に火星がどうなろうが知ったことではない。経済が悪化しようが失業率が増えようが関係がない。

 鉄華団残党も、それ自体は取るに足らない。蜂に刺されたところで象は死なないし気にもしない。

 問題はギャラルホルン内部にある。

 早い話、セブンスターズによる合議制復活論者の根拠に使われているのだ。

 元より、投票で代表を選出する現在の制度が正しいとは、提唱した自分ですら思っていない。長期的には衆愚政治を招き組織を弱体化させるだけだ。マクギリス・ファリド事件の功績で当確が確実だったからに過ぎない。

 そこにきて先日の討伐失敗だ。

 アリアンロッド全戦力の実に8割を投入した作戦で逃走を許し、その報告も不可解なものだった。

 曰く、戦艦も含めた全機体が突如、原因不明の行動不能に陥ったと。

 そんな事態が起こりえるとも思えないが、あのジュリエッタが作り話をするとも思えない。

 事実、なのだろう。

「問題は」

 この件が自分に対する攻撃材料に、引いてはギャラルホルンの根幹を揺るがす事態に繋がる事だ。

 ラスタル自身はギャラルホルンを絶対視していない。あくまで暴力装置に過ぎない、むしろ必要悪の類だと思っている。

 だが、その必要悪が存在しないと最低限の秩序すら保たれない。

 その行きつく先が彼の厄災戦だったのだと。

「……おい」

 遅ればせながら気付いた。道が違っている。運転手の様子もおかしい。不自然な発汗、呼吸も速い。

「車を停め……」

 そこで全てが白く染まった。

 

 

 

『……で乗用車が炎上。ギャラルホルン代表ラスタル・エリオン氏は安否不明』

「……マジかよ」

 他に言葉が出ない。

 あれが……あの男が。

「死んだ?」

『そこじゃない! その後!』

 通信ががなる。

『なお当局は重要参考人として火星連合代表クーデリア・藍那・バーンスタイン氏を拘束』

「……マジかよ」

 こっちはユージン。唖然食らって目が泳いでいる。

「いや、おかしいだろ」

「何が⁉」

「さっきの今だろ。なんでいきなり捕まんだよ」

「……ハメられたってことか?」

 取って返しながら訊く。もうハラの決まった顔をしている。流石に切り替えが早い。

「……チャドか? ああ分かってる。今何人動かせる? ……そっちは俺がやる任せろ」

 通信を切る。

「お前も手ぇ貸せ」

「バックれんの? どこへ?」

「宇宙。方舟まで上がりゃなんとかなる……いや無理か、マスドライバーは押さえられてるに決まってる」

「そっちはなんとかするわ」

「あ?」

 通信呼び出し。

「……って事なんだけど頼めるか相棒」

『任せろ!』

 

 

 

 クリュセ近郊シャトル発着場。

 普段は肩がぶつかるほど人で溢れている場所だが、今は閑散としている。

 代わりのつもりか屹立する身長18.5メートルの巨人。

 モビルスーツ。タイプ・レギンレイズ。

 そのパイロットも流石に動揺を禁じ得ない。

(代表殺したテロリストがこっちに向かってるってマジかよ……)

 そもそもおかしい。

 先ず、テロリストが発着場を狙っているとの名目でここに配置された。

 その後、代表の乗った車が爆破されたとの情報が飛び込んできた。

(……つまり)

 最初から出来レースだった。

 やったのはギャラルホルン内部の人間で、ここに来る連中は生贄にされた被害者だ。

 その被害者の邪魔をして自分たちが矢面に立つ。最悪殺されるかもしれない。喜ぶのは真犯人だけ。

 馬鹿馬鹿し過ぎる。

「なあ……」

 僚機に通信を入れたタイミングだった。

 視界に飛び込んでくる黄色い稲妻、いや兎。

「首狩り兎⁉」

 元々士気が低いところに来て、被害者が最悪のテロリストだった。

 なんて奴をハメやがるんだ。ギャラルホルンに恨みがあって、こいつに狙われたら皆殺しにされるって噂だ。

 そんな奴がやってもいない罪状貼られて怒り狂ってる?

「うわああああ!」

 そんなの逃げるに決まってる!

 

 

 

 シュールな光景だった。

 一個小隊のレギンレイズが超大股なストライドで走って逃げて行く。

「見ろ、指がピーンってなってる! ピーンってなってる!」

 後部座席のロリがはしゃぐ。

 遅れて着いた後続車両から降りた連中がターミナルに飛び込んでいく。

「……行けそうか?」

『ああ使える。少し時間かかる。警戒頼む』

「了解」

 マスドライバー基部で配置につく。

 空が青い、雲一つ無い。逃亡日和だ。

 点検の終わったシャトルが牽引されてくる。あと少し。

 レーダーの波形がぐちゃぐちゃに乱れた。

「エイハブ反応⁉」

 反射的に前にダッシュしながら左右を確認。あらかじめ距離をとった背後を最後に確認。いない。

「上か!」

 見上げる愚を犯さず更に離脱。

 一瞬遅れて地を穿つ紅蓮の雷。機械仕掛けの赤。

「モビルスーツ! ガンダム・タイプ!」

 2つ目2本角。厄災戦生まれのロートル……ただし超パワフルな年寄り。

 揺らめく炎を模った意匠。クリムゾンレッドで統一された外装。

「アウナス! 残ってたのか!」

 後ろでロリ。……重ね重ねお前歳いくつだよ?

 ガンダム・タイプは動かない。

 なんで直ぐに仕掛けてこない? 敵じゃない? ……そんな訳ない、避けてなきゃ大惨事だ。

 レーザー通信。敵機体から。

 モニターに出す。

『……初めまして、と言うべきかな? タイプ・シヴァ』

 少年と呼べる年齢に見えた。

 金髪赤眼、後ろに流した髪、端正なフェイス。一目でわかる、嫌いなタイプだ。

「なんだてめ……」

『幾星霜を超えて出会えた同胞に挨拶も無しか?』

「……タイプ・アグニ……!」

 完ムシだ。こいつロリしか見てやがらねえ。

 タイプ何とか? こいつら親戚かなんかか?

 ロリは褐色肌黒髪緑眼。血縁以前に同じ人種にも見えない。

『……まあいい。躾ができていないのは目を瞑ろう』

 イラつく感じで髪をかき上げる金髪。

『セブンスターズ第一席イシュー家現当主カルマ・イシューだ。同行してもらうぞシヴァ』

「……センスの無い名だな、そういう体で潜り込んだのか?」

『アグニでアグニカよりはマシだろう?』

 話が見えない。

「つまり、どういう事?」

「こいつ悪者」

「なら殺そう」

 さっきから観察してたがこいつ隙だらけだ。モビルスーツ戦に関してはおそらく素人。

 事情を考えるのは後でもできる。シャトルを狙われてもマズい。

 獣じみた前傾姿勢で突っ込む。

「……待っ」

 チンクエディア(5指剣)が閃く。

 

【挿絵表示】

 

 瞬間、撃音。

「なっ⁉」

 砕けたのはチンクエディアの方だった。

 反射的にバックステップ。警戒態勢で待機。再度観察。

「なんだあれ?」

「だから待てと言っただろうが!」

 最前までと様子が違っていた。

 ガンダム・タイプの、アウナスの機体が炎に包まれている。

「そう見えるだけだ。本当に燃えてる訳じゃない」

 ロリの額に冷汗が流れる。

「エイハブ・スラスターの応用だよ。機体周辺に微小な斥力場を発生させてる。そういうのに特化した機体なんだ」

「微小って……」

 グリップだけ残ったチンクエディアを見つめる。

「そんなレベルか?」

「本来はって話。タイプ・アグニの力で出力をガン上げしてる、組み合わせとしちゃ最悪だ」

 忌々しげに。

「要は最強の盾と最強の矛2つ持ちなんだよ」

「矛盾じゃなくて無敵ってか」

 確かに最悪だ。

「意外と学ある?」

「ウゼえ!」

 なんでドヤ顔なんだよ!

 

 

 

『……打ち合わせは終わったか?』

 アウナスが動き出す。

「ロリ! ゼロ・ドライブ・シフト!」

「知らん技名⁉」

 

【挿絵表示】

 

 言いつつ律儀に発動。アウナスの火勢が弱くなる。モニターの外と内で緑と赤が乱舞する。眩しい。

 

【挿絵表示】

 

 激突。

 左のチンクエディアも砕ける。

「なんで⁉」

「向こうの方が出力が上なんだよ!」

「機体、中身、どっち?」

「両方!」

 力比べなら勝ち目無しかよ。

「ならっ!」

 やりようはある。

 今ので確信した。直線的で工夫のない機動。厨二能力持ってても、やっぱりこいつは素人だ。

 おお振りのテレフォンパンチ。読み通り。

 躱す。

 返しの左。これも躱す。脇の下を潜り抜けて距離を取る。

「いける! これなら」

 後は時間を稼いで。

『……とでも思ったか?』

 アウナスが背を向ける。ヤバい。そっちには。

 発信待機状態のシャトル。 

「うおおおおお!」

 腕を振り上げる、その前に飛び出す。

 一撃で外装が、次いでフレームが砕ける。

「ユージン後どの位かかる?」

『……1分……いや30秒!』

 厳しい。だがやるしかない。

 ボロボロの腕に背中のウィップ・ブレードを巻きつける。ガードを固める。

 固めた端から砕けていく。高硬度レアアロイが脆いガラスのようにだ。

 後25秒……20秒……15秒……10。

 腕そのものが弾け跳んだ。

 無防備なコクピットを狙う業火の拳。せめて後部座席だけでも。動け。動け。

「うおおおおお!」

 幼い獅子吼。緑が赤を凌駕する。

 ガクンと糸の切れた人形のようにアウナスが動作を中断する。

『馬鹿な⁉ 死にたいのか!』

 振り返る。幼い顔の目から、鼻から、真っ赤な血が溢れ出す。

「よせ! もういい、無理するな!」

 ぎこちない動作で微かに首を振る。

『……ゼロ! 発信する!』

 通信機の向こう。ユージン。加速するシャトル。

 僅かに残った背の垂れ耳を巻き付けて固定する。

 急速に遠ざかる地表。小さくなっていくアウナス。

 ロリの身体から力が抜ける。ガクリと首が垂れて表情が見えなくなる。

「おい! しっかりしろ!」

 応える声はない。

 

 

 

「逃がしはしない」

 活動を再開したアウナスのコクピット内。

 遠ざかっていく白を傲慢に、あたかも睥睨するように見上げる。

「お前の居場所はそこには無い」




「紅蓮の王」終了。次話「悪竜急襲」

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