首狩り兎   作:岡崎正宗

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逃走中!


悪竜急襲

 ああ腹が立つ。

 

 質実剛健を旨としていた故人を侮辱するような豪奢な式場も。

 色鮮やかな花々で埋められた豪奢な棺も。

 棺の中身は空だ。

 爆破された遺体は原型を留めていなかった。かき集めようが無いぐらいの惨状だった。

 私利私欲も無く正義を全うした、あれほどの人物の最後が。

 

 ああ腹が立つ。

 

 爆弾を仕掛けたのは同時に爆死した専属の運転手だったらしい。

 後日、自宅から家族の惨殺死体が発見された。身内を人質に取られ脅迫された末の犯行だったと見られている。

 首謀者はクーデリア・藍那・バーンスタイン。そう捜査当局は断定した。

 だが私は知っている。

 立場こそ対立していたが彼女が高潔な人物である事を。

 敵として見てきた。クーデリアは暗殺などしない。正面から正々堂々と受けて立つ。

 知っているという事に。

 

 ああ腹が立つ。

 

 月外縁軌道統合艦隊アリアンロッド総司令官として直属の諜報機関も持つ立場だ。私の元にもそれなりの情報は集まってくる。

 ギャラルホルン内部の主だった者がどのように動き、どういった命令を下し、どんな立ち位置で今回の件に係わったのかを。

 ある程度以上に把握している。

 

 ああ腹が立つ。

 

 ギャラルホルン第一席イシュー家当主カルマ・イシュー。地球外縁軌道統制統合艦隊総司令官に異例の若さで任官された若者。

 先日、イシュー家当主として彼に下命された。

 逃亡したクーデリア、及び逃亡を幇助した鉄華団残党の討伐。

 どの口で。

 

 ああ腹が立つ。

 

 いいだろう。大人しく従ってやる。

 現状、セブンスターズを告発するに足る確たる証拠は無い。

 元より敵だ。まずは鉄華団を討つ。今は笑っていればいい。

 だが、今だけだ。

 

 ああ腹が立つ。

 

 

 

「まだ……目を覚まさないのか?」

 医務室でアトラに訊く。彼女は黙って首を振った。

「もう2週間だぞ」

「ちゃんとした病院に連れて行ければいいんだけど」

 さすがに疲れの目立つ顔。それでも眠るロリの髪を梳く手つきは優しい。

 応急処置ぐらいならライドにも心得はある。他の仲間も簡単なことならできる。それ以上ならお手上げだ。

 アトラは医療の勉強をしたことがあるらしい。

 それも働いて暁を育てながら(すげえ!)だ。

 もちろん正式な医者では無いし資格も持ってないが(火星で国家資格を取得するにはえらい金がかかる)知識はある。

 それでも何が原因で眠ったままなのか分からないらしい。

 所詮宇宙船の医務室で碌な設備も無いのだが、出来る範囲で調べただけでも肉体的には健康体。

 でも眠り続けている。

「見守るしかできないのが悔しいよ」

「いやアトラはよくやってくれてるよ。こいつだって感謝してるさ」

 俺なんか気休めしか言えない。けど言わないよりは言う方がいい。

 端末に着信。

『……例のフレームは何とか組み込めた。一度確認しに来てくれ』

「了解」

 アトラに断って格納庫に急ぐ。

「……さすが、おやっさんだ」

 見上げて感嘆の息を洩らす。

 フレームむき出しの高さ18メートル。モビルスーツ。エイハブ・リアクターは2基。

 ガンダム・フレーム。

 ただし膝は逆関節構造。つまりヘキサ・フレームだ。

 腕に至っては何のフレームかも分からない。骨格段階でジャンクとジャンクを寄せ集めて組み上げてる。

 要はツギハギもいいとこなんだけど、それでいてバランスが取れている。

 メカの基幹設計に関しては素人だけど(一通りの整備は出来る)パイロットとして経験上知ってる。

 バランスのとれた機体は強い。

「このフレーム名前は?」

「刻印はシュトリ。シトリーかも知れん」

「ならシュトルムで」

「変わってるじゃねえか」

 呆れ顔でおやっさん。

「この方が格好いい」

 ジャンクの山を確認しながら。

「どれぐらいで完成する?」

「2週間はかかる」

「半分で」

「殺す気か!」

 怒鳴りながらヤマギたちを呼びに行く。

 相変わらず見た目の割に面倒見がいい。ごつい背中に向けて手を合わせる。

 前触れもなく。

 船内スピーカーが叫ぶ。

『エイハブ反応! 総員警戒!』 

 

 

 

「距離は?」

「分からん。まだ見えねえ」

「そんなとこからブン回すって、どんなアホだよ?」

 ギリギリまで巡行速度で近づいて、それからリアクターに火を入れるのが宇宙戦闘の基本だろうに。

 船長席で(船長俺なんだけど)ふんぞり返ったユージンも頬杖ついて呆れてる。

「……待った、光点出た」

 光学補正センサーで拡大されたドット。倍率考えたら滅茶苦茶遠い。いや。

「速すぎる⁉ なんだこいつ!」

 光点が見る見るうちに大きくなっていく。異常なスピードで。

「マン・ロディで出る!」

「気を付けろ! ヤバいぞこいつは!」

 

 

 

 ああ腹が立つ。

 

 

 

「……見えた!」

 正体不明の超高速飛行物体。

 モニター上で拡大表示された機体はモビルスーツには見えなかった。

 腕も脚も無い。代わりに尾のような構造体がしなやかに長く伸びて、その各部からスラスター光が噴き出している。

 そこだけはモビルスーツじみた胴部から可動式のブレードが何本も張り出して、これもヒレを思わせる。

 エイハブ・リアクターは……2基⁉ こんなのもガンダム・フレームなのか。

 一言で言えば、ドラゴンだった。

 或いは古代の巨大肉食魚。

 刹那、怪物じみたシルエットが掻き消える。

「! 散開!」

「待っ……!」

 僚機の反応が遅れた。

 ドラゴンは見逃さない。

 マン・ロディの外装が、次いでフレームが紙のように引き裂かれる。手足が弾け飛ぶ。こっちは影すら捉えられない。

 かろうじて、彼方で切り返す光の残像。稲妻のような軌跡が迫る。

「くっ!」

 とっさに僚機を蹴り飛ばす。

 ほぼ胴体だけのロディ・フレームすれすれを残像が駆け抜ける。

 その影に90ミリ弾をばら撒く。かすりもしない。だが牽制にはなった。

「おい! 生きてるか!」

「……なんとか!」

「後で回収する! それまでふわふわしてろ!」

「忍びねえ!」

 残骸から離れつつ牽制射撃。やはり当たらない。注意は引けた。

「来い!」

 龍の顎が開かれる。残像。見失う。

「⁉」

 とっさに右に跳んだ。すれすれの距離を伸びて消える尾の残像。

 少し目が慣れたのか立体的に機動する龍が見えた。尾をうねらせて宇宙空間を海のように泳いでる。

 また消える。

 飛び退く。

 背後から前に。またうねって消える。

(……おかしい)

 単調すぎる。

 このパイロットは凄まじい腕利きだ。空間認識能力、速度感覚、どれも自分より遥かに上だ。

 なのに、消えるたび背後を取ろうとする。

 敵機の位置を見失った場合、先ず背後を警戒するのはセオリーだ。読まれているのは分かるはずだ。

(なんで繰り返す?)

 

 

 

『……令! 司令! 危険です、下がってください』

「うるさい、黙れ!」

『司令!』

 ああ腹が立つ。

 

 

 

『……後続、見えた! 距離2000、大艦隊だ……! スキップジャック級1ハーフビーク級多数、アリアンロッドだ!』

 その通信で繋がった。

 見覚えのある三次元機動。ジュリエッタ・ジュリス。指揮官が部下を置き去りにして突出する。単調な攻撃を繰り返す。

(こいつは怒り狂ってる)

 理由は知らない。興味も無い。

 怒りで我を忘れている。まともな判断ができない状態にある。

(それだけ分かれば……)

 充分だ!

 再度、霞むドラゴンのシルエット。

 避けながら、振り向きざまハンマーチョッパーを振り下ろす。タイミングは完璧。

 それでもなお。

(速い!)

 ブレードの届く方が僅かに速い。避け切れない。死ぬ。

 

 

 

 撃音。

 押し潰された内蔵からこみ上げた血を吐き出す。

「……ああ、全く腹が立つ、な」

 それっきり沈黙した。

 

 

 

「……はあっ、はあっ」

 味方艦医務室。照らし出すエメラルドグリーン。

「全く、世話がかかる」

 額に滲む汗を手の甲で拭う。

 

 

 

「……生きて……る?」

 一瞬、敵の攻撃が鈍った気がした。それが生死を分けた。

 ずるりとした触感でコクピット・ブロックから食い込んだブレードが抜ける。

『ライド! おいライド!』

「ああ、聞こえてる」

『よかった生きてたか~』

「状況は?」

『敵艦隊、距離1500。少し足が鈍った。なんでだ?』

「分からんけど好機だ。マン・ロディを回収したら全速力」

『ウェーイ!』

 通信を切る。止めていた息を吐き出す。

 今になって震えてきた。

「仇を……討てたのか?」

 実感は全く無かった。   




「悪竜急襲」終了。次話「雷電一閃」
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