許せなかった。身体の芯がカッと熱くなった。
それで、それだけで、殺したいと思ってしまった。
突然現れた少年に蹴り飛ばされ、転がった棺。その中に安置されていた少女も、棺の外に飛び出してしまっている。
若葉は壁に少年を追い込み、彼が逃げられないように顔のほんの数センチ横に刀を突き刺していた。
バーテックスと戦うための武器を、勇者服まで纏って。
「……どういうつもりなのかな。こんなことして。一応外見は人間のつもりだったんだけど。」
少年は自分に少なからず殺意を持った少女と肉薄し、追い込まれた状態で呑気な声を出した。
その発言が、より若葉の怒りを増幅する。
「……どういうつもりもないだろう。私の仲間や大社の人たちにこんなことをして、身の安全は保証できないぞ。」
その怒りを抑え込むように、若葉は刀の柄を強く握る。
しかし若葉はそこまでで耐えた。これ以上進んでしまえば、彼を殺すことになってしまうかもしれない。
口ではおかしなことを言っていても、一般市民であるかもしれない少年にそんなことはできない。
あくまで言葉で改心させようとする若葉に、少年が口を開いた。
「さっきの巫女と同じで、おかしなことを言うんだね。あそこに転がってるのは仲間、じゃなくて肉塊、だよ?あの二人はもういなくなったの。それがどうしてわからーーー」
「黙れ!あの2人は四国を守るために全力で戦った!それを知らないお前に、2人をバカにする権利はない!」
「……。」
少年は首を少し横に傾けた。
若葉が、少年を逃げないようにするために壁に刺していた刀に当たり、少年の耳に切り込みが入る。
「悲しいこと言うなぁ。黙れ、だなんて。」
少年はわかばの目をしっかり見据えながら身体を若葉の方へゆっくり動かす。
「お、おい……。」
刀に切り込まれた耳は、血を滴らせながら刀を伝い、ついに2人はキスしそうなくらいまで近寄った。
少年は若葉になにか囁いた。当然、わかば以外には何も聞こえていない。
しかし若葉は、その言葉に過敏に反応し、後ろに飛び去った。
「ふざけるな!私は誰の手にも落ちない!誰にも媚びず、誰にも干渉されない!それが勇者、乃木若葉だ!」
「あれあれ?いきなりどうしちゃったの?落ちるとか媚びるとか。まさか意中の相手でも見つかったのかなぁ。受け入れてもらえるといいね。その身体で。」
「うるさい!黙れ黙れ……!黙れ!お前に私の何がわかる!私は……!」
ついに怒りの限界を越えようとしていた若葉の背中に、そっと手が当たった。暖かくて柔らかい。優しい手。
「落ち着いてください、若葉ちゃん。いつもの冷静さを見失っては、亡くなった2人にも示しが付きませんよ。」
「ひなた……。」
ひなたは若葉をいつもの笑顔で励ますと、若葉の前に立ち、少年と向かい合った。
「勇者のお付きの巫女、上里ひなたと申します。まず最初に確認したいのですが、外にいる人たちはあなたの仕業ですか。」
「うん、そうだよ。葬儀場に入ろうとしたのに入れてくれなかったから、ザクザクっとね。」
「この……!」
ヘラヘラして答える少年に腹を立て、若葉がまた歩み出ようとするが、それをひなたが静止する。
彼女はまるで、犯人から情報を聞き出す、尋問官のようだ。
「次の質問です。あなたは先程、自分がバーテックス側の人間だと仰っていましたが、それはどういう意味ですか。」
「……。」
少年は黙ってしまった。彼はリズミカルに歩き始め、床に転がってしまった伊予島杏のところに行く。
「おい答えろ!でないと、お前は私がーーー」
「殺すって言いたいんだろ?分かるよ、そのくらい。」
若葉は自分が無意識に抑え、そしてついに言おうとしていた禁句を的確に言い当てられ、戸惑った。
「この3年間で、随分と口が悪くなちゃったよな。昔は俺をいじめから助けたりとかしてくれたのに。」
「なんの事だ……。」
若葉は怪しんで少年を見る。さっきまでの彼が仮面をつけた道化師だとすれば、今はその仮面を外して般若の顔でもさらけ出したような、そんな雰囲気だ。
「そういえば自己紹介はしてなかったっけ。僕は君の弟の乃木悠城だよ。よろしくね。」
「そんな……。」
「悠城が……、生きていたなんて……。」
少年の発言で、ひなたと若葉は言葉を失ってしまった。
「騙され……ないぞ……。悠城はバーテックスが現れたとき、長崎にいたんだ。あいつが生きているはずが……ないだろう……。」
「そっか。なら見せてやろうかな。俺が生きてたっていう証明。」
悠城は、戸惑いを隠せない若葉に見せつけるように杏の顔の上に足を置いた。
「……!」
ひなたは友人の顔が男に踏んづけられ、口元を手で覆った。
ガキぃぃイン!!
その金属質な音は、若葉の刀と、悠城の腕がぶつかることで起こった。
「ぐぅ……!」
若葉は予想外の手の痺れに顔をしかめる。
しかし、本当に予想外のことが起こったのは、その次のことだった。
「ぐわァァああ!!」
悠城がもう一方の腕を振るい、若葉を殴り飛ばした。
そのまま後ろにふっとばされ、並べられた参列者用の椅子にぶつかる。
床に転がる自分の姉と、その衝撃で飛び回る椅子を見て、悠城は満足そうな笑みを浮かべた。
「……元々、勇者っていうのは地の神、基い神樹に見いだされた女の子たちのことを言うんだろ。だったら……」
悠城は肩をすくめて両腕を左右に大きく伸ばし、大きな白い翼を発生させた。
「天の神に見いだされた俺は、なんて呼ばれるべきだろうね。」
「……天使……。」
ひなたが驚きと恐怖をにじませながら答えた。
人の肩甲骨の辺りから白鳥のような翼を広げる様は、まさにそう形容するしかない。
「お、ひなたさん、それいいね。うん、僕は天使の乃木悠城。君たち勇者を上回り、淘汰する者だ。」
悠城はさっきと同じ笑顔でそう言った。
ただ一つ違うといえば、その微笑みに、勝利への確信が含まれていたことくらいか。
この先、キャラのブレがあるかもしれませんがご注意ください。気楽にやっていきます。