「何だと……。う、嘘だ。こんな、こんなことが……」
若葉は肩口を削り取られ、そこから吹き出る血と床に落ちた自分の左腕を呆然と見つめた。
ひなたの悲鳴、悠城の笑い声が遠くに聞こえ、ショックで視界がぐにゃりと歪む。
唯一事態が良くなったことといえば、さっきまでとは左肩が比べ物にならないほど軽くなったことくらいだ。
「あっはは!お似合いだねぇ、勇者様!その信じたく無さそうな表情、とても良く似合ってるよ!」
「う……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!こんなことあるはずない!」
若葉は耐え難い現実を振り切るように、悠城に斬りかかった。
これで確信した。
このクズをここで排斥しなければ、仲間たちも同じ目に遭う。勇者以外の人間が力を持つなどあってはならない。
「お前って単純過ぎるんだよな。」
悠城は自分の姉の馬鹿すぎる行動にため息をついた。
そして左腕を失ったことでバランスを崩し、悠城にとって蹴りやすいところに来た若葉の顔を下から蹴り上げた。
若葉はまた吹っ飛ばされ、床に叩きつけられた。
「悲しいなぁ。3年間修行してる暇があったのに、この力の差。力を与える神の違いって言うのは大きなもんだねぇ。」
若葉は応えない。ただ床に丸まって、半開きの口で呼吸をしているだけだ。目元は髪で隠れて見えなくなっている。
「さてと……。」
悠城はがっかりした。記憶の中の自分の姉なら、もう少し抵抗してくれそうなものだが。
悠城はもう若葉に抵抗する力はないと判断し、残った千景とひなたに目を向けた。
千景は怯えた表情を浮かべ、ひなたはその場に座り込んだ。
「1番の脅威も狩り終わったし、後は残った獲物を潰していこうかな。」
「わ、私は……まだ死ぬわけにはいかないわ……!」
千景は上ずった声を上げて後退った。
「私は選ばれたの!生き残るための力を……皆に讃えられる力をもらった!ここで死ぬわけには行かないわ!」
千景は、歪んだ笑顔を浮かべて葬儀場から逃げていった。
悠城は多分、恐怖が歪んだ結果なんだろうなと思って追いかけなかった。
この場には結局、床にぺたんと座り込んだひなたが残った。
「意外だね。君は命乞いしないなんて……。」
悠城がひなたに話しかけた。
ひなたは別の方向を向いたまま、悠城の言葉に答えた。
「若葉ちゃんを一人で死なせるわけにはいかないんです。そうしたら、絶対にあの世で無茶するでしょうから……。」
消え入りそうな言葉だったが、芯には意志と熱があり、悠城はまだこの人が諦めていないことを確信する。
「……。」
若葉は分からなかった。
バーテックス、それよりも上位の存在を名乗り、その力を見せた悠城、それらを生み出した天の神。
なぜ彼らが人類を淘汰するのか。なぜ球子や杏、多くの人たちが殺されたのか。
なぜ千景が逃げ出したのか。ひなたが諦めないのか。
どうして自分が立ち上がって、彼女らを助けようとしないのか、彼女には全くわからない。
「けど残念だよ。命乞いする人を殺すのは楽しいって殺人鬼の良いそうなセリフがホントなのか、確かめたかったんだけど。」
悠城は呑気に言い放ち、自分の手にさっき若葉の腕を切断したのと同じ光球を作り出す。
「……それは残念でしたね。私は神樹に仕える巫女として、あなたの思い通りにならないことを願うばかりです。」
ひなたは縋るように祈る。
ひなたは相変わらず別の方向を見ている。
幼い頃からそばにいて、役割は違えど共に神に選ばれ、今日まで苦楽を共にしてきた親友を見ている。
悠城と、それが生み出した自分の身を滅ぼす光など、興味も沸かない。
なぜならーー
悠城の放とうとした球が、その直前で真っ二つに切り裂かれ、消滅した。
それと同時に悠城の右腕が切り落とされ、後方に飛ぶ。
「……若葉……!」
常に余裕を持って戦っていた悠城の表情は、ついに崩れた。
悠城は床を蹴って距離を取り、それと同時に空中に作った光球を複数個、若葉に投げる。
刹那、若葉の目の前まで飛んだ光球が消えた。
悠城の目には、神樹の霊力で作られた見えない腕が複数本肩から伸び、握った見えない刀で切り裂くのが見えた。
反対に若葉の目は、黒かった瞳は青く燃え、悠城の攻撃をハッキリと見切ったようだ。
「……精霊の暴走、って言うのかな。でも、大切な人を守るヒーローとは言えない、醜い姿だね。」
悠城は胸を抑え、楽しみと恐怖で戦慄する気持ちを閉じ込める。
「……殺してやる……。」
若葉は無感情に喋り、無感情に構えた。
暴走する若葉ちゃん……。ううっ、見たくねぇ……。