「乃木……悠城……。」
ひなたは病院の廊下の真ん中で、敵だったはずの男の顔を凝視した。
ひなたの中に、彼についての様々な情報が渦巻く。
まず彼は、若葉の妹で、香川県にいた。
しかし乃木家のような剣の家元に生まれながらその才能が全くなかった彼は、日頃から家族やクラスメイトから冷たくされていた。
耐えかねた悠城は、ついに博多の祖父母の家に預けられ、ひなたもそれ以来会っていなかった。
「あなたは長崎に引っ越したあと、現れたバーテックスに襲われたはずです。なのになぜ……ここにいるのですか?」
ひなたは目の前の相手が考え込んでしまい、キョトンとする悠城に質問した。
葬儀場の方にいた悠城は、天の神に力をもらったと言っていた。
バーテックスの側につくことで、生き残ることができたと。おそらくそういうことだろう。
しかし、今そっちの悠城はまだ戦闘中のはずだ。ならばこっちの悠城からは、なにか違う答えが返ってくるはずだ。
「僕、長崎で怪物が現れたとき、力をもらったんですよ。天の神って人から。なので死なずにここまで来れてーー」
ひなたは悠城をまたひっぱたいた。
「痛ぁい!」
「あなたが若葉ちゃんを……!もう戦いは終わったのですか!若葉ちゃんをどうしたの!私が眠ってから、どれだけ時間が経っている!」
力で勝てるとは思わない。でも、あそこにいた悠城とここにいる悠城が同一人物なら、若葉はもう戦いに敗れて死んだことになる。
「お、落ち着いてくださいひなたさん。僕もお姉ちゃんは守りたい側ですから!ていうか、僕とアイツは複雑な関係でーー」
「うるさい!」
ひなたは口答えする悠城にもう一度、ビンタを食らわせてやろうとした。
しかしーー
悠城がひなたの前に手をかざした。
霊力を流し込まれているのはひなたにでも分かるが、意外と痛みはない。
むしろ何かを頭から抜き取られていくようで、怖くもあった。
「あの……何を……。」
ひなたは悠城に向かって話しかけるが、言葉の棘がなくなっていることに自分でも驚いた。
怒りで手が動いたり、体が震えたりすることもなく、そのままその場にお尻をつけて座り込んでしまった。
「あいつにこんなことは、できないと思います……ごめんなさい。」
悠城は静かにつぶやいたあと、ひなたにペコリと謝った。
「どうして謝る必要があるんですか?私はもう、怒っていませんよ。」
ひなたはむしろ、早とちりで怒り、人に手を出してしまった自分の短絡さを恥じた。
大社の巫女として、これからはその身分に恥じない行いをしていこうと思った。
そんなのこと思っていると、悠城が歯がゆそうにこっちをじっと見ていた。
「わ、私の顔に何かついてますか?」
「あ、はい……し、強いて言うなら、に、ニヤニヤ顔が……。」
申し訳なさそうに言う悠城に、ひなたは赤面した。
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「ひなちゃーん!良かった!戻ってきてくれた!ひなちゃんまでいなくなった私……わたし……!」
「ゆ、友奈さん。泣かないでください!私はちゃんとここにいますから!」
友奈の病室にたどり着くと、友奈は入ってきたひなたに抱きついた。
脇のベッドには既に、杏と球子の遺体が寝かされていた。友奈はユウキが2人を連れてきてからここに戻るまで、ずっとひなたの身を案じていたのだから、嬉しくなるのも無理はない。
「ユウキ君もありがとうね。2人の身体だけじゃなく、ひなちゃんまで……。」
「……別に感謝されることはしてないです。それより、僕はもう1往復して、お姉ちゃんを……」
友奈の言葉に答え終わる前に、ユウキはガクッと膝をついた。額には汗がにじみ、息が切れる。
「ユウキさん!」 「ユウキ君!」
ひなたと友奈が叫び、ひなたが駆け寄る。友奈はベッドの上から降りられないが、辛そうにユウキを見る。
「……結構便利なんですけどね。感情を動かす力は。ただ結構神経使うんで、疲れちゃうみたいです……。」
ユウキはできるだけ平気そうに答えたかったが、息絶え絶えになり、ひなたたちにその意図は全く伝わらなかった。
「ユウキさん……。」
ひなたは考える。あの葬儀場で若葉と悠城がまだ戦っているとなると、体調不良のユウキ一人で助け出すのは難しい。
「私が行くよ!もう怪我も治ったし、相手がどんなに強くても私は諦めーー」
友奈は張り切り、拳をシュッと突き出すと友奈の口から血が漏れ出た。
「こ、こんなのなんともないよ!一目連の力だけでも、どうにかなるって!」
療養中の友奈を行かせる訳にはいかない。そうすれば絶対に怪我が悪化するし、まともに活躍できるかわからない。
こうなったら、自分が行くかーー
ーー論外だ。戦えないひなたが行けば役立たずな上、若葉にだってひなたを守る為に動かなければならない。
「一体どうすれば……!?」
ひなたが頭を抱える。このまま悩んでいる間にも、若葉が悠城に殺されてしまうかもしれない。
残念だがここは、友奈に命を削ってもらうしかーー
ひなたが最悪の手段を考え始めたその時、
「何か、今にも泣き出しそうな顔してますよ、ひなたさん。」
「……ユウキさん。」
ユウキがひなたを励ます様に声をかける。もう顔色もマシになり、少し微笑んで見せていた。
「さっきひなたさんたちを助け出したように、もう一度やってみます。ワンチャン、隠れてコソコソやれば行ける気がしますし。」
「……でも!それがもし失敗したら、あなただって戦うことになりますよ!?そんな体調で勝てるわけーー」
「最初から僕に戦う力はありません。」
予想外だった。
ユウキは、自分の高ぶった感情を操ってみせた。
そんな神のようなことができるのなら、全開の体調ならば悠城にも勝てるのではないかと思っていた。
「もともと僕にあるのは、感情を操る力。それとほんの一瞬だけすっごいスピードで走れる力だけなので。それでなんとかやってみます。」
「……それで私達を、あの葬儀場から助け出したんですね……。」
これで大体の辻褄があった。
ユウキは一瞬だけしか早く動けないから、その場から微動だにしないひなた、杏、球子を助け出した。
戦う力がなかったから、若葉は後回しにし、友奈のいる病室に三人を運んだ。
最後に分からないことがある。
「あなたは何でもう一度、あの葬儀場に行くんです?戦えないあなたが行っても、何もできません。ここはその……友奈さんに任せて……」
「えっと、それはーー」
ユウキが答えようとしたとき、病院をも動かす爆発音が轟いた。
三人が外を見る。
ユウキたちがさっき出てきた、葬儀場がある建物。
その屋根を突き破り、高層ビルほどもあろうかという高さに至る、ある怪物が佇んでいた。
前書きや後書きのネタまで考えないといけないのか……。クッソー。