少女と青年と精霊と(仮題) 作:反転アイール
昼食も終わり、いよいよ午後授業が始まろうとしている頃。
私、ノア・クリングは焦った様子で廊下を駆けているのだった。
(うぅー…まさか昼休み丸々寝ちゃうなんて…)
どうやら昨日の夜更かしが祟ったようだ。三限目辺りからの記憶が朧げであるため、居眠りをしてしまったのだろう。
目が覚めた頃には昼休み終了5分前であり、顔からさあっと血の気が引いたのが記憶に新しい。
これが魔導学基礎等の座学であれば、まだマシだったのだが。
生憎、午後の講義である魔法実技は屋外の演習場で行われる。従って、屋外用の運動着に着替え、かつ演習場に向かわねばならない。
絶望的な事実に「ひぃーん…」と口から情けない声が出てしまう。
(いままで遅刻したことなかったのにぃ…!メルト、起こしてくれてもいいじゃん!ばかあ!!!……うぅ、お腹減った…)
朝の警告通りになってしまった情けなさを感じながら、バタバタと着替える。
昼休みを丸ごと寝過ごしたので、昼食もまともに取れていない。泣き面に蜂である。
きゅるる、と鳴るお腹を押さえながら、心の中で『あほ!おたんこなす!』と八つ当たり気味にメルトの罵倒を続ける。
本人が聞けば、その語彙力の低さに涙しそうであるが。
ある程度罵倒している間に着替えが終わったため、急いで演習場へと向かう。
その途中で『あれ?』と違和感に気づいた。
(メルト、この時間ならいつも教室で寝てるはずだけど…)
私が起きた時、既に彼女は居なかった。どこへ行ったのだろう。
…もしかしたら、今日は授業に参加しているとか。
「…流石に無いか!」
7、8限目ならまだしも、この時間帯での出席は流石に有り得ないだろう。メルトだし。
きっと食堂とかで寝てるんだ。そう考え、その場を後にした。
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結局の所、私は間に合わなかった。
「ノアちゃん、遅刻よ?」
「す、すみませぇん……」
流石に5分で支度+移動を済ますには時間が足りず、演習場への距離が残り半分といったところでチャイムが鳴ってしまった。
結果として、遅刻扱いとなった私は、魔法実技の担当―――グリム・キャッシュイート先生に注意を受けることとなった。
しゅんとしている私を見て、反省していると判断したのか、先生は「しょうがない子ね」と苦笑した。
「まぁ、ノアちゃんは普段の授業態度も良いし、今まで遅刻してなかったから。今日はオマケしといてあげる」
「ほ、本当ですか!ありがとうございます…」
「ただし、次はないからね。あんまり夜更かしとかしちゃダメよ?」
「う…はい…」
幸いなことに、今回の遅刻はカウントしないことにするそうだ。ほっと一息をつく。
魔法実技。各々が得意とする魔法を行使し、自衛手段を磨く場である。
ここでは戦闘魔導士志望の生徒をメインとしたグループと、魔具師志望の生徒をメインとしたグループの2種に分かれる。
前者は「抗防班」、後者は「創助班」と呼ばれ、それぞれ異なる内容の指導が行われている。
まず抗防班。これは私やメルトが所属している班だ。
こちらでは魔法を利用した戦闘技術の研鑽が主目的となっており、生徒同士での1対1での模擬戦や、戦闘人形を用いた多人数との戦闘など、様々なパターンでの試合が頻繁に行われている。腕っぷしが問われる班ということだ。
そして創助班。これは魔法戦闘を得意としていない生徒が所属する班だ。
こちらでは脅威を対面した際の防衛・回避手段の研鑽が主目的となっており、効率のよい障壁の張り方や、転移術式の簡略化など、『非戦闘魔導士が生き残る術』が磨かれている。
また、創助班には抗防班のサポートという名目で、抗防班へ自作魔具の提供が許可されている。これは創助班の構成要素の大半が魔具師志望であることに起因する。
魔具師志望の生徒は、自身の魔具作成技術の成長を求め、日々研鑽を続けている。従って、作成した魔具の効果確認・欠点の検証などは当然のように行われるだろう。
しかし、基本的に非戦闘魔導士である彼らは「実戦に耐え得る魔具」というものを自身の身で検証することが困難である。
そのため、抗防班へと魔具を提供することで利点・欠点等のデータを収集しているのだ。
抗防班としても戦闘の選択肢が広まり、より効果的な行動を模索することができる。
Win-Winの関係というやつだ。
このことから、抗防班の大半は魔具関連を創助班に任せている生徒が多い。
当然、例外も存在するが。
(魔具師に転向する可能性もあるんだし、できることは増やしておかないとね…)
そんなことを考えながら、昨日作成した魔具を手に抗防班の方へと向かう。
その際、背後からグリム先生が「今日は面白いものが見れるわよ~」と言う声が聴こえた。
面白いもの?私が疑問を抱いた瞬間、
爆音が響き渡った。
「ぴえっ!!」
思わずおかしな声が出てしまった。は、恥ずかしい…
じゃ、じゃなくて!今の何!?何なの!?
音のした方は抗防班の方だった。急いで現場へと向かう。創助班の方へも音が届いていたようで、彼らも「なんだなんだ!?」と驚き、一部の生徒は確認に向かってきているようだ。
グリム先生だけが面白そうに事を見守っている。というか、笑いを堪えてる?
距離はそこまで遠くなかったため、すぐに到着する。
そこには。
白目を剥きながら泡を吹くメルトと、気絶する男子生徒の姿があった。
なんで????????
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時は少し前に遡る。
私ことメルト・アーメンテラスは激しい睡魔との熾烈な争いをしている最中であった。
(しんじゃう)
現時刻は午後13時。通常の私であれば確実に寝落ちしている時間帯である。
私の体質の眠気は根性で何とかできるとか、そういうレベルじゃないのである。
しかし悲しいかなこの体質、根性で克服はできないがゴリ押しならなんとかなるのだ。
正確には『一時的に行動できるようになる』といった方が正しいか。
私の耳には今現在カナル型の魔具が装着されている。これが秘策だ。愚策とも言える。くそ。
この魔具にはある術式が刻まれており、内部の魔素を消費することでその効力を発揮するようになっている。どんな魔法かといえば。
音響魔法である。
音響魔法とは、その名の通り音を生み出す魔法である。
本来であれば披露宴等で扱われるこの魔法は、コツさえ掴んでしまえば簡単に発動できる。単音なら10分でマスターできるほどだ。
今回はクソ高い音を一つ選び、この術式内に組み込んだ。音量に関しては私の意識をキーとし、入眠状態一歩手前で最大音量が流れるように調整している。
要するに、「耳元で爆音を聴かせ続ける魔具」なのだコレは。
意識の覚醒を強制されるこの魔具は、正直言うと非常にきっつい。あたまがぐわんぐわんする。ゲロ吐きそう。あっちょっと涙出た。
コレはラムシアに居た時代に「皆が昼寝してる間に一人だけ起きてたらカッケーんじゃない?」とトチ狂った私が片手間で作った術式をベースにしている。
因みに魔素酔いして失神するという結果となった。馬鹿である。
(あちょっときつ、あ、やめてごめんなさいゆるしていやまってまってまってウ゛ッ゜)
幾度となく失神と覚醒を繰り返しながら、這う這うの体ながらも何とか演習場に辿り着く。
グリム先生には昼休みに話を通してある。散々笑われた後に「やっぱ最高ね貴方!」とサムズアップを貰った。どう反応したら良かったのだろうか?つらい。
がらりとドアを開けると、演習場に集まっていた生徒達の視線が私に集中する。
悉くが「え、マジ??」みたいな目で見ている。ただただアウェーである。
件の教師は必死に笑いを噛み殺しているようだ。あっ術印でなんか書いてる。何々…
『マ・ジ・デ・キ・タ・w』
あんなのが先生やってて良いのかと心の底から思った。