頭ふっわふわな短編集   作:サラダ豆乳パン

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これからはこれから


年を越してのんびりとお茶するエンド

 熱を受け入れる。

 

 それをするのに、どれほど焦がれたことだろう。そう、心が騒めくと同時に、侵略を終える。心を置いて舞堂刀兵衛は変質した。きちんと人間として種族を定めたのだ。もう片方はいらぬと、断腸の思いで捨てた。肌を焼く感覚は、もうたやすく思い出せる。そして、腸をこねる貧寒が止まなくなる。

 

 そう。舞堂刀兵衛は人間で、仙人であって、神速の剣豪。そう心が定めた。

 

 もう変わることはなく、肉体が滅びようとこのままだ。

 

 

「俺は、舞堂刀兵衛だ」

 

 

 握っていた小刀を破壊する。破片が飛び散るが、もう何処にも血は流れない。定まったのだから、流す必要がないのだ。

 

 さぁ、さぁ、さぁ。定まったからには、もう動かねばならぬ。火傷痕はなくならなくても、在り方は無くなってはいけない。

 

 決別を。

 

 ただの舞堂刀兵衛という男ではいられないのだから。人間でいると補正の勢いを殺さないように。

 

 ぐにゅぐにゅとする貧寒。吐き気と頭痛が襲うが、それまでだ。命に関する危機感はその程度。なれば、どうとでもなる。苦しいのも、痛いのも、辛いのも、慣れている。これ程度を耐えきれなくて、何故、舞堂刀兵衛という人間をやっていられるというのだ。

 

 これからは、背を焼き鏝で押され続ける日々になるのだ。許されなどしまい。

 

 酒を呷る。甘いそれは、喉を焼いた。

 

 

 トントン、と家の戸を叩く音が鳴った気がする。忌日にした日にちょうどやってきた。

 

 

 だから。

 

 

「今、行きます」

 

 

 舞堂刀兵衛という男は人間でいるべきだ。

 

 さぁ、決別を。

 

 

 

 

 

「次はどうするか…」

 

 

 岩石のようなざらざらとした声が響く。その声の主以外には誰もいない。草と土を濡らす赤は肉とともに辺りに散らばっていた。頭を揺らすのは、それらの臭気の所為だけではないだろう。

 

 

「なぁ、どうする」

 

 

 声の主は刀に語り掛ける。懐紙で清めたそれは何処にも汚れがない。傷一つもない。声の主が惚れ惚れするほどの自慢の一品だった。

 

 

「斬りたいものはなんだ?」

 

 

 その刀は、誰もが見惚れるほど美しいものであった。月を鍛え上げたのがこれではないか、と訝しむほど美しく煌めく。軽く揺らすだけであらゆる美女の顔が霞むほど見惚れるもの。冷たく綺麗な顔をしたかと思えば、優しく甘い顔をする。無垢な愛らしさを見せたかと思えば、妖艶な色っぽさを見せつけてくる。絶対にどんな女であっても勝てないほどの女らしさがあった。傍においても野暮ったくなく、傍に置き続けても苛立たせず、離れたくないほど魅惑的で、脳裏に張り付いてしまうほどの女らしさ。瑞々しい甘さとむせ返るような芳醇さを味わわさせてくる。

 

 なんと。なんと素敵な()だろう。

 

 理想の()だ。

 

 男にとって唯一無二の()であった。

 

 声の主は愛おしさを隠さず笑った。今まで誰も見たことのない物であった。刀一筋の男が、ここまで幸せそうに笑うのは誰も見ることなどできなかったのだ。表情筋をまともに動かさないから、いつもへの字口。だから、傍から見ればさぞ下手くそな笑みに見えるだろう。だけれど、その愛おしそうな笑みはこちらを幸せにするものであった。誰かに似過ぎている。

 

 

「斬ろう。どいつを斬ろう。さっきは妖怪だったから、今度は人にするか?」

 

 

 語る口は柔らかい。誰も聞いたことのないほど柔らかい。女でも子でも聞いたことのない声色だった。

 

 

「ねぇ」

 

 

 男にとって邪魔にしかならない音。少女の声が、ふと聞こえた。気持ち悪そうにしながらも男に声をかける。

 

 

「これ、あんたがやったの?」

 

「あれを斬るか?」

 

 

 少女に返事をせず男は()に語り掛ける。刀身に少女の顔が映るが、男はそれを認識していない。

 

 

「では、斬るか」

 

「馬耳東風かしら? 困ったわね」

 

 

 男が構えると同時に、少女はため息をついた。いつも通り異変を解決する気なのだろう。

 

 

「斬ろう。斬ってしまおう。おまえとなら、どこまででも斬れるだろう」

 

「気持ち悪いやつね…」

 

 

 男の言う“おまえ”は()に対してなのを理解して、少女は気味悪がる。正常な反応だ。本来なら、そのような状態になれない。辺りはこんなにも異常なのだから。空間すら歪めて在る気持ち悪さに包まれながら少女は解決に尽力する気だ。きっと、“おじさん”はここに現れるから。

 

 

 赤が舞った。

 

 

 

 

 

 斬り堕とす。全てを斬り堕とす。斬り堕とさねば、先行かぬのだ。何事も、[#ruby=獅子王と蒼龍_彼ら#]が居らねば、俺は舞堂刀兵衛で在れぬのだ。

 

 

撃符(げきふ)【空刃破(くうじんは)】!!」

 

 

 既に魂が死に絶えたものたちの救済は、仙人の力を纏った獅子王を振り抜き光の刃を飛ばす俺の得意の斬撃技、その無数の斬擊を放ち終わらせるしかない。泣き声なのか、あるいは誰かへの子守歌のような叫びは胸を打つ。けれども、責任をもって嘆くモノたちを斬り堕とす。人であったものだろうと妖怪であったものだろうと、等しく斬り堕としていく。なんとか仙人の力で地獄へ逝けるよう祈りながら。

 

 叫びは止まずに襲ってくる。むしろ、俺に近づくたびに声も影も大きくなる。

 

 家から心に従って出て、山の中でこの様。三歩進むのにさえ数分の時間をかけてしまう。

 

 

「…っ、は」

 

 

 息が上がる。山中を一晩走り回ってもなかなか疲れぬ体。射命丸文をはじめ、【速さに自信を持つ者達】を圧倒するほどのスピードで疾走しきっても体力は存分に残っている。ここまで苦しくなるのはいつぶりだろう。苦しさが身体にまとわりつく。体力は十分あるはず。ならば精神的なものだろう。苦しさから抜け出したい。なんとかして逃げたい。

 

 つらいことがありすぎて、昔、華扇とともに家を出た。それでも、やはり苦しいことがあった。放り出してしまいたいことなど山ほど。苦しい、と獅子王と蒼龍を抱きしめながら呟いて、その声が聞こえないように耳を塞いだあの頃。

 

 

「はぁ…っ!!」

 

 

 戻るわけにはいかない。嫌だからだけではない。それはやってはいけないことだ、と分かっているのだ。小さな頃の自分と今の自分のために。

 

 もう子供ではいられない。苦しい先にはきっと何かいいことがある、と夢を見続けることは難しくなった。仕事が終わった後夜空を見上げながら思ったあの頃。大人に成らなければならない。苦しいなら必ずそうなる言い訳がある、と現実に生きねばならない。仕事をしながら日差しを浴びて思った頃。

 

 だけれども。

 

 きっといいことがあるといい。苦しくなる言い訳があろうとも。

 

 そう、夢を見ながら生きていたい。

 

仙人の能力である念力で思考をそのように曲げなおす。

 

 

「お前たちの苦しみを背負おう …さぁ、来るといい」

 

 

 すまない、と謝ることはできない。苦しみ続けている彼らの責任を取り続ける。意味もなく生き続けることしかできなかったけれど、おまえたちのためにこの罪の責任を取り続ける。

 

 叫びは止まない。このような言い訳が通ることがないのは分かっている。

 

 ふいに、テレパシーで繋がる激情にして激痛。思わず嘔吐きそうになる。が、こらえ柄を握る手に力を籠める。はっきりと感じる“誰か”の意志に泣き出しそうだった。生理的反応なのか精神的反応かは分からない。喉の奥に圧迫感を感じた。

 

 

「っ夢を見たい、ものだな…」

 

 

 それを抱えたまま、獅子王を振るう。力みすぎぬよう必死に調整しながら振るい続ける。四方八方から来る攻撃に対処する。剣術による防御に特化した手堅い戦法が得意だ。包囲された状態の今、その真価を発揮する時。どこから急所を狙おうと反応も対処も体の隅々がわかっている。それを難なくできる自分がどこか他人事のように感じられた。

 

 温い風が頬をかすめて、思う。見させてくれるものなど誰もいやしないだろう、と。

 

 胃が無くなってほしいほど痛む。それを思うことは絶対に許されないというのに。嗚咽をこぼしながら獅子王を振るう。それから見える剣先に涙が流れた。見てしまったから、最期を。

 

 だから、どうか。

 

 斬り堕とさせてほしい。

 

 

 

 

「刀兵衛様…」

 

 

 狛犬は一匹、刀兵衛のいる山の方を見る。いつもと変わらぬ静かな山。今のあうんには静かすぎると感じる。

 

 

「刀兵衛様…」

 

 

 あうんはなんども山を見ながら刀兵衛の名を呟く。その声に帰ってくるものは何もいない。肌寒い温度が身を包むだけだ。その温度が少し下がった気がした。思わず両の手を握る。祈るような、願うような、そのような固い握り方だった。

 

 

「私は狛犬。悪しきものが入らぬようにするのが役目…」

 

 

 そのような役目のものに弱さがあってはならない。愛らしい少女のような姿をしているが、強さはある程度ある。けれど、“ある程度”だけでは足らない。悪しきものの形は千差万別。公平さを持った力が必要だった。そう、あうんの知っている表側の刀兵衛のような。

 

 表側に出てきている不愛想な刀兵衛も好ましい男だと思った。当初はとっつきにくい印象であったが、なんだかんだ今は仲良くしている。あうんとして現れる前から、狛犬像の前に酒をくれてくれたりもしていたのだ。一回だけの気まぐれでなしたのかと思えば、宴会のたびにくれた。とっつきにくい印象を持っていたのは、それの所為である。ありがたいと思う分、少々怪しんだのだ。中の異様さを嗅ぎ取っていたから。けれど、現在はその異様ささえ許容するほど敬愛してしまっている。本来なら、刀兵衛は排除指定されていたものだったのに。

 

 

「刀兵衛様。私はここにいていいんでしょうか」

 

 

 ある日、問うた言葉を今も繰り返す。酒の席で問うたものだ。酒を飲めば口が緩むもの。心のどこかで思ったものが漏れることはよくあることだった。

 

 

 『誰かがいるというものはいいものだ』

 

 

 樽を一空けしてもけろりとしていた刀兵衛は、そう最初に口に出した。一人で山に暮らしているものの台詞とは思えない。

 

 

 『そこにいてくれるだけでいい』

 

「それだけじゃ理由にならないです」

 

 

 記憶の中の刀兵衛と会話する。ある日の優しき日常を思い出していた

 

 

 『誰かがそこにいてくれるのは、たまらなく嬉しいものだ。たとえ、すこし気まずい仲だろうとな』

 

 

 刀兵衛はそこで自分の火傷痕を覆った。

 

 

 『誰かがいるのなら、きっと“誰か”は立っていけるものなんだ』

 

「その誰かは誰でもなれますよね」

 

 

 誰でもいいのではないか、そういう意味で言った。刀兵衛はもちろん理解していたのだろう。目を静かに閉じて告げた。

 

 

 『誰でもなれる。だから、誰かになるべきだ』

 

 

 刀兵衛は低い低い声で続ける。

 

 

 『あうん。お前は“誰か”になりたいのか』

 

「いいえ」

 

 

 当時は困窮した答え。特別という言葉につい憧れてしまったのだ。けれど今は、即座に否定する。特別な誰かではいてはいけない。狛犬は悪しきものが入らないようにするのが役目。あうんはそういう役目がある。けれど、特別なものになってしまえば個人を優先してしまう。

 

 “個人を悪しきと認定してしまう”

 

 悪し、というものはどれだけ徳を積んでいようと心に巣食うものだ。一匹のアリがいつしか仲間を連れて外敵を倒すように、確実に心を壊してくるもの。霊夢を見ればわかるように傍から見ればどっちが悪人か分からないことは決して少なくない。けれども、明らかに悪人と断定はできない。世界は悪と善ですっぱり分かれることなどそうそうない。そうだからこそ、誰かになってしまえば個人ごと立ち入れなくさせねばならない。悪なのか善なのか分からないから。偽悪、偽善という言葉に惑わされながら何度も何度も、近寄っては離れるをしなければならない。そういうことだ。

 

 それが怖いから否定したのではない。あうんは“あうん自身が許さないから”である。

 

 

「私は狛犬。悪しきものを許さない。絶対に許しませんから」

 

 

 刀兵衛に喧嘩を売っていた。刀兵衛に対して告げていたのだ。

 

 

 『許す気がないならどうする。消すか?』

 

「いいえ」

 

 

 記憶の中の刀兵衛は少し楽しそうであったと思う。今のあうんも少し楽しくなってきた。

 

 

「わたしは誰をも守ろう(愛そう)と思います」

 

 

 善の中に悪がいても、悪の中に善があると信じて。

 

 どんな悪も許さないけれど、貴方たちを守る(愛する)ことぐらいはさせてほしい、と。

 

 悪によっても一筋の善は必ずある。自己弁護だっていい、他者に擦り付けたって構わない。許すことはできないけれど、守って(愛して)あげるからと。

 

 

 『それでこそ、高麗野あうん、だな』

 

 

 めったに見せない笑みに心が躍った。思い出の中の刀兵衛が薄れる。これは、忘却ではない。心に刻まれたのだ。

 

 

「刀兵衛様。貴方を守らせてください。いつでも、待ってますから」

 

 

 許せないけれど、守ってあげるから。心の底から、守りたい(愛したい)のだ。

 

 

 

 

 霊夢は左腕をかばいながら男と拮抗していた。持ち前の直感で殺傷力の高い斬撃を避けている。時折、攻撃に打って出ようとするがままならない。

 

 

「斬らせろ」

 

 

 ざらざらした声が耳に付く。霊夢にはそれが不快な音にしか聞こえない。舌打ちをして、また空を駆ける。

 

 男の攻撃は不気味としか言いようがない。すべてがひどいのだ。動きも呼吸法も太刀筋も、なにもかもひどい。素人の動きなのだ。刀を振るうのは力任せ、呼吸は肺を患っているのかと思うほどの荒い呼吸、動きなど里内のチャンバラごっこをする子供と同じ程度。だというのに、霊夢は手足の一歩も男に叩きつけられない。

 

 

「斬らせろ…」

 

 

 不快な音だ。まだ耳元で鳴る羽虫の音の方がマシなくらい不快だ。

 

 霊夢は左腕に霊力を流し動かそうとする。だが、何の効果もない。最初の攻撃で下手を打った。なんとか一本持ってかれることはなかったけれど、腕が動かなくなったのだ。見た目通り骨まで行っているからだけではない。止血すら霊力でできない。その所為か体をうまく動かせないのだ。

 

 あの刀の所為だ。

 

 男に振るわれる凄艶なるあの刀。男が振るうためにある刀。男のための刀。男の動き、呼吸、太刀筋、全てに寄り添うように踊る。

 

 刀が意志を持つということはある。付喪神がその例だ。だけれども、あれには付喪神が付いているのではない。気配からして、断じて木っ端妖怪ではない。かといって、血を啜りすぎて妖刀になったわけでもないはずだ。その前からあの刀は男のためにある。きっと、もっと上のものが憑いているのだ。少し覚えのある気配。それはなんだったか。

 

 

「そうか! 鬼ね!!」

 

「鬼…?」

 

 

 男が初めて霊夢と会話をした。しかし、互いに感激を覚えるまでもなく攻防は続く。

 

 

「その刀、鬼を材料にしているんでしょ」

 

「…。あぁ、アレは鬼だったのか」

 

 

 他人事のようだった。刀は黙って男に従っている。

 

 

「いい材料だった。おかげでコイツと出会えた。俺は幸せ者だ」

 

「なら、幸せついでに昇天してもらおうかしら」

 

 

 霊夢の軽口も何処か冴えない。左腕を抑え続けている。顔にも余裕がなかった。汗が全身に纏わりつき、呼吸も荒い。

 

 

「だから、お前にもこの幸せを分けてやろうというのだ」

 

「へぇ、うちのお賽銭箱が壊れるほどお賽銭でもしてくれるのかしら」

 

 

 力尽きかけていたのだ。霊夢は博麗の巫女である。程度の能力も【空を飛ぶ程度の能力】だけであるが、それは幻想郷でもっとも愛された能力であるのだ。遊びにレベルを落とした【夢想天生】でさえ卑怯と言ってもいい物だ。それを遊びレベルでなく本気でやれば、たとえ鬼でも八雲紫でも舞堂刀兵衛でも、誰も勝てやしないのだ。その力を使うときの場面、だというのに、左腕を始点に力の制御がなかなかできない。空を飛んでいるのも、あと数十秒でできなくなるだろう。

 

 直感で初撃を予測はできた。が、幸運は味方せず霊夢は斬られてしまったのだ。男の動きを予想するのは簡単だった。あの刀がいけなかったのだ。男の動きを予想できたが刀の動きを感じ取れなかった。それでも、腕を一本落とすことがなかったのは刀のおかげでもある。あれは男に寄り添う。まるで男の妻のように。

 

 

「お前を斬ってやろう」

 

 

 男が笑った。霊夢は吐きそうになる。あまりにも醜悪だったのだ。

 

 彼女の慕うおじさんはこのように笑ったりはしないだろう。刀兵衛は不器用でもちゃんと嬉しい、楽しい、という気持ちが伝わってくる笑みを見せてくる。笑い慣れてないせいか口の端がピクピクしてしまっているが、そういうとこも可愛らしいものだ。だけれど、この男の笑みはどうだ。気持ち悪い。とても気持ち悪い。吐き気で死にそうだった。

 

 “おじさんのように”笑いやがって。

 

 怒りに目が眩む。その所為で集中が乱れ、地に落ちた。もう一度飛ぼうとするも、力が抜ける。

 

 

「羽虫のように飛ぶのはもう止めか?」

 

 

 男が近寄ってくる。ゆっくりと、嗜虐思考のあるものの動きで。

 

 力が入らない。逃げながら倒さねばならないのに、体は動かない。息が荒くなる。斬られてから、ずっと苦しいのだ。肺に穴でも開いてしまったのだろうか。呼吸をしても全く楽にならない。息苦しい。息を何度も吸っては吐いてを繰り返しているというのに。

 

 

「では、斬るぞ」

 

 

 すぐそこに男が立った。首を飛ばされ楽に殺すのか、手足を斬り落として痛みに喚く姿を見ながら殺すのか、どちらも男ならやるだろう。そして、男のやることに刀は何も言わずに従うのだろう。

 

 

「おじさん、ごめん…」

 

 

 逢いたかった、と言葉にする前に男と刀が動いた。

 

 

『霊夢』

 

 

 聴覚も役立たずになりかけても聞こえる焦がれた声は幻のようだった。

 

 

 

 

脚符(きゃくふ)【闘迅脚】(とうじんきゃく)】!!!」

 

 

 闘気を右足に纏わせて上段回し蹴りを放つ蹴り技。刀兵衛の技だった。

 

 

「霊夢!!」

 

 

 男は不意の攻撃に耐えられなかったのか吹っ飛んでいった。おかげで刀兵衛は霊夢を助けられる。

 

 

「…お、じさ」

 

「いい、話すな」

 

 

 安心したように笑う霊夢をその場に寝かせた。本格的な回復には彼女の母である先代巫女のチカラが必要だろう。仙人の能力をもって危篤状態からは脱却できた。

 

 

「あいつも斬るか」

 

 

 男のざらざらとした声がした。刀兵衛は思わず肩を震わす。

 

 

「おまえがいなけりゃ死んでいたなぁ、まったく」

 

 

 刀は男を守ったようだ。男だけでは本来の脚符(きゃくふ)【闘迅脚】(とうじんきゃく)でならザクロになるはず。加減があったのだ。刀兵衛は懐かしい後ろ姿に思わず加減してしまった。火事場で刀を鍛え続けていたその姿があったから。

 

 

「もうお止めください」

 

 

 霊夢は聞いたこともない刀兵衛の声を聞いた。刀兵衛と知り合ってから誰にも敬語を使ったところなど見たことも聞いたこともなかった。そしてなにより、こんなにも苦しくてたまらなそうな声など、なぜ聞いてしまったのだろう。安心して任せることなぞできないではないか。

 

 

「斬ろう」

 

 

 男は刀兵衛と会話をしない。目は刀兵衛を見ているようで見ていなかった。刀兵衛は苦しそうにしながら言葉をつづける。

 

 

「最高の刀は出来上がったのでしょう。では、もういいではありませんか」

 

「斬ろう、斬ろう」

 

 

 男が刀に向けて笑いかける。刀越しに刀兵衛の悲痛な表情が映るが、全く意に介さない。刀兵衛は自身の灰色の羽織をつかんだ。

 

 

「お止めにならないのであれば、俺が貴方様を殺さねばなりませぬ」

 

 

 男はゆらりと構えた。酔っぱらいの方がマシな構えをとると思えるほど、不格好であった。

 

 

「この[#ruby=刀_女#]はなぁ、飾られるために鍛えたんじゃねぇんだ。この[#ruby=刀_女#]は、なぁ…」

 

 

 あらゆる角度に傾け刀兵衛に見せつけてくる。何処をどう見てもキリがないほど美しかった。

 

 

「“俺のためだけにあるべきものだ”」

 

「であれば、貴方方だけで完結しているべきです」

 

「俺はこの()が最高であることを確かめたい。ならば、斬るしかなかろう」

 

 

 会話をしているように見えるが、全くしていなかった。刀兵衛の言葉に独り言を返す男。霊夢はその二人が何故か似ていると感じてしまった。刀兵衛に失礼だと思っていてもその認識は変わらない。まるで親子のようだ、と見てしまった。

 

 

「ならば、“貴方方の息子である”俺が止めさせて頂く」

 

 

 刀兵衛は羽織を脱ぎ捨てた。本気を出すということであった。

 

 

「さぁ、斬ろう!!」

 

 

 男と刀が踊る。刀兵衛は霊夢に被害が及ばないように駆け抜けた。

 

 

 

 男と刀の二人がかり。刀兵衛は油断なく獅子王で対処していく。伊達に数々の実戦を経験しているわけではない。防御に特化した手堅い戦法を得意としているが、接近戦では防御を攻撃に転じさせカウンター技を使用して相手を無力化するのだ。

 

 今も振り下ろされる刀に沿うように獅子王を滑らせ、男を斬り伏せようとしている。男の実力では扱えないし敵わない一撃。そもそもが刀を使って戦うことに慣れていない。時に力を籠め叩きつけるように、時に力を抜き滑らせるようにする。どういう武術もこれを上手くして達人に昇るのだ。刀兵衛は達人である。”幻想郷最強”である【鬼】にあっさり勝利し、【博麗の巫女】と互角に渡り合うほどの腕だ。彼のものたちが弱かったわけでは決してない。勝利は、胸を張れぬ勝負のつけ方で得たものではないのだ。

 

 それが、叱られることを恐れる幼子のような様子で獅子王を振るう。

 

 普段の刀兵衛ならこんな男など三十分も経たずに片している。が、その時間はとうに過ぎていた。

 

 男と刀が強いから、というのもある。共に踊る彼らは刀兵衛に隙を与えずに急所をわざと外して斬ろうとしてくる。足の運びはすり足ではなく、足裏全体を使って跳ねるようにして動き回っているのだ。腿やふくらはぎといった足の筋肉だけでなく体幹を用いた動き。まさに舞踏といって良いほどのリズム感。刀を振るう動きは不格好。力任せに振るうその剣筋は哀れなほどだった。手首が固いのだろう、その所為で刀を振るうスピードに軽くブレーキを挟んでしまっている。けれども、刀はそれをよく分かっているのだ。刀からスピードを上げてくる。普通なら、手首が外れるか、刀を握る手が離れるかだが、そんなことは一度もありはしなかった。男と刀は共に斬る。力の入れ方も抜き方も、何も学習していない。だというのに、刀兵衛に追いついていた。二人三脚の強さである。強いのだ。

 

 対して、刀兵衛は時折肩を震わす。その揺れで獅子王ごと持つ手が揺れてしまうほどだ。かろうじて手を離すことはないが、時間の問題なのかもしれない。いつもの不愛想な顔は泣きそうなのを我慢しているような苦しい顔だ。息も荒い。山の中を走り回っただけの所為では決してないだろう。心拍が安定していないのだ。それがあっても、男と刀にしがみつくように獅子王を合わせる。男と刀の動きに付き従っていたのだ。これではいつまでたっても終わらない。どころか、刀兵衛が斬り捨てられるのも時間の問題である。獅子王を振るう動き、手首や腕だけでなく肩や背中をも用いての動きは見事であった。でも、剣筋はそうは言えない。迷い子のようにおっかなびっくりで何処に行けばよいのか、刀兵衛は獅子王に振り回されている。一人故の弱さだ。弱いのである。

 

 強いものたちがいるならば弱いものたちがいる。その関係が仲良くなることはないのだ。

 

 刀兵衛は少し微睡んだ。親の顔ではなく、のんびりと茶でも飲みたい奴らの顔が浮かぶ。それが答えなのか、と心に恐々尋ねた。心は、人の心は自信をもって、そうだ、と訴えた。

 

 ならば、決別を。

 

 

「…許してください」

 

 

 刀も男も何も返さない。刀兵衛の漏れた声は泣きそうだった。ふっと月が隠れた。刀兵衛は思わず目をつむる。刀と男は何も気にせず斬りかかった。弱いものは食われるんが摂理である。泣き出したものは弱いと彼らは分かっていた。斬りがいがあることを願って二人は踊る。

 

 息を吐く。吐いた息すら震えるようであった。長いものであった。

 

 

翔符(しょうふ)【仙神吼破陣】(せんじんこうはじん)!!」

 

 

 相手の足元に巨大な円型の陣を出現させ縛り付けるように動きを封じ、獅子のような闘気を纏い突撃して相手に壮大な一撃を与え無力化させる刀兵衛の得意技にして最大の切り札。

 

 男と刀の終わりである。

 

 

 

 男はどこかに行った刀を探していた。刀兵衛の攻撃を受けた男は瀕死の状態である。無力化だけで済まそうとしていたが、男はすでにまともではなかったのだ。刀と生き続けた生涯、心は無事でも体はボロボロであったのだ。刀がない男の様子はどうみても死にかけといって良いものであった。誰であっても助けられない。いや、今までの所業で助けてはならない。

 

 

「こちらです」

 

 

 刀兵衛は男に刀を渡した。火傷痕のひどい手に優しく握らせた。

 

 

「…負けた、か」

 

 

 男はそう口に出す。煤に汚れた顔で笑いながら。なんとも生き生きとした表情であった。

 

 だから

 

 

「許して…。許してください…っ」

 

 

 口に出したかった言葉はこれではなかったはずだ。だが、この言葉を出さなくてはならないのだ。口が止まらない。

 

 

「父上…、俺は貴方の望どおりにはなれませぬ」

 

 

 自分の思いを口にせねばならぬのだ。胸が酷く苦しい。咽の奥、肺腑が凍てついてゆく。そうだから、苦しく凍てつくものを吐き出したくなる。けれども、それだけはしてはならない。許しは請う、父を否定する。これらも本来はやってはならぬこと。でも、それは必要であって、吐き出すことは禁忌なままでなければ。そうでなくては、誰を彼をも、俺が見れなくなってしまうから。そんなことはしたくないから。しっかりせねばならぬから。

 

 

「だから、どうか父上」

 

 

 涙は流さぬ、心も動かさずに。決して気取られないように、全身に力を入れて。変わったはずなのに変わらないままの父と母に向けて。

 

 

「俺を、刀兵衛をお忘れ下さい」

 

 

 男の中のナニカが何か言った。忘れろ、と。男はこやつのことなぞ何も覚えてはおらぬ、と思った。。ただ自身が鍛えた刀を最上にと幾つも鉄くずを築いた。それが自身の人生だ。甘い何かなどない。胸がすく気分になるのは火事場の火の具合やら刀の材料の鉄の質を確認するときぐらい。それらを十年、いや百年以上鍛え続け、やっと最上に思えた刀が生まれてくれた。それはそれは美しい[#ruby=刀_女#]が生まれてくれた。なんでも斬れる。どうあっても美しい。まさに最上であった。それなのに、こやつに負けてしまった。それに苛立ちが湧く、はずが。

 

 

「許さぬ」

 

 

 男は苛立ちからそう告げたのではない。男は、許してはならぬ、と初めて思ったのだ。[#ruby=刀_女#]に対しても、男自身に対しても。なにより

 

 

「そのような言葉、許さぬ」

 

 

 こやつを許さぬ。苛立ちはかゆさを伴った。背筋どころか全身に這い回る。それであるのだから。

 

 

「忘れてはやらぬ。貴様を忘れてはやらぬぞ。“刀兵衛”」

 

 

 刀兵衛の顔が崩れた。雨粒にうたれながら、男はとても不思議そうに首をひねった。はて、見慣れた気がするのは何故だろう。なんともガキくさく顔をくしゃくしゃにしおって、と。

 

 

「刀兵衛。覚えてやる」

 

「父上…っ」

 

 

 刀兵衛は泣き喚きたかった。嬉しかった。すごく。すごくすごく嬉しかったのだ。父にそう言ってもらえて嬉しかったのだ。

 

 子供の頃に構ってほしくて火事場に近づいたら、構ってもらうことを忘れるぐらい見続けた父の姿。眼中にないようで一心不乱に刀を鍛える姿。槌をもって火傷だらけのあの大きな手で頭を撫でられたことなどなかった。抱きしめることなどもっての外。火と刀を見るその目に映ることなどありはしなかった。言葉も交わしたこともない。視線はいつも刀だけだった。だけれども、そうだったからこそ刀兵衛は父が好きだった。触れてくれれば大好きになれただろう。刀兵衛にとっては、母と父は不可侵な神域であった。いるだけで嬉しかったのだ。相手にされずともそれでよかった。母は最低限面倒を見てくれていたし、父も暴力をふるうわけではなかった。母がいて父がいて、ちょっと遠くに刀兵衛がいる。この図がなにより嬉しかった。

 

 でも、本当は、もっと近づきたかった。右の手を父が握り、左の手を母に握って欲しかった。川の字で寝てみたかったのだ。親子をやってみたかったのだ。

 

 それを、夕飯にしようとしていた野兎の親子を見て自覚してしまった。もう家にはいられなかった。母と父は、刀兵衛を必要としていないことを理解してしまったのだ。だから、家を飛び出したのだ。

 

 それが、今。ようやく会話が成り立った。

 

 ならば、やっと。

 

 

「この刀達を俺に下さい」

 

 

 勝手に持ち出した獅子王と蒼龍。父の名と母の名が入っている大切な相棒たち。その彼らとともに生きていくことを、やっと始められそうであった。

 

 

「良い、もってけ。勘定は」

 

 

 男は刀を刀兵衛の顔に当てた。攻撃ではなかった。優しく子供を褒めるような動き。火傷のある頬の方に添える。昔、父親の真似をしてつけてしまった火傷痕。

 

 

「これでいい」

 

 

 火傷痕が消えた。刀も消える。男は満足そうに笑った。

 

 男は、真っ暗な中白くなる視界で思う。もういい、と。もう目をもう開けなくていい。なんだか知らないが満足感で満ちたから。生まれて初めてだろうか、こんなに穏やかなのは。あぁ、これなら穏やかに。もう、絶対に忘れない。

 

 それっきり目を開けることはなかった。夫婦揃って幸せそうな最期であった。

 

 

 

 懐かしい感覚に霊夢は思わず目を開けた。視点が高い。けれど寝起きのためか視界が安定しない。ぼや~っとしていると焦点が合いだした。

 

 

「起きたか?」

 

 

 刀兵衛の声。いやに近く聞こえる。声の方を向くと刀兵衛がいた。

 

 

「おじさ、ん?」

 

 

 霊夢は刀兵衛に羽織を被せられて、お姫様抱っこまでされていたのだ。思わず暴れそうになるが力が入らないためどうもできはしない。大人しくしていると小さな頃を思い出した。よくこのような抱っこを強請っていたこともあった、と。

 

 

「懐かしいな…」

 

 

 左腕の違和感さえ忘れそうになるほど心地よかった。刀兵衛は霊夢を気遣うようにゆっくりと歩いている。その振動が思わず、また瞼を閉じそうになる。

 

 

「そうだな」

 

 

 小さく震える声に、我慢せざるを得なくなる。草を踏む音でごまかされそうなくらいの小さな震えは、近くにいるせいでよくわかってしまった。

 

 

「悲しい、のね。おじさんは」

 

 

 足が止まった。霊夢は口を閉じることはしない。

 

 

「それで、嬉しいのもある」

 

 

 右手を刀兵衛の頬に当てた。火傷痕があったところだ。

 

 

「たくさんは話せなかったけど、大切にするってことを作ってくれたもんね」

 

 

 刀兵衛の所為か、男と刀のつけた傷の所為かは分からないが、ひどく意識があいまいな状態だった霊夢。巫女の力と【空を飛ぶ程度の能力】はその所為で辺りに拡散しすぎた。古明地こいしの姉、さとりのように辺りの意識を悟ることは容易である。今では刀兵衛ぐらい、それもほんの少しだけでしか作用されないが、彼の心を知るのは十分だった。

 

 

「“忘れない”って言ってくれたの、すごく嬉しくて悲しかったんだ」

 

「あぁ…」

 

 

 震えはよく分かるようになった。

 

 

「父上と母上が、やっと俺を忘れないでくれた。嬉しいのは当たり前だ。けれど、もう俺が覚えていられないようで悲しい」

 

 

 優しく頬を撫でた。霊夢はあやすように撫でてあげたのだ。 

 

 

「おじさんは、ね。忘れてもいいの」

 

 

 刀兵衛は意味が分からないようで困惑した顔をする。小さな頃、雲を取ってきてとおねだりした時のようだった。

 

 

「覚えてるっていいことだけど、忘れるのもいいこと。忘れることは決して悲しいことでもダメなことでもないのよ」

 

「だが、それでは、父上と母上が…あんまりにも」

 

「可愛そうと思うなら、尚更忘れるべき」

 

 

 刀兵衛は困惑し続けた。自身の娘ような子に意味の分からないことは言われ慣れていた。空気を形にして、だとか、龍神を連れてきて、だとか、無茶ぶりはよく言われたことがある。けれども、ここまでの会話が一番意味が分からない。

 

 

「忘れるってことは“さようならじゃない”。“好きのままでいます”ってこと」

 

「………」

 

 

 目が潤んでいる。刀兵衛も霊夢も。刀兵衛ははっきり分かってしまったから。霊夢はその刀兵衛の辛さを知ってしまったから。

 

 

「忘れるのは、ダメなことじゃないよ」

 

「…っ」

 

 

 忘れる。寂しいことだろう。だが、刀兵衛はそれを選択せねばならない。

 彼らは覚えていると言った。もう命などなく魂魄も地獄に行かず消滅した。きっと幻想郷のあらゆる物質を調べても彼らがいた証はないのだろう。霊夢の母である先代巫女や八雲紫がそのように動いているであろうから。それなのに彼らはあんなことを言った。意図して刀兵衛を縛り付けるためではない。そのような執着はついぞなかったのだから。では、何を意味しているか。決別だ。“さようなら”だったのだ。刀兵衛はそれを今になって分かってしまった。彼らが刀兵衛を愛していた確たる証拠はどこにもない。あったとしても直に消滅されるだろう。それをなかったことにしたのが、あのセリフだ。最期の最期まで刀兵衛は愛されていなかった事実。あの言葉を向けるなんてことは“息子”に対して言っていいものではない。“誰とも知れない誰か”だから言えた。息子と認識していたなら、黙って死んでいただろう。息子はどうでもよかった、とありありと分かる。だからこそ、“さようなら”をしたのだ。

 こんなことを抱えて生きるのは辛い。刀兵衛だからこそ辛い。忘れることは彼を幸せにするためのものだ。

 

 だが、その選択も辛い。誰かを忘れるのは簡単じゃない。それも大好きでたまらないなら特にそうだろう。霊夢とて刀兵衛を忘れろと言われたら陰陽玉を使って言った相手を魂魄もろとも消滅させるだろう。けれど理由があるのなら彼女はきっと忘れる。小さな頃世話してくれたことも、好きな菓子がでたとき、いつもより食べるスピードが遅くなることも、宴会の時飲み潰れたメンツを寝やすい場所へ運んでくれるところも。霊夢が刀兵衛を特別好きであることも。そのような大切なことさえ忘れるだろう。できる理由はただ一つ、霊夢の命が尽きるから。最期だ。死に別れなんて言葉がある通り、死は別れ。良いことではない。生きているものの終着点。だからこそ死に逝くものを忘れることは難しくなる。けれど、しなくてはならない。別れは、悲しく寂しいものだけれど、それにしがみついてばかりいられないのが世。生きるもののために、“さようなら”ではなく“好きのままでいる”をしなければならない。苦渋の選択だ。誰もが好きでいるために忘れるということは。でも、霊夢はそれを選択する。誰もがそうすべきだとも思う。

 

 だって、そうでもないと誰も幸せになれないから。刀兵衛の幸せを願いつつ、その残酷さも知っている。でも、刀兵衛が幸せでいてくれないと嫌だった。

 

 

「おじさん」

 

「む、むりだ。忘れたくない」

 

「忘れることはいいことですよ」

 

 

 あうんの声がした。しびれを切らして迎えに来たらしい。

 

 

「あうん。なぜ、そんなひどいことを…」

 

「ひどいことをしているのは刀兵衛様ですよ」

 

 

 霊夢の容態を軽く探りながら、刀兵衛の前に立つ。

 

 

「刀兵衛様。忘れるべきなんです。大好きでいたいなら」

 

「わすれ、たく」

 

 

 弱い声。腰元の刀たちの存在が刀兵衛を押し出そうとする。それを刀兵衛は嫌がった。親離れなどしたくなかった。

 

 

「おじさん」

「刀兵衛様」

 

 

 優しくも鋭い声音。大好きだからこそ、大好きでいるからこそ、刀兵衛を叱る。

 

 

「好きでいたいんでしょ、ずっとずっと大好きでいたいんでしょ?」

 

「刀兵衛様が刀兵衛様であるために」

 

 

 二人は畳みかける。

 

 

「“これからも生きていくために”」

 

「―――」

 

「“これから、幸せになるために”」

 

「―――」

 

 

 刀兵衛は二人を交互に見て、泣き笑いを浮かべた。

 

 

「これからも生きていいのか」

 

「いいんです。当たり前じゃないですか」

 

 

 あうんは刀兵衛に微笑んだ。一緒に生きていく仲だ。

 

 

「これから、幸せになっていいのか」

 

「幸福になる権利なんて誰でもあるのよ、おじさん」

 

 

 霊夢は刀兵衛ににっかりと笑った。一緒に幸せになっていく仲だ。

 

 

「あぁ…。お前たちがいてくれるのなら」

 

 

 刀兵衛は生まれて初めて愛しさが生まれた。誰でもいいではなく、霊夢とあうんがいい、という愛しさが生まれた。ここまで刀兵衛自身に付き合ってくれる相手など、絶対に現れることはない。初めて親だけでない、誰かを愛せた。

 

 

「生きて幸せになろう。霊夢、あうん、傍にいてくれるか」

 

 

 その言葉に霊夢は刀兵衛の頬を抓った。あうんはわき腹を抓る。

 

 

「二人なんて欲張り」

 

「女の敵ですね」

 

「そう言われても、お前らがいい」

 

 

 痛くないのか刀兵衛は笑っていた。一人前の男の顔をして、好きな女たちに笑っていた。

 

 

「まったく…」

 

 

 女たちは受け入れる。女たらしを受け入れる。

 

 

「すき」

 

 

 あうんは霊夢を支えて右の方から、霊夢はあうんに支えられながら左の方から、刀兵衛に好きを唇ごと伝えた。

 

 

 この日から、三人で仲良くお茶をすることは日常風景となる。

 

 刀兵衛が霊夢とあうんの間に座り、何でもないようなことでも楽しく愛し合う。

 

 いつか忘れる一風景。

 

 でも、今だけは覚えていてほしい。刀兵衛と霊夢とあうんは愛し合っていることを。

 

 そして、いつしか家族となり夫婦となり子々孫々続いて、忘れながら覚えていく。優しく温かい三人のお茶をした記憶は確かにあるのだから。

 

 




主人公の設定

◆名前:舞堂 刀兵衛(ぶどう とうべえ)

◆一人称:俺

◆種族:仙人

◆二つ名:神速の剣豪

◆職業:侍

◆概要
 茨木華扇と同じ仙人であり、彼女の幼馴染、そして先代巫女と八雲紫の古い知り合いでもある。先代が当時の巫女に就いていた時から彼女の助力をしたり、博麗神社の近くの山に居を構えているため、彼女達(霊夢、紫、藍、先代巫女)とも面識がある。また、酒にも強いため異変解決後の宴会では全く酔いつぶれない完璧超人でもある。

◆容姿
 髪型は黒のポニーテール(『ソウルキャリバー6』の「御剣平四郎」のような感じ)。服装は黒色の着物・灰色の袴と羽織を着用している(本気を出す時は羽織を脱いでいる)。左腰に2本の剣を差している。

◆武器:刀×2(一刀流)
◇獅子王(ししおう)
 左腰に装備している刀の1本。柄も鞘も黒色・刀身は銀色と普通の刀と同じ見た目だが、耐久性は極めて高い。
◇蒼龍(そうりゅう)
 左腰に装備している刀の1本。柄は白色・鞘は黒に近い灰色・刀身は空色に近い銀色。獅子王と同様に高い耐久性を持っている。

◆性格:冷静 兼 クール(『FF7』のクラウドのような感じ)
 興味の対象外である会話には積極的に参加しないばかりか突き放す物言いをするが、責任感が強い。

◆能力
◇瞑想を使う程度の能力
 瞑想で新しい技(剣術、格闘技、弾幕等)をイメージで思い浮かべる能力。自宅での修行でしか使う機会は少ない。
◇仙人としての能力
 様々な能力を使える仙人の力。空の飛行や念力、予知能力、テレパシーを行うことも可能である。
◇戦闘能力
 忍耐・精神・頭の回転力を備えており、数々の実戦を経験しているため戦闘力も極めて高い。弾幕戦(遠距離戦)・接近戦においても高い実力を持ち、「幻想郷最強」の強さを持つ「鬼」にあっさりと勝利し、「博麗の巫女」と互角に渡り合うほどである。
◇身体能力
 基礎体力はかなり高く、家事(食事を作ったり、雪かき等)を軽々とこなしたり、射命丸文をはじめ、「速さに自信を持つ者達」を圧倒するほどのスピードで疾走したりと、かなり優れている。

◆戦法
 剣術による防御に特化した手堅い戦法を得意としており、包囲された状態、対集団戦で真価を発揮する。長年の修行でこの戦法を熟練しているため弾幕の集中砲火も対抗できる。接近戦では防御を攻撃に転じ、カウンター技を使用して相手を無力化する。この戦法で「異変を起こす側」の数々の強敵に勝利して「異変解決」に貢献している。

◆住んでいる所:博麗神社近くの山

◆生活
 ほとんど自宅で鍛練&修行(剣術、弾幕、格闘技等)をして過ごしている。たまに幻想郷の状況確認のために外出する事もあり、博麗神社に立ち寄り賽銭を入れたり、人里に必要な物(食料、日用品等)の買出しをしている。
◇仕事
 たまに来る森近霖之助からの依頼で、彼の店『香霖堂』に運ぶ「外の世界からの流出品」の輸送の護衛をして高額の報酬を得ている。
◇異変時
 霊夢と共に異変解決に乗り出し、彼女のサポートをしている。

◆スペルカード
◇撃符(げきふ)「空刃破(くうじんは)」
 仙人の力を纏った獅子王を振り抜き光の刃を飛ばす舞堂の得意の斬撃技。無数に斬擊を放つ事も可能。
◇脚符(きゃくふ)「闘迅脚(とうじんきゃく)」
 闘気を右足に纏わせて上段回し蹴りを放つ蹴り技。相手が背後から飛び掛るタイミングに合せて、振り向きざまにカウンターで放つことも可能(『仮面ライダーカブト』のカブトの「ライダーキック」のような感じ)。
◇翔符(しょうふ)「仙神吼破陣(せんじんこうはじん)」
 相手の足元に巨大な円型の陣を出現させ縛り付けるように動きを封じ、獅子のような闘気を纏い突撃して相手に壮大な一撃を与え無力化させる舞堂の得意技にして最大の切り札。



◆東方キャラの設定
○博麗霊夢
 幻想郷の数々の異変を解決してきた博麗の巫女。幼い頃から舞堂にはよく世話になっているため親しい関係になっている。博麗神社に来た時に賽銭してくれたり、異変解決に協力してくれる恩返しとして、舞堂が神社を訪れた時は お茶と茶菓子を出したり、異変解決後は宴会に招待している。
○高麗野あうん
 1人で獅子と狛犬の2つの性質を持つ狛犬。人間の信仰を集めそうな場所を見つけては居候して、勝手に守護をするため博麗神社も守護していた。『東方天空璋』の異変解決後は、舞堂と隠居生活をしている先代巫女の提案によって博麗神社の家族として迎えられる。自分に家と家族を与えてくれた舞堂達を敬愛している。
○魂魄妖夢
 白玉楼に住む西行寺幽々子専属の剣術指南役 兼 庭師。『春雪異変(東方妖々夢)』では異変解決にやって来た舞堂と霊夢達を迎撃するために立ち塞がるが、舞堂との一騎討ちに敗北。解決後は舞堂の剣術に興味を持ち、自ら弟子を志願。その後は白玉楼の仕事をしながら、たまに訪れる舞堂に剣術の指導をしてもらっている。
○東風谷早苗
 守矢神社の風祝。『東方風神録』では外の世界で信仰を得られなくなり、神社ごと幻想郷に移り住む。八坂神奈子の提案で博麗神社を脅して幻想郷の信仰心を全て守矢に集めようとしたが、激怒した霊夢を相手に完敗。異変解決後は博麗神社の取り潰しを断念し、普通に人間の里で信仰を集めていたが、守矢の信者達(ストーカー)に誘拐されそうになるところを察知して現れた舞堂によって救出される(舞堂が退治した信者達は八坂神奈子と洩矢諏訪子の二人に引き渡し、引導を渡されている)。その後は舞堂の「相手を思う事も大事だろうが、まず自分を大事にしろ」という言葉の内にある優しさに惹かれ、それ以来は舞堂がよく立ち寄る博麗神社に来ては通い妻のように彼にアプローチをしている。
○古明地こいし
 古明地さとりの妹。姉と同じく相手の心を読む能力を持っていたが、その能力のせいで周りから嫌われることを知り、読心を司る第三の目を閉じて能力を封印し、同時に自身の心も閉ざしてしまう。そして第三の眼を閉じたことによって心を読む能力に代わり、「無意識を操る程度の能力」を手に入れた。『東方地霊殿』では、偶然散歩を終えて地霊殿へ戻って来た時に舞堂が星熊勇儀に圧勝したところを目撃し、興味を持ち勝負を挑むが完敗。古明地さとり から事情を聞いていた舞堂から「生き物の心には光と闇の2つ存在している。しかし、全てを諦めて生きるのは まだ早い。お前には、帰る場所も、待っている家族もいる」という言葉を聞かされてからは希望を持ちはじめ、現在は舞堂が立ち寄る博麗神社に来ては舞堂を兄のように甘えている。
○稗田阿求
 人間の里にある名家「稗田家」の当主であり、九代目「御阿礼の子」。幻想郷の妖怪についてまとめた書物「幻想郷縁起」を編纂するため、千年以上前から転生を繰り返している。舞堂の男らしさに魅了され、彼が数々の異変解決に貢献している事を森近霖之助から聞き、彼の武勇伝を書物に記したいと頼んでいる。
○茨木華扇
 妖怪の山で暮らしている仙人にして、舞堂の幼馴染。仙人といっても本人曰く、まだ修行中の身らしい。舞堂とは異なり人里などに顔を出しており、隠者ながらその存在は意外と知られている。ただし説教臭いという点以外、あまり記憶されていない。舞堂がよく博麗神社を訪れる事を知り、自分も頻繁に訪れるようになる。

■呼び方(主人公視点)
□博麗霊夢→霊夢
□高麗野あうん→あうん
□魂魄妖夢→魂魄
□東風谷早苗→東風谷
□古明地こいし→古明地妹
□稗田阿求→稗田
□茨木華扇→華扇

■呼び方(相手視点)
□博麗霊夢→おじさん
□高麗野あうん→刀兵衛様
□魂魄妖夢→舞堂先生
□東風谷早苗→舞堂さん
□古明地こいし→刀兵衛お兄ちゃん
□稗田阿求→舞堂さん
□茨木華扇→刀兵衛

どれぐらいのヒロイン数がいい

  • 一人
  • 二人ぐらい
  • ハーレム
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