「シャっちん、魚釣り?」
ノーマ事変から少し立って、わりと平和な日常を取り戻した一行。
ノーマはフロントに飲み物を頼みに来たのだろう。基本夜明けまで勉学に影で励んでいたノーマはまだそのくせが抜けていない。今もあと一時間少しすれば夜明けとなる頃合いだった。
「うん。今日はなんだか大きいのを釣れそうだからな」
いつものユルい感じの口調で釣具を携えたシャドーは、口調同様ユルく笑ってノーマに返す。
「最近は小魚メインでしたからな~。ヌシ釣っちゃう? 釣り上げちゃう?」
ヌシという魚界のボスを狙うのか。食いでがありそうと予想しつつノーマは再び問いかける。
「ヌシかどうかはわからない…感じ」
「そこには、ヌシを釣り上げ釣り場の魚を根こそぎ釣り尽くしたシャっちんの姿が…」
「ないない。ほどほどにやるよ。流石に怒られるだろ」
出来なくはないと暗に醸し出す。シャドーは皆と同様陸の民の格好をしてはいるが、本来はシャーリィと同様水の民だ。水ならば、海水だろうと彼の世界である。そして彼の職業は漁師だ。慣れない海だろうがんだろうが、持ち前の感と経験、それに加えある程度調査をしたら釣れないものはそうそうない。
「ノーマ、研究捗ってるん?」
「う~ん、ぼちぼち、かな。今一息入れに来た。…そだ、シャっちんさ、あたしも行ってOK?」
「いいぞ~。潮臭くなるから貴重な本とか持ってかないほうが良いぞ」
「りょ~かいです。船長!」
「いい返事だ。もう行くけど準備のほどは?」
「だいしょび!」
そして明けぬ夜を少し置き手紙をフロントに残し二人は釣り場へ向う。
「シャっちん、サイズはどんなもん?」
船着き場につき船の錨を上げ出発するとノーマが声をかける。エンジンの音と海を進むために海水を掻く音、風の音で少々声を張らなければならない。
「一匹なら2~3人前ぐらいになるかも、予想通りなら」
マリントルーパーのセネル同様、船の扱いは慣れたものである。少し強めの波が来ようがなんのその。
「おお~、そりゃ食べごたえがありそうですなぁ!」
「今の時期はちょうど産卵期だから、運が良ければ良いのが当たる感じかな…?」
「筋子? 白子?」
「う~ん、両方居たら俺は漁師会の神になれるなぁ」
「YOU~GODになっちゃえよ~」
「あはー、疲れるからそれはいいや」
そうこう下らない会話をしていると目的地が近いのか少々スピードを落とす。
「さてっと」
網で捕るのではないらしい。竿が太めの大きい釣り竿と釣具と釣り餌を用意する。
「ヌシヌシカモンカモン!」
「ヌシじゃないんだよなぁ」
釣り場は岩場がそこかしこにあり停留するには少々危険だが、シャドーなら蜂の巣に手を突っ込むマネはシャーリィ絡みでなければ早々ないので安全ではあるのだろう。
「ヌシじゃないの?」
「少々生態系が崩れてる感じだから間引きかな」
「食べれる?」
「専門調理師免許必須」
「………」
フグ的なものらしい。だが、シャドーは食いでならあると行っていた。
「シャっちんなら、その免許お持ちですよね?」
「水の里でので良いのなら持ってる」
「よしきたぁ!」
「当たってもいいなら食べがいがあるんだけどねぇ…」
危険かつ可食部分はあまりないようだ。それでも食べられる。フグに似ているらしい。
「では、珍味ですか?」
「生はチャレンジャーすぎる。チャレンジャー過ぎてリスキーだ」
「………DEAD or ALIVE?」
「気をつけて、そして食べすぎなければ割と平気」
こうしている間にも竿を細かく動かしたりして入りづらい岩間の底に潜む目当てのものが食いつくのを待つ。
「ノーマ、紅茶飲む?」
「くださいな」
比較的のんびりと獲物を待つ。そうこう時間が立つが中々釣れない。
「いや~、ジャケット借りてゴミンネ」
「女の子が風邪引いちゃダメだから気にしない。寒くない? 平気?」
「………うん」
男性陣の中で唯一ちゃんと女の子扱いするシャドー。そういうのをあえて気にしないようにしていたノーマは、つい、やられた。モーゼスと漫才をして場が進まなくなりウィルにゲンコツを落とされかけても上手くフォローしてくれたり、野宿などの時率先して女性のための配慮をする。セネルもモーゼスもジェイもそういうことには疎いし、そもそもノーマだからいいやとなっている。こういう態度をされる理由はノーマにあるし、本人もさほど気にしてなかった。彼女の性格や行動が、どうにも女性らしさにかけているのにも拍車がかかる。だが、どんなことが起きようとシャドーだけはノーマという人物を女の子として扱う。そういうのが恥ずかしくもあったが嬉しいという気持ちが徐々に強くなってしまった。
新たに入れた温かい紅茶の入ったカップを口にしながら隣のシャドーを見る。いつものユルそうな顔で海を見ていた。
セネルの無関心とは違う無関心が心地よかった。少々ドキッとしてしまう自分も居て焦るが。前者のが愛のあるツッコミであっても別にこんな風にはならない。潮の匂いに紛れ、自身と同じように香る紅茶の匂いに焦る。さっきまでのおとぼけコンビのおしゃべりがなくなってしまったのも焦るものだ。
何か話そうとするが、口を開けても言葉は出ない。気まずさを感じたのだ、勝手に。それをどうにかしたくて口を開けたのだが。
いつの間にこっちを見たのか眼と眼があってしまう。
「顔真っ赤だ」
朝がまだ来ないから肌寒いのだろうとそうおもっただけの一言。それが、ノーマ自身は自分の心境を知られたからそういうことを行っているのかと思った。
急いで口を開けるが、パクパクと開くだけで呼吸すらままならない。
「まだ寒い?」
防寒具ならシャドーにぐるぐると巻かれている。だが顔はどうしようもない。それだけでなったわけではないことがバレたら気まずくってたまらない。急いで紅茶を飲み干す。コップに入れたときより温度は下がっているので火傷の心配はない。
「!?」
釣り竿を一旦離したシャドーがノーマの手を引いた。カップが落ちそうになりそれをシャドーのもう一つの手が支える。
「中、入って」
シャドーは寒いだけで紅潮した顔、ノーマはより顔を赤くする状況。ロングコートの中にノーマをいれたのだ。
「…っ!? …っつ!?」
パクパクと口だけ忙しなくなったノーマは自分より高い位置にいるシャドーを見上げる。
そんな様子のノーマにいつものようにユルい感じで笑って返すだけだ。
シャドーは釣り竿を手にし再び海だけを見つめる。温もりと潮や紅茶の匂いではない別の匂いが、自身で止めようとしても嗅いで温かく感じてしまう自身と内心で格闘をしているノーマのことなど気にもしていないようだ。
いい具合に湯だつ頭は理性と自制を溶かす。
「?」
シャドーは釣り竿から流れてくる振動に自身の感が鈍らないようどんなに寒くても素手のままだったが、その手に小さな手が触れてきたのを素早く察する。
「………」
シャドーとノーマ以外この船には乗っていないので自分の手以外は、というかこんな女の子な小さな手は自分のものではない。釣用の分厚い革製のものだがノーマのサイズとは違うため指のサイズや手のひらのサイズが合っていなかった。それがよりノーマは女の子だなと感じる。
「………」
おずおずとしたもので、無言のままにおっかなびっくり触られる。独特の感触が摩擦を起こし触れられていることをより感じさせる。それがどうにも、面映い。
「…!!」
両手だったら探知しづらいのもあってやんわり外したが、片手だけならばシャドー自身の“可愛いらしい”という感情も込めていいだろうと左手でその手を握る。反応したその顔はより可愛いらしくて、笑みが漏れる。抱きしめたりなんかしたら『年頃の女の子にそんなこと!』と自身の妹分に怒られそうだし、自身もそこは歯止めがかけられるから。
「ノーマ」
そう名を呼んで見上げてきた顔に笑いかけて自制して自省する。
釣果は上の上だったそうな。
「おう、シャの字」
「ただいま、モーゼス」
「シャボン娘は何故におんぶなんかされとるんじゃ?」
「モーすけ黙って、黙らんと毒液のシャボン液に漬ける…」
「なんでじゃあ!?」
いつものハイテンションのなさに突付こうも得も言われぬ悪寒を感じ、何か連絡をしにきたチャパと共に逃げるように出かけた。
「あらぁ、シャドーちゃんにノーマちゃん」
やんわりのんびりおっとりとした声を女性陣の泊まる宿屋から出てきた女性がノーマをおぶったシャドーにかかる。
「あぁ、グリューネさん。こんな感じだから、入っていい?」
「いいわよぉ」
「シャっちん、乙女の部屋にはいるのはエッチだぞ~…」
「そうか。そうだな、ごめん」
「ごめんなさいだってノーマちゃん。許してあげましょぉ?」
「ぅぬぅ………」
適当に出した言葉に適切かもしれない言葉を返されやんわりと抑えられるノーマ。その様子はまるで兄妹と見守る母親だ。
依頼の品はすでに依頼人に渡している。着膨れしているノーマをゆっくり解放する。着替えまでは流石にと思ったのかグリューネに任せ自身の部屋に行き釣具をしまう。
モーゼスはさっきあったが、ウィルやセネル、ジェイもすでに何処かに出かけているらしい。ウィルはハリエットと何某か、セネルはシャーリィと、ジェイはラッコのような姿のモフモフ族とともにいるのだろうと当たりをつける。シャドーはすでに用を終えていたため後はのんびりとするだけだった。
のんびりする前に飲み干した紅茶の入っていた魔法瓶と軽食の入っていた容器を返しにフロントへ行こうと扉に近づくと同時にノック音がした。
「はい?」
「じゃーん、お姉さんよぉ」
防犯面もあって内開きなドアを開けてみると先ほど別れたグリューネが相変わらずのにこにこ顔で立っていた。
「どうしたん、グリューネさん」
「うふふ、デートに誘いに来たわぁ」
「あぁ、いいよ」
デートと聞いても一欠片も焦らない。いつものような調子のユルい感じで二人は出かけたのだった。
「何処に行く?」
「あそこの原っぱでのんびりしましょう?」
「わかった」
町から少し離れた原っぱに二人は座る。グリューネのお尻の下にはシャドーが敷いたハンカチがあった。
「風ちゃんが気持ちいいわねぇ~」
「海もいいけど陸の風もいい感じ」
「太陽ちゃんもポカポカさせてくれるから眠くなっちゃうわねぇ」
「そうだねぇ…」
うら若い男女の会話にしては年寄り臭すぎだが、こういうふうになるのは二人の独特の空気によるものだろう。シャドーは戦闘時は冷静に戦況を把握ししつつも二本の三叉槍による槍術を主体とするアーツ系爪術士であるからその槍を豪快に盛大に敵を討つが、本来はご覧の通り悪く言えば覇気がない、少しマシに言えばユルい、セネル同様兄バカでもある。だが、フェルネス事変のセネルとは違ってなんとか自分の足だけで立とうとするシャーリィを黙って見守っている方向であった。だが、一度シャーリィに何かあれば鷹のような鋭い眼に変えて無言による怒りを露わにするのは先の事変のとき茶飯事だった。自分と同様水の民であるし幼馴染であるし、自分を慕ってくれる大事な妹分のためボロ雑巾のようになりながらも、そのときはあのヴァーツラフでさえ思わず真っ先に始末しようと動こうとするというもの。そして、死に際の猛獣のような濃密な狩られるではという、シャドーの空気に当てられ自身の身が惨憺に殺られるという夢幻をみるのだ。その苛烈さを知っても今の彼を見て二重人格か、はたまた別人かと言われるだけだ。グリューネは御存知の通り、のんびりぽわわんとしつつもしっかり年上の女性特有の母性愛で皆を優しく包んでくれるのだ。
「でも、今寝たら夜眠れなくなるかも」
「う~ん…悩むわねぇ。そうだ」
ぽんと両の手を合わせたグリューネは自身の膝を叩いてみせる。
「膝枕、どぉうぞ」
「………俺、セネルと同世代なんだけど」
「どぉうぞ」
「………」
無言で拒否しても何度も許可をするので、諦めてグリューネの太ももに頭を乗せる。
「重くない?」
「大丈夫よぉ。うふふ、シャドーちゃんの髪の毛はふわふわして気持ちいいわねぇ」
膝枕だけではなく頭ナデナデまで追加された。流石に恥ずかしいのか目線をあちこちとシャドーは忙しない。
「気持ちいいわねぇ…、シャドーちゃん?」
「………」
子供の頃にされた母の優しい温もりと手の動きに自然と眠くなる。うつらうつらとする自分をなんとかしようとするが心地よい眠気に翻弄される。今は亡き母を思い出して少しだけ胸が痛いのを黙って。
「眠っても、いいわよぉ…」
「………ぁぁ」
わかった、という意味でなく、別の何かの言葉を告げようとしたが眠気はシャドーを夢の世界へ誘う。
頭を撫でる手はシャドーが眠った後もゆっくりと優しく続けられた。
グリューネは愛おしいと自身の膝で眠る少年を見つめながら思う。
母性的な愛は恋愛感情ではない。街で販売されている女性誌に記載されているのをシャーリィ、クロエ、ノーマ、グリューネたちで読んで知った。自身のこの温かいものが恋愛的な意味であると自覚はしている、でも同時にシャドーを守ってあげたい、助けてあげたいと思う。母性愛と恋愛感情が混ざっているのか、どちらかなのかは分からないが“愛してあげたい”という気持ちは強い。パーティメンバーや他の人達にも抱く暖かさに熱をこもらせたものがシャドーに対してだけある。
記憶もなくあてもない自分に“受容し抱擁し、愛して見守る”ということは芯としてある。泣いていたり傷ついていたり、怖がっていたなら抱きしめてあげたかった。でも男の子はやせ我慢を誇りとしてしまう。そういうのをやめさせてあげたい。痛いなら辛いなら嫌なら泣いても良いと、そう言って抱きしめてあげたかった。人が生まれて初めてするは[泣く]ということだ。原始的な感情は、恐怖なのか歓喜なのか、又はどちらでもないかもしれない。それでも、大きな声で泣く。笑っているのも大事だけど泣いているのも大事なのだ。
堰を切って泣いて、泣いて、泣いて。喉が枯れて、目が痛くなって、お腹が空いて、そんなことも付加されるけど。それがないと、みんな気づかないから。泣くことは悪いことじゃないよ、いい子だねとそう言って優しく抱きしめてあげたい。
そんな感情を持て余さないようにしてきたつもりだ。申し訳なさそうに浅く小さく呼吸をするシャドーを見下ろし慈愛の目と熱い胸をもって思う。
好きだと告げたことはある。皆にも告げた。大好きな皆だから。みんな、みんなとってもいいこだから。でも男女間の好きというのならば伝えたことはないはずだった。自身は愛を育むという立場ではなく、愛を見守る立場だと内側から囁かれたような気がして内を秘めた。自分が誰かは分からない。その内側の誰かも分からない。それでも、伝えても明かしても、ましてや持ってもいけないと囁くのだ。
もう片方の手で、シャドーの目元を撫でる。頬に流れて。口元は先程のようなものが現れたから避けた。
シャドー・バークス。頑張って独り立ちする男の子。シャーリィと同じ水の里の出身で幼いころ両親をなくしたというのは知っていた。陸の民に虐げられてきた過去があるのだから、里内での皆の結束は強いのは分かる。でも、頑張りすぎて彼は愛というものを理解しないように努めているように見えた。
自分を抑えるのだ。与えるものも与えられるものも。自分で制限をつけ、それを越えようとしたら溢れても良いと諦める。大きな器を新たに用意すればいいのに、両の手だけで器を作りその指の隙間からこぼれるものは拾わない。手で掬える水の量なの、人が一日生きていく水の量にさえ届かないのに。
この子の必要な無条件の愛だけでは足りなかった。たやすく溢れさせてしまうから。十分にもらったと、勝手に思い込んで諦めてしまうから。
愛情を与えるだけでは意味が無いのに、愛情を共に育むことに意味があるのに
そばにいたい気持ちは本物だ。揺るがないし不変だろう。でも在り方に問題があると内側が囁く。
この感情を自身は許容し肯定しても、相手が拒絶し否定、または望まず抗うのならば、それは一方的な愛でしかない。
欲しいだけでは上手く行かないのだ。理由を、履行の試行錯誤を、絶対条件である同意を、最低限の権利である容赦を、求められる。
でも、シャドーだけは欲しいと思うだけでいいと思う。
欲しいけど、なんて思わなくて良いのだ。欲しいものは欲しいと言えば良いのだ。
「シャドーちゃん」
少し身じろぎをするシャドー。その仕草さえ愛おしさがこみ上げる。だが、恋愛感情なのか母性愛なのかわからなくなってきた。なら。
「愛しているわ…」
両方でいい。我儘に両方込めてあげよう。
愛を両手で掬うなら、もう一つ、こちらの手も使って愛を満たしてあげよう。こぼれて行くけれど、こぼれてもいいから
ゆっくりグリューネもまぶたを閉じる。少し夢心地に浸りたい気分だったのだ。
日も降り、各自宿屋に戻って食事を取りつつ今日あったことを話し合う。ボケてツッコんで、ちょっと荒れて宥めて、ゲンコツがきてなぐさめて。そんな和気藹々とした食事をとってひと心地つく。
珍しくシャドーは一人夜風に抱かれ食後で上がった温度を下げていた。薄着では肌寒いため、船用ではない上着をきている。
満天の空を見つつ、ほうっと息をつく。思えば遠くにいるなと思う。
水の里で一生を終えるはずが里から出てシャーリィたちとここまできて、この船にある水の里で暮らさずに陸の民たちと暮らしていることに。
不満は昔多少はあった。子供の頃から陸の民と水の民は相容れない存在だと教え込まれたせいもある。一番、悔恨、とは言いすぎだがそれに近いと言うなら、欲しいものがなくなってしまったから。
自身の両親、シャーリィの姉であるステラ。ずっと昔の別れと、ほんの昔の別れ。家族としての愛と、友人としての愛。そういうのが分からなくなり欲しいがなくなった。
一括りに欲望と言ってしまえばいい。独占したいとはそういうのもあったはずなのに、どうしてかなくなってしまったのだ。
まとめてなくしてしまえばもうわからなくなる。ぐちゃぐちゃと濁った水は流されて清水になっていけばいい。
水は流れていくもの。そういうのは水の民は誰でも知っている。底にとどまるものは綺麗なわけではなく、自由に水源から海に流れていく様が美徳なのだと。
「…ぃさん。兄さん!」
気がつくと自身を見下ろす妹分が居た。いつものようにぼうっと考えことをしていているような夢を見ているような時に声をかけられたのだろう。気づくのに少し時間がかかったようだ。
「もう、またぼうっとしてたね?」
「あぁ、ごめんごめん」
昼間のように少し開いた空き地に二人で並んで座る。なんともない空気が心地よかった。
「今日も楽しかったか?」
「うん」
「そりゃ良かった。今日のあれ、美味かったろ?」
「うん、久しぶりに食べたけどやっぱり美味しいね」
朝獲った例のアレのことだろう。どうやら今日の夕食に登場したようだった。
そして他愛もない会話、子供の頃から知っている仲だ。どれに興味を持っているか、どういう話に持っていけばより楽しくなるかはお互い熟知している。
そして、二人同じタイミングで空を見上げるのだ。
「…水の里で何かあったな?」
「………」
無言で頷く。セネルには虚勢を張るが、シャドーには素を見せる。それが二人の妹分シャーリィ・フェンネスだ。
「兄さんの誠名で、ね」
「“夢色の鮫”か」
シャドーの誠名である【バークス】、古刻語で【夢色の鮫】という意味があった。
「夢の中でしか生きられない哀れな鮫だって言われて」
「……怒れなかったんだろう? それでいいんだ」
「怒ったよ。怒るよ…。でも私メルネスだから贔屓はやめろって」
「いいんだよ」
“夢色の鮫”。この意味は、別に悪い意味ではなかったのだ。セネルが現れる前から、いつしか悪い意味に変質してしまっただけなのだ。
夢色という、不確かな色。本来は何色でもなれる、なんでもなれるという憧れるものだった。だが、変質後は不確かだ。何色にもなれない、何色にもなれるから自分の色がない。無色である。そんな鮫だ。鮫は強く恐ろしい。後半の部分がより強調される。触れるもの鮫肌で傷つけて誰かれ構わず、その
こんな蔑称になったのは、ある頃彼に変質があったから。
彼の父は漁師だった。いつものように漁に出て、そして帰ってこなかった。母は息子であるシャドーを残し、里の者の制止も振り切り後を追って帰ってこなかった。
海難事故か、陸の民よるものか、それはわからなかった。だが、それが根底にあらゆる人間の情を欲することがなくなった彼に誰も彼も忌避した。本人の自覚なしに、関わると関わったものが傷つくというのが多々あったのだ。物理的にではない、精神面できついものがあった。
夢の中にさえいれば安心であると噂されるのも時間の問題であった。自覚なしに他者を攻撃して生きていった。それがより拒まれるものとなる。だが、どんなに異質であってもシャドー・バークスは水の民の両親から生まれて生きているのだ。遠くから監視するような形で里のものは見守った。
そんな心が異常なものが、ここまで普通の人のフリをする。こどもを傷つける。大人も傷つける。弱いものも、強いものも偏差なく平等に性差もなく相手を傷つけた。
欲しいという感情による異常攻撃。人を傷つけることで自分を正当化させていた。それを一時的とはいえなんとかしたのは、ステラとシャーリィ姉妹だ。
無意識な攻撃をやめさせるため、シャドーの心の傷を少し抉ったのだ。それが功を奏し今に至る。
「兄さんは素敵な人だって言ってるけど誰も聞く耳持ってくれなくて」
「構わないさ」
「構うよ…」
「いいんだよ」
欲しいがるのはやめたから、とそういってユルく笑うシャドー。それがやせ我慢でもなんでもなく本心の様に見せかけた偽心と分かる。だから、心のカサブタを抉った。
「愛されたいって言って」
「………」
ユルく笑う顔は能面のように見えた。トリガーを引いたなら止められない。銃弾は肉体を撃ち抜くわけではなく心を壊すために撃ち放った。
「好きになりたいって言って。欲しがって。欲しがって良いんだから。欲しがって、いいんだから」
笑顔なのに色がなかった。お互いに。笑って自分の殻に籠もり、笑って殻を剥ごうとする。シャドーがシャーリィを護るのを当然と思うように、シャーリィもシャドーを壊すのを当然だと思っていた。お互い悪い意味で良い意味だった。自身を守る術は停滞にもなる。壊すのは進むための踏ん張り台にもなる。這いつくばるのか、這い上がるのか、そういうことだ。
「私の痛みは、アナタが欲しがらないからなの。欲しがりやさんなのに、嘘つきさんでもあるのが悪いことなの」
シャドーは幼いころ両親に悪いことをしてはいけないと軽いイタズラをして怒られたことを思い出す。
「
自身のほうが年上で、しかも女の子に、妹分に泣かされそうになった。もう嫌だと逃げ出したい自分は殻の中で震えたままでなんの意味もない
「兄さん、好きだよ」
ボロボロの殻から漏れ聞こえる異質な音。
「好きなの」
殻をより壊していくので必死に耳をふさいだ。その無様の姿ままでいる自分を抱きしめる温もりに恐怖する。
「アナタが私を好きでいるより、ずっとアナタを想いたいの」
恐怖する。
「アナタの抱えようとしないもの。抱えてみようよ」
怯えるシャドーは身動ぎする。逃げ出したかったのだ。
「私が欲しいものなんだよね?」
無言で小さく首を縦に振る。もう居なくなった、両親やステラではなく、シャーリィという女の子が渇望していたものだった。許されないと心の奥の奥の奥。自分でさえ見つけられないようにしたものをいともたやすくえげつなく見つけられる。
鮫肌は傷つける。牙は肉や骨すらたやすく食いちぎる。だが鮫はあまり骨がないため身は脆いのだ。すぐに自分も殺られてしまう。
「欲しがっていいよ?」
甘くて残骨な愛を優しく卑しく求める男は情けない。
その情けなさすら、シャーリィは愛おしいと心の底から思っているというのに。
「シャ、ーリィ…」
「なぁに?」
「ほ、しい。お前が、欲しい」
「うん、いいよ。私も兄さんもらうからね」
全力で抱きしめて、息をつかせぬほど激しく口を吸う。
子供が生まれ、両親ともにお互いドコが好きになったかとその子供に聞かれたところ、両者とも。
【欲しがりなところ】
とこたえたそうな。
主人公設定
シャドー・バークス
セネルの親友
セネルと互角の実力者
年齢:セネルと同じ
一人称:俺
性格:ユルい性格で戦う時は冷静な性格(シャーマンキングの麻倉葉のような感じ)
口癖:「気楽にいこうぜ」
職業:漁師
武器:三叉槍×2
好きなもの:シャーリィの手作りパン
・セネルとシャーリィと共にヴァーツラフ軍から逃げていたところ遺跡船に流れ着く
・↑より世界の命運をかけた戦いに身を投じることになる
・セネルと同様にシャーリィから兄のように敬愛されている
・二本の三叉槍による槍術を主体とするアーツ系爪術士(戦国BASARAの真田幸村のような戦法)
・普段は怒ることはないが、大切な存在であるシャーリィを危険なことに巻き込もうとする敵に対しては、鷹のような鋭い眼に変えて無言による怒りをあらわにする
・セネルと違い、自立していくシャーリィを黙って見守っている
付け加え設定
誠名「バークス」、古刻語で“夢色の鮫”
どれぐらいのヒロイン数がいい
-
一人
-
二人ぐらい
-
ハーレム