頭ふっわふわな短編集   作:サラダ豆乳パン

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TOV エステル、ジュディス

 ピー、ピーという雛達の声で目を覚ます。ファルーグの子だ。夫婦揃ってデートでもしているのだろうか、今朝は二羽の姿がない。本来なら父親であるファルーグか、その嫁かのどちらかが雛を守るためにいるのだが、飼い主であるシャドーを信頼しているためかどちらもいないようだ。

 

 

「ねみぃな、クソが…」

 

 

 そよぐカーテン越しの明かりには、太陽の暖かさがまだない。ならば、ようやく日が出たところだということだろう。最近はこの時間に起こされることになっている。前までは成人祝いに送られた櫛で髪を梳かした後に、ピアスを付けてタバコを一本吸ってからようやく起きるのだが、そのような悠長としたことはできない。悪態をつきつつもベッドから身を起こす動きは素早いのだ。

 

 生まれて少したった雛達は羽が生え揃う頃、そして雛とはいえ鷹である。その食事は虫ではない。ネズミやヒヨコといった肉がご飯である。この時期は内臓や骨格の基礎ができ、空を羽ばたく翼やそれを動かす胸の筋肉ができあがる時期なのだ。餌がより重要なのは間違いない。特に彼らは内臓を食べさせることが重要だ。

 

 昔、シャドーも思わず吐いていた調理はもう慣れている。

 

 寝ぼけてフラフラしつつも皿を持って階下に降り、専用の冷蔵庫からエサを取り出して、雛が食べやすいよう調理する。このとき、ポッドのお湯に水を入れたぬるま湯と、人肌よりちょっと熱めのお湯も用意するのはボケボケの頭でも忘れない。これも専用のまな板やナイフがある。調理と言っても、この段階では捌くだけ。これで食べなければ、ミンチ状にすりつぶす必要があるのだ。そのためのすり鉢も専用の物がある。五羽の雛がいるので、急ぐ。持ってきた皿にエサを入れ、ぬるま湯とお湯も盆に載せて早く自室に戻る。雛のエサは、日の出から日没までできるだけこまめに、できれば一時間おきに、少なくと二時間おきにあげる必要がある。早朝の空腹で死ぬことは珍しいことでもないし、この時期はちょっとしたエサ切れで死ぬのも珍しくない。面倒だが子供とはどうであっても手のかかるもの、しょうがない。

 自室に戻り、カロルが作ってくれた特製の巣の中で元気に鳴く雛達にエサをやる。先の丸いピンセットにエサをはさみ、雛達の口の中でほんの少しゆするようにして突っ込む。乱暴だと思われるかもしれないが、雛は人のように口の中に入れただけでは食べることが出来ないのだ。鳥の口の中には咽の手前に声門という穴があり、そこから気管、肺へとつながっている。そのため、口の中に置いたエサがこの穴を塞いだり、詰まると窒息して死ぬケースがある。そして、雛は咽の奥を刺激されることでエサとわかり、味を感じて食欲がわくのだ。

 ファルーグを飼うより昔には、まともな知識がなく死なせたこともある。が、今はない。寝起きであまり稼動していない頭でも、我先にと口をあける雛達に手際よくエサをやる。ファルーグも雛の時は、このように可愛いピヨピヨとした時期があった。今はラピード同様に無愛想でシャドー以外にはあまり懐かない。

 

 

「どっちに似るのかねぇ、お前らは」

 

 

 まだピーピー鳴いてエサをねだる五羽の姿に、父親であるファルーグの凛々しさは感じない。母親も凛々しくはあるが、夫よりも愛嬌がある。まぁ、シャドーにしてみれば全員差別なく好きなので問題ない。雛達が満足した後、常備してあるガーゼをぬるま湯で湿らせて、取り合いっこの果てについたエサをふき取る。クチバシにもつけていたので同様に。雛のクチバシはやわらかくて傷つきやすいので注意して、鼻の穴に水が入ることもないように。満腹なので鳴かないのだろうが、念のため首の辺りにある袋、そ嚢をよく見る。ちゃんと膨らんでいた。これがぺしゃんこになれば、またエサやりをしなければならない。咽が渇いてないか確認し、渇いてないらしくお湯の方は無駄になった。

 

 

「ねみぃ…」

 

 

 雛達の世話を終えても片す作業はある。またエサやりがすぐあるからそのまま、というのはシャドーの母親が怒るので、面倒だがその都度片す必要があるのだ。キッチンにいても聞こえるいびきはシャドーの両親の者だが、より大きいのはふくよかな体の母親の方。いびきの五月蝿さで自身の目が覚めないように願うが、無理な話だろう。エサやり道具の乗った盆とともにまた部屋を出る。まだピアスをしていない唇の穴に風が入る感覚が気色悪い。耳たぶだけでない穴たちのも同様に気色悪い。

 

 

 ぽっかり開いたままの穴は埋めなければ、気色悪くて仕方ないのだ。

 

 

 

 寝て起きてはエサやりを約一時間ごとにやること、三回ほど。月は太陽と交代した。

 

 

「シャドーー!! 朝御飯だよ、降りといでー!!!」

 

「………。あぁ、るせぇ。静かに起こせよ、クソババア」

 

 

 母親の元気な声はシャドーの寝不足な体には耳障り。もう一眠りしたいが、すればフライパンとお玉を使った“死者の目覚め”を食らわさられるのに決まっている。せめて、ピアスはする。タバコは雛達に臭いが移ると育児放棄が怖いので外で吸うことにしているのだ。年頃の息子の部屋にノックもしないでくる母親なのだから、早くしないとまた贅肉を揺らしながらドスドスと音を鳴らして来てしまう。手早くピアスを付け朝食を食べに行く。

 

 

「おはよう、シャドー」

 

「おう。今日も頭が眩しいな、ジジイ」

 

「ひん、息子がひどいよぅ…」

 

 

  頭が涼しい父親は泣きまねをするが、それを無視してシャドーはコーヒーを三人分作る。

 

 

「おはよう、シャドー。お父さんを朝からいじめんじゃないよ」

 

「んー」

 

「まったく…。お父さん、昨日のは片しといたからね」

 

「ん? 昨日の?」

 

「お客の奴だよ。昨日、たくさん切ったから量がすごくて大変だったよ」

 

「あぁ、僕のカツラが…」

 

「あんたはそのままのほうが素敵なんだよ、お父さん」

 

「ホントかい、お母さん…!」

 

 

  料理を並べる母に嬉しそうに笑いかける父。母もあったかい笑顔を向ける。

 

 

「ハゲはどうあってもハゲだよ、お父さん」

 

「うぅぅ、お母さんまでぇ…!!」

 

 

  本当に泣いた。

 

 

「育毛剤の広告塔になるって頑張っても、成果ないんじゃねぇ…」

 

「毛根、死に絶えてんだろ」

 

「生きてるんだ…。僕の毛根は、まだ、生きてるんだぃ!!」

 

 

  親子が不毛な会話をしていると、窓から二羽の鷹がやって来た。

 

 

「おや、ファーちゃんたちおかえり」

 

「うぅ、おかえり…」

 

 

  ファルーグとその嫁である。飼い主であるシャドーに頭をこすり付けた後、二羽はいつもの定位置で羽を休めた。

 

 

「おかえり、お前ら。ん? なんだよ」

 

 

 お嫁さんが、ファルーグに装備させたバッグから手紙を取り出す。一枚は我らが首領(ドン)からである。

 

 

「ご飯食べた後にしな」

 

「へいへい。ファルーグ達は飯食ったか?」

 

「ピィ」

 

 

 空腹ではないらしい。二通の手紙をテーブルの端において、朝食をとる事にした。それを見届けたお嫁さんはファルーグに軽く体をこすり付けた後、雛達の元に向う。彼女も賢いのでファルーグと同じように冷蔵庫を開けられる。雛達のために覚えたのだろう。今日のエサやりはもうシャドーがしなくてよさそうだ。

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 自室に戻り、髪を梳く。長髪というわけではないが、それなりに長い髪、時間がかかる。仮にも床屋の息子、ダメージヘアや整えてなければ店の評判に関わる。といっても、見慣れた顔しか客に来ないのだから、どうでもいいのかもしれない。シャドー本人が納得行くまで髪を整えると、持ってきた手紙の封を切る。

 

 

「ふぅん…」

 

 

 カロルからのものは、凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)の結成おめでとうパーティをしようとのこと。できたのはだいぶ前だが、結成時はパーティなどする時間はなかった。【星喰み】を解決した後もカロルはなかなか忙しかったのだろう、ようやっと一息つけるということでパーティをしようと思ったらしく、招待状も凝ったものが封入してあった。【ぴかぴか新人歓迎のめちゃめちゃ大歓迎会!!!】と“歓迎”の字が二つも入ったものが。場所はハルル。いまだに花が華やかに舞い踊っているらしく、それはちょうどいいと、花見をしつつしようということだろう。

 

 

「めんどくせぇな…」

 

 

 愚痴の多い奔放な怠け者が、シャドー・エンドワースである。仲間からとはいえ、面倒くさいらしい。相変わらずのネーミングセンスの所為で、よりそう思ったのかもしれないが。

 

 

「シャドー!! ジュディスちゃんがきたよー!!!」

 

 

 もう一枚の手紙を読もうとしたとき母親の大声が聞こえた。この台詞はもう聞きなれていた。ユーリ達と共に【星喰み】を消滅させ、ユーリと共に下町の暮らしに戻ったのだが、ジュディスからは旅の誘いを受ける事が多くなったのだ。自宅にまで来るほど。もう一人来るお姫様もいるが、今はジュディスだけのようだ。二人が揃ったら面倒くさくなる。その思い故に、シャドー宛のもう一つの手紙を読むことを放棄させるのには十分だった。

 

 

「だりぃな、クソ」

 

 

 会いたくないわけではない。少しばかり億劫なだけだ。いつものように愚痴を零した後、急ぐ。行儀はなかなかいいが、焦らされるのは嫌いなジュディスのこと。早くしなければ部屋にやってくるだろう。特に変なものはないが、億劫なことになりそうなので急ぐ。母親に名前まで覚えられたジュディスはうざったい昔話でもされているはずだ、急がなくては。おねしょの話はするんじゃない。

 

 

 

「あ、やっときたね。女の子を待たせんじゃないよ」

 

「るっせぇな、ババア。俺だって待って欲しいときぐらいあんだよ」

 

「こんな可愛い子を待たせていい時なんてないね。あるなら、捨てちまいな」

 

「うぜぇ。白髪染めをブリーチと間違えて大変なことになれ」

 

「そこまで耄碌しちゃいないよ!! まったく、この子は…。ジュディスちゃん、うちの息子口悪くてごめんね~」

 

「かまわないわ。口が悪い人は心が綺麗らしいから。そういうところ、あなたに似たのね」

 

「あら~、まぁ!! 聞いたかい、シャドー!? あたし綺麗だってさ!!!」

 

「うるせぇ…」

 

「ふふ」

 

 

 機嫌良く、シャドーの取っておいた菓子をジュディスに差し出した母親は、足取り軽やかに仕事場に戻って行った。

 

 

「なんか用か?」

 

「今回は、これね」

 

 

 手紙を見せる。カロルからのものだ。

 

 

「行きましょう」

 

「………」

 

 

 そう言われれば、行く。

 

 一人だと、面倒くさがって断りの返事すら出さなかったろう。ジュディスは、それが分かったから来たのだ。だから尋ねるのではなく決定を言い渡した。

 

 

「いつものやんねぇのか?」

 

「あら。やれば来てくれるの?」

 

「………」

 

 

 旅の誘いも決定を言い渡せば、ついて来るだろう。だが、今までジュディスはそんなことしなかった。本人の意思であることが重要なのだろう。

 

 

「ふふ、そうむくれないで」

 

「そんな顔してねぇ」

 

「あら、しているわよ。可愛いと思うわ」

 

 

 成人男性が可愛いと言われるほど、滑稽なことはない。余裕気に微笑むジュディスは、シャドーの母親が入れてくれたコーヒーに手をつける。

 

 

「ユーリ達よりでかい俺が可愛いわけねぇだろうが」

 

「大型犬って可愛いと思わない?」

 

「俺が犬…」

 

「大きくても可愛いものは可愛いわよ。犬だけでなくて、あなたも、ね」

 

 

  いくら鍛えても細い、ビジュアル系よりの見た目の色白なシャドーは眉を思いっきり顰めた。ピアスだらけなのも、よりそれ系に見える。一見近寄りがたい風貌のシャドーは、ユーリと一緒にエステルに料理を教えることもあったし、孤児達の髪を無償で切ってあげたり、と意外と優しいし面倒見もいい。愚痴だらけな口も、第一印象はあまりよろしくない風貌もマイナスポイントだけれども、そういうところもあるので嫌いになりすぎることはないのだ。今も、ジュディスに弄ばれてる様子は可愛らしい。だが、二十歳を越えている成人男性だ。相手は十九歳。そうだからこそ、微妙な情けなさが可愛らしいではないか。

 

 

「とにかく、ハルルに行くか。ユーリはいねぇけど」

 

「ユーリなら、パティの船でおじさまと一緒にいるわよ」

 

「あいつ、いつの間に…」

 

「『美味しい魚介類をわんさか捕ってくるのじゃ』って張り切ってたわ」

 

「それ、パティだけだろ。張り切ってんの」

 

 

  ユーリとレイブンは、海よりもしょっぱい顔をしていることだろう。そして、二人はきっと少し日に焼けることだろう。レイブンなんか更に黒くなるに決まっている。

 

 

「ラピードもファルーグも子供いるし、どうすっか…」

 

「……家族が離れ離れになるのは可哀想だわ。残念だけど、今回はお留守番してもらいましょう」

 

 

  ラピードも三匹ほど子供がいる。ファルーグの子よりも先に生まれているが、まだまだ小さい。家族から離れるのは少し早いだろう。

 

 

「あぁ…。んじゃ、ちょいと準備してくるから待っててくれ」

 

「えぇ、うっかり寝るのはダメよ?」

 

「はいよ」

 

 

  シャドーが寝不足なのは分かっているようだ。彼もユーリほどではないが甘党でもある。そんな彼がブラックなままコーヒーを飲んでいるのを見れば、まだまだ眠たいということが分かるのだろう。コーヒーのおかげで眠気が少し覚めたシャドーは、急ぎ足で自室に戻り支度をする。

 

 

「ファルーグ、留守番頼む」

 

「ピィイ」

 

 

  相棒の頭を軽く掻いて短い挨拶をする。嫁の方は、巣穴から落ちかけている雛達の首を、クチバシで咥えては巣穴に戻すという行為で忙しい。

 

  ジュディスの元に向かおうとしたときに、ファルーグがクチバシに手紙を咥え飛んできた。カロルからでない方だ。

 

 

「持ってった方がいいのか?」

 

「ピィ」

 

 

  封筒からして高貴な感じがするそれを、シャドーは受け取る。読んでいる暇はない。ジュディスは先ほども述べたが、行儀はなかなかいいが焦らされるのは嫌いなのだ。彼女の様子が明確に不機嫌を表わすことはないけれども、居心地の悪くなるような笑みを見せるので面倒だ。見ただけでは優しく微笑んでいるだけだと思うだろう。近くにいれば分かる、相手にかけるプレッシャーは普通ではないのだ。

 

 

「待たせたな」

 

「少しね。あら、ファルーグ。あなたは悪いけどお留守番していてもらえるかしら」

 

 

  シャドーの肩に止まったままのファルーグは、ジュディスの言葉にピィと鳴いた。《分かっているさ》とでも言いたいのだろうか。

 

 

「…頑張って、お父さんしてね」

 

「ピィ」

 

「いい返事。素敵よ」

 

 

  そんな一羽と一人の会話の後、シャドーとジュディスはハルルに向かうことにする。

 

  シャドーの両親は《楽しんでこい》と客とともに二人を快く送ってくれた。ジュディスの笑みを、シャドーは見ない。それを見る覚悟はないから。

 

 

 

「バウル、変なふうに飛びやがって…」

 

「はしゃいでたんだわ、きっと」

 

 

  いつぞやのバウルレースのときのような速さで、且つ、縦回転や横回転、そして宙返り、急降下なんてのをしまくってハルルについた。かなりのスピードだったのに、ハルルに到着するのがそれに比例しないのはそういうことだ。

 

 

「っくそ、変な所毛玉になって苦しめ…」

 

「バウルの毛って玉になるのかしら?」

 

 

  ハルルに入ると、見慣れた騎士が出迎えてくれた。

 

 

「やぁ、シャドー、ジュディス。来たんだね」

 

「フレン? お前、こんなとこでどうしたんだよ?」

 

「エステリーゼ様の書類を受け取りに。これはついでにしなければならないんだが、ヨーデル様が羽を休めてこいと」

 

 

  カロルからの【ぴかぴか新人歓迎のめちゃめちゃ大歓迎会!!!】という招待状をフレンは見せる。

 

 

「あの人はそれを許してくれたのかしら?」

 

「ソディア達にも言われてね。上司が休まないと部下が休めないから、と」

 

 

  “ソディア”という名に、シャドーは目線を少し下げた。目の光が濁ったのを隠すためだ。

 

 【ザウデ不落宮】にて、ユーリがソディアの不意打ちを受けて海に転落したのを見たシャドーは、そのような愚行を起こしたソディアを斬ろうとしたのだが、ユーリの救出を優先させるため気絶で済ました。その後、海に飛び込み、クローネの力を知らずに借りてユーリを救出した時に、デュークと合流。そのとき、三人でユーリの自宅に帰還した。そして、救援要請に来たソディアを【ユーリの仇】として斬ろうした所、ユーリに制止されたため剣を納めた。しかし、フレンの救援に向かう時、ソディアに対して『ユーリに免じて今回は見逃してやる。だがもし、またユーリに危害を加えた時。その時は、必ず貴様を殺す』と殺気をむき出しにし、睨み付けながら言い放ってその場を後にした、ということがあった。

 

 フレンもジュディスも知らないことで通しているが、そういうことがあったのは知っている。シャドーが言ったわけでも、ソディアから聞いたわけでもない。目と耳はどこにでもある、ということだ。

 

 

「それより、ユーリ達には会わなかったかい?」

 

「いんや」

 

「そうか、せっかく色々用意したんだが…」

 

「お前、もしかして…」

 

 

 シャドーの顔が軽く青ざめる。先ほどの暗い気配が消えていいのかもしれないが、恐怖が間近に迫っている今はどうすればよいのか。

 

 

「あぁ、僕も調理を手伝おうと思ってね。貯まる一方の給料を使って色々用意したんだ」

 

「そうか、分かった。ブツを渡せ。取引か? 俺らの命とお前の料理でトレードなのか? その爽やかな顔に腐ったパイぶち込むぞ、オラ」

 

「何言ってるんだい、シャドー。食べ物を粗末にしてはいけないんだよ?」

 

「お前の作るのは“兵器”なんだよ」

 

「そんな馬鹿な。美味しくできるのに」

 

「…あれは、美味しくできたからああなったのかしらね」

 

 

 旅の道中、フレンが作った成功したような感じのする料理を食べて、一時的に能力がパワーアップしたことはあった。味覚を犠牲に。ミステリアスシェフの称号を持つが故に、味がミステリアスになり食べた者をミステリーなことにするのか。なんとか迷宮入りは逃れたのだが。あの味を思い出し、ジュディスすら表情が若干引きつる。

 

 

「………。あれだ。騎士団やらなんやらでいつも忙しくしてんだから、今日ぐらい休めよ。休んでてくれ、頼むから。お前は食う側でいいんだ。作る側でなくていい。ステイ、フレン」

 

「だけど」

 

「あなたが休まないと、自分も休んでられないという人は必ず出てくるわ。さっき自分で言ったでしょう? 『上司が休まないと部下が休めない』って」

 

「………」

 

 

 ハルルを拠点にしたエステルの警護のために、騎士がフレン以外にもちらほらいる。そのどれもがフレンよりは下の立場だ。上司が動いているのに、というのは必ず出るだろう。なので、調理するな、いや、休んでいるべきなのだ。

 

 

「分かった。見回りぐらいにするよ」

 

「あぁ、そうしてくれ」

 

 

 そう言ってフレンは二人に背を向ける、途中でシャドーに声をかけた。

 

 

「シャドー。エステリーゼ様にちゃんとご挨拶するんだよ」

 

「…だりぃ」

 

「まったく、君は…」

 

 

 まっとうな返事でないものの、行くということは分かったらしい。幼馴染パワー凄い。

 

 

「んじゃ、行くか」

 

「いってらっしゃい」

 

「ジュディスは行かないのか?」

 

「私は後でにするわ。バウルともう少し飛んでから」

 

「もうあんな飛び方止めてくれって言っといてくれ」

 

「あら、楽しいのに」

 

「あんま楽しくない」

 

「楽しいところはあったのね」

 

「…少し」

 

 

 そんなことを言って、シャドーはジュディスとも分かれる。向うは、最近作られた絵本に出てくるような家だ。

 

 

 

「よぉ、エステル。俺だ。入っていいか?」

 

 

 護衛兵からは顔パスで通してもらっている。エステルからシャドーの自宅に行くこともあれば、ごく稀にシャドーの方からエステルに会いに行くこともあるので慣れているのだ。だけれでも、一応、程ほどに堅苦しい許可を受ける問答はする。形式というものは必要であるのだ。皇帝はヨーデルに決まったとはいえ、エステルは皇族。万が一は、誰にとっても恐ろしい。面倒くさがって窓から忍び込むと、より面倒なことになる。エステルはある程度しか気にしなかったものの、ヨーデルは“他の色々な観点”から、シャドーにお願いすることがあった。のほほんとしている見た目と裏腹に手腕は凄まじい彼の方、“悩み事”は帝国としても、なるべく持たせたくないのだろう。

 

 つまり、昔のような下町っ子らしい生き方はもう出来ないということだ。

 

 

「シャドーです? ちょっと待っていてください」

 

 

 ヨーデルの補佐をしている傍らであるが。“エステル”というペンネームで絵本作家をしている彼女の仕事場は、絵本の資料であったり、帝国に関する書類等々。それぞれ丁寧に分けてはあるものの量が凄い。先ほどのフレンが言っていたことから、書類関連で忙しかったのかもしれない。少々待たされた。

 

 

「シャドー、よく来てくれました! さ、入ってください」

 

「おう」

 

 

 家の周りは、ある程度警備を固めているとはいえ、部屋にはエステルだけ。彼女は闘技場で二百人斬りを達成しているし意味はないかも知れないが、それでも近衛騎士やら専属の護衛騎士が必要のはずである。何故いないのかというと、なって欲しい人がいるのに、その人が自分からなる、とは言わない所為だ。エステルは自分専属の護衛騎士の勧誘を、シャドーに行っている。なにせ、お忍びとはいえシャドーの自宅にまでいくこともあるのだから、ヨーデルすら悩んでいることである。一応、こっそりシュヴァーン隊やフレン隊やらが影から見守りつつだ。なのだが、下町で騎士は目立つ。暗黙の了解となるほどに、目立つ。暗殺者の心配は、実力面だけで言えばエステルもシャドーも心配ない。シャドーと同じく下町暮らしに戻ったユーリの助けもすぐあることだろう。だが、万が一はある。精霊が知らせに来ることもあろうが、“手遅れ”もあるかもしれない。心配しすぎという声はあるだろう。しかし、まだまだ帝国とギルドの関係は安定しきっていない。帝国主義関係者やギルド主義関係者が自身らの“手”のために送り出すことは低くないのだ。それに魔導器(ブラスティア)が使えなくなった世は、まだまだ落ち着いていない。結界魔導器(シルトブラスティア)が使えなくなった影響は相当なものだ。魔物も、範疇である。

 

 短く纏めれば、エステルはひどく危うい状況ということだ。

 

 

「さっそく来てくれて嬉しいです。手紙にも書いたとおり、行き詰ってしまって…」

 

「ん? なんのことだ」

 

「………。手紙、読んでないんです?」

 

「俺はカロルのやつで来たんだよ」

 

 

 ヒラヒラ、と招待状を見せる。模様などのセンスはいいのに【ぴかぴか新人歓迎のめちゃめちゃ大歓迎会!!!】という文字で台無しのもの。

 

 

「あぁ、カロルの。…カロルからのは読んで、私からのは読んでくれなかったんですね」

 

 

 すねられた。そして、下町暮らしの連中では買えない品物、そんな机に置いた、これまたお高そうな羽ペンの羽部分をいじいじしだす。

 

 

「お前から送ったやつあんの?」

 

「送りました。ファルーグが逃げてしまうので、そのお嫁さんに渡して送りました」

 

 

 何とか仲良くなろうとするエステルや、鳥だからとバカにするリタには素っ気ないファルーグ。ユーリ、ジュディス、パティにはそれなりに懐いている。カロルは、彼のリーゼントにいろんなものをつっこんで保管庫代わり。ラピードと意志疎通も可能。おっさんとは、彼の髪の毛で巣を作ろうとする程度の仲。昔、ファルーグのために調理したご飯をあげてから、フレンに対して微妙に警戒している。お父さんになってもあまり変わっていない。

 

 

「こいつ?」

 

 

 バッグから出された一通の手紙。よくよく見れば、隅に彼女の名前が書いてあった。

 

 

「そうです。あ、封も切ってません。シャドー、手紙は着たらすぐ読まなきゃ失礼です」

 

「悪かったよ。でも、こうして会ったんだから、今言やぁいいだろ?」

 

「もう…、せっかく手紙を書いたんです。読んでくださいよ?」

 

 

 あいよ、と軽い返事をするシャドー。その返事を聞いても、エステルは何度も念を押す。止めさせるために、手紙をなるべく丁寧にバッグにしまい、バッグ越しに軽く三回ほど叩いたのを見せ付ける。《忘れず読みます》ということだろう。

 

 

「で、行き詰るって何だよ。難しいことじゃ、俺、役立たねぇぞ」

 

「難しいことじゃないです。いえ、簡単なことでもないんですけど…」

 

 

 面倒くさいことには間違いない。そう思うも、前のように避けようとする気はない。“凛々の明星”結成当時は、ユーリ任せに様々な依頼をこなしていた。が、仲間であるエステルがアレクセイに誘拐されてからは、責任が持てるようになっていったのだ。具体的には、自分の事を決め始めた。だけれども、まだまだ根本は変わらない。相手の事や物事の根本を理解してからでないと動けないまま、だ。考えながら動くことが出来ないのだ。

 

 考え込み、精査し、工程を確認した後、ようやく目的を認識する。動くまでに多大な時間が必要なのが、シャドー・エンドワースという人物。機械的に効率よく完璧に、なんとなくで生きようとしていた人間。

 

 それが、なんとかラグやミスをしつつも、自由と自我を持った行動をしようと足掻いている。

 

 題名だけの本にインクを染み込ます作業をしているのだ。

 

 

「絵本の内容を、ハッピーエンドにしたいんです」

 

 

 いつかした物語は、ハルル中どころか他にも広まった。心が温まる物語は、今まで出ている絵本も同じである。彼女の絵本は優しいお話、悲しい始まりはあるけれども最後はハッピーな終わりであるものだ。捻た考えをする者からすれば、そうでもない、というものもある。それでも、基本的に彼女の作風はハッピーエンド主義というものだ。…どこぞの、可愛らしい魔法少女をマミらせる人とは違って。

 

 

「どうしても悲しい話で終わりになってしまうんです…」

 

 

 挿絵やら文字の書かれた紙は、一冊の絵本にするには多すぎる。没のものが多いのだろう。そして、彼女が納得するものは未だ作り上げられてはいないようだ。

 

 

「なんか、嫌なことあったか。お前に」

 

 

 挿絵の一枚を指で触りながら作家に尋ねる。首を横に振られた。

 

 

「皇帝補佐のお仕事も絵本を作ることも、大変ですけど嫌ではないんです。そもそも嫌なことなんてないんです。…でも、このお話を幸せにしてあげられないことは、嫌なことでしょうか」

 

 

 エステルが一枚の紙を、シャドーに見せる。始まりの一ページだ。

 

 

『いつもやねのしたにいるのは まっしろな いちわのとりです』

 

 

 エステルの優しい声が部屋に響く。ハルルの花びらが一枚、二枚。さらりさらりと音も立てず、窓に当たっては流れる。その淡く優しい色合いが、夜の暗さによって儚く陰っても物語は寂しい終わりのままだった。

 

 

 

「みんな、グラスは持ったね!」

 

 

 カロルがみんなを見渡す。

 

 

「じゃあ、えーと…。お忙しい中、皆様お集まり頂き、まことに」

 

「カロル先生。俺、堅苦しいのパス」

 

「そ~よ、少年。俺様たちにそういうの似合わないわよ」

 

「カロルはもっと子供らしいのが合っとるのじゃ」

 

「…ボクはボスになったんだから、子供から卒業しなきゃダメなの!」

 

 

 ユーリが酒の入ったグラスをこぼれない程度に揺らして言うと、レイヴンとパティも便乗する。そんな彼らの前にある机には、所狭しと並べられた料理がおいしそうな湯気を出している。フレンは関わっていないのでご安心ください。

 

 

「とにかく早くしなさいよ、ガキンチョ。お腹空いてんだから、こっちは」

 

「まぁまぁ、リタ。こういうときの言葉って、人それぞれ特色が出るものですから楽しみにしましょう」

 

「ふふ。カロルなら、きっと素晴らしいお言葉が出るんでしょうね。期待して待ちましょう」

 

「ヴ…」

 

 

 机に肘を突きながらカロルに圧をかけるリタを宥めつつ、ハードルをあげるエステルとジュディス。それにいつものようにキョドるカロル。見栄を張る前に、張らされるようだ。思わずシャドーとフレンに、助けて、と視線を投げる。

 

 

「ギルドの挨拶でどういうものなんだろうね、シャドー。騎士のように固くはなくとも、見事なものなんだろうな」

 

「かもな。特に、俺らのボスなんだ。詩人にすら謡われるような荘厳な文句だろうぜ」

 

 

 重ねて上げられた。天然と偽天然である。

 

 

「え、えーと…、うぅ。…みんないっぱい楽しんで、たくさん食べて、ごゆっくり寝てください!! 乾杯!!!」

 

≪乾杯!!≫

 

 

 簡潔でいい言葉だった。

 

 

 

 

 旅当時の雰囲気はわいわい和やかなパーティであった。レイヴンが調子に乗ってリタをからかえば、カロルを交えてレイヴンもろともファイアーボールが襲う。エステルとジュディスが焚きつけたパティがユーリに色仕掛けしようと追いまわすのを、シャドーとフレンがユーリを助けてあげたり。リタが久しぶりに会えたみんなとの楽しい時間に少し涙ぐんだところを、皆してちゃかして怒られたり。男達と女達、それぞれで盛り上がる話題をしていたりと、わんちゃかわんちゃかしていた。

 

 

「ふぅ…」

 

 

 片づけが終わって、一服する。酒を飲んで火照った体に、ほんのりラズベリーのメンソールが染み込んでいく。甘い香りと甘みが感じられる。口の中にこっそりと忍び込む煙を、舌を使って踊らせる。すると、より香りと味がゆったりと舞うのだ。夜になっても舞い散るハルルの花の香りと混ざり合った煙を楽しむ。鼻より直接的に感じる甘さを吐き出すのが惜しくなるも、体が呼吸を求めるのでしょうがなく吐き出す。辺りに舞う紫煙は夜に馴染むようにゆっくりと消える。その様を見つつ、また煙を味わう。ヘビースモーカーではないが、煙を楽しむ程度の愛煙家だ。舌は肥え、安物とは違う美味に浸る。むせるときのような咽に苦しさと圧迫感はない。寄り添うように煙が咽を撫で上げる。肺にゆったりと降りてくる様は、羽を休めに来た鳥のようだ。じれったくなるほど遅く、もう少し手を抜けばいいのにというほどばか丁寧に、乱暴にして欲しいほど優しく、肺の中に染み込んでシャドーの身体の中に遊びに来る。長くいて欲しいけれど遠慮深いのか、早くに出て行ってしまう。残り香すら甘い。

 

 

「シャドー」

 

「ん…」

 

 

 甘い味と香りに酔った身体を未成年の声にたたき起こし、まだまだ味わえるタバコを消す。愛用の携帯灰皿に惜し気もなく潰し入れた。子供にタバコの煙を吸わせるわけにはいかない。

 

 

「少し煙いわね」

 

「風向き変わったのか、悪ぃな」

 

 

 ジュディスは見た目は成人しているように見えるが、まだ十九。子供の範疇なのだ。

 

 

「ジュディスー、シャドー、いたですー?」

 

「えぇ、こっちよ」

 

 

 エステルまでやってきたらしい。ジュディスより年下だ。よりタバコは控えねばならない。

 

 

「くっついてたリタは?」

 

「寝ちゃったので、お部屋に」

 

 

 酒は、おっさん除く大人メンバーが未成年には一滴も飲ませなかったものの、“場酔い”というやつでリタはメンバーに全力で絡んだ。特に絡んだのが、彼女の親友であるエステル。絡み上戸であるし、泣き上戸であるし、甘え上戸のリタ。覚えていたら、皆にダイタルウェーブを百ほどぶつける事だろう。彼女のレベルが天元突破するほどに。彼女を除くメンバーはどうなるかというと…まぁ、五体は満足であろう。身体ダメージは知らん。頑張ってくれ。

 

 

「子供はもう寝たほうがいいんじゃねぇか?」

 

「大人が起きていると子供って寝ないものよ」

 

「シャドーはどちらかというと子供の方です」

 

「…お前らより年食ってんだけどなぁ」

 椅子なんてものは無いため、地べたに座り込む三人。エステルは用紙と筆記用具を持参、ジュディスは軽い飲み物を。シャドーだけ、何も持っていない。

 

 

「では、始めます」

 

 

 エステルを真ん中に挟んで座っている。

 

 

「絵本のやつ?」

 

「そうらしいわ」

 

「皆の意見は聞いたので、三人でいい結末を見つけ出したいんです!」

 

「ジュディスも…?」

 

 

 シャドーも絵本とは縁遠い感じがするが、ジュディスもなかなか。シャドーの不思議そうな視線に、ジュディスは微笑む。

 

 

「面白そうだから」

 

「なる…」

 

 

 用紙にはメモ書きだろう、文字が羅列している。エステルの両隣から覗き込む。

 

 

「白い鳥が自分の色を見つけたいって話だったよな」

 

 

 白い鳥が他の鳥と同じような色に染まると『それはお前の色じゃない、自分の色だ。同じにしないで』と怒られ、また同じようなことをして同じようになるという流れ。

 

 

「皆に聞いたんですけど…。ユーリは『泥棒』な意見ですし、カロルは『慎重すぎる』ものです。レイヴンは『現実的』ですね。リタは『楽観視の面が強すぎ』かもしれません。パティは『恋愛もの』なってしまいますし、フレンは『違う話』になります」

 

 

 ユーリは『いいじゃんか、俺にもよこせよ』で、カロルは『まだ染まっていない色を探しにいく』。レイヴンは『自分に色は無いんだと諦める』、リタは『それも人生だろうと、ただ生きる』。パティは『昼ドラめいたもの』、フレンは『色の問題を社会問題と重ね合わせている』。ということだろう。

 

 

「ジュディスは?」

 

「シャドーと似ています」

 

「『同じような鳥と共に生きる』かしら」

 

 

 そのような視点は、パティとフレンを除いたメンバー全員が似ている。ユーリのような暴論も、レイヴンのような消極的な意見も、凝縮した意見は、まさに諸行無常の生き方にして逝き方。この世の全ては、そのままではいられない。故に、変わらずにはいられないものであるというものだ。“未来を変えていく”というもの。パティのもフレンのも根本はそれだが、話題がずれている。そもそも、今作は恋愛物や政治物が主題ではないのだ。

 

 

≪皆と冒険して分かった“自分で決める”ということの大事さを伝えたい≫

 

 

 絵本で理解させるには難しい。もとより、自己啓発本や論文で取り扱っても解釈が膨大に溢れているし、そういうものらでも結局は“勝手に生きろ”という無責任なものだ。エステルはそのようなことを伝えたいのではない。

 

 “自分で決める”とは怖いし、辛いし、苦しい。すぐに誰かに縋って任せたくなる。考えてる時間は多大にあるようですぐ無くなる物だし、達成する手は足りないことだらけ。真っ直ぐ歩いていると思ったら、転んで落ちている最中だったりする。

 

 けれど、“自分で決める”ことは“明日に怯えることではない”

 

 “自分で決める”というのは

 

 

「“明日が怖くなんてない”」

 

 

 明日の朝日が綺麗で在れ。明日に友と楽しく語り合え。明日だから、愛おしく生きていこう。

 

 “自分で決める”とは“明日に怯えることではない”。

 

 “明日が怖くなんてない”って笑い飛ばすためだ。

 

 

「そう、シャドーが言った言葉。世界中の人に伝えたいんです」

 

「…それと、あの絵本との繋がりねぇように思うんだが?」

 

「あら。あなたは、絵本の中にいたわよ」

 

「は?」

 

「しろい いちわ の とり」

 

 

 ジュディスがメモ書きの隅に小さく描かれた鳥を指差す。

 

 

「シャドーは、ちゃんと“自分で決める”ことができるんです。そうなんです。そう、なんです」

 

「………」

 

 

 その絵をなぞりながらエステルは小さく笑った。シャドーは口寂しくなっている。吸う気は無いがタバコの箱に手を伸ばしてしまう。その手をエステルに止められた。

 

 

「ジュディス」

 

「えぇ」

 

 

 気の合う中、空気を悟る。逃げようと腰を上げようとするも、今度はジュディスに服を引っ張られてしまう。

 

 

「シャドー、私達といて」

 

 

 二人のその言葉はシャドーの“明日”を欲しがったから。どうしても、欲しくなったから。

 

 “明日が怖くなんてない”ことを未だに間違っているシャドーが“馬鹿な男すぎて愛おしい”のだから、“決定”を言い渡してしまった。

 

 

 

 

 絵本の話を先にしたのは、エステルとジュディス、二人の共謀だ。

 

 “決定”を言い渡せば、すぐ実行してくれるのは二人ともよく理解している。

 

 旅の中、仲間として過ごした日々。当初は、やる気の無いシャドーを頼りにするのは気が引けた。でも、何度も躓いて顔には出さない痛みを我慢する様に苦しくなったのだ。親友にして幼馴染のユーリとフレンも知らないだろう、穴を埋めようと必死に足掻く姿。

 

 エステルは戸惑った。ジュディスは訝しんだ。

 

 エステルは対人関係の経験が少ない。ジュディスも深い仲になるほどのものはなかった。だから、二人はそれぞれ違う方法でシャドーを観察しだしたのだ。

 

 エステルはシャドーの前を歩き、彼の歩く音(生き方)に耳を傾けた。ジュディスはシャドーの後ろを歩き、彼の止まる音(生き様)に耳を澄ました。

 

 歩く音はおそるおそる。止まる音は静かに。どれも音を立てないように細心の注意を払ったものだ。

 

 動くのなら音は小さくても必ず出る。無音というものは生物には存在しない。でも、シャドーの足音(心音)はとても静か過ぎて、時には聞き取れないほどだった。

 

 二人は微妙な音を逃さないよう気をつけた。変化するのは時間がかかったが、ようやく本当の音を聞き取れたのだ。エステルが攫われ一時的に世界の敵になったあの日。

 

 エステルはまともでない頭でも聴力はしっかり働いていた。ジュディスは音を知ったとき、思わず固まった。

 

 

 “明日が怖くなんてありませんように”

 

 

 その言葉が、シャドーの剣戟の音共に二人に響いたのだ。

 

 いじめられっこの“SOS”。それが、シャドーの悲鳴だった。

 

 どうして、と混乱するのは分かるだろう。愚痴の多い奔放な怠け者。才能と実力はあるのだが、その怠け癖のせいでなかなか開花せず、自分から行動しないなどなかなかな困り者。が、本気を出すと たまに冷酷ともみれる言動をとることもある人物。それが、エステルとジュディスが見てきた、シャドー・エンドワースという男だ。ひどく好かれ難い男だ。

 

 それなのに、ユーリとフレンの大事な親友であるのは。

 

 助けられなかった昔の自分と、今を生きる大切な人たちのために、不恰好に立ち上がる“ヒーロー”だから。

 

 愚痴だって酷すぎる事は言わない。怠け癖だっていざというときはちゃんとする。そうできるのは“そうしようと決めたから”だ。

 

 子供の頃にいじめにあっていたシャドー。孤児のユーリも、片親のフレンも同じようになっていた。下町は結束が固いとはいえ、子供同士の精神性など幼稚である。いじめっこといじめられっこは必ずいるものだ。どんなに大人が叱ろうと子供だって意思がある。特に暴力性のある潔癖があるのものだ。そんな者の前に立ち上がることは、とても恐ろしい。

 

 

 けれども。

 

 

 “明日が怖くなんてありませんように”と自分からのSOSに自分で応えた。自分にヒーローはいない。だから、“自分がヒーローになる”。そうして、育てた自分へのSOSを昇華しようとした先の騎士団で、心を折られた。

 

 不完全燃焼。半端に燻る熱。SOSはまだ治まっていない。自分からのSOS(ぽっかり空いた穴)を埋めなければ気色が悪い。埋め立てることは選べないのは道理だ。自分のルーツがなくなるのは怖いのだ。“明日が怖くて堪らない”なんて弱音は、もう吐けなくなったのだから。

 

 

 だから。だから。

 

 

 悲鳴は雄叫びに。弱さを黙らし、強さを呼び覚ます。

 

 

 その変わりように、惹かれた。

 

 

 痛ましい悲鳴ではない、血潮滾る雄雄しい声。共に行こう、と友愛が歌うもの。

 

 だけど、本当は。

 

 隣にいたい、と女の胸に轟く、男の怒声。そんな怒りに満ち腹から出た絶叫。

 

 そんな好かれそうになんてない男のことが、“馬鹿な男が好きになる”きっかけだったのだ。

 

 “明日は怖くなんてない”。その言葉を正しく理解したのは、エステルとジュディスだけ。

 

 シャドーを愛してくれる、彼女らだけ。

 

 

 シャドーは“明日が怖くて堪らない”から、“明日が怖くなんてない”よう、エステルとジュディスが“明日も共にいる”。

 

 

 共にシャドーといようとする熱意は並々ならぬ者だろう。二人もセットになるなんて、普通考え付かない。だけど、悩みはしなかった。共にいるのが一人では、足らないから。二人なら、足りるよう調整しやすいから。

 

 女の情念は深遠より深い。愛したいのだ、ずっとずっと。今も、明日も、その先も。

 

 “明日は怖くなんてない”から、“同じような人と生きる”のだ。

 

 

「あぁ、分かった」

 

 

 三人揃って“明日は怖くなんてない”と分かるように。

 

 

「好きですよ、シャドー」

 

 

 エステルの手がシャドーの左手を握る。

 

 

「シャドー、好きよ」

 

 

 ジュディスが後ろ手でシャドーの右手を握る。

 

 

 あとは、真実の告白を聞くだけだ。

 

 穴は塞がるよう頑張ってきた。けど、広がるばかりで、深まるばかりで、嫌になった。

 

 二人と話すまで吸っていたタバコ。その存在が疎ましくなる。今までは、気分転換に吸っていた。リフレッシュだ。吸ったときはいい気分になる。けれど、すぐに心が乾いてしまった。騎士団に失望したあの時のように、イライラが止まらくなる。だから、また吸う。甘い味と香りのものにしたのは、それらがとても自分に合っていたから。嗜好的な意味でも、煮詰まる思考という意味でも。

 

 エステルの誘いもジュディスの誘いも、なんとなくだらだら逸らしていたのは、気持ちが漏れてしまうのが怖かったのだ。

 

 だって、どちらも好きだから。友情的な意味でも、それ以上の感情もあったから。

 

 エステルの成長しかけの危なっかしげな雛のようだったのが、厳しい明日を強く生きようとする姿が。ジュディスの成鳥したての強くあるようで弱かったのが、考えずにいた明日を芯のあるように生きようとする姿が。

 

 眩しく映った。いや、心情を上手く言い表すのなら、邪恋だ。道徳から外れた恋を抱いた。一人ではなく、二人に惹かれたということがすでに外れているが、もっと道徳心を欠いたものがあった。それは、場違いな警戒心だ。何故、そんなものを抱いたのか。今となって、ようやく分かる。

 

 離れろという警告。それは、シャドー・エンドワース、俺の“今”を守るため。

 

 “明日は怖くなんてない”、だって“優しい今”があるから。それだったのだ。

 

 子供心の恐怖心は愚痴で誤魔化してきた。大きくなって目の当たりにした失望感は適度に怠けることで忘れようとした。そして、できあがる。愚痴の多い奔放な怠け者、シャドー・エンドワースができたのだ。

 

 だけれど、穴は開いたまま。縫い合わせようとも、“今”で塞ごうとしても無駄だった。

 

 だから、彼女達が。

 

 こんなにも、思っていてくれるのなら。

 

 穴は無くなってくれるだろう。“SOS”はもういいんだ、と止められる。だって、エステルとジュディスが俺を、こんな弱っちい馬鹿な男のことを好いてくれているのだから。

 

 

 “明日が怖くなんてありませんように”

 

 

 その言葉はハルルの花と共に、何処かに舞っていくといい。消すというには、あまりにも犯跡として大きくなりすぎたのだ。だから、何処かで確かにあった罪科としてあればいい。癒えない傷痕となって、俺たち三人を祝福してくれると嬉しい。

 

 

 “明日は怖くなんてない”

 

 

 力強く、そう言って笑おう。

 

 

「エステル、ジュディス」

 

 

 心拍数が上がる。柄にもなく緊張しているからだ。心なしか瞬きの回数も増えている。タバコの所為か、唾液があまり出てこず口が渇く。情けない様。告白を女から言われるし、されたら感情が止まらなくなって身体すら制御できない。

 

 制御できない方がこれからはいいのだ。ラグはある、ミスもところどころある。思考速度と行動が同時に出来ない、のろまな俺。それでも、愛しい二人が支えてくれる。だからこそ、“明日”に進めるのだ。

 

 今の状況を計算して作り出した聡い人達だ。上手く俺と生きてくれるだろう。

 

 

「大好きだ」

 

 

 ぎゅっと左右の手を握り返して告げる。

 

 微笑む愛しい人達。夜明けを告げる朝日のように眩しくて、暖かくて、好きが増えてしまう。そうだから、何度も好きを告げる。分かって欲しくて、もっと好きになって欲しくて。

 

 俺は、エステルが、ジュディスが、好きなのだ。

 

 旅の中で生まれた感情を語る。三人で生きる“明日”がより、キラキラと輝く星であるように。二人の一番になりたい。俺の愛刀、”サンバンセイ”。それの名の由来は『一番星はフレン、二番星はユーリ、三番星は自分』という意味が込められている。だからこそ、もう物足りなくなっているのだ。エステルの中では俺が一番、ジュディスの中では俺が一番。二番や三番も俺で埋めて欲しい。

 

 だって、やっと“明日は怖くなんてない”のだから。

 

 

「シャドー、愛してますよ」

 

 

 エステルの可愛らしい声は子守唄のように眠りを誘う。

 

 

「愛してるわ、シャドー」

 

 

 ジュディスの声は大人びているのに甘えてくるようで構いたくなる。

 

 

「愛してる、エステル、ジュディス」

 

 

 絶妙な連携で、俺をより二人の虜にされる。

 

 

 あぁ

 

 

「“明日は怖くなんてない”」

 

 

 自分で決めた。決定を言い渡されたのは、きっかけにすぎない。だって、ちゃんと俺が決めるのを今まで待っていてくれたんだから。このような小悪魔気取りの可愛らしさはいじらしいじゃないか。

 

 

「テルカ・リュミレースの誰よりも二人を幸せにする、絶対に」

 

 

 こんな文句で余裕がなくなって赤面する愛しい人たちだ。伊達にお前らより年は食ってない。愛し抜くというなら、三人の中で俺が一番にやり遂げるのだから。

 

 

「お前らの“明日”を絶対に返さない」

 

 

 脅す。でも、雪崩れ込むように二人して胸に飛び込んでくる。

 

 

「ずっと傍にいるんだぞ。離したりなんかしねぇかんな」

 

 

 飛び込んできたとき自由になった両腕で二人を抱きしめる。服が濡れていくのが分かった。まったく、いじめがいがない。

 

 

「もう、離さない。エステルとジュディスを離したくなんかねぇ」

 

 

 あまり痛くないように気をつけているが難しい。女はこんなに壊しやすいように出来てるなんて知らなかったから。

 

 

「親父の遺伝で禿げるかもしんねぇ、腹も出るかもしんねぇ。そんでも、好きでいろ」

 

「世界一、素敵なお父さんになりますね…」

 

「どうなってもあなたは誰よりも男前よ…っ」

 

 

 命令に反応するなんて、なんともいじめられっこ根性があるやつらだ。

 

 

「俺が死んだら、何も言わずすぐ後追ってくれるか?」

 

 

 死を教唆する。子供がいようと、大事な用があろうと、何もかも捨てて俺と心中して欲しい。

 

 

「喜んで!!」

 

 

 断られはしないことは分かっていた。今まで決定を言い渡さずいてくれた彼女たちだ。このような俺の思考もばれている。でも、言葉にして欲しいものだったから。

 

 俺たち三人の“明日”に、ユーリとフレンは苦笑混じりに全力で応援してくれるだろう。リタは徹底的に抗戦するが、いつか折れるに決まってる。カロルは目をひん剥いて驚愕するのだ。レイヴンは白旗を両手で振って幸せを願ってくれる。パティは目を輝かせて祝砲を撃ちまくるから海の荒くれ共が泣き叫ぶのが見える。ラピードとファルーグは、気張っていけと渋い愛想を送ってくれるのだ。

 

 そんな日々を早く過ごしたい。

 

 

 

 “明日は怖くなんてない”

 

 

 

 




主人公はユーリとフレンの親友で、ユーリ一行の仲間

 ☆主人公設定

シャドー・エインドワース


◆クラス:元騎士

◆年齢:20歳

◆一人称:俺

◆人物像
・ユーリと同じ下町の帝都の下層民街出身。親友のユーリ・フレンと共に育ち、夢にまで見た騎士団へ入隊した。しかし腐敗しきった帝国や騎士団の内実に嫌気がさし退団。その後、下町でユーリと共に用心棒のような仕事をしている。ユーリ以外には懐かないラピートからは それなりに懐かれている。ユーリとの絆も固く、権力を笠に着る貴族を裁くユーリの手助けをしたり、ユーリを傷付ける者・傷付けようとする者は決して許さない。

◆性格
・愚痴の多い奔放な怠け者。才能と実力はあるのだがその怠け癖のせいでなかなか開花せず、自分から行動しない(面倒なためか?)などなかなかな困り者。が、本気を出すと たまに冷酷ともみれる言動をとることもある(『真・三國無双』の司馬昭のような感じ)。

◆概要
・「水道魔導器奪還編」では牢屋に投獄されたユーリを救出するために城に潜入。その後は脱出したユーリと騎士に追われるエステリーゼと合流。その後はエステルをフレンに会わせるためにユーリ達と共に旅に出る。
・「凛々の明星編」ではユーリ任せに様々な依頼をこなしていたが、仲間であるエステルがアレクセイに誘拐されてからは責任が持てるようになっていく。エステル救出後は徐々に周囲にもその実力を知らしめるようになった。
・「星喰み編」では「ザウデ不落宮」でアレクセイを討伐後ユーリがソディアの不意打ちを受けて海に転落したため、ソディアを気絶させて(本当は斬るつもりだったが、ユーリ救出が最優先であった)海に飛び込みユーリを救出した時にデュークと合流して(「宙の戒典」をユーリから返してもらうため)ユーリの自宅に帰還。救援要請に来たソディアを「ユーリの仇」として斬ろうした所をユーリに制止されたため剣を納めるが、フレンの救援に向かう時にソディアに対して「ユーリに免じて今回は見逃してやる。だが もしまたユーリに危害を加えた時は、その時は必ず貴様を殺す」と殺気をむき出しで睨み付けて言い放ち その場を後にする。フレン救出後はデュークとの最終決戦に勝利。その後はユーリ達とデュークと共に「星喰み」を消滅させ、ユーリと共に下町の暮らしに戻るが、たまにエステルとジュディスが自宅に来て、エステルからは自分専属の護衛騎士の勧誘・ジュディスからは旅の誘いを受ける事が多くなった。

◆料理&好物
・ユーリと同様に料理作りが得意。ユーリと一緒にエステルに料理を教えることもある。マーボーカレーが大好物(自分が料理担当の時は、必ず作るほどのマーボーカレー好き)。

◆武器:サンバンセイ(刀)
・主人公の愛刀、”サンバンセイ”という名は「一番星はフレン、二番星はユーリ、三番星は自分」という意味が込められている。
◇サブウェポン:クナイ
◇戦闘
・刀と速さを武器に戦うスピードタイプ。剣術は我流であり、通常時は刀を右手に持ち、左手は腰に差している鞘を握り片手で刀を振るいスピードを駆使したトリッキーな動きをする独特のスタイルをもつ(『真・三國無双』の「烈撃刀」の戦闘モーションのような感じ)。本気を出す時は両手で刀を持ち中段構え(『ソウルキャリバー』の御剣のような感じ)のスタイルとなり、剣の実力者であるユーリ・フレンを圧倒する。




☆主人公の相棒の設定

●名前:ファルーグ

●クラス:戦闘鳥

●年齢:ラピートと同じ

●概要
・主人公に付き添うオスの鷹。あくまで鷹なので人語は読めないし話せないが、人の会話や奥義書の読み聞かせはきちんと理解できる。スピードを生かして敵を仕留めたり見張り番をしたりと意外な活躍を見せている。ラピードと同様に無愛想で主人公以外にはあまり懐かない。何とか仲良くなろうとするエステルや鳥だからとバカにするリタには素っ気ないが、逆にユーリ・ジュディス・パティにはそれなりに懐いている。主人公とは昔からの知り合いで、ラピードと意志疎通も可能。

●戦闘
○武器:クチバシ
○サブウェポン:足の爪。
・スピードを駆使して敵を撹乱させる前衛タイプ。持ち前のスピードを生かして敵からアイテムを盗んだり、ピンチの仲間に回復アイテムを渡したりとサポートキャラとしても優秀。





以上が、フリーリクエストをしてくださいましたシャドー様のご考案した設定です。

どれぐらいのヒロイン数がいい

  • 一人
  • 二人ぐらい
  • ハーレム
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