頭ふっわふわな短編集   作:サラダ豆乳パン

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TOG-F ソフィ

 

 

 

  アスベルたちの挙式から何ヶ月か過ぎた。血の繋がりがないとはいえ、すでに子供が居る、それも背がシェリアとほぼ変わらないほどの少女を持つ者が結婚式を挙げたのだ。【ラント領】にある教会で式を挙げたアスベルとシェリア。この夫婦となるための儀式でリングガールをソフィは務めた。三人の様子に、ラント領の人々は老若男女祝ったものだ。一部の若者達はなんともいえない表情を抱えていたが、彼ら親子を模したコップや皿が作られたりするほど盛大に。

 バロニアから国王のリチャードとシャドー、ストラタからヒューバート、フェンデルから教官とパスカル、といったかつてのメンバーも集まってくれた。皆、肩肘張らないように、とはこの日は出来なかったが、後日にこのメンバーでお祝いをしたものだ。礼節? なにそれ、バナナよりおいしいの? という22歳児のパスカルもその場では大人しくしていた。彼女の姉とポアソンの努力と、そして、未来のなにかになるかもしれないヒューバートが“恋人”として隣にいたためだろう。公の場、アスベルは領主となったし、国王のリチャード、他にも身分が上の方々もいらっしゃって無礼講というのは無理である。だから少々窮屈であったが、喜ばしいことには違いない。式中、ケリー夫人はアスベルたちの姿に始終嬉しそうであった。こうなる前には、シェリアの身分的に色々葛藤はあったろうが、『アスベルが決めたなら』と頷いてくれたのだ。跡取りになる子の催促までするほどにもなった。若干うざい姑のアレである。

 

 後日の旅メンバーだけの祝いの場では、リチャードの専属護衛騎士であるシャドーも食事を取ることができた。結婚式では“リチャードの護衛”がメインであったが、この日は“幼馴染の幸せ”がメインだ。幼年時代は気が強く頭はぼさぼさで“山猿”という愛称で呼ばれるほどであった。が、7年前にソフィを失ってから感情をあまり表に出さなくなったため無愛想に見えるようになってしまった。そして、現在は癖毛は直らなかったものの整髪しており、起伏の少なくなった表情に並ぶ冷静沈着な性格となったのだが、この日は気分が高揚していたのか顔はいつもより豊かであったのだ。

 

 宮廷料理師ほどではないが料理はできるので、この場の料理は彼が主軸で作っている。バロニアで流行っているものとラントの特産品で作られた品々は皆満足するものだ。酒の方は、流石に仕込が間に合わないのと未成年なため既製品であったが。

 アスベルの好物である甘口カレーとシェリアの好物である焼き鳥丼も、この日のために研究に研究を重ねて至上とも思えるものを作った。もちろん、彼らのご息女となったソフィの好物、カニタマも。“スペシャル”な甘口カレーと、“ブリリアント”な焼き鳥丼、そして“ロイヤル”カニタマ。リチャードの負債払いであるモンスター退治にも日々同行する傍ら、この日のために苦心してきたらしい。試作中、辛すぎだったり甘すぎだったり、何をどうしたらそうなったのか分からないもの、それは舌が痙攣し胃が受け付けるのを拒否するような味付けにもなったりもしたものだが、今日の親子の様子とメンバーを見れば分かる“美味しい”という出来栄え。見た目も凝っており、各国のフードデザイナーなる方々と交流を何度もしたとかしなかったとか。

 

 

 ヒューバードは教官とリチャードに、お前らはまだか、とからかい半分でいじくられ、彼のお相手のパスカルはバナナを使った料理をかき込んでいる。ソフィはもう5回めのロイヤルカニタマを取りに行っている。アスベルとシェリアは2人で照れつつも甘い雰囲気を出していた。彼らの様子に、昔のように大きく口を開けて笑うことはなくなったシャドーは嬉しそうに微笑む。自身が頑張って作った料理が無くなっていく様は見ていて清々しい気持ちと満足感を抱く。そして、旅をしていた雰囲気がある程度変わった仲もいるが、変わっていないことが嬉しく感じたのだろう。シャドーも料理を口に運ぶ。癖のある匂いの納豆を使ったものだ。けど、あの独特のにおいはあまりしない。旨味が口内を満たす。リチャードに“どうしても”と乞われて研究したものは、受け入れやすくなっている。研究していたのは、リチャードがかの星でお気に召したそれを商売に乗せようするためだ。ラムダに乗っ取られていたとはいえ、やったことは彼の生涯全てをかけても払いきれるかどうか。そのため貿易はかつてより弱腰なのだ。デール公などが国庫に頭を悩ませる中、リチャードが大量生産のしやすい豆に目をつけた。基本的、家畜の飼料がメインであったものだったが、様々に加工できることがアンマルチア族のお知恵で分かっている。貿易品としてはまだ上がっていないが、バロニアの料理店で取り扱うことは珍しくもなくなったし、静かなブームとなっている。他国からの観光客も、目当てで来ることも少なくない。他の2国と比べれば肥沃な地であるウィンドル、枯れる様子はないのだ。

 

「う~ん、おいしいなぁー!! ほら、ヒューくんも食べなよ!!」

「うごごごっ! ……はぁっ!! パ、パスカ、ふごぉ!?」

 

 

 1口どころか3口ぐらい食べていたバナナ料理をヒューバートに突っ込みまくる。必死に咀嚼し嚥下してもすぐ突っ込まれていた。彼の好物であるオムライスは先ほどまで食べていたが、あと5分の1あたりで食べることが出来なくなっていた。その様子に各々賭けをしているのは4人だ。

 

 

「僕はあと30分は持つと思うね」

 

「いえ、あともう10分はいけるでしょう」

 

「う~ん…、私はそろそろ限界じゃないかと思うんだけど」

 

「俺はまだまだ1時間は余裕でいけると思うぞ。なんたって俺の弟だからな」

 

 

 止める気がない。金銭等を賭ける様子はないため、ただの余興なのだろう。

 

 

「美味いか、ソフィ」

 

「うん! とっても、おいしいよ」

 

 

 こちらは興味がないのだろうか。肉類の味があまり得意でないシャドーはナスのソテーや、キャロットステーキといった見た目はボリュームのある料理を食べている。ソフィといえば、母親にカニタマ以外もバランスよく食べなさいと、皿に大量のサラダを乗せられたため、それを必死に片している。

 

 

「シャドーの料理おいしい。おいしいものは幸せな気持ちになるね」

 

「それはよかった。食べ物は美味く食べなければな」

 

 

  シャドーはスパイスを少しきかせた紅茶を口に含む。騎士学校で鍛えた胃は、かつてよりマシにはなったが無理をすればきつくなってしまう。配分を間違えぬよう、身体を冷やすものを食べた後に暖める作用を持つ物も胃に収める必要がある。味は、調整に調整を重ねたためひどい味ではない。

 

 

「うぅ…、緑が減らない」

 

「……、俺が」

「だめよ、シャドー」

 

 

 母親がやって来た。

 

 

「しかし、丼一杯にサラダだけはきつくはないか?」

 

「ロイヤルカニタマしか食べてなかったんですもの。これじゃ足らないくらいよ」

 

 

 とシェリアはバナナパイやショコラケーキ、エクレアにスイートポテトといったサイズは小さいものの、スイーツが結構積みあがっている皿片手にして、シャドーの言葉に自身の言葉を重ねた。

 

 

「甘いものは別腹というのは本当だな」

 

「な、なによ。ダイエットは明日からすればいいの。それに美味しいものはちゃんと食べなきゃ失礼だわ。スイーツは美味しいからいいのよ」

 

「シェリア、それを全部食べるのと砂糖とバターの塊を食べるのは同じだが」

 

「………言わないでよぅ」

 

 

 シャドーは真面目な性格の為か、度々ヘンな所に冷静に突っ込みを入れたりする。

 

 

「シェリア、食べないの?」

 

「えっと…」

 

「スイーツ、おいしそうだね」

 

「………」

 

「シェリア?」

 

 

 両手が震えているシェリア。葛藤があるのだろう。スイーツを食べたい。が、食べたらやばいことになる。けども、絶対美味しいから食べたい。でも、体重がとんでもなくなる。しかし、甘味を味わいたい。であっても、食べたら地獄を見る。だとしても、スイーツ食べたい。

 

 だが、それでも、けれども、どうあっても。

 

 

「ダイエットは明日から、では?」

 

 

 悪魔の囁きって、こんなはっきりと聞こえるものなんだな。

 

 シャドーは悪魔だった? いえ、たださっきのシェリアの言葉をそのまま返しただけで、他意はありません。たぶん。

 

 

「いただきますっ!」

 

 

 泣きながらシェリアは食べた。

 

 

「およー? なんでシェリア泣きながらスイーツほうばってんの?」

 

「あ、パスカルにヒューバート」

 

 

 パスカルの後ろでは、苦しそうにお腹と口を押さえているヒューバートが立っていた。どうやらパスカルが飽きたか、新しく食べ物を取りに来たかで一時難を凌いだようだ。

 

 

「シャドー、おいしいのたくさんあっりがとー!!」

 

「あぁ、たくさん食べてくれて俺は嬉しい」

 

「こんなにおいしいご飯が食べれるなら、うちに来てほしいなー。ね、シャドー、うちにこ来ない?」

 

「!!」

 

 

 シャドーとヒューバート以外の野郎共が楽しそうにしている。

 

 

「悪いが、俺はリチャード専属の護衛騎士だからな。辞退させてもらう」

 

「うーん、そっか~…。あ! ならさ」

 

 

 パチンと指をならすパスカル。

 

 

「あたしがシャドーとこにいればいいのか!!」

 

「パ、パスカッ!!! ぐっ…」

 

 

 食べ物粗末にしなくてえらいね。じゃなくて。

 

 

「技術協力してくれるならありがたいな」

 

「ウィンドルの大輝石のこと、もうちょい知りたいと思ってたんだ~。うん、名案だね!」

 

「だが、問題がある」

 

「ん? なに~?」

 

 

 指を3本ほど立てるシャドー。順番に指を折っていきながら説明する。

 

 

「1つは、アンマルチア族の技術は何処も欲しがる。特にパスカルほどの頭脳を持つなら1国に定住し続けるは難しい。2つ、ウィンドルが力を持ちすぎると懸念され、いつかのように争いが起こる可能性がある。最後に」

 

 

 残る指、人差し指でヒューバートを指す。

 

 

「いずれ“夫”となる人物に不貞を疑われるぞ」

 

「あ・・・」

 

「シャドー!!」

 

 

  カップルが2人して赤くなる。シャドーは茶化すつもりはない。ただ真面目にしているだけだ。

  

 

「ヒューくん、あたし、浮気するつもりないよ? ただシャドーのご飯美味しかったから。だから、いつも食べたいなって。それだけ、それだけだよ?」

 

「わかってます。そうじゃなければ困りますよ。パスカルさんは、僕の…僕だけの恋人なんですから」

 

「ヒューくん…」

 

「パスカルさん…」

 

 

 と2人の空気を作る。教官とリチャードは少々残念そうな顔をしていた。

 

 

「あぁ、そうか」

 

 

 シャドーは理解する。

 

 

「お前らは、“バカップル”というものなんだな」

 

 

 大きな否定と、にこやかな肯定が帰ってきた。それでも、シャドーは真面目にしているだけだ。

 

 

 

「………」

 

 

 ラント領のすぐ近くの草原に生えているクロソフィの花。アスベルとソフィが言うには、2人が植えたその花が風花化したものの子孫がこれらであるという。世界中に舞い散ったクロソフィは、1輪1輪元気の差はあれど咲き誇る。その地の生態系に何年もかけて適応しつつ根付くのだ。

 世界中にクロソフィが咲くというときには、きっとその名に因んでつけられた彼女しか見られないのだろう。アスベルもシェリアも、ヒューバート、パスカル、教官、リチャード。そして、俺も。傍には誰もいないのだろう、今生きていてもその日には。誰も、いられはしない。

 

 そのことを思うと胸が軋んだ。

 

 クロソフィの花弁にそっと触れる。手袋越しに花粉がつくが構いやしない。ピンクと紫が混じったその色は、ソフィと同じ。小さく鳴る葉擦れ。ソフィの声のように聞こえた。

 

 

 聞きたくない “大丈夫だよ” という声が、確かに俺には聞こえてしまう。

 

 

 何故、大丈夫と言ってしまうのか。そう、口に出さずいた所為で力がこもってしまった指が、クロソフィの花を毟ってしまうのは致し方ないだろう。

 

 

「シャドー?」

 

 

 幻聴でなければ、ちゃんと当人がいるはず。そんな当たり前のことを静かに強張る全身で理解できずにいた。

 

 

「どうしたんだ、ソフィ」

 

 

 まともであろうと願う自身の声は、いつものように温度がなさそうで安心する。

 

 

「シャドーとおはなししたかったけど、お部屋にいなかったから探しに来たの」

 

 

 と、そこまで言うと近寄ってきてしまったから、毟った花弁をみられてしまった。

 

 

「…とっちゃったの?」

 

「あぁ、つい。…すまん」

 

 

 悲しそうに言うソフィに申し訳なく思う。花を大事にしているのは旅をしていた頃から知っていた。種を手に入れてはシェリアの家の庭に埋めてを何度も繰り返すほどだから。今も、ラント領の大きな花壇を率先してソフィが世話しているほど。その彼女の特にお気に入りの花を毟ってしまった。その在り様は、風花化するどころか種もつけられずに、果ては悲しく土になるだけだ。

 

 

「花は優しくしないとダメなんだよ、シャドー」

 

「あぁ、そうだな。すまん」

 

「このお花はもうダメになっちゃったけど、今度はもっと優しくしてあげてね?」

 

 

 命を毟り取った手に優しく触れてくる。

 

 無垢に想ってくれて、不用意に抱いてくれた、隠すことのない手折りやすい、その好意で。

 

 幼い。ソフィは幼いのだ。旅で少々成長したところで、心はまだ全然幼い。花もろくに愛せない俺に、こんなに真っ直ぐ触れてきてしまうところが特にそうだろう。

 

 花を愛せるなら。花さえ愛せるなら。花とはいえ愛せるなら。そうだったなら、強く、優しく、真っ直ぐで、これは在れるのに。あれほど楽しい今日に、寂しく沈む夜だからとそんなことを思ってしまう。

 

 だから、それ程のソフィのものを煩わしく感じてしまうには十分すぎた。

 

 

 命だったものが舞う。攻撃性の持たない風を使ってクロソフィが踊った。

 

 

「シャドー?」

 

 

 ソフィの手はシャドーに握られていた。離す気はない、と強くはないが堅く。

 

 

「どうしたの、シャドー」

 

 

 いつもの静かな湖のような瞳は、吹きすさぶ雪山のように荒れていたのを見てしまう。

 

 

「お前のためなら、必ず何度だって生まれ変わって、恋して、愛そう」

 

 

 シェリアに何度も注意された無表情さは、酷薄な冷たさを持っておりソフィは困る。困るだけのは、敵意がないからということだけではない。

 

 

「何度でもお前と巡り会う。何度でもお前と恋に落ちる。何度でもお前のことを愛し貫く」

 

 

 嬉しい言葉のはずだ。しかし、じんわりと温かくなるはずの胸は、いやにずきりと釘を刺してくる。小さくも主張する、強く穿ってくるもの。

 

 

「だが。俺だけを、“今の俺”だけに恋して、愛していてくれ」

 

 

 執着心の強い笑み。他者から見ればひどく醜悪なものである。シャドーの容姿は上の範囲である故に、より他者からすれば目を背けたくなるようなもので。

 

 

「次の俺も、その次の俺も、どの俺にも惹かれないでくれ。この俺“だけ”を愛し貫いてくれ」

 

 

 真摯な言葉。夜の気温の所為だけでなく、ひんやりしてきてしまうのは分かるだろう。フェンデルで感じた身を包む冷気とは違った尖った冷気が心を刺してくるのだ。

 

 

「この愛は、今の俺とお前だけが持つべきものだ。この愛は、花のように芽吹き咲かせた。だけれど、種は残さない」

 

 

 残酷な言葉をソフィにぶつける。石のつぶてのようなそれは、ソフィの心を容易く屈服させる。現に、足は萎えてしまい尻餅をついてしまう。そのような弱き獲物を仕留めないわけがない。

 

 

「“次はない”」

 

 

 相手に痛みを与える。それは、正しく攻撃と言えた。

 

 

「1度だけだ。この“今だけ”に咲き誇るんだ。だから、悪くも思わないでくれ。俺は悪くなんて思っていない。この俺だけを愛してくれ」

 

 

 “いじめ”などと軽い言葉で抑えられない。ソフィを確実に追い詰める。芯を捕まえてはなさい。袋小路から逃がしてなどくれない。

 だが、直接的には手足は出していない。握った手だって軽く揺すれば解ける程度。だからこそ、心が萎縮するには十分なのだ。痛めつけるのに大掛かりな物はいらない。小さな1つの針さえあれば簡単に腐っていく。例えば、それを舌に刺すだとか、そしてそのまま弄繰り回すだとか。痛みには敏感なものだ、どんなものでも。たとえ、ヒューマノイドだとしても負傷箇所があれば直そうとするだろう。それが行われなければ正常に動けないからだ。1つの錆が鉄骨を折るように。1つダメになると、他もダメになることは道理だ。3つで成り立つ歯車、その1つ、それもその1欠片の部分がダメになる。少しの間は誤魔化せるだろう。騙し騙しでも生まれるものはある。であっても、ダメになる前とでは生産コストが違うものだ。そのコストが上がり続ければ処分となる。1つのパーツで済むか、または全部ダメになるか。代用の利かない心臓がいい例だ。拡張と収縮を繰り返し、全身に血液を送るポンプ。鼓動の回数は決まっている。それが止まるときが終焉、即ち死である。脳の指令により1日中動きっぱなしのこのパーツ、取り替えるとしても至難の業だ。痛みに喘ぐことも、ゆっくり眠ることのない器官。

 

 それが今、強く痛み眠りにつこうとするのは、心臓発作のような幻視痛であった。

 

 この攻撃は、どうか止めを、と言葉を放つ者と討たれる者、その両者が願うものである。

 

 

「その覚悟がないわけないだろう、ソフィ?」

 

 

 このような蠱惑的な“狂っていろ”とう教唆に、互いの胸の内が震えるのは無理からぬ話であろう。

 

 

「ひどいよ」

 

 

 涙で滲むのは瞳だけではない。

 

 

「わたし、シャドーともう会えなくなるのに」

 

 

 まだまだ幼い心にシャドーは厳しすぎた。

 

 

「あぁ、そうだ。もう逢えないな」

 

 

 軽く言う。清々しいくらいに、軽やかに無責任のまま言い放った。

 

 

「だからこそ、いいんじゃないか」

「でも…っ!」

 

 

 鼻を啜る。瞳から溢れる雫は、きっと苦しいからだろう。その様を見ても、シャドーは止まれなかった。

 

 

「ソフィは俺が好きだろう?」

 

 

 尋ねる声は、いつものように静かに優しくて温かい。それに逡巡することなくソフィは頷く。

 

 

「俺もソフィが好きだ」

 

 

 浮かれるべき場面の今は、互いに痛む結果となる。

 

 

「この愛は永遠だ。ソフィと共にずっとある。あり続けるんだ」

 

 

 その痛みを誤魔化すことはせず、次を告げた。

 

 

「ソフィが嫌がらなければな」

 

 

 柔らかな声は、確かに攻撃であった。致命傷にもせず、かすり傷にもせず、ずっとジクジク痛めと化膿させるもの。

 

 

「こんなに、胸が痛くなるもの。ずっとなんていやだ…!」

 

 

 ソフィは胸を押さえ蹲る。握られた手も引き戻し、掻き毟るように胸を押さえた。

 

 

「!!」

 

 

 その様子を見守れず、シャドーは包むように抱きしめる。硬直するのはソフィだけではない。ほんの少しの空間を空けて抱きしめたシャドーもだ。

 

 

「本当に痛いだけ…?」

 

 

 問いには回答がない。だけども、何度も問う。宛先を書き忘れた手紙の返事を待つように。

 

 

「俺は温かくなるよ。こうやってソフィを抱きしめている今も、会えないときも、ずっと。ソフィが好きだ、と自覚するたびに胸が弾む」

 

 

 交信を試みる。少ない空間は、おそるおそるしがみついてくるソフィにつれて小さくなった。

 

 

「胸の音が聞こえるだろう。この鼓動1つ1つがソフィといると速く激しくなる。…どうしてか、分かるか?」

 

 

 胸は痛みに喘ぐ。心の軋みと伴う、生きている証の音が鳴る。

 

 

「ソフィが好きで堪らないからだ。好きだって、たくさん言っているのが分かるだろう? 今も動かしている俺の口より上手に叫んでいる」

 

 

 攻撃は止まらないけれども。愛すること。それは、甚振る目的のものではなかったことが、ようやくシャドー自身もソフィの頭が彼の胸に預けられたことで知れた。

 

 

「…こんなに、わたしのこと好きなの?」

 

 

 心臓で応える。

 

 

「他にも、こんなにするの?」

 

 

 心臓で応える。

 

 

「こんなに、すきでいるの・・・?」

 

 

 心臓は破裂しそうなくらい音を刻む。

 

 

「わたしは、ね」

 

 

 頭を上げ、シャドーの顔を軽く包む。激務の所為で少しやつれた顔を、ソフィは見つめる。胸が熱くなる。胸だけではない、手袋をしているというのに手も、頭も。全身が熱い。エラーが、起きているのだ。

 

 

「好き」

 

 

 好き、と言う言葉がこんなにも恥ずかしくなるものだなんて、理解が及ばない。

 

 

「大好き。好き、だから。好き、なんだよね、これって? ねぇ、シャドー…」

 

 

 だから。

 

 

「シャドー、好きってわからないよ…!」

 

 

 シャドーを突き飛ばす。同時に混乱の末、また泣き出すのだ。自身の中で納得のいく回答がない。エラーは直らない。

 

 

「ずっと一緒にいたいって気持ちがそうだってシェリア言ってたよ。ずっと一緒にいるの、できないんだよね? ずっとは無理なんだよね? じゃあ、この気持ちはなんなの? 分からないよ・・・」

 

 

 涙声のまま捲くし立てる。子供であった。子供であるから、恋などしないほうが良かったのだ。愛しなど、せねば良かったのだ。

 

 

「ずっと一緒には無理だ」

 

 

 こんな、とても甘い刺殺があるだろうか。

 

 

「俺はいつかソフィを置いて逝ってしまう」

 

 

 一撃で終わらせず、刺したまま中身を混ぜる刺殺。

 

 

「やだぁっ!!」

 

 

 大声を出し、耳を塞ぐのは当然だ。

 

 

「シャドー、次はないって言った。今だけだって。アスベルたちみたいな次はないって…」

 

 

 早口に言う。感情の高ぶりに理性が追いつかない。それでも、まだ言葉を発することができるのだから、彼女の理性回路は非常に優秀だ。凡庸ヒューマノイドなら、この10分前には回路などショートどころか焼ききれているはずなのだから。

 

 

「無理だ」

 

 

 その強い理性すら失くせと、シャドーは純粋に微笑んだ。

 

 

「なんで、そんなこと言うの…?」

 

 

 顔を伏せてしまったため表情は見れない。だが、子供ながらに難解な顔をしているに違いない。

 

 

「ずっとは、無理だ」

 

 

 繰り返し言う。それに、もう聞きたくないとより強く耳を塞ぐ。が、その手を強引に引き剥がされ、顔を掴まれる。

 

 

「だから、この愛をお前に託す」

 

 

 ソフィの目には好きな人である、シャドーが映る。好きで、大好きで、ずっと一緒にて欲しい人が。好き、大好き、でも、ずっと一緒にいてくれない人が。

 

 

「俺の言葉はない。俺の音もしない、俺の匂いもしない、俺に触れもしない。けれど ちゃんと在り続ける」

 

 

 夜の静けさに吸い込まれそうなほどに涼やかな声は、ソフィにはちゃんと聞き取れた。

 

 

「好きでいる。愛している。誰よりも、何よりも。俺が、シャドー・ジャックラインが、ソフィを。ソフィだけを、愛し続ける」

 

 

 痛くないよう優しく抱きしめた。顔から首に躍り出て、両肩を一度しっかり掴み、ソフィの背に腕を回したのだ。

 

 

「俺はお前を幸せにすることは出来ないだろう。ずっとは居られないから。そうだから、どこかに俺よりお前を幸せに出来る奴が現れるかもしれない。でも、ソフィ。お前が好きでいるのは俺だけだ。そんな奴が現れてもフれ。俺だけを好きでいろ」

 

 

 小さな滴がソフィの眉に当たって流れた。

 

 

「俺はお前だけだ。生涯お前だけを好きでいる。この好きの気持ちはたとえこの身体が朽ちても、お前がまた忘れてしまっても、そいつ越しに好きを刻み続ける」

 

 

 渇くことなく、服すらソフィの涙の跡の上に次のシミを作る。

 

 

「ずっと好きだ、ソフィ」

 

 

 ぎゅっと、好いた男が好いた女を強く抱きしめたのだ。

 

 

 

 

「好きって怖いことなんだね」

 

 

 シャドーの背にしがみつく。私とは違う大きくて堅い背中で、あの頃と違うことを思い知らされた。

 

 

「でも、怖くてもいいよ。シャドーとの好き、怖くてもいいの」

 

 

 気が強かった子供の頃のシャドーがまた見れて安心したから。大きくなったシャドーは、あの時のシャドーが大きくなった姿なんだって、わかった。

 

 

「怖くて痛くてじんじんするけど。シャドーが好きっていうと、嬉しくなるんだもん」

 

 

 怖い。痛くもある。いやだって思った。でも、いやだって思うのがいやだってなるから。この好きは守るものなんだって。

 

 

「この嬉しさも怖くなるけど、ぽかぽかしてじんわりあったかくなるの」

 

 

 胸が痛くて、あったかくて、不思議なの。さっきから、止まらないの。痛いのも、あったかいのも、止まらないの。

 

 

「だって、こういうのがシャドーとの好きなんだって、わたし思うんだ」

 

 

 いやだってことじゃない、って分かって欲しくてもっと身体をくっつける。

 

 

「シャドー、すき、だよ」

 

 

 シャドーの手をとって握り締める。強くしすぎないよう調整して、大事に大事に握り締める。

 

 

「すき」

 

 

 シャドーが嬉しそうに笑ってる。その顔を見ると私も嬉しい。

 

 

「シャドー、あのね」

 

 

 上手に笑えているか分からないけど、この気持ちをなんとか分かって欲しくて笑ってみる。

 

 

「今のあなたが好き。今のあなただけが、好き」

 

 

 アスベル達がしていた事を思い出す。教官も言っていたっけ。

 

 

「好きだ、ずっと」

 

「うん」

 

 

 好きな人とはキスをする。

 

 

「いっぱい、キスをしようね」

 

「………」

 

「上手くできるか分からないけど頑張る」

 

「…しているうちに上手くなるものだ」

 

「ほんと?」

 

「あぁ、本当だ」

 

 

  そう言って、シャドーがしてくるキスは凄かった。すごく熱くなってくるんだもの。

 

  こんなに熱いなら冷めないよね。でも、さめちゃう気もするから、もっとしたい。

 

 

「ん、ん。すき、すき、シャドー…」

 

 

  この後はもうわけが分からなくなっちゃって、キスがこんなに凄くて、なんだか気持ちよくて。

 

 

  こんなの止まらない。止めたくなんかない。

 

 

 

 

  クロソフィが散った。それは確かにエフィネアに刻まれた記憶であり、ソフィの身体に刻まれたものだった。

  

 

 

 

 

 

 

 




主人公設定



シャドー・ジャックライン

主人公はアスベルの親友。剣の腕に絶対の自信を持つアスベル一行一の剣士。

◆年齢:18歳

◆一人称:俺

◆概要
 アスベルと同じ「ラント領」の出身。アスベルに続いてソフィによく懐かれている。幼年時代は気が強く真っ直ぐな性格で、よくアスベル達と裏山の花畑で出会ったソフィと一緒に遊んでいた。しかし、ある事件でソフィは死んでしまい、強くなるためにアスベルと共に故郷を離れ王都の騎士学校の門を叩き、7年後はかなりの実力を持つ剣士となった。父の訃報で「ラント領」の領主を継ぐことになったアスベルと別れた後は王都に残り、数々の功績を上げ「ウィンドル」の王子であり、同じ友人でもあるリチャードの推薦で専属の護衛騎士に出世する。クーデターで王都を追わるリチャードを護衛しながら逃げている時にアスベル達と再会する(特に、死んだはずのソフィがいることに驚きを隠せなかった)。その後はアスベル達と一緒に王都を取り戻し、王位に就いたリチャードから使者として「ラント領」に向かうアスベルの護衛を命令を受け同行する(王位奪還後のリチャードの様子に不信感を心の中に秘めながら)。しかし、「ラント領」に侵攻してきたリチャードと敵対するようになった後は正式にアスベル達と行動を共にする。アスベルとは真逆に、暑さにも寒さにも両方強い。常に武器の手入れと鍛錬を欠かさない。

◆性格
 冷静沈着な性格。7年前にソフィを失ってから感情をあまり表に出さなくなったため無愛想に見えるが、料理はできたり、ソフィの髪の手入れをする等、根は昔と同様に真っ直ぐで優しい性格。真面目な性格の為か、度々ヘンな所に冷静に突っ込みを入れたりする。

◆戦闘スタイル
 武器はサーベル。戦闘スタイルは片手剣技と二刀流。固有装具は黒に近い紺色のジャケット。アスベルと同様の前衛タイプ。特に二刀流を得意とし、戦闘時には優れた剣技を遺憾なく発揮する。






以上がシャドー様がご考案した設定です。




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