頭ふっわふわな短編集   作:サラダ豆乳パン

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設定

あだ名:シャドー

概要:主人公(シャドー)はキョンの幼馴染み兼同級生の男子高校生。ハルヒとのスポーツ勝負で勝敗は着かなかったが、ハルヒに気に入られ、彼女の勧誘を受けてSOS団に入団する。

一人称:俺

容姿:髪は黒の短髪。顔はキョンと同じ普通な感じ。

身長:キョンより十cmほど低い。

性格:自由気ままなマイペース

家族構成:父、母(普通の一家でよく一緒に出掛けたり、時には喧嘩もするが、後で互いに仲直りしたりと普通の生活を送る関係)

能力:キョンと同様に普通の人間で学業の成績は普通(悪い訳ではない)だけど、運動神経と身体能力はSOS団団長・涼宮ハルヒと互角とかなり優れている。



主人公のお名前はリクエストされた方のを借りております。



涼宮ハルヒシリーズ(長門ルート)

 一日目

 

 

 聞きなれた携帯のバイブ音が聞こえる。

 

 ぼやぼやなままの頭は二つの選択肢を浮かべた。

 

 メールをチェックする

 →無視する

 

 

 上手いこと動こうとしない体と同じように頭が鈍い。

 

 鈍いままの頭は二つのことくらいしか考えられないままだ。

 

 休息をとる

 →起きることにする

 

 

 

 起きないことには何も始まらないでしょうが。

 

 布団を蹴飛ばすようにして起きる。ぐるりと見渡すといつもの俺の部屋。ティッシュの配置なんかもいつも通り。とにかくここを出てみるしかない。服なんか気にせず部屋の扉を開けた。

 

 

 

 

 で? 

 

 何故、学校なんだ。部屋から出たら家の花柄カーペットが敷いてある廊下ではなく、単色の廊下だった。

 

 混乱する。これで朝はギリギリまで寝れるとか考えている場合じゃない。意味が分からないまま固まっていると、頭にポスンと何かが落ちてきた。黒板消し。お決まりなチョーク塗れの。白だし、しかも。黒板消しを拾う前に、髪の毛についたのを乱暴に払う。その所為で、粉を吸ってしまうあほなことをしてしまった。

 

 咽て咳き込む。まったく、こんな非常事態なのにあほしてどうする、俺。

 

 もう、黒板消しのことなんて気にしていられない。誰かを探そう。なんとかするなら一人で、なんてのはあほすぎる。

 

 廊下を歩く。いつもの学校だ。あちこちの使用感だったり傷だったり、照明や日差しなんかも、すごく見慣れているいつもの学校だった。

 

 ただ、人がいない。一学年でも九クラスぐらいあるというのに、誰ともすれ違わないし声も聞こえやしない。それこそ人影なんて、俺のしか見えてこない。皆の無事を確かめたくて、速足に。すぐ我慢できず走り出す。

 

 廊下が思いのほか長いように感じられた。クラスの友達とグダグダしながら歩いていた廊下は、知らないなにかでしかなかった。廊下に響く俺の足音が、危機感だけを押し付けてくる。皆は無事なのか、ただそれだけ確認させてほしい。

 

 すっと見慣れた姿が見えた。俺よりも小型な女の子。小さな同学年の女の子で、SOS団の大切な一人。

 

 

「長門っ!!」

 

 

 俺のらしくない大声に、目を開いて驚いている長門に駆け寄った。向こうも急いで向かってきてくれた。駆け寄った後呼吸を整えることなく、どこも怪我なんてしてないか目で確認する。いつもの学生服にはほつれも汚れもなかった。

 

 

「無事そうで良かった」

 

「あなたも無事でよかった」

 

 

 安心して変な笑いが出る。そんな表情は治らないまま話を続ける。

 

 

「他のみんなは?」

 

「全員直接の確認はしていないが、わたし含め八名は損傷もなく生存していることは確認できている」

 

「なんほど。今はとりあえず、それが分かればいいよね。ありがと、長門」

 

「いい」

 

 

 長門とともに学校を見る。いつもの朝の学校だ。朝の光は白色が強くて廊下が新品のようにピカピカしているように思う。でも、張り替えたわけではないみたいだ。よくよく見ると微妙に汚れがある。見慣れた廊下だということだ。

 

 

「ここは北高、じゃないのかな」

 

「物質構成に違いはない」

 

「学校に押し込まれたって感じか、学校に似たどっかに閉じ込められたか」

 

 

 近くの窓から見える景色も見慣れたもんだ。いつもの学校なら朝練のやつらが道具を片したりしているのを見られるだろう。でも、人はいない。よく見ていた、思いのほか地面が湿気を帯びていたせいで土に汚れた人や、疲れているけれど頑張って放課後のための準備している人、今もまだまだ元気だけど授業に対しては体力がない人なんてのは誰もいなかった。もちろん、先生も一人もいない。

 

 ただ誰もいないだけで、そこはいつもの学校の日常風景のままだった。朝の光に照らされた学校の外が、そのままある。

 

 

「さっきのによると、ハルヒもいるってことだよね。何処にいるの?」

 

「保健室。でも、実物ではない」

 

「ハルヒに似たなんか、ってこと?」

 

「涼宮ハルヒの構成を持ったもの」

 

「……つまり、ハルヒという形を持ったハルヒっぽい何かってことなのかな?」

 

「おおよそ、そう認識できる」

 

「お話とかできた?」

 

「睡眠状態。時折寝返りをうったりはするけれど、明確な意思表示はなかった」

 

 

 睡眠状態か。なら、ハルヒの見てる夢の中に俺たちがいるということもあるのかもしれない。この変な現実感のあるここは、ハルヒの夢の中だからでも十分説明がつく。たった一年ぐらいの付き合いだけど、俺たちはハルヒと一緒のおかげで色々と濃い経験してきたんだから。だからきっと、なんかあるんだ。ハルヒは無鉄砲に見えるけどしっかり考えて行動しているから。寝ててもなんかしたいと思えばやれるんだ、絶対。今のこれが、どういう目的なのかはまったく分からないけど。

 

 

「うん、そうか。とりあえず、今はここまでにしとこう。他のやつとも情報は共有しといたほうがいいだろうし」

 

 

 長門は静かに頷く。あの八名のなかには喜緑先輩もいるはずだ。そうじゃなきゃ、長門はもっと急進しているだろうから。今この時もお互いで通信などしているから、落ち着いて確認して回っているんだろう。

 

 そういえば。

 

 集合場所を決める

 →体調をうかがう

 

 

 

 本当に長門は大丈夫なんだろうか。

 

 もしかして何処か怪我をしているけど、心配させないように隠していたりするかもしれない。実はちょっと具合が悪いとかもあるかもしれない。

 

 

「長門さ、どっか調子悪いとかない?」

 

「ない」

 

 

 しっかり目を見て言われた。声に動揺も緊張もない、いつもの声音。

 

 だから安心、なんてできない。成長して嘘も気軽につけるようなった長門。酷い嘘なんか吐いたことないし、教科書を忘れたとかの軽い嘘で俺の所に借りに来たりする程度。でも、小さい子にありがちな、とりあえず隠さなきゃ、ってので嘘もつきだしている。今も、それだ。

 

 

「使用制限どんなになってる?」

 

「サーチ&デストロイに不備はない」

 

「他は?」

 

「平気」

 

 

 長門は口数が少ない。でも、情報が必要ならちゃんと話す。たとえよく分からん単語だらけになろうと必要なら全部話してくれる。自分の立場が悪い方に行くことになろうが構わず。だけど、今は小さい子のアレなやつだ。なんかまずいって思って隠している。

 

 

「出力レベルは一~十でいうと?」

 

「……三」

 

「そっか。じゃあ、たとえば、長門がタンスで足の小指ぶつけたらどんくらいで痛み消える?」

 

「短時間」

 

 

 なるほど、大分制限されておられるみたいだ。レベルは元々のパワーが分からないので無視しといて、痛みをすぐ消すこともできない。回復力的なものも抑え込まれているということで間違いない。

 

 

「無理ダメ絶対」

 

 

 長門は無言だ。頷いてはいない。明確な拒否をしているが、それを断固拒否する。

 

 

「長門さん、無理はダメ」

 

 

 無言拒否。そんなんしらねぇ、無理させねぇかんな。

 

 

「無理させねぇかんね。もう少しの五歩ぐらい前で戻りなさい」

 

「前向きに検討しておく」

 

 

 それは絶対検討もしない奴じゃんよ。何としても無理させない。いつもいつも心配しているのに、今回は心配しているだけじゃダメな奴。

 

 

「長門。君になんかあったら、俺も皆も悲しい。君が頑張っているのは素敵なことだけど、頑張りすぎるのは違うんだよ」

 

 

 若干むっとしている長門。無表情だけど、分かる。一年程度しかない付き合いだけど、それぐらいわかる。

 

 

「君の頑張りは否定しない。でも、声はかけてほしい。なんかあったらはないに越したことはないけど、声をかけてくれたならなんとかしに駆け付けられるだろ? SOS団の特攻隊長な俺が、絶対駆けつけるから」

 

 

 気まずげに目をそらされるがちゃんと言うことを聞いてくれるみたいだ。

 

 

「長門、無理はしないって約束してくれるね?」

 

「了解」

 

 

 約束を守ってくれる。目線はあっちに行ったままだけど、頷いてもくれたから大丈夫だ。まったく可愛いもんだ。長門との信頼関係にはヒビすら入らない。

 

 

「それなら、よし。とりあえず、俺たちは集合しとこう。んでさ、長門は喜緑先輩からなんか頼まれてるの?」

 

「安全確認」

 

「そっか。何処に集合しとけってとかも言われてる?」

 

「食堂」

 

「オッケー」

 

 

 いつもの学校ならば食堂までの道がわかる。長門も特に何も言わないから道程に危険はないみたいだし、もし何かあるなら二人がカバーも出来るということでもある。心配だらけでも頼りがいがあって、情けないのと誇らしいのとで少し困った。

 

 

「長門。約束は?」

 

「絶対守る」

 

「うん」

 

「あなたは食堂で待機。約束」

 

「うん」

 

 

 それを頭から振振り落としながらどこかにやって、長門と意思疎通を。念押しではない。いまさら疑うものなどどちらにもありはしない。そんなことをしなければならない程度の関係ではないんだから。ただの友情確認なだけだ。

 

 

「じゃあ、また」

 

「また」

 

 

 小さく頷いた長門を見送る。その後、俺も食堂へ足を向ける。でも、二mも歩いていないけど長門の方を振り返った。

 

 俺よりも小さい長門は一度も振り返ることがなく進んでいった。背をすっと伸ばし、少しも乱れのない規則的な歩行。その小さな少女の姿は好ましく思う。だというのに、見慣れるようになった姿に親しみと思わず苦さを感じてしまう。

 

 なぜにがさなどかんじたんだろう。

 

 苦さの意味を理解する前に、日差しがピンポイントで俺に当たってきた。眩しさに目を瞑る。閉じた視界の中でも光が痛めとでもいうかのように輝いていた。そして、徐々に落ち着いていく眩しさに目を開ける。

 

 

 →SKIP START

 

 

 

 

 他のみんなの安全を確認した後、現状確認をグループに分かれて入れ替えもしながらしていた。

 

 妹ちゃんと鶴屋先輩は巻き込んではいけない。巻き込んでしまっているけども。二人とも勘がいいので、触れてほしくないことには触れてこないスタンスだから有難い。二人にはドキュメンタリー的なことをやっている、という苦しい設定を古泉と喜緑先輩の話術で納得して頂いた。

 

 色々な疲れから腹が減ってしまうが、ボタン一つでおやつも出てきた。二人には番組スポンサーからの差し入れということにしといて頂いている。亀ゼリーは求めていない。そんな感じで、ランダムに色々出てきた。喜緑先輩から飲食可能と判別されたのは全部。エビにチョコレートをコーティングしたものも可能なんだそうだ。

 

 ランダムおやつで変な盛り上がりをしながら、長門の無事な帰りを待つ。

 

 お腹を壊していないが生理現象を処理して長門を待った。日差しは黄色になっている。なるべく固まっているようにしておくべきだけど、喜緑先輩のお力である程度の距離ならば対処は可能と言われている。少しずつ距離を伸ばして安全を確保中なんだ。その安全確認の確認みたいなものを俺はやっている。

 

 今いるのは食堂から少し離れた場所。今のところ何も起こらない。またチャイムが鳴る。いつものように、今日の学校はあと少し、と知らせる日常の音。のんびりと今日を過ごした達成感とともに家までのんびり帰る、ということはできていない。

 

 廊下の窓から見える景色はいつも通りに見えた。校庭が地割れしていたり、海になっていたり、マグマステージになんかなってはいない。学生と教師がいない校庭は、いつものように太陽光を取り込んで異常を感じさせないようにしている。日常の音などしていないくせに。

 

 窓を開けてみよう。もしかしたら、学生の声がするかもしれない。先生たちの声がするかもしれない。誰かが歩いている音が聞こえるのかもしれないだろう。誰かが生きている実感を教えてくれるだろう。風のにおいを感じるのもいいかもしれない。あの乾いた風のにおいはどういうもんだったか、思い出そう。

 

 レバーを下ろす。カチャン、という金属の音がやけに響く。乱暴に開けたつもりはなかったのに。それもまぁいい、とりあえず窓を開けよう。

 

 

「シャドー」

 

 

 長門がいた。どこも怪我していない様子の長門有希がいた。それを理解しきる前に長門へ駆ける。俺自身の身体能力はいつも通りだったようで、すぐに長門の傍へ寄ることができた。

 

 

「おかえり。なんともなさそうで、ホントよかった。あ、実は怪我してる?」

 

「していない」

 

 

 長門は両手を頭上にあげたりして、他の関節の動きも無事なことを教えてくれた。

 

 

「足の小指ぶつけたとかもアウトだからね?」

 

「ぶつけてもいない」

 

 

 昼になってしまうほどの時間。その間、喜緑先輩とは通信などしているから危険なことはしていないのは分かっている。でも、不安はあった。信頼しているけれど心配だった。

 

 でも。

 

 

「うん、わかった」

 

 

 心配しすぎるのは長門を信頼していない、ということだから。長門を信じることにした。酷い嘘なんてつかないのは分かっているんだから。

 

 

「お腹空いてるかな。よかったら、軽くこんなんでも食ってってよ」

 

 

 ポケットに入れたお菓子を長門に渡す。栄養補給として羊羹と迷ったけど、チョコ菓子にしておいた。長門は感謝の言葉を伝えて袋を開けている。指の動きには問題ないように思う。他の指の補助をしているような動きもないし、強張って動きづらそうということもなかった。いつもの小さくて可愛らしいの手だ。

 

 

「んじゃ、行こう」

 

「了解」

 

 

 食べながらみんなのいる食堂へ向かう。リスのように食べている長門を見ていると、こっちも口寂しくなる。別ポケットの飴を口に入れた。

 

 

「あなたは」

 

「うん」

 

 

 相槌を求めているみたいだったのでしておく。長門は肯定されてからの方が話が進むタイプだ。

 

 

「何故、ここで待機していたの?」

 

「そりゃあ、心配だったから」

 

 

 安っぽいイチゴ味を楽しみながら正直に答える。嘘を吐く必要などないから。ゆっくり味わっているのか長門のおやつタイムはまだ続いていた。

 

 

「それだけ?」

 

 

 横に並んでいる長門を見返す。教えて、という目だ。明確に言語化してほしいんだ。

 

 

「心配が八。あとは、不安」

 

「そう」

 

「不安は、やばいよ。小さいのでも纏わりつくと、動かなきゃって収まらないんだから」

 

 

 正直に伝えておく。本音を聞かせて、離れる仲じゃない。嘘を吐いて、離れる相手じゃない。嘘を吐きずつけなければいけない関係ではないはずだ。

 

 

「他の人は上手くやっている感じだけど、いいから動けってのが強い感じでさ」

 

 

 飴の中心部はジャムだったみたいだ。イチゴをよく味わった。無駄に甘いのは好きだと思う。このわざとらしさが俺にとって必要な栄養素なんだから。

 

 長門にお願いしようとするなら、必要なものなんだから。

 

 そうしようとすると、にがい

 

 そうしなければならないから、にがくなる。

 

 だからこそ、くちがうごく。

 

 

 同行を願う

 →今ではない

 

 

 今はお願いする時じゃないはずだ。

 

 飴を噛み砕くことでお願いしようとした口を止める。一欠けらといっていいほどだったから衝撃も小さめだ。おかげで、少しは何とかなれる。

 

 

「でも、今はまだ長門に頼っちゃわなきゃいけないね」

 

 

 情けなくてごめん、と付け加えることができた。もう三っつくらい飴はあるけど、口寂しさはそれだけではどうにもならない。

 

 長門は静かに首を横に振った。否定だった。

 

 

「適材適所」

 

「うん、そうだ」

 

「あなたは空気を動かせる。それはとても凄いこと」

 

「ははは、空気をごちゃ混ぜにするのちょー得意なのバレたか」

 

 

 相手の意識を乱さないと、こんな小型はうまく立ち回れないんだ。でかいは強いけれど、小さいはハンデだらけだから。

 

 

「たまに、困るけれど」

 

 

 冗談も言ってくれる長門。相変わらず表情筋は働いていないけれど、いたずらっ子なのが分かった。

 

 

「うーん。基本的にさ、無意識にごちゃまぜにするような癖がついてるから、困るような感じはわざとではないよ」

 

「無意識に?」

 

「前言ったけど親戚に格闘オタクとか軍事オタクとかいるんだ。で、そいつらの偏ってんのと魔改造してる色々があるんよ。それを純粋に鵜呑みにしてしまったりした結果がコレです」

 

 

 負荷のうまい逃がし方とか、都合のいい空気への動かし方とか、赤点回避のテストの点の取り方とか色々。全部うまいこと行くわけではないけど、何とかなるようなことはいっぱいあったので感謝している。よく分からん集まりに強制参加はやめてほしいけれど。

 

 

「その人たちも実際にやっている?」

 

「自分たちはやらない。知識を吸収するのとマウントで満足。道場殴り込みとかもしてないね。ヒョロヒョロだし」

 

 

 背は高い。一八〇代がぞろぞろいやがるんだ。親戚の中で小型な男は、俺ぐらいなのが少しイラつくが我慢。でもまぁ、男の成長期はこれからだからと落ち着いておく。

 

 

「でも、あなたはヒョロヒョロではない」

 

「悲しいことに小型だけどね」

 

 

 長門は筋肉の質とかも分かるんだろう。服の上からは太ってないぐらいしか分からないし、身長のために筋肉をつけまくろうとはしていない。こんなお手軽サイズだけど、ちゃんとしたもんじゃないだろう知識で体は作ってある。

 

 

「特攻隊長の名は?」

 

 

 ハルヒから承ったお役職。部長、副部長とかの固い感じの役職名とはまったくの別物。たぶん、俺たちが持ち込んだ漫画の影響でも受けてたんだろう。

 

 

「名前負けなんてさせませんよ」

 

 

 笑う。長門も雰囲気が笑っている。ただただおかしかったのと、ちゃんと信頼しているという確認で。俺のは、更に長門の様子が可愛くて笑いが続いていた。

 

 そして、最後の一つのお菓子を長門は分けてくれた。ありがたく頂戴する。包装を解きながら歩くと、あともう少しで食堂だった。聞きなれたみんなの声が漏れてくる。どれも切迫したものはなかった。

 

 菓子を口に入れて、長門に声をかける。

 

 

「んじゃ、行こうか長門。君の無事な帰りをみんな待ってたんだから」

 

「分かった」

 

 

 並んで歩く。お互い少し速足だった。それで食堂までの距離が縮まる。声も良く聞こえてくる。

 

 全開になっている食堂の前で長門の無事な帰還を報告した。すぐさまみんな駆け寄ってきてくれた。長門も皆の方へ近寄っていく。先ほどのより速い足取りで。

 

 菓子がまだ俺の口に残っている。噛み砕いて終わりというもんじゃないので、溶けるの待ちだった。カカオ多めのチョコは苦い。でも、舌が痺れるほどだとは知らなかった。

 

 痺れるほどの苦さの中に甘さを探す。前のいちごあめの甘さはもう分らない。

 

 苦いだけの唾液が喉を通るころには、甘さを探すどころではなかった。大分まずい。

 

 

 でも、長門とみんなの様子はいつも通りで良かった。それが分かって本当に良かった。

 

 苦さに耐えるため目を強く閉じた。

 

 

 →SKIP START

 

 

 

 

 情報をみんなと共有して、少し休憩をとることにした長門。

 

 寿命前借ドリンクなんて渡さず、ビタミンウォーターを渡しておく。お礼を言った後、ちゃんと飲んでくれた。喉の渇き具合はあまりないようで、ゆっくりと飲んでいく。

 

 半分よりもう少しぐらいで、一旦長門は口を離した。

 

 

 口を挟む

 →口を待つ

 

 

 長門の言葉を待つ。飲み物を見ていた眼が俺に移ったから。

 

 

「また調査してくる」

 

「うん。悪いけど、頼むね」

 

「それで」

 

「うん」

 

 

 相槌は大事だ。それだけで君の話をちゃんと聞いているよ、というのが分かって否定的な感情は抱かないから。相槌だけで人を肯定できるんだ。

 

 

「おすすめのお菓子」

 

「栄養的なの? 気分上げ用かな? それとも小腹サポートなの?」

 

「二つめ」

 

「オーケー」

 

 

 長門のリクエストにこたえるために、机に転がっているお菓子から見繕ってくる。コンビニでよくあるおまけ的な小袋にそれらを詰めて渡しておいた。

 

 

「口に残る系だけど、味がやたら強烈とかめっちゃ偏ってるーって感じではない奴ね」

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 

 食堂まで来ている日照は夕暮れの気配がし出している。いつもの学校ならもう少しで最終下校の放送が流れるだろう。

 

 

「長門、気を付けて」

 

「了解」

 

 

 立ち上がって軽く服を整えた長門。みんなにも声をかけるみたいだ。ポケットに小袋を詰め込んで歩き出していく。

 

 

「いってらっしゃい。必ず帰ってくるんだよ」

 

 

 俺の声に振り返ってくる。少しの間無言だったけど、小さくもしっかり頷いてくれた。

 

 

「いってきます、シャドー」

 

 

 その言葉だけでよかった。さっきの無言は、帰らないよ、というんじゃなく、ちょっとびっくりしただけだ。そして、俺も長門の返事にびっくりした。

 

 いつもと違って、普通に嬉しそうな声色だったから。俺の心臓らへんがじんわりと温かくなっていく。きっと、嬉しかったから。

 

 長門の可愛らしい声と俺が感じている温かさを、何度も惜しむように、そして噛みしめるように俺も大きく頷いた。

 

 

 →SKIP START

 

 

 夕方の茜色もなくなり、学校はチャイムを鳴らさなくなった。

 

 学校の光と外の人工的な光のおかげで、恐怖で動けなくなることはない。光熱費も難なくクリアしているらしいここは、全部の蛍光灯が稼働している。でも、スイッチを押せばちゃんと消える。同じようにつければ光もつく。俺が昼でも使ったトイレと同じようにシャワー室なんて水道関係も生きていた。汚水はどうなっているのかといえば、水道管を通って消えるみたいだ。下水道へも行かず消失する。そして、校内の見慣れた傷とか汚れはあるものの、埃が見当たらない。ごみを分解している微生物も同様に。害虫や害獣なんてのもいやしないんだ。

 

 必要ないから“ない”という処理しているのか。用意することができないほどリソース不足なのか。

 

 どちらもということなのかもしれないというのが、俺たちの考えだ。ある程度使えるようにしたけれど、他の部分の用意ができない。分割商法のように、あとから追加で来ることもあるかもしれないが期待はしない。

 

 水質検査は問題なし。いつもの学校にまで繋がっている水のみたいだ。空気的なものも二酸化炭素だらけとか一酸化炭素が強くなってるとかもなく、身体的にも心理的にも何んだメージも与えない。まったく生命を脅かさない一定値が保たれている。

 

 そこまでで今日は切り上げた。注意しておかなければいけない危険が発見できないので、とりあえず安全なところで待機している方がいいんだ。男女分けつつも固まっていた方がいいんだろうが、長門と喜緑先輩の情報でそれぞれの自室が一番安全だということらしい。自分以外の誰かが入るとどうなるのか、という検証はまた明日にするようで、もう休息タイムだった。

 

 ストレッチやらなにやらを終えた俺もそろそろ休息を取った方がいいだろう。酷使していないけれど消耗している携帯を充電しておく。電波傍受なんてのもなく、こちらの通信受信は不可である。

 

 壁のスイッチを押して部屋は暗くなった。

 

 そういや長門がくれたしおりどこ行ったけかな、とぼんやり思い出して見る。今から探そうとは思わないけど。

 

 

 休息

 →見回り

 

 

 自販機利用ついでに軽く見回りでもしておこう。素敵なことにマネーいらずで色々買えるんだし。

 

 明かりを一番小さいのにしておいて部屋から出た。

 

 カツカツ廊下を歩いていて思い出したが、部屋の中では靴ではない。外国式ではないので当たり前なんだけど、部屋から出ると靴を装備しているんだ。で、部屋に戻るといつものように裸足。呪いの装備と化しているのかと思い靴をいじるが、普通に脱げるしまた履ける。実は靴擦れなんかしてるんすよ、ってこともなかった。いつもの俺の靴だったし。

 

 自販機がガコンガコンと鳴ってから商品を取り出す。そして、この自販機はルーレット当たりがあるタイプだったらしい。三桁の数字が揃い、追加でもう一本寄こしてくれた。

 

 さてと、飲みながら見回りを続けるか。おまけではない方にストローを刺して飲み歩き。大きくなりたいから栄養たくさんおくれよ、と紙パックの中身を吸っていく。

 

 相変わらず校内は照明のおかげで明るかった。でも、朝や昼と違う人工的な明かりで、微妙に気持ちが逸る。落ち着くために自分の心音に集中して巡回していく。何も異常はない。いきなり窓からワンちゃんやらもないし、いしのなかにいる、なんてのもない。

 

 ちゃんとした、いつもの学校というコンセプトから何も外れていなかった。いつもの学校があったんだ。

 

 いつもの学校ならば構造も変わらない。当然、廊下を歩いていけば階段がある。それは、見慣れた折り返し階段。その踊り場に、二人の少女がいた。一年で見慣れるようになった少女たちだ。

 

 

「こんばんは、長門、喜緑先輩」

 

「こんばんは、シャドーさん」

 

「こんばんは」

 

 

 俺の挨拶に返してくれる律儀な二人。俺の耳が確かならば二人の話し声は聞こえなかった。何かしら通信でもしていたんだろう。彼女らだけでの会話法があるけど、傍からはにらみ合っているように見えるかもしれない。

 

 

「邪魔、しちゃった?」

 

「いいえ、大丈夫ですよ」

 

 

 長門も首を横に振る。実際に邪魔だったのなら、やんわりでも正直に教えられるほどの関係だ。特に長門は正直に言うだろうし。

 

 

「二人は安全確認中でしたか?」

 

 

 喜緑先輩は微笑みで、長門は無言の頷きで肯定した。どちらも見た目がいいお嬢さんにしか見えない。

 

 

「今は八割ほどこの空間の情報解析ができています。ですが、残りの二割は現在も解析不能です」

 

「ブラックボックス的なかんじ?」

 

「そのように支障がないものであると良いのですがね」

 

「でさ、その二割の解析続けるんですか? それとも、一旦保留?」

 

「私は解析を続けるべきだと思いますが……」

 

 

 喜緑先輩は、消しゴムを落としてしまった程度の感じの困った表情になる。意外なことに、長門は一旦保留を選択しているみたいだ。

 

 

「長門の理由聞いていい?」

 

「残りの二割はコードが書き換わり続けて解析が難航している。解析できた八割もバグ処理がある。あと、これらに隠されていた暗号の解読がある。三つのことから、警戒はしていても先に対処しておくべきことがあるので保留」

 

「手が足らんつーことね」

 

 

 元々セーブしていた長門もデバフ状態なら、喜緑先輩も同じなんだろう。もしかすると、長門よりもということもあり得る。二人のおかげで今日一日平穏に過ごせた。明日もそのようになるという確証はない。

 

 喜緑先輩と長門が分担して作業できるほどの能力が今はないから、こうして意見が割れている。長門より優しい口調で説き伏せることが得意な喜緑先輩は、他にも舵取りなどで大いに苦労させてしまっている。喜緑先輩より成果で頼りになるということを証明し続けている長門は、すでに目に見えないように隠して色々疲れているはずだ。

 

 俺が口に出す判断ではない。俺が何を言っても、分野がまるで分らないくせに勝手にほざくな、というもんだ。もちろん、二人はそんなことを口には出さないだろう。こんな暗記だけで点を取るぐらいの悪くない程度な普通の成績のやつが、いきなりなんか言っても説得力などないんだ。

 

 とりあえず、労いの意を込めておまけドリンクを渡しておこう。

 

 

 →長門に渡す

 喜緑先輩に渡す

 

 

 

 長門も俺と同じで育ち盛りだから栄養を取るべきだ。

 

 

「長門、飲むだろ? はい」

 

「ありがとう」

 

 

 喜緑先輩にはお高そうな飴を渡そう。夕張メロンを惜しげもなく使ったもののみたいだ。実際お高い味がしたし、是非喜緑先輩にも味わってもらいたい。

 

 

「喜緑先輩。メロン、好き?」

 

「……はい、好きですよ」

 

「じゃあ、コレもらってください」

 

 

 今持っている三個全部渡す。どれほど嬉しいのか分からないが、喜緑先輩の微笑みにお世辞的な色合いは無さそうだ。

 

 

「こんなおすそ分けぐらいしかできないけどさ、二人とも無理はしないでくださいよ?」

 

 

 長門は紙パックにかかれた、成長促進を表している“ぐんぐん”の部分を押しつぶしながら飲んでいる。喜緑先輩はいつ封を開けたのか分からないが飴をお上品にゆったりと味わっている。無表情な人がいて微笑んでいる人がいて、そして無言だった。口に何か入っているから、という常識を盾にして明確な意思表示してくれない二人だった。

 

 

「そうなのね。じゃあ、勝手に心配しときますよ」

 

 

 そう笑って言う。しょうがないから、心配アピールだけはさせてもらうんだ。今は誰もが不確定で不安定な状態なんだから、あれこれ弄ってしまった挙句にさぁ終わりDEATH♡なんてことになるのは勘弁だ。押しつけがましくも敵意なんてないから好意ってのだけを主張しとくだけでいい。

 

 

「何か手伝えそうなことがあったらいつでもウェルカムだから。そうりゃもう手だろうと足だろうと存分にお使いくださいませ」

 

 

 そう言って、また紙パックに口をつけた。そのとき、ストローが空気だらけの液体を啜った音が鳴った。俺ではない。長門だった。いつものように無表情で何か訴えている。恥ずかしいことをしたというもんじゃないみたいだ。

 

 

「さっそくお手伝いできる感じなのかな、長門?」

 

 

 そう聞くと、長門はストローを咥えたまま喜緑先輩を見た。喜緑先輩は情けないことに俺よりほんの少しお上の存在であるため、俺も見るとなると視点を上げる必要があった。

 

 

「外はダメです」

 

 

 飴はすでに消化していたらしい。いつもの優しい口調に乱れはない。

 

 

「内も一部、それに危険度がないと言い切れる場所。あとは、とりあえず一回だけです」

 

「了解」

 

 

 喜緑先輩の微笑みに圧力はない。それは無表情のままの長門も同じ。俺が手伝えることは全然ないんだろう。太鼓な達人のゲームで交互打ちも習得してないやつは帰れ、と煽ってくる人たちのような蔑みのものも二人にはない。ならば、手を添える程度のことなんだろう。

 

 

「シャドー」

 

「あぁ、どうすればいい?」

 

 

 長門の視線は喜緑先輩に向いたまま。喜緑先輩に何もしゃべるな、という圧を送ってなどいない。たぶんだけど、俺に伝える内容に不備があったら止めて、とでも伝えてるんじゃないかな。

 

 

「明日の朝、同行してほしい」

 

 

 少しの間、何の反応もしないようにする。長門の視線がまだ俺に向いていないからだ。それはきっと二人がまた何か会話しているだろう。なら、邪魔になるようなことはしてはいけない。

 

 十秒ぐらいか、その程度で二人は何かを確認し終わったようで、同時に俺を見た。そのままどちらも何も言わないということは、俺から返事していいんだろう。何かあるならどちらかが付け加えたり撤回したりするはずだから。

 

 

「了解。俺も無理はしないよう気を付ける」

 

「お願い」

 

「人に言っといて自分が守らないあほやろうじゃないの、知ってるでしょ?」

 

「男は基本的にあほだと聞いた」

 

「だれにさ」

 

 

 きっと、恋愛は精神病の一種とか言ってた女の子のことだろうけど。

 

 

「涼宮ハルヒ」

 

「でしょうね」

 

 

 実際、基本的にそうなんだからしょうがない。何かあったら後先考えず駆け付けるものなんだ、俺たち男というものは。リビドー的なものとか、プライドなんてのからとか、誰かや何かを自分のためになんとかしてやんなきゃと突っ走ってしまうあほやろうだ。原始人時代から変わってない闘争本能が、大事なものはなにがなんでも守り抜け、というのが現代人になっても刻み付けられているんだから。

 

 

「じゃ、もう寝ることにしようかな。二人はまだ?」

 

「はい。明日のためにも少し」

 

「そうですか。明日に響かないように早く休んでくださいね」

 

 

 紙パックを振って残量を確認する。ひとくちぐらい残ってそうだった。

 

 

「それでは、おやすみなさい、長門、喜緑先輩。また明日」

 

 

 その挨拶に応えてくれた二人から、すぐに自室に向かう。相変わらず学校はいつものままで、この不安も嘘のように感じてしまう。その不安もさっきの“おやすみなさい”という声を思い出すと、どうでもよくなっていく。あの七文字なんてただの挨拶だ。でも、たったの七文字を聞くのがやっぱり嬉しいから。“おはよう”も“こんにちは”も嬉しいんだ。たぶん挨拶することでいつもの俺たちを思い出させてくれるから、安心して嬉しくなるんだと思う。

 

 そんなことを考えながら歩いていたら、目の前は自室に繋がる教室のドアだ。その横にいつの間にか見慣れた学校のゴミ箱があった。ここに設置されてたっけ、と疑問があったが、飲み干した紙パックの処理に困っていたから、そこに捨てる。

 

 カコン、と紙パックが入る。そのあとゴミ箱を揺らしてみるが、何の音もしなかった。思考を放棄しておこう。

 

 さっさとベッドに潜り込む。寝て忘れるべきことと、寝ても忘れちゃいけないことの主張が強すぎて眠りにくい。とりあえず、呼吸に集中しよう。そしてたらいつの間にか寝ているもんだから。

 

 聞きなれた自分の呼吸音。軽く吸って、長く吐くを繰り返していればすぐ意識がユラユラしていく。

 

 そういえば、長門って幼馴染にもなんかあげてたっけなぁ、なんてのを絶対寝ても忘れないようにと、ユラユラの中でもそれはぼんやり浮かんでいく。そして意識を遠慮なく落とした。

 

 

 →大事なこと:無理しない、無理させない。

 

 

 二日目

 

 

 やかましいアラーム音で目が覚める。軍事オタクが何処からか拾って来たらしいアイテムだ。安っぽい銃撃音が鳴り響く。イヤホンして聞くと臨場感が凄いらしいが、耳を悪くしたくないしそんなにこの音を聞きたいとも思っていない。

 

 銃撃音と妙に凝ったデザインのそいつを停止させる。セットした記憶はないが、たまに勝手に鳴ったりするもんだからしょうがない。

 

 時刻は六:三〇。カーテンの隙間から差し込む光は月のもんじゃない。だからといって、窓の向こうの景色は上手く確認できない。夜になれば暗く、朝になれば明るい。いつもの向かいの家とか、電柱などは見えない。ただ光の加減で日が変わっては終わったことを教えてくれるだけ。

 

 ここで何か考えていても仕方がない。俺の頭は北高に相応しいぐらいのスペックしかないんだから。着替えて携帯も装備し、ドアへ向かう。

 

 そういえば、長門は何時にどこで待ち合わせするんだろう、とドアノブを回したときに思った。

 

 ドアの向こう、見慣れた学校の廊下のところに見知った長門がいる。というか、目の前にいる。ドアを開けようとしていた、というような感じだった。

 

 

「おはよう、長門」

 

 

 とてもびっくりしたが、ちゃんと声は出せた。長門もびっくりしていたようで少し固まっていたが、ちゃんと挨拶を返してくれる。

 

 

「呼びに来てくれたの?」

 

「そう」

 

「うん、ありがとう。昨日、ちゃんと時間とか決めてればよかったね。ごめん」

 

「いい」

 

 

 と、長門にどいてもらってから廊下を並んで歩く。

 

 

「昨日のお礼」

 

 

 そう言って、長門が渡してきたのは十秒チャージ的な見た目の食べ物? だろう。普通に嬉しくて、ありがとね、と言って頂いた。味は変にケミカルとか子供風邪シロップ的な地雷なもんじゃない。普通においしかった。おやつを食べた満足感というんじゃなく、食事をしたという満足感を感じた一品。

 

 

「これはリアル仙〇?」

 

「違う」

 

「じゃあ、っぽいけいのやつか」

 

 

 成分を詳しく説明されているが、よく分からない。省略してまとめると、依存性なし、一食分の栄養素あり、アレルゲンカットという物のみたいだ。たくさん話してくれる様子が可愛いと思う。相槌を打ちながら聞き続けていると長門の口と足が一旦止まった。

 

 

「どうしたの?」

 

「ここ」

 

 

 視線を長門から移す。俺の部屋へつながるところから近い教室。ここが目的地だったみたいだ。

 

 

「確かに。実は近場がデンジャーゾーンとかあるよね」

 

「今のところ危険物質は検知されていない」

 

「あぁ、長門がいきなり俺をそんな危ないところへ連れてこないのは知ってるよ。長門を疑ったわけじゃないんだ、ごめんね」

 

 

 すねちゃったかな、と思い長門を見る。よく見る無表情。すねてはいない。けど、俺のあのセリフを言わせたかっただけのみたいだ。こころなしかいたずらっ子の気配を感じる。

 

 

「まぁ、とにかく。微力ながらお手伝いさせてくださいな」

 

「了解」

 

 

 長門の後ろに待機しておく。いざとなったら長門をこっちに引き戻せるように準備も。反射神経は自分で言うのもなんだけどいい。親戚組のおかげで救助法も考えなくても手早くできる。

 

 長門が顔だけ振り向いてくる。

 

 

「いい?」

 

「あぁ、頑張ろう」

 

 

 お互い頷き合って、長門は扉に手をかけた。

 

 

 →SKIP START

 

 

 

 

 空き教室の調査というクエストの危険度はほぼゼロのミッションだった。おしてみなよ、てきなトラップもない。俺からしてみれば、普通のいつもの教室にしか見えなかった。普通に机と椅子があって、教卓があってロッカーもある。黒板消しクリーナーの中も、当番が掃除したけれど微妙なチョークカスの残し具合も絶妙に日常的。提出物の期限告知などの張り紙も慣れ切った日常感の中。置き勉のやつの教科書なども、いつものように好んで読書対象にしようと思わない出来のもの。

 

 何もかも普通ないつもの学校の教室。ただ誰もいないんだ。昨日のテレビの話をする奴も、夜遅くまで起きていたせいで机に突っ伏している奴も、たぶん化粧品の話で盛り上がるやつも、チョークを確認している先生の姿なんてものもいやしない。それ以外は、普通のいつもの学校の教室。

 

 何年生の何処クラスなのか分からない教室を見渡していた。落ち着く景色があった。落書き後の残る机、少しあせたカーテン、遊びの弾みで凹んだんだろうロッカー、それをよく見せてくれた朝の日照。誰のか知らない椅子に座って見渡しもした。ここなら授業中寝ていてもバレなさそうな位置、食堂へ素早く行くのになかなかいい配置、消しゴムを落としたら少し拾いにくそうな席幅。それをよく教えてくれる朝の日差し。

 

 思わず重い息を吐き出したもんだ。この日常と非日常がごちゃごちゃしながら現実を克明に知らしめてくる。どうにか日常を過ごせという圧が自分から出していることを信じることができない。

 

 そんなこんなな朝を過ごした。

 

 そのせいで昼になったばかりなのに、体の疲労感よりも精神的に疲れてしまっている。長門に連れられゲンコツ広場で休憩中。テーブルの上には、長門が用意してくれた食べ物と俺が買ってきた飲み物、無人販売店状態の購買から買ったメモ帳やらの筆記用具がある。

 

 

「とりあえず、お疲れ様。長門、食べ物もありがとうね」

 

「あなたもお疲れ様」

 

 

 食べ物はお腹に入れ満足状態。飲み物はまだ残っている。そして、アナログだけど証拠として大事にされる紙に書き込んだ言葉を見る。

 

 

「他の教室も見た目は特に違和感なし。ただコピペみたいに同じってだけで、と。で、部屋主の許可がなければ部屋に繋がらない。机とかに傷つけても新しい傷もつかない。黒板とかに文字書ける。消せる。チョークカスもでない。チョークも減らない。机の位置とかずらしても、入りなおしたら元んとこ戻ってる。教科書とか拝借しても、そこの教室から出たら手元から消えて元んとこ戻る。あ、あと黒板に書き込んだらそのままこっちが消すまで消えない、と」

 

 

 俺の自室は俺が元々いたクラスから繋がっている。他の子も同じ感じ。俺たち二年組は、幼馴染とハルヒだけが同じクラス。あとの三年生も含めると、朝比奈先輩と鶴屋先輩を除いてバラバラだ。妹ちゃんと佐々木は、放送室と進路相談室であるところからのみたいだ。妹ちゃんは幼馴染とすら離れてるじゃないか、と焦ったが、彼女ら二人だけは、自室に戻りたいという意志があれば、どこの扉を開けても自室につくらしい。俺たちが空き教室を調べまくっても、彼女らの自室に突撃していたなんてこともなかった。朝比奈先輩と鶴屋先輩に関しては、同時に入っても後ろと前の扉から別々に入っても、自分の部屋に戻ろう、という意志さえあれば各々の所へ戻れるみたいだ。青狸すらローンで買えないほど、フューチャーなデパートで買い占めたんだろうか。

 

 そして、この単なるメモ帳は消費性のみたいだ。一枚破り取ってみても、また追加で一枚とかはない。この安価な使い捨てタイプであるボールペンのインクも使えば減ったまま。在庫は無限に抱えているみたいだけど、妙なところでリアリズムを見せつけてくるスタイルも訳が分からん。

 

 クルクルとペンを回す。妹ちゃんとも練習して身に着けた無駄な高度っぽい技術。もはや考えなくても指が勝手に動いて、見た目重視なだけの技術を使いまわす。前を向けば、長門もペン回しをしている。同じようにクラスメイトと頑張ったんだろうか。もうペンの姿が残像だらけで、蛇でも手に纏わりつかせているみたいだった。

 

 競い合う気などないので、手の動きを止めようとする。案の定、勢いを殺せずにペンを落とした。コロコロ、と俺側の後ろへ転がってってしまう。お貴族様ではないので、しゃがみこんで拾うことにした。軽く払ってから座りなおす。

 

 と、おまけ的に追加されたものが目に付いた。無人購買店でメモ帳やら買ったときに付属していたものだ。子供がせがむほどのデザインもないし、男女とも別の好みのものがあればそちらを選ぶだろう、とりあえず使えるよという日用品。年頃の女の子が使っていたら女友達に、もっと自分磨け~、とつつかれる流行りからそれている物。

 

 ドラッグストアで定番の商品です、と押されているリップクリームだ。俺もたまに使うやつ。

 

 

 →長門にあげる

 他のをあげる

 

 

 

 

「長門、あげるよ」

 

 

 生き物を手にしているかのような動きを止めていた長門に手渡す。定番といつも書かれているのだから、効能は抜群なのだろう。流行り物は結構アレルギー反応を起こすものが多いと聞くし、こちらの方が安全だ。

 

 

「ありがとう、シャドー。大事に使う」

 

「塗りすぎはダメらしいから気を付けてね」

 

 

 長門の両手の中で大事にされているリップクリーム。手の温度で溶けるかもしれないな、とか思いながら嬉しそうな雰囲気の長門を見て、俺も嬉しくなる。

 

 

「うれしい」

 

 

 いつもの小さな長門の声。嬉しいと思っていることが、ひしひし感じる静かな口調。動じていないはずの無表情が柔らかく感じる。

 

 

「喜んでくれて、よかった」

 

 

 その可愛らしさで、俺なんか嬉しさたっぷりの声音だ。幼馴染に声とおんなじで抜けた顔とよく言われているが、もっと抜けた顔をしているはずだ。こっそりお揃いなせいもあるかもしれない。

 

 女の子ってすごい。安らぎ効能をみんな標準装備しているもんなんだなぁ、と感心しながら休憩時間を延長してしまう。

 

 なんたって、この空気が心地いいから。

 

 

 →SKIP START

 

 

 長門と一段落して他のやつらとも情報交流やらなにやらしていたら、もうとても暗いお空に。最年少の妹ちゃんも元気なようで良かった。幼馴染が保健室に行くときなどは、他の人が一緒にいてくれるみたいだし安心だ。俺の妹ともいえる妹ちゃんの子供らしさは、絶対頑張らなきゃと思う兄心と泣いちゃったりしないかなという不安になる兄心が、動く動かないの行動天秤をブレブレにしまくるんだ。

 

 他の女子ズの心配はあまりしなくなった。夕飯時も普通に仲良くしゃべりながらたくさん食べていたんだ。佐々木なんてリンゴ関係の知識を披露しまくっていたが、特に引いたりせずに他の子たちと女の子らしく話を弾ませ合っていたんだし。長門も女の子らしい話題に加わっていて微笑ましい。俺達男組は微妙に居づらい空間になってしまったけども。でも、古泉はいつも通り気が利く男なのでアップルパイなんてのを、こっそり女の子側にも切り分けて置いていたらしい。鶴屋先輩が、古泉はできる男、と再評価して下さった。妹ちゃんたちと揃って古泉に礼を言う長門たちもまた、可愛らしいもんだった。

 

 もう食べ終わってだいぶたったし歯も磨いたのに、シナモンの味がまだ残っているみたいだ。においは甘いのに味は結構癖があるからかな。ホテルではないので一室に洗面所はない。もう一度磨き直すには自室から出るしかないんだ。

 

 でも、明日も長門に同行する予定がある。今日は補助輪付きだったけれど、明日は外された感じの難易度だろう。早めに休んでおいた方がいいはずだ。

 

 

 →打ち合わせは大事

 休息のが大事

 

 

 

 念には念を。とくにこんな状況だからこそ、長門に迷惑かけないよう準備なりが必要のはずだ。それに、長門の方もそんな感じで気を詰めているかもしれない。気を張るのも休むのも大事なもの。だから、長門の体調が心配だから休んで、とお願いしにいこう。なんかあったら絶対に助けるけど、なんかないことの方がずっといいんだから。

 

 外へ出て探しているけど、昨夜と同じところに長門はいなかった。じゃあ、どこかなと窓の外を見てみる。すると、水場の近くに喜緑先輩とまた一緒に居るみたいだ。ここに存在している人はちゃんと窓越しでも見えるんだ、と思いながらそちらへ向かう。

 

 

 

 

 

「こんばんは、二人とも」

 

 

 特に驚いた様子もなく二人は挨拶を返してくれた。また二人でいるということは情報共有でもしていたのかもしれない。休んでもらわないといけない意志が強まる。

 

 

「どこも異常はない感じですかね?」

 

「はい、この空間やあなた達一人として異常はないようです」

 

「そっか。じゃあ、二人も特になんも?」

 

「心配無用」

 

 

 心なしか勇ましい感じに答える無表情な長門。喜緑先輩はにっこり笑う。これが嘘である、とは思わない。つくなら、もっと巧妙にして逆にうさん臭くなってしまう出来のもののはず。俺のおつむが百個あっても敵わない二人だけども、人間らしい嘘のつき方は未熟も未熟。我慢できずにおやつ食べちゃった小さい子並みの嘘すら上手くつけないはずだ。全然、そんな人間らしい嘘のつき方ができないんだ、二人は。効率だか何だか言えば人間らしさななんて無駄だ。彼女らの能力を使えば、こちらは嘘かどうかなんて考えもせずにただイエスマンになる。

 

 つまり、どっちだろう、と考えもさせてくれるほど信頼されている。

 

 イエスマンはもちろん都合がいい。無駄を省ける。嘘かと疑わせるのは、誰の心象もよくはならない。無駄が増える。でも、どっちだろう、と自由に考えさせてくれるのは、無駄でしかない。情報処理が遅れる一方だ。先の二つは、割と処理しやすいはずだ。イエスマンは分かるし、疑うのなら話を上手く流したりすればいい。特に俺なんか、幼馴染によく風船みたいに自由なやつと評価されているから、処理なんて楽ちん。

 そんな俺でもどうかな、と気にすることはある。小さめ物理特化型交渉人(ネゴシエーター)な俺だって、そういうことはある。団長様から“特攻隊長”なんてお役目を頂いているから、自分でもすご~く面倒くさいことなっていく。そんなのを二人は知っている。喜緑先輩は色々耳に入る程度だろうけど、長門なんてじかに見てきている。

 

 でも、そうならない自信を二人は持っている。考えさせてくるほど信頼しているし、それに俺が二人を疑うなんてしないっていう自信があるんだ。

 

 

「うん、そっか。よかったよ」

 

 

 それを裏切る気も汚す気もない。俺も信頼と自信をもって答えておいた。

 

 

「なら、今日はもう休んだ方がいいんじゃない? 夜更かしって女の子にとっては禁忌なんですよね?」

 

 

 ほら、こんな時間だ、と、携帯に表示されている時間と夜空を見せる。

 

 

「ですが、もう少しだけ」

 

 

 喜緑先輩の申し訳ない顔と、長門の視線。こんな人間らしいことをしておいて、何を汚そうとしてやがるのか。

 

 

「じゃあ、お願いだけにします。なるべく早く休んでくださいね」

 

 

 テスト前は一夜漬けが基本だけど、そんなことをしたら二人は怒る。無駄を増やしたことに対する怒りなんてのじゃない。俺の体調を気遣って心配だから怒るなんて無駄でしかないこと。それを、きっとしてくれる自信と信頼がある。やらないけど。それも、信じられている。

 

 

「負担掛けちゃってごめんね。頑張ってくれて本当にありがとう、長門、喜緑先輩」

 

 

 おやすみなさい、と言って二人と別れた。

 

 返してくれた、おやすみなさい、という長門の声は、特に人間らしい温かみが溢れていた。顔は相変わらず無表情だったけど、もう普通に女の子な感じですごく可愛いなぁと笑ってしまう。静かな夜空に向けて、思わず鼻歌を歌ってしまうほど俺も温かい気持ちになったもんだ。

 

 

 →SKIP START

 

 

 

 3日目

 

 

 すっきりとした目覚め。たぶん、いつもの所をランニングしたら三分以上タイムを縮めれそうなすっきり心地。心が軽ければ体も軽い感じがする。軽くストレッチなんかすれば、もう無敵ともいえる体調だった。軍事オタクに押し付けられたものは、念のため電池も引っこ抜いておこう。他のやつらにも贈られた、アラーム機能のあるやつも根こそぎ電池を摘出しておく。

 

 今日の朝にも長門と同行するけど、こんなことをしてもまだ十二分に余裕があった。鏡で身だしなみをチェックしても、あまり時間は潰れてくれない。二度寝しても携帯にアラームをセットしておけば大丈夫だろう。申し訳ないけどガス欠です、と土壇場で言われても的確に対処なんてできるもんじゃない。でも、今なら余裕でなんでもクリアできそうな漲りまくる自信がある。永遠に景清に連射パッドなしで高いジャンプがさせられるほどの。

 

 それでも、段差に躓いて失敗しました、なんてことも有るのかもしれない。こんなよく分からない空間に閉じ込められてしまっているんだ。体力を温存しておく方がいいのかもしれない。

 

 長門のためにどうした方がいいもんかね。

 

 

 はやく休息をとっておこうと思ったけど、とりあえず携帯でも見るか

 

 

 

 

 現代っ子なので携帯をとりあえず見る癖がついているんだ。やたらパカパカ開け閉めして遊んでしまった昔の機体はすぐ壊して怒られてしまったから、今持っているのはちょっとおしゃれに画面の方が横向きに回転するなんて機能も付けられていない。壊さないようにゆっくり開ける。画面はいつも通り。どこで拾ったのか忘れたけど、人参で作った彫刻作品画像だ。我ながらとてもシュールに感じる。アイコンたちは静かで、メールの受信も電話無視ったな表記もない。他になんかのエラーサインもない。

 

 持て余す。

 

 特になんかしようと思って手に取ったわけじゃないんだけど、なんもないのもむず痒い気持ちにさせられる。十字キーを弄ってみる。最近連絡を取った順に相手の名前が並んでいく。長門 有希という名前のところで目が止まる。一番始めらへんにはいなくて、十字キーを下に三回ほど押してやっと一つだけ見つけた女の子の名前。長門 有希 というその可愛い女の子。そんな子の名前の部分に集中している俺がいた。

 

 

「なんか……」

 

 

 思わず、その後に続く言葉を飲み込んだ。なんか、ってなんだよ。何を言おうとした、この口は。ただ長門の名前を発見しただけだ。そこから昨夜からその前までの長門との時間を思い出してしまう。勝手になんだけど、ほんとに勝手になんだけども、思い出していく。

 

 ちょっとした小さい子のようなかまってちゃんさが、可愛いと思った。ちゃんと話してくれて聞いてくれるところも、可愛いと思ったんだ。それから信頼してくれて気安くなってくれたことが、嬉しいと思い始めている。いつも挨拶ができる関係なのを、嬉しいと感じ始めている。それに彼女から贈られるものがなんでも嬉しくなっていることに、気が付いた。そういえば長門がただ嬉しそうなだけで、よかったなんて言葉が心の底から出ていた。身長のためにも寝た方が絶対いいのに色々理由をつけて長門に会おうとしていたのは、どこのどいつだ。長門の“おやすみなさい”だけがよく聞き取れて、耳にじんわりと残ってて、ただただ嬉しくなっちまってたし、なんだかすごく可愛いなんて思っちまって。

 

 それにさっき。いまさっき、誰にどうしたいと考えていた。俺は、誰に、どうしようとした? 

 

 はやく落ち着け、と目をぎゅっと強く閉じる。真っ暗になった視界。熱い顔面もこれで冷めるはず。でもすぐ、長門が見えた。実際にいるわけじゃないし、見たことのない顔だ。

 

 長門が笑っている顔が見える。ぎこちなさそうとか愛想笑いみたいなものじゃない、普通に女の子らしいもんで。可愛くて、なんかすごく可愛いいんで。そういう顔も見たいなんて考え出しちゃうほどに、考え出すと止まんなくなるほど頭ん中が大変で。

 

 

「長門に会いたいな」

 

 

 口に出しちゃった。俺の気持ちが口から出ちまった。口から出しちゃったから、他の行動もしちゃう。我慢しようと思ったもんが、早く動けと携帯を操作する。

 

 震える指で打ちこむ。顔が無性に熱い。宛先の名前を見るとさらに熱くなっちまって泣きそうになった。でも、ちゃんと俺は携帯を操作する。震えたままの指を使って操作する。

 

 

送信

 

 

 ERROR_DEPLOYMENT_BLOCKED_BY_USER_LOG_OFF

 

 

 .| . . .______ERROR_TIERING_ALREADY_PROCESSING

 

 

 メールの受信音に反応する。意識をスリープ状態から復帰させる。SOS団のみんなと撮ったプリクラというものを貼った携帯を、ゆっくりと開けていく。この期待は脆すぎるので、慎重にしなければならない。

 

 相手は、シャドー。

 

 しばし文面まで視線が動かなかった。体温が静かに上昇していく。それはエラーであるから迅速に処理しなければならない。それでも、送信元の名前に時間を取られている所為で未だに完了しない。あだ名であるシャドー、というものと何の因果関係もなさそうな名前。彼の本名は、どこぞの野望ゲームで義理堅い系のPK版追加武将にいそうな名前、と彼の幼馴染であるユニークな彼が言っていた。彼から借りることのあった教科書には本名の方が書かれている。名前がより迫力的に見える達筆だった。思わず、わたしが何度も何度も指でなぞってしまうほどに。

 

 その名前は画面の中で既存の文字コードで表示されている。今はこちらの文字の方が冷静になれるはず。熱処理を少しだけ終えて、文面に視線を移行する。

 

 たったの一二文字。しかも全てがひらがなだ。漢字などに変換する余裕もなかったのだろうか。ひらがなだけというものを認識した後に、文面の理解に入る。

 

 

 “はやくながとにあいたいよ”

 

 

 クラッシュしかけた。それほどの衝撃が長門有希という個体にダメージを与えたのだ。これは、攻撃なのだろうか。今のわたしでは、何も出来なくなってしまっている、彼の、シャドーのことしか考えられなくなってしまっている。

 

 “シャドーはそんなにもわたしを気にかけている”ということで熱暴走しているのだ。それは、わたしの行動がようやく実を結んだということになる。

 

 やっと。やっと、だった。

 

 四文字だけで送信する。直接的に好意を教えてあげるものではないけど、これでもっとわたしを気にかけてくれるはずだ。わたしがシャドーをどういう意味で気にかけているのか、考えてくれるはずだ。

 

 携帯ストラップを軽くいじって胸元に抱いた。排熱処理が追い付いていないのか、どちらも熱いと感じる。

 

 そして、シャドーがくれたリップクリームを手に取った。お揃いのおしゃれさとは無縁な日用品。携帯ごと更に強く抱きしめた。きっと、嬉しい、というものだろうから。

 

 

 

 pause > NUL

 

 

 

 朝っぱらからなんてことをしたという気持ちで、携帯片手にそわそわしっぱなしだった。思い切って送ったメールを引き戻すことはできない。真っ赤っかな顔で“送信完了”という文字が携帯の画面に出るまで待っていたのは、間違いなく俺だ。折角整えた布団とか服とか髪とか、まとめてぐちゃぐちゃにしながら唸っていたのも俺だ。

 

 唸りながら、長門のことを思い浮かべて更に唸る。そういえばどういうものが好きなのかな、とか、幼馴染でもハルヒでも古泉でもなく俺に教科書を借りに来るのはどういうことなんだろう、とか。俺のことどう思ってくれてるのかな、とかなんてものを考え込んでしまったりした。

 思い出せるものがある。長門の声が好ましいものだということ。ぼそぼそ聞き取りにくい小さい声だから耳を傾けるものじゃなくて、もっと聞きたいなってことでその静かな可愛らしい女の子の声に集中していたってこと。俺のおつむでは理解できないことを言ったりするけど、ただその可愛い声が聞きたくてよく話しかけていたこともあった。教科書を借りてくるときの“お願いの小さな女の子の声”と“感謝の女の子な小さい声”だけで、気分が上がっていたこともあった。

 

 何度目か数え忘れたけど、また携帯の画面を見る。長門からのお返事だ。たった四文字。“わたしも”という四文字だけ。ただただポジティブな思いだらけになる。長門も同じようなことを考えてくれたり、思ってくれたりしたってことだと。

 

 会って、話がしたい。会って、声が聞きたい。たぶん、長門だから早く会いたいんだと思う。

 

 携帯の画面の時刻は予定の少し前。俺の最終チェック。寝ぐせなし、服に汚れなんかもない、いい感じなコーデしてるはず。鏡を見るだけでこんなに時間かけるなんて、男なのに変だけどしょうがないんだ。

 

 長門有希という女の子に、好き、って思われたいんだから。

 

 

 

 大きい音が鳴る。発生源は俺と扉。片手で開けたけど勢いが強すぎて扉が外れそうだった。うるさい音だ。出した俺もうるせぇなと思ったし。

 

 でも、近くに居た長門はもっとうるさかっただろう。でも、長門はいつもの無表情で待っている。俺と同じように携帯を手に持ちながら。ゲーセンで当たったストラップをつけていた。携帯を持っている指で遊びながら、俺を持っている長門。

 

 長門の声が聞きたかった。おはようでも、うるさい、なんてのでもいいけど、ただあの四文字の続きの言葉を言って欲しかった。どんなふうに言ってくれるかな。嬉しそうにはにかんでくれるかな。恥ずかしそうに言ってくれるかもしれない。

 

 俺の好きな声で、なんて言ってくれるのかな。

 

 

 

「早く長門に会いたかった」

「私もあなたに会いたかった」

 

 

 好きな声で、好きになっちゃうことを言ってくれた。そんな長門の小さい静かな声は、いつもならじんわり胸が温かくなる程度だった。でも、気が付いた今は俺自身びっくりするぐらい体が全部熱くなった。下手したら溶けちゃうと思うほど。

 

 

「そか、……そっか!」

 

 

 なんかカッコいいことでも言おうと頑張ったけど、それぐらいしか言えなかった。言ってくれたことを噛みしめるのに忙しいから。

 

 

「それと」

 

 

 無防備に俺に近づいてきてしまった長門。勝手にアワアワしているのは俺だけだった。

 

 

「おはよう、シャドー」

 

 

 ストラップだけを絡まさず器用に四回転させて、いつものように挨拶してくる。いつものやつだった。いつものように、挨拶の言葉と俺の名前を繋げて言ってくれただけ。今はそれと距離が近くなった。携帯を持ってる方の手でも一呼吸する前にお互いすぐ触れ合える距離。ストラップをつつける程度の指の数で、鼻でも頬でも、他のとこもつつけ合えるほどの距離になっている。

 

 

「おはよう、長門」

 

 

 いつも以上にユルユルな声になっている。思っていることがバレる声。なんか好きだなぁ、なんて思ってるのが絶対バレる声だ。女の子って色々鋭いってことは妹ちゃんとかで知ってるんだ。

 

 

「うん」

 

 

 相槌だけ。たった二音だけ。濁音なんかもない、口を閉じる形で終わる二音。それだけで色々俺はいっぱいいっぱいになっている。“う”の口の動きが、こんな緊張しちゃうことなんて今までなかったのに。してもいいのかな、なんて変なことを考えてしまう。だって、口を突き出す動きなんだもん。そんな唇に視線が集まっちゃう動きなんだもん。“キスしてよ”って勘違いしそうになる。“ん”の口の動きが、待っている、と勘違いしてしまいそうで。閉じた口をもう開けたくないの、なんて邪推なんかもしそうになっちゃって。開けちゃわないように塞いでほしい、なんてのを願って欲しいと思ちゃって。

 

 

「あの、コレ!!」

 

 

 煩悩よ去れ!! と心の中で叫びながら、サコッシュから取り出したものを長門に渡す。受け取ったのを確認してすぐ距離を取った。あのままでは色々持たないから。

 

 

「これは?」

 

 

 定番のお菓子。甘い系のやつ。部室で俺がよく食べているもの。長門にあげてから長門もよく食べてくれるようになったもの。俺の好物。

 

 

「部活でさ、よく食べてたじゃん、それ。ここ最近俺も食べてなかったんだよ。で、でさっ!」

 

 

 誘えばいいだけだ。いつもだったら三秒も経たずにへらへら言えたのに。部室でもよく言っていたし、他の部活仲間とかにも普通に言ってた。むしろ、数本だけ残して丸ごと強奪されたこともあったし。ぐだぐだ話をしながらみんなと食べたのは楽しかった。

 

 でも今は、二人で、長門と俺だけで。

 

 

「一緒に、食べない?」

 

 

 楽しいも、二人占めしたかった。

 

 

 ◎☆ミ

 

 

 やはり、シャドーは一緒のことを想ってくれていた。嬉しい、という感情を再学習する。シャドーが嬉しそうにしてくれている。喜び、という感情を再学習する。嬉しいという感情も合わさってもいるようだ。シャドーも慌てているようだ。可愛い、という感情を再学習する。嬉しいと喜びがさらに募っていく。

 

 シャドーの声に熱が高まっていく。嬉しさが強くなる。シャドーの目に熱が上がっていく。恥ずかしい、という感情を再学習し、意識している様子に喜びも強くなる。

 

 わたしが何を望んでいるか、何を求めているのか。分かってくれているはず。わたしが欲しいものが何なのか、欲しがってほしいものは何なのか。分かってくれているはず。

 

 本で学習した通りにできているのだから、この後も学習したもののように進むはずだ。自宅なのにカバーを二重にして読破した学習本。他のSOS団員や喜緑江美里なんかにも、誰にもバレないようにして購入した本達。部室にあった小説以外にも集めたもの。シャドーの所為で、知識の吸収より学習に比重を置いたラインナップ。

 

 距離を近づけ、見せつける。自然さの中から不意打ちで、無邪気なふりして追い詰めるのだ。どうしたいか分かる? と考えさせる。どうすればいいと思う? と悩んでもらう。どうしようか? と期待してもらう。

 

 シャドーのための学習の成果は上手くいくのだ。

 

 熱処理をしながらの敢行。テンパっているという、状態なのだろうわたしは。先の全部が、わたし自身も追い詰めているからだ。悲しくなっていく。怖がっていく。怯えていく。してほしいと理解してもらいたいわたしと違わないか、悲しくなっていく。してくれると思っているわたしに引かないか、怖がっていく。したいことを分かったら、キライ、になってしまわないか怯えていく。

 

 ネガティブな理論がわたしの中で溢れそうになるぐらい次々に展開されている。シミュレートでは上手くいった。どんな横道にそれたりしても、ここまで行けば上手くいくはずだったから。

 

 しかし今、ダメな方に進んでいるようだ。

 

 差し出されたものを反射的に受け取れば、距離を取られた。急速な冷却はダメージでしかない。破損するところも出そうだ。冷や水を浴びせられるという表現を、今体験している。拒絶、と受け取らなければならないのか。

 

 なんとか関係を繋ぐために声を出した。仲間でも友人という関係でもいい。でも、一緒にいたくない関係にならないでほしい。

 

 そうだ。あなたがおいしそうに食べていたから、気になった。あなたがよくくれるから、よく食べるようになった。一緒に食べたいから、わたしからあげるようにもなった。おいしかったからよく食べだしたのが、あなたがおいしそうによく食べるから食べるようになった。あなたの好きを知りたくなったから。

 

 一緒に、好きを知りたくなった。

 

 それは、同じようだったらしい。安堵で握りつぶしかけた。

 

 よかった。まだチャンスがある。梱包を解いて、一緒に分け合った。食べ歩きはダメだ、と校則にあった気もするが無視する。甘党のシャドー好みのお菓子が、また好きになる。

 

 甘みを際立たせる塩気も、また好きになる。より甘く感じて好きになってしまう。

 

 だから、大好物、というのだろう。

 

 

 ☆ミ

 

 

 

 朝は急ぎすぎたのかもしれない。迫ると強襲は加減が違うことを学習する。もう少し落ち着いて行動した方がいいということだ。我々のリサーチでは、あともう少しで出られるという見解に至っている。この閉鎖空間の領域に歪に似たノイズが流れているのだ。ノイズの解析結果は情報統合思念体のものであると判明した。今のとこ我々にリンクを張ることもできないようだが、情報統合思念体とのアクセスが繋がったことは光明といえるだろう。

 

 この空間に地球人を害する物質は未だ検知されてない。我々ヒューマノイドインターフェイスも外傷も内部損傷などもない。幾らかのダウングレードで済んでいる。これは涼宮ハルヒのおかげということだろうか。

 

 涼宮ハルヒのおかげで、シャドーが意識してくれるようになった。初日から、わたしは何かしらのデジャブを感じていることもあれば、好意の新鮮さを“また知った”こともある。そして、確実にシャドーを更に強い熱を抱いている。前も熱かった。回路が焦げ付くほどに熱いものだった。今は気を抜けば焼き焦げて壊れるのも時間の問題になっている。

 

 きっとこれは、涼宮ハルヒのお節介によるものだ。彼女は人の機微をすぐ察する聡明さがある。何度もチャンスをくれたということだ。シャドーという少年と、長門有希という少女の日常のために。気づけばシャドーが近くに居て、わたしを待っていてくれて、いつもより二人で一緒にいれた。わたしが焦がれてやまない日常を、シャドーも焦がれてくれるようになった。

 

 朝一番に会って、お昼も一緒に過ごして、夜におやすみなさいの言葉を言える、そんな日常が欲しかったのだ。いってきます、と、おかえりなさい、も言い合えるほどの日常が欲しかった。その日常で仲間や友人という関係以上で成りたかった。そして、また新しい日常を、わたしとシャドーで過ごしたい。

 

 日常というものの中で、長門有希とシャドーの二人が当たり前に一緒にいたいのだ。そんな思いを願望とともに抱いている。

 

 それに気づくと、わたしも更にやっと気づいた。わたしがシャドーという男の子の好きを知りたいということは、その欲求というものは、この好意というものが、シャドーという男の子のことへ向いていたのだ。

 

 わたしはシャドーに、恋愛感情を抱いていたということだ。

 

 

 保健室のカーテンがふわりと広がった。心地よい風がわたしと涼宮ハルヒに当たる。狙ってやってきたのか分からない。来た時からずっと眺めていた涼宮ハルヒの柔らかそうな寝顔が、チェシャ猫のニヤケ顔に見えた。

 

 思わず彼女から顔を逸らす。今彼女に可愛いと言われて取り乱さない自信がなかったから。

 

 そんな状態なのに、彼がいた。

 

 恋愛的な意味でも、好きなシャドーがいた。

 

 

 ☆ミ★

 

 

 保健室で新鮮さを感じた。

 

 窓から入ってきている風のおかげもあるんだと思う。季節的に冷たくないし、熱風なんかでもない。風自体にニオイなんかないから、このいい感じに思うものは凝視している長門から来るんだろう。

 

 団長様に失礼なことをしたらしばかれるから、一声かけてから入ったけど二人とも俺に気づかなかったらしい。眠り姫状態のハルヒはともかく、長門まで無反応なのは少し驚く。朝のアレの所為で怒ってるのかなと思って、二人から離れたところの椅子に腰かけて見ていることにした。長門はいつも通り無口なままでハルヒをじっと見ている。なにか長門なりにハルヒに訴えかけているんじゃないかな。そういうところは少し猫に似ていると思う。あの子らはやたらとじっと見つめて訴えかけるものらしいということを、シャミセンを飼うことになった妹ちゃんと一緒に買った本で知った。

 

 特に知り合いでもない人から見たら睨みつけているみたいな状態。メンチ切ってるみたいなんだろう。でも、長門の視線は攻撃的なものなんかない。教えて教えてと強請りまくる小さい子のような視線だ。とても純粋なもの。

 それでも、前のあれはこっちが悪戯心で嘘とか言っても、疑うこともせず全部それが真理なんだって真に受けるもの。疑う気がないし、無警戒。けど、それは信頼しているからだからじゃなかった。純粋だったけど純度が高いだけの無機質なものだ、まるで曇ったラムネ玉みたいに。だって、長門自身からの触れ合いなんかじゃなかった。命令の遂行。プログラムの実行ってやつだった。ただの処理でしかなかったんだ。

 

 だけど今、綺麗なラムネ玉になっていると思う。色んなものを受けて反射できる人間の普通な女の子になってきている。こっちが悪戯をしたら、同じように悪戯し返したりするぐらいに。むしろ、むこうから可愛いちょっかいをかけてくるようになった。疑うこともできるし、ある程度警戒もできるようになったということ。これは信頼がないからじゃないんだと思う。信頼ができるこそ、自分と誰かが仲良くなるためにどうしたらいいのかな、なんて考えてくれているんだ。それはきっと、小さい女の子と一緒なんだ。少女の前の、色んならしさを探している小さい女の子と一緒。割と強めにぐいぐい来るところがほんとに一緒。

 

 あんまり長門と話したりしない人は分からないらしいけど、普通に女の子しだしていると思う。まず、距離が近い。よく話すもそうだし朝のアレは近すぎだったけど、話し相手との空間の隙間とかが狭くなっている。あと、雑談に長門から混じりだしている。前はハルヒがちょっかいだして皆を巻き込んでからだったけど、長門から話しかけてくれるようになった。ほかは、変態だってキモがられるけど女の子のにおいがする。あの日の臭いとかじゃなくて、どう表現したらいいか分からないけどとにかく女の子のにおいがするんだ。甘酸っぱい、とか、甘爽やか、てきな。今もそんな好きなにおいがしている。

 

 だから、また長門に女の子として意識してしまう。二人は仲良しだなとのほほんと見ていたのに。二人の時間を邪魔したくないのと、俺に長門が早く気付いてくれないかなってのが混ざる。俺自身が邪魔になる意識なんてなかったし、まるでかまってちゃんな俺もいて困る。前までならいつもみたいに、だらだら他愛のない話を俺からしだすこともできるのに。困ったことに、こんにちは程度の挨拶も今は噛みまくってまともに言えそうもない。なんか緊張しちゃっているんだ。長門を意識しちゃったから。

 

 長門有希って女の子が好きだって意識しちゃってるんだから。

 

 まるで小さい子みたいで可愛いと思った。それは、親目線とか兄目線とかだったんだ。見守っている立場からのもの。小さい女の子みたいで可愛いと思った。それも、親目線で兄目線のやつ。見守りたい側のもん。女の子な所を可愛く思った。もう、男からの目だった。見守ることから関わりたくてたまらなくなっていた。もうただ可愛いと思った。意識している。誰よりも近づきたかったんだ。

 

 あ、長門有希って子を好きなんだって気づく。ただ可愛いくて、ただ好きで。ほらまた俺も長門を凝視しちゃうぐらい夢中になってる。好きって気づいてほしいから。

 

 カーテンが風で広がった。俺の方にも風が来る。好きな人と一緒に。

 

 今気づいたからか少し驚いているらしい長門。風で舞う彼女の色素の薄い髪も、驚きから大きめに開かれたまつ毛の長い目も、無表情のままだけど好きな人の顔がなんか全部可愛かった。

 

 

「こんにちは、可愛い長門」

 

 

 だからかな、正直な思いを口出しても全然恥ずかしくなかった。

 

 

 ゞ

 

 

 

 あの後も長門と少しだけ一緒にいることができた。

 

 相変わらずの無表情で無口な長門と、いつも以上に自由気ままになっている俺。近寄ると子猫みたいになっちゃうから少しづつ距離を縮めていく。その距離が縮まっていくと子猫の怯えからだけじゃなくて、ただテンパっていることも分かる。だって、視線がズレていくから。いつもならじっと俺の目を見て話してくれていたりしたのに、俺が気付くほど明らかに目を逸らす。俺も無理に目を合わせてお話ししようなんて考えはない。逸らした目が“うっかり”戻ってくるのを待つことは苦なんかじゃないから。そこも可愛いと思った。俺と同じように気になっちゃうんだってとこも可愛いんだ。で、戻ってきた目が当然合う。待ってた俺の目と戻ってきた長門の目が合う。さぁ、逸れる。うっかり戻って、合って、逸れる。それを繰り返しつつ、距離を縮めていく。格闘技オタクからの技役に立ったよ、ありがとう。

 

 どんどんテンパっている長門。今の状況が怖いとか嫌だってのじゃないはず。それだったら手早く緊急離脱なり対処されるんだし。そんなこともなく、ただ俺とお話しし続けていた。

 

 長門と二人っきりではもう話せないと思ってたのに、普通に話せた。長門って可愛いなってずっと思いながら話していた。

 

 お昼ご飯の時は他のやつもいるから、そいつらも混ぜてむしゃむしゃ食べながらぺちゃぺちゃ喋る。リンゴジャムの中には赤く透き通ったようなジャムがあるってなんてことを佐々木が薀蓄だらけで喋って、俺と幼馴染が一緒に梅ジャム瓶ごと食べてぇなでよくわかんない方に行き、妹ちゃんが朝比奈先輩と鶴屋先輩たちと色んなジャムを発見して、喜緑先輩と長門のチェックを無事通過させたあと、古泉がいつの間にかクラッカーを用意していて味見会とかもやった。その中で俺は佐々木達によりマーマイトやベジマイト、アワマイトとかのを積極的に提供されて、おもてな死されそうだった。日本でも県どころか県内でも東西南北で味覚違うこともあるんだから、異国の味が好みのだとは限らないでしょうに。軍事オタクからよくわからん缶詰とか栄養バーとかで慣れてなかったら即死ですよ。二人っきりでは無理だったけど、みんなでそんな感じにわちゃってた。あれも楽しかった。LPが消し飛んだけど。

 頑張って長門から離れて意識しないように気を付けていたおかげで、まぁあの時は何とかなった。朝のアレで気まずいし恥ずいし、とにかく照れ臭くって一緒にいるってだけで緊張しちまう状態だったから。

 

 でも、保健室で気づけたからもうそんなこと気にすることもない。みんなと一緒は楽しい。長門もいるなら尚更楽しい。長門と二人でいるのは楽しいに嬉しいが加わる。だって長門の女の子らしくちっちゃな動きが全部可愛いんだ。自分の指をこしょこしょといじっているとこも、自分のスカートとかシャツとかを引っ張っているとこも、乱れがちになっていく呼吸も、目が合うたび震えるまつげも、全部全部可愛い。可愛いくて好きだって、また思う。

 

 そんな楽しい嬉しい可愛いな昼を過ぎた夕暮れの校舎。赤みを帯びたオレンジ色が校舎を包んでいる。早いところだと六時ごろが夕飯なんだっけ。俺んちはもう二時間後だけど、そんなに早く食べて寝る前にお腹空かないのかな。お風呂入ったり、ゲームやったりしてたら四時間なんてあっという間に経っちゃうじゃん。幼馴染たちも合間にアイスも食うしジュースも飲むから持ってなかったな。成長期だから栄養過多ぐらいがいいよね。だけど幼馴染はもう伸びなくていいから、俺の前で牛乳飲むのは止めるんだ。

 

 お休み状態の団長様には、外国で流行っている高そうなおやつを献上する。味は全く知らない。英語読めないし、分からないし、知らない。暗記したのしか答えられないんだ、俺。団長様の献上品コーナーに納める。全部売り飛ばせば幼馴染のお財布が一年ぐらいあったかいままになること間違いないだろう。

 

 そんな妄想とは違う俺の微妙な腹具合。勝手にお腹いっぱいになっているけど、昼ごはん以降になんか食べたとかはない。異国の味の所為じゃないと思う。食べられはするだろうけど、特にめっちゃ食べたいというわけでもない。むしろ、食べなくていいかな、とか思う。他のでお腹いっぱいに今日はもうなりたくない気分だった。

 

 尻ポケットから振動が。さっと抜き取り期待だらけで携帯を開くと、可愛い長門からメールが送られていた。

 

 “夜部室”

 

 多分、調査ってこともあるかもしれない。“分かった。絶対行くよ、長門”と送信する。保健室にいた時言えばよかったのにと笑っちゃうけど、可愛いなという思いがその笑った顔がまた緩くなったことを自覚する。

 

 俺の顔にからかう鶴屋先輩と交代で保健室から出た。と、赤みが強くなった陽光に照らされる。夕ご飯はもうすぐだ。だから、隣で一緒にご飯食べてくれないかな、とか思う。

 

 

「テンパりすぎだよ、長門」

 

 

 あの後十分ももたずに保健室から逃げていってしまった、可愛すぎる長門にそう呟いた。

 

 

 ゞゞ

 

 

 良い子のための健やかにおねむりなさいタイム。そんなこと無視して明日以降の成長速度に期待を丸投げしながら、今日は遠慮なく夜更かししようと思う。本館から渡り廊下を使って旧館に。我らがSOS団の本拠地は旧校舎にあるんだ。元は文芸部室。創部したSOS団が再活用させてもらっている部室。元々長門がいた部室だ。この北高で長門の初めての居場所と言えるんだろう。

 

 夕ご飯をみんなで食べて軽く身支度を整えてからすぐ向かった我らが部室前。今日の夕ご飯タイムも楽しかったな、と思いながら周りをぼんやり見渡す。照明のおかげで真っ暗じゃない。たまに用務員さんたちのチェック漏れで点滅を繰り返していたのが何個かあった気もするけど、目に刺さるほどの光量を出してくるものは一つもなかった。大人しくさせる光量。慌てる必要ないよという安全さを光が出していた。

 

 今俺がいるのは部室のドアから少し離れたところ。ドアからなんかあったらすぐ逃げ出せる位置。窓も開けてある。何かの時は外へ大声で知らせることができる位置。部室に近づく人を確認できる立ち位置だ。旧舘だから歩く音以外にも音が反響しまくるし、夜だからこそ影とかにおいとかも主張しやすい。自分と誰かの存在を強く意識する状態だということ。

 

 ずっと手に持っている携帯の画面を見る。いつもの俺ならゲームの合間に適当に宿題を片している時間帯。シュールな画面の中で新着で何かしら来ているものはないらしい。アイコンはとても大人しくしている。慌てることはない、とそれで俺はまた落ち着ける。ついさっき時間を確認してから四分ぐらいしかたってないんだから。

 

 そして画面の五九分という数字が二つともゼロになったとき、誰かを強く意識する。

 

 音が聞こえた。足音だ。幼馴染や古泉といった男たちの足幅や体重からのものじゃない。身長差や

 体格差の違いはあるだろうけど、これは絶対に男の足の動きじゃない。一本の線の上を歩く動き。それは女の子動きだ。早歩きをしているんだろうけど、音の響き具合で女の子と確信する。反響音から歩き方が綺麗なことも分かる。体の上手な動かし方を知っている女の子だ。自分に余計な負荷をかけない綺麗さがある。早足でも体幹をズラさず女の子の骨格に合わせた綺麗な動き。それはSOS団の本拠地にやってくるようだ。俺が待ち伏せしている場所へ。

 

 携帯をしまう。携帯を持ちながらという明らかに待ってましたというアピールは、女の子的に減点対象らしいから。友達が彼女にそんなことを言われたと愚痴っていたのを思い出す。その時はめんどくせぇと一緒に言ったけど、今は早くしまわないとうっかり落として壊してしまいそうだったから。

 

 影が伸びてきた。伸びた影は本人とはかけ離れた巨大さだ。予告なくお持ち帰りしてきそうな敵キャラ感がある。でも、部室に近づくにつれて見慣れた女の子を思い出させる。早足はもう少し早くなっていた。彼女の方からも俺がいることが分かったから、と期待していいんだと思う。

 

 そしてあと四回ほど足を動してしまえば、お互い何も出来なさそうな距離の前できっちり止まった。勢いがあった。キュッと床が鳴る。なんとか長門が止まった。

 

 だから、俺も止まらないといけないということを知る。

 

 どうにか縮めたい。どうしても近づきたい。どうやっても止まらない好きが俺の中で暴れている。

 

 急いで来て頑張って止まってもくれた可愛い長門。可愛い女の子だった。普通に可愛い女の子だ。今めんどくせぇのは男の俺の方。恥をかかせて楽しむ屑野郎ではいけない。

 

 背中に手を回した休めのポーズを解いて、いつものように挨拶をまずはしないと。

 

 

「こんばんは、長門」

 

「こんばんは、シャドー」

 

 

 いつもの挨拶なのに目と目は合わない。合わせてくれないかなと顔を動かす。と、絶対に合わさないという気合が入っているのか、嚙み合わない視線にずっとされている。そんなずるいところも可愛いなと思う。だって長門から気にさせないようにしているくせに、気にさせまくっているのも長門からだ。

 長門の見た目はいつもと同じ。綺麗な姿勢で生きている大人しい感じの可愛い女の子。寝ぐせもないしシャツが寄れてもいないし、あえて中途半端なところのボタンを外すなんて感じに着崩すこともない模範的女の子をしている。ただ人慣れする前の子猫のように色々過敏になっているみたい。俺もそんなんだから余裕なんてないけど。

 

 

「んじゃ、行こっか?」

 

 

 無言で頷かれる。朝のアレみたいなことはされなかった。残念だと正直に思う。

 

 情けないけど、扉を開ける担当は長門。俺はその後ろからもう少しずれた位置につく。なにかあったら逃げ出せるようにする。絶対長門と一緒に。

 

 

「……あの」

 

「ん、どした? もうなんかあったの?」

 

 

 振り返らず俺に声をかけてくる。近づいて大丈夫か確認しようとすると、あの、とまた更に小さい声を出した。長門は困っていた。

 

 

「だから、あの」

 

 

 困惑しているのが振動からも分かる。どうしたのと、どうするのと、困っている。

 

 

「手が……困る」

 

 

 部室の方の手じゃない。もう片方の長門の手が困ることになっているらしい。捕まえられていて離してくれなくて、困っている状態。

 

 握っている俺もまた困る。服を掴んで引き戻そうとすれば破れてしまって戻ってこれないかもしれない。だからといって、腰を掴むのは色々アウトになる。それに、子猫のように首根っこを掴んで引っ張るのは女の子に対して失礼が過ぎる。他は論外だ。女の子の命である髪なんて掴まないし、女の子の肩や肘は結構外れやすいし、女の子の下半身に触りまくるのは普通に逮捕案件。少年漫画の世界は現実じゃないんだから。

 

 なら、手を握る。万が一何かあったとしたら他の部位よりスムーズで安全に戻すことができるから。長門の手を痛めないように捻りつつ引っ張るぐらいでいい。捻られた状態は力を籠めにくく抵抗しづらくなる。だってパニック状態になったら固まるものだから。思考もそうだし体も勿論そう。固まった体は危機感であらゆる刺激に敏感になる。そういうときは一枚の葉っぱが掠っただけでも大暴れなんてのはよくあること。これは、色んなものに抵抗して生き残ろうとする本能の所為だ。パニックホラー物でよく見るアレは至って普通なこと。だからこそ、関節の動きとかも利用して確実に避難させる。

 

 

「大丈夫、絶対離さないからさ」

 

 

 どんな理論かなんて長門ならちゃんと知っている。俺の言葉の意味もちゃんと分かってくれているんだ。小さな女の子の手をもう一度握り直して、大丈夫と繰り返しておく。

 

 

「……うん」

 

 

 安心したのか少し気の抜けた感じの長門の声。長門って意外に体温高いんだなと思いながら、長門の手が部室のドアを開けるのを見守る。

 

 十秒ぐらいかけて、ゆっくり開ける。歴史があるんだぞ、とアピールしてくる聞きなれたドアから出る軋んだ音。少しだけ明るい部室が見える。

 

 いきなり謎の黒い影みたいなものは出てこない。時間差もあるかもしれないのでさらに少し待つ。そして、長門が繋いだ手を引っ張ってくる。一緒に行こう、という合図だ。握りなおして返事する。やたら熱い長門がさらに強く握ってくれる。

 

 

 部室のスイッチを入れる。薄明るくて不安を煽る雰囲気が、いい感じのセーブポイントのように感じさせる明るさになる。

 

 なにもかもがいつも通り過ぎて違和感なんてない。だって、部室は部室だったんだから。

 

 元々の本棚や俺達SOS団のそれぞれの椅子とか机、色んな人から強制ドロップさせたアイテムたち、どれもこれもいつもの部室だった。実は椅子のカバーの色が違うとかもない。本棚のやつらはカモフラカバーとかで中身が違うのかもしれないけど、元々あった本が何かまるで覚えていない。幼馴染と古泉たちでぐだぐだ遊ぶボドゲたちも、朝比奈先輩の愛用品であるお茶グッズとかも、団長様が獲得したパソコンやマウスなんてのの配置すらいつも通り。

 

 見慣れきったいつものSOS団の本拠地だ。

 

 ゆっくり長門と一緒に眺めて回る。ふいに近づいたら催眠ガス、ついと触ったら麻酔針とかのトラップの警戒で目視での確認だけ。今のところ異常なんかなさそうだ。

 

 窓からの光以外に一番明るい場所の確認に入る。コンピ研の献上という名目の品、高性能パソコンが動いている。我らがボスのお品だ。

 

 近寄ると、相変わらず冷却器が頑張っている感じの音ぐらいかしていない。画面を覗いてみると、たぶんコマンドプロンプトだと思うのが起動している。文字列だらけだから目が痛いのでさっさと逸らしてしまいたい。

 

 

「ごめん、長門」

 

 

 申し訳ないけどこういうプログラミング関係は苦手だ。握っていた手を離す前に、両手で握る。それで、長門はようやく俺を見てくれたようだ。じーっと凝視している感じではなかった。ちょっとぼんやりしているみたい。でも、意識ははっきりしているのはよくわかる。

 

 

「頼むよ、長門」

 

「うん」

 

 

 名残惜しすぎるけど手を離す。長門の温かさが無くなっただけで寒気を強く感じるが無視しよう。長門が椅子に座りキーボードに手を添える。一文字めを押す前に長門が振り返ってくる。何か後押しを願っているわけではない、かといって警戒からのものでもない。この子の目は怯えて震えてしまっている目じゃない。この子の目は信頼できないから鋭い目じゃない。

 

 

「大丈夫」

 

 

 強い親愛と熱い信頼の中に、溢れんばかりの女の子らしい目だ。どっかの本で女の子の目はまさに悪魔そのものだってのがあった。視線の動きや瞬きだのなんだの、全部巧みに使って男を惑わすんだって。気づいたら、あれこれと勘違いさせられるし従順に躾けられるもんだって。

 

 確かにこれは、魔眼っていうんだろうね。全部お任せしたくなっちまってる。

 

 “好きだよ”って教えてくるだけなのに。ただ、好きだよ、ってだけ。そんだけなのに、どうにかなるって意味わからん思考になってる。俺の口が動いた気がするけど、なんかうまく言えたような気はしない。

 

 打鍵音が響く。好きな女の子の目は俺からとうに離れていた。好きな女の子の後ろ姿に漏れそうになる声は自分の両手を使って押さえつける。言いたくてしょうがないけど、こんな時に言っても意味がないから。

 

 気を紛らわせるため、後ろの窓に目を向ける。夜だから暗い。校舎から明かりがついているから真っ暗なんかじゃない。それに、月がある。ほぼ満月という月が、やっと今日見れた。この三日間何処にもいなかったというのに。星なんて飾りにすらならないと、その月がやたら存在を主張している。ブラッドムーンとかブルームーンみたいに特別カラーはない。ただ月があるというだけなのに、威圧しているようだった。潮の満ち引きぐらいにしか関係ないと思っているお月様の力が、やけに重いものに感じる。俺の頭ごと月の方に固定されるぐらいに、やたら重い。少しづつ重たくなっていく頭は筋肉疲労だけじゃないんだろう。勝手に体も疲れてきそうだった。

 

 

「シャドー」

 

 

 そんなこと気にならなくなるくらいに、静かな声がよく聞こえた。すぐさま長門の方に向き直る。打鍵音はもう止んでいた。ちらっと見たパソコンに表示されている時刻表示は、十五分ほど経過していることを教えてくれる。

 

 

「お願い」

 

 

 長門は少し左側に位置をずらす。マウスもキーボードも俺がなるべく使いやすいように動いている。

 

 オンラインゲームを多少嗜んでいるけど、そんなにパソコンに詳しいわけではない。HDDにこまめにデータを移動する癖がついているぐらいだし。そんな俺なんかより長門の方が圧倒的なプログラミングパワーがある。それなのに、何故か俺にパスしてきた。困るけど俺ならなんとかできると任せてくれたのかもしれない。

 

 まっすぐに画面を睨む。

 

 

 "Question九九七七. 挨拶は義務であるのか"

 

 

 実際の文字というかコードはまるで理解できないけども、謎の四桁の数字とともにそのように読み取ることができる。YESかNOで答えればいいのかな。YESと打ち込む。画面にはその三文字は浮かんだのに、認証してくれないみたいだ。enterキーをもう一回押しても無視される。どうしたらいいのか考えていると三文字は消去されてて、質問文が出ているだけの状態に。単語だけじゃダメってことか。長門に視線で尋ねると頷かれた。同じようなことを思っている。つまり、向こうは文章で答えやがれと言うことらしい。

 

 "人間として当然の義務"と、俺はコードもコマンドも何もかも分からないので日本語でそう打ち込んだ。すると、チップチューンで作られたと思われる軽快な音楽が鳴りだした。どっかの球団のテーマ曲みたいだ。びっくりしてのけぞる暇もなく次の質問が出てきた。

 

 

 "Question二一一二. 沈黙は金、雄弁は銀というものが常にそうであるだろうか"

 

 

 数字の意味が分からん。なんなのこれ。まぁとにかく、たぶんまた単語でも一文字で打っても無視されるんだろうな。黙っていた方が気持ちが伝わりやすいこともあるし、余計なことを言わない方がいい時もあるもんなぁ。男は黙ってた方がかっこいいもんだし。でもなぁ、言わなきゃ伝わらんこともよくあるしなぁ。ダンマリ過ぎて誤解されることはあるあるだし。

 

 

"一緒に話をしたいという気持ちを出していればいいと思う"

 "話をしたいのならちゃんと話し合えばいいと思う"

 

 

 

 

 "一緒に話をしたいという気持ちを出していればいいと思う"と入力。空気を読むことに長けてるわが日本民族を舐めるなよ。ま、日和民とか言われてるけども。

 

 チップチューンの音楽のボリュームが上がる。音楽はさっきのとは違って祭囃子っぽい。どことなく掠れた感じの軽妙な音楽と一緒にまた質問が浮かび上がる。

 

 

 "Question$▲▲▼▼▲▼▲▼$ 大切な人から大事なものをもらった。失くした。大切な人がくれたのに自分で失くした。許して   ? "

 

 

 何か微妙にバグりだしたぞ、こいつ。でも、そのまま画面は静止している。三秒待っても十五秒待っても何も変わらない。なら、大人しく打ち込んでおくしかない。

 

 

”許してあげる”

”許してあげない”

”諦める

 

 

 

 ”大切な人を許してあげる”と打ち込んでenterキーも押し込んでおく。

 

 形あるものは無くなる。諸行無常。あったもののことを忘れなければいい。もちろん、贈ってくれた相手は怒るなりして悲しんで傷つくだろう。もしかしたら、もう会わないとか絶縁されるかもしれない。でも、それは普通だ。善意や好意を蹴り飛ばすような真似をしたんだから。自分が圧倒的な悪い奴。クズ、畜生、ド阿呆。それらがよく似合う、ろくでなしだ。

 

 それでも、自分で失くした、と出てた。捨てたとかじゃない。自分が、というのでもない。意識的に排除したんじゃないはずだ。ミスリードかもしれないけど、流石にそういう引っかけはないだろう。とにかく、無意識に排除したんだと思う。そういうのはあるもんだ。なんだっけ、保険の教科書とかで見たと思うけど忘れた。

 とにかく、大事なものを無意識的に失くしたってことだ。なにかきっかけがあるもんだ、そういうのは。例えば、他のやつも同じのもらったとか、他のやつの方がいいもんもらってたとか。どうしてどうしてで、なんでなんでだったんだろう。大切な人に自分のことを特別扱いしてくれなかったから、駄々っ子になっただけだ。坊や、ってことなんだろう。まさしく、ドドド阿呆だ。

 

 あとで、きっと後悔する。バレたら大切な人も、理解したら自分も後悔する。それで絶交で、さよならバイバイで、悔み続けるんだ。もう謝ってもどうしようもない。だって、許すも許さないもなくなったんだから。そういうのは信頼関係があるからできる。もうないんだから、どうすることもできない。

 

 だからこそ、大切な人を許してあげるんだ。自分はどうしようもないドドド阿呆なのでスルーしとく。嫌われるのもしょうがない、怒らせるのもしょうがない、もう会えなくてもしょうがない、って全部諦めて許すんだ。でも、自分だけは許さなくていい。むしろ、どうあがいても許されないよ。磔にしてくれるわ。

 

 もう全部諦めて相手を許すことぐらいでしか、大切な人を大切にできないんだから。自分を許してしまったら、大切な人を傷つけ続けることになるんだから。

 

 "許さない"という言葉は流石に打てない。ひどいからだ。大切な人を許さないのも、自分をも許さないという選択はただただ悲しいだけだ。リスカ痕を見せつけられて嬉しいなんて思うわけないだろう。相手も傷つく。それで自分も傷つく。そのストレスでまたリスカ。また相手が、それでまた自分が、のループは地獄だ。大切な人だからこそ傷つけるな、そんで勝手に自分で傷つくるな。大切な人だけは許してあげてよ。

 

 自分で失くしたくせに、未練がましく大切な人ってかいてるんだから。

 

 そんなことをツラツラ考えているのは、妙に読み込みが遅いからだ。三分経ったぞ。画面端の表示でもそうなのが分かる。

 

 どうしたもんか、と画面を睨んでいると、長門が俺を呼んでいるみたいだった。顔を向ける。

 

 

「どうして?」

 

 

 そんな泣きそうな顔をしているのもどうしてなんだろうか。長門の握りしめている携帯がちらりと見えたけど、フィルターで何も分からない。

 

 

「大丈夫。どうもしないよ」

 

 

 怯えていることは分かった。怯えているみたいだから安心させないと。俺側のはアウトなんだろうけど、長門がそんなになるわけないから安心させる。

 

 

「どうしてなの?」

 

「大丈夫。安心していいよ」

 

 

 いつもの長門と違って要領を得ないことしかできないみたいだ。もう少し近寄って震えている肩を片手で軽く叩いていく。震えが少し治まったら両肩に手を添えておく。怖がらせる気はないと信じてほしいから。

 

 震えが止まる。たぶん五分も経っていないと思う。その間、ずっと、どうしてとだけ尋ねられた。何かしらの混乱状態だったんだと思う。下手に刺激してもっと辛い状態に陥らせたくないから、俺も大丈夫ぐらいしか言わなかった。

 

 細く長いため息をはく長門。なにか踏ん切りがついたみたいだ。

 

 

「シャドー」

 

 

 どうして、以外の言葉を聞けた。その声も茫洋としたもんじゃなく、意識がしっかりあるものだった。

 

 

「誰がすき?」

 

 

 呼吸の仕方を忘れた。その言葉もだけど、長門が知らない人に見えたからだ。あの時の長門とはまた違った誰かに見えたからだ。俺が全く知らない長門がいた。

 

 

「大丈夫」

 

 

 同じように安心させてくる。同じように、落ち着かせてくる。大丈夫とだけの言葉で落ち着かせて、誰がすきという疑問を合間にいれて訳が分からなくさせていく。

 

 目の前のよく知らない女の子が、余計に分からなくなっていく。二つの台詞はランダムで出されて、落ち着けるタイミングを失う。なにもかも分からなくて、もはや不安定になる。

 

 

「わたしは長門有希」

 

 

 この子の名前だ。知っている子の名前だった。覚えやすい可愛らしい名前だと思う。目の前の子も同じ名前らしい。俺が好きな子とどこもかしこもそっくりだから、間違えそうだ。

 

 

「あなたは______」

 

 

 俺の名前だ。好きな子からとても素敵な名前と褒められた俺の名前だ。微妙に読み間違えられたりすることが多い名前だけど、好きになった子は初対面からずっと間違えずに読んでくれたし書き間違えもしないでくれた。そういう几帳面さも可愛いと思うところで、好きになったんだと思う。

 

 

「じゃあ、私は誰であなたは誰?」

 

 

 当然の答えを出す。勿論正解したようなので満足そうにしっかり頷かれた。

 

 

「わたしはあなたが好き」

 

 

 知っている子ではないはずなのに、やたらデジャブを感じた。どこかで同じようなことがあったと感じた。どこまでもありえないはずなのに。

 

 

「知ってくれる? わたしは、あなたが好き」

 

 

 デジャブだ。知ってるんだ。どういうことがあったのかも俺もこの子も知っているんだ。

 

 

「あなたは、誰が、すき?」

 

 

 授業中だから板書するみたいに、義務的に思い出すものがあった。どうしようもない好意と、いつも好きだった気持ちが加算されていく。

 

 全部、やらかし、であった。

 

 

「じゃあ、また明日」

 

 

 知っているのに、知らないふりをしながらいつも通りをする長門。一人で部室から出ていった。そして、扉が閉じる音とともに駆けだして追いかける。

 

 

 

「長門っ!」

 

 

 ほんの少しだけ先にいる好きな子。聞こえているのに待ってくれない。無視しているんじゃないことくらい分かってる。携帯をしまわず手に持ち続けているから。聞く気はあるってことだ。今まででそれぐらい分かっている。

 

 

「一緒にいるからな、絶対!!」

 

 

 歩みが遅くなったのは錯覚じゃない。

 

 

「長門と、一緒にいるからっ! 長門だから、一緒にいたいんだからなっ!?」

 

 

 相変わらず止まってくれないみたいだ。あぁ、また逃げようとしちゃってるのか、と分かる。このままだと、もうずっと逃げられることになる。今回の自分では結ばれないと諦めて、逃げ切ろうとするんだ。

 

 

「だからさっ、明日、絶対に待ってろよっ!! 俺、必ず迎えに行くから待ってろよ!!」

 

 

 また遠くに行く長門。また逃げる気があった。また諦めだしていた。

 

 でも、頷いてくれている。振り返ってもくれない、声にも出してくれない。それでも、期待はまだ持ってくれていた。

 

 

「また明日な、長門!」

 

 

 ここでは見送ろう。今からなにかやっても期待を悪い意味で裏切ることになる。逃げて諦められてしまう。そんなのは嫌だった。

 

 だからこそ、いつもみたいに挨拶をしたんだ。

 

 

 VVVVVVVV

 

 

 

 わたしが見ていたのはログだ。この三日間のログ。誰がどんな行動や言動をしたか、それでどのような効果や変化が起きたのか。誰かからの考察も俯瞰的な感想も何もない、三日間のただのデータだった。

 

 そして出てきたのは、もしかしてのログ。他の人とのログ。わたしでない人と仲良くしていたログ。明確に好きだと思っている部分があった。実際好意をそのまま口に出している部分があった。彼が自覚したところで携帯を握りつぶしそうになる。わたしでない人に、好意を抱いて、恋をして、好き合いたいとしていたログ。

 

 思わず思考が止まった。恐怖で止まる。怒りよりも憎しみなんかよりも、悲しくて虚しくて全てどうしようもないというもので。

 

 どうして、という言葉で思考が染まる。少しずつ増えていき、様々な意味を持った、どうして、という言葉で埋もれていく。

 

 裏切った、嘘を吐いた、よそ見をした。どうしてそんなひどいことをするのか、と。わたしじゃないの? わたしではだめなの? わたしでなくてもいいの? どうしてこんなつらいことをするのか、と。好きになっていると理解できなくなる。好きでいる自信が無くなる。好きがただただ分からなくなる。どうしてあんなずるいことをするのか、と。

 

 ずっと、どうして、の言葉が浮かび続ける。何もかも疑惑に飲まれている。よく分からない知りたくないものになっていく。解答がでないからだ。模範解答すらどこにもない。ひたすら答えの欄だけ書きなぐりすぎて破けてしまいそうだ。何度も書きなぐっても、納得も出来ず間違いじゃないかと疑い続けている。

 

 エラーだった。深刻なエラーであった。その所為で、声として漏れていたのだろう。いつものシャドーに見られた。いつも自由に他人のことを考えて、気ままに他人のことを思って、マイペースに他人のことを好きになる、好き、であるはずの普通の男の子だ。それを、純粋に怖いものと定義してしまう。近寄ってはいけない、認識してはいけない、肯定してはいけない、と。相容れない存在であると。日常では異物でしかないわたしがか変わってはいけない存在なのだと、諦めるべきと行き着く。

 

 わたしが好きになってはいけない人が、心配してくれる。嬉しいと怖いが反転する。その所為でうわ言のように、どうして、がこぼれてしまう。それをまた心配してくれる。だからこそ、怖いもので逃げたかった。怖いものと認識しているくせに、近寄られてたら嬉しい。体に触られても嫌悪感なぞない。だけど、怖いままだ。恐怖を感じながら、嬉しさと悲しさだらけで好きだった。

 

 そして、何分か経った。どうして、の言葉は止まらず澱みレベルになっている。それでも、どうにか口を動かそうとする。最初は、ため息が出た。深いため息だ。自動的にそう行動した。

 

 彼の名を呼ぶ、自動的に。恐怖は消えていた。まだ好きがあった。

 

 だから、尋ねる。誰がすきか、と。わたしでなくても、もういい、というのが確かにあった。まだまだ好きであった。彼はちゃんと驚いている、あの夏のあとのわたしをやっと理解した時みたいに。別人かそうじゃないか、今なら上手に判別してくれるだろうか。同じようにわたしも、彼を心配する。大丈夫、と心配する。時折また尋ねながら心配し続ける。

 

 そうしていたら、やはり泣き出しそうな顔をされてしまった。同じように、どうして、で頭が埋もれたのだろう。だから、もう一度教えようと考えた。今ここにいるのは、誰と、誰なのかを。一音ずつはっきり発音して、よく教え込んだ。彼の名前。その語感の良さも、いつものように好きだった。そして尋ねる。誰と誰がここにいるのか。正答だった。わたしも答えを得た。

 

 やはり今も、いつもみたいにシャドーがすきだった。知って欲しくなる。シャドーのことが好きということだけを。もう一つの問いかけは、どうでもよかった。応えてくれなくてもどうでもよかった。

 

 もう十分知ることができた。わたしは、こんな普通の男の子であるシャドーが相変わらずすきだということが。誰でも好きになれる、この普通の男の子がすきだ。わたしも好きになってくれてのが嬉しかった。恋愛的な意味で結ばれるのは、まだ早かったのだろう。まだまだ未熟だ、わたしもシャドーも。だけれどまだまだ未熟であることが、普通の女の子と普通の男の子みたいで勝手に嬉しくてしょうがなかった。

 

 だからこそ、もう逃げようと考えた。いつも通りに逃げ帰ろうともう一度考え直す。これ以上彼といたら逃げられなくなるから。ありえない、わたしとシャドーの二人だけのいつもを、願ってしまうから。叶わないものは望むだけ無駄だ。そんなものより、確実なみんなでの日常に逃げて込もう。

 

 それが、一番いい選択だ。

 

 追ってこないことに安堵しかなかった。彼もいい選択をしてくれたことが、喜ばしいものだった。遠慮なくお互い逃げられることが出来そうで、本当によかった。

 

 それでも、どうして、と考えてしまう。どうして、逃げてくれないの。どうして、追いかけてきてしまったの。最後のチャンスだった。あれが、本当に最後だった。

 

 それなのに。

 

 どうしてまだずるいことを、またしてくれるの? 

 

 最後にしてくれないのか、どうしても。最後にしてはいけないのか、どうしても。あなたに相応しい日常とはどうしようもなく違うのに、わたしとのいつもをのぞんでくれるのか。

 

 自分の意思で頷いた。振り向くことはできない、声で答えることもできない。どちらもすれば、もう本当にわたしは逃げ続けるしかなくなる。シャドーとのいつもが好きだからこそ、それから逃げ続けていかなければならなくなる。無意味な期待で悲しくて虚しくて全てどうしようもなくなるから。

 

 いつものような挨拶。また明日も今日のように、当たり前に会おうと約束してくれる。

 

 また。また、シャドーがすきになる。

 

 

 VIV

 

 

 

 

 いつもより起きるのが遅くなってしまった。というか寝過ごした。今から色々整えていたら、みんなのお腹がガラ空きになってしまう。ただでさえ、俺たちは育ち盛りだ。お腹がいつも空いているって言ってもいい。俺たち男組は気づけば総菜パンとかカップラーメン食ってるし、女の子たちは糖分摂取に余念がない。そんな常時ハングリーなのだから、待て、をさせられ続ければ大変なことになるに決まっている。

 

 手早く幼馴染に電話をかけて、今日の朝はパスすると伝えておく。体調を心配されたが、平気、と一言だけでも言えば分かってくれた。楽で助かる。

 

 携帯をしまって、部屋を漁る。調子に乗って買ってそのままだった、何故作ったのかと企画者を問い詰めたくなるお菓子類があるはずだ。飲み物もここに押し込まれてからも定期的に癖で色々集めているから大丈夫だ。

 

 そして、モサモサと食い漁る。可もなく不可もないのを選んだ。特別ひどいでもないし、クソまずいのでもない。食いつきは悪くないけど定期購入はしない奴だ。飲み物も炭酸系は控える。食べ物と化学反応を起こしそうだったからだ、悪い方に。

 

 目の前の変なカラーリングと異国文字で妙ちくりんなマスコットイラストが入った袋から目を逸らす。物理的に目には刺激的だったから。見慣れた自分の部屋を眺めながら食べ進める。と、そのコンセントらへんで昨日の朝バラバラにしといた奴らが散乱していた。手を拭いてから、その中で無駄にゴテゴテと銃身が五つ以上ついているロマンの果てを弄る。解体も組み立ても慣れている。また無駄に実用に近づけて作ってあるので分解が面倒くさい。こんなん実戦で使えないわ。爪とか皮膚とか挟んで呻きながらなんとか弾倉部分をばらす。実弾ではないけど模したのが入っている。それを引っこ抜いて適当に放った後に中を見る。空。空っぽ。下に傾けてから角度をつけて何回か叩く。それからかぽっとした音の所をほじくる。

 

 大事なものを見つけた。長門がくれたしおりだ。

 

 

「進級おめでとうってプレゼントだったな、これ」

 

 

 みんなにあげたんだな。幼馴染みたいに、みんな同じしおりをくれたんだ。みんな同じ特別扱いだ。それを無自覚なまま俺が特に特別なんだって思っていた。誇らしい気持ちと嬉しい気持ちで胸がいっぱいだったけど、幼馴染も持っていたから困り果てたっけ。俺もみんなと同じレベルの特別でしかないのかって。幼馴染の方が特に特別なのかって。実際、幼馴染が特別中の特別なんだろう。あいつが、長門にとっていい意味で例外だったんだ。長門にとっては初めから、あの時も、今でも。

 

 悔しかったんだ。空しくなった。どうしてと、しおりに八つ当たりするほど苦しい気持ちになっていた。そして、勝手にいつの間にか失くしたと思い込んだ。こんなところに失くすわけない。自分で隠したんだ。

 

 悔しさと虚しさと苦しさだらけの、長門への好きと一緒に隠したんだ。見つからなければいいって、祈りながら隠したはず。見つかったらどうしようかなんて考える気も起きないように、こんなところに頑張って隠したんだ。

 

 

「あほ過ぎじゃん、俺」

 

 

 しおりを離さないで勉強机の方へ行く。授業中以外触ることが全然ない教科書たちをいじる。勤勉に予習も復習もしていないのに角とかがヘタレていた。貸し借りする長門に、勉強熱心なのかと、よくからかわれていたのを思い出す。そんなわけがないことは十分知られている。この一年ぐらいでもろバレしている。一年の頃から貸し借りする仲だったからだ。それほど仲良くなれるなんて最初は思ってなかったのに。

 

 

「ホントに、あほ過ぎ」

 

 

 挨拶で終わっていた長門が、話もしてくれるようになった長門になった。顔見知りからちゃんとレベルアップしている。話は雑談も混じるようになったし、長門から声をかけてくれるようになった。友達にランクアップしていた。教室に遊びに来るようになったのは、長門が貸し借りしたいだけじゃなく話もしたいからかなってなんとなく気になりだした。友達以上なライクを持ってくれていたんだ。

 

 そんで、気づいたら長門と俺が一緒にいつもいた。いつもいつも間に誰かしらいたりしたし、周りにも人はいた。人だらけの中で、二人で一緒に過ごしていたんだ、いつも、いつも。色んな人の声よりも長門の声をよく聞こうとしている俺がいて、他の誰よりも普通で平凡なあほ過ぎる俺を気にかけている長門が、二人でいつもいた。

 

 いつも二人でいることは、当たり前になっていたんだ。長門といる日々が、日常だった。当たり前だって勘違いしていた大事なものだ。一緒にいるだけで楽しくて嬉しくて、移動教室への休み時間でも会いたくてしょうがない日常。それすら失くそうとしていたのが、ホントに、ホント、あほ過ぎる。

 

 

「長門をこれ以上傷つけるくらいなら……」

 

 

 細く長い、重たすぎる息を吐き捨てる。もう諦めがついた。

 

 

「もう、やめるよ」

 

 

 もう、諦めた。

 

 

「いいよな?」

 

 

 一呼吸挟んで、しおりを引き出しにたまたまあった箱へしまうことにする。もういいからだ。よく見ると、しおりには数字も刻まれている。何かの暗号なのかな。特別な数字なんだろうか。少しだけ心当たりがあるけど、やっぱり違うんだろう。月は同じだけと日にちが違うんだから。俺の誕生日とは違う数字だから違う。

 

 引き出しを閉じて鍵をかける。同時に、携帯が鳴った。幼馴染からだ。

 

 

「は~い、もしもし。どったの~?」

 

 

 いつものために、いつもをやろうと決めた。

 

 

 YE

 

 

 ヘルプでなんとか喰らいきれたものの、大分苦しい。幼馴染のSOSの原因は、妹ちゃんがサイズミスで選んでしまったハンバーガー。SHB(stomachをhushさせてburialsする)と言える食べ物だ。俺の座高並みにあったと思われるハンバーガーは、実にジャンク味が詰まった一品だ。中毒性はあるが、ずっとは食べ続けられるもんじゃない。毎食ハンバーガーなんて海外ドラマみたいなことは実際そうはない。そういうときも、味付けを変えたりメインをフィッシュフライに変えたりしている。しかも、さっきのはそんな味比べもなく単品勝負だった。苦しい戦いだった。

 

 今もキシリトール入りのガムを念入りに噛んでいるけど、ジャンク味が未だに味蕾一つずつに染み付いているようだ。特徴的な味付けは塩コショウのシンプルで、あとは素材の味。調味料なぞ使ってんじゃねぇと、口から通り納まる器官たちが荒れ狂うが無理やりなんとかした。幼馴染と古泉をノしても俺はギリギリいけたのが幸いだった。謎お菓子で味覚がバグってなかったらダメだったに違いない。

 

 ちょうど見つけたゴミ箱に用紙でくるんでガムを捨てる。俺の教室の近くにあったようにまたポップしているゴミ箱だ。口直しが済んだから、また目的アリで彷徨う。

 

 期待通りなら、俺の教室にいるはずだ。その期待が肩透かしだと困る。重い気持ちをごまかすために、わざわざ遠回りをしている。まだお昼タイムだ。五時限目に入る前ぐらいに迎えに行けたなら、どんなにいいか考えてまた重い気持ちになる。それなのに、体はセカセカと動く。どうしようもない矛盾なデジャブ。

 

 どうにかこうにか、近づいた。わざわざ無意味に屋上まで追って、玄関まで追いかけた。いるはずがないのに、追いかけまわす。案の定、どこにもいてはくれない。期待してくれていると願っていいのか、期待していいと望んでいいのか。挿絵でおっさん顔にされがちな塀から落ちる不機嫌卵みたいな結果はいらない。そして、五限目まであと八分辺りで、追い詰めてしまった。

 

 教室の扉が開いている。俺のクラスの教室のだ。中に入っていない。どう足掻いても見つけられる位置で待ちぼうけをしている女の子がいる。開けた扉とその近くに寄りかかって、俺を見つけている女の子が。

 

 

「こんにちは、長門」

 

「シャドー、こんにちは」

 

 

 願っていない、いつも通りの挨拶。今まで今日は会ってない。今日はやっと、会うことができた。追い詰めて、追いかけて、ここまで来れた。長門は迎え撃つだけだから、こんなに余裕。簡単だ、引き金を引くのは長門。的で獲物は俺だ。

 

 

「待ったよね、ごめん」

 

「大丈夫」

 

 

 またポップしているゴミ箱を間に挟んで、いつもをやる。いつでもいいのに、堪えてしまう。

 

 

「探してたけど、まさかここって思わなくてさ」

 

 

 期待を裏切られたかった。追い詰められる。

 

 

「ここしかなかった」

 

 

 どうしても裏切ってくれない長門だ。また追い詰められる。

 

 

「そうだねぇ。基本的こういう隙間時間使っても居るんだもんね」

 

「そう」

 

「そうなんだよねぇ。いっつも気がつけば一緒にいたしさ」

 

「そう」

 

 

 距離を詰める言葉を出してくれないのも長門。まだ追い詰められる。

 

 

「周りによく茶化されたもんだったわ。付き合ってんのかってさ、ねぇ?」

 

「わたしもそう」

 

「それにはお茶濁ししかしねぇよ、ねぇ?」

 

「そう、わたしも」

 

 

 いつものようにただの雑談。学者や政治家の討論とかでは全然ないもの。言葉の意味や議題の方への関心よりも、二人でこうして一緒にいることが何よりも重要なもの。いつでも爆弾スイッチを押しせてしまうのは、雑談の方が確率的に高いだろう。うちのばあちゃんが好きな任侠ものでは、気を抜くというのはドスを抜くもんらしいから。

 

 

「こういう空気壊されるんのヤだし。長門と一緒にいんの、好きだし」

 

 

 無言で返される。またまた追い詰められる。

 

 

「頑張って盛り上げよーとか、絶対に楽しませてあげよーって気持ちが、長門にはあんまなくて」

 

 

 わかる? と軽く尋ねると、同じように手軽に頷かれた。まだまだ追い詰められる。

 

 

「なんででもいーや、ってなるんだよね、長門だと。ただこんな感じで一緒にいるのだけでもいいなーってなる」

 

 

 分かる? となるべく穏やかに尋ねる。同じようにしてまた頷かれた。全然追い詰められる。

 

 

「そういう関係、すんごくいいじゃん? いいなぁ、安心するなぁ、好きだなぁってなる」

 

 

 返事は求めてない。だけど、またも頷かれる。いつまでも追い詰められる。

 

 

「長門と一緒にいるのが、いいなで安心してさ。長門が好きだってなる」

 

 

 もはや頷きもさせない。畳みかける。ようやく最後まで追い詰めることができる。

 

 

「長門、好きだ」

 

 

 聞き逃すことをさせない。近づく。小さな一歩ずつで、確実に近づく。長門の方が震えている。許す。

 

 

「好きだ」

 

 

 聞き続けてほしい。進む。いつもの四分の一ほどの歩幅で進んでいく。長門の指先まで震えている。許す。

 

 

「好きだよ、有希」

 

 

 きいてほしい。手を伸ばす必要もないくらい縮まった距離。あとはくっつくぐらいでしかこの距離を縮められない。許して。

 

 追い詰めた。もう諦めたから、どこまでも一緒にいたい気持ちはごまかせない。俺を強く抱きしめたのように、長門もそうだから。許してほしい、という言葉を吐き出せない。

 

 抱き返す前に、心底を挽きずり出した。

 

 

「一緒にいようよ」

 

 

 

 気がつけば、自室。わたしの住むマンションの一室。

 

 脇目も振らずコールする。相手は、シャドーしかいない。他の人のことは気にすることもできない。一回目のコール。出ない。これで出ないのはザラにある。まだ落ち着いておく。二回目のコール。出ない。これもたまにある。もう少し落ち着かなければならない。三回目のコール。出てくれない。逸るのを止められない。玄関から飛び出した。

 

 まだコールは続いている。何回目のコールかは、もはや数えていない。こんな時なのに人間らしく移動してしまう。シャドーとの日常が心地よすぎる所為だ。普通の女の子は、七階から飛び降りるのは投身自殺でしかないからだ。わたしならそういうわけではない、時間短縮なだけだ。それでも、普通の女の子、という存在に固執している。日常と言う代わり映えのしないものに、異物として在りたくない。シャドーとの日常が欲しい。

 

 普通な人間の女の子として、シャドーと一緒にいたいのだから。すでに欲求というより欲望になっている。渇望している。

 気を張りながら女の子をやりたくない。普通の女の子をしたい。どうにか頑張って女の子をやりたくない。普通の女の子でいたい。普通な人間の男の子のシャドーと、一緒になりたい。

 

 一緒に普通に、いつも通りの日常を過ごしたい。

 

 いつの間にか留守番電話に代わっていた。発信音が垂れ流されていた。無意味に思えて、切る。と、すぐにコールが始まった。すぐ出ようとしてボタンを押し間違えて、切ってしまう。慌ててかけ直そうとする前に、またコールが来てくれる。今度はうまくボタンを押せなくなる。今までは何度も練習していたから扱えたのに、難儀する。四回目のコールに入る前に出ることが、ようやくできた。

 

 

「___」

 

 

 挨拶も出来ず、シャドーの名前を呼んだ。

 

 

「すき。いつもすき」

 

 

 なにか返される前に言いたいことを言う。

 

 

「すき、___。いつも、いつも、すきだから」

 

 

 息が乱れるなんて初めてだった。

 

 自販機の前に、見慣れた男の子がいる。わたしよりほんの少しだけ大きいぐらいの男の子だ。缶ジュースを片手で二つ持っている。待っててくれていた。彼も息を整えてながら待っていてくれた。携帯を耳に当てながら、わたしが追い詰めるも待っていてくれた。

 

 

「あの」

 

 

 追い詰める前に、近寄ってくる男の子に言葉が滞った。言うはずの言葉は、勝手にのどが嗄れたようで出てきてくれない。口を開閉するぐらいしかできなくなっていた。

 

 

「長門」

 

 

 ジュースを一つもらった。いつも、一緒に飲んでいたものだ。一緒に飲みたいから、よく選んでいたものだ。すきな人の好きなものも、もっとすきになりたかった。

 

 

「長門有希さん」

 

 

 汗だくなシャドー。頑張って走って来てくれて、ここで我慢して待っていてくれたすきな男の子。

 

 

「俺と、一緒にいよう」

 

 

 上手く言葉が出ないわたし。ただただ頷くばかりだ。必死に言いたいことを言いたかったのに、声が出てくれない。もどかしいままのわたしも、シャドーはいつも待っていてくれる。そういうところもすきだった。

 

 缶の表面がぬるく感じるぐらい時間がたって、ようやく伝えられた。

 

 

「ずっと、いつも、一緒にいてほしい」

 

 

 抱きしめられる。いいよ、わかったよ、と何度も繰り返されるすきな人の言葉。それごと一緒にいたくて抱きしめ返した。

 

 

 ◎

 

 

「いやー、みんな悪いわねー」

 

 

 SOS団本部で吾らが団長ハルヒの声。いつものように溌溂とした声は何の陰りもない。

 

 

「みくるちゃん、これ美味しいわよ。有希もどう?」

 

 

 ちょっとした風邪として臥せっておられた団長は元気だ。映画の方はあと編集ぐらいに落ち着いている。いい絵ですね、と快活に笑っておられたミニシアターの人の苦労を考えると食欲が減るので諦めるしかないんだ。気づけば全台詞カットで、昔の映画みたいに活動弁士を使ったものになるかもしれない。

 

 

「__、古泉、これうまいよ、あげる」

 

「あぁ、サンキュー、シャドー」

 

「ありがとうございます」

 

 

 ここ最近は幼馴染の団長への労り具合はいいらしく、古泉と俺でいい感じですよね、って色んな意味を含めて話してた。さっきまで団長専用召使いしていた幼馴染は、今もハルヒの具合を気にかけてる。

 

 

「大丈夫かって聞いたの?」

 

「まぁ……」

 

「それ以外は言わなかったのですか?」

 

「なんかあったらいつでも言えよ、とか、無理はするなよ、とかは言った」

 

「あとは? 他のは、ないの?」

 

「いや、他とかあととか……何を言えってんだよ」

 

 

 これだから俺の幼馴染は。似たもの幼馴染だよ、ほんとに。色々ヤレヤレは周りの方だ。古泉も同じようにヤレヤレってるし。

 

 

「他の気遣いの言葉あんっしょ?」

 

「例えば?」

 

「なんかあったら心配だ、とか、無理したら困る、とか」

 

「気持ち押し付けるのは、ダメだろ。うざいやつだ、それは」

 

「女性なら喜ばれることが多いんですよ、キョンくん」

 

「顔を近づけるな、うざいっ」

 

 

 ホールじゃなくて細々とした洋菓子類がみるみる消えていく女子側を眺めながら駄弁る。一口サイズとはいえ、量を食えばお労しいことになるのに。

 

 

「気持ちを伝えるのに言葉として出してもらいたいもんらしいよ、女の子って」

 

「いや、ハルヒはそういうんじゃないだろ」

 

「本当に、そう思いますか?」

 

「は? そうだろ、あいつは」

 

「本当に……、そうでしょうか?」

 

「顔を近づけるのやめろ、怖くてうざいっ」

 

 

 古泉の圧に屈しそうな幼馴染の袖を引っ張って、注意を女の子たちに戻す。

 

 

「ほら見てよ。隙あらば、嬉しいとか楽しいとか可愛いって、言ってるじゃん」

 

「女子同士だからだろ」

 

「だっから、喜んでんの。言葉にして伝えあって、一緒にいるの良いねって、喜んでんの」

 

「ふぅん」

 

「ですが、心配だとかは実際思っているのでしょう?」

 

「そりゃ、そうだが。でも、分かるだろ、あいつなら」

 

 

 証拠を提示せねばなるまいか。くらえっ!! 

 

 

「そいやさ、この前ハルヒご機嫌だったよね。アレなんだったっけ」

 

「この前?」

 

「一昨日のことですね」

 

「そうそう。確か、お前のとこ調理実習してなかったけ?」

 

「あぁ、したな、確か」

 

「で、お前さ、ハルヒからそれのもらったらしいじゃん」

 

「あぁ、それが?」

 

「嬉しいありがとう、って言ったみたいですね、キョンくんは」

 

「普通のことだろ。礼儀だ、礼儀」

 

 

 まだ気づかないのか。ダンボールバッチ見抜けないどこかのサイバンチョみたいだなぁ。

 

 

「ありがとう、って言ったよな?」

 

「言った」

 

「その前の言葉は何か覚えてますか?」

 

「嬉しい……」

 

「いや~、ホントすごいご機嫌だったよね、ハルヒ。俺が隠してたおやつ二箱強奪で済んだんだもん」

 

「えぇ、涼宮さんもとても嬉しそうでした」

 

 

 あ゛ぁー、と深いため息をはく幼馴染を両サイドから肘で小突く。

 

 

「言えます?」

 

 

 俺たちの言葉にしっかり頷いたのでやめる。

 

 

「モテ男と彼女持ちは、おつよいな」

 

「せやろ?」

 

 

 それで馬鹿笑いしたもんだ。

 

 

 ◎◎×

 

 

 

 解散後、公園に長門と一緒にいる。時間帯的に子供達はお母さんと一緒におうちに帰っているから、俺たちの貸し切り状態だ。

 

 近くに自販機で買ったジュースを二人で飲む。俺が生まれる前からあるロングセラー商品。購買欲を煽られまくってホイホイ買う謎商品とは違って、気づいたら買って飲んでるもの。気づいたら、長門もよく飲んでくれているもん。流石に分かってる、俺が好んで飲んでるからだってことぐらいは。そんな感じで色んなものを一緒に食べているのも知ってる。恥ずか嬉しいものだ、ホントに。

 

 

「小テスト、どう?」

 

「まぁいい方だと思う。七割は取れるかも」

 

 

 英単語テストの話。前だったら家で適当に睡眠学習とかで済ませていたけど、最近はちゃんと頑張ってる。さっきも長門とどれぐらいできているかチェックしたし。発音までしっかりチェックされるのは結構ハズいけど。

 

 

「どこぞの〇ーみたいな喋り方してれば英語身につくの?」

 

「あれはカタカナ英語ばかりなのと、使い方が間違っているものだらけだから推奨しない」

 

「地道にコツコツしかないようですね」

 

 

 横に置いた単語帳をつつく。発音の記号みたいなのも書かれているけど、そもそもその記号みたいなのをどう発音するか覚えてないので意味がない。

 

 

「まいったわ、明日もダルそうで」

 

 

 英検が近々あるので、学校側も生徒たちの尻を叩いてるんだ。おめぇらもまともに英語圏の人とおしゃべり出来ねぇくせによぉ。

 

 

「頑張って。あなたならできる」

 

「そう言ってくれて嬉しいよ、ありがと長門」

 

 

 こんな可愛くて健気な彼女がいなかったら、前みたいにヤマ勘任せで、どっかのタウンにサヨナラバイバイなのに。だけど、長門にはいいカッコしたいさ、一緒にいるのももっと好きになって欲しいんだから。

 

 

「ありがと長門、ホント好きだ」

 

 

 だからこそ、勝手に出てくる言葉。本心から出てくる言葉。言うのが難しくなったり簡単になったりする面倒なやつ。いちいち発音も気にしないし、変な文法になっても気にしない。分かってくれるし、分かってもらえるように追加しても言ってるし。

 

 

「そうちゃんと言ってくれるシャドーもすき」

 

 

 女の子の言葉は正直回りくどい。遠回りも寄り道も全部してようやく結論を言うから、こっちはこんがらがる。でも、遠回りと寄り道の全部に気持ちを込めまくってる。どれほどの気持ちか、どんな気持ちか、全部詰め込んでくるからまた少し困るもんだ。結論だけしか言えない俺が困りまくることになる。

 

 

「他にどういうとこ好き?」

 

「変なおやつに手を出すのを控えれば、もっとすきになる」

 

 

 こんな感じに、俺に期待してくるから困る。俺も色々ともやもや期待しまくることになるから更にの更にだ。

 

 

「すみません。でもね、あれはたまの口休めなのでお許し下さい」

 

「前の日曜日もそんなこと言って買ってた」

 

「長門も乗り気だったと思うけど?」

 

 

 前の日曜日、デートの帰り道の小さい出店で発掘したもの。ドギツイウルトラピンクに心惹かれて即購入。味は見た目を裏切ってスパイスを利かした苦い薬の味。流石に長門に食べさす気がなかったけど、あーんで食べさすこともあった。

 

 

「食べさせ合いもしたかっただけ」

 

「そいや、長門からもらったら苦さ消えてたわ」

 

「嘘を吐かないで」

 

「バレたか」

 

「わたしも苦かったから」

 

 

 さっきからずっと含みだらけの言葉をお使いになるな、長門。も、という言葉の頻度が高い。

 

 

「あ」

 

 

 電話だ、俺の方。長門に視線で伺うと頷かれた。ごめんねと謝っておいて、電話に出る。案の定、お母さんからだった。

 

 爪切り壊れたから買ってきて、というお電話。何で壊れたのって聞いたら、踏んだら壊れたらしい。壊れたんじゃなくて、壊したんじゃん。近場のドラッグストアとかコンビニで買って帰るか。

 

 

「なに?」

 

「爪切り買ってきてってお電話だったわ」

 

 

 電話をしまって立ち上がる。そろそろ学生が出歩くのは危ない時間帯になる。長門は女の子で俺の彼女だし、なんかあって傷つくのは怖すぎ。さっさと長門と手繋いでおうちに送ってあげないと。

 

 

「帰ろうか、長門」

 

 

 手を繋ぐ。けど、それだけ。立ってくれない。

 

 

「長門?」

 

 

 軽くこっちに引っ張るけど、立ち上がる気がないみたいだ。

 

 

「どうかしたの?」

 

 

 ちょいちょいと手を引っ張られる。いつものように遠慮なく近づいた。

 

 

「シャドーはもっと一緒にいたい?」

 

 

 長門はからかい半分期待半分で、またちょいちょい俺を引き込む。

 

 

「いたいけど、もう時間的に」

 

「ダメなの?」

 

 

 ダメだよ、って言うべきなんだろうけど、からかいの方が悲しそうになっていたから何も言えない。頷くのも無理。かと言って、首を横に振るのもそりゃダメ。

 

 

「また明日もあるから。だから」

 

 

 またちょいちょい引き戻してくるから、続きが言えない。お母さんの用事も済ませなきゃいけないとか、夜道は色々あぶないからとか、明日の小テストがとかの言い訳を言わしてくれない。

 

 

「まだ今日一緒にいたい」

 

 

 ちょいちょいして惹かれる。長門にいつも思うけど。俺の名前を呼ぶ声も、またまたなんて可愛いんだろう。

 

 

「もう少しだけ、わたしと一緒にいよう?」

 

 

 小テストはもはや塵となれ。お母さんはどうか待っててください。どちらももう少し先延ばしです。

 

 俺は明日の俺になんとか期待する。今日の今も彼女の可愛さに大変だけど、また明日も長門の可愛さで大変なんだろうから。

 

 

 

 #グッドエンド:なかよしさん、バイバイ#




グッドエンドです




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